説明

伸びフランジ性に優れた高強度鋼板並びにその製造方法

【課題】伸びフランジ性に優れた高強度鋼板を得る。
【解決手段】組織は主として、フェライト母相中に第2相であるマルテンサイトが微細分散した組織(MD組織)であり、このMD組織の組織全体に占める割合が90%以上であり、且つ、全組織中のマルテンサイトの組織全体に占める割合が20〜60%の範囲内にあり、更に、MD組織中の第2相(マルテンサイト)の存在位置は、フェライト粒内及び粒界であり、フェライト結晶粒内に存在するマルテンサイトの割合が50%以上であり、全組織中のマルテンサイトの平均結晶粒径が3μm以下である。質量%で、C:0.02〜0.2%、Si:0.01〜3%、Mn:0.5〜3%、B:0.0001〜0.005%、Al:0.01〜1.5%を含み、必要に応じてMo:0.03〜1%等を含み、残部がFe及び不可避的不純物からなる組成を有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、伸びフランジ性に優れた高強度複合組織鋼板に関し、特に590MPa以上の高強度域において、強度−伸びフランジ性に優れた高強度複合組織鋼板に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車、電機、機械等の産業用分野において、プレス成形して使用される鋼板は、優れた強度と延性を兼ね備えていることが要求され、このような要求特性は近年、益々高まっている。延性に優れる高強度鋼板には、フェライトとマルテンサイトの複合組織を有する2相組織鋼板(DP鋼)や、フェライト、ベイナイト及び残留オーステナイトを含む組織からなるTRIP鋼が知られている。しかし、DP鋼やTRIP鋼などの複合組織鋼板は、伸びフランジ性に劣るという問題点を有している。
高強度鋼板において伸びフランジ性を改善するためには、組織を単相組織とし組織内の加工性を均一化することで歪みの局在化を抑制する方法、及び複相組織の軟質相と硬質相の強度差を低減する方法が知られている。これら2つの方法については、例えば以下のような技術が開示されている。
【0003】
1.単相組織(特許文献1参照)
成分と熱処理条件を適正化することで、引張強度が880〜1170MPaのマルテンサイト単相鋼板を作製する方法。マルテンサイト単相組織を作製するため、オーステナイト化に必要な均熱温度を850℃と通常の工業的に達成可能な温度条件とすることで、マルテンサイト単相組織を工業的に達成可能とした。しかし、マルテンサイト単相組織の鋼板はマクロ的に組織が均一であるので、伸びフランジ性には優れるものの、マルテンサイトは延性が劣るので、十分な伸びが得られない(EL<8%)。
【0004】
2.複相組織の強度差低減(特許文献2参照)
低温変態相の占積率が90%以上の鋼板を、フェライトとオーステナイトの2相域に加熱・保持することにより、低温変態相のラスを継承した微細なフェライトとオーステナイトとし、その後の冷却によって、最終的にフェライトと低温変態相がラス状に細かく分散した組織とする。このように微細に分散した低温変態相は、伸びフランジ変形時のボイドの生成と成長を抑制し、伸びフランジ性を向上させる。
しかしながら、本手法では、組織が微細となるが、硬質相であるマルテンサイトを結晶粒内に析出させることができない。また、マルテンサイトの結晶粒径は最小で5μmであり、組織を十分均一化することができない。そのため、伸びフランジ性を改善することができない。
【0005】
3.微細残留オーステナイト鋼板(特許文献3)
結晶粒内に、平均粒径が500nm以下の第2相を微細分散させた鋼板。破壊の起点を粒内とすることで高い伸びと伸びフランジ性を達成している。
この方法では、第2相を粒内に生成するため、Au、Ag、Ni等の非常に高価なオーステナイト安定元素を使用しなければならない。また、第2相を粒内に生成するため、粒内にオーステナイト安定元素の濃化域を形成しなければならないが、そのためには、1270℃以上、かつ5時間以上の溶体化処理が必要となっている。従って、本方法には、時間・コストの増加の工業的な問題が残されている。
【0006】
【特許文献1】特許第3729108号公報
【特許文献2】特開2005−272954号公報
【特許文献3】特開2005−179703号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
従って、本発明は、特に590MPa以上の高強度鋼板において、高い延性を保ちながら優れた伸びフランジ性を発現させること、さらにこのような高強度鋼板を工業的に実現することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
