説明

光変調素子および空間光変調器

【課題】スピン注入型磁化反転素子を用いた光変調素子の光変調度を向上することを目的とする。
【解決手段】磁化固定層11と、非磁性中間層12と、磁化自由層13とをこの順で積層したスピン注入型磁化反転素子構造と、このスピン注入型磁化反転素子構造の上下に設けられた一対の電極2,3とを備え、当該一対の電極2,3を介して電流を供給されることにより磁化自由層13の磁化方向を変化させて、入射した光をその偏光方向を変化させて出射する光変調素子10において、一対の電極2,3のうち、磁化固定層11側に設けられた電極である下部電極3は、少なくとも上層部がAgからなるように構成した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、入射した光を磁気光学効果により光の位相や振幅等を空間的に変調して出射する空間光変調器に用いる光変調素子、およびこれを用いた空間光変調器に関する。
【背景技術】
【0002】
光の位相や振幅等を空間的に変調する光学素子は、ホログラフィーなどの画像表示装置に応用され、ディスプレイ技術や記録技術などの分野で広く利用されている。また、このような光学素子は、2次元で並列に光情報を処理することができるため、光情報処理技術などへの応用も研究されている。
【0003】
代表的な空間光変調器(SLM:Spatial Light Modulator)に液晶パネルを用いた空間光変調器がある。液晶パネルは、油状で透明な液晶材料が2枚の透明な基板で挟まれた構造をしている。透明な基板としては主にガラスが用いられることが多いがプラスチックを用いることもある。この透明な基板の内面には、液晶に電圧を印加する電極として透明電極が設けられている。透明電極の材料には、抵抗値が低く、電極の形状を作製するのが容易なインジウム−スズ酸化物(ITO:Indium Tin Oxide)が広く用いられている。これらを用いてホログラフィーを再現しようと試みられているが、応答速度の遅さや画素の高精細性が不足しているために、画像再生への利用は限定的なものであった(非特許文献1参照)。
【0004】
前記した画素(ピクセル)の高精細化および応答速度の高速化の問題を解決するために、特許文献1または特許文献2に示すような磁性ガーネットのファラデー効果を利用して、高速な応答性を実現した磁気光学式空間光変調器(以降、MOSLM:Magneto-Optic SLM)の例が開示されている。
【0005】
特許文献1には、各ピクセルに対応した領域毎に個別に光反射膜を形成し、局所熱処理と光反射鏡により印加される応力とで各ピクセル間が磁気的に分離したMOSLMが記載されている。また、特許文献1には、各ピクセルの外形に一致するようにXY駆動ラインを形成し、局所熱処理とXY駆動ラインにより印加される応力とで、各ピクセル間が磁気的に分離されているMOSLMが記載されている。これらにより、特許文献1に記載のMOSLMでは、ピクセル間の距離をピクセルサイズ以下に狭めることが可能となる。また、各ピクセルの磁性ガーネットがシングルドメイン構造(単磁区構造)に形成されていれば、XY駆動ラインにパルス電流を印加することによって、磁性ガーネットの磁化方向を反転させることができる。
【0006】
特許文献2には、XY駆動ラインヘの通電が合致したピクセルに対して合成磁界を印加し、選択的に磁化反転をする構造のMOSLMが記載されている。
ところで、スピン注入型磁化反転技術(STS:Spin Transfer Switching)は、サブμm(サブミクロン)以下の小さな磁性体の磁化方向を反転させる技術として注目されている(非特許文献2参照)。STSを用いることで、ギガビット(Gbit)級の超高密度な磁気ランダムメモリ(MRAM:Magnetoresistive Random Access Memory)への応用が期待されている。また、近年、メモリヘの応用だけでなく、磁気光学効果とSTSとを組み合わせることで光を変調する光変調素子が提案されている。
【0007】
本願発明者らは、これまでに、スピン注入により磁化反転されるスピン注入型磁化反転素子と偏光手段とを用い、磁化方向の変化を利用して画素選択を行う撮像装置を提案している(特許文献3参照)。この特許文献3に記載された、スピン注入により磁化反転を行う光変調素子は、入射光の偏光面を変えることで光を変調させる方式であるために、高速応答および高精細化が可能である。
【0008】
また、本願発明者らは、膜面に垂直な垂直磁気異方性を有する磁性材料から構成されている磁性膜を用い、磁気光学効果を利用した空間光変調器を提案している(特許文献4参照)。特許文献4に記載された空間光変調器は、磁性膜の少なくとも1つが垂直磁気異方性を有する磁性材料から構成されているため、膜面に平行な面内磁気異方性を有する磁性材料と比較して磁気光学効果を大きくすることができる。そのため、入射光の光変調度(偏光度)を大きくすることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2005−70101号公報
【特許文献2】特開2005−221841号公報
【特許文献3】特開2008−60906号公報
【特許文献4】特開2009−139607号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】T.Sonehara, H.Miura and J.Amako, “Moving 3D-CGH Reconstruction Using a Liquid Crystal Spatial Wavefront Modulator”, the 12th International Display Research Conference, 1992, pp.315-318
