説明

乳歯歯髄幹細胞に特徴的な遺伝子発現群の利用

【課題】乳歯歯髄幹細胞及び永久歯歯髄幹細胞の特徴及び違いを明らかにし、これらの細胞を利用する上で有用な技術を提供すること。
【解決手段】乳歯歯髄幹細胞を用意し、培養するステップ(ステップ(1))と、培養中の前記乳歯歯髄幹細胞について、FGF2、TGF-β、コラーゲンI及びコラーゲンIIIからなる群より選択される一以上の因子の発現レベルを検出し、検出結果に基づき細胞の品質を判定するステップ(ステップ(2))と、を含む乳歯歯髄幹細胞の培養法が提供される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は歯髄幹細胞の利用を図る上で有用な技術に関する。詳しくは、乳歯歯髄幹細胞の培養技術、乳歯歯髄幹細胞の品質検査法、及び永久歯歯髄幹細胞の改変方法などに関する。
【背景技術】
【0002】
従来の医療では治療困難な疾病に対する汎用的な代替技術として、幹細胞を利用した再生医療が注目されている。これまでに、胚性幹細胞(ES細胞)、人工多能性幹細胞(iPS細胞)、体性幹細胞等、様々な幹細胞が見出されている。ES細胞やiPS細胞は、倫理的な問題、免疫拒絶、癌化など、解決すべき多くの課題を抱える。一方、体性幹細胞、特に間葉系幹細胞(MSCs)は、骨髄や脂肪組織、皮膚、臍帯、胎盤など、様々な組織から分離されており(参考文献1〜4)、既に臨床応用の例も報告されている。本発明者らの研究グループにおいても、骨髄由来間葉系幹細胞(BMMSCs)を骨欠損の治療に適用し、良好な結果を得ている(参考文献5〜7)。しかしながら、骨髄の採取は侵襲性が高く、高齢社会に向かう本時代においてはドナー負担が大きい。しかも、骨髄由来間葉系幹細胞には、年齢に伴いその数、増殖能及び分化能が低下するという問題がある(参考文献8)。
【0003】
一方、容易に利用可能な幹細胞のソースとして歯髄が注目されている。自己増殖能と多分化能を併せ持つ新規な幹細胞集団として、永久歯の歯髄由来幹細胞(dental pulp stem cells: DPSCs)と乳歯の歯髄由来幹細胞(stem cells from exfoliated deciduous teeth; SHED)が同定された(参考文献9、10)。過去の報告によれば、DPSCsは象牙芽細胞及び骨芽細胞への分化能を有し、象牙質/歯髄複合体を形成し得る(参考文献9〜12)。また、神経性疾患、心臓疾患、虚血性疾患など全身性疾患に対するDPSCsの有効性も報告さている(非特許文献13〜15)。また、乳歯は子供の頃に自然に抜け落ち、通常はそのまま廃棄される。従って、乳歯歯髄幹細胞を利用することには、採取に伴う侵襲性の問題はもとより、利用する際の倫理的な問題もないという大きな利点がある。
【0004】
尚、歯髄幹細胞に関する先行技術文献として、永久歯や子供の歯(乳歯)の中に優れた幹細胞が存在することを報告する文献(特許文献1、非特許文献1)、歯髄細胞を担体マトリックスに混合すると象牙質が形成されたことを報告する文献(特許文献2)を以下に列挙する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】国際公開第2006/010600号パンフレット
【特許文献2】特開2004−201612号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Miura M. et al., SHED:Stem cells from human exfoliated deciduous teeth, PNAS, May 13, 2003, vol.100, no.10, 5807-5812
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
歯髄幹細胞は近年、非常に注目されている。今後、歯髄幹細胞の臨床応用を進めるためには、その特徴を明らかにして有効な利用法を確立することが望まれる。また、効率的な利用を図ることも重要である。しかしながら、歯髄幹細胞の特徴が十分に把握されているとは言い難い状況にある。特に、乳歯歯髄幹細胞と永久歯歯髄幹細胞の違いについては十分に解析されておらず不明な点が多い。一方、乳歯歯髄幹細胞は子供の頃に抜け落ちる乳歯歯髄に存在する細胞であり、永久歯歯髄幹細胞に比較して供給の面で大きな制約を受けることから、永久歯歯髄幹細胞を有効利用することも今後の大きな課題の一つである。
【0008】
そこで本発明の課題は、乳歯歯髄幹細胞及び永久歯歯髄幹細胞の特徴及び違いを明らかにし、これらの細胞を利用する上で有用な技術(培養法や品質検査法など)を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
以上の課題の下で本発明者らは、乳歯歯髄幹細胞と永久歯歯髄幹細胞の特徴を明らかにすべく、増殖能及び細胞表面マーカーに的を絞り、詳細な解析を行った。また、乳歯歯髄及び永久歯歯髄における遺伝子発現についてマイクロアレイ解析を用いて網羅的に比較検討した。具体的には、有意に遺伝子発現変動が認められる遺伝子カテゴリーの探索及びパスウェイ解析、さらには幹細胞マーカー遺伝子発現などの比較を行った。また、遺伝子発現について定量分析を行い、更なる検討を加えた。その結果、乳歯歯髄幹細胞と永久歯歯髄幹細胞の特徴及び違いが明らかとなった。また、乳歯歯髄幹細胞の高い増殖能を裏付けるパスウェイなどが判明し、同パスウェイに含まれる因子(成長因子など)が同定された。以下に示す本発明は、これらの成果に基づく。
[1]以下のステップ(1)及び(2)を含む、乳歯歯髄幹細胞の培養法:
(1)乳歯歯髄幹細胞を用意し、培養するステップ;
(2)培養中の前記乳歯歯髄幹細胞について、FGF2、TGF-β、コラーゲンI及びコラーゲンIIIからなる群より選択される一以上の因子の発現レベルを検出し、検出結果に基づき細胞の品質を判定するステップ。
[2]検出した発現レベルが高いことが高品質であることの指標となる、[1]に記載の培養法。
[3]ステップ(2)において、FGF2、TGF-β、コラーゲンI及びコラーゲンIIIの全てについて発現レベルを検出する、[1]又は[2]に記載の培養法。
[4]以下のステップ(3)を更に含む、[1]〜[3]のいずれか一項に記載の培養法:
(3)培養中の前記乳歯歯髄幹細胞について、CD13、CD29、CD44及びCD73からなる群より選択される一以上の細胞表面マーカーの発現の有無を調べるステップ。
[5]ステップ(1)における培養が、FGF2、TGF-β、コラーゲンI、コラーゲンIII、FGF2誘導物質、TGF-β誘導物質、コラーゲンI誘導物質及びコラーゲンIII誘導物質からなる群より選択される一以上の物質の存在下で実施される、[1]〜[4]のいずれか一項に記載の培養法。
[6]乳歯歯髄幹細胞を用意し、FGF2、TGF-β、コラーゲンI、コラーゲンIII、FGF2誘導物質、TGF-β誘導物質、コラーゲンI誘導物質及びコラーゲンIII誘導物質からなる群より選択される一以上の物質の存在下で培養するステップ、を含む、乳歯歯髄幹細胞の培養法。
[7]以下のステップ(1)及び(2)を含む、乳歯歯髄幹細胞の品質判定法:
(1)乳歯歯髄幹細胞を用意するステップ;
(2)前記乳歯歯髄幹細胞について、FGF2、TGF-β、コラーゲンI及びコラーゲンIIIからなる群より選択される一以上の因子の発現レベルを検出し、検出結果に基づき細胞の品質を判定するステップ。
[8]検出した発現レベルが高いことが高品質であることの指標となる、[7]に記載の品質判定法。
[9]ステップ(2)において、FGF2、TGF-β、コラーゲンI及びコラーゲンIIIの全てについて発現レベルを検出する、[7]又は[8]に記載の品質判定法。
[10]以下のステップ(3)を更に含む、[7]〜[9]のいずれか一項に記載の品質判定法:
