説明

光学活性ピペコリン酸またはその誘導体の製造方法。

【課題】ピペコリン酸から,医薬品の合成原料や中間体として有用な光学活性ピペコリン酸や光学活性ピペコリン酸誘導体を工業的に有利に製造する方法を提供する。
【解決手段】ピペコリン酸をN−置換ピペコリン酸に変換した後,アルコールを含む有機溶媒中で立体選択性を有する生体触媒を用いてエステル化する。次いで,アルカリで中和し光学活性N−置換ピペコリン酸エステルと光学活性ピペコリン酸塩となした後,有機溶媒/水系における分配特性を利用して両光学活性体を分離する。このようにして得られた光学活性N−置換ピペコリン酸エステルと光学活性N−ピペコリン酸塩の各々を加水分解や脱保護処理することによって,医薬品の合成原料や中間体として有用な光学活性N−置換ピペコリン酸エステル,光学活性N−置換ピペコリン酸,光学活性ピペコリン酸エステル,光学活性ピペコリン酸を経済的に製造し提供することが可能となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は,医薬品の合成原料や中間体として有用な光学活性ピペコリン酸またはその誘導体の効率的な製造方法,すなわち,式(1)に示すピペコリン酸から、化学的純度および光学的純度ともに優れた光学活性ピペコリン酸若しくはそのエステル,または光学活性N−置換ピペコリン酸若しくはそのエステルを高い収率で製造する方法に関する。光学活性ピペコリン酸またはその誘導体は光学分割剤やキラルビルディングブロック等としても役立つ。
【化1】

【化2】

(式中の置換基Rはホルミル基,アセチル基,ベンジルオキシカルボニル基,またはtert−ブトキシカルボニル基である)
【背景技術】
【0002】
光学活性ピペコリン酸類の製造法としては,微生物変換による方法(例えば,特許文献1,2参照),化学的合成法(例えば,特許文献3参照),ジアステレオマー法(例えば,特許文献4,5参照)等があるものの,微生物変換による方法や化学合成法は生成物の蓄積濃度や収率が低いため,生成物の単離に多大なコストを要する。また,ジアステレオマー法は光学分割剤が高価な上,その回収を含め煩雑な単位操作が必要という問題点を抱えている。
【特許文献1】特許第3266635号明細書
【特許文献2】国際公開第2001/048216号パンフレット
【特許文献3】特開2004−51606号公報
【特許文献4】特開2000−178253号公報
【特許文献5】特開平9−67344号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
本発明の目的は,従来技術における上記したような課題を解決し,工業的に有利な光学活性ピペコリン酸またはその誘導体の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明者らは懸かる課題を解決するため鋭意検討を重ね,その結果,式(1)に示すピペコリン酸を,その窒素部位に置換基を導入した式(2)に示すN−置換ピペコリン酸に変換した後、該化合物を基質に用い,アルコールを含む有機溶媒中,立体選択性を有する生体触媒を用いて反応させることにより,ピペコリン酸をそのまま基質として用いた場合よりも極めて高い収率で立体選択的にエステル化できること,また,得られた光学活性N−置換ピペコリン酸エステルと,もう一方のエナンチオマーの関係にあった光学活性N−置換ピペコリン酸の塩との有機溶媒/水系における分配特性が,光学活性ピペコリン酸エステルと光学活性ピペコリン酸塩の場合に比較して著しく分かれやすくなるため,両光学活性体を容易に分離できるようになること,および前記のようにして得られた光学活性N−置換ピペコリン酸エステルと光学活性N−置換ピペコリン酸(塩)を,加水分解や脱保護処理することによって,光学純度を低下させることなく高収率で光学活性N−置換ピペコリン酸エステル若しくは光学活性N−置換ピペコリン酸,または光学活性ピペコリン酸エステル若しくは光学活性ピペコリン酸になすことができることを見出し,本発明を完成するに至った。
