説明

信号送信方法、無線通信システム及び基地局

【課題】MIMO通信下り回線において、簡易な方法で適応変調を行うことができる信号送信方法を提供する。
【解決手段】MIMO通信システムにおいて、基地局は、基地局と端末との間で得られる伝搬路応答行列から固有値を算出し、所定の特性が予め設定された閾値以上の固有値の数を当該端末に対する送信ストリーム数として決定するステップST11〜ST15と、所定の特性が閾値以上の固有値の平均を算出し、算出した固有値の平均と決定した送信ストリーム数に基づいて、所定の特性の範囲と、ストリーム数と、符号化率と、適応可能なストリーム毎の変調方式とを対応づけるものであって予め作成された参照テーブルを参照して、変調方式と符号化率とを決定するステップST16〜17とを行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、MIMO(Multiple-Input Multiple-Output)技術を用いた信号送信方法、無線通信システム及び基地局に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、携帯電話や無線LAN(Local Area Network)システムにおいて、限られた周波数帯域で100Mbps〜1Gbps程度の超高速無線通信を実現するための検討が行われている。こういった無線通信システムを実現するためには、周波数、時間、符号をユーザ端末ごとに分割するだけでなく、空間領域を用いた技術により周波数利用効率を向上させながら、伝送速度を改善するための検討が行われている。
【0003】
そのための技術としては、MIMO技術が近年非常に注目を集めている。このMIMO技術とは、送信局側において複数の送信アンテナから同一チャネル上で異なる独立な信号を送信し、受信局側において同じく複数のアンテナを用いて信号を受信し、各送信アンテナ/受信アンテナ間の伝搬路応答行列(あるいは伝達関数行列)を求め、この行列を用いて各アンテナから送信した独立な信号を推定し、データを再生するものである。
【0004】
MIMO技術を用いた理論的な最大伝送容量Cは以下の式で求めることが理論的に導出することができる。この事実は、例えば、非特許文献1などに記載されている。
【0005】
【数1】

【0006】
上記の式において、ρは信号対雑音電力比、Mは送信アンテナ素子数、INは受信素子数N×Nの単位行列である。また、Hは複素共役転置を表す。また、行列Hは、送信アンテナと受信アンテナ間の伝搬チャネル応答を表す伝搬路応答行列(あるいは伝達関数行列)であり、以下の式で記述することができる。
【0007】
【数2】

【0008】
ここでhijはi目の送信アンテナからj番目の受信アンテナへの伝搬路のチャネル応答である。
【0009】
ところで、MIMOで得られる通信容量は、送受信の両方のアンテナ素子数に比例して増大することが知られている。ここで、基地局アンテナは比較的ハードウエアの制約が少ないため、素子数を増加させることが許容できるが、小型の端末を考えた場合、多数のアンテナ素子を配置することができない。
【0010】
この問題を解消するための技術として、図7に示すマルチユーザMIMO(MU-MIMO)技術が提案されている。この事実は、たとえば、非特許文献2などに開示されている。この方法は、ブロック対角化法と呼ばれる。図に示すように、マルチユーザMIMOでは、基地局1側に多数のアンテナ素子11をもたせ、端末2側は比較的少数のアンテナ素子21をもたせ、基地局1と複数の端末2とで同時に仮想的なMIMOチャネルを形成する。ここで、基地局1と同時接続する複数端末2の総アンテナ数をN、基地局1のアンテナ数をMとすると、理想的には式(1)で得られるチャネル容量を得ることが可能である。したがって、マルチユーザは、小型の端末を考えた場合もトータルのシステムの通信容量を増大させることができる技術として注目されている。
【非特許文献1】大鐘武雄、「MINOシステムの基礎と要素技術」、アンテナ・伝搬における設計・解析手法ワークショップ(第29/30回)、電子情報通信学会 アンテナ・伝搬研究専門委員会、第29回 2004年11月29日、第30回 2004年12月17日
