説明

低サイクルねじり疲労強度に優れたシャフト用はだ焼鋼

【課題】 Ni、Moなどの元素や特殊な合金元素を極力用いることなく、鋼材や部品の製造条件による制約もなく、低コストで加工性および特に低サイクルねじり疲労強度に優れたシャフト部品用はだ焼鋼を提供する。
【解決手段】 質量%で、C:0.10〜0.35%、Si:0.35〜1%、Mn:0.2〜0.6%、P:0.03%以下、S:0.03%以下、Cr:1.2〜3%、Ti:0.01〜0.2%、Nb:0.01〜0.2%、B:0.0001〜0.005%、N:0.015%以下を含み、残部はFeおよび不可避不純物からなり、かつ、ジョミニー一端焼入れ法におけるJ9硬さが35〜50HRCおよびJ13硬さが30〜45HRCを満足する加工性および低サイクルねじり疲労強度に優れたシャフト用はだ焼鋼で浸炭焼入焼戻しして用いられる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、浸炭処理を施して製造される自動車のトランスミッション用シャフト部品に用いられるはだ焼鋼に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、自動車のエンジンにおいて高トルク化、高出力化が進んでいる。このため、自動車のトランスミッションも高容量化が求められており、トランスミッション用の部品には、より高強度化のニーズが高まっている。その中でトランスミッション用シャフト部品は、急発進時などには、通常時よりも高負荷がかかる部品であるが、短寿命で破損することは自動車にとって重大な問題であるので避けねばならない。したがって、トランスミッション用のシャフト部品は、低サイクル域でのねじり疲労強度が要求され、かつ、その鋼材には加工性に優れていることが要求される。一方、軽量化や省資源化の観点からシャフト部品の大径化による高強度化は図ることは困難である。ところで、従来のトランスミッション用の浸炭シャフト部品はJIS規定のはだ焼鋼であるSCr420H、SCM420Hなどが用いられている。しかし、自動車などの軽量化や高出力化に伴い、上記のように低サイクル域でのねじり疲労強度の向上の要求が高まり、さらなるねじり疲労強度に優れたシャフト用はだ焼鋼の開発が求められている。
【0003】
そこで、浸炭焼入れを施して製造されるシャフト部品の高強度化に関する技術が提案されている(例えば、特許文献1参照。)。これは鋼の化学成分として、Te、Ca、Zr、Mg、Y、希土類元素のうち1種以上を含有させ、MnSの形態の制御や、素材組織の制御によりねじり疲労強度を向上させる方法である。
【0004】
さらに、加工性、ねじり疲労強度に優れた浸炭用鋼が提案されている(例えば、特許文献2参照。)。しかし、浸炭焼入時にT(℃)=40×[Mn%]+75により算出される焼入条件よりも低い温度の油中に焼入れして所定の硬さ・強度を確保する必要がある。
【0005】
また、さらに、製造条件の制約により長径が3μm以上の介在物粒子の平均アスペクト比を6.0以下、かつ介在物粒子の面積率を0.6%以下とする介在物の形態を制御し、ねじり疲労強度を向上させた浸炭用鋼材が提案されている(例えば、特許文献3参照。)。
【0006】
さらに、B以外にMoを必須元素成分とし、かつ、浸炭焼入れ焼戻し処理による浸炭層の深さを最適化することにより高強度化した機械構造部材が提案されている(例えば、特許文献4参照。)。
【0007】
【特許文献1】特開2002−69573号公報
【特許文献2】特開2003−239039号公報
【特許文献3】特開2004−107694号公報
【特許文献4】特開2006−152330号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
はだ焼鋼に浸炭処理を実施して製造される自動車のトランスミッション用のシャフト部品の高強度化において、部品の表面もしくは表面直下から軸と45°の方向に進展するMODE−Iタイプのき裂に対する高強度化に加えて芯部にて軸と90°方向に進展するMODE−IIIタイプのき裂に対する高強度化を合わせて実施することが有効であることを発明者は見出した。さらに低サイクルねじり疲労強度の向上には、静ねじり強度向上策が非常に有効であることも合わせて見出した。
