説明

乾式ベルト式無段変速機

【課題】ベルトとプーリとが設けられたベルト・プーリ室に油が漏れることを防止するシール性能の高い乾式ベルト式無段変速機を提供する。
【解決手段】乾式ベルト式無段変速機1において、可動シーブ11を固定シーブ10に向けて押圧する油圧室15cが可動シーブ11を挟んで固定シーブ10とは反対側に設けられるとともに、可動シーブ11が回転軸9の外周側に所定のクリアランスを設けて嵌合している嵌合部が、油圧室15cに油圧を給排する油路17もしくは油圧室15cに連通しており、その嵌合部に油圧室15cの圧油がクリアランスを経てベルト巻き掛け溝側に漏洩することを阻止する第1シール部材21aと第2シール部材22aとが回転軸9の軸線方向に所定の間隔をあけて配置され、これら第1シール部材21aと第2シール部材22aとの間の圧油を嵌合部から排出する排出油路23が設けられている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、一対のプーリと、それらのプーリに巻き掛けられたベルトとで構成された乾式のベルト式無段変速機に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、伝動ベルトを利用して変速比を連続的に変化させることのできるベルト式無段変速機が知られている。このベルト式無段変速機は、互いに平行に配置されたプライマリプーリとセカンダリプーリと、それらプーリに巻き掛けられて動力を伝達するベルトとで構成されている。また、各プーリは、回転軸と一体に形成された固定シーブと、回転軸の軸線方向に移動可能に保持された可動シーブとで構成されており、各シーブが互いに対向する面(以下、プーリ面と記す。)が円錐状に形成され、そのプーリ面にベルトが接触して動力が伝達されるように構成されている。つまり、プーリとベルトとの摩擦力を利用して動力が伝達されるように構成されている。
【0003】
一方、ベルト式無段変速機は、上述したようにプーリとベルトとの摩擦力を利用して動力を伝達するように構成されているので、ベルトの側面、すなわちプーリ面と接触する面に摩擦係数の大きい樹脂材料の皮膜を形成することによって、ベルトとプーリ面との摩擦力を増加させるように構成された、いわゆる乾式ベルト式無段変速機が知られている。この乾式ベルト式無段変速機は、ベルトとプーリ面とが接触している箇所を無潤滑状態、すなわち潤滑オイルを供給せずに摩擦力を得るように構成されている。しかしながら、可動シーブを軸線方向に移動させるために、通常、油圧アクチュエータを利用しているため、油圧アクチュエータからベルトが設けられている箇所へオイルが流入すると、ベルトの側面とプーリ面とで滑りが生じてしまう可能性がある。そのため、特許文献1に記載されたベルト式無段変速機は、可動シーブの中空部分の両端部と回転軸との間にOリングなどのシール材を設けることによって、油圧アクチュエータからベルトが設けられている箇所にオイルが流入しないように構成されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2007−303655号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1に記載された発明は、油圧アクチュエータに給排される圧油が高圧であるため、油圧アクチュエータに連通される可動シーブの油圧アクチュエータ側の端部と回転軸との間に設けられたシール材には高油圧がかかり、そのシール部材から油が漏れてスプライン部に溜まり、スプライン部に溜まったその油がベルトとプーリ面とが接触している箇所に漏れるおそれがある。
【0006】