【非特許文献2】Quentin H. Spencer, et. al.,“Zero-forcing methods for downlink spatial multiplexing in multiuser MIMO channels”, Signal Processing, IEEE Transactions on Volume 52, Issue 2, Feb. 2004 Pages: 461 - 471
【非特許文献3】守倉 正博, 久保田 周治 監修、「802.11高速無線LAN教科書 (インプレス標準教科書シリーズ) 」、改訂版、株式会社インプレスネットビジネスカンパニー、2004年12月、pp. 154-158
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
MIMOやMU-MIMOの下り回線において送信ビームフォーミングを実現する際、送信ストリームの品質に応じた変調方式を割り当てる必要がある。従来の手法では、基地局と端末の間で得られる伝搬チャネル応答から固有値が求まり、この固有ベクトルが送信ウエイトに、この固有値がSNR(信号対雑音電力強度比)の期待値となる。すなわち、固有値と、変調方式を適用した場合に所望品質となるSNRとの対応があれば変調方式が決定できる。この事実は、非特許文献1などに開示されている。
【0012】
しかしながら、実際のシステムでは、畳み込み符号などの誤り証が適用され、また直交周波数多重分割方式(OFDM)を考えた場合は、バースト誤りを低減するため、送信側であらかじめビット配列の順番を入れ替るインターリーバ方式が採用されている。これらに関しては、非特許文献3に記載されている。したがって、実際のシステムでは、インターリーバまで考慮して、サブキャリアごとに異なる符号化率まで考慮して変調方式を決定する必要がある。しかし、サブキャリア単位で変調方式を最適化すると計算量が非常に膨大になるといった問題が生じる。また、誤り訂正まで考慮すると、先に述べた固有値の値単独では、単純に変調方式を決定できないといった問題がある。
【0013】
本発明は、MIMO通信下り回線において、簡易な方法で適応変調を行うことができる信号送信方法、無線通信システム及び基地局を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記課題を解決するため、請求項1記載の発明は、複数の送受信アンテナを具備する基地局と、複数のアンテナを具備する1以上の端末が同時に同一周波数を用いて無線通信を行う無線通信システムにおける前記基地局の信号送信方法であって、前記基地局は、前記基地局と前記端末との間で得られる伝搬路応答行列から固有値を算出し、所定の特性が予め設定された閾値以上の固有値の数を当該端末に対する送信ストリーム数として決定する送信ストリーム数決定ステップと、前記所定の特性が閾値以上の固有値の平均を算出し、算出した固有値の平均と前記決定した送信ストリーム数に基づいて、前記所定の特性の範囲と、ストリーム数と、符号化率と、適応可能なストリーム毎の変調方式とを対応づけるものであって予め作成された参照テーブルを参照して、変調方式と符号化率とを決定する変調方式・符号化率決定ステップとを行うことを特徴とする。
【0015】
請求項2記載の発明は、前記端末が複数存在し、前記送信ストリーム数決定ステップは、前記基地局と前記複数の端末との間で得られる伝搬路応答行列Hから、ある端末に対する伝搬路応答行列Hiおよび前記ある端末以外の伝搬路応答行列Hi'を抽出する第1のステップと、前記Hi'に対して特異値分解する第2のステップと、前記第2のステップで得られるヌルベクトルを前記Hiの右側から乗算する第3のステップと、前記第3のステップで得られた行列に対して特異値分解する第4のステップと、前記第4のステップで得られる信号部分空間に相当する固有値から、前記所定の特性が予め設定された閾値以上の固有値の数を前記ある端末に対する送信ストリーム数として決定する第5のステップとを含んでいることを特徴とする。
【0016】
