説明

低誘電率有機複合体

【課題】 誘電率の制御が必要とされる電気・電子分野の部品に好適に用いられる低誘電率有機材料を提供する。
【解決手段】 長辺の平均長さが10μm以下であるポリ(ヒドロキシ安息香酸)、ポリ(ヒドロキシナフトエ酸)、ポリ(メルカプト安息香酸)の何れかの単結晶体を、合成樹脂に重量分率35〜70%の範囲で添加した低誘電率有機複合体。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、誘電率の制御が必要とされる電気・電子分野の部品、具体的には電気・電子分野基板や筺体に好適に用いられる低誘電率有機材料に関するものである。
【背景技術】
【0002】
有機重合体は電気・電子機器材料として広範に用いられており、このような用途における重要な特性の一つに誘電的性質がある。誘電的性質は、誘電率と誘電損失とに分けられ、その用途に応じて誘電特性の異なる材料が選ばれる。例えば、蓄電器(コンデンサー)には、誘電率の高い材料が必要であり、他方、電子回路等、低誘電材料が必要な分野が存在する。そのため、必要とする誘電特性を示す材料の設計は、電気・電子分野における材料開発の重要部分を占めている。
【0003】
有機重合体の誘電率を制御する手法の一つとして、フィラーの添加が知られている。高誘電率を得る目的では、多種のフィラーが存在するのに対して、低誘電率化のためのフィラーは極く限られている。多くの無機化合物はイオンから成り立っているため、イオン分極しやすく誘電率が高い材料となりやすい。共有結合性の化合物であるガラス、溶融石英等でも誘電率は4に近い値を示す。一方、有機重合体の誘電率は、ポリオレフィンで低い値を示すが、それでもポリ(四フッ化エチレン)の2.1をその最小値とする。有機重合体の誘電率は、このようにその値に下限があるため、フィラー充填では効果に限界がある。低誘電フィラーとして用いられるものにガラス中空ビーズがある。しかしながら、ガラス中空ビーズには、樹脂加工過程でガラスが割れやすく、割れた場合には低誘電性が失われるという欠点があり、そのため、ガラス中空ビーズ充填による場合、所期の効果が得られない場合が多い。
【0004】
ところで、誘電体の性質は、電子の偏り、分子の運動性とかかわっている。固体物質の内部において電子が動きやすい物質、例えばイオン性の無機結晶体は分極が起こりやすく、その結果、誘電率が大きくなる。有機重合体は非晶部において双極子モーメントを有する官能基の運動により、外部から電場が与えられた時、分極が起こる結果、誘電率を高くする要因が働く。そのため、有機重合体では分子内の双極子モーメントを最小にする構造、あるいは分子運動性を抑制する構造を設計してきた。
【0005】
しかしながら、今のところ、ポリ(四フッ化エチレン)より低誘電率の材料は現れていない。さらに、フィラーとして考えた場合、マトリックス樹脂と相溶しないこと、並びにマトリックス樹脂の加工過程において、溶解、融解、分解等が起こらないことが要求される。
【0006】
一方、一部の有機重合体は、その重合体生成時に針状の単結晶体を生成することが知られており、この針状単結晶はウィスカーと呼ばれている。例えば、ポリオキシメチレン、ポリ(4−ヒドロキシ安息香酸)[Polymer,35,123(1994)]、ポリ(6−ヒドロキシ−2−ナフトエ酸)[Polymer,34,1054(1993)]、ポリ(メルカプト安息香酸)[Polymer,35,3311(1994)]などが報告されている。
【0007】
これらウィスカーの製造法、およびそれらを樹脂中に添加したとき補強効果が期待されることについては、特許文献1〜7で示されているが、その電気的性質については何ら言及されていない。これらウィスカーは、ほぼ単結晶であるために、融点が極めて高い、溶解性が小さいなど、他樹脂に充填した際に、その特性が失われにくいという利点を有する。
【0008】
本発明者は、これらのウィスカーの内、ポリ(ヒドロキシ安息香酸)、ポリ(ヒドロキシナフトエ酸)、ポリ(メルカプト安息香酸)などの全芳香族ポリエステルからなるウィスカーを他樹脂に充填したときに誘電率低下効果があることを見出した。
【特許文献1】特開平7−2982号公報
【特許文献2】特開平7−2981号公報
【特許文献3】特開平6−65358号公報
【特許文献4】特開昭61−285217号公報
【特許文献5】特開昭61−276819号公報
【特許文献6】特開昭61−271325号公報
