説明

低水素系被覆アーク溶接棒

【課題】耐力が690MPa級以上の高張力鋼の溶接において、耐割れ性及び低温靭性が優れた溶接金属を得ることができ、全姿勢溶接において良好な溶接作業性を確保する低水素系被覆アーク溶接棒を提供する。
【解決手段】低水素系被覆アーク溶接棒は、被覆率が25〜45%、心線全質量あたりCを0.06%以下含有し、被覆剤全質量あたり、金属炭酸塩(CO換算):14.7〜22.4%、CaF:13.1〜24.8%、TiO:0〜8%、ZrO:0〜8%、SiO:1.1〜3.0%、Al:0〜0.8%、C:0.01〜0.05%、Si:2.5〜6.0%、Mn:2.2〜8.0%、Ni:1.8〜7.0%、Cr+Mo:0.2〜3.7%を含有する。また、D=8.42−0.18×CO+0.05×CaF+0.50×TiO−1.36×SiO−4.36×Al+0.71×ZrO≦3.8である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐力が690MPa級以上の高張力鋼の溶接に有効な低水素系被覆アーク溶接棒に関し、特に、耐割れ性及び低温靭性が優れた溶接部を得ることができ、全姿勢溶接での溶接作業性が良好である高張力鋼用低水素系被覆アーク溶接棒である。
【背景技術】
【0002】
近年の鋼構造物の大型化に伴い、鋼構造物の軽量化が図られるようになり、鋼構造物に対する高張力鋼の適用が進んでいる。特に、海洋構造物及び圧力容器等の分野では、良好な低温靭性が必須であり、それを満足する溶接材料の需要が高まっている。これまで、被覆アーク溶接及びサブマージアーク溶接等では、比較的低温靭性及び耐割れ性が良好な溶接材料が適用されているが、溶接作業性及び適用姿勢等の面で課題があるのが現状である。また、海洋構造物分野では、耐力が690MPa以上の高張力鋼で100mm以上の極厚板が使用される場合が増加しており、予熱・パス間温度の厳しい管理、溶接直後の熱の付与などが必要である。従って、割れの危険性低減及び溶接能率向上のために、耐割れ性の更に一層の向上が課題となっている。特に、近年では海外での建造が主体となっており、直流アーク溶接法での施工がほとんどである。直流アーク溶接法では交流アーク溶接法に比較して、拡散性水素量が増加する傾向があり、直流電源に対応した被覆アーク溶接棒での耐割れ性確保が必要である。そのため、優れた耐割れ性及び低温靭性をもつ溶接部を得ることができ、全姿勢溶接での溶接作業性も優れた直流仕様の高張力鋼用低水素系被覆アーク溶接棒の開発が強く要望されている。
【0003】
高張力鋼用低水素系被覆アーク溶接棒に関しては、これまでも種々の開発が行われている。その一例として、特許文献1では、引張強度950MPa級高張力鋼低水素系被覆アーク溶接棒が開示されており、金属炭酸塩、金属フッ化物、Mg等の含有量、焼成温度等を規定することにより、溶接金属中の酸素量低減による低温靭性向上、及び低水素化による耐割れ性向上が可能となったということが記載されている。
【0004】
また、特許文献2には、引張強度が880MPa以上の高張力鋼用低水素系被覆アーク溶接棒が開示されている。この溶接棒は、金属炭酸塩及び金属フッ化物等の最適成分範囲を規定し、更に粒界エネルギー低減による粒界での割れ発生及び割れ伝播抑制を目的として適量のBを添加し、良好な耐割れ性を確保する方法を提案している。
【0005】
更に、特許文献3には、引張強度70乃至90キロ級高張力鋼の低水素系被覆アーク溶接棒が開示されており、SiC及びSiの複合添加により溶接金属の酸素最低減を図り、低温靭性を確保し、更に、C,Siの規制、Nb,Vの微量添加により高強度及び高靭性の溶接金属を得られる方法が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平9−327793号公報
【特許文献2】特開平11−123589号公報
【特許文献3】特開平3−294088号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、特許文献1では、溶接金属中の拡散性水素量を5ml/100g以下を確保できる金属炭酸塩及び金属フッ化物の適正量を規定しているが、極厚板を考慮した溶接施工での耐割れ性確保には、5ml/100g以下の評価基準は不十分であり、更に厳しい評価基準による評価が不可欠である。更に、SiO,TiO,ZrO,Alなど被覆剤中の金属酸化物と拡散性水素量との関連性について何ら認識していない。また、アーク安定性及びスラグ剥離性などの理由により、被覆剤成分範囲を規定しているものの、全姿勢溶接を考慮した溶接作業性の向上については何ら検討されていない。
【0008】
また、特許文献2では、溶接金属中の拡散性水素量は3乃至5ml/100gであり、耐力690MPa以上の高張力鋼における耐割れ性確保にはこれらの拡散性水素量範囲では不十分であり、溶接金属中の拡散性水素量を3ml/100g以下にすることが必要である。また、特許文献2には、−60℃程度の低温域での靭性については何ら意識されておらず、更に、前記特許文献1と同様に、全姿勢溶接を考慮した溶接作業性の向上については何ら検討されていない。
【0009】
更に、特許文献3では、引張強度70乃至90キロ級溶接金属の−40℃程度の低温域での靭性を評価しているが、近年のように、−60℃程度の低温域での靭性などに代表されるシビアな高靭性化要求に対しては、不十分な状況である。また、低温靭性と全姿勢溶接での溶接作業性及び耐割れ性の両立が可能な構成については、何ら開示されていない。
【0010】
このように、近時、極厚板を考慮した耐割れ性確保、全姿勢溶接での良好な溶接作業性、低温域での靭性確保を満足する高張力鋼用低水素系被覆アーク溶接棒の開発が強く望まれているものの、これらの特性の両立を可能とする技術の開発には至っていない。
【0011】
本発明はかかる問題点に鑑みてなされたものであって、耐力が690MPa級以上の高張力鋼の溶接において、耐割れ性及び低温靭性が優れた溶接金属を得ることができ、全姿勢溶接において良好な溶接作業性を確保できる高張力鋼用の低水素系被覆アーク溶接棒を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明に係る低水素系被覆アーク溶接棒は、
鋼心線に被覆剤が塗布されている低水素系被覆アーク溶接棒において、
前記被覆剤の被覆率が溶接棒全質量あたり、25乃至45質量%であり、
前記鋼心線は、鋼心線全質量あたり、Cを0.06質量%以下含有し、
前記被覆剤は、被覆剤全質量あたり、
金属炭酸塩(CO換算):14.7乃至22.4質量%、
CaF:13.1乃至24.8質量%、
SiO:1.1乃至3.0質量%、
C:0.01乃至0.05質量%、
Si:2.5乃至6.0質量%、
Mn:2.2乃至8.0質量%、
Ni:1.8乃至7.0質量%、
Cr+Mo(総量):0.2乃至3.7質量%、
を含有し、
TiO:8質量%以下、ZrO:8質量%以下、及びAl:0.8質量%以下からなる群から選択された少なくとも1種を含有し、
残部は、Feの他、アルカリ金属フッ化物、アルカリ金属酸化物、アルカリ土類金属フッ化物(CaFを除く)、アルカリ土類金属酸化物、B、Al又はMgと、総量で0.1質量%以下の不可避的不純物の含有が許容され、
前記不可避的不純物は、P、S、V、Nb、又はSnであり、
[CO]、[CaF]、[TiO]、[SiO]、[Al]、及び[ZrO]を夫々各化合物の含有量として下記数式1で表されるD値が3.8以下である
ことを特徴とする低水素系被覆アーク溶接棒。
【0013】
【数1】