【0009】
そこで、本発明が解決しようとする課題は、従来技術のようにNi、Moなどの元素や特殊な合金元素を極力用いることなく、また鋼材や部品の製造条件による制約もなく、低コストで加工性に優れ、さらに部品の径を太くすることなく特に低サイクルねじり疲労強度に優れたシャフト部品用はだ焼鋼を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
1.軸部品をねじった場合に、軸と45°の方向にき裂が発生して進展し、脆性破壊して破断にいたるMODE−Iタイプのき裂に対する高強度化には、鋼材の浸炭層の靭性向上が有効である。このためにはJIS規定のはだ焼鋼レベルよりも鋼成分のSiを増量することで、浸炭時に生成する酸化物層が鋼材の粒界のみでなく表層全体に生成することにより生じる異常層が深くなることを防ぎ、初期欠陥深さを低減し、さらに粒界強度を向上する。さらに鋼成分にBを添加することで、鋼材の粒界強度を向上する。
【0011】
2.軸部品をねじった場合に、軸と90°方向にき裂が発生し、延性破壊して破断にいたるMODE−IIIタイプのき裂に対する高強度化には、芯部硬度の上昇が有効である。このためには鋼成分にBを添加し、かつ、JIS規定のはだ焼鋼レベルの量よりもCrの量を増量することで鋼材の焼入性を向上することにより芯部硬度を上昇させる。その効果を十分に得るため、ジョミニー式一端焼入れ試験の硬さを規定の大きさとする。
【0012】
3.強度向上のために、フェライトの硬度を上昇させる効果の高いフェライト強化元素であるSiを増量しているので、素材硬度の低減のためJIS規定のはだ焼鋼よりも鋼成分のMnを減らして鋼素材の硬度を低減させる。さらに浸炭層の不完全焼入れの発生を回避するため、鋼成分のNi、Moよりも素材硬度を上昇させにくいCrの量をJlS規定のはだ焼鋼レベルよりも積極的に増量添加し、必要な焼入性を確保する。なお、Ni、Moは選択元素として添加し、成分範囲もJlS規定のはだ焼鋼の範囲を逸脱しないものとする。
【0013】
すなわち、上記の課題を解決するための本発明の手段は、請求項1の発明では、質量%で、C:0.10〜0.35%、Si:0.35〜1%、Mn:0.2〜0.6%、P:0.03%以下、S:0.03%以下、Cr:1.2〜3%、Ti:0.01〜0.2%、Nb:0.01〜0.2%、B:0.0001〜0.005%、N:0.015%以下を含み、残部はFeおよび不可避不純物からなり、かつ、ジョミニー一端焼入れ法におけるJ9硬さが35〜50HRCおよびJ13硬さが30〜45HRCを満足することを特徴とする加工性および低サイクルねじり疲労強度に優れたシャフト用はだ焼鋼である。
【0014】
請求項2の発明では、請求項1に記載のシャフト用はだ焼鋼において、上記の化学成分に加えて、質量%で、Ni:0.2〜2%、Mo:0.05〜0.3%のうち1種以上を含むことを特徴とする加工性および低サイクルねじり疲労強度に優れたシャフト用はだ焼鋼である。
【0015】
本願発明における鋼成分の限定理由を以下に説明する。なお、以下%は質量%を示す。
C:0.10〜0.35%
Cは、強度を付与するために必要な元素であるが、0.10%未満であると、浸炭後の芯部強度を確保することができず、0.35%を超えると靱性が低下するとともに素材の硬度が上昇して加工性が劣化する。そこでCは0.10〜0.35%とし、望ましくは0.14〜0.27%とする。
【0016】
Si:0.35〜1%
Siは、鋼の脱酸に有効な元素であるとともに、鋼に必要な強度および焼入性を付与し焼戻し軟化抵抗を向上するために有効な元素であるが、0.35%未満では、強度向上効果確保ができず、浸炭異常層の深さが浅くならず、1%を超えると、靱性が低下して素材硬度が上昇して加工性が劣化する。そこでSiは0.35〜1%とし、望ましくは、0.40〜0.80%とする。
【0017】
Mn:0.2〜0.6%
Mnは、鋼の焼入性を向上させる元素であるが、0.2%未満では焼入性の向上を確保することができず、また製造性を悪化し、0.6%を超えると素材の硬度が上昇して加工性が劣化する。そこで、Mnは0.2〜0.6%とする。
【0018】
P:0.03%以下