請求項3記載の発明は、前記端末が1つ存在し、前記送信ストリーム数決定ステップは、前記基地局と前記複数の端末との間で得られる伝搬路応答行列Hを算出する第1のステップと、前記Hに対して特異値分解する第2のステップと、前記第2のステップで得られる信号部分空間に相当する固有値から、前記所定の特性が予め設定された閾値以上の固有値の数を前記端末に対する送信ストリーム数として決定する第3のステップとを含んでいることを特徴とする。
【0017】
請求項4記載の発明は、前記参照テーブルは、ある伝搬環境を想定した場合に得られる前記所定の特性としての信号対雑音電力強度比の分布に基づいて、信号対雑音電力強度比の範囲と、ストリーム数と、符号化率と、適応可能なストリーム毎の変調方式とを対応づけるように生成されたものであることを特徴とする。
【0018】
請求項5記載の発明は、前記基地局は直交周波数多重分割方式を用い、前記端末に対するストリームまたはサブキャリア間でビットの入れ替え操作に相当するインタリーブを行うステップをさらに含むことを特徴とする。
【0019】
請求項6記載の発明は、複数の送受信アンテナを具備する基地局と、複数のアンテナを具備する1以上の端末が同時に同一周波数を用いて無線通信を行う無線通信システムであって、前記基地局は、前記基地局と前記端末との間で得られる伝搬路応答行列から固有値を算出し、所定の特性が予め設定された閾値以上の固有値の数を当該端末に対する送信ストリーム数として決定し、前記所定の特性が閾値以上の固有値の平均を算出し、算出した固有値の平均と前記決定した送信ストリーム数に基づいて、前記所定の特性の範囲と、ストリーム数と、符号化率と、適応可能なストリーム毎の変調方式とを対応づけるものであって予め作成された参照テーブルを参照して、変調方式と符号化率とを決定することを特徴とする。
【0020】
請求項7記載の発明は、複数の送受信アンテナを具備する基地局と、複数のアンテナを具備する1以上の端末が同時に同一周波数を用いて無線通信を行う無線通信システムにおける基地局であって、前記基地局と前記端末との間で得られる伝搬路応答行列から固有値を算出し、所定の特性が予め設定された閾値以上の固有値の数を当該端末に対する送信ストリーム数として決定し、前記所定の特性が閾値以上の固有値の平均を算出し、算出した固有値の平均と前記決定した送信ストリーム数に基づいて、前記所定の特性の範囲と、ストリーム数と、符号化率と、適応可能なストリーム毎の変調方式とを対応づけるものであって予め作成された参照テーブルを参照して、変調方式と符号化率とを決定することを特徴とする。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、上記の構成を採用することで、固有値に基づいて予め作成された参照テーブルを参照することで変調方式を決定することができるので、MIMO通信下り回線において、従来に比べ簡易な方法で適応変調を行うことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
以下、図面を参照して本発明による信号送信方法の実施の形態について説明する。なお、本信号送信方法を行う無線通信システムの基本的な構成は、図7に示す複数の送受信アンテナ11を備えた基地局1、複数のアンテナ21をそれぞれ備えた1又は複数の端末2を含んで構成されている従来とものと同様である。ここで、基地局1と1又は複数の端末2との間では、MIMO技術を用いることで、同時に同一周波数を用いて複数のデータの送受信を行う無線通信が行われるようになっている。この場合、1台の端末2あたりのストリーム数は、端末2の受信アンテナ21の数である。また、1ストリームは、複数のサブキャリアから構成されている。また、基地局1が信号を送信する際には、直交周波数多重分割方式を用い、端末2に対するストリームまたはサブキャリア間でビットの入れ替え操作に相当するインタリーブを行うように、すなわち周波数と複数のデータストリーム間でのインターリーバを適用するようになっているものとする。
【0023】
マルチユーザMIMOを想定した場合の、本実施の形態における適応変調のフローチャートを図1に示す。ここでは、例としてMIMO-OFDM通信を対象として考える。ただし、本発明の効果は、MIMO-OFDMに限定されるものではない。
【0024】