【0005】
即ち,本発明は,下記の(1)から(9)に示す,ピペコリン酸からの光学活性ピペコリン酸またはその誘導体の製造方法に関する。
(1)式(1)に示すピペコリン酸から光学活性ピペコリン酸またはその誘導体を製造する方法において,該製造方法が,(A):式(1)に示すピペコリン酸を式(2)に示すN−置換ピペコリン酸に変換した後,該化合物を,アルコールを含む有機溶媒中で,立体選択性を有する生体触媒を用いてエステル化することによって,光学活性N−置換ピペコリン酸エステルと,エステル化されなかったもう一方のエナンチオマーの関係にあった光学活性N−置換ピペコリン酸を含む有機溶媒溶液となす工程,および(B):工程(A)で得られた有機溶媒溶液に塩基性物質と水を添加し混合した後,光学活性N−置換ピペコリン酸エステルを含む有機溶媒層と,光学活性N−置換ピペコリン酸塩を含む水層を分取する工程の2工程を必須とし,(C):工程(B)で分取した有機溶媒層より得られる光学活性N−置換ピペコリン酸エステルを加水分解して光学活性N−置換ピペコリン酸にする工程,(D):工程(C)を行った後に,得られた光学活性N−置換ピペコリン酸を脱保護して光学活性ピペコリン酸にする工程、(E):工程(B)で分取した水層より得られる光学活性N−置換ピペコリン酸を脱保護して光学活性ピペコリン酸にする工程のうちの何れか一つ以上を含むことがあることを特徴とする,式(1)に示すピペコリン酸からの光学活性ピペコリン酸またはその誘導体の製造方法。
【化3】

【化4】

(式中の置換基Rはホルミル基,アセチル基,ベンジルオキシカルボニル基,またはtert−ブトキシカルボニル基である)
(2)光学活性ピペコリン酸の誘導体が,光学活性N−置換ピペコリン酸エステル,光学活性N−置換ピペコリン酸,光学活性ピペコリン酸エステルのうちの何れか一つ以上である、請求項1に記載の光学活性ピペコリン酸またはその誘導体の製造方法。
(3)立体選択性を有する生体触媒がエステル加水分解酵素である,(1)に記載の光学活性ピペコリン酸またはその誘導体の製造方法。
(4)エステル加水分解酵素がリパーゼである,(3)に記載の光学活性ピペコリン酸またはその誘導体の製造方法。
(5)リパーゼがキャンディダ属に属する酵母由来のものである,(4)に記載の光学活性ピペコリン酸またはその誘導体の製造方法。
(6)リパーゼがL体立体選択性を有するものである,(4)に記載の光学活性ピペコリン酸またはその誘導体の製造方法。
(7)アルコールが1級または2級のアルコールである,(1)に記載の光学活性ピペコリン酸またはその誘導体の製造方法。
(8)1級または2級のアルコールが,メタノール,エタノール,1−プロパノール,2−プロパノール,1−ブタノール,2−ブタノール,2−メチルプロパノール,1−ペンタノール,2−ペンタノール,3−ペンタノールのうちの何れか一つ以上である,(7)に記載の光学活性ピペコリン酸またはその誘導体の製造方法。
(9)有機溶媒がジイソプロピルエーテルまたはtert−ブチルメチルエーテルである,(1)に記載の光学活性ピペコリン酸またはその誘導体の製造方法。
【発明の効果】
【0006】
本発明によれば,医薬品の合成原料や中間体として有用な,化学的純度および光学的純度ともに優れた光学活性ピペコリン酸または光学活性ピペコリン酸誘導体、すなわち光学活性N−置換ピペコリン酸エステル,光学活性N−置換ピペコリン酸,光学活性ピペコリン酸エステルを効率的に製造することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