高強度鋼板を得るためには、硬質相を第2相とする必要があるが、硬質相が母相の結晶粒界にあると、その界面が破壊の起点となり、局部伸びが低下する。しかしながら、硬質相がないと、高強度を得ることができない。硬質相を母相の結晶粒内に微細に存在させることができれば、破壊の起点を小さくすることができ、鋼材の局部伸びを向上させることができる。鋼材の局部伸びは伸びフランジ性と相関性があることが知られており、局部伸びを向上させることで、高い伸びフランジ性を得ることができる。
このように、590MPa以上の高強度鋼板において、高い延性を保ちながら伸びフランジ性を向上させるためには、複相組織鋼板で、且つ母相の結晶粒内に硬質第2相を均一微細に析出させることが重要であり、さらに鋼材を作製することが工業的に実現可能であることが重要である。
そこで、発明者らは、590MPa以上の高強度域でも高い延性を保ちながら伸びフランジ性を向上させた鋼板を提供すべく、全面をベイナイトとすることを考え、ベイナイト中のセメンタイトの存在形態を制御することを考えた。母相をベイナイトとしたのは、ベイナイトを構成するベイニティックフェライトのラスは粒界でないため、破壊の起点になりにくいからである。検証した結果、硬質相であるセメンタイトをラス間に微細分散できたが、ベイナイトは延性がやや劣るので、所望の伸びが得られなかった。
【0009】
続いて、伸びを改善するためSiを添加した。Siを添加することによって、冷却過程でセメンタイトの析出が抑制され、ベイニティックフェライトのラス間にCが濃化したオーステナイトが形成される。更に、ベイナイト変態を終了させ、その後の冷却過程でベイニティックフェライトのラスが消失する様に冷却速度の制御を行った。
その結果、冷却過程においてフェライト相の中にオーステナイトが微細分散する組織が得られ、オーステナイトがMs点以下になった時、フェライト相の中に硬質相であるマルテンサイトが微細分散するMD組織が得られた。しかしながら、本手法ではフェライト相の中にマルテンサイトが分散していないフェライト相も同時に生成した。この様なフェライトが組織中に存在すると、強度が劣化し、また、当該フェライトとMDの界面の強度差により伸びフランジ性が劣化した。
【0010】
そこで、発明者らはさらに研究を重ね、Bを添加することでこのようなマルテンサイトを含まないフェライトの生成を抑制できることを見出した結果、ほぼ全面をMD組織とすることができ、本発明を完成させることができた。
このような独自の成分、熱処理を採用すると、硬質セメンタイトより母相との強度差が小さいマルテンサイトをフェライト結晶粒内にも均一微細に分散させることができるため、590MPa以上の高強度域においても、高い延性を保ちながら強度−伸びフランジ性に優れた複合組織鋼板を提供できることが明らかになった。
【0011】
本発明に係る伸びフランジ性に優れた高強度鋼板は、組織は主として、フェライト母相中に第2相であるマルテンサイトが微細分散した組織(MD組織)であり、このMD組織の組織全体に占める割合が90%以上であり、且つ、全組織中のマルテンサイトの組織全体に占める割合が20〜60%の範囲内にあり、更に、MD組織中の第2相(マルテンサイト)の存在位置はフェライト粒内及び粒界であり、フェライト結晶粒内に存在するマルテンサイトの割合が50%以上であり(即ち、フェライト粒界に存在するマルテンサイトの割合は50%未満である)、全組織中のマルテンサイトの平均結晶粒径が3μm以下であることを特徴とする。ここで、割合とは面積の割合(面積率)を意味する。なお、本発明において全組織中というときはMD組織とその他組織の全体を意味する。
この高強度鋼板は、質量%で、C:0.02〜0.2%、Si:0.01〜3%、Mn:0.5〜3%、B:0.0001〜0.005%、Al:0.01〜1.5%を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる組成で得られる。
この高強度鋼板は、さらに、(1)Mo:0.03〜1%、(2)Nb、Ti、Vのうち1種又は2種以上を合計で0.01〜0.1%、(3)Ni:0.5%以下(0%を含まない)及び/又はCu:0.5%以下(0%を含まない)、(4)Cr:1.5%以下(0%を含まない)、(5)Ca:0.003%以下(0%を含まない)及び/又はREM(希土類元素):0.003%以下(0%を含まない)のうち、いずれか1組又は2組以上を含有してもよい。
【0012】
また、本発明に係る伸びフランジ性に優れた高強度鋼板の製造方法は、上記成分組成からなる鋼板素材を加熱し、A3点以上の温度から、0.2〜20℃/sの冷却速度でMs点以下の温度まで冷却することを特徴とする。