【特許文献7】特開昭61−136516号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、更に検討を進めたところ、ウィスカーは外観的には嵩高い綿状物であるため、樹脂中に重量分率で25%以上添加することが困難であり、目的とする誘電率低下効果を得るに至らなかった。
【課題を解決するための手段】
【0010】
従来、ウィスカーはその繊維として補強効果を目的とするため、針状結晶体の長さを長くすることに関心が向けられ、短結晶体、あるいは粉砕物の応用は顧みられなかった。本発明者は、針状結晶の粉砕物を充填することを試みたところ、充填量の大幅な改善と、誘電率の顕著な低下が認められた。
【0011】
即ち、針状ウィスカーの場合、充填可能な重量分率は高々25%であり、これ以上充填した際には、樹脂複合物が塊状になって成形困難となり、また成形可能な場合であっても樹脂中に空洞が著しく発生し、脆くなることが分かった。一方、30%以下の充填量では、効果的な誘電率低下効果は見出せなかった。これに対し、針状ウィスカーを粉砕し、長辺の平均長さが10μm以下としたものでは、70%以下の充填範囲で樹脂複合体は靱性を保持し、かつ充填量35%を超える範囲から、有意な誘電率低下効果が認められた。
【0012】
即ち本発明は、長辺の平均長さが10μm以下であるポリ(ヒドロキシ安息香酸)、ポリ(ヒドロキシナフトエ酸)、ポリ(メルカプト安息香酸)の何れかの単結晶体を、合成樹脂に重量分率35〜70%の範囲で添加してなる低誘電率有機複合体である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、本発明を詳細に説明する。本発明に用いられるポリ(ヒドロキシ安息香酸)、ポリ(ヒドロキシナフトエ酸)、ポリ(メルカプト安息香酸)の何れかの単結晶体とは、前述の文献に記載の方法により製造できる。この方法により得られた単結晶体は、一般に長さ数十μm以上であり、且つ平均アスペクト比5以上、特に10以上の針状ウィスカーである。この針状ウィスカーをそのまま用いたのでは、前述の如く充填性に問題があり、所望とする低誘電率有機複合体を得ることはできない。
【0014】
本発明では、この針状ウィスカーを粉砕し、長辺の平均長さが10μm以下で、平均アスペクト比を3未満程度とした、粒状物に近いものが用いられる。粉砕の手法としては、ミル等の公知の粉砕器による方法が簡便であるが、これに限定されるものではない。また、粉砕の条件も特に限定されず、使用する針状ウィスカーの長さとの関係において、長辺の平均長さが10μm以下となるまでの時間、粉砕力で行えばよい。
【0015】
本発明では、このように調製した単結晶体(粉砕ウィスカー)をマトリックス樹脂に重量分率35〜70%の範囲で添加して低誘電率有機複合体とする。添加量が35%未満では所望とする誘電率低下効果が十分に得られず、70%を超えて添加すると複合体の靱性が低下する。
【0016】
添加充填に当たっては、(1) 粉砕ウィスカーをマトリックス樹脂と共に溶融混練する、(2) 粉砕ウィスカーを、予め分散媒中でスラリー状に分散させておき、この溶媒中にマトリックス樹脂を溶解させた後、分散媒を除去する、(3) 分散媒を用いてスラリー状にした粉砕ウィスカーをマトリックス樹脂に付着させ、分散媒を除去した後に溶融混練する、などの手法を用いることができる。
【0017】
マトリックス樹脂が硬化性ポリマーである場合には、プレポリマーあるいはその溶液中に粉砕ウィスカーを分散させた後、重合・成形すればよい。
【0018】
ポリマーに用いるマトリックス樹脂は、本発明の目的・用途である低誘電率有機複合体の提供という点から、ポリオレフィン樹脂のように本来誘電率が低い樹脂が選ばれる他、成形性、機械的特性に優れたポリエステル樹脂及びポリエーテル樹脂、あるいは耐熱性という点からエポキシ樹脂、ポリイミド樹脂、フェノール樹脂等の熱硬化性樹脂が適している。
【0019】
具体的には、ポリオレフィン樹脂としては、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリブテン、ポリメチルペンテン、ポリ塩化ビニル、ポリ(メタクリル酸メチル)、ポリスチレンおよびシクロヘキシル、ノルボルネン骨格等の環状モノマーを重合成分に含む環状ポリオレフィン、環状ポリオレフィン共重合体等が挙げられる。ポリエーテルとしては、ポリオキシメチレン、ポリ(オキシメチレン・オキシエチレン)コポリマー、ポリ(オキシメチレン・オキシブチレン)コポリマー等が挙げられる。ポリエステル樹脂としては、ポリエチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレートおよびこれらの共重合体、その他としてポリカーボネート等が含まれる。熱硬化性樹脂としては、各種のエポキシ樹脂、ポリイミド樹脂、フェノール樹脂が含まれる。
