説明

低サイクル曲げ疲労強度に優れた浸炭鋼部品

【課題】 従来よりも低サイクル曲げ疲労強度に優れた浸炭鋼部品を提供する
【解決手段】 化学成分が、質量%で、C:0.1〜0.6%、Si:0.01〜1.5%、Mn:0.3〜2.0%、P:0.02%以下、S:0.001〜0.15%、N:0.001〜0.03%、Al:0.001〜0.06%、O:0.005%以下を含有し、残部が実質的に鉄と不可避的不純物よりなる鋼からなり、浸炭焼入れ焼戻し処理を施した鋼部品であって、表面の硬さがHV550〜HV800であり、心部の硬さがHV400〜HV500であることを特徴とする低サイクル曲げ疲労強度に優れた浸炭鋼部品。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、低サイクル曲げ疲労強度に優れた浸炭鋼部品に関するものである。
【背景技術】
【0002】
機械構造用部品、差動歯車、トランスミッション歯車、歯車付き浸炭シャフトなどの歯車は、車両の急発進、急停車の負荷により、歯元が低サイクル疲労(数百から数千サイクル域の疲労)で破損することがある。特に差動歯車やトランスミッション歯車においてはその低サイクル疲労強度の向上がより一層、望まれている。従来、一般に上記した部品には素材にJIS SCr420、SCM420等のCが0.2%前後の肌焼鋼を用いることで心部の靭性を確保し、浸炭焼入れ処理と150℃前後の低温焼戻しを施して、部品表面をCが0.8%前後の焼戻しマルテンサイト組織とさせて高サイクル曲げ疲労強度や耐摩耗性を高めて使用される。
【0003】
従来の低サイクル曲げ疲労強度を向上するための技術は、特許文献1の開示技術には、Cが0.1〜0.3%で、Bが0.005%以下を含有し、Siは0.3%以下に制限し、Pは0.03%以下に制限し、心部硬さがHV350以上である浸炭部品が提案されている。
【0004】
特許文献2の開示技術には、Cが0.15〜0.3%で、Siは0.5%以下に制限し、Pは0.01%以下に制限し、化学成分から計算される塑性変形抵抗及び粒界強度の和を一定値以上にすることによる、低サイクル疲労強度に優れた肌焼鋼が提案されている。
【0005】
特許文献3の開示技術には、Cが0.1〜0.3%で、Bが0.001〜0.005%で、Siは0.5%以下に制限し、Pは0.03%以下に制限し、歯元部の心部硬さがHV300以上である低サイクル疲労強度に優れた浸炭歯車が提案されている。
【0006】
特許文献4の開示技術には、Cが0.15〜0.3%で、Bが0.0003〜0.005%で、Siは0.03〜0.25%で、Pは0.02%以下に制限し、化学成分から計算される心部硬さに関連する値を一定値以上にすることによる低サイクル衝撃疲労特性に優れた浸炭部品が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平8−92690号公報
【特許文献2】特開平10−259450号公報
【特許文献3】WO2002/044435号公報
【特許文献4】特開2004−238702号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上述の如き特許文献1〜4の開示技術では、今日、求められている低サイクル曲げ疲労強度の高強度化ニーズには充分に答えられることが出来なかった。本発明は従来よりも低サイクル曲げ疲労強度に優れた浸炭鋼部品を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上述した課題を解決するために、鋼材の化学成分及び浸炭材質特性を広範囲かつ系統的に変化させた低サイクル曲げ疲労試験を鋭意実施し、次の点を明らかにした。
【0010】
低サイクル曲げ疲労強度を向上するには、表面硬さをHV550〜HV800の範囲とするのが最適であり、その範囲内では該硬さが低いほど有効であることを明らかにした。
【0011】
低サイクル曲げ疲労強度を向上するには、心部硬さをHV400〜HV500以下の範囲とするのが最適であり、その範囲内では該硬さが高いほど有効であることを明らかにするとともに、Cは0.6%までの範囲内では高いほど好ましいことを明らかにした。従来はCが0.3%を超えると靭性が低下するため低サイクル曲げ疲労強度が低下すると言われてきた。しかし本発明者らは、靭性が低下するのはC量ではなく心部硬さがHV500を超えたときであり、心部硬さがHV500を超えてしまうC量である0.6%がCの上限であることを明らかにした。
