説明

交通荷重による2次起因のAE音による構造物損傷度判定方法

【課題】AE音の振幅規模別頻度分布から得られる改良b値により、構造物の損傷度を判定する2次起因AE音の構造物損傷度判定方法を提供する。
【解決手段】交通荷重による2次起因のAE音による構造物損傷度判定方法において、構造物の既存の損傷破砕面を有する部分に2次起因のAE音センサー7を配置し、この2次起因のAE音センサー7からの出力信号をデータ処理装置10に取込み、AE音の振幅規模別頻度分布から得られる改良b値に基づいて構造物の損傷度を判定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、交通荷重による2次起因のAE音による構造物損傷度判定方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
AE(アコースティック・エミッション)は、部材に局部的な変形による割れの形成や進展が生じた際に放出される弾性波であり、言わば、応力負荷時の部材の泣き声である。応力負荷の影響による部材の欠陥がAE源となるので、AE音は、構造物健全性の重要な指標となっている。
【0003】
AE検査法は、この部材のAE音を聞き分けて、ひび割れの位置や損傷程度を診断する非破壊検査方法である(下記特許文献1,2参照)。
【0004】
下記特許文献1で提案しているAE音による基礎構造物の破壊探知システムは、1次起因のAE音を対象としたものである。
【0005】
また、下記特許文献2で提案しているAE音による基礎構造物の損傷度判定方法および装置は、大きな地震や衝撃などによる損傷をモニターする2次起因のAE音に関するものである。
【0006】
両者には次のような相違点がある。
【0007】
(1)1次起因のAE音
通常言われているAEとは、1次起因のAE音、すなわち、部材に新たな割れや割れの進展が生じた際に放出される弾性波である。つまり、1次起因のAE音とはひび割れに直接関係するAE音であり、カイザー効果が成り立つ場合が多い。
【0008】
(2)2次起因のAE音
2次起因のAE音は、部材に既存の損傷破砕面があり、その損傷破砕面の擦れなどにより放出される弾性波である。つまり、2次起因のAE音とは、ひび割れに間接的に関係するAE音であり、この場合、カイザー効果が成り立たない。
【特許文献1】特開2002−286700号公報
【特許文献2】特開2004−125721号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上記したように、上記特許文献1で提案されているAE検査法は、1次起因のAE音を用いて基礎構造物の損傷を探知するものであり、実交通荷重を利用したAE検査法に適用できないという問題がある。
【0010】
その原因は、次のような2点である。
【0011】
(1)通常、構造物が受けている交通荷重は、地震や不等沈下などによる荷重より小さいため、現場での計測期間においては、1次起因のAE音を計測することが難しい。
【0012】
(2)現場計測の際、実交通荷重に励起されたAE音のほとんどは、既存の損傷破砕面の擦れなどのように、ひび割れに間接的に関係する2次起因のAE音(カイザー効果が成り立たない場合)であり、その特性は1次起因のAE音と異なる。そのため、2次起因のAE音による新しい損傷度の判定指標が必要とされてきた。
【0013】
本発明では、これらの問題を解決するために、実地震被害を受けた橋脚を対象に供用中の実交通荷重(実際の交通荷重)による2次起因のAE音を計測し、2次起因のAE音パラメータ解析を行う。すなわち、AE音振幅規模別頻度分布から得られる改良b値により構造物の損傷度を判定する、交通荷重による2次起因AE音の構造物損傷度判定方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明は、上記目的を達成するために、
〔1〕交通荷重による2次起因のAE音による構造物損傷度判定方法において、構造物の既存の損傷破砕面を有する部分に2次起因のAE音センサーを配置し、該2次起因のAE音センサーからの出力信号をデータ処理装置に取り込み、AE音の振幅規模別頻度分布から得られる改良b値に基づいて構造物の損傷度を判定することを特徴とする。
【0015】
〔2〕請求項1記載の交通荷重による2次起因のAE音による構造物損傷度判定方法において、前記改良b値(Ib)が
【0016】
【数2】