上記鋼板素材は、熱延工程及び冷延工程を適宜実施して製造される。これらの工程は特に限定されず、通常実施される条件を適宜選択して採用することができる。例えば、上記熱延工程としては、約1200℃で30分保持後、A3点以上で熱延を行い、平均冷却速度が約30℃/sで冷却し、約500〜600℃で巻き取る等の条件を採用することができる。また、冷延工程では、約30〜70%の冷延率の冷間圧延を施すことが奨励されるが、特に限定はされない。
【0013】
上記鋼板素材をA3点以上の温度で加熱保持した後、0.2〜20℃/sでMs点以下の温度、通常は室温まで冷却することにより、大部分がMD組織からなる本発明の組織を得ることができ、590MPa以上の高強度域においても、高い延性を保ちながら伸びフランジ性を向上させることができた。
まず、A3点以上の温度で加熱保持すると、組織全面がオーステナイトとなる。その後、0.2〜20℃/sの冷却速度で冷却を行うと、通常、フェライト−パーライトの複相組織が得られる。しかしながら、本発明では、Siを添加しているため、セメンタイトの析出が抑制される結果、オーステナイト界面よりベイニティックフェライトが析出しはじめる。ベイニティックフェライトのラスの成長に伴い、オーステナイトはその占積率を減少させ、オーステナイトはベイニティックフェライトのラス間に微細に分散される。
ベイニティックフェライトのラスは、熱的に不安定であるため、ベイナイト変態終了後の冷却過程において消失し、結果的にベイナイトブロックサイズのフェライトの結晶粒内にオーステナイトが微細分散している状態となり、さらなる冷却でMs点以下となると、オーステナイトがマルテンサイトに変態し、ベイニティックフェライトのラスが消失してできたフェライトの母相中に、マルテンサイトからなる第2相が均一に微細分散したMD組織を得ることができる。また、Bを添加することによって、結晶粒内にマルテンサイトを含まないフェライトの生成を抑制することができる。また、Moを添加することによって、ベイナイト変態を短時間で終了させることができた。Moはベイニティックフェライトのラスを消失させるのに有効である。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、590MPa以上の高強度鋼板において、高い延性を保ちながら優れた伸びフランジ性を発現させることができる。またこのような高強度鋼板を工業的に製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
はじめに、本発明の組織について説明する。
母相であるフェライトは、A3点からの冷却過程で生成した、結晶粒内にマルテンサイトが含まれているフェライトのことであり、このフェライトには、初析フェライト及びベイニティックフェライトのラスが消失したフェライトが含まれる。一方、このフェライトは、初析フェライト及びベイニティックフェライトのラスが消失したフェライトであっても、結晶粒内に微細なマルテンサイトを含まないフェライトは含まれない。本発明において、結晶粒内にマルテンサイトを含むフェライトと、結晶粒内に微細なマルテンサイトを含まないフェライトは、例えば、冷却終了後の組織について、レペラー腐食を行い、画像解析によってフェライトを灰色、マルテンサイトを白色とすることで識別することができる。結晶粒内に微細なマルテンサイトを含まないフェライトは、全面が灰色になる。一方、本発明のMD組織は、フェライト相中に微細なマルテンサイトが含まれているため、フェライト結晶粒内に微細な白色の点を確認することができる。
【0016】
本発明の組織は大部分がMD組織で、このMD組織は母相であるフェライトと、第2相であるマルテンサイトからなる。この第2相のマルテンサイトは、冷却過程においてフェライト母相中に存在していたオーステナイトが、Ms点以下でマルテンサイトに変態して形成されたものである。組織全体の面積率を100%とした時、MD組織の割合は90%以上である必要がある。このMD組織の割合が90%以下の場合、残部の影響が大きくなり、組織の均一性が損なわれ、伸びフランジ性が劣化する。残部として、残留オーステナイト、パーライト、ベイナイト、結晶粒内にマルテンサイトを伴わないフェライト等がある。一方、前記MD組織の組織全体に占める割合は多ければ多いほどよく、特に上限は定めない。
また、組織全体の面積率を100%とした時、全組織中に存在する第2相のマルテンサイト(MD組織及びその他組織に存在するマルテンサイト)の割合は、20〜60%である必要があり、これにより所望の強度を得ることができる。この割合が20%未満になると十分な強度が得られず、60%を越えるようだと伸びが低下する。好ましくは30〜55%の範囲である。より好ましくは40〜50%の範囲である。
【0017】