【0012】
低サイクル曲げ疲労強度を向上するには、Siは0.01〜1.5%の範囲内で増加したほうが有効であることを明らかにした。従来、Siは浸炭時の粒界酸化層の生成を通じた強度低下を及ぼすため、0.5%以下に制限することが推奨されてきた。しかし本発明者らは、低サイクル曲げ疲労強度に及ぼす粒界酸化層の影響はあったとしても極めて小さく、Si増加による表面硬さの低下、心部硬さの増加の有効性を明らかにした。
【0013】
Pをできるだけ少なくすること、及びBを添加することにより、上述の(1)〜(3)の効果が更に向上することを明らかにした。
【0014】
本発明は以上の新規なる知見にもとづいてなされたものであり、本発明の要旨は以下のとおりである。
【0015】
即ち、請求項1記載の発明は、化学成分が、質量%で、C:0.1〜0.6%、Si:0.01〜1.5%、Mn:0.3〜2.0%、P:0.02%以下、S:0.001〜0.15%、N:0.001〜0.03%、Al:0.001〜0.06%、O:0.005%以下を含有し、残部が実質的に鉄と不可避的不純物よりなる鋼からなり、浸炭焼入焼戻し処理を施した浸炭鋼部品であって、表面の硬さがHV550〜HV800であり、心部の硬さがHV400〜HV500であることを特徴とする。
【0016】
請求項2記載の発明は、請求項1記載の発明において、さらに、化学成分が質量%でB:0.0002〜0.005%を含有することを特徴とする。
【0017】
請求項3記載の発明は、請求項1又は請求項2記載の発明において、さらに、化学成分が質量%で、Cr:0.1〜3.0%、Mo:0.1〜1.5%、Cu:0.1〜2.0%、Ni:0.1〜5.0%の1種又は2種以上を含有することを特徴とする。
【0018】
請求項4記載の発明は、請求項1〜3いずれか1項に記載の発明において、さらに、化学成分が質量%で、Ti:0.005〜0.2%、Nb:0.01〜0.2%、V:0.03〜0.2%の1種又は2種以上を含有することを特徴とする。
【0019】
請求項5記載の発明は、請求項1〜4いずれか1項に記載の発明において、さらに、化学成分が質量%で、Ca:0.0002〜0.005%、Zr:0.0003〜0.005%、Mg:0.0003〜0.005%の1種又は2種以上を含有することを特徴とする。
【0020】
請求項6記載の発明は、請求項1〜5のいずれか1項の浸炭鋼部品が差動歯車であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0021】
本発明の低サイクル曲げ疲労強度に優れた浸炭鋼部品を用いれば、自動車用の差動ギアなどの歯車の小型軽量化が大幅に可能となり、自動車の燃費向上とそれを通じたCO2排出量削減が可能となる。本発明による産業上の効果は極めて顕著なるものがある。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】低サイクル疲労試験片と低サイクル疲労試験方法を示す図である。
【図2】低サイクル疲労強度に及ぼす残留応力の影響を示す図である。
【図3】低サイクル疲労強度に及ぼす粒界酸化層深さの影響を示す図である。
【図4】低サイクル疲労強度に及ぼす表面硬さの影響を示す図である。
【図5】低サイクル疲労強度に及ぼす心部硬さ硬さの影響を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明を実施するための形態として、低サイクル曲げ疲労強度に優れた浸炭鋼部品について詳細に説明する。
【0024】
まず、本発明を適用した浸炭鋼における化学成分の限定理由について説明する。以下、組成における質量%は、単に%と記載する。
【0025】
C:0.1〜0.6%
