説明

二相ステンレス鋼溶接用フラックス入りワイヤ

【課題】 母材と同程度の高強度な溶着金属性能が得られ、靭性および耐食性が良好で、割れやブローホール等の耐欠陥性に優れ、かつ溶接作業性が良好な二相ステンレス鋼溶接用フラックス入りワイヤを提供する。
【解決手段】 ステンレス鋼外皮の内部にフラックスが充填された二相ステンレス鋼溶接用フラックス入りワイヤにおいて、ワイヤ全質量に対して質量%で、ステンレス鋼外皮とフラックスの合計で、C:0.06%以下、Si:0.1〜1.0%、Mn:0.5〜3.0%、Ni:7〜11%、Cr:25.5〜28.5%、Mo:0.01〜1.5%、Cu:0.1〜0.5%、N:0.08〜0.3%を含有し、C、Si、Mn、Ni、Cr、Mo、CuおよびNが下記式のA値で1.5〜2.0であることを特徴とする二相ステンレス鋼溶接用フラックス入りワイヤ。
A=(Cr+Mo+1.5Si)/(Ni+30C+30N+0.5Mn+0.25Cu)・・・(式)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、二相ステンレス鋼の溶接に使用され、母材と同程度の高強度な溶着金属性能が得られ、靭性および耐食性が良好で、割れやブローホール等の耐欠陥性に優れ、かつ溶接作業性が良好な二相ステンレス鋼溶接用フラックス入りワイヤに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、SUS329J3L、SUS329J4Lに代表される二相ステンレス鋼は、優
れた耐食性および強度特性を持つステンレス鋼である。この二相ステンレス鋼のグレードとしては、その化学成分組織に含まれるCr、Mo、N、Wを基にして、耐孔食性指数PRE(Cr%+3.3Mo%+16N%)やPREW(Cr%+3.3(Mo%+0.5W%)+1.6N%)を用いて分類されている。使用用途として、耐食性が要求される化学プラント、化学機器、油井およびガス井等の耐食材料として、また、強度も高いことから、車両等の構造材としても用いられている。
【0003】
近年、耐孔食性指数PREの低い二相ステンレス鋼が開発され、ASTMではUNS
No.としてS32101,S32304,S31803等が実用化されている。特に、S32101は、NiやMoをほとんど含まないため、SUS304より低コストであり、塩化物イオンに対する高い耐食性や高強度を併せ持つ性能を有している。適用溶接材料は、これら鋼材の耐孔食性指数や強度に対して同等もしくはそれ以上の指数を有し、低コストで良好な溶着金属性能および溶接作業性が求められている。
【0004】
このような状況の中で特に高能率な溶接が可能であり、溶接作業性が良好なフラックス入りワイヤの開発が望まれている。しかし、Nを多く含有する二相ステンレス鋼を溶接した場合、ブローホールなどの欠陥が発生するという課題がある。加えて、スラグ剥離性の劣化やスパッタ発生量の増加など溶接作業性に課題があった。
【0005】
この課題を解決する技術として、例えば特許第3476125号公報(特許文献1)にCr、Mo、N量を限定すると共に、スラグ剤として、TiO2、SiO2、ZrO2、Al23およびMgO量を限制して、耐孔食性、靭性および溶接作業性を良好にしたフラックス入りワイヤが開示されている。しかし、このフラックス入りワイヤでは、従来の二相ステンレス鋼に比べてMoが多く添加されており、安価な二相ステンレス鋼に適用した場合、溶接材料のコストが高く、溶着金属の靭性が低いという課題があった。
【0006】
また、本発明者らは先に、特開2010−188387号公報(特許文献2)で、C、Si、Mn、Ni、Cr、Mo、Nを限定すると共に、D値を規制し、母材と同程度の高強度な溶着金属性能が得られ、靭性および耐食性が良好で、ブローホール等の耐欠陥性に優れ、かつ溶接作業性が良好な二相ステンレス鋼溶接用フラックス入りワイヤを提案した。しかし、このフラックス入りワイヤでは、安価な二相ステンレス鋼に適用した場合、フェライト晶出量が低くなるため高強度が得られ難いという課題があった。また、フェライト量が低いので耐割れ性についても課題があった。
【特許文献1】特許第3476125号公報