この発明は上記の技術的課題に着目してなされたものであり、ベルトとプーリとが設けられたベルト・プーリ室に油が漏れることを防止するシール性能の高い乾式ベルト式無段変速機を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記の目的を達成するために、請求項1の発明は、回転軸と一体に回転する固定シーブと、その回転軸の軸線方向に移動可能でかつ前記回転軸と一体に回転するよう前記回転軸に嵌合させられて前記固定シーブとともにベルト巻き掛け溝を形成する可動シーブとによってプーリが形成され、そのベルト巻き掛け溝にベルトを巻き掛けてトルクを伝達する乾式ベルト式無段変速機において、前記可動シーブを前記固定シーブに向けて押圧する油圧室が前記可動シーブを挟んで前記固定シーブとは反対側に設けられるとともに、前記可動シーブが前記回転軸の外周側に所定のクリアランスを設けて嵌合している嵌合部が、前記油圧室に油圧を給排する油路もしくは前記油圧室に連通しており、その嵌合部に前記油圧室の圧油が前記クリアランスを経て前記ベルト巻き掛け溝側に漏洩することを阻止する第1シール部材と第2シール部材とが前記回転軸の軸線方向に所定の間隔をあけて配置され、これら第1シール部材と第2シール部材との間の圧油を前記嵌合部から排出する排出油路が設けられていることを特徴とするものである。
【0008】
また、請求項2の発明は、請求項1の発明において、前記排出油路は、前記可動シーブの半径方向において外径側に前記圧油を排出することを特徴とする乾式ベルト式無段変速機である。
【0009】
また、請求項3の発明は、請求項1または2の発明において、前記嵌合部に前記第2シール部材に対して前記回転軸の軸線方向に所定の間隔をあけて第3シール部材が配置され、前記第2シール部材とその第3シール部材とにより密閉された空間が、大気圧よりも圧力が高い高圧部であることを特徴とする乾式ベルト式無段変速機である。
【0010】
また、請求項4の発明は、請求項3の発明において、前記可動シーブと前記固定シーブとが一体に回転できかつ軸線方向に移動できるように、自己潤滑性を備えたキー部材が、前記嵌合部における前記第2シール部材と前記第3シール部材との間に設けられていることを特徴とする乾式ベルト式無段変速機である。
【0011】
さらに、請求項5の発明は、請求項3または4の発明において、前記第1シール部材と前記第2シール部材とは前記可動シーブの前記油圧室側の端部に設けられ、前記第3シール部材は前記回転軸の前記固定シーブ側に設けられ、前記可動シーブの前記端部の内径は前記回転軸の前記固定シーブ側の外径よりも小さく、かつ、前記可動シーブの他方の端部の内径は前記回転軸の前記油圧室側の外径よりも大きく形成されているとともに、前記高圧部は、前記可動シーブの前記端部の内径と前記回転軸の前記油圧室側の外径との間の前記第2シール部材と、前記可動シーブの前記他方の端部の内径と前記回転軸の前記固定シーブ側の外径との間の前記第3シール部材とによって構成されることを特徴とする乾式ベルト式無段変速機である。
【発明の効果】
【0012】
この発明によれば、嵌合部に油圧室の圧油がクリアランスを経てベルト巻き掛け溝側に漏洩することを阻止する第1シール部材と第2シール部材とが回転軸の軸線方向に所定の間隔をあけて配置され、これら第1シール部材と第2シール部材との間の圧油を嵌合部から排出する排出油路が設けられている。したがって、可動シーブを固定シーブに向けて押圧する油圧室の圧油が嵌合部に進入しようとするが、嵌合部に設けられた第1シール部材がその圧油が流入することを抑制または防止することができる。
【0013】
また、この発明によれば、第1シール部材に高圧がかかり圧油が漏れた場合、第1シール部材から所定間隔をあけて嵌合部に設けられた第2部材が、その漏れた圧油が高圧部に流入することを抑制または防止することができ、さらにシール性を向上させることができる。
【0014】
また、この発明によれば、軸線方向における第1シール部材と第2シール部材との間には排出油路が設けられているため、この排出路には、第1シール部材から漏れた油と第2シール部材により高圧部に流入することを防止されている圧油とが溜まり、プーリの回転による遠心力が半径方向外方に作用して、可動シーブの半径方向において外径側にその溜まった圧油を排出させることができ、その結果、ベルト巻き掛け溝に圧油が漏洩することを防止または抑制することができる。
【0015】