Cは浸炭焼入れ処理した部品の心部硬さを与え、低サイクル曲げ疲労強度の向上に有効な元素である。心部の組織はマルテンサイトが主体であり、焼入れ処理後のマルテンサイトの硬さはC量が多いほど高くなる。また、同じ心部硬さであっても高Cのほうが微細炭化物の分散強化を通じて降伏比が増加するため、この効果を確実に得るには、C量は0.1〜0.6%の範囲内にする必要がある。更に低サイクル曲げ疲労強度を向上させるには心部をHV450以上とさせるべくC量を0.2%以上とするのかが好ましく、さらに0.3%超とするのがより好ましく、また、被削性の観点からはC量は0.4%以下とするのが好ましい。
【0026】
肌焼鋼の疲労強度向上には圧縮残留応力の付与が有効であることが広く知られている。肌焼鋼は浸炭焼入れの際、Cが0.2%前後の心部が先にマルテンサイト変態により膨張し、その後、Cが0.8%前後の浸炭層がマルテンサイト変態により膨張することにより、部品の表面近傍に圧縮残留応力が付与されることが広く知られている。本発明のようにC量を増加させると、心部と浸炭層のC濃度差が減少することよってマルテンサイト変態のタイミング差が小さくなり、圧縮残留応力が減少して疲労強度が低下するのではないかと同業者に容易に推測されるものであった。しかしながら本発明者らは図2に示すように、低サイクル曲げ疲労強度に及ぼす圧縮残留応力の影響はあるとはいえないことを明らかにした。
【0027】
Si:0.01〜1.5%
Siは鋼の脱酸に有効な元素であり、焼戻し軟化抵抗を向上するのに有効な元素であるとともに、焼入れ性の向上を通じて浸炭焼入れ処理した部品の心部硬さを与え、低サイクル曲げ疲労強度の向上に有効な元素である。Siは0.01%未満ではその効果が不十分であり、1.5%を超えると浸炭性が阻害されるため、Si量を0.01〜1.5%の範囲内にする必要がある。一般的なカーボンポテンシャル0.7〜1.0のガス浸炭法を採用した場合、Siは鋼材中のCの活量を増加させる影響を通じて、Siが0.5〜1.5%の範囲内では表面硬さを抑制する効果があり、低サイクル曲げ疲労強度の更なる向上に有効である。Siの好適範囲は0.5〜1.5%である。
【0028】
従来、Siは浸炭時の粒界酸化層の生成を通じた強度低下を引き起こすため、0.5%以下に制限することが推奨されてきた。これは広く知られている、Si量を制限することにより粒界酸化層深さを小さくさせ、高サイクル域での曲げ疲労強度が向上する知見からの類推ではないかと考えられる。しかし本発明者らは、図3に示すように、粒界酸化層深さの大小は低サイクル曲げ疲労強度に影響を及ぼさないことを明らかにした。
【0029】
Mn:0.3〜2.0%
Mnは鋼の脱酸に有効な元素であるとともに、焼入れ性の向上を通じて浸炭焼入れ処理した部品の心部硬さを与え、低サイクル曲げ疲労強度の向上に有効な元素である。Mnは0.3%未満ではその効果が不十分であり、2.0%を超えるとその効果が飽和するため、Mn量を0.3〜2.0%の範囲内にする必要がある。
【0030】
P:0.02%以下
Pは不純物として含有され浸炭時のオーステナイト粒界に偏析し、それにより粒界破壊を引き起こすことよって低サイクル曲げ疲労強度を低下させてしまうため、その含有量を0.02%以下に制限する必要がある。好適範囲は0.01%以下である。図4にPの抑制による低サイクル曲げ疲労強度の向上効果の例を示す。
【0031】
S:0.001〜0.15%
Sは鋼中でMnSを形成し、これによる被削性の向上を目的として添加するが、0.001%未満ではその効果は不十分である。一方、0.15%を超えるとその効果は飽和し、むしろ粒界偏析を起こし粒界脆化を引き起こす。以上の理由から、Sの含有量を0.001〜0.15%の範囲内にする必要がある。好適範囲は0.01〜0.1%である。
【0032】
N:0.001〜0.03%
Nは鋼中でAl、Ti、Nb、V等と結合して窒化物又は炭窒化物を生成し、結晶粒の粗大化を抑制する。Nは0.001%未満ではその効果が不十分であり、0.03%を超えるとその効果が飽和するので、その含有量を0.001〜0.03%の範囲内にする必要がある。好適範囲は0.003〜0.008%である。
【0033】
Al:0.001〜0.06%
Alは鋼の脱酸を目的として添加する。Alは0.001%未満ではその効果が不十分であり、0.06%を超えるとその効果が飽和するので、従ってAlはその含有量を0.001〜0.06%の範囲内にする必要がある。Alの好適範囲は0.01〜0.04%である。
【0034】
O:0.005%以下