【0020】
特に好ましいのは、合成樹脂が、ポリオレフィン樹脂、ポリエステル樹脂から選ばれる1種又は2種以上の熱可塑性樹脂、あるいはエポキシ樹脂、ポリイミド樹脂から選ばれる1種又は2種以上の熱硬化性樹脂の場合である。
【0021】
本発明の低誘電率有機複合体には、本発明所期の低誘電率の発現という目的を阻害しない範囲で、他の樹脂強化を目的とする充填剤、化学的・熱的特性を改善するための安定剤等の各種添加剤を配合することもできる。
【実施例】
【0022】
以下に実施例をもって本発明を更に詳しく説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
調製例1
Polymer,35,123(1994)に記載の方法に準じて、ポリ(4−ヒドロキシ安息香酸)ウィスカーを合成した。このウィスカーを走査型電子顕微鏡で観察したところ、針状晶が成長しているのが認められた。また、X線解析により結晶化度を測定したところ、雑音および空気散乱以外の非晶成分は認められず、結晶化度は実質的に100%と評価された。
【0023】
このウィスカーの一部をメノウ製自動乳鉢にて、1時間粉砕した。走査型電子顕微鏡で観察し、任意の50本のウィスカーについて、長さと太さを評価したところ、針状晶ではウィスカーの長さは平均100μm、アスペクト比は50であったが、粉砕後では平均長5μm、アスペクト比は2.5となっていた。
実施例1
調製例1で得られた平均長6μmの粉砕ウィスカー(以下、単に粉砕ウィスカーと言う)2gをビンに入れ、20mlのキシレンを加えた。この内容物をマグネチックスターラで攪拌し、スラリー状の分散体を得た。この中に3gのシクロオレフィンコポリマー(ポリプラスチックス社、TOPAS 8007S)を加え、シクロオレフィンコポリマーが完全に溶解するまで攪拌した。この際、溶解を促進するための加熱を行った。得られた糊状物をシャーレ内で風乾した後、40℃にて24時間真空乾燥して溶媒を十分に除去し、0.12mm厚みの板状物(フィルム)を得た。
【0024】
このフィルムの靱性(可撓性)を以下の方法で評価した。
【0025】
厚み0.1mmから0.15mmのフィルムの靱性は、円周コーナーに沿って、試料を90度曲げた時、試料が破断するか否かで判断した。曲率半径10mmで破断することがなければ「良」、10mmでは破断するが20mmでは破断しなければ「可」、20mmで破断するものは「不可」とした。以下の実施例、比較例ともこの基準に従った。
【0026】
また、このフィルムについて、ヒューレット・パッカード社16451B型誘電測定セルに試料をはさみ、ヒューレット・パッカード社4284A型LCRメータを用いて周波数100kHzにおける誘電率の測定を行った。尚、充填量は仕込み重量比とした。
実施例2
実施例1と同様に、粉砕ウィスカー2gをシクロオレフィンコポリマー1.3gに分散させ、厚み0.15mmのフィルムを得て、可撓性、誘電率を評価した。
比較例1
調製例1で得た平均長100μmを超える針状晶のウィスカー(以下、単に針状ウィスカーと言う)を用い、実施例1と同じ処方、調製法にて板状物を得た。このとき、樹脂複合体にはダマが多く発生し、均一厚みの板とならなかったため、溶融圧縮処理を行って厚み0.15mmの板とした。この板状物は厚みが不均一で白く濁っており、手で曲げたところ直ぐ破断してしまい、その断面を顕微鏡で観察したところ空洞が顕著に見られた。この板状物の誘電率も同様に測定した。
比較例2
実施例1と同様に、針状ウィスカー0.6gをシクロオレフィンコポリマー3.2gに分散させ、厚み0.15mmのフィルムを得て、可撓性、誘電率を評価した。
比較例3
ウィスカーを配合せず、シクロオレフィンコポリマー4gを20mlのキシレンに溶解させた後、シャーレ内で風乾、真空乾燥、溶融圧縮成形により0.13mm厚みのフィルムを作成し、可撓性、誘電率を評価した。
実施例3
粉砕ウィスカー2gをヘキサン20mlに分散させた。その後、ポリブチレンテレフタレート樹脂(ポリプラスチックス社、ジュラネックス2000)粉末3gとよく攪拌し、風乾、真空乾燥、溶融圧縮成形により0.14mm厚みのフィルムを作成し、可撓性、誘電率を評価した。
実施例4
実施例3と同様に、粉砕ウィスカー2g、ポリブチレンテレフタレート樹脂粉末1.3gを用い、0.12mm厚みのフィルムを作成し、可撓性、誘電率を評価した。