MD組織中のマルテンサイトはフェライト粒内及びフェライト粒界上にほぼ均一に分散している。前記マルテンサイトの全体を100%としたとき、フェライト結晶粒内のマルテンサイトの割合は50%以上(すなわちフェライト粒界に存在するマルテンサイトの割合が50%未満)である必要があり、これにより所望の伸びフランジ性を得ることができる。この割合が、50%未満になると、フェライト結晶粒界にあるマルテンサイトが破壊の起点として作用するようになり、伸びフランジ性が劣化する。好ましくは60%以上、より好ましくは70%以上である。
なお、本発明においてフェライト母相の結晶粒界とは、冷却中のベイナイト変態で生成するベイニティックフェライトのブロック境界を指し、例えばFE/SEM−EBSP(Electron Back Scatter Diffraction Pattern)で隣り合うフェライト同士の方位差を測定した時、方位差が15°以上となる大傾角粒界をブロック境界、すなわち結晶粒界と定義し、ブロック境界で囲まれた領域を結晶粒と定義している。
【0018】
本発明の組織において、全組織中に存在するマルテンサイト(MD組織及びその他組織に存在するマルテンサイト)の平均粒径は3μm以下である必要がある。このマルテンサイトの平均粒径が3μm以上であると、破壊の起点が偏在化するので十分な伸びフランジ性が得られない。マルテンサイトの平均結晶粒径は、好ましくは2.5μm以下である。より好ましくは2μm以下である。
【0019】
次に、本発明の成分組成について説明する。
C:0.02〜0.2%
Cは、鋼材の強度を得るうえで有効な成分であり、その下限値である0.02%は、所定の第2相占積率を得て所望の強度を得るために、最低限必要な量である。上限の0.2%は、これ以上添加するとマルテンサイトの強度が高くなるため、伸びおよび伸びフランジ性が低下する。好ましい含有量は0.03〜0.15%、より好ましい含有量は0.04〜0.1%の範囲である。
【0020】
Si:0.01〜3%
Siは、フェライト中の固溶C量を減少させ、伸び等の延性向上に寄与し、またベイナイト変態中のセメンタイトの析出を抑制する元素であり、0.01%以上添加する。これより少ないと、冷却中にセメンタイトが析出し、ラス間にマルテンサイトが生成されなくなる。好ましくは0.3%以上、より好ましくは0.5%以上である。一方、3%を超えて添加すると、割れが生じる恐れがあり、伸び及び伸びフランジ性が劣化する。好ましくは2.5%以下、より好ましくは2%以下である。
【0021】
Mn:0.5〜3%
Mnは、固溶強化によって鋼材を高強度化すると共に、鋼の焼入れ性を向上させ、マルテンサイトの生成を促進する作用を有する。このような作用は、Mn含有量が0.5%以上の鋼で認められる。好ましくは0.7%以上、より好ましくは1%以上である。一方、3%を超えて添加すると伸びフランジ性が劣化する。好ましくは2.5%以下、より好ましくは2%以下である。
【0022】
B:0.0001〜0.005%
Bは、本発明にとって重要である。Bを添加すると、結晶粒内にマルテンサイトを伴わないフェライトの生成を抑制することができる。その効果は0.0001%以上添加したときに示される。好ましくは0.0002%以上、より好ましくは0.0003%以上である。一方、0.005%を超えて添加すると結晶粒界への偏析度合いが大きくなり、伸びフランジ性を低下させるため、これを上限とした。好ましくは0.004%以下、より好ましくは0.003%以下である。
【0023】
Al:0.01〜1.5%
Alは、鋼の脱酸のために使用されるが、Alが0.01%未満ではシリケート介在物が残り、鋼の加工性が劣化するため、Alを0.01%以上とする必要がある。一方、Alが1.5%以上となると表面疵の増加を招き、また残留オーステナイトやマルテンサイトが粗大化しやすく、伸びおよび伸びフランジ性の低下を招くため、その上限を1.5%とする。好ましくは1%以下、より好ましくは0.5%以下である。
【0024】
本発明の鋼板素材は、上記必須成分に加えてさらに、以下の成分を含有してもよい。
Mo:0.03〜1%
Moは、ベイナイト変態を促進させ、熱処理中のベイニティックフェライトのラス消失を促進させるのに有効な元素である。また、焼入れ性を向上させる効果も有する。このような効果を得るためには、0.03%以上のMoが必要である。好ましくは0.07%以上、より好ましくは0.1%以上である。一方、1%を超えるMoの添加は、強度が増加し伸びフランジ性を低下させるため、上限を1%とする。好ましくは0.8%以下、より好ましくは0.6%以下である。
【0025】
Nb、Ti、Vのうち1種又は2種以上の合計:0.01〜0.1%