【非特許文献2】E.B.Mayer, D.C.Ralph, J.A.Katine, R.N.Louie and R.A.Buhrman, “Current-induced switching of domains in magnetic multilayer devices”, Science, 1999, Vol.285, pp.867-870
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
SLMにおいては、高精細化のために画素サイズ(画素ピッチ)を微細化することと、応答を高速化することとが要望されている。しかしながら、液晶パネルを用いたSLMでは、画素サイズを数μm以下とするような微細化が困難であるとともに、印加電圧に対する応答時間が数十μs程度と比較的遅いという問題がある。
【0012】
また、特許文献1に記載されたMOSLMは、XY駆動ラインが、画素の内側に収まりかつ画素の外形に一致するように形成した構造となっているので、画素サイズを数μm以下とするような微細化が困難である。また、特許文献2に記載されたMOSLMは、XY駆動ラインへの通電による合成磁界を利用するために、画素を微細化すると隣接した画素へのクロストークが大きくなってしまうという問題がある。
【0013】
これに対して、特許文献3、4に記載されたスピン注入型の光変調素子は、印加電圧に対する応答時間が数ns程度と高速であり、画素サイズもサブμmの微細化が可能である。しかしながら、ホログラフィー表示装置やホログラム記録装置への応用を考えた場合には、光変調度が充分に大きいとは言えず、そのため、コントラストが弱くなってしまう。つまり、特許文献3、4に記載された技術に対して、光変調度をさらに大きくするという改善が望まれていた。
【0014】
ここで、光変調度は磁気光学効果と密接に関係しており、カー効果やファラデー効果による旋光の角度であるカー(Kerr)回転角やファラデー回転角が大きくなれば、光変調度も大きくなる。そのため、従来の磁気光学効果を用いた光変調素子の研究分野では、例えばGMR(Giant Magneto Resistance:巨大磁気抵抗効果)素子やTMR(Tunneling Magneto Resistance:トンネル磁気抵抗効果)素子のようなスピン注入型磁化反転素子を用いた光変調素子を構成する磁性膜部分において材料等の条件を工夫することで磁気光学効果の改善が図られてきた。つまり、光変調素子を構成する磁性膜部分として、例えばピンド層(磁化固定層)およびフリー層(磁化自由層)の材料等の条件が着目されてきた。
【0015】
一方、下部電極の材料については低抵抗の材料が望ましく、半導体素子や磁気固体メモリー(MRAM)で一般的に用いられているCuが用いられている。しかしながら、光変調度を大きくするという観点からは、下部電極における最適な材料等の条件がこれまで知られていないという問題があった。
【0016】
本発明は、前記した問題点に鑑み創案されたもので、スピン注入型磁化反転素子を用いた光変調素子において、光変調度を向上し、また、その光変調度を向上した光変調素子を用いた空間光変調器を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
前記した課題を解決するために、本発明にかかる光変調素子は、磁化固定層と、非磁性中間層と、磁化自由層とをこの順で積層したスピン注入型磁化反転素子構造と、このスピン注入型磁化反転素子構造の上下に設けられた一対の電極とを備え、当該一対の電極のうち、磁化固定層側に設けられた電極である下部電極は、少なくとも上層部がAgからなるように構成した。
【0018】
かかる構成によれば、光変調素子は、一対の電極を介して電流を供給されることにより磁化自由層の磁化方向を変化させて、入射した光をその偏光方向を変化させて出射する。ここで、スピン注入型磁化反転素子構造を透過して光変調を受けた入射光は、Agからなる下部電極の上層部で効率的に反射され、再びスピン注入型磁化反転素子構造を透過することにより、さらに光変調を受け出射する。これによって、光変調素子は、出射光総体における磁気光学効果であるカー回転角を増大させる。
【0019】
また、本発明にかかる光変調素子は、磁化固定層および磁化自由層は、それぞれ垂直磁気異方性を有する磁性材料からなる磁性膜を含むように構成した。
【0020】
かかる構成によれば、光変調素子は、磁化方向が膜面に垂直な垂直磁気異方性を有する磁性材料からなる磁性膜を含むので、磁化方向が膜面に平行な面内磁気異方性を有する磁性材料から形成されている場合に比べて、大きな磁気光学効果を得る。
【0021】
また、本発明にかかる光変調素子は、磁化自由層に含まれる磁性膜がGd−Fe合金からなり、磁化固定層に含まれる磁性膜の一部がTb−Fe−Co合金からなるように構成した。
【0022】
かかる構成によれば、光変調素子は、磁化自由層に含まれるGd−Fe合金からなる磁性膜に含まれるGdによってその磁気異方性を小さくし、また磁化自由層の保磁力を小さくする。このため、磁化自由層は、スピン分極された電子の注入によって磁化方向を容易に反転される。また、光変調素子は、磁化固定層の一部にTb−Fe−Co合金からなる磁性膜を含むため、この磁性膜に含まれるTbによって磁化固定層の保磁力を大きくすることができる。このため、磁化固定層は、磁化方向が外部磁界によって容易に変わることがない。