以下,本発明を詳細に説明する。
本発明においては原料として式(1)で示されるピペコリン酸を使用し,このピペコリン酸の窒素部位に置換基Rを導入して式(2)で示すN−置換ピペコリン酸に変換する。このように,原料の反応基質をピペコリン酸からN−置換ピペコリン酸にすることによって,生体触媒を用いたエステル化反応が立体選択的に極めて高い収率で進行し,しかも光学活性N−置換ピペコリン酸から生成した光学活性N−置換ピペコリン酸エステルと,エナンチオマーの関係にあった残された光学活性N−置換ピペコリン酸との分離回収が極めて容易になる。
このピペコリン酸の窒素部位に導入する置換基Rとしては,ホルミル基,アセチル基,ベンジルオキシカルボニル基,またはtert−ブトキシカルボニル基が好ましく,特に生体触媒反応に対する基質特異性および有機溶媒/水層間での二層分離性の点から,tert−ブトキシカルボニル基が最も好ましい。置換基Rの窒素部位への導入方法としては,塩基性条件下,無水酢酸,塩化ベンジルオキシカルボニル,ジ−tert−ブチルジカーボネート等を用いる方法が一般的に良く知られている。なお、医薬品合成においては、一般的に反応性に富んだ窒素部位を保護した上で使用することが多いので、光学活性N−置換ピペコリン酸エステルや光学活性N−置換ピペコリン酸の供給手段となる点でも目的に適うものである。
【0008】
本発明に使用される生体触媒はアルコール存在下、有機溶媒中でN−置換ピペコリン酸を立体選択的にエステル化する能力を有するものであれば特に由来は限定されない。このような能力を有する生体触媒としては微生物の産生するエステル加水分解酵素があり,例えば、キャンディダ属に属する酵母,アスペルギルス属に属する糸状菌,アルカリゲネス属,シュードモナス属等に属する細菌由来のものが挙げられ,中でもキャンディダ属に属する酵母由来のリパーゼ好ましく,特にキャンディダ アンタルクティカ(Candida antarctica)が産生するリパーゼが好適である。なお,生体触媒の形態に制限はなく,前記加水分解酵素を担体に固定化したものも好適に用いることができる。
【0009】
本発明で用いられるアルコールとしては1級または2級のアルコールが挙げられ,具体的にはメタノール,エタノール,1−プロパノール,2−プロパノール,1−ブタノール,2−ブタノール,2−メチルプロパノール,1−ペンタノール,2−ペンタノール,3−ペンタノールが用いられる。中でも好ましいのはメタノール,エタノールであり,より好ましくはメタノールである。
【0010】
本発明で用いられる有機溶媒としては,生体触媒を用いた本反応を阻害せず,基質であるN−置換ピペコリン酸および生成物である光学活性N−置換ピペコリン酸エステルをよく溶解し,水と層分離し,かつ適度な沸点を有する溶媒が選ばれる。このような条件を満たす有機溶媒としては,n−ヘキサン,n−ヘプタンなどの脂肪族炭化水素類,ベンゼン,トルエンなどの芳香族炭化水素類,ジエチルエーテル,ジイソプロピルエーテル,tert−ブチルメチルエーテルなどのエーテル類等が挙げられる。これら有機溶媒は単独または二種類以上を混合して用いることができる。なお,転化率よくエステル化反応を行う上で有機溶媒中に含まれる水分は少ないことが望ましく,好ましくは1.0重量%以下,より好ましくは0.5重量%以下であることが望ましい。
【0011】
本発明の生体触媒を用いた立体選択的なエステル化反応の基質であるN−置換ピペコリン酸の有機溶媒に対する濃度は1〜30重量%が好ましく,5〜15重量%がより好ましい。また,エステル化剤であるアルコールの濃度は有機溶媒に対して1〜30重量%が好ましく,1〜10重量%がより好ましい。一方,N−置換ピペコリン酸とアルコールのモル比は1:1〜1:10が好ましく,1:1〜1:5がより好ましい。
【0012】