【0014】
この場合に、[CaO]、[CaF]、[BaO]、[TiO]、[SiO]、[Al]及び[ZrO]を夫々各化合物の含有量として下記数式2で表されるZ値が20.8以下であることが好ましい。
【0015】
【数2】

【0016】
更に、前記金属炭酸塩は、炭酸カルシウム又は炭酸バリウムであることが好ましい。
【発明の効果】
【0017】
本発明の高張力鋼用低水素系被覆アーク溶接棒によれば、良好な低温靭性及び耐割れ性を有する溶接金属を得ることができると共に、全姿勢溶接での優れた溶接作業性を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】D値と拡散性水素量との関係を示すグラフ図である。
【図2】Z値とH/L×100との関係を示すグラフ図である。
【図3】ビード形状の評価方法を示す模式的平面図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明について、詳細に説明する。本発明者らは、高張力鋼用低水素系被覆アーク溶接棒により溶接された溶接金属の耐割れ性の向上のために有効な被覆剤成分について種々の検討を行った。その結果、被覆剤中の造滓剤(金属フッ化物、金属炭酸塩、金属酸化物)の添加量と拡散性水素量との関係、被覆剤中の造滓剤と全姿勢溶接での溶接作業性との関係を見出した。また、被覆剤中の合金成分の添加量と溶接金属の強度及び低温靭性との関係を見出した。
【0020】
本発明者は、耐力690MPa級の溶接金属において、100mmを超えるような極厚板での溶接施工、溶接作業環境および溶接能率を考慮した予熱温度、即ち100℃程度の予熱温度で溶接割れを防止することができる溶接金属を得るためには、溶接金属中の拡散性水素量をガスクロマトグラフ法における測定値で3ml/100g以下に保つことが必要であることを見出した。
【0021】
更に、本願発明者等は、溶接金属中の拡散性水素量を3ml/100g以下にするためには、以下の手段が有効であることを見出した。即ち、被覆剤中の金属炭酸塩は、アーク中で分解し、COガスを発生させ、溶融プールを大気から遮断し、アーク雰囲気中での水素ガス及び窒素ガスのガス分圧を下げ、また、塩基性スラグを生成するという作用効果を有する。本願発明者等が種々検討した結果、被覆剤中に含有させる金属炭酸塩をCaCO及びBaCOに限定し、分解生成物が親水性を有する他金属炭酸塩(MgCO等)を含有しないこと、被覆剤中のCO量を14.7質量%以上と制限することが有効であることを見出した。
【0022】
また、被覆剤中の金属炭酸塩、金属フッ化物の最適化だけでなく、金属酸化物も含めた造滓剤と拡散性水素量の関係を整理することで、各造滓剤量の拡散性水素に及ぼす影響度を、数式1で表される値Dで規定した。溶接金属の低水素化を図るには、このD値が3.8以下になることが必要である。
【0023】
上述の被覆剤の成分最適化に加え、従来よりも高温での焼成温度を組み合わせることも有効である。一方で、全姿勢溶接での溶接作業性を評価する上で、主成分である金属炭酸塩、金属フッ化物の適正化は必須であるが、それだけでは全姿勢溶接での溶接作業性を評価するには十分ではない。全姿勢溶接、特に、立向上進溶接でのビード形状には、スラグの総量、粘性、融点、固液共存温度幅等が大きく関わっており、金属炭酸塩、金属フッ化物、金属酸化物の相互作用を考慮した成分規定が重要である。スラグ量過少の場合、立向上進溶接において溶融金属を抑えるスラグ絶対量が確保できないため、凸ビード又は垂れ落ちが発生する。逆に、スラグ量過多では、アークが溶融スラグ中に埋もれてしまい、アーク安定性が劣化し、スパッタ発生量が著しく増加する。また、スラグの粘性が低くなるか、又はスラグの融点が低下すると、溶融スラグが凝固しにくくなり、立向上進溶接でのスラグによる溶融金属の垂れ落ち抑制が難しくなる。
【0024】
これらの影響を包括的に評価するため、被覆剤中の金属炭酸塩、金属フッ化物、金属酸化物も含めた造滓剤とビード形状の関係を整理することで、各造滓剤暈のビード形状に及ぼす影響度を、数式2で表される値Zで規定した。全姿勢溶接、特に立向上進溶接での良好な溶接作業性を確保するには、このZ値が20.8以下になることが必要である。
【0025】