【0023】
本発明にかかる空間光変調器は、基板と、この基板上に2次元配列された複数の画素と、画素選択手段と、電流供給手段とを備える空間変調器であって、画素として、本発明にかかる光変調素子を備えるように構成した。
【0024】
かかる構成によれば、空間光変調器は、画素として、光変調度の高いスピン注入型磁化反転素子を備える。この空間光変調器は、画素選択手段によって、複数の画素から1つ以上の画素を選択する。そして、空間変調器は、電流供給手段によって、この画素選択手段が選択した画素に所定の電流を供給する。これによって、空間光変調器は、画素選択手段が選択した画素に入射した光の偏光方向を特定の方向に変化させて出射する。
【発明の効果】
【0025】
本発明によれば、磁気光学効果であるカー回転角を増大させるため、光変調度が向上した光変調素子とすることができる。
本発明によれば、磁化方向が膜面に平行な面内磁気異方性を有する磁性材料から形成されている場合に比べて、光変調度の高い光変調素子とすることができる。
本発明によれば、前記した効果に加えて、高速な応答と安定した動作をする光変調素子とすることができる。
本発明によれば、本発明にかかる光変調素子を画素として備えるため、光変調度の高い空間光変調器とすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】(a)、(b)は、本発明の実施形態に係る光変調素子の構成を模式的に示す断面図である。
【図2】(a)、(b)は、本発明に係る光変調素子の動作を説明する模式図である。
【図3】本発明に係る光変調素子を用いた空間光変調器の構成を示す平面模式図である。
【図4】図3に示す空間光変調器を用いた表示装置の模式図で、図3のA−A断面図に対応する図である。
【図5】図1(b)に示す光変調素子においてAg層の膜厚を変えたときの磁気カー回転角の変化を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下、本発明に係る光変調素子および空間光変調器を実施するための形態について適宜図面を参照して説明する。
【0028】
[光変調素子]
本発明の一実施形態に係る光変調素子10は、図1(a)に示すように、上部電極2および下部電極3と、これらに挟まれた光変調部1とから構成される。また、光変調部1は、磁化固定層11、非磁性中間層12、磁化自由層13および保護層14を積層してなり、磁化固定層11、非磁性中間層12および磁化自由層13からなる積層構造はスピン注入型磁化反転素子構造を構成する。光変調素子10は、光変調部1の上下に接続された上部電極2および下部電極3を介して素子に流す電流の向きにより磁化自由層13の磁化の向きを制御することができる、CPP−GMR(Current Perpendicular to the Plane Giant MagnetoResistance:垂直通電型巨大磁気抵抗)素子やTMR素子等のスピン注入型磁化反転素子である。
【0029】
磁化固定層11は磁化方向が一方向に固定された膜であって、電流中の電子のスピンを弁別する機能をもつ。磁化固定層11は磁化自由層13と同方向の磁気異方性を持つことが望ましく、磁化自由層13に垂直磁気異方性を有する磁性膜を用いた場合は、磁化固定層11も垂直磁気異方性を有する磁性膜を用いる。
【0030】
磁化固定層11は、垂直磁気異方性を有するCPP−GMR素子やTMR素子等の磁化固定層として公知の磁性材料にて構成することができ、その厚さは8〜30nmとすることが好ましい。具体的にはFe,Co,Niのような遷移金属およびそれらを含む合金、例えばTbFe系、TbFeCo系、CoCr系、CoPt系、CoPd系、FePt系の合金が挙げられる。膜厚が10〜30nmのTb−Fe−Co合金膜が、より好ましい。この合金膜に含まれるTbによって磁化固定層11の保持力を大きくすることができるため、磁化固定層11は、その磁化方向が外部磁場によって容易に変わらないようにすることができる。
【0031】
また、磁化固定層11は、これらの遷移金属の膜と非磁性金属の膜とを交互に積層した多層膜で構成してもよく、Co/Pt,Fe/Pt,Co/Pd等の多層膜が挙げられる。これらの材料で構成することで、強い垂直磁気異方性を有し、また大きな保磁力を有する磁化固定層11とすることができる。
【0032】
磁化固定層11は、図1(a)に示した実施形態のように、前記した材料の単層または多層膜である主層11bを設け、さらに、非磁性中間層12との界面側に、CoFe合金等の遷移金属または遷移金属を含む合金からなる膜厚が2nm以下、より好ましくは0.1〜1nmの層である上層11cを積層してもよい。あるいは、主層11bが多層膜の場合には、Fe,Coの膜を上層11cとして非磁性中間層12との界面側に積層するようにしてもよい。磁化固定層11の主層11bと非磁性中間層12との界面に遷移金属の膜である上層11cを配置することで、垂直方向のスピン分極を保ったまま、スピン注入効率を高めることができる。そのため、磁化反転電流を低減することができる。
【0033】
さらに、本実施形態では、磁化固定層11は、下部電極3と接合する最下層に、金属膜からなる下地層11aを設けている。これによって、磁化固定層11は、下部電極3との密着性や薄膜の結晶配向性等を向上させることができる。下地層11aとしては、例えば、膜厚が1〜10nmのRuを用いることができる。
【0034】