使用される生体触媒の量は,経済性や反応後の生成物の精製等を考慮すると少ない方が好ましいが,極端に少ないと反応速度の点で不利である。これらのことを考慮すると使用される生体触媒の量は基質であるN−置換ピペコリン酸に対して1〜30重量%が好ましく,5〜15重量%がより好ましい。
【0013】
生体触媒には反応に適した温度範囲があるため,使用する生体触媒および反応液組成に応じ好適な反応温度を選ぶ必要がある。本発明における好ましい反応温度範囲は30〜90℃であり,反応温度が30℃を下回ると十分な反応速度が得られず,90℃を上回ると熱変性により生体触媒活性が低下し反応速度が落ちるので不利となる。なお、一般的に生体触媒を担体に固定化することによって耐熱性を付与することができるので,反応速度を高めるうえで有用である。
【0014】
本発明を実施するうえで反応圧力に特別な制限はなく,減圧,常圧,加圧の何れでもよい。
【0015】
上記方法によってN−置換ピペコリン酸のD体またはL体の何れか一方を立体選択的にエステル化し光学活性N−置換ピペコリン酸エステルに変換することができる。
【0016】
本発明によって得られる光学活性N−置換ピペコリン酸エステルと光学活性N−置換ピペコリン酸は何れも有機溶媒に溶解するが、そのうちの光学活性N−置換ピペコリン酸については、立体選択的なエステル化反応後の有機溶媒溶液に塩基性物質と水(例えば、炭酸ナトリウム水溶液)を添加し混合すると塩を形成し有機溶媒に対する溶解度が低下し,水に対する溶解度が高くなる。この性質を利用して光学活性N−置換ピペコリン酸エステルと光学活性N−置換ピペコリン酸の分離を行うことができる。即ち,立体選択的なエステル化反応後の有機溶媒溶液に炭酸ナトリウム水溶液などを添加すれば,立体選択的なエステル化を受けなかった光学活性N−置換ピペコリン酸のみをナトリウム塩の形で水層へ移すことができ,有機溶媒層に存在する立体選択的にエステル化された光学活性N−置換ピペコリン酸エステルと分離することができる。
【0017】
有機溶媒層の光学活性N−置換ピペコリン酸エステルは有機溶媒を留去することによって単離することが可能であり,必要に応じて再結晶などの手法を用いて精製することも可能である。また,水層に存在する光学活性N−置換ピペコリン酸の塩は,塩酸などの酸水溶液で処理(中和)することで光学活性N−置換ピペコリン酸として得ることができ,また必要に応じて精製することも可能である。
【0018】
更に本発明によれば,立体選択的なエステル化反応によって得られた光学活性N−置換ピペコリン酸エステルを加水分解することにより,ラセミ化を起こすことなく光学活性N−置換ピペコリン酸や光学活性ピペコリン酸に変換することが可能である。
【0019】
また、公知の方法に基づいて,前述の光学活性N−置換ピペコリン酸から、窒素部位を保護していた保護基を脱離することにより,ラセミ化を起こすことなく光学活性ピペコリン酸を得ることが可能である。
【実施例】
【0020】
以下,実施例および比較例をもって本発明をより具体的に説明するが,本発明はこれらの例に限定されるものではない。尚,光学純度の分析は,光学分割カラム(CHIRALCEL OD−H/ダイセル化学工業製)を用いてHPLCで行った。
【0021】
実施例1
1.N−tert−ブトキシカルボニルピペコリン酸の製造
ラセミ体のピペコリン酸3.9g(30mmol),ニ炭酸−ジ−tert−ブチル6.6g(30mmol)を,tert−ブチルアルコール7.5g,水15gの混合溶媒に加え,25℃の条件下で24%−NaOH水溶液9.7gを滴下した。滴下終了後27℃で3時間反応させ,反応後にtert−ブチルアルコールを減圧下で留去した。18℃の条件下で塩酸を滴下し中和した後,5℃で冷却を行い、結晶を析出させた。得られた結晶を濾別し,水洗後,減圧乾燥を行いラセミ体のN−tert−ブトキシカルボニルピペコリン酸5.6g(24mmol)を得た(ラセミ体のピペコリン酸に対する収率=81%)。