まず、図1のフローチャートを説明する前に、本実施の形態が特徴とする技術について説明する。本実施の形態では、ブロック対角化法で計算される固有ベクトルに対する固有値から使用するビーム数を決定することとしている。ここで、図3にブロック対角化法による固有値分布を示す。図3は横軸に固有値(Eigenvalue)、縦軸に累積分布関数(Cumulative Distribution Function)を示したものである。図3においては、MIMOでもっとも評価されることの多いi.i.d(independent identically distributed)チャネル(無相関チャネル)で得られる固有値分布を求めた。図3では、比較のため、16 送信×4 受信×4 ユーザ(=送信素子数×ユーザごとの受信素子数×ユーザ数)(等価的に16×16 MIMOチャネル)の場合((a))と、16 送信×3 受信×4 ユーザ(等価的に16×12 MIMOチャネル)の場合((b))を比較している。注目すべき点として、16 送信×4 受信×4 ユーザの場合のみ、最少の値を持つ固有値が他の固有値より小さく、その分布が広がっていることがわかる。これは、総受信素子が総送信素子と同数になっているためである。このような固有値に対し、サブキャリア間で同一の変調方式を割り当てると周波数利用効率がかえって劣化する。また、サブキャリアごとのSNRに応じて変調方式をかえることも考えられるが、この場合は、このために必要な基地局と端末の制御がかなり煩雑となる。
【0025】
よって、本実施の形態の信号送信方法では、まず、第1のステップとして、固有値に基づいてビーム数を決定する際に、使用する変調方式での下限のSNRを考慮し、SNRがあるしきい値以下となる固有値は使用しないこととしている。一方、図3に示したように、最少の固有値以外の固有値の広がりは小さいので、SNRがあるしきい値以下となる固有値を使用しないようにすることで、SNRの広がりを小さなものとすることができる。そこで、本実施の形態では、SNRがあるしきい値以下となる固有値を使用しないようにした上で、サブキャリアごとに変調方式をかえずに、ストリーム毎に同一の変調方式に固定することとしている。このようにすれば、簡易な制御で良好な特性を得ることができる。更にSNRの低いサブキャリアは周波数インターリーバを用いることで救済することができる。なお、固有値とSNRとの対応関係は、あらかじめ比例関係を有するものなどとして計算式で求められるようにしておいてもよいし、あるいはシミュレーションや実際の通信結果に基づいて得られた対応関係を表すテーブルなどを用いて求められるようにしておいてもよい。一般に、誤り訂正を考慮した場合に誤りが0となるSNRは、使用する変調方式と符号化率および誤り訂正方法により決定することができる。この対応より、しきい値となるSNRを決定できる。
【0026】
本実施の形態では、次のステップとして、使用するストリームに相当する固有値の平均値を計算し、計算した平均値に基づいて図5に示すような固有値の平均値に対応するSNRと使用する変調方式との対応を示す参照テーブル3を参照することで変調方式を決定する。
【0027】
図4及び図5は、符号化率R=5/6、送信ストリーム数=3、誤り訂正有りとした場合の、i.i.d.チャネルにおけるSNR(固有値)とビットレート(BitRate)の分布図(図4)と、参照テーブル3の作成例(図5)を示している。ただし、図5の参照テーブル3は、この条件に対応した一部のデータを示したものであり、実際には、この例で用いた符号化率R=5/6、送信ストリーム数=3以外の条件に対応する複数組のデータを含むようにして作成される。
【0028】
図5に示す参照テーブル3中のデータを作成する際には、まず、3つのストリームにおける変調方式の組み合わせを仮定し、その組み合わせにおけるBitRate(bits/symbo1)を計算によって求める。例えばNo.8では、Stream1(ストリーム1)、Stream2(ストリーム2)、Stream3(ストリーム3)がそれぞれ64QAM(64 Quadrature Amplitude Modulation)、16QAM、QPSK(Quadrature Phase Shift Keying)であるため、1シンボル当たりのデータ量はそれぞれ6bit、4bit、2bitである。したがって、それらの組み合わせにおけるビットレートは、(6+4+2)*5/6=10bits/symbolとなる。