更に、溶接金属の靭性は合金成分の相互的な作用による影響があるため、溶接金属の低温靭性に及ぼす被覆剤中の各種合金成分の影響について調査した結果、以下の知見を得た。耐力690MPa級以上の高張力鋼の溶接においては、被覆剤中のC,Cr,Ti,Moの増加に伴って靭性が低下する傾向があり、特にC,Tiは靭性低下の影響が大きい。Tiの増加により、溶接金属中の固溶Tiが増大し、再熱部ではTiCが析出するため、核生成能が低下する。これにより、粗大なラス状ベイナイトが支配的となり、靭性が大きく低下する。なお、再熱部とは溶接金属の後続パスによる熱影響部を指す。また、Cの増加により、島状マルテンサイトが生成し、靭性が劣化する。Si,Mn,及びNiの添加は靭性が向上する傾向があり、特にSi及びMnの靭性向上の効果が強い。Mn及びSiの増加により、溶接金属中の酸素量が低減され、良好な靭性を確保することができる。
【0026】
このことから、被覆剤中の金属炭酸塩、金属フッ化物、金属酸化物と拡散性水素量、立向上進溶接でのビード形状の関係を考慮した最適成分範囲を規定することにより、優れた耐割れ性を持つ溶接金属を得ることができ、更に全姿勢溶接での良好な溶接作業性を確保することができる。加えて、上述の合金成分最適化と合わせることにより、低温靭性も向上させることができる。
【0027】
本発明は、以上の知見をもとに、被覆剤中の合金成分の適正化及び造滓剤の成分最適化により、前述の課題を解決するものである。
【0028】
以下、本発明の低水素系被覆アーク溶接棒の数値限定理由について、詳細に説明する。
【0029】
「被覆率:25乃至45質量%」
被覆アーク溶接棒の被覆剤の被覆率は、被覆剤の重量/溶接棒全重量×100により算出される。この被覆率が25質量%未満であると、溶融プールのシールド不足となり、溶接金属中のN量及び拡散性水素量が増加するため、溶接金属の靭性及び耐割れ性が劣化する。逆に、被覆率が45質量%を超えると、アークが不安定になり、ビード形状が不良となる。また、被覆剤からの合金成分添加が増加し、強度過剰となり、耐割れ性及び靭性が劣化する。
【0030】
「鋼心線C:0.06質量%以下」
鋼心線中のCが心線全質量あたり0.06質量%を超えると、溶接金属中のC量が増加し、強度が過剰となり、低温割れを防止することができなくなる。また、ヒューム及びスパッタの発生量が増加し、良好な溶接作業性が得られなくなる。このため、鋼心線中のCは0.06質量%以下に規制する。より好ましくは、鋼心線中のCは心線全質量あたり0.01乃至0.06質量%である。なお、本発明の被覆アーク溶接棒の鋼芯線の組成の例が後述する表4に記載されているが、本発明はこれに限らず、その使用目的に応じて、例えばNi,Cr,Mo等を含有する低合金鋼からなる心線も使用することができる。
【0031】
「金属炭酸塩(CO換算):14.7乃至22.4質量%」
以下、被覆剤の成分限定理由について説明する。なお、被覆剤中の各成分の含有量は、被覆剤全質量あたりの含有量である。被覆剤中の金属炭酸塩(CaCO,BaCO等)は、アーク中で分解し、COガスを発生させ、溶融金属を大気から遮断して保護し、アーク雰囲気中での水素ガス及び窒素ガスのガス分圧を下げ、また、塩基性スラグを生成する効果を有している。被覆剤中の金属炭酸塩がCO換算で14.7質量%未満では、ガス発生量が不足し、良好なシールド性が保てず、溶接金属中の水素量及び窒素量が増加し、靭性や耐割れ性が劣化する。一方、被覆剤中の金属炭酸塩がCO換算値で22.4質量%を超えると、アークが不安定となり、スパッタ発生量が増加する。なお、金属炭酸塩の含有量は、上述のごとく、CO換算値で規定するが、本発明においては、CaCO含有量は32乃至48質量%、BaCO含有量は2乃至11質量%であることが好ましい。
【0032】
「CaF:13.1乃至24.8質量%」
金属フッ化物はスラグの融点を下げ、流動性を向上させてビード形状を良好にする。また、分解したフッ素が溶融金属や溶融スラグ中の水素と反応し、溶融金属中の水素分圧を下げ、低水素化すること可能である。被覆剤中のCaF含有量が13.1質量%未満では、溶融スラグの粘性が不足し、ビード形状が劣化する。一方、被覆剤中のCaF含有量が24.8質量%を超えると、アーク安定性が不良となる。より好ましくは、CaF含有量は16.2乃至19.8質量%である。なお、CaFに加え、他の金属フッ化物(BaFなど)を添加しても、上述の作用効果が得られる。
【0033】
「TiO:0乃至8質量%」