ここで、μはAE音振幅規模別頻度分布の平均値、σはAE音振幅規模別頻度分布の標準偏差、α1 ,α2 はAE音振幅規模別頻度分布の平均値μからある一定の範囲を決めるための定数、N(w1 )は振幅値がμ−α2 σ以上のAE音の発生累積数、N(w2 )はμ+α1 σ以上のAE音の発生累積数、であることを特徴とする。
【0017】
〔3〕上記〔1〕又は〔2〕記載の交通荷重による2次起因のAE音による構造物損傷度判定方法において、前記構造物が交通荷重を受ける構造物であり、その構造物内の既存の損傷破砕面を推測できる範囲内に2次起因のAE音センサーを配置することを特徴とする。
【0018】
〔4〕上記〔3〕記載の交通荷重による2次起因のAE音による構造物損傷度判定方法において、前記2次起因のAE音センサーが複数のAE音センサーであることを特徴とする。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、AE音の振幅規模別頻度分布から得られる改良b値を用いることによって、実交通荷重による構造物の損傷度判定を行うことができる。本発明の構造物の損傷度判定法によれば、他の判定法に比べて、調査期間の短縮とコストの削減を行うことができる。特に、基礎のような目視できない構造物の損傷度を効率的かつ低コストで探知し、監視することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
交通荷重による2次起因のAE音による構造物損傷度判定方法において、構造物の既存の損傷破砕面を有する部分に2次起因のAE音センサーを配置し、その2次起因のAE音センサーからの出力信号をデータ処理装置に取込み、AE音振幅規模別頻度分布から得られる改良b値に基づいて構造物の損傷度を判定する。よって、交通荷重によって、的確に構造物の損傷度判定を行うことができる。
【実施例】
【0021】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
【0022】
上記したように、2次起因のAE音は、部材に既存の損傷破砕面があり、その損傷破砕面の擦れなどにより放出される弾性波であり、ひび割れに間接的に関係するAE(カイザー効果が成り立たない)である。
【0023】
したがって、実交通荷重によるAE判定法では、1次起因のAE判定法を導入することはできない。ここでは、交通荷重として列車荷重を例にとって説明する。
【0024】
本発明では、2次起因のAE音を計測して得られた改良b値を用いることによって、実交通荷重を対象とした構造物の損傷度判定を行うようにする。
【0025】
図1は本発明の実施例を示す2次起因AE音の改良b値による構造物損傷度判定装置の模式図である。
【0026】
この図において、1は軌道、2は橋梁、3は橋梁2の基底部、4は橋梁2の杭、5は土構造物、6は既存のひび割れ、7はその既存のひび割れ6の近傍に配置される2次起因AE音の改良b値(後述)による4チャンネルAE音センサー、8は鉄道車両、10はデータ処理装置であり、CPU(中央処理装置)11、改良b値のメモリ12、改良b値以外のデータを記憶するメモリ13、入力インタフェース14、出力インタフェース15により構成され、データ出力装置16である。
【0027】
ここでは、AE音センサー7からの信号を入力インタフェース14を介して取込み、後述する式に基づいてCPU(中央処理装置)11で演算して、改良b値を求め、その改良b値をメモリ12に記憶することができる。
【0028】
そこで、本発明の重要要素であるb値について説明する。
【0029】
図2は積分型振幅規模別頻度分布とb値の概念を示す図である。
【0030】
この図において、縦軸は累積発生頻度(logN)、横軸はマグニチュード(M)を示している。
【0031】
地震学では、規模の小さな地震の頻度が規模の大きな地震の頻度に比べて多く、両者を対数表示した場合、直線近似できることが知られている。その頻度を累積表示した場合の近似直線の負勾配がb値と呼ばれている。つまり、b値とは大きな地震と小さな地震の発生頻度の比を表している。このb値は、地震の前震、本震、余震で特徴的な値を示す場合があることが指摘されている。
【0032】
