説明

光学素子とその製造方法

【課題】膜われ,膜剥がれが無く、波面収差が小さく、しかも環境による特性変化や光損失の小さい多層膜を有する光学素子とその製造方法を提供する。
【解決手段】多層膜MCは、屈折率が1.6以上の材料から成る第1高屈折率層H1と、成膜方法が真空蒸着(イオンアシストなし)であり、酸化チタンと酸化ランタンとの混合物、酸化チタンと酸化ジルコニウムとの混合物、酸化チタンと酸化ディスプロシウムとの混合物、又は酸化アルミニウムと酸化ランタンとの混合物から成る第2高屈折率層H2と、成膜方法が真空蒸着(イオンアシストあり)であり、SiO2から成る第1低屈折率層L1と、成膜方法が真空蒸着(イオンアシストなし)であり、MgF2から成る第2低屈折率層L2と、をL1とH1の積層構造、L2とH2の積層構造としてそれぞれ複数有し、
L1,L2の合計膜厚についての特定の条件を満足する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は光学素子とその製造方法に関するものである。更に詳しくは、応力緩和特性を有する多層膜(例えば、偏光分離膜や反射膜として用いられる誘電体多層膜)を備えた光学素子(例えば、偏光ビームスプリッタ,反射ミラー)と、その製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
例えば、CD(compact disc),DVD(digital versatile disc),BD(Blu-ray Disc等:青色レーザビームを用いる高密度光ディスク)等の光ディスクの記録・再生を行う光ピックアップ装置には、ビームスプリッタやリフレクターが搭載されている。ビームスプリッタは、半導体レーザから出射されて光ディスクへ向かう光と、光ディスクで反射されて受光部に向かう光と、を分離する機能を持っており、リフレクターは、光の向きを変える機能を持っている。これらの光学素子では、数十層に積層された多層膜で反射面を構成することにより、特定の分光特性を達成している。
【0003】
上記のような多層膜は、環境による特性変化や光損失を極力抑えなければならないため、イオンアシスト成膜,スパッタ成膜等の方法で膜の緻密性を上げている場合が多い。しかし、緻密な膜を数十層重ねると、多層膜は大きな膜応力を持ってしまう。この膜応力を緩和するために、SiO2膜とランタンチタネート膜とを交互に積層して成る第1積層群と、MgF2膜とランタンチタネート膜とを交互に積層して成る第2積層群と、で構成した偏光分離膜が、特許文献1,2で提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2007−279692号公報
【特許文献2】特開2007−279693号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、特許文献1,2に記載の偏光分離膜では、MgF2膜が第2積層群に集中しているため、大きな引張応力を持つ結果、膜われ,剥がれが発生する可能性がある。また、光ピックアップ装置では光ディスクからの情報の読み取り等を適正に行う必要があるため、ビームスプリッタやリフレクターで発生する波面収差を極力小さくしなければならないが、特許文献1,2に記載の偏光分離膜では、第1積層群と第2積層群とで応力が偏ってしまうため、バランスの悪い応力によって収差性能が悪化する可能性がある。光ピックアップ装置に使用されるプリズム,ミラー等では、波面収差が20mλrms以下(□2.5mmキューブプリズムの場合の測定径φ2mm)であることが望ましい。また、環境による性能変化が小さいことが望ましく(特性変化:±2%以下、収差変化:±3mλrms以下)、光損失量は400〜800nmにおいて3%以下であることが望ましい。
【0006】