Oは不可避的に含有され粒界偏析を起こして粒界脆化を起こしやすくするとともに、鋼中で硬い酸化物系介在物を形成して脆性破壊を起こしやすくする元素である。粒界脆化や脆性破壊を防止するためには、Oは0.005%以下に制限する必要がある。
【0035】
次に、本発明の請求項2では、さらに、低サイクル曲げ疲労強度を向上させるために、請求項1に加えてBを含有する。
【0036】
B:0.0002〜0.005%
BはPの粒界偏析を抑制するとともに、それ自体の粒界強度と粒内強度の向上、及び焼入れ性の向上を通じて低サイクル曲げ疲労強度に有効な元素である。Bは0.0002%未満ではその効果が不十分であり、0.005%を超えるとその効果は飽和するので、その含有量を0.0002〜0.005%の範囲内にする必要がある。好適範囲は0.0005〜0.003%である。
【0037】
次に、本発明の請求項3では、請求項1又は請求項2に加えて、さらに、焼入れ性を向上して低サイクル曲げ疲労強度を向上させるために、Cr、Mo、Cu、Niの1種又は2種以上を含有する。
【0038】
Cr:0.1〜3.0%
Crは焼入れ性の向上を通じて浸炭焼入れ処理した部品の心部硬さを与え、低サイクル曲げ疲労強度の向上に有効な元素である。Crは0.1%未満ではその効果が不十分であり、3.0%を超えるとその効果が飽和するため、Cr量を0.1〜3.0%の範囲内にする必要がある。
【0039】
Mo:0.1〜1.5%
Moは焼入れ性の向上を通じて浸炭焼入れ処理した部品の心部硬さを与え、低サイクル曲げ疲労強度の向上に有効な元素である。Moは0.1%未満ではその効果が不十分であり、1.5%を超えるとその効果が飽和するため、Mo量を0.1〜1.5%の範囲内にする必要がある。
【0040】
Cu:0.1〜2.0%
Cuは焼入れ性の向上を通じて浸炭焼入れ処理した部品の心部硬さを与え、低サイクル曲げ疲労強度の向上に有効な元素である。Cuは0.1%未満ではその効果が不十分であり、2.0%を超えるとその効果が飽和するため、Cu量を0.1〜2.0%の範囲内にする必要がある。
【0041】
Ni:0.1〜5.0%
Niは焼入れ性の向上を通じて浸炭焼入れ処理した部品の心部硬さを与え、低サイクル曲げ疲労強度の向上に有効な元素である。Niは0.1%未満ではその効果が不十分であり、5.0%を超えるとその効果が飽和するため、Ni量を0.1〜5.0%の範囲内にする必要がある。
【0042】
次に、本発明の請求項4では、請求項1〜3のいずれか1項に加えて、高温浸炭時の結晶粒の粗大化による低サイクル疲労強度の劣化を防止させるために、Ti、Nb、Vの1種又は2種以上を含有する。
【0043】
Ti:0.005〜0.2%
Tiは添加することによって鋼中で微細なTiC、TiCSを生成させ、これにより浸炭温度が980℃以上のいわゆる高温浸炭を適用した場合や、浸炭時間が10時間以上のいわゆる長時間浸炭を適用した場合においてもオーステナイト粒の細粒化を安定的に図ることができ、低サイクル疲労強度の劣化が防止できる。またTiは鋼中でNと結合してTiNを生成することによるBNの析出防止、つまり固溶Bの確保を目的として添加する。Tiは0.005%未満ではその効果が不十分である。一方、0.2%を越えるとTiN主体の析出物が多くなって転動疲労特性が低下する。以上の理由から、その含有量を0.005〜0.2%の範囲内にする必要がある。好適範囲は0.01〜0.1%である。
【0044】
Nb:0.01〜0.2%
Nbは添加することによってNb炭窒化物を生成し、これにより浸炭温度が980℃以上のいわゆる高温浸炭を適用した場合や、浸炭時間が10時間以上のいわゆる長時間浸炭を適用した場合においてもオーステナイト粒の細粒化を安定的に図ることができ、低サイクル疲労強度の劣化が防止できる。Nbは0.01%未満ではその効果が不十分である。一方、0.2%を超えると被削性を劣化させるので0.2%を上限とする。好適範囲は0.02〜0.05%である。
【0045】
V:0.03〜0.2%
Vは添加することによってV炭窒化物を生成し、これにより浸炭温度が980℃以上のいわゆる高温浸炭を適用した場合や、浸炭時間が10時間以上のいわゆる長時間浸炭を適用した場合においてもオーステナイト粒の細粒化を安定的に図ることができ、低サイクル疲労強度の劣化が防止できる。Vは0.03%未満ではその効果が不十分である。一方、0.2%を超えると被削性を劣化させるので0.2%を上限とする。
