説明

保存性に優れた食品

【課題】
従来の保存料では抑制困難であったpHが5.5以上の食品における微生物汚染を抑制し、保存性に優れた食品を提供すること。
【解決手段】
キク科カワラヨモギ(学名:Artemisia capillaris Thunb.)から得られたカワラヨモギ抽出物を食品に含有することにより、食品のpHを意図的に低下させることによる食味の悪化を引き起こすことなく微生物に対して高い増殖抑止効果を有する食品を提供でき、腐敗、変敗に至るまでの期間を長期化した食品を提供できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はカワラヨモギ抽出物を含有することによって保存性の向上した食品及びカワラヨモギ抽出物を含有する食品の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
最近の消費者はますます健康志向が高まり、食品の低塩、低糖化が進んでいる。食品における塩や糖の目的は味付けのみではなく、水分活性の低下による腐敗・変敗の防止にも寄与しているが、低塩、低糖化により食品の保存期間が短くなり、微生物汚染が問題となっている。食品の汚染微生物については、細菌汚染と共に、真菌汚染も問題となっているが、真菌汚染の抑止には保存料として安息香酸及びその塩、ソルビン酸及びその塩、プロピオン酸及びその塩などが使用されることがある。非特許文献1に記載されているように、これらの酸型保存料は水素イオン濃度(pH)が低いほど効果を発揮し、中性では殆ど抗菌効果を示さないという問題があり、酸の添加により食品のpHを低下させ抗菌効果を発揮させている。その結果、食品に酸味が付与され、味、におい、テクスチャーなどに影響を与えてしまう。また、日持ち向上剤として酢酸ナトリウムやチアミンラウリル硫酸塩、グリセリン脂肪酸エステルなどが使用されることがあるが、これらは低濃度では十分な抗菌効果を示さず、添加量が増すと食品の風味が低下するという問題がある。
【0003】
一方、非特許文献2に記載されているように、酸素バリア性包材と脱酸素剤の組み合わせで食品を嫌気雰囲気下にすることにより、微生物の発育を抑止する方法も有効とされている。しかし、この方法では酵母などの嫌気条件で生育可能な微生物に対しては効果がなく、また包材が開封された後には微生物の抑制効果は無くなり、さらに個別包装での使用は経済性が悪いといった問題がある。
【0004】
以上の事から、中性付近のpHを有する食品において、そのpHを低下させることなく保存性を向上させる方法が要望されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】食品微生物制御の化学, 松田敏生, 1998, p.21−62,114,135,190
【非特許文献2】月間フードケミカル2000−4, p.24−31
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は従来技術に存した上記のような問題に鑑みて行われたものであり、pHが5.5以上の食品における微生物汚染に対してその増殖を抑止し、保存性に優れた食品を提供する事を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究を重ねた結果、天然物であるカワラヨモギ抽出物を食品に含有することによって、pHが5.5以上の食品における微生物汚染に対してその発育抑止効果を発揮することを見出し、本発明を完成するに至った。
【発明の効果】
【0008】
上記のように構成された食品によれば、pHが5.5以上の食品において、その食味を低下させることなく微生物に対して高い増殖抑止効果を有する食品を提供でき、食品が腐敗、変敗に至るまでの期間を長期化した食品となる。その結果、当該発明により食品の商品価値の向上、微生物汚染による事故の防止、殺菌工程の簡略化によるエネルギー使用量の低減が可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明を実施形態に基づき詳細に説明する。
【0010】
本発明で食品に使用されるカワラヨモギ抽出物において、カワラヨモギは植生しているカワラヨモギの地上部を使用するとよく、乾燥した花穂を使用することが好適である。
【0011】
カワラヨモギ抽出物は、カワラヨモギを溶媒に浸漬した後、溶媒を分別することで得られ、必要に応じて溶媒を留去することによって得られる。また、カワラヨモギあるいはその抽出エキスを水蒸気に暴露し、この水蒸気より精油成分を回収することによって得ることができる。