(3)前記乳歯歯髄幹細胞について、CD13、CD29、CD44及びCD73からなる群より選択される一以上の細胞表面マーカーの発現の有無を調べるステップ。
[11]FGF2、TGF-β、コラーゲンI及びコラーゲンIIIからなる群より選択される一以上の因子が高発現するように遺伝子改変することを特徴とする、永久歯歯髄幹細胞の増殖能を高める方法。
[12]以下のステップ(1)及び(2)を含む、永久歯歯髄幹細胞の培養法:
(1)永久歯歯髄幹細胞を用意するステップ;
(2)FGF2、TGF-β、コラーゲンI、コラーゲンIII、FGF2誘導物質、TGF-β誘導物質、コラーゲンI誘導物質及びコラーゲンIII誘導物質からなる群より選択される一以上の物質の存在下で培養するステップ。
[13]永久歯歯髄幹細胞が、[11]に記載の方法を適用して得られた、増殖能が高められた永久歯歯髄幹細胞である、[12]に記載の培養法。
[14][1]〜[6]のいずれか一項に記載の培養法で培養した乳歯歯髄幹細胞、[7]〜[10]のいずれか一項に記載の品質判定法で品質を確認した乳歯歯髄幹細胞、又は[12]若しくは[13]に記載の培養法で培養した永久歯歯髄幹細胞からなる治療用細胞。
[15]骨組織、軟骨組織、神経組織、皮膚組織、毛髪組織、歯周組織又は血管組織の再生用、或いは全身性疾患の治療用である、[14]に記載の治療用細胞。
[16][14]又は[15]に記載の治療用細胞を構成成分とした治療用組成物。

【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】(A)〜(C):SHEDの細胞形態(A)、DPSCsの細胞形態(B)、BMMSCsの細胞形態(C)。(D)〜(F):幹細胞マーカーSTRO-1の免疫染色。SHED(D)、DPSCs(E)、BMMSCs(F)は全てSTRO-1陽性であった(緑蛍光)。DAPIを使用して核を可視化した(オリジナルイメージでは青蛍光)。(G):BrdUを使用してSHED、DPSCs及びBMMSCsの増殖率を比較した。SHEDの増殖率はDPSCs及びBMMSCsの増殖率よりも顕著に高い。バーは標準偏差(SD)を示す。*p<0.05を有意差ありとした。
【図2】パスウェイ解析の結果。DPSCsとの比較において、SHEDで顕著なパスウェイを示す。SHEDでは細胞増殖のパスウェイが活性化されている。各遺伝子上の四角は発現の強さを表す。濃い程、発現が強い(オリジナルイメージでは赤色で発現上昇、青色で発現低下)。
【図3】リアルタイムPCRの結果。細胞増殖のパスウェイに関与する遺伝子の発現レベルを調べた。DPSCsに比較してSHEDではFGF2、TGF-β、Col I及びCol IIIが有意に高発現していた(p<0.05)。
【発明を実施するための形態】
【0011】
後述の実施例に示す通り、本発明者らの検討の結果、乳歯歯髄幹細胞では、永久歯歯髄幹細胞に比べ、FGF2、TGF-β、コラーゲンI及びコラーゲンIIIが有意に高発現していることが判明した。また、乳歯歯髄幹細胞には、間葉系幹細胞マーカーであるCD13、CD29、CD44及びCD73の発現が認められた。本発明の第1の局面は、これらの知見に基づき、乳歯歯髄幹細胞の培養法を提供する。本発明の培養法は以下のステップ(1)及び(2)を含む。
(1)乳歯歯髄幹細胞を用意し、培養するステップ
(2)培養中の前記乳歯歯髄幹細胞について、FGF2、TGF-β、コラーゲンI及びコラーゲンIIIからなる群より選択される一以上の因子の発現レベルを検出し、検出結果に基づき細胞の品質を判定するステップ
【0012】
ステップ(1)ではまず、生体から分離された乳歯歯髄幹細胞を用意する。乳歯歯髄幹細胞は、乳歯の歯髄から採取される。採取及びそれに続く培養操作の一例を以下の(i)〜(iii)に示す。尚、生体から分離された状態の乳歯歯髄幹細胞が用意されることになるが、他の細胞が混在した状態であってもよい。勿論、分離処理などを施すことによって、他の細胞が混在しない又は実質的に混在しない状態の乳歯歯髄幹細胞にした上で本発明を適用することにしてもよい。
【0013】
(i)歯髄の採取
自然に脱落した乳歯又は抜歯した乳歯をクロロヘキシジンまたはイソジン溶液に浸した後、培地中に回収する。続いて、生食注水下にて、歯科用バーを用いて乳歯又は抜歯した乳歯を必要に応じて分割する。歯科用ファイルを用いて歯髄を採取し、培地中に回収する。
【0014】
(ii)酵素処理及び細胞の播種
回収した歯髄にコラゲナーゼやディスパーゼを作用させる。例えば、培地中にコラゲナーゼ3mg/mlとディスパーゼ4mg/mlを添加し、37℃で1時間放置する。このように酵素処理した後、セルストレーナーを通し、夾雑成分を除去する。細胞を洗浄した後、培養容器に播種する。培養容器をインキュベータ内に移し、培養する(37℃、5%CO2)。尚、培養液としては例えばDMEM(Dulbecco's Modified Eagle's Medium)に血清などを添加したものを使用することができる。培養液の具体例を挙げると、ウシ胎仔血清(20%)、ペニシリン(100U/ml)、ストレプトマイシン(100μg/ml)及びアンフォテリシンB(0.25μg/ml)を添加したDMEMである。培養容器としては培養皿、三角フラスコ等が用いられる。この場合、必ずしも血清を必要としない。
【0015】
(iii)接着性細胞の選択培養
このステップではまず接着性細胞を選択する。浮遊成分を除去することによって接着性細胞を選択することができる。浮遊細胞の除去は、培地の交換によって容易に行うことができる。具体的には一部又は実質的に全部の培地を吸引除去し、続いて新しい培地を培養容器に注ぐことによって培地の一部又は全部を交換する。この培地交換操作を複数回繰り返し実施してもよい。浮遊成分を十分に洗浄除去するために、培地交換を3回〜4回/週で実施することが好ましい。
【0016】
浮遊成分を除去することによって残存した、接着性を有する接着性細胞(培養容器に接着した状態の細胞)は更なる培養に供される。ここでの培養は(ii)での培養と同条件で行うことができる。培養中は適宜培地交換を行う。例えば3日に一度の頻度で培地交換を行う。
【0017】
細胞がある程度増殖した段階で、継代培養(拡大培養)を実施してもよい。例えば、肉眼で観察してサブコンフルエント(培養容器の表面の約70%を細胞が占める状態)又はコンフルエントに達したときに細胞を培養容器から剥離して回収し、再度、培養液を満たした培養容器に播種する。継代培養を繰り返し行ってもよい。例えば継代培養を1〜3回行い、必要な細胞数(例えば約1×107個/ml)まで増殖させる。尚、培養容器からの細胞の剥離は、トリプシン処理など常法で実施することができる。
【0018】
培養条件は、乳歯歯髄幹細胞の成長・増殖が促される限りにおいて特に限定されない。培養液としては例えばDMEM(Dulbecco's Modified Eagle's Medium)に血清、成長因子、抗生物質などを添加したものを使用することができる。
【0019】
好ましい一態様では、乳歯歯髄幹細胞がFGF2、TGF-β、コラーゲンI及びコラーゲンIIIを高発現するという事実に鑑み、細胞の品質維持及び効率的な増殖を促すべく、FGF2、TGF-β、コラーゲンI、コラーゲンIII、FGF2誘導物質、TGF-β誘導物質、コラーゲンI誘導物質及びコラーゲンIII誘導物質からなる群より選択される一以上の物質の存在下で培養を実施する。好ましくは二以上、更に好ましくは三以上、更に更に好ましくは四以上の物質を併用する。
【0020】
「誘導物質」とは、標的(本発明ではFGF2、TGF-β、コラーゲンI又はコラーゲンIII)の発現を促進する作用を有する物質の総称である。例えばFGF2誘導物質であれば、FGF2の発現を促進する物質のことであり、これを培地中に添加すると、細胞のFGF2発現レベルが上昇することになる。発現レベルの上昇は、細胞ライセートから抽出・精製した標的のmRNAレベルを検出することや、培地中の標的レベルを検出することによって確認することができる。