【特許文献2】特開2010―1888387号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、安価な二相ステンレス鋼の溶接に使用され、母材と同程度の高強度な溶着金属が得られ、靭性および耐食性が良好で、割れやブローホール等の耐欠陥性に優れ、かつ溶接作業性が良好な二相ステンレス鋼溶接用フラックス入りワイヤを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の要旨は、ステンレス鋼外皮の内部にフラックスが充填された二相ステンレス鋼
溶接用フラックス入りワイヤにおいて、ワイヤ全質量に対して質量%で、ステンレス鋼外皮とフラックスの合計で、C:0.06%以下、Si:0.1〜1.0%、Mn:0.5〜3.0%、Ni:7〜11%、Cr:25.5〜28.5%、Mo:0.01〜1.5%、Cu:0.1〜0.5%、N:0.08〜0.3%を含有し、前記C、Si、Mn、Ni、Cr、Mo、CuおよびNが下記式のA値で1.5〜2.0であり、その他は、ステンレス鋼外皮のFe成分、鉄合金からのFe成分、金属酸化物、金属弗化物および不可避不純物であることを特徴とする二相ステンレス鋼溶接用フラックス入りワイヤにある。A=(Cr+Mo+1.5Si)/(Ni+30C+30N+0.5Mn+0.25Cu)・・・(式)
【発明の効果】
【0009】
本発明の二相ステンレス鋼溶接用フラックス入りワイヤによれば、安価な二相ステンレス鋼の溶接において、母材と同程度の高強度な溶着金属が得られ、靭性および耐食性が良好で、割れやブローホール等の耐欠陥性に優れ、かつ溶接作業性が良好な二相ステンレス鋼溶接用フラックス入りワイヤを提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明者らは、上記の課題を解決するために、各種成分組成のフラックス入りワイヤを試作して詳細に検討した。その結果、Moを低減することで低コストとし、かつ溶接作業性が良好で母材と同程度の耐食性を得るためにはMnを添加してN固溶度を高めることが有効であることを見出した。Mnは、溶着金属中のN固溶度を高める効果があるため、Nの歩留を向上させ、低コストでオーステナイトを安定化させ、固溶強化によって強度を高めることが可能となった。
【0011】
一方、Nは含有量が高くなるにつれ、ブローホール等の耐欠陥性が劣下するといった課題が生じた。また溶接による再熱により、粒界中にCr窒化物を生成し、靭性や局部腐食性が劣化するといった課題も生じたため、更なる検討を加えた。その結果、フェライト生成元素であるCr、Mo、Siや、オーステナイト生成元素であるNiを調整することによって、オーステナイトの晶出を安定化し、オーステナイト相にNを固溶させることでスラグ剥離性やブローホール等の耐欠陥性の向上、またCr窒化物の析出を低減して靭性や局部腐食性の劣化を抑制できることを見出した。さらに、Cuを添加することによって耐食性および耐割れ性を向上させることか可能であることも見出した。
【0012】
本発明は、ステンレス鋼外皮および充填フラックスの各成分組成それぞれの単独および共存による相乗効果によりなし得たものであるが、以下にそれぞれの各成分組成の添加理由および限定理由を述べる。
Cは、CrおよびMo等と炭化物を生成して耐食性および靭性を劣化させるため、Cの含有量は0.06質量%(以下、%という。)以下とする。
【0013】
Siは、スラグ被包性やビード形状を改善する効果を有する。Siが0.1%未満では
スラグ量が少なくスラグ被包性を損なってビード表面が酸化してテンパーカラー付着する。一方、1.0%を超えると溶融金属の粘性が低下してビード形状が劣化する。従って、Siは0.1〜1.0%とする。
【0014】
Mnは、アークを安定にすると共に溶着金属中のN固溶度を高めて歩留を改善する効果
を有する。Mnが0.5%未満ではアークが不安定になる。またN固溶度が低くなり窒化物を析出するため耐食性が劣化する。一方、3.0%を超えるとスパッタ発生量が多くなる。従って、Mnは0.5〜3.0%とする。
【0015】
Niは、オーステナイト相を安定化させて靭性の改善や強度を調整する効果がある。N