被覆剤中には、造滓剤としてTiOを添加することができ、TiOの適量添加でビード形状及び外観を向上させることができる。TiO含有量が8質量%を超えると、溶接金属中の固溶Tiが増大し、再熱部ではTiCが析出するため、核生成能が低下する。これにより、粗大なラス状ベイナイトが支配的となり、靭性が大きく低下する。従って、被覆剤中のTiO含有量は8質量%以下に規制する。本発明ではTiOは無添加である方が靭性が向上する(Kv−60℃≧80J)。また、TiO無添加であっても、良好な溶接作業性を確保することが可能である。
【0034】
「ZrO:0乃至8質量%」
被覆剤中には、造滓剤としてZrOを添加することができ、ZrOの適量添加でビード形状及び外観を向上させることができる。ZrOの含有量が8質量%を超えると、スラグがガラス状になり、スラグ剥離性が劣化する。従って、被覆剤中のZrO含有量は8質量%以下に規制する。但し、本発明ではZrO無添加であっても、良好な溶接作業性を確保することが可能である。
【0035】
「SiO:1.1乃至3.0質量%」
被覆剤中には、造滓剤又は粘結剤として、SiOを添加する必要がある。SiO含有量が被覆剤全重量あたり3.0質量%を超えると、スラグがガラス状になり、スラグ剥離性が劣化する。一方、SiO含有量が1.1質量%未満では、造滓剤又は粘結剤としての効果を得がたくなり、実生産での塗装性が劣化し、生産性が劣化する。従って、被覆剤中のSiO含有量は1.1乃至3.0質量%とする。
【0036】
「Al:0乃至0.8質量%」
被覆剤中には、造滓剤としてAlを添加することができる。Al含有量が0.8質量%を超えると、スラグがガラス状になって、スラグ剥離性が劣化する。従って、被覆剤中のAl含有量は0.8質量%以下とする。但し、本発明ではAl無添加であっても、良好な溶接作業性を確保することが可能である。なお、本発明では、前述のTiO、ZrO、及び上記Alはその少なくとも1種を含有すれば良い。
【0037】
「C:0.01乃至0.05質量%」
Cは溶接金属の強度確保において極めて重要な成分である。Cが0.01質量%未満では、690MPa級以上の耐力を確保できない。また、Cが0.05質量%を超えると、強度過剰となり、低温割れ感受性が著しく高まる。
【0038】
「Si:2.5乃至6.0質量%」
Siは脱酸剤であり、溶接金属の強度確保及び酸素量低減の効果を有する元素である。Si含有量が2.5質量%未満では脱酸不足となり、ブローホール発生及び靭性不良となる。一方、Si含有量が6.0質量%を超えると、溶接金属の粘性が高くなり、母材へのなじみが悪くなる等の溶接作業性が劣化する。従って、Si含有量は2.5乃至6.0質量%とする。より好ましくは、Si含有量は3.5乃至4.6質量%である。
【0039】
「Mn:2.2乃至8.0質量%」
Mnは、Siと同じく、脱酸剤として添加する他、溶接金属の靭性向上に有効である。Mn含有量が2.2質量%未満では、脱酸不足となり、ブローホールが発生する。一方、Mn含有量が8.0質量%を超えると、溶接金属の強度が増加し、低温割れ感受性が高まる。従って、Mn含有量は、2.2乃至8.0質量%とする。
【0040】
「Ni:1.8乃至7.0質量%」
Niは溶接金属の強度及び靭性確保には極めて重要な成分である。Ni含有量が1.8質量%未満では、十分な靭性改善効果がえられず、Ni含有量が7.0質量%を超えると、高温割れの危険性が高まる。従って、Ni含有量は1.8乃至7.0質量%とする。より好ましくは、Ni含有量は4.5乃至7.0質量%である。
【0041】
「Cr+Mo:0.2乃至3.7質量%」
Cr及びMoは、安定的に強度を確保することができる。Cr+Mo含有量(Cr又はMoの単独添加であればその量、複合添加であれば総量)が、0.2質量%未満では、十分な強度を確保することができない。一方、Cr+Mo含有量が3.7質量%を超えると、溶接金属の強度が増加するとともに靭性が劣化し、また低温割れの原因にもなる。従って、Cr+Mo含有量は0.2乃至3.7質量%とする。より好ましくは、Cr+Mo含有量は1.4乃至1.7質量%である。
【0042】
「D≦3.8」
D値は、前記数式1により算出される。このD値を求める式は被覆剤成分の含有量と拡散性水素量との関係を示す式であり、実験的に求めたものである。この関係式は、以下に示す各種被覆剤の成分範囲において数十種類の被覆アーク溶接棒を製造し、その被覆アーク溶接棒を使用して溶接したときに得られた溶接金属について拡散性水素量を測定し、その測定結果と被覆剤成分との関係を統計処理により算出したものである。より好ましくは、D値は2.3以下である。