特に、請求項3の発明によれば、嵌合部における前記第2シール部材とその第3シール部材とにより密閉された空間(高圧部)が、大気圧よりも圧力が高くなるように構成されている。したがって、第1シール部材と第2シール部材との間の嵌合部よりも圧力が高いため、第1シール部材に高圧がかかり第1シール部材と第2シール部材との間に漏れた圧油は、第2シール部材を挟んで高圧部側に流入することはできずに、第1シール部材と第2シール部材との間に形成された排出油路にその圧油が溜まり、プーリの回転による遠心力が半径方向外方に作用して、可動シーブの半径方向において外径側にその溜まった圧油を排出させることができる。その結果、圧力差を用いてベルト巻き掛け溝に圧油が漏洩することを防止することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】この発明に係る乾式ベルト式無段変速機の一例を示す模式図である。
【図2】車両にこの発明に係る乾式ベルト式無段変速機を搭載したときの動力伝達経路を説明するための概略図である。
【図3】この発明に係る乾式ベルト式無段変速機の組み付け工程の一例を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
つぎに、この発明に係るベルト式無段変速機の構成の一例について説明する。図2は、この発明に係るベルト式無段変速機を車両に搭載した場合の動力伝達経路を示しており、ベルト式無段変速機1には、エンジンや電動機などの動力源2から動力が伝達され、伝達されたトルクや回転数を変化させてカウンタギヤユニット3およびデファレンシャルギヤ4を介して車輪5に出力するように構成されている。このベルト式無段変速機1の基礎となる構成は従来知られたものと同様であって、動力源2から動力が伝達されて回転するプライマリプーリ6と、そのプライマリプーリ6と平行に配置されてプライマリプーリ6から動力が伝達されることによって回転するセカンダリプーリ7と、それらのプーリ6,7に巻き掛けられて動力を伝達するベルト8とで構成されている。
【0018】
ここで、各プーリ6,7の構成を図1を参照しつつ具体的に説明する。プライマリプーリ6とセカンダリプーリ7との構成は略同一であるので、図1にはプライマリプーリ6の一部の断面のみを示している。図1に示すプーリ6は、動力源2に連結された入力軸9(回転軸)と一体に形成された固定シーブ10と、その固定シーブ10と対向して配置されかつ入力軸9の軸線方向に移動可能に配置された可動シーブ11とによって構成されている。なお、入力軸9は、ハウジング12に設けられた軸受13によって回転自在に保持されている。これらの各シーブ10,11は、互いに対向した面(以下、プーリ面10a,11aと記す。)が円錐状に形成されており、それら対向したプーリ面10a,11a同士の間に形成されたベルト巻き掛け溝にベルト8が巻き掛けられて、各プーリ面10a,11aとベルト8の側面とが摩擦接触することによって動力を伝達するように構成されている。図1に示す例では、各プーリ面10a,11aとベルト8との摩擦力を増大させるために、ベルト8の側面には、摩擦係数の大きい合成樹脂材料の皮膜を形成し、プーリ面10a,11aとベルト8との接触面には、潤滑油を介在させずに動力を伝達するように構成されている。つまり、この発明にかかるベルト式無段変速機は、ハウジング内のベルト8と各プーリ6,7とが設けられたベルト・プーリ室12aには、油が漏れないように構成された乾式ベルト式無段変速機である。
【0019】