【0021】
誘導物質として、パスウェイ上やシグナル経路上で標的の上流に位置する物質を例示することができる。FGF2誘導物質の具体例はFGF1であり、TGF-β誘導物質の具体例はFGF2 であり、コラーゲンI誘導物質の具体例はCTGF(結合組織成長因子)であり、コラーゲンIII誘導物質の具体例はCTGFである。
【0022】
ステップ(2)では、培養中の乳歯歯髄幹細胞について、特定の因子の発現レベルを検出し、その結果を利用して細胞の品質を判定する。ここでの「特定の因子」はFGF2、TGF-β、コラーゲンI及びコラーゲンIIIである。これらの内の一以上の因子の発現レベルを検出することになるが、好ましくは二以上、更に好ましくは三以上、最も好ましくはこれらの全てについてその発現レベルを検出する。通常、検出対象の因子の数が多いほど、判定結果の信頼性が高くなる。
【0023】
「発現レベル」は、遺伝子発現レベルとタンパク質発現レベルを包括する用語として用いられる。従って本発明では、遺伝子レベル又はタンパク質レベルで特定の因子の発現状態を検出することになる。前者の場合、検出対象の因子のmRNAを例えばRT-PCR法により検出すればよい。後者の場合においては、検出対象の因子に特異的結合性を示す抗体等を利用して検出することができる。試料としては、培養液の一部又は細胞集団の一部を用いる。尚、遺伝子レベルとタンパク質レベルの両方を測定し、総合的な評価又は評価の確認をすることにしてもよい。
【0024】
本発明では、検出した発現レベルが高いことが高品質であることの指標となる。つまり、検出の結果、発現レベルが高ければ、培養中の細胞は高品質である(換言すれば高品質を維持している)と判断する。このような肯定的な判断が下された場合には例えば、(a)培養を継続する又は(b)培養中の細胞を保存することになる。培養の継続は、この段階で細胞を増殖させる必要があるときに有効であり、他方、細胞の保存(保存条件は例えば-198℃)は、この段階で細胞を増殖させる必要がないときや将来の使用に備えて細胞の品質を極力劣化させずに維持しておくときなどに有効である。様々なドナーから得られた細胞を歯髄幹細胞バンクの形態で保存することにしてもよい。
【0025】
一方、ステップ(2)において否定的な結果、即ち、発現レベルが低いことが判明した場合には例えば、(a)培養を中断する、又は(b)発現レベルを高めるための処理をすることになる。
【0026】
本発明の一態様では、培養開始からの経過時間の異なる二以上の時点において、ステップ(2)における発現レベルの検出を行う。この態様では、典型的には前回の検出結果との比較を基に細胞の品質が維持されているか否かを判定するが、これに限られるものではなく、例えば前々回の検出結果との比較を用いて品質を判定することにしてもよい。また、発現レベルの検出を経時的に行い、細胞の品質の変動をモニターすることにしてもよい。この態様は、例えば継代培養を繰り返す場合など、長期間に亘って培養を継続する場合に特に有効である。
【0027】
ところで、後述の実施例に示す通り、乳歯歯髄幹細胞が間葉系幹細胞表面マーカーであるCD13、CD29、CD44及びCD73を発現していることが示された。この知見を踏まえると、培養中の乳歯歯髄幹細胞が品質を維持していることの指標としてこれらの細胞表面マーカーが有用であるといえる。そこで本発明の一態様では以下のステップ(3)を追加で行うことにし、その結果と、ステップ(2)で検出した発現レベルとを併用して細胞の品質を判定する。
(3)培養中の前記乳歯歯髄幹細胞について、CD13、CD29、CD44及びCD73からなる群より選択される一以上の細胞表面マーカーの発現の有無を調べるステップ
【0028】
細胞表面マーカーCD13、CD29、CD44及びCD73は骨髄間葉系幹細胞(Bone marrow mesenchymal stem cells(BMMSCs))においても発現が認められる間葉系幹細胞マーカーである。これらの細胞表面マーカーの発現を確認することは、培養中の細胞が幹細胞としての特性を維持していることを保障する上で有用である。これらの内の一以上の細胞表面マーカーの発現の有無を調べることになるが、好ましくは二以上、更に好ましくは三以上、最も好ましくはこれらの全てについてその発現の有無を調べる。通常、検査対象の細胞表面マーカーの数が多いほど判定結果の信頼性が高くなる。
【0029】
細胞表面マーカーの発現の有無は常法に従って調べればよい。例えば、フローサイトメトリーを利用することによって、特定の細胞表面マーカーの発現の有無を容易に調べることができる。
【0030】
本発明の第2の局面は、乳歯歯髄幹細胞がFGF2、TGF-β、コラーゲンI及びコラーゲンIIIを高発現するという知見に基づき、乳歯歯髄幹細胞の品質を判定する方法を提供する。本発明の品質判定法は以下のステップ(1)及び(2)を含む。
(1)乳歯歯髄幹細胞を用意するステップ
(2)前記乳歯歯髄幹細胞について、FGF2、TGF-β、コラーゲンI及びコラーゲンIIIからなる群より選択される一以上の因子の発現レベルを検出し、検出結果に基づき細胞の品質を判定するステップ
【0031】
ここでのステップ(1)及び(2)の詳細については、上記第1の局面の対応する説明が援用される。この品質判定法においても、検出した発現レベルが高いことが高品質であることの指標となる。また、検出対象の因子の数が多いほど、判定結果の信頼性が高くなり、最も好ましい態様ではこれらの全ての因子についてその発現レベルを検出する。一方、第1の局面と同様に以下のステップ(3)を更に実施することにし、特定の細胞表面マーカーの発現の有無をも考慮して細胞の品質を判定することが好ましい。
(3)前記乳歯歯髄幹細胞について、CD13、CD29、CD44及びCD73からなる群より選択される一以上の細胞表面マーカーの発現の有無を調べるステップ
【0032】
ここで、後述の実施例に示す通り、乳歯歯髄幹細胞が永久歯歯髄幹細胞よりも高い増殖能を示す事実に加え、乳歯歯髄幹細胞が有意にFGF2、TGF-β、コラーゲンI及びコラーゲンIIIを高発現することが判明し、これらの因子が増殖能の向上に有利な作用を及ぼすことが示唆された。そこで本発明の第3の局面は、永久歯歯髄幹細胞を有効利用する手段として、FGF2、TGF-β、コラーゲンI及びコラーゲンIIIからなる群より選択される一以上の因子が高発現するように遺伝子改変することを特徴とする、永久歯歯髄幹細胞の増殖能を高める方法を提供する。本発明の方法を適用すると、乳歯歯髄幹細胞の高い増殖能に関連する特徴が永久歯歯髄幹細胞に付与される結果、増殖能が向上した永久歯歯髄幹細胞が得られる。永久歯歯髄幹細胞は入手が比較的容易である反面、乳歯歯髄幹細胞に比較して増殖能が低い。本発明の方法は、当該短所を取り除き、永久歯歯髄幹細胞の臨床上の有用性を高めるものであり、その意義は非常に大きい。本発明の方法では標的(FGF2、TGF-β、コラーゲンI又はコラーゲンIII)又は標的の誘導物質が強制発現するように遺伝子改変する。典型的には、適当な遺伝子(標的又は標的の誘導物質をコードする遺伝子)を含む発現カセットが挿入されたベクターを永久歯歯髄幹細胞に導入すればよい。ベクターの構築法や遺伝子導入法等、遺伝子改変のための手法ないし技術は周知であり、例えばMolecular Cloning(Third Edition, Cold Spring Harbor Laboratory Press, New York)或いはCurrent protocols in molecular biology(edited by Frederick M. Ausubel et al., 1987)が参考になる。尚、永久歯歯髄幹細胞の採取法や培養法は、乳歯歯髄幹細胞の採取法及び培養法に準ずる。