【0043】
CaO:15乃至35質量%
BaO:0乃至10質量%
CO:14乃至24質量%
CaF:10乃至30質量%
TiO:0乃至10質量%
ZrO:0乃至10質量%
SiO:0.8乃至5.0質量%
Al:0乃至1.5質量%
C:0.01乃至0.05質量%
Si:2.0乃至8.0質量%
Mn:1.5乃至10質量%
Ni:1.0乃至10質量%
Mo:0乃至5質量%
Cr:0乃至5質量%
Fe:2乃至40質量%
【0044】
図1は、この実験において測定した拡散性水素量を、D値に対してプロットしたグラフ図である。この図1に示されているように、D≦3.8では、拡散性水素量が3.0ml/100g以下となり、引張強度が780MPa級の高強度鋼の溶接金属において、良好な耐割れ性を確保するために必要な低水素化が図られることが分かる。このように、このD値により高強度鋼用低水素系被覆アーク溶接棒の被覆剤成分と拡散性水素量との関係を推定することが可能であり、D値を3.8以下とすることにより、拡散性水素量を耐割れ性を確保するために必要な低水素量に規制することができる。
【0045】
「Z≦20.8」
また、前記数式2で与えられるZ値は、実験的に求めた被覆剤成分とビード形状H/L×100との関係を示す式である。この数式2は、上述の各種被覆剤の成分範囲において、数十種類の被覆アーク溶接棒を製造し、この被覆アーク溶接棒を使用して立向上進溶接したときに得られた溶接ビードのビード形状を測定し、この測定結果と被覆剤成分との関係を統計処理により算出したものである。
【0046】
図3はビード形状の評価方法を示す模式的平面図である。溶接線が垂直方向に延びる1対の被溶接板1を立向上進によりすみ肉溶接し、得られたすみ肉ビード2の脚長Lと、余盛高さHを測定し、この比H/L×100をビード形状の評価基準として、図2にH/L×100の測定結果と被覆剤成分との関係を示した。H/L×100は小さい方がビードが垂れにくく、ビード形状が優れている。図2に示すように、Zが20.8以下の場合に、H/L×100は20以下となり、優れたビード形状が得られ、溶接作業性が良好なものとなる。このように、このZ値により高強度鋼用低水素系被覆アーク溶接棒の被覆剤成分と全姿勢溶接での溶接作業性との関係を推定することが可能であり、Z値を20.8以下とすることにより、良好な溶接作業性を確保することができる。より好ましくは、Z値は−80.8以下である。
【0047】
「残部」
本発明の被覆アーク溶接棒は、残部が、Feの他、アルカリ金属フッ化物、アルカリ金属酸化物、アルカリ土類金属フッ化物(CaFを除く)、アルカリ土類金属酸化物、B、Al又はMgがある。但し、これらの元素及び化合物は、含有されていなくてもよい。アルカリ金属フッ化物、アルカリ金属酸化物、アルカリ土類金属フッ化物(CaFを除く)、アルカリ土類金属酸化物はアーク安定性を向上させ、スパッタ発生量を減少させる。また、Bは溶接金属の靭性を向上させ、Al及びMgは脱酸剤として添加される。
【0048】
また、本発明の被覆剤は、不純物として、総量で0.1質量%以下のP、S、V、Nb、又はSnが、含まれていることは許容される。
【0049】
本発明の低水素系被覆アーク溶接棒の被覆剤の残りの主成分は、各種Fe合金(Fe‐Si,Fe−Mn,Fe−Cr,Fe−Mo,等)及び鉄粉から由来するFeである。Fe含有量が増加すると、溶着速度が増加し、溶接作業能率の改善を図ることが可能である。本発明では、Fe含有量が4.0乃至33.1質量%の範囲で溶接作業性を評価した。その結果、この範囲内では、良好な溶接作業性を確保することが可能であった。
【0050】
「その他」
本発明の被覆アーク溶接棒は、上述の被覆剤を塗装した後、水分を除去するために、470乃至540℃で焼成して製造する。
【実施例】
【0051】
以下、本発明の効果を実証するために行った試験結果について本発明の範囲に入る実施例と、本発明の範囲から外れる比較例とを対比して説明する。下記表1は、下向き溶接試験の溶接条件を示す。棒径は4.0mmである。溶接姿勢は下向、極性はDCEP(直流棒プラス)であり、溶接雰囲気は温度が30℃、湿度が80%であった。被覆剤の再乾燥のために、350℃の温度に1時間加熱した。供試鋼板はJIS G 3128 SHY685(板厚:20mm)であった。開先形状は20°V開先であり、開先ギャップは16mmであった。
【0052】
【表1】