また、可動シーブ11を固定シーブ10に向けて押圧する油圧室が可動シーブ11を挟んで固定シーブ10とは反対側に設けられている。具体的には、可動シーブ11を固定シーブ10の軸線方向に移動させるために、可動シーブ11に設けられた円筒軸部14の端部側に油圧アクチュエータ15が設けられている。油圧アクチュエータ15は、可動シーブ11を固定シーブ10側に押圧するように構成されており、円筒軸部14の端部の外周側に突出したピストン15aと、円筒軸部14の端部を覆うように形成されたシリンダ15bとによって構成されている。すなわち、円筒軸部14の端部とピストン15aとシリンダ15bとによって形成された空間を油圧室15cとして圧油を供給することによって、円筒軸部14の端部とピストン15aとに軸線方向の荷重を作用させて、可動シーブ11に対して固定シーブ側への推力を与えるように構成されている。具体的には、入力軸9の図に示す左側の端部から軸線方向における油圧アクチュエータ15が設けられている位置までの中心軸線上に形成された穴16と、その穴16の端部から入力軸9の外周面に連通するように形成された貫通孔17とを制御用油路として、図示しないオイルポンプから油圧を供給・排出するように構成されている。なお、ピストン15aの外周面とシリンダ15bの内周面との間にはOリングなどのシール部材15dが設けられており、油圧室15cからオイルが漏洩することを抑制もしくは防止している。また、円筒軸部14の油圧アクチュエータ側の先端部14aは、円錐台状に形成されており、貫通孔17と油圧室15cとの間で油圧が給排され易いように、半径方向にスリットが設けられている。
【0020】
また、この発明に係るベルト式無段変速機は、ベルト8と各プーリ面10a,11aとに潤滑油を供給せずに動力を伝達するように構成されているので、油圧アクチュエータ15のシリンダ15bとピストン15aとから漏洩したオイルや後述する嵌合部を通過して排出された圧油を一時的に溜めて図示しないオイルパンなどに排出するように設けられたハウジング12が、円筒軸部14の外周側と油圧アクチュエータ15とを収容するように形成され、そのハウジング12の内部の空間を油室18として、上述した圧油が流入するように構成されている。また、ハウジング12と円筒軸部14の外周面とには、油室18から圧油が漏洩しないように、シール部材19が設けられている。なお、このハウジング12の下方部には図示しないドレーンポートが形成されており、油室内の圧油が重力によって排出されるように構成されている。また、入力軸9は軸受13によって回転自在に保持されており、その軸受13は、図に示すようにハウジング12に形成されている。そのため、油室18に流入した圧油を軸受13に供給するように構成して、軸受13の潤滑性を向上させるように構成させてもよい。すなわち、油室18をオイル流通部として機能させて、油室18の壁面もしくはシリンダ15bの外周面に沿って潤滑油が軸受13に供給されるように構成してもよい。
【0021】
また、可動シーブ11が入力軸9の軸線方向に移動できるように、可動シーブ11の内周部が中空状に形成されており、その中空状に形成された部分に入力軸9が挿入されている。さらに、可動シーブ11のプーリ面11aとは反対側に延出した円筒状に形成された円筒軸部14が一体に形成されている。つまり、可動シーブ11および円筒軸部14の内周部に入力軸9が挿入されている。これら可動シーブ11および可動シーブ11に一体に形成された円筒軸部14の内周側と入力軸9の外周側とは、それらの間に半径方向において所定のクリアランスが設けられて嵌合しており、それら可動シーブ11および円筒軸部14と入力軸9とが嵌合している嵌合部が油圧室15cに油圧を給排する油路もしくは油圧室15cに連通している。このように構成された可動シーブ11と固定シーブ10とが一体に回転でき、かつ軸線方向に移動できるように、円筒軸部14の内周面と入力軸9の外周面とが自己潤滑性を備えたインボリュートスプラインやボールスプラインあるいは樹脂キーなどのキー部材20によって嵌合されている。すなわち、円筒軸部14の内周面と入力軸9の外周面とのいずれか一方に軸線方向に所定の長さを有する凹部を形成し、他方にその凹部と嵌合する突起部を形成して、円筒軸部14の内周面と入力軸9の外周面とが嵌合するように構成されている。なお、この発明にかかる嵌合部とは、可動シーブならびに円筒軸部が軸線方向において移動する際に、可動シーブならびに円筒軸部の内周面と軸部の外周面とが嵌合している箇所であるものとする。
【0022】