非磁性中間層12は、磁化固定層11と磁化自由層13との間に設けられ、磁化自由層13と磁化固定層11とを磁気的に分離するとともに、スピン偏極した電流を流すものである。光変調部1がCPP−GMR素子を構成する場合は、非磁性中間層12は、Cu,Auのような非磁性金属を用いることができ、その膜厚は3〜20nm程度であり、より好ましくは6〜20nmとすることができる。また、光変調部1がTMR素子を構成する場合は、非磁性中間層12は、Al、MgO、SiO,HfO2のような絶縁体や、Mg/MgO/Mgのような絶縁体を含む積層膜からなり、その膜厚は0.5〜3nm程度とすることができる。
【0035】
磁化自由層13は、スピン注入によって磁化方向が反転される層である。磁化自由層13はスピン注入によって容易に磁化方向が反転されるとともに、磁気光学効果の大きいことが望ましい。磁気光学効果を大きくするためには垂直磁気異方性を有する磁性膜を用いることが望ましく、好ましくは、Gd−Fe合金膜を用いることができる。また、GdFe合金の他にも、Gd−Fe−Co合金膜、Co−Pt合金膜、CoとPtとの多層膜、Co−Pd合金膜、CoとPdとの多層膜、Mn−Bi合金膜、Mn−Sb合金膜、Pt−Mn−Sb合金膜等を用いることができる。
【0036】
ここで、磁化自由層13を、遷移金属(TM)と希土類金属(RE)との合金(RE−TM合金)の一種であるGd−Fe合金(以下、GdFe合金)で形成する場合について詳細に説明する。GdFe合金の組成は、Gd:19〜27at%、Fe:73〜81at%とするのが好ましい(Gd,Feの含有率の合計は100at%)。遷移金属であるFeが一方向(+z方向とする)の磁気モーメントを示すのに対し、Gdは、この一方向の逆方向(−z方向)の磁気モーメントを示す。RE−TM合金は、スピン注入型磁化反転素子の磁性層として適用する場合には、通常、TM,REのそれぞれの磁気モーメントが相殺される組成(補償組成)に対して僅かにREが多い組成として、当該RE−TM合金全体として飽和磁化の小さい−z方向の磁気モーメントとして、容易に垂直磁気異方性を示すようにし、かつ必要な保磁力を確保している。しかしながら、GdFe合金については、このような補償組成付近では、他のRE−TM合金と比較して保磁力が小さいにもかかわらず、磁化自由層に適用した場合の反転電流は小さくはなく、他のRE−TM合金と同様に厚膜化は困難である。本発明に係る光変調素子10の磁化自由層13に適用されるGdFe合金においては、Feの含有率を73at%以上として、全体として+z方向の磁気モーメントを示すようにするのが好ましい。より好ましくは78at%以上である。また、GdFe合金は、波長780nm近傍の光に対する磁気光学効果が大きく、Feの含有率が多くなると、依存性は小さいが、磁気光学効果がさらに向上する。一方、GdFe合金は、Feの含有率が81at%を超えると、Feの+z方向の磁気モーメントが支配的になって飽和磁化が過大となり、垂直磁気異方性を示さなくなる。このような組成を限定したGdFe合金は、例えばスパッタリング法にて成膜する場合は、磁化自由層13の所望の組成に対応した組成のGdFe合金からなるターゲットを用いればよい。なお、ターゲットの組成と形成される膜の組成とは必ずしも一致しないので、予め調査した上でターゲットの組成を決定する。
【0037】
磁化自由層13は、飽和磁化が50〜250emu/ccとなるように、GdFe合金の組成を前記範囲で制御し、また膜厚を制御するのが好ましい。飽和磁化は体積あたりのパラメータであるので原則として膜厚に依存しないが、磁化自由層13のように数十nm以下の薄膜では、非磁性中間層12との界面のミキシングや表面(界面)粗さに影響され易くなると考えられ、薄くなるほど膜厚に強く依存して飽和磁化が変化するようになる。磁化自由層13の飽和磁化は、Feの含有率が補償組成を超える73at%以上において、Feの含有率に比例する。飽和磁化が50emu/cc未満では、Feの+z方向の磁気モーメントが不十分である。また、保磁力は飽和磁化に反比例するため、磁化自由層13の飽和磁化が小さいと保磁力が大きくなって、磁化反転し難くなる。したがって、磁化自由層13を形成するGdFe合金は、Feの含有率を多くして、飽和磁化を50emu/cc以上とすることが好ましく、より好ましくは100emu/cc以上である。一方、磁化自由層13は、飽和磁化が250emu/ccを超えると過大であり、前記した通り、垂直磁気異方性を示さなくなる。
【0038】
磁化自由層13は、膜厚が厚くなるとファラデー回転角が比例して大きくなり、光変調度が高くなるため、膜厚5nm以上が好ましく、膜厚8nm以上がさらに好ましい。一方、GdFe合金は、膜厚30nm程度以上になると、光が透過せずに表面で反射するようになるため、旋光角が膜厚に依存しないカー回転角になり、50nmを超えて厚くしても、光変調度のさらなる向上の効果は得られない。したがって、磁化自由層13は、膜厚50nm以下が好ましく、膜厚20nm以下がさらに好ましい。
【0039】
保護層14は、微細加工プロセス中に磁化自由層13が受けるダメージを防ぐために設けられる層である。保護層14としては、Cu、Al、Au、Ru、Ta等の単層、または、Cu/Ta,Cu/Ruの2層等(Cuが内側(磁化自由層13側))から構成され、特にRuが好ましい。保護層14の厚さは、1nm未満であると連続した膜を形成し難く、一方、10nmを超えて厚くすると、光変調部1の上方からの入射光の透過光量を減衰させるため、1〜10nmとすることが好ましく、3〜5nmとすることがさらに好ましい。
【0040】