【0033】
本発明は更に、第4の局面として、以下のステップ(1)及び(2)を含む、永久歯歯髄幹細胞の培養法を提供する。
(1)永久歯歯髄幹細胞を用意するステップ
(2)FGF2、TGF-β、コラーゲンI、コラーゲンIII、FGF2誘導物質、TGF-β誘導物質、コラーゲンI誘導物質及びコラーゲンIII誘導物質からなる群より選択される一以上の物質の存在下で培養するステップ
【0034】
本発明の培養法では、高い増殖能を示す乳歯歯髄幹細胞において有意に高発現することが確認された因子を培地中に添加することによって、永久歯歯髄幹細胞の増殖率の向上を図る。当該培養法における永久歯歯髄幹細胞の採取法や培養法は、乳歯歯髄幹細胞の採取法及び培養法に準ずる。尚、上記第3の局面の方法を適用して得られた、増殖能が高められた永久歯歯髄幹細胞を当該培養法に供する細胞として用いることにしてもよい。
【0035】
本発明の培養法(第1、第4の局面)又は本発明の品質判定法(第2の局面)を適用して得られた歯髄幹細胞の用途の例は、自家移植又は同種移植による骨組織、軟骨組織、神経組織、皮膚組織、毛髪組織、歯周組織又は血管組織の再生、及び全身性疾患(パーキンソン病、心疾患、神経疾患、脊髄疾患、糖尿病、骨性疾患、軟骨性疾患、歯科疾患など)の治療である。そこで本発明は更なる局面として、本発明の培養法で培養した歯髄幹細胞又は本発明の品質判定法で品質を確認した歯髄幹細胞からなる治療用細胞、及び当該歯髄幹細胞を主要構成成分とする治療用組成物を提供する。ここでの「治療用」とは、骨組織、軟骨組織、神経組織、皮膚組織、毛髪組織、歯周組織又は血管組織等の再生、全身性疾患(パーキンソン病、心疾患、神経疾患、脊髄疾患、糖尿病、骨性疾患、軟骨性疾患、歯科疾患など)の治療等に供されることを意味し、対象疾患ないし病態などは特に限定されない。尚、用語「歯髄幹細胞」は乳歯歯髄幹細胞と永久歯歯髄幹細胞を包括する用語である。
【0036】
一態様では、歯髄幹細胞を特定の細胞系譜へと分化誘導した後に本発明の治療用細胞として又は本発明の治療用組成物の構成成分として用いる。例えば、骨組織の再生を目的とした治療用細胞又は治療用組成物を調製するのであれば、骨系細胞へと分化するよう誘導処理を施す。典型的な手法では、培養液中に3種類の添加剤、即ちデキサメタゾン(Dex)、β−グリセロリン酸ナトリウム(β−GP)、及びL−アスコルビン酸二リン酸塩(AsAP)を添加することによって(又はこれらの添加剤を含有する培地(骨誘導培地)に交換することによって)、骨系細胞への分化を促す。これらの添加剤の添加量は例えば、デキサメタゾンについては約10 mM、β−グリセロリン酸ナトリウムについては約10-8 M、L−アスコルビン酸二リン酸塩については約0.05mMとする。分化誘導中は適宜培地交換を行う。例えば3日に一度の頻度で培地交換を行う。分化誘導のための培養は例えば1日間〜14日間継続する。
【0037】
本発明の治療用組成物は一態様において、細胞成分に加えて多血小板血漿を含む。ここで「多血小板血漿」即ちPRP(Platelet-rich Plasma)とは、血小板を豊富に含む血漿である。換言すれば、血小板が濃縮された血漿のことをいう。PRPは例えば、Whitmanらの方法(Dean H. Whitman et al.:J Oral Maxillofac Surg,55,1294-1299 (1997))に準じて、採取した血液を遠心分離処理に供することにより調製することができる。PRPはPlatelet-derived Growth Factor(PDGF)、Transforming growth factor β1(TGF-β1)、Transforming growth factor β2(TGF-β2)等の成長因子を豊富に含むことが知られている(Jarry J. Peterson:Oral surg Oral Med Oral Pathol Oral Radiol Endod,85,638-646(1998))。
【0038】
治療用組成物の更なる一態様は、細胞成分に加えてサイトカインを含む。好ましくは、多血漿板血漿に加えてサイトカインを含む。サイトカインとしては例えばBMP、PDGF、bFGFなどが用いられる。2種類以上のサイトカインを併用することにしてもよい。
【0039】
PRP及び/又はサイトカインを使用すれば再生効果の増強が図られる。また、PRPは流動性ないし粘度の調製にも有効である。即ち、PRPを使用すれば、移植に適したゲル状に本発明の治療用組成物を調製することが可能である。
【0040】
本発明の治療用組成物に期待される効果(即ち適用部位において組織の再生が生ずること)が保持されることを条件として、他の成分を追加的に使用することを妨げない。本発明において追加的に使用され得る成分を以下に列挙する。
【0041】
(A)無機系生体吸収性材料及び有機系生体吸収性材料
無機系生体吸収性材料の種類は特に限定されないが、β−リン酸三カルシウム(「β−TCP)、α−リン酸三カルシウム(α−TCP)、リン酸四カルシウム、リン酸八カルシウム、及び非結晶質リン酸カルシウムからなる群から選択される材料を用いることができる。これらの材料は単独で用いることができることはもちろんのこと、任意に選択した2種以上を組み合わせて用いても良い。好ましくは、β−TCP又はα−TCPのいずれか、又はこれらを任意の割合で組み合わせて用いる。さらに好ましくはβ−TCPを無機系生体吸収性材料として用いる。無機系生体吸収性材料は公知の方法により得ることができる。また、市販される無機系生体吸収性材料を用いることもできる。β−TCPとしては、例えば、オリンパス光学工業株式会社製のものを利用できる。
【0042】
無機系生体吸収性材料は、本発明の組成物が使用時において流動性となるような粒子径を有する粉末状であることが好ましい。粉末状の無機系生体吸収性材料は、適当な大きさに加工された無機系生体吸収性材料を、所望の粒子径となるまで破砕、粉砕することにより調製することができる。無機系生体吸収性材料の平均粒子径を、0.5μm〜50μmとすることが好ましい。さらに好ましくは、平均粒子径0.5μm〜10μmの無機系生体吸収性材料を用いる。さらにさらに好ましくは、平均粒子径1μm〜5μmの無機系生体吸収性材料を用いる。粒子径の異なる複数種類の無機系生体吸収性材料を組み合わせて用いることも可能である。無機系生体吸収性材料は本発明の組成物全体に対して30重量%〜75重量%含有することが好ましい。
【0043】
尚、本発明の組成物の流動性は、無機系生体吸収性材料の粒子径、及び含有率で調製することができ、両者を適宜調整することにより所望の流動性を得ることができる。また、後述の増粘剤を添加する場合には、増粘剤の添加量によっても流動性の調整を行うことができる。
【0044】
有機系生体吸収性材料としては、ヒアルロン酸、コラーゲン、フィブリノーゲン(例えばボルヒール(登録商標))等を使用することができる。
【0045】
(B)ゲル化材料
例えば、トロンビンと塩化カルシウムを添加して本発明の組成物を構成することができる。これらを添加することにより、トロンビンがPRP中のフィブリノーゲンに作用しフィブリンが生ずる。そして、フィブリンの凝集作用により粘性が増加する。ゲル化剤の種類は特に限定されず、上記のようにPRP中の成分に作用して粘性を増加させるもの、又はそれ自身により増粘効果を奏するものを適宜選択して用いることができる。
【0046】