この発明にかかる嵌合部には、その嵌合部に油圧室の圧油がクリアランスを経てベルト巻き掛け溝側に漏洩することを阻止する第1シール部材と第2シール部材とが回転軸の軸線方向に所定の間隔をあけて配置され、これら第1シール部材と第2シール部材との間の圧油を嵌合部から排出する排出油路が設けられている。具体的には、円筒軸部14の油圧アクチュエータ側の内周面には、所定の間隔をあけて2つの環状溝21,22が形成されており、円筒軸部14の先端部側の環状溝21にはOリング等の第1シール部材21aが、もう一方の環状溝22にはOリング等の第2シール部材22aがそれぞれ設けられている。また、円筒軸部14の油圧アクチュエータ側の内周面には、それら第1シール部材21aと第2シール部材22aとの間の圧油を嵌合部から排出する環状の排出油路23が形成されており、さらに、この排出油路23に溜まった圧油を可動シーブ11の半径方向において外径側に排出する排出孔23aが、排出油路23と油室18とを連通するように設けられている。なお、第1シール部材21aと第2シール部材22aと排出油路23とが設けられた円筒軸部14の内周面を圧油排出面14bと称することとする。
【0023】
可動シーブ11を軸線方向に移動させるために円筒軸部14の端部に設けられた油圧アクチュエータ15の油圧を変化させた場合、油圧室15cと連通している円筒軸部14の端部の内周面と入力軸9の外周面との間の嵌合部(言い換えると、円筒軸部14の圧油排出面14bと入力軸9の外周面との間のクリアランス)には、円筒軸部14の円錐台状に形成された先端部側からプーリ6の巻きかけ溝側に向かって圧油が進入しようとするが、円筒軸部14の圧油排出面14bの環状溝22に設けられた第1シール部材21aがその圧油が流入することを抑制または防止することができる。また、第1シール部材21aには高圧がかかるために圧油が抑制できずに漏れてしまった場合、第1シール部材21aから所定間隔をあけて圧油排出面14bに設けられた第2シール部材22aが、その漏れた圧油が後述する高圧部に流入することを抑制または防止することができ、さらにシール性を向上させることができる。さらに、軸線方向における第1シール部材21aと第2シール部材22aとの間には排出油路23が設けられているため、この排出路22には、第1シール部材21aから漏れた油と第2シール部材22aにより後述する高圧部に流入することを防止されている圧油とが溜まり、プーリの回転による遠心力が半径方向外方に作用して、排出路22に連通した排出孔23aを介して略大気圧である油室18にその溜まった圧油を排出させることができ、その結果、ベルト・プーリ室に圧油が流入することを防止または抑制することができる。
【0024】
さらに、可動シーブ11のプーリ面側(言い換えると、開口端部側)の内周部は、半径方向ならびに軸線方向において溝部24が形成されており、その溝部に自己潤滑性を有する樹脂ブッシュ24aが設けられている。また、可動シーブ11の油圧アクチュエータ側の内周部(言い換えると、可動シーブ11と円筒軸部14とが連通している箇所の内周部)には、軸線方向において固定シーブ側に移動する際に入力軸9の後述する摺動面の縁部と接触しないように、半径方向ならびに軸線方向において溝部25(以降、この溝部を摺動溝部と呼ぶ。)が形成されている。さらに、可動シーブ11に設けられた樹脂ブッシュ24aが軸線方向において摺動する入力軸9の摺動面9aには、その面の軸線方向の縁部側に環状溝26が形成され、その環状溝26にOリング等の第3シール部材26aが設けられている。この第3シール部材26aは、可動シーブ11が軸線方向において移動する際に摺動溝部25または樹脂ブッシュ24aと摺動面9aとの半径方向の間のクリアランスを密閉するものであって、かつ、第2シール部材22aとともに密閉した空間27が大気圧よりも高圧になるように構成されている。なお、大気圧よりも高圧に構成された第2シール部材22aと第3シール部材23aとの密閉空間27を高圧部と呼ぶこととする。
【0025】