【0053】
下記表2は、立向上進すみ肉溶接試験の溶接条件を示す。棒径は4.0mmである。溶接姿勢は立向上進、予熱温度は室温、極性はDCEP(直流棒プラス)である。被覆剤の再乾燥のために、350℃の温度に1時間加熱した。供試鋼板はJIS G 3128 SHY685(板厚:12mm)であった。開先形状はT継手でギャップが0mmである。
【0054】
【表2】

【0055】
下記表3は、拡散性水素試験の溶接条件を示す。棒径は4.0mm、溶接姿勢は下向である。極性はDCEP(直流棒プラス)であり、溶接雰囲気は、温度が20℃、湿度が20%RHであった。被覆剤の再乾燥のために、350℃に1時間加熱した。
【0056】
【表3】

【0057】
また、下記表4は、試験に使用した鋼心線の成分組成(数値は質量%)を示す。更に、被覆剤の成分組成及びD値を下記表5乃至表8(組成の数値は質量%)に示す。なお、表7において、残部の欄に記載の数値の内訳は、アルカリ金属フッ化物、アルカリ金属酸化物、アルカリ土類金属フッ化物(CaFを除く)、アルカリ土類金属酸化物、B、N及びMgと、不可避的不純物(P、S、V、Nb、Sn)との総量である。但し、不可避的不純物の量は全て0.1質量%であり、従って、例えば、残部が1.0質量%である場合、アルカリ金属フッ化物、アルカリ金属酸化物、アルカリ土類フッ化物(CaFを除く)、アルカリ土類酸化物、B、N及びMgの総量が0.9質量%で、不可避的不純物が0.1質量%である。
【0058】
表8には、実施例及び比較例で使用した鋼心線の種類A,Bを示した。この鋼心線A,Bの組成は下記表4に示した。なお、被覆剤のその他の成分はP,S,Al,Nb,Vである。
【0059】
表9は、下向溶接における試験結果を示す。また、表10は、立向上進溶接における試験結果を示す。なお、拡散性水素量は、表8に示す。
【0060】
【表4】