上部電極2は、下部電極3と対になって光変調部1の垂直方向に電流を流す役割を担う。上部電極2は、素子に電流を流すとともに、磁化自由層13より下部の層に光を透過させるためにITO(Indium Tin Oxide:インジウム−スズ酸化物)、IZO(Indium Zinc Oxide:インジウム−亜鉛酸化物)、酸化スズ(SnO2)、酸化アンチモン−酸化スズ系(ATO)、酸化亜鉛(ZnO)、フッ素ドープ酸化スズ(FTO)、酸化インジウム(In23)等の透明電極材料で構成される。
【0041】
下部電極3は、上部電極2と対になって光変調部1の垂直方向に電流を流す役割を担う。本発明では、下部電極3は、少なくとも下部電極3の上層部、すなわち光変調部1側の部分をAgを用いて形成する。これに対応して、本実施形態では、下部電極3の全部をAgで構成するものである。下部電極3としてAgを用いることによって、下部電極として従来から用いられたCuと比較して、光変調部1において大きな磁気光学効果を得ることができる。
【0042】
すなわち、下部電極3を光の反射率の高いAgとすることにより、光変調部1を透過してくる入射光を効率的に反射し、再度光変調部1で光変調を受けさせて出射光に加えることができるため、結果的に反射光の総体における光変調度を向上することができる。
【0043】
光変調部1を構成する各層は、下部電極3が形成された上に、例えばスパッタリング法や分子線エピタキシー(MBE)法等の公知の方法で連続的に成膜されて積層され、電子線リソグラフィおよびイオンビームミリング法等で所望の平面視形状に加工される。光変調部1の平面視形状は限定されないが、一辺が100〜500nm程度の矩形またはこれに相当する大きさの形状であれば、磁化固定層11および磁化自由層13がそれぞれ単磁区を形成し易く好ましい。
【0044】
次に、光変調素子10の磁化反転の動作を、図2を参照して説明する。なお、図2において保護層14は図示を省略する。スピン注入型磁化反転素子である光変調素子10は、光変調部1に、磁化自由層13の電子と逆方向のスピンを持つ電子を注入することにより、すなわち電流を反対向きに供給することにより、磁化自由層13の磁化方向を反転させて、磁化固定層11の磁化方向と同じ方向または180°異なる方向にする。具体的には、図2(a)に示すように、上部電極2を「+」、下部電極3を「−」にして、磁化自由層13側から磁化固定層11へ電流を供給すると、磁化自由層13の磁化は磁化固定層11の磁化方向と同じ方向になる。以下、この状態を光変調部1の磁化が平行である(P:Parallel)という。反対に、図2(b)に示すように、上部電極2を「−」、下部電極3を「+」にして、磁化固定層11側から磁化自由層13へ電流を供給すると、磁化自由層13の磁化は磁化固定層11の磁化方向と逆方向になる。以下、この状態を光変調部1の磁化が反平行である(AP:Anti-Parallel)という。なお、光変調部1に供給する電流の大きさは反転電流以上とする必要があるが、より小さいことが好ましく、電流密度で1×105〜2×107A/cm2であることが好ましい。
【0045】
光変調部1に入射した光が磁性体である磁化自由層13を透過(または表面で反射)すると、磁気光学効果により、光はその偏光の向きが変化(旋光)して出射する。さらに、磁性体の磁化方向が180°異なると、当該磁性体の磁気光学効果による旋光の向きは反転する。したがって、図2(a)、(b)にそれぞれ示す、磁化が平行、反平行である、すなわち磁化自由層13の磁化方向が互いに180°異なる光変調部1における旋光角は、互いに異なる角度(向きも含める)となる。本実施形態では、光変調部1に入射した光は、磁化自由層13を透過し、非磁性中間層12の表面(磁化自由層13と非磁性中間層12との界面)やさらに下層の非磁性中間層12と磁化固定層11との界面、磁化固定層11と下部電極3との界面などで反射して、再び磁化自由層13を透過して光変調部1から出射する。したがって、光はファラデー回転にて旋光するが、本明細書では、このような場合は光が光変調素子10に反射したとして、旋光角をカー回転角と表し、その角度の大きさをθkとする。すなわち図2(a)、(b)に示す光変調素子10に反射した光は、それぞれ+θk,−θkの角度で旋光する。このように、光変調素子10は、その出射光の偏光の向きを、供給される電流の向きに応じて変化させることで後記する空間光変調器等の画素として機能する。
【0046】
磁気光学効果の大きさは、入射光の波数ベクトルと磁性体の磁化ベクトルとのスカラー積に比例する。すなわち磁化自由層13のカー回転角θk(またはファラデー回転角)は、光の入射角が磁化自由層13の磁化方向に平行に近いほど大きくなる。磁化自由層13は垂直磁気異方性、すなわち膜面に垂直な方向の磁化を有する場合は、垂直に(入射角0°で)光を入射することが最も好ましく、極カー効果により、大きなカー回転角θkが得られる。
【0047】
[空間光変調器]
次に、前記の本発明に係る光変調素子10を画素として備える空間光変調器について、図面を参照してその実施形態を説明する。ここで、本明細書における画素とは、空間光変調器による表示の最小単位での情報(明/暗)を表示する手段を指す。なお、図1(a)に示した光変調素子10に代えて、図1(b)に示した光変調素子10Aを画素として用いても同様に空間光変調器を構成できるため、光変調素子10を用いた場合を基本として説明する。
【0048】
本発明の一実施形態に係る空間光変調器100は、図3に示すように、基板7と、基板7上に2次元アレイ状に配列された画素4(光変調素子10)からなる画素アレイ40と、画素アレイ40から1つ以上の画素4を選択して駆動する電流制御部80を備える。なお、本明細書における平面(上面)は空間光変調器100の光の入射面であり、空間光変調器100は画素4(画素アレイ40)に上方から入射した光を反射してその光を変調して上方へ出射する反射型の空間光変調器である。