【0046】
次に、本発明の請求項5では、請求項1〜4のいずれか1項に加えて、被削性の改善のために、Ca、Zr、Mgの1種又は2種以上を含有する。
【0047】
Ca:0.0002〜0.005%
Caは酸化物を低融点化し、切削加工環境下の温度上昇により軟質化することで、被削性を改善するが、0.0002%未満では効果が無く、0.005%を超えるとCaSを多量に生成し、被削性を低下するためCa量を0.0002〜0.005%とするのが望ましい。
【0048】
Zr:0.0003〜0.005%
Zrは脱酸元素であり、酸化物を生成するが、硫化物も生成することでMnSとの相互関係を有する元素であり、被削性の改善に有効である。Zr系酸化物はMnSの晶出/析出の核になりやすい。そのためMnSの分散制御に有効である。Zr添加量として、MnSの球状化を狙うためには0.003%を超えた添加が好ましいが、微細分散させるためには逆に0.0003〜0.005%の添加が好ましい。製品としては後者のほうが、製造上、品質安定性(成分歩留まり等)の観点から後者、すなわちMnSを微細分散させる0.0003〜0.005%の方が現実的に好ましい。0.0002%以下ではZr添加効果はほとんど認められない。
【0049】
Mg:0.0003〜0.005%
Mgは脱酸元素であり、酸化物を生成するが、硫化物も生成することでMnSとの相互関係を有する元素であり、被削性の改善に有効である。Mg系酸化物はMnSの晶出/析出の核になりやすい。また硫化物がMnとMgの複合硫化物となることで、その変形を抑制し、球状化する。そのためMnSの分散制御に有効であるが、0.0003%未満ではその効果が無く、0.005%を超えるとMgSを大量に生成し、被削性が低下するためMg量を0.0003〜0.005%とするのが望ましい。
【0050】
次に、本発明を適用した浸炭焼入れ焼戻し処理を施した鋼部品の表面硬さと心部硬さの規定理由について説明する。
【0051】
表面の硬さがHV550〜HV800
本発明者らは図4に示すように、表面の硬さHV550〜HV800の範囲内において、表面の硬さが低いほど低サイクル曲げ疲労強度が向上することを明らかにした。この理由は、表面の硬さが高いと表面から脆性破面の亀裂が発生し、その脆性破面が急速に伝播するためであることを、破損品の破面観察結果から明らかにした。表面の硬さが低い場合には、亀裂は同様に表面から発生するが、脆性破面の発生率が低いために亀裂の伝播速度が小さいので低サイクル曲げ疲労強度は向上する。しかし表面の硬さがHV550未満では耐摩耗性を損なってしまうため、HV550〜HV800の範囲内にする必要がある。表面の硬さは浸炭層の硬さであるため、浸炭時のカーボンポテンシャルの調整や、浸炭焼入れ後の焼戻し温度の調整により調整することが可能である。調整の目安としては、鋼部品をカーボンポテンシャルを0.8で浸炭焼入れ処理を行い、その後、150℃で焼戻しを行なった後に低サイクル曲げ疲労試験を実施する。そこで低サイクル曲げ疲労強度が所要よりも低い場合には、カーボンポテンシャルを0.7に低下、又は焼戻し温度を180℃に増加させることにより表面の硬さを低下させ、低サイクル曲げ疲労強度を向上させるように調整する。
【0052】
心部の硬さがHV400〜HV500
本発明者らは図5に示すように、心部の硬さがHV200〜HV500の範囲内において、心部の硬さが高いほど低サイクル曲げ疲労強度が向上することを明らかにした。この理由は、心部の硬さが低いと、浸炭層直下の心部が降伏してそれ以上の応力を受け持てず、浸炭層である鋼部品表面がかかる応力が高まるためであることを破面観察等で検証した。従来、一般に用いられるJIS SCr420、SCM420等よりも顕著に低サイクル曲げ疲労強度を向上させるにはHV400以上が必要であることから、心部硬さはHV400〜HV500の範囲内にする必要がある。望ましくは心部か硬さはHV430〜HV500の範囲内である。更に望ましくはHV450〜HV500の範囲内である。なお心部硬さがHV500を超えると、心部の靭性が著しく低下してしまい、心部の亀裂伝播速度が大きくなることを通じて低サイクル曲げ疲労強度が低下する。ここで心部とは、浸炭処理により部品表面から浸入するCが微量に到達する箇所であり、素材のCの10%増し(素材のCが0.20%の場合は0.22%)の箇所から、素材のCとなるまでの箇所である。心部はEPMA−C線分析などによって識別可能である。