Pは、粒界に偏析して靱性および疲労強度を低下させて部品強度を低下させる元素であるため、Pは、0.03%以下とする。
【0019】
S:0.03%以下
Sは粒界偏析により粒界脆化を招き、冷間加工性および靱性を劣化させる元素である。そこで、Sは、0.03%以下とする。
【0020】
Cr:1.2〜3%
Crは鋼に焼入性や強度向上を与えるために有効な元素であるが、1.2%未満ではその効果は十分に得られず、3%を超えると硬さの上昇を招き加工性を劣化する。そこで、Crは、1.2〜3%とし、望ましくは、1.5〜2.5%とする。
【0021】
上記のMnおよびCrにおいて、本発明でMnを低減し、Crを高くしている理由
鋼材の焼入性向上にはMn、Cr、Moが効果が高いと言われている。しかし、Mn、MoはCrよりも焼ならしなどの軟化熱処理後の硬度を上昇させる効果も高い。本発明では、すでに強度向上のためにSi量を増量しており、さらなる素材硬度の向上は出来るだけ避けたいので、Cr量を積極的に増加した。
【0022】
Ti:0.01〜0.2%
Tiは、NをTiNとして固定し、BN生成を抑制する元素であるが、0.01%未満ではその効果は十分でなく、加えて微細TiC、TiCNを形成して浸炭時の結晶粒粗大化を抑制する効果を確保するためにはTiを0.01%以上必要とするが、0.2%を超えても結晶粒粗大化抑制効果は飽和し、加工性を劣化し、製造性を悪化する。そこで、Tiは0.01〜0.2%とする。
【0023】
Nb:0.01〜0.2%
Nbは微細NbCなどを形成して浸炭時の結晶粒の粗大化を抑制する効果を確保するために必要な元素であるが、Nbが0.01%未満ではその効果は十分でなく、Nbが0.2%を超えると、NbCなどが粗大化し結晶粒粗大化抑制効果が低下し、かつ、コストアップとなる。そこで、Nbは0.01〜0.2%とする。
【0024】
TiとNbを本発明で同時に添加する理由
Tiは、上記したようにBがBNとならずに強度や焼入性の向上に有効に働くために必須の元素である。この場合、通常のはだ焼鋼において結晶粒粗大化防止に利用するAlNが使えないため、TiCやNbCを結晶粒粗大化防止に利用する必要がある。そこで、本発明では、TiCやNbCの双方を使えるようにするためにTiとNbを同時に添加するものとする。
【0025】
B:0.0001〜0.005%
Bは強度および焼入性の向上効果を確保するために必要な元素であるが、Bが0.0001%未満ではその効果は十分でなく、0.005%を超えてもその効果は飽和する。そこで、Bは0.0001〜0.005%とする。
【0026】
N:0.015%以下
Nは、N量を低減することでBNの生成を抑制してBの強度および焼入性の向上効果を確保するものとする。そこで、Nは0.015%以下とする。
【0027】
Ni:0.2〜2%
Niは、鋼の焼入性および靭性の向上に必要な元素で、Niが、0.2%未満ではこれらの効果は十分でなく、2%を超えると素材の硬度が上昇しすぎて加工性を劣化し、さらにコストアップとなる。そこで、Niは0.2〜2%とする。
【0028】
Mo:0.05〜0.30%
Moは、鋼の焼入性および靭性の向上に必要な元素で、Moが、0.05%未満ではこれらの効果は十分でなく、0.30%を超えると素材の硬度が上昇しすぎて加工性を劣化し、さらにコストアップとなる。そこで、Moは0.05〜0.30%とする。
【0029】
NiおよびMoは上記のそれぞれの成分の範囲で1種又は2種を選択的に上記の他の鋼成分に含有できる。
【0030】
ジョミニー値としてJ9硬さを35〜50HRCおよびJ13硬さを30〜45HRCに限定する理由
ジョミニー一端焼入れ法における試験の値において、MODE−IIIタイプの破壊に対する高強度化のために、十分な芯部硬度を得るために必要な焼入性として下限を規定した。一方、上限値以上の焼入性を得るためには、Cや合金元素の増量が必要となり、コストアップや加工性の劣化が起こる。そこで、ジョミニー一端焼入れ法において、J9硬さで35〜50HRC、望ましくは38〜50HRCおよびJ13硬さで30〜45HRC、望ましくは35〜45HRCに限定する。
【発明の効果】
【0031】