Nb、Ti、Vは炭窒化物を形成し、鋼を析出強化によって高強度化する作用、及び結晶粒を微細化させる作用を有しており、必要に応じて添加することができる。このような作用は、添加量がNb、Ti、Vのうち1種又は2種以上の合計で0.01%未満では有効に発揮されない。一方、合計で0.1%を超えて添加すると、析出物が増加し、伸びフランジ性を著しく劣化させるため、上限を0.1%と規定した。
【0026】
Ni:0.5%以下(0%を含まない)及び/又はCu:0.5%以下(0%を含まない)
Ni及びCuは、強度−延性バランスを高く保持したまま、高強度化を実現するのに有効な元素であり、適宜添加されるが、過剰に添加しても前記効果が飽和してしまうほか、熱延時に割れが生じる等生産性が劣化することから、添加量はそれぞれ0.5%以下に抑えるのがよい。前記効果を有効に発揮させるためには、Ni:0.1%以上、及び/又はCu:0.1%以上を添加することが推奨される。
【0027】
Cr:1.5%以下(0%を含まない)
Crは、焼入れ性を向上させて、鋼の強度を高めるのに有効な元素であり、適宜添加されるが、過剰に添加しても効果が飽和してしまうほか、延性が劣化するため、添加量は1.5%以下に抑えることが好ましい。前記効果を有効に発揮させるためには、0.1%以上添加することが推奨される。
【0028】
Ca:0.003%以下(0%を含まない)及び/又はREM:0.003%以下(0%を含まない)
Ca及びREM(希土類元素)は、鋼中の硫化物の形態を制御し、伸びフランジ性の向上に有効な元素であり、適宜添加されるが、過剰に添加しても上記効果が飽和してしまい、経済的に無駄であるため、それぞれ添加量は0.003%以下とする。前記効果を有効に発揮させるためには、それぞれ0.0003%以上添加することが推奨される。なお、REMとしては、Sc、Y、ランタノイド等が挙げられる。
【0029】
不可避不純物
本発明に係る鋼板の組成は、上記成分以外の残部はFe及び不可避的不純物からなる。不可避的不純物のうちP及びSは、P:0.05%以下(0%を含まない)、S:0.02%以下(0%を含む)であれば許容される。P及びSは、鋼板の加工性を考慮した場合、低い方がよく、特にSはその含有量が高いと介在物(MnS)が増加し、鋼板の伸びフランジ性に著しく悪影響を及ぼすが、上記の範囲内であれば鋼板の特性に影響を与えない。
【0030】
次に、本発明に係る鋼板において前記組織を得るための製造条件を説明する。
本発明鋼板は、熱延工程、冷延工程を実施して鋼板素材を製造し、この鋼板素材に対し、熱処理工程を実施して製造することができる。熱延工程、冷延工程の具体的プロセスは先に説明したとおりであるが、その工程に限定されることなく、適宜必要なプロセスに従ってもよい。
熱処理工程の目的は、フェライト相中に微細且つ均一にマルテンサイトを分散させることである。加熱温度がA3点以下の場合、加熱・保持中に全組織がオーステナイトとならず、一部、熱処理前の状態におけるマルテンサイトを伴わないフェライトが残存する。このフェライトは強度が低く、MDと強度差の大きい界面を生成するため、伸びフランジ性が低下する。加熱温度はA3点以上であればこのようなフェライトは全て消失するので、特に上限は定めないが、実操業レベルとの関係で、適宜適切な値に制御することが推奨される。
【0031】
組織の大部分をMD組織とし、本発明所定の組織を得るためには、前記鋼組成において冷却速度を0.2〜20℃/sとし、Ms点以下まで冷却する必要がある。通常は室温まで冷却すればよい。冷却速度を0.2℃/s未満とすると、第2相であるマルテンサイトを伴わないフェライトが生成し、MD組織のフェライト+マルテンサイトの割合が90%未満となり、強度及び伸びフランジ性が劣化する。またフェライト結晶粒内のマルテンサイトの割合が減少し、マルテンサイトの平均結晶粒径の粗大化が生じる。好ましくは0.5℃/s以上、より好ましくは1℃/s以上である。一方、20℃/sを越えると、ベイニティックフェライトのラスが消失するための十分な温度と時間が確保できないためMD組織が得られず、伸び及び伸びフランジ性が劣化し、さらに冷却速度が高くなると、全組織がマルテンサイトとなるため、伸びが著しく劣化する。そのため、冷却速度は20℃/s以下とする必要がある。好ましくは15℃/s以下、より好ましくは10℃/s以下とする。
【実施例】
【0032】
表1〜5に示す成分組成を有する鋼1A〜5Fを溶製し、スラブとしてから、1150℃まで加熱し、800℃で板厚3.0mmまで熱間圧延し、550℃で巻き取った。その後、酸洗により表面スケールを除去し、板厚1.2mmまで冷間圧延を行った。このようにして得た各鋼板素材について、表6〜9に示す各温度に加熱・保持した後、同表に示す冷却速度で各停止温度まで冷却する熱処理を行った。
【0033】
【表1】