【0029】
そして、i.i.d.チャネルを仮定して10bits/symbolの場合の平均固有値分布を1000回試行した結果を、各試行の際に得られたSNRの分布としてプロットしたもののが、図4においてBitRate=10として表されている。同様にして変調方式の各組み合わせに対する評価結果をプロットしたものが、図4である。例えば、図4でBitRate=10の場合にはSNRが18から22.5まで分布していることから、取り得る固有値の特性として、図5では18<SNR<22.5として参照テーブル3を作成している。このように、参照テーブル3は、所定の符号化率と所定のストリーム数ごとに、各ストリーム数における変調方式の組み合わせと、各組み合わせにおける合計のビットレートと、その組み合わせにおける平均固有値の分布特性を表す固有値の特性としてSNRの範囲との対応を示すテーブルとして作成することができる。すなわち、参照テーブル3は、ある伝搬環境を想定した場合に得られる固有値の所定の特性としてのSNR(信号対雑音電力強度比)の分布に基づいて、SNRの範囲と、ストリーム数と、符号化率と、適応可能なストリーム毎の変調方式とを対応づけるように生成されたものである。
【0030】
図4及び図5では符号化率R=5/6の場合のみを示したが、実際は他の符号化率の場合でも計算を行うことでSNRと変調方式の対応はより細かくすることができる。
【0031】
従来の手法では、各固有値のSNRから使用する変調方式と符号化率を決定する。しかし、この場合、考慮しないといけない組み合わせの数が膨大となる。本発明の方法では、周波数と複数のデータストリーム間でのインターリーバを適用することを条件として、平均的な固有値分布から得られる平均SNRから、選択可能な変調方式と符号化率を決定できることをキーポイントとしている。本手法は、ストリーム数が少ない場合に特に有効な手法であり、送信ストリーム数に対応して、図5に相当するテーブルをあらかじめ用意しておけばよく、固有値そのものは、送信ウエイトを計算する上で必要となる手順なので、従来の構成に比べ付加される部分はこのテーブルを参照する部分だけであり、非常に簡便な手法であるといえる。
【0032】
では、図1のフローを説明する。図1は、1台の基地局と、複数の端末(=複数のユーザ)との間で通信を行うマルチユーザMIMOによる通信方法において、基地局において、本発明による適応変調によって変調方式を決定して信号を送信する際の処理の流れを示している。
【0033】
まず、ステップST11として、基地局と端末の間で得られる伝搬路応答行列Hから、対象ユーザi(すなわちある端末)に対する伝搬路応答行列Hiと、対象ユーザi以外(すなわちある端末以外の端末)のユーザに対する伝搬路応答行列Hi'を抽出する。伝搬路応答行列Hは、N(ユーザの総受信アンテナ数)×M(基地局のアンテナ数)で表される行列である。ここで、
【0034】
【数3】

【0035】
の関係がある。この式でUはユーザ数で、N(j)はユーザjにおける受信アンテナ数である。ここで対象ユーザiの行列をHiとする(HiはN(i)×Mの行列)。対象ユーザi以外の行列Hi'は以下の式で与えることができる。
【0036】
【数4】

【0037】
この行列Hi'は(N−N(i))×Mの行列である。なお、Tは転置を表す。
【0038】
次に、ステップST12として、Hi'に対し特異値分解を行う。特異値分解は以下の式で与えることができる。
【0039】
【数5】

【0040】
ここで、Di'は対角行列であり、対角要素はHi'HiHの固有値の平方根となる。V ̄i'は固有値に相当する固有ベクトルとなり、V^i'は0に対する固有ベクトル(つまりヌルベクトル)となる。すなわち、V^i'はユーザi以外のユーザが張る空間に直交する。Ui'は左特異値行列と呼ばれるが、ここでは使用しない。ステップST12は、Hi'HiHに対し、固有値分解を行っても同じ結果が得られる。この操作により、対象ユーザi以外の他ユーザへのヌル空間を求めることができる。
【0041】
次に、ステップST13として、ステップST12におけるヌルベクトルV^i'を対象ユーザiの行列Hiの右側から乗算する。この行列を用いると他ユーザにヌルを作る指向性を形成できる。