【0061】
【表5】

【0062】
【表6】

【0063】
【表7】

【0064】
【表8】

【0065】
【表9】

【0066】
【表10】

【0067】
そして、実施例及び比較例の被覆アーク溶接棒を使用して、表3に示す溶接条件で溶接し、その溶着金属の拡散性水素量を測定した。測定方法は、JIS Z 3118に準拠した。なお、拡散性水素量が3.0ml/100g以下であれば、良好と判断した。この拡散性水素量を表8に示す。
【0068】
また、表1に示す溶接条件で、高強度鋼HT780鋼を下向溶接し、溶着金属を作製した。この溶着金属から引張試験片(JISZ3111 A1号)及びシャルピー衝撃試験片(JISZ3111 A4号)を採取し、機械試験を実施した。その結果、得られた0.2%耐力(MPa)及びシャルピー衝撃値の測定値Kv−60℃(J)を表9に示す。なお、溶着金属の0.2%耐力が690MPa以上、−60℃でのシャルピー衝撃値が50J以上であれば、強度及び靭性が良好であると判断できる。また、低温割れの評価結果も表9に示す。この下向溶接試験において、低温割れの評価方法は以下のとおりである。溶接後、96時間放置した後、裏当て金を切削し、超音波探傷試験(JIS Z 3060)、及び磁粉探傷試験(JIS G 0565)により、欠陥の有無を確認した。更に、破面をSEM(走査型電子顕微鏡)により観察し、割れの破面形態を確認した。即ち、超音波探傷試験及び磁粉探傷試験により検出された欠陥が、低温割れ(水素割れ)であるか否かを、SEM観察により確認した。このSEM観察において、破面が擬へき開破面である場合に、低温割れと判定した。その結果、低温割れがない場合を○、低温割れが発生した場合を×として、この評価結果を表9に示した。なお、欠陥の有無は、先ず、超音波探傷試験と磁粉探傷試験の双方で試験し、割れが発見された場合には、SEMで破面形態を観察した。
【0069】
次に、表2に示す溶接条件にて、立向上進すみ肉溶接を行い、立向上進溶接における溶接作業性を評価した。この際、すみ肉ビードの脚長Lと余盛高さHを測定し、ビードの垂れやすさを評価するため、H/L×100を使用した。このH/L×100の値を表10に示す。H/L×100が20以下であれば、溶接作業性が良好と判断できる(総合評価◎)。
【0070】
表8に示すように、実施例1乃至24の拡散性水素量は、3.0ml/100g以下と少なかった。また、表9に示すように、実施例1乃至24では、0.2%耐力(PS)、−60℃における低温靭性、耐低温割れ性の全てで優れた特性が得られた。これに対し、比較例25乃至37では、これらの特性のいずれかが低いものであった。
【0071】
比較例25は、CaFが本発明範囲の上限を超え、SiOが本発明範囲の上限を超え、Mnが本発明範囲の上限を超えているため、低温割れが生じ、アークが不安定となり、スラグ剥離性が劣化した。
比較例26は、TiOが本発明範囲の上限を超え、Siが本発明範囲の下限を下回り、Cr+Moが本発明範囲の下限を下回り、D値が本発明範囲の上限を超えているため、0.2%耐力に劣り、シャルピー衝撃値に劣っている。
比較例27は、Siが本発明範囲の下限を下回り、Cr+Moが本発明範囲の上限を超えているため、シャルピー衝撃値に劣っている。
比較例28は、Niが本発明範囲の上限を超えているため、高温割れが発生した。
比較例29は、ZrOが本発明範囲の上限を超え、D値が本発明範囲の上限を超えているため、スラグ剥離性が劣化した。
比較例30は、Alが本発明範囲の上限を超え、Siが本発明範囲の下限を下回っているため、シャルピー衝撃値に劣り、スラグ剥離性が劣化し、ブローホールが発生した。
比較例31は、Cが本発明範囲の下限を下回っているため、0.2%耐力に劣った。
比較例32は、Cが本発明範囲の上限を超えているため、強度過剰となり低温割れが発生した。
比較例33は、SiOが本発明範囲の下限を下回り、D値が本発明範囲の上限を超えているため、低温割れが発生し、生産性も不良であった。
比較例34は、D値が本発明範囲の上限を超えているため、低温割れが発生した。
比較例35は、Siが本発明範囲の上限を超え、金属炭酸塩(CO換算値)が下限を下回っており、D値が本発明範囲の上限を超えているため、シャルピー衝撃値に劣り、低温割れが発生し、なじみが不良であった。
比較例36は、Siが本発明範囲の下限を下回っており、Niが本発明範囲の下限を下回り、金属炭酸塩(CO換算値)が本発明範囲の上限を超えているため、シャルピー衝撃値に劣り、アークが不安定であった。
比較例37は、CaFが本発明範囲の下限を下回り、Mnが本発明範囲の下限を下回っているため、ブローホールが発生した。
【0072】
また、表10に示す実施例1乃至17は、Z値が20.8以下であるので、上記表9に示す効果に加え、立向上進溶接での良好な溶接作業性が得られた。従って、D値及びZ値の双方が本発明の範囲を満たす実施例1乃至17は、溶接金属の良好な低温靭性及び耐低温割れ性と、全姿勢溶接における優れた溶接作業性とを確保することができる。但し、実施例18乃至24はZ値が20.8以下ではないので、全姿勢溶接のビード形状が最良ではなかった。
【符号の説明】
【0073】
1:被溶接板
2:ビード