2.L−N−tert−ブトキシカルボニルピペコリン酸メチルエステルの製造
上記のようにして製造したラセミ体のN−tert−ブトキシカルボニルピペコリン酸0.3g(1.3mmol),メタノール0.1g,固定化酵素Chirazyme L2,c−f,C2(ロシュ・ダイアグノスティック社製)0.1gを,ジイソプロピルエーテル3.0gに加え,80℃で7時間振盪し,立体選択的なエステル化反応を行った。その結果,L−N−tert−ブトキシカルボニルピペコリン酸メチルエステル0.13gを得た(ラセミ体に含まれるL− N−tert−ブトキシカルボニルピペコリン酸に対する収率82%,光学純度98%ee)。
【0022】
実施例2
L−N−tert−ブトキシカルボニルピペコリン酸エチルエステルの製造
実施例1と同様にして製造したラセミ体のN−tert−ブトキシカルボニルピペコリン酸1.0g(4.4mmol),エタノール0.45g,固定化酵素Chirazyme L2,c−f,C2(ロシュ・ダイアグノスティック社製)0.1gを,ジイソプロピルエーテル9.0gに加え,80℃で8時間振盪し,立体選択的なエステル化反応を行った。その結果,L−N−tert−ブトキシカルボニルピペコリン酸エチルエステル0.5gを得た(ラセミ体に含まれるL−N−tert−ブトキシカルボニルピペコリン酸に対する収率84%,光学純度98%ee)。
【0023】
実施例3
1.N−ベンジルオキシカルボニルピペコリン酸の製造
ラセミ体のピペコリン酸3.9g(30mmol),24%−NaOH水溶液5.3g(32mmol)を水15gに加え,撹拌下,10℃で塩化ベンジルオキシカルボニル5.6g(33mmol)を滴下した。滴下終了後,反応液のpHをアルカリ性にするため,24%−NaOH水溶液を更に6.0g(36mmol)加え,25℃で3時間反応を行った。エーテル30mlで2回洗浄を行った後,水層に塩酸を少しずつ加えpHを2にした。酢酸エチル30mlで3回抽出を行い,これを水洗した後,減圧下で酢酸エチルの一部(約半量)を留去した。貧溶媒としてヘキサン15mlを加え,析出してきた結晶を濾別,減圧乾燥を行い,ラセミ体のN−ベンジルオキシカルボニルピペコリン酸5.4g(21mmol)を得た(ラセミ体のピペコリン酸に対する収率=68%)。
2.L−N−ベンジルオキシカルボニルピペコリン酸メチルエステルの製造
上記のようにして製造したラセミ体のN−ベンジルオキシカルボニルピペコリン酸0.5g(1.9mmol),メタノール0.2g,固定化酵素Chirazyme L2,c−f,C2(ロシュ・ダイアグノスティック社製)0.12gをジイソプロピルエーテル5.0gに加え,80℃で10時間振盪し,立体選択的なエステル化反応を行った。その結果,L−N−ベンジルオキシカルボニルピペコリン酸メチルエステル0.2gを得た(ラセミ体に含まれるL−N−ベンジルオキシカルボニルピペコリン酸に対する収率80%,光学純度98%ee)。
【0024】
実施例4
L−N−tert−ブトキシカルボニルピペコリン酸メチルエステルの製造
実施例1と同様にして製造したラセミ体のN−tert−ブトキシカルボニルピペコリン酸0.3g(1.3mmol),メタノール0.1g,固定化酵素Chirazyme L2,c−f,C2(ロシュ・ダイアグノスティック社製)0.1gを,tert−ブチルメチルエーテル3.2gに加え,80℃で7.5時間振盪し,立体選択的なエステル化反応を行った。その結果,L−N−tert−ブトキシカルボニルピペコリン酸メチルエステル0.13gを得た(ラセミ体に含まれるL− N−tert−ブトキシカルボニルピペコリン酸に対する収率80%,光学純度98%ee)。