比較例4
実施例4と同様に、針状ウィスカー2g、ポリブチレンテレフタレート樹脂粉末3gを用い、フィルムの作成を試みたが、組成物は泡おこし状になってしまい、フィルム化はできなかった。
比較例5
ウィスカーを配合せず、ポリブチレンテレフタレート樹脂粉末4gを溶融圧縮成形して0.15mm厚みのフィルムを作成し、可撓性、誘電率を評価した。
実施例5
ビスフェノールA型エポキシ樹脂プレポリマー(ジャパンエポキシレジン社、エピコート828)1gに粉砕ウィスカー0.8gを添加し、全体が均一になるまでよくかき混ぜた。さらに、この中に硬化剤(ジャパンエポキシレジン社、エピキュアZ)を0.2g添加し、さらに全体が均一になるまでかき混ぜた後、その一部を、表面をフッ素樹脂加工したフェロ板上に展開し、0.1mm厚みのフィルムとした。その後、80℃で2時間、さらに150℃で2時間キュアし、硬化させた。このフィルムの可撓性、誘電率を評価した。
実施例6
実施例5と同様に、ビスフェノールA型エポキシ樹脂プレポリマー1g、粉砕ウィスカー1.8g、硬化剤0.2gからなる0.1mm厚みのフィルムを作成・硬化させ、フィルムの可撓性、誘電率を評価した。
比較例6
実施例5において、粉砕ウィスカーに代えて針状ウィスカーを用いてフィルムの作成を試みたが、ダマ状の塊になってしまい、フィルム化はできなかった。
比較例7
ウィスカーを配合せず、ビスフェノールA型エポキシ樹脂プレポリマー1.5gと硬化剤0.3gを使用して、実施例5と同様にして0.1mm厚みのフィルムを作成・硬化させ、このフィルムの可撓性、誘電率を評価した。
実施例7
新高分子実験学3(共立出版社 1996)159頁記載事項に従い、以下の手順でポリアミド酸を合成した。100mlの三口フラスコに攪拌棒、窒素ガス導入管、シリカゲルを入れた管を取り付け、内部を窒素ガスで置換した。このフラスコに窒素ガスを流しながらビス(4−アミノフェニル)エーテル2.0gを取り、予め乾燥しておいたジメチルアセトアミド30mlを加えて溶解した。15℃で静かに攪拌しながら、無水ピロメリット酸2.18gを徐々に加え、さらに器壁の酸無水物を洗い落とすようにジメチルアセトアミド10mlを加えた。15℃で1時間攪拌し、さらに25℃で3時間攪拌した。得られた粘稠な溶液から6.4gを量り取り、ジメチルアセトアミドで粘度を低下させるべく希釈した。次いで、粉砕ウィスカー0.4gを投入し、均一になるように十分混ぜた。しかる後、シャーレ内で80℃にて1時間風乾した後、さらに100℃で1時間、200℃で1時間、250℃で1時間加熱処理し、厚み0.1mmのフィルムを得た。このフィルムの可撓性、誘電率を評価した。
比較例8
実施例7で調製したポリアミド酸6.4gを量り取り、ジメチルアセトアミドで希釈した後、針状ウィスカー0.4gを投入し、実施例7と同様に処理した。溶媒が蒸発するに従い、溶液は固まった綿状となり、フィルム化には至らなかった。
比較例9
実施例7で調製したポリアミド酸20gを量り取り、ジメチルアセトアミドで希釈した後、ウィスカーを加えずに、実施例7と同様に処理し、フィルムを作成し、可撓性、誘電率を評価した。
【0027】
これらの結果をまとめて表1に示す。
【0028】
【表1】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
長辺の平均長さが10μm以下であるポリ(ヒドロキシ安息香酸)、ポリ(ヒドロキシナフトエ酸)、ポリ(メルカプト安息香酸)の何れかの単結晶体を、合成樹脂に重量分率35〜70%の範囲で添加してなる低誘電率有機複合体。
【請求項2】
合成樹脂が、ポリオレフィン樹脂、ポリエステル樹脂から選ばれる1種又は2種以上の熱可塑性樹脂、あるいはエポキシ樹脂、ポリイミド樹脂から選ばれる1種又は2種以上の熱硬化性樹脂である請求項1記載の低誘電率有機複合体。
【請求項3】
長辺の平均長さが10μm以下である単結晶体が、それより長い針状結晶体を粉砕して得たものである請求項1又は2記載の低誘電率有機複合体。

【公開番号】特開2006−241391(P2006−241391A)
【公開日】平成18年9月14日(2006.9.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−61938(P2005−61938)
【出願日】平成17年3月7日(2005.3.7)
【出願人】(390006323)ポリプラスチックス株式会社 (302)
【Fターム(参考)】