【0034】
【表2】

【0035】
【表3】

【0036】
【表4】

【0037】
【表5】

【0038】
【表6】

【0039】
【表7】

【0040】
【表8】

【0041】
【表9】

【0042】
上記のようにして得た各種鋼板について、下記の要領でミクロ組織及び力学特性を調べた。
各鋼材のミクロ組織は、以下の方法で求めた。
熱処理後の鋼板No.1〜140について、10mm×10mm×1.2mmのミクロ組織観察用試験片を切り出した。観察位置が圧延方向の板厚の1/4の位置となるように冷間樹脂で埋め込んだ。組織観察場所の同定が行えるようビッカース試験機で目印となる圧痕をつけた後、レペラーで腐食し、光学顕微鏡を用いて倍率1000倍で組織を5箇所観察した。レペラー腐食後の組織写真を画像解析すると、フェライトは灰色、マルテンサイト及び残留オーステナイトは白色に観察される。光学顕微鏡によるミクロ組織観察後、ビッカース圧痕が消えない程度にバフ研磨及び電解研磨を行い、同箇所について、FE/SEM−EBSPを用いてステップ間隔100nmで組織観察を行った。結晶粒の方位差15°以上の境界を結晶粒界とし、結晶粒界を同定した。
光学顕微鏡写真とFE/SEM−EBSP組織写真とをビッカース圧痕を基準として組み合せ、組織を評価した。
【0043】
・MD組織
MD組織は、上述のように、母相であるフェライト結晶粒内に微細なマルテンサイト(第2相)を含むものである。光学顕微鏡とFE/SEM−EBSPの観察結果を組み合せ、大傾角粒界で囲まれる結晶粒の内部(即ち、結晶粒内)に、多数のマルテンサイトが存在する組織をMD組織として同定し、その占積率を求めた。
【0044】
その他の組織としては、パーライト、ベイナイト、残留オーステナイト、結晶粒内にマルテンサイトを伴わないフェライト等が含まれる可能性があるが、これらの組織の同定方法は以下の通りである。
・残留オーステナイト
残留オーステナイトは、FCC構造であるため、FE/SEM−EBSPで識別することが可能である。観察視野におけるオーステナイトの面積率を求めた。
・パーライト
パーライトはフェライトとセメンタイトのラメラ構造であり、セメンタイトはFE/SEM−EBSPで識別することが可能である。ここでは、観察視野におけるパーライトの面積率を求めた。
【0045】
・ベイナイト
ベイナイトはFE−SEM/EBSPで同定したフェライト結晶粒内にラスが存在する。フェライト結晶粒内にラスが存在するものについてはベイナイトであると判断し、観察視野におけるベイナイトの面積率を求めた。
・結晶粒内にマルテンサイトを伴わないフェライト
FE−SEM/EBSPで同定したフェライト結晶粒の中にマルテンサイトが確認できないものについては、結晶粒内にマルテンサイトを伴わないフェライトとして、MD組織と異なる組織であると判断する。観察視野における結晶粒内にマルテンサイトを伴わないフェライトの面積率を求めた。
【0046】
観察視野において、MD組織が観察されないものはMD無しと判定する。また、全組織を100%とした時のその他の組織(残留オーステナイト、パーライト、ベイナイト、結晶粒内にマルテンサイトを伴わないフェライト等)の面積率の合計が10%を超える場合は規定する組織となっておらず、この場合、MD一部と判定した。
一方、MD組織の占積率が全組織の90%以上を占める場合は、以下のようなより詳細な調査を行った。
【0047】
・マルテンサイトの占積率および平均結晶粒径
まず、全組織中のマルテンサイトの占積率は、光学顕微鏡写真を画像解析し、全組織における白色の部分の面積率を用いた。次に、FE/SEM−EBSPの画像と組み合せることにより、フェライト結晶粒内に存在するものと、結晶粒界に存在するものを分離した。白色の部分として残留オーステナイトも観察されるが、マルテンサイトと残留オーステナイトの区別は、FCC構造である残留オーステナイトをFE/SEM−EBSPで識別することが可能であり、FE/SEM−EBSPの画像解析によって残留オーステナイトを除くことにより、マルテンサイトの占積率を決定した。
一方、マルテンサイトの平均結晶粒径(粒子径)は以下の手法で求めた。即ち、平均結晶粒径は、SEM観察写真(倍率3000倍)より、20μm×20μmの観察視野5箇所をランダムに抽出し、それぞれの観察視野におけるマルテンサイト及び残留オーステナイトの平均結晶粒径(円相当直径)を求め、その平均値を組織全体のマルテンサイトの結晶粒径とした。
【0048】
各鋼材の力学特性は、以下の方法で求めた。
・引張特性
鋼板圧延方向の垂直方向から採取したJIS5号試験片を用いて、JIS Z 2241に準拠し、引張強度TS、伸びElを測定した。TS:590MPa以上、EL:10%以上を合格とした。引張強度に対応するひずみから破断ひずみまでを局部伸びとした。
・伸びフランジ性
伸びフランジ性として穴拡げ率λを測定した。穴拡げ率λは、鉄鋼連盟規格(JFST1001−1996)に準拠して測定した。λ:80%以上を合格とした。
【0049】
以上の結果を表10〜15に示した。
【0050】
【表10】