【0025】
比較例1
L−ピペコリン酸メチルエステルの製造
ラセミ体のピペコリン酸1.6g(12mmol),メタノール0.9g,固定化酵素Chirazyme L2,c−f,C2(ロシュ・ダイアグノスティック社製)0.2gを,ジイソプロピルエーテル28.8gに加え,80℃で24時間振盪し,立体選択的なエステル化反応を行った。その結果,得られたL−ピペコリン酸メチルエステルは0.1gであった(ラセミ体に含まれるL−ピペコリン酸に対する収率16%,光学純度24%ee)。
【0026】
実施例5
ラセミ体のN−tert−ブトキシカルボニルピペコリン酸からのL−ピペコリン酸およびD−ピペコリン酸の製造
1.L−N−tert−ブトキシカルボニルピペコリン酸メチルエステルの製造
実施例1と同様にして製造したラセミ体のN−tert−ブトキシカルボニルピペコリン酸3.3g(14.4mmol),メタノール1.0g,固定化酵素Chirazyme L2,c−f,C2(ロシュ・ダイアグノスティック社製)0.3gを,ジイソプロピルエーテル28.8gに加え,反応器内をアルゴンで置換した後80℃で24時間振盪し,立体選択的なエステル化反応を行った。その結果,L−N−tert−ブトキシカルボニルピペコリン酸メチルエステル1.6g(6.6mmol,ラセミ体に含まれるL− N−tert−ブトキシカルボニルピペコリン酸に対する収率92%,光学純度97%ee)およびD−N−tert−ブトキシカルボニルピペコリン酸1.8g(7.8mmol,ラセミ体に含まれるD− N−tert−ブトキシカルボニルピペコリン酸に対する収率108%,光学純度83%ee)を含む反応液を得た。
2.L−N−tert−ブトキシカルボニルピペコリン酸の製造
上記反応液中の固定化酵素を濾過し,反応液に炭酸ナトリウム水溶液を加え有機層と水層を分取した。得られた有機層を水洗した後,有機溶媒を留去し,L−N−tert−ブトキシカルボニルピペコリン酸メチルエステル1.6g(6.6mmol)を得た(ラセミ体に含まれるL− N−tert−ブトキシカルボニルピペコリン酸に対する収率92%,光学純度97%ee)。次いで、得られたL−N−tert−ブトキシカルボニルピペコリン酸メチルエステルに水酸化ナトリウム水溶液を加え50℃で3時間反応を行った。氷水冷後,硫酸水素カリウム水溶液で中和しL−N−tert−ブトキシカルボニルピペコリン酸1.5gを得た(工程収率98%,光学純度97%ee)
3.L−ピペコリン酸の製造
上記2の工程で得られたL−N−tert−ブトキシカルボニルピペコリン酸にトリフルオロ酢酸10mlを加え,室温で1時間攪拌することにより脱保護を行った。その結果,トリフルオロ酢酸を減圧留去しL−ピペコリン酸0.8g(6.0mmol)を得た(工程収率92%,光学純度97%ee)。生体触媒を使用した立体選択的なエステル化反応からの通算収率は83%であった(ラセミ体に含まれるL− N−tert−ブトキシカルボニルピペコリン酸基準)。
4.D−N−tert−ブトキシカルボニルピペコリン酸の製造
上記2において炭酸ナトリウム水溶液を加え混合した後、分取した水層に塩酸を加え,D−N−tert−ブトキシカルボニルピペコリン酸を遊離させた。酢酸エチルを加えこれを抽出した後、酢酸エチルを留去しD−N−tert−ブトキシカルボニルピペコリン酸の粗結晶1.8g(7.8mmol)を得た(ラセミ体に含まれるD− N−tert−ブトキシカルボニルピペコリン酸に対する収率108%,光学純度83%ee)。
5.D−ピペコリン酸の製造