iが7%未満ではオーステナイトの晶出量が減少して靭性が劣化する。一方、11%を超えるとオーステナイトの晶出量が増加して、フェライトの形態が変化し強度が低下する。従って、Niは7〜11%とする。
【0016】
Crは、フェライト相を安定化させ強度や耐割れ性を調整する効果を有する。Crが2
5.5%未満では、フェライトの晶出量がフェライトの形態が低下して強度が低下する。一方、28.5%を超えると液相線温度が上昇に伴い、固液共存領域の幅が増加し、割れ感受性が増加する。従って、Crは25.5〜28.5%とする。
【0017】
Moは、耐食性を改善する効果を有する。Moが、0.01%未満では耐食性を十分に得ることができない。一方、1.5%を超えるとコストが高くなる。従って、Moは0
.01〜1.5%とする。
【0018】
Cuは、再不動態化を促進させ、不動態中のCr濃度を上昇して耐食性を向上する。さ
らに、耐割れ性を改善する効果を有する。Cuが、0.1%未満では、不動態皮膜中のCr濃度が低いため耐食性を十分に得ることができない。一方、0.5%を超えると粒界中に低融点化合物を生成して耐割れ性を十分に得ることができない。
【0019】
Nは、オーステナイト組織を安定化させると共に固溶強化元素であり溶着金属の強度を高める効果がある。Nが0.08%未満では溶着金属の強度が低下する。一方、0.30%を超えるとブローホールが多発し、耐欠陥性能が低下する。なお、Nは、フラックス中に窒素化合物の形で含有されるときにはNに換算した量とする。
【0020】
さらに、前記C、Si、Mn、Ni、Cr、Mo、CuおよびNが下記式のA値で1.
5〜2.0にすることによって、フェライト相からオーステナイトを適正量晶出させ、フェライト相とオーステナイト相のバランスを調整し、耐割れ性能と強度を調整する効果を有する。A値が1.5未満ではフェライト晶出量が低下に伴いP、Sの固溶度が低下するため耐割れ性が低下する。一方、A値が2.0を超えるとフェライトの晶出量が増加して強度が低下する。
A=(Cr+Mo+1.5Si)/(Ni+30C+30N+0.5Mn+0.25Cu)・・・(式)
【0021】
その他は、ステンレス鋼外皮のFe成分、鉄合金からのFe成分、金属酸化物、金属弗
化物および不可避不純物であるが、金属酸化物は、アーク安定性の調整として必要で、溶滴移行を円滑にすることでアークの集中性を良好とする目的で添加する。金属酸化物はTiO2、SiO2、Al23、ZrO2等が使用でき、TiO2は3〜8%、SiO2は0.5〜5%、Al23とZrO2の合計で0.06%以下の範囲であることが好ましい。
【0022】
金属弗化物はスラグの融点調整として必要で、ビード形状やスラグ剥離性を良好とする目
的で添加する。金属弗化物はNaF、LiF、CaF2、AlF3、K2ZrF6、K2
iF6等が使用でき、いずれの金属弗化物を使用しても同様な効果が得られるが、1種以上の合計で0.2〜1.5%であることが好ましい。また、Pは0.040%以下、Sは0.030%以下であることが強度および靭性の確保から好ましい。
【0023】
以上、本発明の二相ステンレス鋼溶接用フラックス入りワイヤの成分組成の限定理由を述
べたが、フラックス入りワイヤの製造方法について言及すると、例えば外皮を帯鋼より
管状に成形する場合には、配合、撹拌、乾燥した充填フラックスをU形に成形した溝に満たした後丸形に成形し、所定のワイヤ径まで伸線する。この際、整形した外皮シームを溶接することで、シームレスタイプのフラックス入りワイヤとすることもできる。また、外皮がパイプの場合には、パイプを振動させてフラックスを充填し、所定のワイヤ径まで伸線する。充填フラックスは、供給、充填が円滑に行えるように、固着剤(珪酸カリおよび珪酸ソーダの水溶液)を添加して造粒して用いることもできる。
【実施例】
【0024】
以下、実施例により本発明を詳細に説明する。
表1に示す化学成分のオーステナイト系ステンレス鋼外皮を用いて表2に示す各種組成の二相ステンレス鋼溶接用フラックス入りワイヤを試作した。ワイヤ径は1.2mmとした。なお、金属酸化物はTiO2:4〜7%、SiO2:0.9〜3.5%、Al23およびZrO2は合計で0.01〜0.06%とした。金属弗化物はNaFおよびK2SiF6の1種以上を用いた。フラックス充填率は18〜25%とした。
【0025】
【表1】