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼心線に被覆剤が塗布されている低水素系被覆アーク溶接棒において、
前記被覆剤の被覆率が溶接棒全質量あたり、25乃至45質量%であり、
前記鋼心線は、鋼心線全質量あたり、Cを0.06質量%以下含有し、
前記被覆剤は、被覆剤全質量あたり、
金属炭酸塩(CO換算):14.7乃至22.4質量%、
CaF:13.1乃至24.8質量%、
SiO:1.1乃至3.0質量%、
C:0.01乃至0.05質量%、
Si:2.5乃至6.0質量%、
Mn:2.2乃至8.0質量%、
Ni:1.8乃至7.0質量%、
Cr+Mo(総量):0.2乃至3.7質量%、
を含有し、
TiO:8質量%以下、ZrO:8質量%以下、及びAl:0.8質量%以下からなる群から選択された少なくとも1種を含有し、
残部は、Feの他、アルカリ金属フッ化物、アルカリ金属酸化物、アルカリ土類金属フッ化物(CaFを除く)、アルカリ土類金属酸化物、B、Al又はMgと、総量で0.1質量%以下の不可避的不純物の含有が許容され、
前記不可避的不純物は、P、S、V、Nb、又はSnであり、
[CO]、[CaF]、[TiO]、[SiO]、[Al]、及び[ZrO]を夫々各化合物の含有量として下記数式で表されるD値が3.8以下である
ことを特徴とする低水素系被覆アーク溶接棒。
D=8.42−0.18×[CO]+0.05×[CaF]+0.50×[TiO]−1.36×[SiO]−4.36×[Al]+0.71×[ZrO
【請求項2】
[CaO]、[CaF]、[BaO]、[TiO]、[SiO]、[Al]及び[ZrO]を夫々各化合物の含有量として下記数式で表されるZ値が20.8以下であることを特徴とする請求項1に記載の低水素系被覆アーク溶接棒。
Z=−63.45+1.97×[CaO]+0.13×[CaF]+6.36×[BaO]−13.52×[TiO]+15.61×[SiO]+41.00×[Al]−16.70×[ZrO
【請求項3】
前記金属炭酸塩が、炭酸カルシウム又は炭酸バリウムであることを特徴とする請求項1又は2に記載の低水素系被覆アーク溶接棒。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2010−110817(P2010−110817A)
【公開日】平成22年5月20日(2010.5.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−158895(P2009−158895)
【出願日】平成21年7月3日(2009.7.3)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】