【0012】
カワラヨモギを浸漬する溶媒には、一価又は多価アルコール、ケトン類、エーテル類、炭化水素等の有機溶媒、植物油や動物油脂等の油脂類、水を単独又は混合して使用するとよい。
【0013】
また、カワラヨモギ抽出物による抗菌性はカワラヨモギの精油中に含まれるカピリンによって発揮されることから、公知の精製方法によりカピリン純度を高めたものを使用してもよい。
【0014】
さらに、カワラヨモギ抽出物の食品での安定性向上及び食品への分散性向上を目的に、シクロデキストリン、脂肪酸グリセリド、界面活性剤を併用しても良い。
【0015】
本発明においてカワラヨモギ抽出物を含有した食品の製造方法に関しては、その製造法の如何を問わないが、好ましくはカワラヨモギ抽出物を食品中に添加混合する方法や、スプレー塗布あるいは浸漬などにより食品の表面に付着させる方法などを適宜用いることができる。
【0016】
本発明で食品に含有されるカワラヨモギ抽出物の濃度は特に限定されるものではないが、精油成分のカピリンが食品重量に対して0.000001〜0.01重量%、好ましくは0.00001〜0.001重量%含有しているとよい。
【0017】
また、本発明に係る食品は、必要に応じて他の保存料や日持向上剤を併用しても良い。例えば、ソルビン酸及びその塩、安息香酸及びその塩、デヒドロ酢酸及びその塩、パラオキシ安息香酸エステル類、プロピオン酸及びその塩、酢酸ナトリウム等の有機酸塩、エタノール、グリシン、ポリリジン、プロタミン、リゾチーム、キトサン、ペクチン分解物、ユッカ、カラシ、ワサビ、ホップ、孟宗竹等の植物抽出物、ヒノキチオールやナタマイシン、ナイシン等が例示される。これら各種の保存料や日持向上剤を二種以上選択して併用しても良い。
【0018】
前記食品は限定されるものではないが、pHが5.5以上の食品としては佃煮類、豆類加工食品、餡類、羊羹、スポンジケーキ、カスタードクリーム、醤油、味噌、チーズ、バター、ホイップクリーム、乳製品、マーガリン、ショートニング、加工油脂食品、惣菜、野菜、果実、農産物加工品、かまぼこ、ちくわ、魚肉加工品、食肉、卵、畜産品、ハム、ソーセージ、蓄肉加工品、米飯、餅、パン、うどん、蕎麦、パスタ類、餃子やシュウマイの皮、フラワーペースト、小麦粉加工品並びに飲料などが例示される。
【実施例】
【0019】
以下に実施例を示し本発明を説明するが、その要旨を超えない限りこれらの実施例により限定されるものではない。
【0020】
(製造例[カワラヨモギ抽出物組成物の調製])
乾燥したカワラヨモギの花穂1000gに水蒸気を吹き込み、回収した水蒸気よりカワラヨモギ抽出物5.3gを得た。このカワラヨモギ抽出物中のカピリン含有量は35重量%であった。更にこのカワラヨモギ抽出物をプロピレングリコールに加熱溶解し、カピリン1.0重量%含有のカワラヨモギ抽出物/プロピレングリコール溶液(カワラヨモギ抽出物組成物)を調製した。なお、カワラヨモギ抽出物中のカピリン含有量は、第4版既存添加物自主規格に従い、高速液体クロマトグラフィーによる分析によって定量した。
【0021】
(製造例[サツマイモ餡の調製])
皮を剥き、蒸したサツマイモ1000gにグラニュー糖500gを添加、混合し、サツマイモ餡を調製した。このサツマイモ餡のpHは5.95、Brixは47.0、水分は43.0重量%であった。
【0022】
(試験例1)
製造例のサツマイモ餡を加熱滅菌した後、無菌条件下で製造例のカワラヨモギ抽出物組成物を0.0125重量%添加したものを実施例1のサツマイモ餡、0.025重量%添加したものを実施例2のサツマイモ餡とした。また、製造例のカワラヨモギ抽出物組成物の代わりにプロピレングリコールを0.025重量%添加したものを比較例1のサツマイモ餡とし、50重量%ソルビン酸カリウム水溶液を0.2重量%添加したものを比較例2のサツマイモ餡とした。調製した実施例及び比較例のサツマイモ餡をそれぞれ15gずつφ50mmの滅菌済みシャーレ各4枚(計16枚)に分注した。表面を平らに均した後、シャーレ中のサツマイモ餡の中心部にクロコウジカビ(Aspergillus niger ATCC16404)の胞子を滅菌済みの白金線で接種し、シャーレを封栓した後、25℃で5日静置した。3日後及び5日後に発育した菌の直径を測定することにより抗菌性を評価した。結果を表1に示した。
【0023】
【表1】