また、上記のゲル化材料に加えて、適用後(移植後)に作用して本発明の組成物の流動性(粘度)を変化させる第2のゲル化材料を併用することもできる。このような構成とすれば、使用時には適度な流動性を有するために移植が容易であり、かつ、適用後にはより粘度が増すことにより適用部位における定着性が向上し、間葉系組織(骨、軟骨、靭帯、筋肉、神経、歯又は歯周組織など)の修復又は再生を効果的に行うことができる。また、予め適用部位の形状に成型する必要がなく、汎用性が高い。
【0047】
ゲル化材料は、生体親和性が高いものを用いることが好ましく、上記の例の他、ヒアルロン酸、コラーゲン又はフィブリン糊等を用いることができる。ヒアルロン酸、コラーゲンとしては種々のものを選択して用いることができるが、本発明の組成物の適用目的(適用組織)に適したものを採用することが好ましい。骨組織の再生を目的とする場合には、例えば、I型コラーゲンを用いることができる。用いるコラーゲンは可溶性(酸可溶性コラーゲン、アルカリ可溶性コラーゲン、酵素可溶性コラーゲン等)であることが好ましい。
【0048】
(C)増粘剤
増粘剤を添加することにより、本発明の組成物の流動性を調整することもできる。増粘剤としては、アルギン酸ナトリウム等の増粘多糖類、グリセリン、ワセリン等を用いることができるが、安全性及び/又は骨形成能の観点から、生体親和性が高く、かつ生体吸収性又は生体分解性のものを用いることが好ましい。グリセリン等を添加することにより、凍害防止の効果も得られる。
【0049】
(D)溶媒
本発明の組成物は、水系の溶媒を含むものであってもよい。水系の溶媒としては、滅菌水、生理食塩水、リン酸塩溶液等の緩衝液等を用いることができる。尚、調製した細胞を生理食塩水やPBS(リン酸緩衝生理食塩水)に懸濁して本発明の組成物とし(PRP等、他の成分を含有しない)、患部に適用することもできる。
【0050】
(E)その他
本発明の組成物は、上記の成分の他、安定化剤、保存剤、pH調整剤等を含んでいても良い。また、成長因子、特に骨誘導因子(BMP)を含ませることもできる。
【0051】
ここで、本発明の組成物の調製法の一例を示す。以下の調製法では、(i)トロンビン溶液を用意するステップ、(ii)多血小板血漿(PRP)を調製するステップ及び(iii)各成分を混合してゲル化させるステップが実施される。以下、ステップ毎に説明する。
【0052】
(i)トロンビン溶液を用意するステップ
このステップではトロンビンを所定量含有する溶液を用意する。トロンビン溶液におけるトロンビン濃度は特に限定されないが、後述のステップ(iii)において適切なゲル化を達成できる濃度とする。例えばトロンビン濃度を100U/ml〜10000U/ml含有するトロンビン溶液とする。好ましくはトロンビン濃度を約1000 U/mlとする。安全性や免疫拒絶の観点からヒトトロンビンを使用することが好ましい。ヒトトロンビンとして例えばトロンビン−ヨシトミ(登録商標)を使用することができる。或いは自己血液から調製したヒトトロンビンを使用してもよい。カルシウムイオンの存在下でトロンビンを作用させることによって多血小板血漿(PRP)中のフィブリノーゲンからフィブリンが生成し、凝固(ゲル化)する。従って、カルシウムイオンを含有するトロンビン溶液を用意すれば、トロンビン溶液とPRPとを混合する際(ステップ(iii))別途カルシウムイオンを添加する必要がない。例えば、トロンビン溶液を5%〜25%塩化カルシウム溶液として調製することが好ましい。更に好ましくは約10%塩化カルシウム溶液として調製したトロンビン溶液を使用する。
【0053】
(ii)多血小板血漿(PRP)を調製するステップ
このステップでは、生体から分離された血液から多血小板血漿(PRP)を調製する。PRPは日赤PC(濃厚血小板)採取法に準じて調製することができる。PRPの調製方法の具体例を以下に示す。まず、採取した血液にクエン酸ナトリウム等の凝固防止剤を添加し、室温で所定時間放置する。その後、血球及び軟膜が分離する条件(例えば約1,100rpmで約10分間)で遠心処理する。これにより2層に分離される。上層を採取した後、更に約2,500rpmで約10分間、遠心処理する。その結果得られた画分(Platelet-rich Plasma:PRP)を採取する。PRPの調製方法は当該方法に限定されるものではなく、必要に応じて修正を加えた方法により調製することができる。
【0054】
毒性ないし免疫拒絶の観点からレシピエント自身(即ち、本発明の治療用組成物を適用する対象)の血液を用いてPRPを調製することが好ましいが、同種由来の血液からPRPを調製することにしてもよい。
【0055】
PRPに含まれる血小板の数(血小板濃縮率)についての一般的な定義はないが、採取した血液に比較して約150倍〜約1500倍の血小板を含有する血漿を本発明におけるPRPとすることができる。
【0056】
本発明においてPRPの「血小板濃縮率」は、次の式で表される。
血小板濃縮率(%)=(PRP中の平均血小板数/出発材料である全血中の平均血小板数)×100
【0057】
従って、例えばPRP中の平均血小板数が1,000,000であって、全血中の平均血小板数が300,000であるときの血小板濃縮率は約333%となる。以前の研究によって、PRPの血小板濃縮率が組織の再生効果と関連性を有することが明らかとなった。そこで、一層高い再生効果を得るべく、血小板濃縮率が約150%〜約1500%(平均血小板数に換算した場合には通常、約240,000個/μL〜約6,150,000個/μLに相当する)の範囲にあるPRPを用いることが好ましく。更に好ましくは血小板濃縮率が約300%〜約700%(平均血小板数に換算した場合には通常、約480,000個/μL〜約2,870,000個/μLに相当する)の範囲にあるPRPを用いる。
【0058】
PRPを調製する際の遠心処理の条件を適宜調節することによって、所望の血小板濃縮率のPRPを得ることができる。例えば、上記の如き二段階の遠心処理を実施することとし、最初の遠心処理を約500rpm〜約1500rpm(例えば1,100rpm)、約5分間〜約15分間(例えば約5分)の条件で実施し、2段階目の遠心処理を約2000rpm〜約5000rpm(例えば約2,500rpm)、約5分間〜約15分間(例えば約5分)の条件で実施することで、血小板濃縮率が約300%〜約700%の範囲にあるPRPを得ることができる。出発材料である血液や使用する器具の相違によって、同条件で処理したとしても最終的に得られるPRPの血小板濃縮率が変動することが予想されるが、当業者であれば通常、上記条件を考慮しつつ、得られたPRPの血小板濃縮率に基づいて条件の修正を施すことによって、所望の血小板濃縮率のPRPを調製する条件を見出すことができる。尚、PRPの血小板濃縮率の計測は常法(例えば、市販のSysmex XE-2100(Sysmex、東京、日本)を使用)を利用して行うことができる。
【0059】
本発明の治療用組成物を構築するために使用するPRPの血小板濃縮率は上記の通りである。一方、最終的な組成物(本発明の治療用組成物)の血小板濃度は、PRPの血小板濃縮率、PRPとそれに組み合わせる他の成分の使用比率等によって変動するものの、例えば約240,000個/μL〜約6,150,000個/μL、好ましくは約480,000個/μL〜約2,870,000個/μLである。このような濃度で血小板を含有することによって、良好な組織再生効果が得られる。尚、例えば血小板濃縮率が約300%〜約700%の範囲にあるPRPを使用すれば、最終的な組成物の血小板濃度を約480,000個/μL〜約2,870,000個/μLの範囲に調整することが可能である。
【0060】
(iii)各成分を混合してゲル化させるステップ
このステップでは、ステップ(i)で用意したトロンビン溶液と、ステップ(ii)で調製した多血小板血漿と、上記調製法で調製した歯髄幹細胞とをカルシウムイオン存在下で混合してゲル化させる。この際、サイトカイン(BMP、PDGF、bFGF等)も併せて混合することも可能である。