【0051】
【表11】

【0052】
【表12】

【0053】
【表13】

【0054】
【表14】

【0055】
【表15】

【0056】
表10〜15の結果より、以下のように考察することができる。以下のアルファベットは全て表1〜15中の鋼記号、No.は全て表6〜15中の材料No.を意味する。
まず、No.2〜3、7〜16、19〜22、25〜30、37〜42、47〜52、55〜59、61〜69、72〜79、81〜84、87〜96、98〜101、103〜106、108〜111、113〜120、122〜123、125〜126、128〜135、137〜140は、いずれも本発明の範囲を満足する鋼種(表1〜3の1B〜1K、1N〜1Y、2B〜2M、2P〜2W、2Y〜3B、3E〜3N、3P〜3S、3U〜3X、3Z〜4C、4E〜4L、4N〜4O、4Q〜4R、4T〜5A、5C〜5F)を用い、本発明で規定する製法によって、本発明で規定する組織を備えた高強度鋼板を製造した例である。上記のNo.で示した高強度鋼板は全て引張強度、伸び及び伸びフランジ特性に優れている。
【0057】
これに対し、本発明で特定する要件のいずれかを満足しない下記例は、それぞれ以下の不具合を有している。
No.1はC量が少ない鋼記号1Aを使用した例であり、全組織中のマルテンサイトの割合が規定した範囲より低いため、引張強度が低下した。
No.4〜6は本発明の規定を満たす成分組成の鋼記号1Dを用いているが、熱処理の加熱・保持温度がA3点以上でなく、α+α’の面積率が90%未満となったため、伸びフランジ性が低下した。
No.17はC量が多い鋼記号1Lを使用した例であり、全組織中のマルテンサイトの割合が規定した範囲よりも大きく、マルテンサイトの粒径も規定した範囲より大きいため、伸びおよび伸びフランジ性が低下した。
No.18はSi量が少ない鋼記号1Mを使用した例であり、全面ベイナイト組織でMD無しであったため、伸びが低い。
【0058】
No.23〜24は本発明の規定を満たす成分組成の鋼記号1R、No.35〜36は本発明の規定を満たす成分組成の鋼記号1Sを用いているが、熱処理の冷却速度が規定した範囲よりも遅く、結晶粒内にマルテンサイトを伴わないフェライトが生成した。No.23およびNo.35はフェライト−パーライト組織でMD無しであり、No.24およびNo.36は結晶粒内にマルテンサイトを伴わないフェライトがでてα+α’の面積率が90%未満となったため、伸びフランジ性が低い。
No.31〜34は本発明の規定を満たす成分組成の鋼記号1R、No.43〜46は本発明の規定を満たす成分組成の鋼記号1Sを用いているが、熱処理の冷却速度が規定した範囲よりも速すぎるため、No.31および32、No.43および44はベイナイトのラスが消失し切らず、ベイニティックフェライト−マルテンサイト組織となり、MD無しであり、伸び及び伸びフランジ性が低下した。また、No.33および34、No.45および46はマルテンサイト単相組織となり、伸び及び伸びフランジ性が低下した。
No.53はSi量が多い鋼記号1Zを使用した例であり、Siを多量添加したため、伸び及び伸びフランジ性が低下した。
【0059】
No.54はMn量が少ない鋼記号2Aを使用した例であり、パーライトが生成し、α+α’が90%未満であったため、伸びフランジ性が低い。
No.60は本発明の規定を満たす成分組成の鋼記号2Dを用いているが、冷却停止温度がMs点を越えているため、全面ベイナイト組織となり、伸び及び伸びフランジ性が低下した。
No.70はMn量が多い鋼記号2Nを使用した例であり、伸びフランジ性が低下した。
No.71はAl量が少ない鋼記号2Oを使用した例であり、Si,MnとOの化合物が不可避的に生成し、伸び及び伸びフランジ性が低下した。
No.80はAl量が多い鋼記号2Xを使用した例であり、粗大なマルテンサイトが多く生成し、全組織中のα’の面積率、α’の平均粒径が規定範囲を超えたため、伸びおよび伸びフランジ性が低下した。
【0060】
No.85はMo量が多い鋼記号3Cを使用した例であり、粗大な残留オーステナイトが多く生成し、α+α’が90%未満であったため、伸びフランジ性が低下した。