【0026】
【表2】

【0027】
【表3】

溶接試験は、表3に示す成分の二相ステンレス鋼(B1)を用いてJIS Z 3323に準じて溶着金属試験を行った。
【0028】
溶接後JIS Z 3106に準じてX線透過試験を実施し、溶接継手部の割れおよびブローホール発生状況の確認を行った。溶着金属性能は、JIS Z 3111に準じて引張試験および衝撃試験を行った。また、腐食試験は、JIS G 0577に準じて実施した。耐割れ性能は、表3に示す成分の二相ステンレス鋼(B2)を用いてJIS Z 3155に準拠してC型ジグ拘束突合せ溶接割れ試験を行った。溶接作業性は、表3に示す二相ステンレス鋼(B3)を用いて水平すみ肉溶接を行い、アーク安定性、スパッタ発生状態、スラグ被包性およびビード形状を調べた。なお、溶着金属試験および溶接作業性の調査の溶接電流は180〜250A、シールドガス:CO2で実施した。
【0029】
X線透過試験は、第1種のきず点数が3点未満を良好とした。溶着金属性能は、引張試験の引張強さ:690MPa以上、衝撃試験の−20℃における吸収エネルギー:27J以上、腐食試験の孔食電位:350mV以上を良好とした。C型ジグ拘束突合せ溶接割れ試験は、試験板のルート間隔が2mm、試験ビード長さ 約80mmを2本溶接し、平均割れ率が5%以下のものを良好とした。溶接電流は200A、シールドガス:CO2で実施した。それらの結果を表4にまとめて示す。
【0030】
【表4】

表2および表4中のワイヤNo.1〜12が本願発明例、ワイヤNo.13〜24は比較
例である。
【0031】
本願発明であるワイヤNo.1〜12は、C、Si、Mn、Ni、Cr、Mo、Cu、NおよびA値が適正であるので、X線透過試験が良好で、引張強さ、吸収エネルギーおよび孔食電位が高く、耐割れ性および溶接作業性も良好であり、極めて満足な結果であった。これに対し、比較例中ワイヤNo.13は、Cが高いので吸収エネルギーおよび孔食電位が低かった。ワイヤNo.14は、Siが低いのでスラグ被包性が不良でテンパーカラーが付着した。また、A値が高いので引張強さが低かった。
【0032】
ワイヤNo.15は、Siが高いのでビード形状が不良であった。また、Cuが高いので
割れ率が高かった。ワイヤNo.16は、Mnが低いのでアークが不安定で孔食電位が
低かった。ワイヤNo.17は、Mnが高いのでスパッタ発生量が多かった。ワイヤNo.18は、Niが低いので吸収エネルギーが低かった。また、Cuを含んでいないので孔食電位も低かった。
【0033】
ワイヤNo.19はNiが高いので、ワイヤNo.20はCrが低いので、いずれも引張
強さが低かった。ワイヤNo.21は、Crが高いので割れ率が高かった。ワイヤNo
.22は、Moが低いので孔食電位が低かった。また、A値が低いので割れ率が高かった。ワイヤNo.23は、Nが低いので引張強さが低かった。ワイヤNo.24は、Nが高いのでX線透過試験できず点数が高かった。


特許出願人 日鐵住金溶接工業株式会社
代理人 弁理士 椎 名 彊 他1

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ステンレス鋼外皮の内部にフラックスが充填された二相ステンレス鋼溶接用フラックス入りワイヤにおいて、ワイヤ全質量に対して質量%で、ステンレス鋼外皮とフラックスの合計で、C:0.06%以下、Si:0.1〜1.0%、Mn:0.5〜3.0%、Ni:7〜11%、Cr:25.5〜28.5%、Mo:0.01〜1.5%、Cu:0.1〜0.5%、N:0.08〜0.3%を含有し、前記C、Si、Mn、Ni、Cr、Mo、CuおよびNが下記式のA値で1.5〜2.0であり、その他は、ステンレス鋼外皮のFe成分、鉄合金からのFe成分、金属酸化物、金属弗化物および不可避不純物であることを特徴とする二相ステンレス鋼溶接用フラックス入りワイヤ。
A=(Cr+Mo+1.5Si)/(Ni+30C+30N+0.5Mn+0.25Cu)・・・(式)

【公開番号】特開2012−148298(P2012−148298A)
【公開日】平成24年8月9日(2012.8.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−8038(P2011−8038)
【出願日】平成23年1月18日(2011.1.18)
【出願人】(302040135)日鐵住金溶接工業株式会社 (172)
【Fターム(参考)】