【0061】
好ましくは、これらの成分を混合する際に空気を所定割合で混合する。空気を混合することによってゲル化の状態の調整(流動性の調整)が行える。また、空気を混合して得られる組成物では、それを生体に移植した際、適量の空気が周囲に存在することによって、組成物中の細胞が生存・増殖するのに適した環境を作り出すことができ、もって良好な組織再生効果を期待できる。
【0062】
本発明では各成分を例えば次の混合比(体積基準)で混合し、ゲル化させる。
(a)トロンビン溶液:多血小板血漿と歯髄幹細胞の総量:空気=1:3〜7:0.1〜5.0
当該混合比で混合することによって、操作性、及び移植後の定着性の観点から適度な流動性を有するとともに、良好な再生効果(治療効果)を発揮するゲル状の組成物が得られる。
【0063】
ここで、多血小板血漿と歯髄幹細胞の総量の混合率、及び/又は空気の混合率に応じて、得られるゲル状組成物の流動性が変化する。つまり(a)の混合比を操作することによって、得られるゲル状組成物の流動性を調節することができる。具体的には、流動性が比較的低い組成物が必要であれば、上記混合比の範囲内において、多血小板血漿と歯髄幹細胞の総量の混合率が小さい(及び/又は空気の混合率が小さい)混合比を採用し、流動性が比較的高い組成物が必要であれば、上記混合比の範囲内において、多血小板血漿と歯髄幹細胞の総量の混合率が大きい(及び/又は空気の混合率が大きい)混合比を採用すればよい。尚、トロンビン溶液、多血小板血漿、及び歯髄幹細胞は生体由来の成分であるため、採取源の相違などに起因して性状に多少の変動があり、これがゲル化状態へ影響することが考えられるが、本発明者らのこれまでの経験によれば、上記混合比の範囲内で各成分を混合すれば通常、上記の如き優れた特性を有するゲル化状態の組成物が得られる。
【0064】
本発明の好ましい一態様では、各成分の混合比を次の通りとする。
(a1)トロンビン溶液:多血小板血漿と歯髄幹細胞の総量:空気=1:4〜6:0.3〜3.0
【0065】
当該混合比を採用することによって、所望の流動性を有するゲル化状態の組成物をより確実に調製することが可能となる。各成分の混合比の具体例を以下に示す。
トロンビン溶液:多血小板血漿と歯髄幹細胞の総量:空気=1:4:1.0
トロンビン溶液:多血小板血漿と歯髄幹細胞の総量:空気=1:5:1.0
トロンビン溶液:多血小板血漿と歯髄幹細胞の総量:空気=1:6:1.0
【0066】
上記の比率で各成分を混合することによって、典型的には、歯髄幹細胞を約1.0×105〜約1.0×108個/ml含有する組成物を得ることができる。このような組成物によれば、組織欠損部に適用した際、良好な組織再生効果を期待できる。
【0067】
本発明の治療用細胞ないし治療用組成物適用方法としては、組織欠損部に注入、埋入、填入、又は塗布を採用することができる。適度な流動性を有するゲル状に調製すれば、填入、注入、又は塗布等、簡便な手法で適用することができる。また、ゲル状であれば注射針等を用いて適用部位に容易に填入でき(創部を開放することなく適用することも可能である)、また、組織欠損部の形状に合わせて予め成型することを要せず、その汎用性が高い。
【0068】
以下、実施例を用いて本発明をより詳細に説明する。
【実施例】
【0069】
1.材料及び方法
(1)細胞の採取及び培養
名古屋大学倫理委員会の承認を得た上で健常者の乳歯と永久歯からヒト歯髄組織を採取した。SHEDとDPSCsの分離法及び培養法は既報の方法(参考文献9、10)に従った。簡潔に述べると、歯髄を慎重に回収した後、3mg/mlのコラゲナーゼIと4mg/mlのディスパーゼを含む溶液中で37℃、1時間処理した。70mmセルストレーナー(Falcon, BD Labware, Franklin Lakes, NJ)を用いてフィルター処理した後、mesenchymal cell growth supplement(Lonza(登録商標) Inc. Walkersville, MD)を20%と抗生物質(ペニシリン100 U/ml、ストレプトマイシン100μg/ml、アムホテリシンB 0.25μg/ml; GIBCO)を含有するDMEM(Dulbecco's Modified Eagle's Medium)を用いて細胞を培養した(37℃、5% CO2)。ヒトBMMSCsはLonza(登録商標) Inc.より購入し、取り扱い説明書に従って培養した。
【0070】
(2)細胞増殖率の解析
BrdU染色キット(Invitrogen, Carlsbad, CA)を用い、SHED、DPSCs及びBMMSCsの増殖率をBrdU(bromodeoxyuridine)の取込量(12時間)を指標として評価した(試験群につい3検体)。統計処理には、一元分散分析(ANOVA)に基づくTukey-Kramer testを用いた。p値<0.05を統計学的に有意とした。
【0071】
(3)FACSによる細胞表面抗原解析
トリプシン処理した培養細胞を遠心分離した後、PBSで洗浄した。種々の特異的抗原の存在下、4℃、45分間、細胞をインキュベートした。FITC(フルオレセインイソチオシアネート)が結合した抗ヒトCD14マウス抗体及び抗ヒトCD31マウス抗体(BD Pharmingen, San Diego, CA)、PE(フィコエリスリン)が結合した抗ヒトCD73マウス抗体(BD Pharmingen)、APC(アロフィコシアニン)が結合した抗ヒトCD13マウス抗体、抗ヒトCD29マウス抗体及び抗ヒトCD34マウス抗体(BD Pharmingen)、PerCPが結合した抗ヒトCD45マウス抗体(BD Pharmingen)、ビオチンが結合した抗ヒトCD44マウス抗体(BD Pharmingen)を使用した。ビオチンが結合した抗ヒトCD44マウス抗体を検出するための二次抗体としてPerCPが結合したストレプタビジン(BD Pharmingen)を使用した。FACS Calivur(BD Pharmingen)を用いたフローサイトメトリーによって評価した。
【0072】
(4)STRO-1の免疫蛍光染色
SHED、DPSCs及びBMMSCsを24ウェルプレートに継代培養した。パラフォルムアルデヒドを3%含有するPBSで30分間処理して固定した。続いて、細胞をPBSで2回洗浄した後、グリシンを100mM含有するPBSで20分間処理した。次に、Triton-Xを0.2%含有するPBSで透過処理(30分間)した後、ロバ血清を5%とウシ血清アルブミンを0.5%含有するPBS内で20分間インキュベートした。次に、細胞を抗ヒトSTRO-1マウス抗体(一次抗体、1:100)とインキュベートした(1時間)。続いて二次抗体(1:500)を30分間反応させた後、DAPI含有Vectashield(Vector Laboratories Inc., Burlingame, CA)で包埋した。
【0073】
(5)cDNAマイクロアレイ解析
同一ドナー由来のSHED及びDPSCsからRNeasy(登録商標) Mini Kit (QIAGEN, Valencia, CA)を用いて全RNAを調製した。Agilent Expression Array Whole Human Genome oligo DNA microarray (Agilent, Santa Clara, CA)を使用してマイクロアレイ実験を行った(タカラバイオ株式会社に委託)。このマイクロアレイには41,078プローブ(遺伝子)セットが含まれている。Quick Amp Labeling Kit two color, Gene Expression Hybridization KitとGene Expression Wash Pack (Agilent)を使用し、Quick Amp Labeling Kit two color manual(Agilent)に従って実験を行った。Agilent Feature Extraction ver. 9.5 ソフトウエアを使用してデータの補正、分析を行った。データの補正にはLiner/LOWESS (Locally Weighted Liner Regression)を使用した。補正後のデータをGeneSpring GX 10.0 ソフトウエア(Agilent)に取込み、更に解析を行った。