上記4の工程で得られたD−N−tert−ブトキシカルボニルピペコリン酸の粗結晶にトリフルオロ酢酸11mlを加え,室温で1時間攪拌することにより脱保護を行った。トリフルオロ酢酸を減圧留去しD−ピペコリン酸0.9g(7.2mmol)を得た(工程収率92%,光学純度83%ee)。生体触媒を使用した立体選択的なエステル化反応からの通算収率は99%であった(ラセミ体に含まれるD− N−tert−ブトキシカルボニルピペコリン酸基準)。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
式(1)に示すピペコリン酸から光学活性ピペコリン酸またはその誘導体を製造する方法において,該製造方法が,(A):式(1)に示すピペコリン酸を式(2)に示すN−置換ピペコリン酸に変換した後,該化合物を,アルコールを含む有機溶媒中で,立体選択性を有する生体触媒を用いてエステル化することによって,光学活性N−置換ピペコリン酸エステルと,エステル化されなかったもう一方のエナンチオマーの関係にあった光学活性N−置換ピペコリン酸を含む有機溶媒溶液となす工程,および(B):工程(A)で得られた有機溶媒溶液に塩基性物質と水を添加し混合した後,光学活性N−置換ピペコリン酸エステルを含む有機溶媒層と,光学活性N−置換ピペコリン酸塩を含む水層を分取する工程の2工程を必須とし,(C):工程(B)で分取した有機溶媒層より得られる光学活性N−置換ピペコリン酸エステルを加水分解して光学活性N−置換ピペコリン酸にする工程,(D):工程(C)を行った後に,得られた光学活性N−置換ピペコリン酸を脱保護して光学活性ピペコリン酸にする工程、(E):工程(B)で分取した水層より得られる光学活性N−置換ピペコリン酸を脱保護して光学活性ピペコリン酸にする工程のうちの何れか一つ以上を含むことがあることを特徴とする,式(1)に示すピペコリン酸からの光学活性ピペコリン酸またはその誘導体の製造方法。
【化1】

【化2】

(式中の置換基Rはホルミル基,アセチル基,ベンジルオキシカルボニル基,またはtert−ブトキシカルボニル基である)
【請求項2】
光学活性ピペコリン酸の誘導体が,光学活性N−置換ピペコリン酸エステル,光学活性N−置換ピペコリン酸,光学活性ピペコリン酸エステルのうちの何れか一つ以上である、請求項1に記載の光学活性ピペコリン酸またはその誘導体の製造方法。
【請求項3】
立体選択性を有する生体触媒がエステル加水分解酵素である,請求項1に記載の光学活性ピペコリン酸またはその誘導体の製造方法。
【請求項4】
エステル加水分解酵素がリパーゼである,請求項3に記載の光学活性ピペコリン酸またはその誘導体の製造方法。
【請求項5】
リパーゼがキャンディダ属に属する酵母由来のものである,請求項4に記載の光学活性ピペコリン酸またはその誘導体の製造方法。
【請求項6】
リパーゼがL体立体選択性を有するものである,請求項4に記載の光学活性ピペコリン酸またはその誘導体の製造方法。
【請求項7】
アルコールが1級または2級のアルコールである,請求項1に記載の光学活性ピペコリン酸またはその誘導体の製造方法。
【請求項8】
1級または2級のアルコールが,メタノール,エタノール,1−プロパノール,2−プロパノール,1−ブタノール,2−ブタノール,2−メチルプロパノール,1−ペンタノール,2−ペンタノール,3−ペンタノールのうちの何れか一つ以上である,請求項7に記載の光学活性ピペコリン酸またはその誘導体の製造方法。
【請求項9】
有機溶媒がジイソプロピルエーテルまたはtert−ブチルメチルエーテルである,請求項1に記載の光学活性ピペコリン酸またはその誘導体の製造方法。

【公開番号】特開2008−222637(P2008−222637A)
【公開日】平成20年9月25日(2008.9.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−63543(P2007−63543)
【出願日】平成19年3月13日(2007.3.13)
【出願人】(000004466)三菱瓦斯化学株式会社 (1,281)
【Fターム(参考)】