【0042】
ステップST14では、ステップST13で得た行列に対し下式によって特異値分解を行う。
【0043】
【数6】

【0044】
ここで、Di"は対角行列であり、対角要素は、固有値λi,1"、λi,2",λi,N(i)"の平方根となる。送信ウエイトは、ステップST12のヌルベクトルV^i'とステップST13の信号部分空間に相当するベクトルV ̄i"で与えられ、
【0045】
【数7】

【0046】
となる。ここで、この行列は、M×N(i)である。
【0047】
ステップST15では、ステップST14で得られた信号部分空間に相当する固有値λi,1"、λi,2",λi,N(i)"から、SNRがあるしきい値(βdB)以上となる固有値の数(=個数)からビーム数を決定する。すなわち、ステップST14で得られた値が正の実数となる(0よりも大きくなる)固有値から、SNRが所定のしきい値(βdB)以上となる固有値数をユーザiに対する送信ストリーム数として決定する。ここで、しきい値(βdB)となるSNRの基準としては、符号化率と変調方式の中で最低のランクの種類で通信した場合にもっとも低いSNRで誤りが発生しないものとして選択できる。ステップST16では、ステップST15で選択した固有値の平均値を計算する。ステップST17では、図5に示すような参照テーブル3を参照し、ステップST15で決定した送信ストリーム数とステップST16で計算した固有値の平均値とに基づいて、その固有値の平均値に応じたSNRに対応するように変調方式と符号化率を選択する。
【0048】
そして、ステップST18で、対象ユーザiに対して、ステップST15で決定したストリーム数を用いて、それぞれのストリームはステップST17で決定した変調方式・符号化率で変調したもので送信する。この際、基地局は、OFDM(直交周波数多重分割方式)を用い、端末に対するストリームまたはサブキャリア間でビットの入れ替え操作に相当するインタリーブを行うステップの処理をさらに行う。
【0049】
図2は、シングルユーザMIMOの場合の基地局における動作フローである。本質的な考え方はマルチユーザMIMOの場合の図1と同じであるが、固有値の求め方が図1とは異なる。ステップST21として、基地局と端末間の伝搬路応答行列Hを得る。次に、ステップST22として、ステップST21で得た行列Hに対し、以下の式で特異値分解を行う。
【0050】
【数8】

【0051】
ここで、Dは対角行列であり、対角要素は、固有値λ12Nの平方根となる。この場合、信号部分空間に相当するベクトルV ̄が送信ウエイトとなる。これは、HHHに対し、固有値分解を行っても同じ結果が得られる。
【0052】
次に、ステップST23として、ステップST22で得られた値が正の実数となる(0よりも大きくなる)(信号部分空間V ̄に相当する)固有値λ12NからSNRが所定のしきい値βdB以上となる固有値数から、送信ストリーム数を決定する。次に、ステップST24として、選択した固有値の平均値を計算する。ステップST25では、図5に示すような参照テーブル3を参照し、計算した固有値の平均値に対応するSNRに基づいて変調方式と符号化率を選択する。
【0053】
そして、ステップST26で、ステップST23で決定したストリーム数を用いて、それぞれのストリームはステップST25で決定した変調方式・符号化率によって変調して信号を送信する。この際、基地局は、OFDM(直交周波数多重分割方式)を用い、端末に対するストリームまたはサブキャリア間でビットの入れ替え操作に相当するインタリーブを行うステップの処理をさらに行う。
【0054】
図6に本発明の実施の形態による効果を計算例として示す。ライスファクタKをK=0〜10とした場合の周波数利用効率を示す。送信素子数を16、受信素子数を4、ユーザ数を4とし、トータルの周波数利用効率を示す。K=0とした場合は、レイリーチャネルとなる。SNR=30dBとし、異なる伝搬環境を1000回発生させ、平均の周波数利用効率を求めた。信号はIEEE 802.11aのフォーマットを基準とした。利用効率としては、64QAM、R=3/4(4.5 symbol/s)の場合、2.7bit/s/Hzとなる換算である。したがって、α symbo1/sの場合、周波数利用効率はα×2.7/4.5bit/s/Hzが周波数利用効率となる。