【0074】
(6)定量的リアルタイムRT-PCR
既報の方法(参考文献16)に従いリアルタイムRT-PCRを行った。ヒト線維芽細胞成長因子2(FGF2)、トランスフォーミング成長因子β2(TGF-β2)、I型コラーゲン(Col I)及びIII型コラーゲン(Col III)用のプライマー及びプローブを表1に示す。
【表1】

【0075】
GAPDH用プライマー及びプローブ(TaqMan GAPDH検出試薬)はパーキンエルマー社、アプライドバイオシステムズ社から購入した。相対発現レベルをGAPDHの発現量で補正した。スチューデントのt検定によって統計処理し、p値<0.05のときに有意差ありとした。
【0076】
2.結果
(1)SHED、DPSCs及びBMMSCsの特徴の比較
SHED及びDPSCsはBMMSCs類似の線維芽細胞様の形態を示した(図1A−C)。免疫蛍光染色の結果、SHED、DPSCs及びBMMSCsはいずれもSTRO-1陽性細胞を含むことが判明した(図1D−F)。間葉系細胞マーカー(CD13、CD29、CD44及びCD73)、内皮細胞マーカー(CD31)、造血系細胞マーカー(CD34、CD45)及び単球マーカー(CD14)の陽性率を表2に示す。
【表2】

尚、間葉系細胞マーカー、内皮細胞マーカー、造血系細胞マーカーについてフローサイトメトリーで解析した。平均±標準偏差で陽性率(%)を示した。a:n=4、b:n=4、c:n=3。
【0077】
このように、SHED及びDPSCsはいずれも、全ての間葉系細胞マーカーについて90%以上の陽性率を示した。この結果は、DPSCs及びBMMSCsと同様にSHEDもMSCsの表現型を持つことを示す。SHEDは、DPSCs及びBMMSCsよりも高い増殖率を示した(p<0.05)(図1G)。
【0078】
(2)SHED及びDPSCsの遺伝子発現プロファイル
高い増殖率を示すことから、SHED及びDPSCsは、BMMSCsの代替として、細胞ベースの治療に有用であると考えられる。そこで、SHED及びDPSCsに的を絞り、更に検討を加えることにした。SHEDとDPSCsの遺伝子発現プロファイルを比較するため、cDNAマイクロアレイを使用した。解析の結果、41,078遺伝子の内、4,386遺伝子について、SHEDとDPSCsの間で発現レベルの2倍以上の差を認めた(2,159遺伝子がSHEDで発現レベルが上昇、2,227遺伝子がSHEDで発現レベルが低下)。
【0079】
(3)遺伝子オントロジー解析
DPSCsに比較してSHEDで濃縮される遺伝子(enrichment gene)のカテゴリーを決定するため、GeneSpring GX 10.0ソフトウエア(表3)遺伝子オントロジー(GO)解析を施行した。
【表3】

【0080】
最も顕著なGOカテゴリーは細胞外マトリックス関連のものであった。解剖学的構造(anatomical structure)、多細胞生物(multicellular organism)及び血管(blood vessel)に関連遺伝子等、発達プロセスに関連した遺伝子もSHEDに特徴的な濃縮遺伝子カテゴリーであった。
【0081】
(4)パスウェイ解析
発現上昇(アップレギュレート)及び発現低下(ダウンレギュレート)については2倍の変化をカットオフとし、p値については0.05をカットオフとして、解析すべき遺伝子を抽出した。最も有意なパスウェイの一つは細胞増殖であった。細胞増殖のネットワークを図2に示す。コラーゲン(Col I、III、VII、XIII)やプロテオグリカン(glypican、versican)など、細胞外マトリックス遺伝子が細胞増殖パスウェイに含まれる。また、線維芽細胞増殖因子(FGF)、トランスフォーミング成長因子β(TGF-β)、結合組織成長因子(CTGF)、神経成長因子(NGF)、及び等及び骨形態形成タンパク質(BMP)等の成長因子がこのパスウェイに関係する。
【0082】
(5)リアルタイムPCR解析
SHEDにおいて細胞増殖パスウェイが重要であることを確認するため、リアルタイムPCRを利用して関連遺伝子の発現パターンを評価した(図3)。DPSCsに比較してSHEDではFGF2、TGF-β、Col I及びCol IIIが有意に高発現していた(p<0.05)。この結果はマイクロアレイ解析の結果と符合する。
【0083】
3.考察
本研究では、SHEDの特徴をDPSCsと比較した。また、組織工学及び再生医療に利用される幹細胞の標準とみなされてきたBMMSCsとも比較した。その結果、SHEDが高い増殖能を備えることに加え、細胞外マトリックスに富むことが示され、幹細胞を利用した治療用の細胞源として極めて有用であることが明らかとなった。SHEDは骨芽細胞、軟骨芽細胞、脂肪細胞、神経細胞等、様々な細胞へ分化する能力を有する(参考文献10〜12)。過去の報告によればSHEDは線維性骨や象牙質用構造を形成する能力を示す(参考文献12、17、18)。一方、永久歯歯髄から分離されるDPSCsは(参考文献9)、歯組織の再生のみならず全身性疾患の治療にも有用であると考えられている(参考文献13〜15)。DPSCsとBMMSCsの特徴を比較した報告はいくつか存在する(参考文献16、19〜21)。cDNAマイクロアレイ解析ではDPSCsとBMMSCSは類似の遺伝子発現プロファイルを示すものの(参考文献16、19)、両者の多分化能は異なる(参考文献20、21)。この事実は、幹細胞の特徴が一様でなく、その由来(採取源)に依存することを示唆する。過去の報告では、SHEDと成人DPSCsの相異点は、免疫不全マウスの皮下に移植した際にSHEDは骨形成を誘導するのに対し、DPSCsは象牙質/歯髄様構造を形成したことである(参考文献9、10、18)。しかしながら、SHEDとDPSCの違いについてはほとんど不明であった。
【0084】
本研究によってSHED、DPSCs及びBMMSCsの全てが、間葉系幹細胞マーカーの一つであるSTRO-1(参考文献10、22)陽性であることが明らかとなった。FACS解析の結果からはSHED及びDPSCsのいずれも、ほとんどの間葉系幹細胞マーカーに関して陽性を示す一方で、内皮細胞マーカー、造血細胞マーカー及び単球マーカーに関して陰性を示した。発現パターンはBMMSCsに類似したものであった。これらの結果は、DPSCs同様、SHEDは間葉系幹細胞の表現型を有するが、内皮細胞や造血細胞の表現型を有しないことを示唆する。
【0085】