つぎに、この発明に係る高圧部について説明する。この発明に係る高圧部は、可動シーブの一方の端部(言い換えると、可動シーブに設けられた円筒軸部の端部)の内径と回転軸の油圧室側の外径との間の第2シール部材と、可動シーブの他方の端部の内径と回転軸の固定シーブ側の外径との間の第3シール部材とによって密閉された大気圧よりも圧力が高い空間である。高圧部の構成の一例を、図3を用いて、プーリの組み付け工程とともに示す。まずはじめに、プーリ6の組み付け工程では、可動シーブ11のプーリ面11aと固定シーブ10のプーリ面10aとが対向するように、図3(a)に示すように、可動シーブ11の中空状に形成された部分を入力軸9に挿入する。ここで、入力軸9の摺動面9aの外径と入力軸9の油圧アクチュエータ側の面9bの外径とでは、摺動面9aのほうが大きく形成されており、また、円筒軸部14の圧油排出面14bの内径と摺動溝部25の内径とでは、摺動溝部25のほうが大きく形成されている。このため、入力軸9に可動シーブ11を軸線方向において固定シーブ側に挿入していく過程において、入力軸9の油圧アクチュエータ側の面9bと円筒軸部14の圧油排出面14bとの勘合部を第2シール部材22aが密閉するとともに、入力軸9の摺動面9aと可動シーブ11の摺動溝部25または樹脂ブッシュ24aとの勘合部を第3シール部材26aが密閉することにより、第2シール部材22aと第3シール部材26aとの間に密閉された空間が生じる。言い換えると、入力軸9に可動シーブ11を軸線方向において固定シーブ側に挿入していく過程において、入力軸9の油圧アクチュエータ側の外周面9bと円筒軸部14の圧油排出面14bとの間に設けられている第2シール部材22aが、軸線方向の固定シーブ側から円筒軸部14の端部側に大気が流出することを防止し、さらに、可動シーブ11の摺動溝部25または樹脂ブッシュ24aと入力軸9の摺動面9aとの間に設けられている第3シール部材26aが、軸線方向において円筒軸部側から固定シーブ側に大気が流出することを防止することにより、大気を高圧部27に閉じ込める構成となっている。なお、図3(a)における密閉された空間は、略大気圧である。また、図3の斜線は、密閉された空間(高圧部)を示している。
【0026】
つぎに、高圧部27の大気圧を高めるために、プーリの組み付けの工程では、図3(b)に示すように、シリンダ15bを用いて円筒軸部14を軸線方向の固定シーブ側に押し付ける。具体的には、可動シーブ11を入力軸9に挿入し図3(a)における密閉された空間が生じた後に、中空状に形成されたシリンダ15bを入力軸9に挿入する。シリンダ15bは、入力軸9に挿入されて軸線方向の固定シーブ側に移動する際に、その内周部が円筒軸部14の円錐台状に形成された先端部14aと接触し、円筒軸部14の端部14aを軸線方向の固定シーブ側に押しつつ、入力軸9の油圧アクチュエータ側の外周面9bの縁部9cに固定されるとともに、円筒軸部14の端部を覆うこのシリンダ15bの開口端部と円筒軸部14の端部の外周側に設けられたピストン15aの外周部とによって油圧室15cが形成される。このとき、シリンダ15cの内周部に軸線方向の固定シーブ側に押される円筒軸部14の圧油排出面14bに設けられた第2シール部材22aは、気密性を保ちつつ軸線方向の固定シーブ側に移動するため、第3シール部材26aとの軸線方向における距離が短くなる。第2シール部材22aと第3シール部材26aとの軸線方向における距離が短くなることで、第2シール部材22aと第3シール部材26aとが閉じた空間(高圧部)は図3(a)に示す前述した略大気圧である密閉された空間よりも小さくなり、かつ、その小さくなった空間内の大気は圧縮され、大気圧よりも高圧となる。つまり、図3(b)に示すプーリ組み付け後の高圧部27は、図3(a)における密閉された空間の圧力または大気圧よりも高圧である。なお、図3(b)におけるプーリの位置は、組み付け後のプライマリプーリの初期位置(言い換えると、最減速の位置)を示すものであって、セカンダリプーリの場合では最増速位置を示すものである。
【0027】