本発明はこのような状況に鑑みてなされたものであって、その目的は、膜われ,膜剥がれが無く、波面収差が小さく、しかも環境による特性変化や光損失の小さい多層膜を有する光学素子とその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するために、第1の発明の光学素子は、基板上に多層膜を有する光学素子であって、前記多層膜は、屈折率が1.6以上の材料から成る第1高屈折率層と、成膜方法が真空蒸着(イオンアシストなし)であり、酸化チタンと酸化ランタンとの混合物、酸化チタンと酸化ジルコニウムとの混合物、酸化チタンと酸化ディスプロシウムとの混合物、又は酸化アルミニウムと酸化ランタンとの混合物から成る第2高屈折率層と、成膜方法が真空蒸着(イオンアシストあり)であり、SiO2から成る第1低屈折率層と、成膜方法が真空蒸着(イオンアシストなし)であり、MgF2から成る第2低屈折率層とを、前記第1低屈折率層及び前記第1高屈折率層の積層構造、並びに前記第2低屈折率層及び前記第2高屈折率層の積層構造としてそれぞれ複数有し、以下の条件式(1)〜(3)を満足することを特徴とする。
0.2≦d(L2)/d(L1)≦2.0 …(1)
dA(L2)/dA(L1)≦2.0 …(2)
dB(L2)/dB(L1)≦2.0 …(3)
ただし、
d(L1):多層膜全体における第1低屈折率層の合計膜厚、
d(L2):多層膜全体における第2低屈折率層の合計膜厚、
dA(L1):多層膜の積層前半部分における第1低屈折率層の合計膜厚、
dA(L2):多層膜の積層前半部分における第2低屈折率層の合計膜厚、
dB(L1):多層膜の積層後半部分における第1低屈折率層の合計膜厚、
dB(L2):多層膜の積層後半部分における第2低屈折率層の合計膜厚、
であり、多層膜全体の層数が偶数である場合、積層前半部分と積層後半部分とは同一層数に設定され、多層膜全体の層数が奇数である場合、積層前半部分は積層後半部分よりも1層多い層数に設定される。
【0008】
第2の発明の光学素子の製造方法は、基板上に多層膜を有する光学素子の製造方法であって、前記多層膜の形成において、屈折率が1.6以上の材料から成る第1高屈折率層と、成膜方法が真空蒸着(イオンアシストなし)であり、酸化チタンと酸化ランタンとの混合物、酸化チタンと酸化ジルコニウムとの混合物、酸化チタンと酸化ディスプロシウムとの混合物、又は酸化アルミニウムと酸化ランタンとの混合物から成る第2高屈折率層と、成膜方法が真空蒸着(イオンアシストあり)であり、SiO2から成る第1低屈折率層と、成膜方法が真空蒸着(イオンアシストなし)であり、MgF2から成る第2低屈折率層とを、以下の条件式(1)〜(3)を満足するように、前記第1低屈折率層及び前記第1高屈折率層の組み合わせで複数積層し、かつ、前記第2低屈折率層及び前記第2高屈折率層の組み合わせで複数積層することを特徴とする。
0.2≦d(L2)/d(L1)≦2.0 …(1)
dA(L2)/dA(L1)≦2.0 …(2)
dB(L2)/dB(L1)≦2.0 …(3)
ただし、
d(L1):多層膜全体における第1低屈折率層の合計膜厚、
d(L2):多層膜全体における第2低屈折率層の合計膜厚、
dA(L1):多層膜の積層前半部分における第1低屈折率層の合計膜厚、
dA(L2):多層膜の積層前半部分における第2低屈折率層の合計膜厚、
dB(L1):多層膜の積層後半部分における第1低屈折率層の合計膜厚、
dB(L2):多層膜の積層後半部分における第2低屈折率層の合計膜厚、
であり、多層膜全体の層数が偶数である場合、積層前半部分と積層後半部分とは同一層数に設定され、多層膜全体の層数が奇数である場合、積層前半部分は積層後半部分よりも1層多い層数に設定される。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、特定の条件を満たした構成になっているため、圧縮応力と引張応力とが相殺されて、総合的に応力の小さい多層膜となり、しかも、積層前半部分と積層後半部分のそれぞれで部分的に大きな引張応力を持つことがないため、膜われや剥がれの発生が防止される。したがって、膜われ,膜剥がれが無く、波面収差が小さく、しかも環境による特性変化や光損失の小さい多層膜を有する光学素子を実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】本発明に係る光学素子の積層構造の一例を模式的に示す断面図。
【図2】本発明に係る光学素子を備えた光ピックアップ装置の光学構成を示す平面図。
【図3】本発明に係る光学素子を備えた光ピックアップ装置の光学構成を示す正面図。
【図4】図2及び図3に示す光ピックアップ装置に搭載されるビームスプリッタの一例を示す斜視図。
【図5】図2及び図3に示す光ピックアップ装置に搭載されるリフレクターの一例を示す正面図。