このb値に着目した場合、図2に示すように、小規模の地震頻度が大きな地震頻度に比べて頻発する場合(A)、b値は大きな値となり、反対に大規模の地震が小さな地震に比べて頻発する場合(B)、b値は小さな値となる。このような地震規模の特徴を表現する手法はAEにも適用できる。つまり、大規模なAE活動が生じる前には、小規模のAE活動が頻発するため、AE音のb値は大きな値となる。このように、構造物の損傷程度はb値の大小として判断できると考えられる。この場合、b値が上昇する過程が、大規模なAE活動より小規模のAE活動が頻発する過程、すなわち微視的亀裂が卓越、b値が低下する過程、小規模のAE活動より大規模なAE活動が頻発する過程、すなわち巨視的亀裂が卓越と考えられ、地盤、岩盤、コンクリートといった構造物の損傷程度がb値により定量化できる可能性があることがわかっている。つまり、2次起因のAE音のb値が損傷評価指標として適用できることがわかっている。
【0033】
なお、既にAE音による損傷度判定へのb値の適用とそのリアルタイム評価については、種々の問題点が存在することが指摘されており、これらを解決するために、本発明では、2次起因AE音用の改良b値を提案する。ここでは、振幅規模別頻度分布を改良b値として取り扱う。つまり、地震学のb値と比較する場合には、本発明の改良b値を20倍にする必要がある。
【0034】
次に、かかる改良b値について説明する。
【0035】
図3は実験により得られた母数(β)100個の振幅分布を示す図である。
【0036】
この図において、左縦軸は累積頻度、右縦軸は経過時間(秒)、横軸は最大振幅値(dB)を示す。また、μはAE音振幅規模別頻度分布の平均値、σはAE音振幅規模別頻度分布の標準偏差、α1 ,α2 はAE音振幅規模別頻度分布の平均値μからある一定の範囲(幅)を決めるための定数である。
【0037】
上記した改良b値“Ib(Improved b−value)”は、以下のように定義する。
【0038】
いま、振幅値がμ−α2 σ以上のAE音の発生累積数をN(w1 ),μ+α1 σ以上のAE音の発生累積数をN(w2 )とすると、
【0039】
【数3】

となる。このとき、AE音の振幅の範囲は、(α1 +α2 )σとなるので、改良b値Ibは、
【0040】
【数4】

で与えられ、α1 ,α2 の範囲は、例えば振幅規模別頻度分布が正規分布として得られるならば、3σ以内にデータの99.73%が存在することから、次式により定義する。
【0041】
0≦α1 ,α2 ≦3 …(4)
次に、2次起因のAE源の標定について説明する。
【0042】
図4はA配置(重度損傷配置)で得られたAE音の三次元位置標定分布を示す図であり、図4(a)はAE音センサーが配置される橋梁の北側面図、図4(b)はAE音センサーが配置される橋梁の東側面図、図4(c)はAE音が配置される橋梁の南側面図、図4(d)はAE音センサーが配置される橋梁の平面図であり、これらの図において、薄い線は上り列車通過時に計測されたAE源の位置、濃い線は下り列車通過時に計測されたAE源の位置を示しており、上りは6本の列車の合計、下りは4本の列車の合計が図示されている。また、円の直径は最大振幅値(電圧)を反映している。
【0043】
次に、計測・解析した改良b値の結果について説明すると、
図5はA配置及びB配置におけるAE音の最大振幅値の頻度分布を示す図である。この図において、□,■はA配置(重度損傷配置)、○,●はB配置(中度損傷配置)を示している。
【0044】
この図の頻度(左縦軸、白抜きプロット)に着目すると、重度損傷としたA配置で35−60dBの広範囲にわたるAE音頻度分布が観察された。それに比べ中度損傷としたB配置では、45−50dBに集中したAE音の頻度分布が得られた。
【0045】
ここで、両配置の平均振幅値を比較したところ、重度損傷A配置の平均振幅値の方が中度損傷B配置に比べて小さい値となった。一般に破壊規模が大きくなると、大規模なAE活動が得られるが、注意すべきは大規模なAE活動のみではなく、「大規模なAE活動に至るまでのAE活動」であることが理解できる。つまり、破壊規模を評価するには、大規模な破壊に至るまでのAE活動を何らかの手法で定量化する必要があり、先に示したb値の考え方が適用できるわけである。
【0046】
ここで、図5中のAE音の最大振幅分布の累積頻度(右縦軸、塗りつぶしプロット)に着目すると、A配置の直線近似時の勾配C1 がB配置の勾配C2 に比べて低い値を示している。つまり、A配置の改良b値がB配置の改良b値より小さく、A配置がB配置より大規模な破壊を含んでいることを計測していたことがわかる。以上のことから、高速鉄道通過に伴い損傷部から生じたAE活動の振幅規模別頻度(改良b値)が損傷の定量化に適用できることが確認できた。
【0047】