【0055】
比較のため、与えられた伝搬チャネルに対し、最適な変調方式の組み合わせを考慮した場合の特性を計算した。図から明らかなように、Kファクタに関係なく本発明の方法による適応変調によってほぼ理想的な特性を得られることが確認できる、ちなみに、総当りで最適な変調方式を用いる場合は、用いる変調方式をQPSK〜1024 QAMの5通り、符号化率は1/2〜7/8の5通りなので、(5(変調方式)×5(符号化率))^3(ストリーム数)=15625通りの組み合わせを評価する必要があるが、本発明の方法では、固有値の平均値を求める操作とテーブルを参照するだけの計算ですみ、非常に簡易な方法で最適に近い特性が得られることがわかる。
【0056】
上述したように、本発明は、複数の送受信アンテナを具備する基地局と、複数のアンテナを具備する1以上の端末が同時に同一周波数を用いて無線通信を行う無線通信システムにおける基地局の信号送信方法であって、基地局が、基地局と端末との間で得られる伝搬路応答行列Hから所定の端末における固有値を算出し、SNR(所定の特性)が予め設定された閾値以上の固有値の数を当該端末に対する送信ストリーム数として決定する送信ストリーム数決定ステップ(図1のステップST11〜ST15、図2のステップST21〜ST23)と、SNR(所定の特性)が閾値以上の固有値の平均を算出し、算出した固有値の平均と決定した送信
ストリーム数に基づいて、SNR(所定の特性)の範囲と、ストリーム数と、符号化率と、適応可能なストリーム毎の変調方式とを対応づけるものであって予め作成された参照テーブル3を参照して、変調方式と符号化率とを決定する変調方式・符号化率決定ステップ(図1のステップST16〜ST17、図2のステップST24〜ST25)とを行うことを特徴とするものである。これによれば、他の処理で用いられる固有値に基づいて予め作成された参照テーブルを参照するだけで変調方式を決定することができる。よって、MIMO通信下り回線において、従来に比べ簡易な方法で適応変調を行うことができるようになる。
【0057】
なお、本発明の実施の形態は、上記のものに限定されず、例えば各ステップにおける計算処理を上記異なる計算式を用いて行うようにしたりあるいはそれらの解を近似的に求めるような簡易的な式を用いたり、また、参照テーブル内のデータを伝搬環境の変化に対応して更新できるようにしたりする変更などを適宜行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0058】
【図1】本発明の実施の形態の動作フロー(マルチユーザMIMOの場合)を示すフローチャートである。
【図2】本発明の実施の形態の動作フロー(シングルユーザMIMOの場合)を示すフローチャートである。
【図3】固有値分布の例(マルチユーザMIMO)を説明するための特性図である。
【図4】SNRとビットレートと固有値との関係を説明するための図である。
【図5】計算により得られた参照テーブル3の一例を示す図である。
【図6】本発明の効果を説明するための特性図である。
【図7】マルチユーザMIMOによる通信システムの構成の一例を表す図である。
【符号の説明】
【0059】
1 基地局
11 アンテナ(送受信アンテナ;送信素子)
2 端末
21 アンテナ(受信アンテナ;受信素子)
3 参照テーブル

【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の送受信アンテナを具備する基地局と、複数のアンテナを具備する1以上の端末が同時に同一周波数を用いて無線通信を行う無線通信システムにおける前記基地局の信号送信方法であって、
前記基地局は、
前記基地局と前記端末との間で得られる伝搬路応答行列から固有値を算出し、所定の特性が予め設定された閾値以上の固有値の数を当該端末に対する送信ストリーム数として決定する送信ストリーム数決定ステップと、