【0049】
図3に示すように、画素アレイ40は、平面視でストライプ状の複数の上部電極2,2,…と、同じくストライプ状で、平面視で上部電極2と直交する複数の下部電極3,3,…と、を備え、上部電極2と下部電極3との交点毎に1つの画素4を設ける。すなわち、図3において横方向に配列する画素4の上部電極2,2,…は、4つずつが一体的に形成され、平面視で横長のストライプ状の一つの電極を構成する。また、図3において縦方向に配列する画素4の下部電極3,3,…は、4つずつが一体的に形成され、平面視で縦長のストライプ状の一つの電極を構成する。そして、画素4は、空間光変調器100の光の入射面に、2次元アレイ状に配列されて画素アレイ40を構成する。本実施形態では、画素アレイ40は、4行×4列の16個の画素4からなる構成で例示される。なお、上部電極2と下部電極3は、適宜、両者をまとめて電極2,3と称する。そして、図3および図4に示すように、画素4は、当該画素4における一対の電極としての上部電極2および下部電極3と、これらの電極2,3に上下から挟まれた光変調部1によって構成される光変調素子10を備える。また、図4において、光変調素子10の保護層14(図1参照)は図示を省略する。また、隣り合う上部電極2,2間、光変調部1,1間、および下部電極3,3間には、絶縁部材6が形成されている。
【0050】
図3に示すように、電流制御部80は、上部電極2を選択する上部電極選択部82と、下部電極3を選択する下部電極選択部83と、これらの電極選択部82,83を制御する画素選択部(画素選択手段)84と、電極2,3に電流を供給する電源(電流供給手段)81と、を備える。電流制御部80を構成する各部はそれぞれ公知のものでよく、光変調素子10を磁化反転させるために適正な電圧・電流を供給するものとする。
【0051】
上部電極選択部82は上部電極2の1つ以上を選択し、下部電極選択部83は下部電極3の1つ以上を選択するために、それぞれ複数のスイッチング素子から構成され、選択した電極2,3に電源81から所定の電流を供給させる。画素選択部84は、例えば図示しない外部からの信号に基づいて画素アレイ40の特定の1つ以上の画素4を選択し、選択した画素4に接続する電極2,3を電極選択部82,83に選択させる。電源81は、選択した画素4に備えられる光変調素子10を磁化反転させるために適正な電圧・電流を供給するもので、電圧を正負反転可能なパルス電流を供給することができる。このような構成により、特定の画素4が選択され、この画素4の光変調素子10に、所定の向きのパルス電流が供給されて磁化反転させる。
【0052】
空間光変調器100の画素4の構成の詳細を図3および図4を参照して説明する。上部電極2は、図4に示すように光変調部1の上に配され、図3に示すように横方向に帯状に延設される。1つの上部電極2は、横1行に配置された複数の画素4,4,…のそれぞれの光変調素子10の光変調部1に接続して電流を供給する。一方、下部電極3は、光変調部1の下に配され、縦方向に帯状に延設される。1つの下部電極3は、縦1列に配置された複数の画素4,4,…のそれぞれの光変調素子10の光変調部1に接続して電流を供給する。上部電極2は、光変調部1の入射光および出射光を遮らないように透明電極材料で形成される。一方、下部電極3は、光変調部1において大きな磁気光学効果を得るために、少なくとも光変調部1側である上層部はAgを用いて形成される。本実施形態では、下部電極3の全部がAgを用いて形成される。
【0053】
光変調部1は、図3に示すように、平面視で上部電極2と下部電極3の重なる部分に配され、この電極2,3に上下から挟まれて接続されている。光変調部1の平面視形状は、本実施形態においては正方形であるが、これに限定されるものではない。また、1個の画素4に1個の光変調部1を備えるが、例えば1つの画素4に面方向で(1×3)個、(2×2)個等の複数の光変調部1を備えてもよい。
【0054】
上部電極2は、光が透過するように透明電極材料で構成される。透明電極材料は、例えば、インジウム−スズ酸化物(Indium Tin Oxide:ITO)、インジウム亜鉛酸化物(Indium Zinc Oxide:IZO)、酸化スズ(SnO2)、酸化アンチモン−酸化スズ系(ATO)、酸化亜鉛(ZnO)、フッ素ドープ酸化スズ(FTO)、酸化インジウム(In23)等の公知の透明電極材料からなる。これらの透明電極材料は、スパッタリング法、真空蒸着法、塗布法等の公知の方法により成膜され、成形加工される。
【0055】
下部電極3は、少なくとも光変調部1側である上層部をAgとする。本実施形態における下部電極3は、図1(a)に示したように、全部をAgで構成する。そして、スパッタリング法等の公知の方法により成膜、フォトリソグラフィ、およびエッチングまたはリフトオフ法等によりストライプ状に加工される。
【0056】
基板7は、例えば表面を熱酸化したSi基板等の公知の基板が適用できる。絶縁部材6は、隣り合う上部電極2,2間(図4不図示)、光変調部1,1間、および下部電極3,3間に配され、例えば、SiO2やAl23等からなる。
【0057】
(空間光変調器の画素選択の動作)