図6は本発明の実施例を示すAE音の振幅規模別頻度分布より得られる改良b値の解析結果を示す図であり、横軸はイベントの平均振幅値(dB)、縦軸は頻度数(log N)を示しており、図6(a)は上り列車の場合、図6(b)は下り列車の場合である。
【0048】
図6(b)の下り列車通過時結果におけるB配置は、サンプリング母数が5と少ないことから定量的判断は困難である。A配置での改良b値は、図6(a)の上り列車通過時の振幅分布より0.06程度、図6(b)の下り列車通過時の振動分布より0.04程度となり、既往の重度損傷構造物の改良b値(0.05近傍)と合致した。また、B配置の改良b値は、母数が少ないものの約0.1〔図6(a)参照〕となり、重度損傷と仮定したA配置での改良b値に比べ大きな値となった。これらの結果から、新幹線通過時に励起されたAE音データより改良b値を算出し、その大小により損傷程度が判断できることが分かった。
【0049】
なお、本発明は上記実施例に限定されるものではなく、本発明の趣旨に基づき種々の変形が可能であり、これらを本発明の範囲から排除するものではない。
【産業上の利用可能性】
【0050】
本発明の2次起因AE音のb値による構造物損傷度判定方法は、鉄道の橋梁などの構造物の損傷度の判定に好適である。
【図面の簡単な説明】
【0051】
【図1】本発明の実施例を示す2次起因AE音の改良b値による構造物損傷度判定装置の模式図である。
【図2】2次起因のAE源の標定結果を示す図である。
【図3】実験により得られた母数(β)100個の振幅分布を示す図である。
【図4】A配置(重度損傷配置)で得られたAE音の三次元位置標定分布を示す図である。
【図5】A配置又はB配置におけるAE音の最大振幅値の頻度分布を示す図である。
【図6】本発明の実施例を示すAE音の振幅規模別頻度分布より得られる改良b値の解析結果を示す図である。
【符号の説明】
【0052】
1 軌道
2 橋梁
3 橋梁の基底部
4 橋梁の杭
5 土構造物
6 既存のひび割れ
7 2次起因AE音の改良b値による4チャンネルAE音センサー
8 鉄道車両
10 データ処理装置
11 CPU(中央処理装置)
12 改良b値のメモリ
13 改良b値以外のデータを記憶するメモリ
14 入力インタフェース
15 出力インタフェース
16 データ出力装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
構造物の既存の損傷破砕面を有する部分に2次起因のAE音センサーを配置し、該2次起因のAE音センサーからの出力信号をデータ処理装置に取込み、AE音振幅規模別頻度分布から得られる改良b値に基づいて構造物の損傷度を判定することを特徴とする交通荷重による2次起因のAE音による構造物損傷度判定方法。
【請求項2】
請求項1記載の交通荷重による2次起因のAE音による構造物損傷度判定方法において、前記改良b値(Ib)が
【数1】

ここで、μはAE音振幅規模別頻度分布の平均値、σはAE音振幅規模別頻度分布の標準偏差、α1 ,α2 はAE音振幅規模別頻度分布の平均値μからある一定の範囲を決めるための定数、N(w1 )は振幅値がμ−α2 σ以上のAE音の発生累積数、N(w2 )はμ+α1 σ以上のAE音の発生累積数
であることを特徴とする交通荷重による2次起因のAE音による構造物損傷度判定方法。
【請求項3】
請求項1又は2記載の交通荷重による2次起因のAE音による構造物損傷度判定方法において、前記構造物が交通荷重を受ける構造物であり、その構造物内の既存の損傷破砕面を推測できる範囲内に2次起因のAE音センサーを配置することを特徴とする交通荷重による2次起因のAE音による構造物損傷度判定方法。
【請求項4】
請求項3記載の交通荷重による2次起因のAE音による構造物損傷度判定方法において、前記2次起因のAE音センサーが複数のAE音センサーであることを特徴とする交通荷重による2次起因のAE音による構造物損傷度判定方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2006−10595(P2006−10595A)
【公開日】平成18年1月12日(2006.1.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−190716(P2004−190716)
【出願日】平成16年6月29日(2004.6.29)
【出願人】(000173784)財団法人鉄道総合技術研究所 (1,666)
【出願人】(000235543)飛島建設株式会社 (132)
【Fターム(参考)】