【0053】
なお、浸炭方法は特別な方法を用いる必要はなく、一般的は浸炭方法であるガス浸炭法、真空浸炭法、ガス浸炭窒化法などいずれでも方法によっても本発明の効果を有する。また、浸炭後にオーステナイト域(850℃前後)まで加熱して焼入れする、いわゆる二次焼入れを行なうと結晶粒が細粒化されるため、更に低サイクル曲げ疲労強度は向上させることができる。
【実施例】
【0054】
以下に本発明を実施例によって具体的に説明する。なお、これらの実施例は本発明を説明するためのものであって、本発明の範囲を限定するものではない。
【0055】
表1に示す化学成分を有する鋼塊を鍛伸後、均熱処理と焼準を施してから低サイクル曲げ疲労試験片の粗加工と、摩耗試験片の粗加工を行なった。次に、試験片No.1〜21及び試験No.23〜25及び試験No.28〜44は変成式ガス浸炭炉で930℃×5時間の浸炭処理を行い、130℃の油焼入れを行なった。試験片No.22は変成式ガス浸炭炉で930℃×5時間の浸炭処理を行い、130℃の油焼入れに引き続き、850℃×0.5時間の加熱を行い、130℃の油焼入れを行なった。試験片No.26は変成式ガス浸炭炉で930℃×5時間の浸炭処理を行い、220℃の油焼入れを行なった。試験片No.27は変成式ガス浸炭炉で930℃×5時間の浸炭処理を行い、20℃の油焼入れを行なった。引き続き1.5時間の焼戻しを施した。なお、浸炭処理時のカーボンポテンシャルは0.5〜0.8の範囲内、焼戻し温度は150〜300℃の範囲内で調整することによって表面硬さと心部硬さを調整した。その後、低サイクル曲げ疲労試験片の粗加工品は側面の浸炭層のみ機械加工にて除去して図1に示す13mm角のノッチ付き試験片とした。摩耗試験片の粗加工品はつかみ部のみ機械加工にて除去して直径が26mm、幅28mmの円筒部を有する試験片とした。上述の浸炭焼入れ焼戻し処理後の低サイクル曲げ疲労試験片の表面硬さと心部硬さの測定結果を表2に示す。なお、摩耗試験片の表面硬さは、低サイクル曲げ疲労試験片の表面硬さと同等であった。
【0056】
低サイクル曲げ疲労試験は、図1に示すように、試験片1は切欠Xを有する13mm角の形状とした。この試験片1に周波数1Hzの正弦波を応力比0.1の荷重2を荷重制御で与えた4点曲げ疲労試験にて実施した。なお、周波数が1Hz(歪み速度で0.01s-1程度)と実際の自動車用歯車にかかる荷重速度よりも小さいが、一般的に繰返し速度が疲労試験値に影響するのは歪み速度で10s-1以上といわれており、10s-1は実際の自動車用歯車にかかる歪み速度よりも遥かに大きいため、評価に支障はない。また、1Hzでの試験時に試験片が発熱しないことは別途、実測にて確認した。実際の自動車用歯車の応力比が0であるのに対して本試験方法の応力比を0.1としているのは、試験中の除荷時に試験片が横滑りしないようにするためである。本試験は102〜104サイクル間で試験片が破断する試験荷重にて実施し、試験結果を内挿して求まる500サイクル強度を低サイクル曲げ疲労強度とした。低サイクル曲げ疲労強度を表2に示す。なお、表1、2を併せて発明例、比較例として表示してある。
【0057】
摩耗試験は直径130mm、幅18mmで外周にはR=150mmのクラウニングを有した軸受鋼製(SUJ2)のローラーを、摩耗試験片に面圧でヘルツ応力1500MPaにて押し付けて、接触部での両ローラーの周速方向を同一方向とし、滑り率を−100%(摩耗試験片よりもローラーの方が接触部の周速が100%大きい)として回転させて、回転数が100万回に達したのちの摩耗試験片の摩耗深さを測定した。摩耗深さを表2に示す。
【0058】
表2に示すように、本発明例の試験No.1〜22、28〜44は低サイクル曲げ疲労強度が20kN以上と優れており、摩耗深さも20μm以下と優れていることが明らかとなった。
【0059】