No.86はB量が少ない鋼記号3Dを使用した例であり、結晶粒内にマルテンサイトを伴わないフェライトが析出して、α+α’が90%未満であったため、伸びフランジ性が低下した。
No.97はB量が多い鋼記号3Oを使用した例であり、Bの偏析によって、伸びフランジ性が低下した。
【0061】
No.102はTi量が多い鋼記号3Tを使用した例であり、析出物が増加したため、伸びフランジ性が低下した。
No.107はNb量が多い鋼記号3Yを使用した例であり、析出物が増加したため、伸びフランジ性が低下した。
No.112はV量が多い鋼記号4Dを使用した例であり、析出物が増加したため、伸びフランジ性が低下した。
【0062】
No.121はTi、Nb、Vの合計添加量が多い鋼記号4Mを使用した例であり、析出物が増加したため、伸びフランジ性が低下した。
No.124はNi量が多い鋼記号4Pを使用した例であり、Niを多量に添加したため割れ易くなり、伸びフランジ性が低下した。
No.127はCu量が多い鋼記号4Sを使用した例であり、Cuを多量に添加したため割れ易くなり、伸びフランジ性が低下した。
No.136はCr量が多い鋼記号5Bを使用した例であり、Crを多量に添加したため、伸びが低下した。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
組織は主として、フェライト母相中に第2相であるマルテンサイトが微細分散した組織(以下、本組織をMD(Micro Duplex)組織と呼ぶ)であり、このMD組織の組織全体に占める割合が90%以上であり、且つ、全組織中のマルテンサイトの組織全体に占める割合が20〜60%の範囲内にあり、更に、MD組織中のマルテンサイトの存在位置はフェライト粒内及び粒界であり、フェライト粒内に存在するマルテンサイトの割合が50%以上であり、全組織中のマルテンサイトの平均結晶粒径が3μm以下であることを特徴とする伸びフランジ性に優れた高強度鋼板。
【請求項2】
質量%で、C:0.02〜0.2%、Si:0.01〜3%、Mn:0.5〜3%、B:0.0001〜0.005%、Al:0.01〜1.5%を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなることを特徴とする請求項1に記載された伸びフランジ性に優れた高強度鋼板。
【請求項3】
さらに、Mo:0.03〜1%を含有することを特徴とする請求項2に記載された伸びフランジ性に優れた高強度鋼板。
【請求項4】
さらに、Nb、Ti、Vのうち1種又は2種以上を合計で0.01〜0.1%含有することを特徴とする請求項2又は3に記載された伸びフランジ性に優れた高強度鋼板。
【請求項5】
さらに、Ni:0.5%以下及び/又はCu:0.5%以下を含有することを特徴とする請求項2〜4のいずれかに記載された伸びフランジ性に優れた高強度鋼板。
【請求項6】
さらに、Cr:1.5%以下を含有することを特徴とする請求項2〜5のいずれかに記載された伸びフランジ性に優れた高強度鋼板。
【請求項7】
さらに、Ca:0.003%以下及び/又はREM:0.003%以下を含有することを特徴とする請求項2〜6のいずれかに記載された伸びフランジ性に優れた高強度鋼板。
【請求項8】
請求項2〜7のいずれかに記載された成分組成からなる鋼板素材を加熱し、A3点以上の温度から、0.2〜20℃/sの冷却速度でMs点以下の温度まで冷却することを特徴とする伸びフランジ性に優れた高強度鋼板の製造方法。

【公開番号】特開2008−101237(P2008−101237A)
【公開日】平成20年5月1日(2008.5.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−283517(P2006−283517)
【出願日】平成18年10月18日(2006.10.18)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【出願人】(304028346)国立大学法人 香川大学 (285)
【Fターム(参考)】