前記所定の特性が閾値以上の固有値の平均を算出し、算出した固有値の平均と前記決定した送信ストリーム数に基づいて、前記所定の特性の範囲と、ストリーム数と、符号化率と、適応可能なストリーム毎の変調方式とを対応づけるものであって予め作成された参照テーブルを参照して、変調方式と符号化率とを決定する変調方式・符号化率決定ステップとを行う
ことを特徴とする信号送信方法。
【請求項2】
前記端末が複数存在し、
前記送信ストリーム数決定ステップは、
前記基地局と前記複数の端末との間で得られる伝搬路応答行列Hから、ある端末に対する伝搬路応答行列Hiおよび前記ある端末以外の伝搬路応答行列Hi'を抽出する第1のステップと、
前記Hi'に対して特異値分解する第2のステップと、
前記第2のステップで得られるヌルベクトルを前記Hiの右側から乗算する第3のステップと、
前記第3のステップで得られた行列に対して特異値分解する第4のステップと、
前記第4のステップで得られる信号部分空間に相当する固有値から、前記所定の特性が予め設定された閾値以上の固有値の数を前記ある端末に対する送信ストリーム数として決定する第5のステップと
を含んでいることを特徴とする請求項1記載の信号送信方法。
【請求項3】
前記端末が1つ存在し、
前記送信ストリーム数決定ステップは、
前記基地局と前記複数の端末との間で得られる伝搬路応答行列Hを算出する第1のステップと、
前記Hに対して特異値分解する第2のステップと、
前記第2のステップで得られる信号部分空間に相当する固有値から、前記所定の特性が予め設定された閾値以上の固有値の数を前記端末に対する送信ストリーム数として決定する第3のステップと
を含んでいることを特徴とする請求項1記載の信号送信方法。
【請求項4】
前記参照テーブルは、
ある伝搬環境を想定した場合に得られる前記所定の特性としての信号対雑音電力強度比の分布に基づいて、信号対雑音電力強度比の範囲と、ストリーム数と、符号化率と、適応可能なストリーム毎の変調方式とを対応づけるように生成されたものである
ことを特徴とする請求項1記載の信号送信方法。
【請求項5】
前記基地局は直交周波数多重分割方式を用い、
前記端末に対するストリームまたはサブキャリア間でビットの入れ替え操作に相当するインタリーブを行うステップをさらに含む
ことを特徴とする請求項1記載の信号送信方法。
【請求項6】
複数の送受信アンテナを具備する基地局と、複数のアンテナを具備する1以上の端末が同時に同一周波数を用いて無線通信を行う無線通信システムであって、
前記基地局は、
前記基地局と前記端末との間で得られる伝搬路応答行列から固有値を算出し、所定の特性が予め設定された閾値以上の固有値の数を当該端末に対する送信ストリーム数として決定し、
前記所定の特性が閾値以上の固有値の平均を算出し、算出した固有値の平均と前記決定した送信ストリーム数に基づいて、前記所定の特性の範囲と、ストリーム数と、符号化率と、適応可能なストリーム毎の変調方式とを対応づけるものであって予め作成された参照テーブルを参照して、変調方式と符号化率とを決定する
ことを特徴とする無線通信システム。
【請求項7】
複数の送受信アンテナを具備する基地局と、複数のアンテナを具備する1以上の端末が同時に同一周波数を用いて無線通信を行う無線通信システムにおける基地局であって、
前記基地局と前記端末との間で得られる伝搬路応答行列から固有値を算出し、所定の特性が予め設定された閾値以上の固有値の数を当該端末に対する送信ストリーム数として決定し、
前記所定の特性が閾値以上の固有値の平均を算出し、算出した固有値の平均と前記決定した送信ストリーム数に基づいて、前記所定の特性の範囲と、ストリーム数と、符号化率と、適応可能なストリーム毎の変調方式とを対応づけるものであって予め作成された参照テーブルを参照して、変調方式と符号化率とを決定する
ことを特徴とする基地局。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2010−118734(P2010−118734A)
【公開日】平成22年5月27日(2010.5.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−288630(P2008−288630)
【出願日】平成20年11月11日(2008.11.11)
【出願人】(000004226)日本電信電話株式会社 (13,992)
【Fターム(参考)】