次に、図3(c)を用いて、変速時の高圧部について説明する。ベルト8が巻きかけられたプライマリプーリ6のベルト巻き掛け半径を最大(つまり、プライマリプーリ6を最増速の位置)にする場合、円筒軸部14の端部とピストン15aとシリンダ15bとによって形成された油圧室15cに圧油を供給することによって、背面に油圧アクチュエータ15が設けられた可動シーブ11は、軸線方向において固定シーブ側に移動し、対向する固定シーブ10との軸線方向の距離は最小となる。このとき、可動シーブ11は高圧部27の気密性を保ちつつ軸線方向の固定シーブ側に移動するため、油圧アクチュエータ15に軸線方向の固定シーブ側に押される円筒軸部14の圧油排出面14bに設けられた第2シール部材22aは、図3(b)に示す巻き掛け半径が最小である場合の第3シール部材26aとの軸線方向における距離よりも、第3シール部材26aとの軸線方向の距離が短くなる。第2シール部材22aと第3シール部材との軸線方向における距離がさらに短くなることで、第2シール部材22aと第3シール部材26aとが閉じた高圧部は図3(b)に示す前述した密閉された空間よりもさらに小さくなり、かつ、そのさらに小さくなった空間内の大気はさらに圧縮され、図3(b)における高圧部27の圧力よりもさらに高圧となる。つまり、図3(c)に示すプーリ6のベルト巻き掛け半径が最大である時の高圧部27は、図3(b)に示すベルト巻き掛け半径が最小である場合における高圧部27の圧力よりも高圧である。なお、図3(c)におけるプーリの位置は、組み付け後の変速時におけるプライマリプーリの最増速の位置を示すものであって、セカンダリプーリの場合では最減速位置を示すものである。
【0028】
つまり、図3に示すように、この発明に係る高圧部の構成の一例において、第2シール部材22aと第3シール部材26aとの間の密閉された空間つまり高圧部27は、温度が一定であるとするとボイルの法則により、図3(a)に示す組み付け時の高圧部27よりも図3(b)に示すベルト巻き掛け半径最小時の高圧部27の方が圧力は高く、さらに図3(b)に示すベルト巻き掛け半径最小時の高圧部27よりも図3(c)に示すベルト巻き掛け半径最大時の高圧部27の方が圧力は高い。また、プーリ組み付け後の高圧部27は、圧力は常に大気圧よりも高くなるように設定されている。言い換えると、組み付けおよび変速による可動シーブ11の軸線方向における移動に伴って、高圧部27の圧力は、大気圧よりも上昇する構成または下降しても大気圧よりも低くならない構成となっている。なお、この発明に係る高圧部は、大気圧よりも高圧であるように構成されていればよく、例えば、高圧部に気体を注入して高圧になるように構成されてもよい。
【0029】
したがって、プーリのベルト巻き掛け半径を最小から最大にするために、円筒軸部14の端部に設けられた油圧アクチュエータ15の油圧を変化させ可動シーブ11を軸線方向に移動させた場合、油圧室15cと連通している円筒軸部14の端部の内周面14bと入力軸9の外周面9bとの間の嵌合部(言い換えると、円筒軸部14の圧油排出面14bと入力軸9の外周面9bとの間のクリアランス)には、油圧室15cに供給されその油圧室15cの圧力を高めて可動シーブ11を軸線方向に移動させる圧油が進入し、圧油排出面14bに設けられた第1シール部材21aに高圧がかかりその圧油が漏れた際に、その漏れた圧油が第1シール部材21aから所定間隔をあけて圧油排出面14bに設けられた第2シール部材22aを挟んで高圧部側に流入しようとする。しかし、第2シール部材22aと第3シール部材26aとの間の高圧部27は、第1シール部材21aと第2シール部材22aとの間の嵌合部(言い換えると、クリアランス)または略大気圧である排出油路23よりも圧力が高いため、第1シール部材21aに高圧がかかり第1シール部材21aと第2シール部材22aとの間のクリアランスに漏れた圧油は、第2シール部材22aを挟んで高圧部側に流入することはできずに、第1シール部材21aと第2シール部材22aとの間に形成された排出油路23にその圧油が溜まり、プーリ6の回転による遠心力が半径方向外方に作用して、排出路22に連通した排出孔23aを介して略大気圧である油室18にその溜まった圧油を排出させることができる。その結果、ベルト巻き掛け溝側(つまり、プーリとベルトとが設置されているベルト・プーリ室)に圧油が漏洩することを圧力差を用いて防止することができる。