【0024】
(試験例2)
製造例のサツマイモ餡を30重量%クエン酸水溶液でpH=5.52に調整した。このサツマイモ餡を加熱滅菌した後、無菌条件下で製造例のカワラヨモギ抽出物組成物を0.0125重量%添加したものを実施例3のサツマイモ餡、0.025重量%添加したものを実施例4のサツマイモ餡とした。また、製造例のカワラヨモギ抽出物組成物の代わりにプロピレングリコールを0.025重量%添加したものを比較例3のサツマイモ餡とし、50重量%ソルビン酸カリウム水溶液を0.2重量%添加したものを比較例4のサツマイモ餡とした。調製した実施例及び比較例のサツマイモ餡をそれぞれ15gずつφ50mmの滅菌済みシャーレ各4枚(計16枚)に分注した。表面を平らに均した後、シャーレ中のサツマイモ餡の中心部にクロコウジカビ(Aspergillus niger ATCC16404)の胞子を滅菌済みの白金線で接種し、シャーレを封栓した後、25℃で5日静置した。3日後及び5日後に発育した菌の直径を測定することにより抗菌性を評価した。結果を表2に示した。
【0025】
【表2】

【0026】
(試験例3)
製造例のサツマイモ餡を30重量%クエン酸水溶液でpH=4.98に調整した。このサツマイモ餡を加熱滅菌した後、無菌条件下で製造例のカワラヨモギ抽出物組成物を0.0125重量%添加したものを実施例5のサツマイモ餡、0.025重量%添加したものを実施例6のサツマイモ餡とした。また、製造例のカワラヨモギ抽出物組成物の代わりにプロピレングリコールを0.025重量%添加したものを比較例5のサツマイモ餡とし、50重量%ソルビン酸カリウム水溶液を0.2重量%添加したものを比較例6のサツマイモ餡とした。調製した実施例及び比較例のサツマイモ餡をそれぞれ15gずつφ50mmの滅菌済みシャーレ各4枚(計16枚)に分注した。表面を平らに均した後、シャーレ中のサツマイモ餡の中心部にクロコウジカビ(Aspergillus niger ATCC16404)の胞子を滅菌済みの白金線で接種し、シャーレを封栓した後、25℃で5日静置した。3日後及び5日後に発育した菌の直径を測定することにより抗菌性を評価した。結果を表3に示した。
【0027】
【表3】

【0028】
(試験例4)
実施例1〜6及び比較例1〜6のサツマイモ餡について、食味評価を行った。パネラー数は10名で、下記評価基準に従って5段階で評価し、評点の平均値を表4に示した。
【0029】
(評価基準)
0:酸味を全く感じない
1:極僅かに酸味を感じる
2:僅かに酸味を感じる
3:酸味により食味が悪化している
4:酸味を強く感じる
【0030】
【表4】

【0031】
これらの試験結果より明らかなように、実施例のカワラヨモギ抽出物配合サツマイモ餡は比較例のプロピレングリコールのみを添加したサツマイモ餡に比べて有意にカビの発育を抑制していることが確認できた。また、その効果はカワラヨモギ抽出物の添加量に依存することが確認できた。一方、ソルビン酸カリウムを配合したサツマイモ餡に関しては、比較例2や比較例4のようにpHが5.5以上ではその抗菌性が弱く、比較例6のpHが4.98では有意に抗菌性を発揮したものの、試験例4によりこのサツマイモ餡は酸味により明らかに食味が低下していることが分かる。
【産業上の利用可能性】
【0032】
本発明によれば、従来の保存料では抑制困難であったpHが5.5以上の食品における微生物汚染を抑制でき、食品のpHを意図的に低下させることによる食味の悪化を引き起こすことなく保存性に優れた食品を提供することができる。その結果、食品の商品価値を向上でき、更に微生物汚染による事故を防止することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
カワラヨモギ抽出物を含有し、pHが5.5以上であることを特徴とする保存性に優れた食品。

【公開番号】特開2011−139637(P2011−139637A)
【公開日】平成23年7月21日(2011.7.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−350(P2010−350)
【出願日】平成22年1月5日(2010.1.5)
【出願人】(390028897)阪本薬品工業株式会社 (140)
【Fターム(参考)】