これに対し、比較例の試験No.23は低サイクル曲げ疲労強度が悪かった。これは鋼材のCが0.6%を上回ったことに起因して心部硬さが高くなったためである。
【0060】
比較例の試験No.24は摩耗深さが大きくなった。これは鋼材のSiが1.5%を上回ったことに起因して浸炭性が阻害され、表面硬さが低くなったためである。
【0061】
比較例の試験No.25は低サイクル曲げ疲労強度が悪かった。これは鋼材のPが0.02%を上回ったことに起因してPの粒界偏析による粒界破壊が引き起こされたためである。
【0062】
比較例の試験No.26は低サイクル曲げ疲労強度が悪かった。これは、鋼成分は本発明範囲内であるが、心部の硬さがHV400を下回ったことに起因する。心部の硬さがHV400を下回った理由は焼入れ油の温度が220℃と高いため、焼入れ不足になったためである。
【0063】
比較例の試験No.27は低サイクル曲げ疲労強度が悪かった。これは、鋼成分は本発明範囲内であるが、心部の硬さがHV550を上回ったことに起因する。心部の硬さがHV550を上回った理由はC量が0.6%と比較的高いことに加えて、焼入れ油の温度が20℃と低いことに起因する。










【0064】
【表1】
























【0065】
【表2】

【符号の説明】
【0066】
1 試験片
2 荷重
X 切欠

【特許請求の範囲】
【請求項1】
化学成分が、質量%で、
C:0.1〜0.6%、
Si:0.01〜1.5%、
Mn:0.3〜2.0%、
P:0.02%以下、
S:0.001〜0.15%、
N:0.001〜0.03%、
Al:0.001〜0.06%、
O:0.005%以下を含有し、
残部が実質的に鉄と不可避的不純物よりなる鋼からなり、
浸炭焼入れ焼戻し処理を施した鋼部品であって、
表面の硬さがHV550〜HV800であり、
心部の硬さがHV400〜HV500であることを特徴とする
低サイクル曲げ疲労強度に優れた浸炭鋼部品。
【請求項2】
さらに、化学成分が質量%で
B:0.0002〜0.005%
を含有することを特徴とする請求項1に記載の低サイクル曲げ疲労強度に優れた浸炭鋼部品。
【請求項3】
さらに、化学成分が質量%で、
Cr:0.1〜3.0%、
Mo:0.1〜1.5%、
Cu:0.1〜2.0%、
Ni:0.1〜5.0%
の1種又は2種以上を含有することを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の低サイクル曲げ疲労強度に優れた浸炭鋼部品。
【請求項4】
さらに、化学成分が質量%で、
Ti:0.005〜0.2%、
Nb:0.01〜0.2%、
V:0.03〜0.2%
の1種又は2種以上を含有することを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の低サイクル曲げ疲労強度に優れた浸炭鋼部品。
【請求項5】
さらに、化学成分が質量%で、
Ca:0.0002〜0.005%、
Zr:0.0003〜0.005%、
Mg:0.0003〜0.005%
の1種又は2種以上を含有することを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の低サイクル曲げ疲労強度に優れた浸炭鋼部品。
【請求項6】
浸炭鋼部品が差動歯車又はトランスミッション歯車であることを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項に記載の低サイクル曲げ疲労強度に優れた浸炭鋼部品。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate


【公開番号】特開2010−285689(P2010−285689A)
【公開日】平成22年12月24日(2010.12.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−53555(P2010−53555)
【出願日】平成22年3月10日(2010.3.10)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【出願人】(000180070)山陽特殊製鋼株式会社 (601)
【Fターム(参考)】