本発明は上記の手段の鋼としたことで、低サイクルねじり疲労強度に優れる自動車などの浸炭シャフト部品を低コストで大幅な工程の追加無しに製造できるなど、従来にない優れた効果を奏することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0032】
表1に示す化学組成の鋼を100kg真空溶解炉で溶製し、得られた鋼を1250℃で熱間鍛造して直径32mmの棒鋼を製造した後、925℃に90分保持した後、空冷して焼ならし処理を行った。
【0033】
【表1】

【0034】
なお、比較鋼のNo.IはJISに規定のはだ焼鋼のSCr420相当鋼、比較鋼のNo.JはJISに規定のはだ焼鋼のSCM420相当鋼である。
【0035】
その後、図1に示す形状の試験片(φ20)に加工した後、図2に示す浸炭焼入焼戻し条件により、表面炭素濃度0.8〜0.9%を狙った浸炭焼入焼戻しを行って、ねじり疲労試験片とした。油圧サーボ式ねじり疲労試験機によって負荷トルクと折損するまでの回数の関係を求め、1000回の時間強度を求めた。また、この鋼材の加工性の指標として上記の焼ならし後の硬度を調査し、これらを表2に示した。
【0036】
【表2】

【0037】
表2の評価結果、発明鋼のNo.A〜No.Hは、比較鋼のNo.IのJISに規定するSCr420よりも、低サイクルねじり強度が15%以上優れ、比較鋼のNo.KのMoが0.38%添加されている鋼と同等以上の強度を有するが、焼ならし硬度は低い。一方、発明鋼のNo.A〜No.Hはジョミニー一端焼入れ法におけるJ9硬さがいずれも35〜50HRC内であり、さらにJ13硬さがいずれも30〜45HRC内である。しかも、発明鋼のNo.A〜No.Hは、焼ならし硬度が比較鋼のNo.JのJISに規定するSCM420と比べてより低く、かつ、低サイクル域のねじり疲労強度の指標である1000回強度比も1.16以上と比較鋼のNo.Kと同等以上である。したがって、発明鋼のNo.A〜No.Hは、加工性を保ちつつ高強度化できることがわかる。なお、比較鋼のNo.O、No.Q、No.Rは、発明鋼同等以上の強度を有するが、焼ならし硬度が非常に高く、加工性の劣化が著しいものである。
【図面の簡単な説明】
【0038】
【図1】ねじり疲労試験に用いた試験片形状を示す側面図で、数値の単位はmmである。
【図2】はだ焼鋼を加工した試験片の浸炭焼入焼戻し条件を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.10〜0.35%、Si:0.35〜1%、Mn:0.2〜0.6%、P:0.03%以下、S:0.03%以下、Cr:1.2〜3%、Ti:0.01〜0.2%、Nb:0.01〜0.2%、B:0.0001〜0.005%、N:0.015%以下を含み、残部はFeおよび不可避不純物からなり、かつジョミニー一端焼入れ法におけるJ9硬さが35〜50HRCおよびJ13硬さが30〜45HRCを満足することを特徴とする加工性および低サイクルねじり疲労強度に優れたシャフト用はだ焼鋼。
【請求項2】
質量%で、C:0.10〜0.35%、Si:0.35〜1%、Mn:0.2〜0.6%、P:0.03%以下、S:0.03%以下、Cr:1.2〜3%、Ti:0.01〜0.2%、Nb:0.01〜0.2%、B:0.0001〜0.005%、N:0.015%以下を含み、さらにNi:0.2〜2%およびMo:0.05〜0.3%のうち1種又は2種を含み、残部はFeおよび不可避不純物からなり、かつ、ジョミニー一端焼入れ法におけるJ9硬さが35〜50HRCおよびJ13硬さが30〜45HRCを満足することを特徴とする加工性および低サイクルねじり疲労強度に優れたシャフト用はだ焼鋼。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2009−293070(P2009−293070A)
【公開日】平成21年12月17日(2009.12.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−146375(P2008−146375)
【出願日】平成20年6月4日(2008.6.4)
【出願人】(000180070)山陽特殊製鋼株式会社 (601)
【Fターム(参考)】