【0030】
なお、上述した構成はプライマリプーリを例に挙げて説明したが、セカンダリプーリを対象とした構成であってもよい。また、この発明に係るベルト式無段変速機は、車両に搭載されたものに限定されず、産業機械や航空機あるいは船舶などに利用するベルト式無段変速機であってもよい。
【符号の説明】
【0031】
1…乾式ベルト式無段変速機、 6…プーリ、 8…ベルト、 9…回転軸、 10…固定シーブ、 11…可動シーブ、 14…円筒軸部、 15…油圧アクチュエータ、 15c…油圧室、 17…油路、 20…キー部材、 21a…第1シール部材、 22a…第2シール部材、 23…排出油路、 26a…第3シール部材、 27…高圧部。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
回転軸と一体に回転する固定シーブと、その回転軸の軸線方向に移動可能でかつ前記回転軸と一体に回転するよう前記回転軸に嵌合させられて前記固定シーブとともにベルト巻き掛け溝を形成する可動シーブとによってプーリが形成され、そのベルト巻き掛け溝にベルトを巻き掛けてトルクを伝達する乾式ベルト式無段変速機において、
前記可動シーブを前記固定シーブに向けて押圧する油圧室が前記可動シーブを挟んで前記固定シーブとは反対側に設けられるとともに、
前記可動シーブが前記回転軸の外周側に所定のクリアランスを設けて嵌合している嵌合部が、前記油圧室に油圧を給排する油路もしくは前記油圧室に連通しており、
その嵌合部に前記油圧室の圧油が前記クリアランスを経て前記ベルト巻き掛け溝側に漏洩することを阻止する第1シール部材と第2シール部材とが前記回転軸の軸線方向に所定の間隔をあけて配置され、
これら第1シール部材と第2シール部材との間の圧油を前記嵌合部から排出する排出油路が設けられている
ことを特徴とする乾式ベルト式無段変速機。
【請求項2】
前記排出油路は、前記可動シーブの半径方向において外径側に前記圧油を排出することを特徴とする請求項1に記載の乾式ベルト式無段変速機。
【請求項3】
前記嵌合部に前記第2シール部材に対して前記回転軸の軸線方向に所定の間隔をあけて第3シール部材が配置され、
前記第2シール部材とその第3シール部材とにより密閉された空間が、大気圧よりも圧力が高い高圧部であることを特徴とする請求項1または2に記載の乾式ベルト式無段変速機。
【請求項4】
前記可動シーブと前記固定シーブとが一体に回転できかつ軸線方向に移動できるように、自己潤滑性を備えたキー部材が、前記嵌合部における前記第2シール部材と前記第3シール部材との間に設けられていることを特徴とする請求項3に記載の乾式ベルト式無段変速機。
【請求項5】
前記第1シール部材と前記第2シール部材とは前記可動シーブの前記油圧室側の端部に設けられ、
前記第3シール部材は前記回転軸の前記固定シーブ側に設けられ、
前記可動シーブの前記端部の内径は前記回転軸の前記固定シーブ側の外径よりも小さく、かつ、
前記可動シーブの他方の端部の内径は前記回転軸の前記油圧室側の外径よりも大きく形成されているとともに、
前記高圧部は、前記可動シーブの前記端部の内径と前記回転軸の前記油圧室側の外径との間の前記第2シール部材と、前記可動シーブの前記他方の端部の内径と前記回転軸の前記固定シーブ側の外径との間の前記第3シール部材とによって構成される
ことを特徴とする請求項4または5に記載の乾式ベルト式無段変速機。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2013−87794(P2013−87794A)
【公開日】平成25年5月13日(2013.5.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−226094(P2011−226094)
【出願日】平成23年10月13日(2011.10.13)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】