高い増殖能を有することは、体性幹細胞における最も重要な特徴の一つである(参考文献23)。BrdUを用いた実験の結果、SHED、DPSCs及びBMMSCの中でSHEDが最も高い増殖率を示した。また、パスウェイ解析の結果、DPSCsに比較してSHEDでは細胞増殖のネットワークが活性化されており、このことが、SHEDがDPSCsよりも高い増殖率を示す理由であると考えられる。マイクロアレイ解析の結果によって、このパスウェイと関連するFGF、TGF-β、CTGF、NGF及びBMP等の成長因子をSHEDが高発現することが明らかとなった。FGF2は線維芽細胞、血管内皮細胞、神経外胚葉細胞及び骨芽細胞等、様々な細胞の増殖を促進するサイトカインである。FGF2はまた、組織新生及び創傷治癒のプロセスにおける細胞外マトリックス生成を調節する。FGF2がDPSCsに対して細胞増殖作用及び軟骨芽細胞への分化誘導作用を示すことが報告されている(参考文献24、25)。従って、FGF2はSHEDにおいても細胞増殖や細胞外マトリックスの発現を促進するのかもしれない。TGF-βファミリー(TGF-β1、TGF-β2、TGF-β3)は細胞増殖の調節、細胞外マトリックスの形成、分化、遊走及びアポトーシスに関して重要な役割を果たす。歯髄細胞に全てのアイソフォームの存在が認められている(参考文献26)。今回の実験ではDPSCsに比較してSHEDにTGD-β2及びTGF-β3の高発現を認めた。TGF-β2は細胞増殖及びコラーゲン合成を刺激することが報告されている(参考文献27、28)。このことを考慮すると、SHEDの生物学的活性の調節にTGF-β2が関与していることが予想される。また、SHEDで高発現が認められたCTGFはTGF-βが誘導する細胞増殖、マトリックス合成、血管形成、遊走及びMSCsの骨芽細胞系譜への分化に関与するマトリックスシグナル分子である(参考文献29)。今回得られた結果は、TGF-β及びCTGFがSHEDの生物学的機能の調節に重要な役割を果たすことを示唆する。
【0086】
GO解析の結果、SHEDにおいて最も顕著に発現上昇が認められた遺伝子カテゴリーは細胞外マトリックス(特にコラーゲン)に関係するものであった。コラーゲンは細胞外マトリックスの主要成分であり、細胞外マトリックスの生物学的及び構造的統合性の維持に重要な役割を果たす(参考文献30)。コラーゲンは細胞の足場としても重要である。従って、コラーゲンの産生が亢進していることは、SHEDが組織工学における幹細胞源として有利であることを示す。加えて、パスウェイ解析の結果、コラーゲン(Col I、III、VII、XIII)及びプロテオグリカン(glypican、versican)が細胞増殖のネットワークに関与することが示された。このことは、これらの細胞外マトリックス因子がSHEDにおいて細胞増殖を促進していることを示唆する。
【0087】
本研究によって明らかとなった遺伝子発現プロファイルはSHEDの幹細胞としての特徴、特に高い増殖能を理解する上で極めて重要である。組織工学や細胞を利用した治療等、様々な医療用途においてMSCsが利用される理由の一つはその高い増殖能にある。このことに鑑みれば、SHEDが高い増殖能を示すことは臨床応用する上での大きな利点となる。更に、細胞外マトリックスや成長因子に富むことは、再生医療に利用する幹細胞源として好ましい。今回明らかとなったSHEDに特徴的なパスウェイ及び遺伝子はSHEDが臨床上、非常に有用な幹細胞源であることを裏付けるといえる。
【産業上の利用可能性】
【0088】
本発明によれば、歯髄幹細胞の効率的利用や品質の維持を図ることができる。本発明は、歯髄幹細胞の臨床応用を支える技術としてその利用価値は非常に高い。
【0089】
この発明は、上記発明の実施の形態及び実施例の説明に何ら限定されるものではない。特許請求の範囲の記載を逸脱せず、当業者が容易に想到できる範囲で種々の変形態様もこの発明に含まれる。
本明細書の中で明示した論文、公開特許公報、及び特許公報などの内容は、その全ての内容を援用によって引用することとする。
【0090】
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【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下のステップ(1)及び(2)を含む、乳歯歯髄幹細胞の培養法:
(1)乳歯歯髄幹細胞を用意し、培養するステップ;
(2)培養中の前記乳歯歯髄幹細胞について、FGF2、TGF-β、コラーゲンI及びコラーゲンIIIからなる群より選択される一以上の因子の発現レベルを検出し、検出結果に基づき細胞の品質を判定するステップ。
【請求項2】
検出した発現レベルが高いことが高品質であることの指標となる、請求項1に記載の培養法。
【請求項3】
ステップ(2)において、FGF2、TGF-β、コラーゲンI及びコラーゲンIIIの全てについて発現レベルを検出する、請求項1又は2に記載の培養法。
【請求項4】
以下のステップ(3)を更に含む、請求項1〜3のいずれか一項に記載の培養法:
(3)培養中の前記乳歯歯髄幹細胞について、CD13、CD29、CD44及びCD73からなる群より選択される一以上の細胞表面マーカーの発現の有無を調べるステップ。
【請求項5】
ステップ(1)における培養が、FGF2、TGF-β、コラーゲンI、コラーゲンIII、FGF2誘導物質、TGF-β誘導物質、コラーゲンI誘導物質及びコラーゲンIII誘導物質からなる群より選択される一以上の物質の存在下で実施される、請求項1〜4のいずれか一項に記載の培養法。
【請求項6】
乳歯歯髄幹細胞を用意し、FGF2、TGF-β、コラーゲンI、コラーゲンIII、FGF2誘導物質、TGF-β誘導物質、コラーゲンI誘導物質及びコラーゲンIII誘導物質からなる群より選択される一以上の物質の存在下で培養するステップ、を含む、乳歯歯髄幹細胞の培養法。
【請求項7】
以下のステップ(1)及び(2)を含む、乳歯歯髄幹細胞の品質判定法:
(1)乳歯歯髄幹細胞を用意するステップ;
(2)前記乳歯歯髄幹細胞について、FGF2、TGF-β、コラーゲンI及びコラーゲンIIIからなる群より選択される一以上の因子の発現レベルを検出し、検出結果に基づき細胞の品質を判定するステップ。
【請求項8】
検出した発現レベルが高いことが高品質であることの指標となる、請求項7に記載の品質判定法。
【請求項9】
ステップ(2)において、FGF2、TGF-β、コラーゲンI及びコラーゲンIIIの全てについて発現レベルを検出する、請求項7又は8に記載の品質判定法。
【請求項10】
以下のステップ(3)を更に含む、請求項7〜9のいずれか一項に記載の品質判定法:
(3)前記乳歯歯髄幹細胞について、CD13、CD29、CD44及びCD73からなる群より選択される一以上の細胞表面マーカーの発現の有無を調べるステップ。
【請求項11】
FGF2、TGF-β、コラーゲンI及びコラーゲンIIIからなる群より選択される一以上の因子が高発現するように遺伝子改変することを特徴とする、永久歯歯髄幹細胞の増殖能を高める方法。
【請求項12】
以下のステップ(1)及び(2)を含む、永久歯歯髄幹細胞の培養法:
(1)永久歯歯髄幹細胞を用意するステップ;
(2)FGF2、TGF-β、コラーゲンI、コラーゲンIII、FGF2誘導物質、TGF-β誘導物質、コラーゲンI誘導物質及びコラーゲンIII誘導物質からなる群より選択される一以上の物質の存在下で培養するステップ。
【請求項13】
永久歯歯髄幹細胞が、請求項11に記載の方法を適用して得られた、増殖能が高められた永久歯歯髄幹細胞である、請求項12に記載の培養法。
【請求項14】
請求項1〜6のいずれか一項に記載の培養法で培養した乳歯歯髄幹細胞、請求項7〜10のいずれか一項に記載の品質判定法で品質を確認した乳歯歯髄幹細胞、又は請求項12若しくは13に記載の培養法で培養した永久歯歯髄幹細胞からなる治療用細胞。
【請求項15】
骨組織、軟骨組織、神経組織、皮膚組織、毛髪組織、歯周組織又は血管組織の再生用、或いは全身性疾患の治療用である、請求項14に記載の治療用細胞。
【請求項16】
請求項14又は15に記載の治療用細胞を構成成分とした治療用組成物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2010−268715(P2010−268715A)
【公開日】平成22年12月2日(2010.12.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−122379(P2009−122379)
【出願日】平成21年5月20日(2009.5.20)
【出願人】(504139662)国立大学法人名古屋大学 (996)
【Fターム(参考)】