次に、空間光変調器100の画素選択の動作を、この空間光変調器100を用いた表示装置として、図4を参照して説明する。電極2,3は、前記の通り、電流制御部80に接続される。また、図4に示すように、本実施形態に係る空間光変調器100の画素アレイ40の直上には、画素アレイ40に向けて光(レーザー光)を照射する光源等を備える光学系OPSと、光学系OPSから照射された光を画素アレイ40に入射する前に1つの偏光成分の光(1つの向きの偏光、以下、適宜偏光という)にする偏光フィルタPFiと、この上方から画素アレイ40に入射する偏光(入射偏光)を透過させ、かつ画素アレイ40で反射して出射した光を側方へ反射するハーフミラーHMと、が配置される。そして、画素アレイ40の上方の前記ハーフミラーHMの側方には、ハーフミラーHMで反射して到達した光から特定の偏光成分の光を遮光する偏光フィルタPFoと、偏光フィルタPFoを透過した光を検出する検出器PDとが配置される。
【0058】
光学系OPSは、例えばレーザー光源、およびこれに光学的に接続されてレーザー光を画素アレイ40の全面に照射する大きさに拡大するビーム拡大器、さらに拡大されたレーザー光を平行光にするレンズで構成される(図示省略)。光学系OPSから照射された光(レーザー光)は様々な偏光成分を含んでいるため、この光を画素アレイ40の手前の偏光フィルタPFiを透過させて、1つの偏光成分の光(偏光)にする。偏光フィルタPFiおよび偏光フィルタPFoはそれぞれ偏光板等であり、検出器PDはスクリーン等の画像表示手段である。
【0059】
光学系OPSは、平行光としたレーザー光を、画素アレイ40へ膜面に垂直に(入射角0°で)入射するように照射する。レーザー光は偏光フィルタPFiを透過して偏光(入射偏光)となり、ハーフミラーHMを透過して画素アレイ40の上方からすべての画素4に向けて入射する。それぞれの画素4において、入射偏光は、上部電極2を透過して光変調部1で反射して、再び上部電極2を透過して当該画素4から出射偏光として出射する。入射角0°であることから、出射偏光は入射偏光と同一の光路となる。そこで、偏光フィルタPFiと画素アレイ40との間に画素アレイ40に対して45°傾斜させたハーフミラーHMを配置して、出射偏光を側方へ反射させることで、出射偏光だけを偏光フィルタPFoに到達させる。偏光フィルタPFoはすべての出射偏光のうちの特定の偏光を遮光し、偏光フィルタPFoを透過した光が検出器PDに入射する。
【0060】
図2を参照して説明した通り、光変調部1に入射した光は、当該光変調部1の磁化が平行か反平行かで、異なる角度+θk,−θkに旋光して出射する。光変調部1の磁化が平行(P)である画素4からの出射偏光は、入射偏光に対して角度+θk旋光しており、偏光フィルタPFoで遮光されるため、この画素4は暗く(黒く)、検出器PDに表示される。一方、光変調部1の磁化が反平行(AP)である画素4からの出射偏光は、入射偏光に対して角度−θk旋光しているので、偏光フィルタPFoを透過して検出器PDに到達するため、この画素4は明るく(白く)検出器PDに表示される。そして、光変調部1は、旋光角の大きさθkが大きいため、偏光フィルタPFoで遮光される+θk旋光した出射偏光に対して、−θk旋光した出射偏光は偏光の向きの差が大きく、その多くが偏光フィルタPFoを透過していっそう明るく検出器PDに表示される。すなわち空間光変調器100は、コントラストに優れた表示を可能とする。
【0061】
このように、本発明に係る空間光変調器100は、画素4毎に明/暗(白/黒)を切り分けられ、各画素4に供給する電流の向きを切り換えれば明/暗が切り換わる。なお、空間光変調器100の初期状態としては、例えば全体が白く表示されるように、すべての画素4の光変調部1の磁化を反平行にするべく、上部電極2のすべてを「−」、下部電極3のすべてを「+」にして、上向きの電流を供給すればよい。
【0062】
図4に示す表示装置では、画素アレイ40に垂直に光を入射する構成としたが、入射偏光を傾斜させて画素アレイ40に入射し(入射角>0°)、出射偏光と光路が重複しないようにして、ハーフミラーHMを配置しない構成としてもよい(図示せず)。ただし、前記した通り、入射方向が磁化方向に平行に近いほど磁気光学効果が高いので、入射角は30°程度以内とすることが好ましい。
【0063】
以上のように、本発明に係る空間光変調器によれば、光変調度の高いスピン注入型磁化反転素子を光変調素子として用いるため、コントラストに優れた空間光変調器となる。
【0064】
(変形例)
次に、図1(b)を参照して、本発明の実施形態の変形例について説明する。
図1(b)に示した変形例における光変調素子10Aは、図1(a)に示した実施形態における光変調素子10において、下部電極3に代えて下部電極3Aを備えて構成したものである。他の構成要素については、図1(a)に示した実施形態と同様なので、同じ符号を付して詳細な説明は省略する。
【0065】
本発明における光変調素子は、少なくとも下部電極の上層部をAgで構成するものである。これに対応して、図1(a)に示した実施形態では、下部電極3の全部をAgで構成したものである。一方、図1(b)に示した変形例では、下部電極3Aの光変調部1側、すなわち下部電極3Aの上層の部分である上層部3AbはAgを用いて構成し、下層部3Aaは電極材料として一般的に用いられるCu,Al,Au,Pt等の金属やその合金を用いるようにしたものである。なお、下層部3Aaの材料としては、低抵抗で安価なCuが好ましい。
【0066】
本変形例における下部電極3Aのように、少なくとも光変調部1側である上層の部分をAgで構成することによって、光変調部1において大きな磁気光学効果を得ることができる。すなわち、少なくとも下部電極3Aの上層部3Abを光の反射率の高いAgとすることにより、光変調部1を透過してくる入射光を上層部3Abで効率的に反射し、再度光変調部1で光変調を受けさせて出射光に加えることができるため、結果的に反射光の総体における光変調度を向上することができる。
【0067】
本変形例における光変調素子10Aの磁化反転の動作は、図1(a)に示した実施形態における光変調素子10の磁化反転の動作と同様であるので、説明は省略する。
【0068】
また、図3および図4に示した本発明に係る空間光変調器100は、光変調素子10に代えて、本変形例の光変調素子10Aを用いて構成することもできる。すなわち、図3および図4に示した空間光変調器100の下部電極3に代えて、図1(b)に示した下部電極3Aを用いて構成することができる。下部電極3Aは、図1(b)に示したように、光変調部1側である上層部3AbをAgとし、下層部3Aaに電極材料として一般的に用いられるCu,Al,Au,Pt等の金属やその合金を用いることができる。そして、スパッタリング法等の公知の方法により成膜、フォトリソグラフィ、およびエッチングまたはリフトオフ法等によりストライプ状に加工して形成される。
【0069】
変形例における光変調素子10Aを用いて構成した空間光変調器の動作は、前記した実施形態における空間光変調器100と同様であるので、説明は省略する。
【0070】
以上、本発明の光変調素子および空間光変調器を実施するための形態について説明してきたが、本発明はこれらの実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能である。
【実施例】
【0071】
図1(b)に示した構造の光変調素子において、下部電極3AのAgからなる上層部3Abの膜厚TAgを種々に変えた光変調素子を作製し、波長780nmの光に対する磁気カー回転角θkを測定した。
【0072】
このとき、下部電極3A以外の各層については、次のとおりである。磁化固定層11の下地層11aとして膜厚が1〜10nmのRu層を、主層11bとして膜厚が20nmのTb−Fe−Co合金層を、上層11cとして膜厚が1nmのCo−Fe合金層を、それぞれ形成した。また、非磁性中間層12として膜厚が6nmのAg層を、磁化自由層13として膜厚が9nmのGdFe層を、保護層14として膜厚が3nmのRu層を、それぞれ形成した。また、下部電極3Aの総膜厚は450nmであり、下層部3AaはCuを用いて形成した。また、上部電極2として膜厚が200nmのIZO層を形成した。
【0073】
表1および図5に、前記した条件で作製した光変調素子について測定した磁気カー回転角θkの測定結果を示す。ここで、TAg=0は、下部電極をCuのみで形成した従来の光変調素子に相当する。また、TAg=∞は、下部電極をAgのみで形成した図1(a)に示した光変調素子に相当する。
【0074】
【表1】

【0075】
図5に示したように、Ag層である下部電極の上層部の膜厚TAgを厚くするにつれて、磁気カー回転角θkが増大する。従って、下部電極の光変調部側である上層部をAgとすると、スピン注入型光変調素子の磁気光学効果である磁気カー回転角θkの増大に効果があることがわかる。これによって、光変調素子の光変調度を向上させることができる。また、Ag層の膜厚TAgを30nm以上とすることで、磁気カー回転角θkが飽和していることがわかる。このため、下部電極の上層部の膜厚TAgは、30nm以上とすることが特に好ましい。
【符号の説明】
【0076】
1 光変調部
2 上部電極
3、3A 下部電極
3Aa 下層部
3Ab 上層部
4 画素
6 絶縁部材
7 基板
10、10A 光変調素子
11 磁化固定層
11a 下地層
11b 主層
11c 上層
12 非磁性中間層
13 磁化自由層
14 保護層
40 画素アレイ
81 電源(電流供給手段)
84 画素選択部(画素選択手段)
100 空間光変調器


【特許請求の範囲】
【請求項1】
磁化固定層と、非磁性中間層と、磁化自由層とをこの順で積層したスピン注入型磁化反転素子構造と、前記スピン注入型磁化反転素子構造の上下に設けられた一対の電極とを備え、前記一対の電極を介して電流を供給されることにより前記磁化自由層の磁化方向を変化させて、入射した光をその偏光方向を変化させて出射する光変調素子であって、
前記一対の電極のうち、前記磁化固定層側に設けられた電極である下部電極は、少なくとも上層部がAgからなることを特徴とする光変調素子。
【請求項2】
前記磁化固定層および前記磁化自由層は、それぞれ垂直磁気異方性を有する磁性材料からなる磁性膜を含むことを特徴とする請求項1記載の光変調素子。
【請求項3】
前記磁化自由層に含まれる前記磁性膜がGd−Fe合金を含む磁性材料からなり、前記磁化固定層に含まれる前記磁性膜の一部がTb−Fe−Co合金を含む磁性材料からなることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の光変調素子。
【請求項4】
基板と、この基板上に2次元配列された複数の画素と、前記複数の画素から1つ以上の画素を選択する画素選択手段と、この画素選択手段が選択した画素に所定の電流を供給する電流供給手段と、を備えて、前記画素選択手段が選択した画素に入射した光の偏光方向を特定の方向に変化させて出射する空間光変調器であって、
前記画素として、請求項1ないし請求項3の何れか一項に記載の光変調素子を備える空間光変調器。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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