【図6】実施例1のS偏光反射分光特性を示すグラフ。
【図7】実施例1のP偏光透過分光特性を示すグラフ。
【図8】実施例2のS偏光反射分光特性を示すグラフ。
【図9】実施例2のP偏光透過分光特性を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明に係る光学素子とその製造方法等を説明する。本発明に係る光学素子は、例えば図1に示すように、基板SU上に多層膜MCを有する光学素子DSであって、光ピックアップ装置等の光学製品に使用されるビームスプリッタやリフレクターに相当するものである。多層膜MCは、例えば、光学部品のコーティングに用いられる偏光分離膜や反射膜であって、第1高屈折率層H1,第2高屈折率層H2,第1低屈折率層L1,及び第2低屈折率層L2を、第1低屈折率層L1及び第1高屈折率層H1の積層構造、並びに第2低屈折率層L2及び第2高屈折率層H2の積層構造としてそれぞれ複数有する構成になっている。したがって、第1高屈折率層H1は第1低屈折率層L1よりも屈折率が大きくなっており、第2高屈折率層H2は第2低屈折率層L2よりも屈折率が大きくなっている。なお、図1に示す多層膜MCは、本発明に係る光学素子に用いられる多層膜の一例を模式的に示しているにすぎず、積層構造の配列,層数等はこれに限らない。
【0012】
第1高屈折率層H1は、屈折率が1.6以上の材料から成っている。第2高屈折率層H2は、成膜方法が真空蒸着(イオンアシストなし)であり、酸化チタンと酸化ランタンとの混合物:(Ti+La)Ox、酸化チタンと酸化ジルコニウムとの混合物:(Ti+Zr)Ox、酸化チタンと酸化ディスプロシウムとの混合物:(Ti+Dy)Ox、又は酸化アルミニウムと酸化ランタンとの混合物:(Al+La)Oxから成っている。第1低屈折率層L1は、成膜方法が真空蒸着(イオンアシストあり)であり、SiO2から成っている。第2低屈折率層L2は、成膜方法が真空蒸着(イオンアシストなし)であり、MgF2から成っている。
【0013】
さらに、第1低屈折率層L1と第2低屈折率層L2との膜厚比率に関して、以下の条件式(1)〜(3)を満足する構成になっている。
0.2≦d(L2)/d(L1)≦2.0 …(1)
dA(L2)/dA(L1)≦2.0 …(2)
dB(L2)/dB(L1)≦2.0 …(3)
ただし、
d(L1):多層膜MC全体における第1低屈折率層L1の合計膜厚、
d(L2):多層膜MC全体における第2低屈折率層L2の合計膜厚、
dA(L1):多層膜MCの積層前半部分MAにおける第1低屈折率層L1の合計膜厚、
dA(L2):多層膜MCの積層前半部分MAにおける第2低屈折率層L2の合計膜厚、
dB(L1):多層膜MCの積層後半部分MBにおける第1低屈折率層L1の合計膜厚、
dB(L2):多層膜MCの積層後半部分MBにおける第2低屈折率層L2の合計膜厚、
であり、多層膜MC全体の層数が偶数である場合、積層前半部分MAと積層後半部分MBとは同一層数に設定され、多層膜MC全体の層数が奇数である場合、積層前半部分MAは積層後半部分MBよりも1層多い層数に設定される。
【0014】
条件式(1)の条件範囲を外れると、多層膜MCは総合的に大きな引張応力又は圧縮応力を持つことになり、20mλrmsを満たすことができなくなる。条件式(2)又は条件式(3)の条件範囲を外れると、多層膜MCは部分的に大きな引張応力を持つことになり、その引張応力が膜われや剥がれを引き起こしてしまう。
【0015】
それに対し、条件式(1)を満足する構成では、第1低屈折率層L1の圧縮応力と第2低屈折率層L2の引張応力とで応力相殺することができるため、多層膜MCは総合的に応力の小さい積層膜となる。さらに、条件式(2)及び(3)を満足する構成では、積層前半部分MAと積層後半部分MBのそれぞれで部分的に大きな引張応力を持つことがないため、膜われや剥がれの発生を防止することができる。したがって、膜われ,膜間での剥がれ等が無く、波面収差を極力小さくした多層膜MCを達成することができる。
【0016】
第2高屈折率層H2の材料:(Ti+La)Ox,(Ti+Zr)Ox,(Ti+Dy)Ox,(Al+La)Ox,及び第2低屈折率層L2の材料:MgF2は、真空蒸着(アシストをしない)で成膜したものでも、光損失,環境による特性変化が小さい材料である。また、第2低屈折率層L2の材料:MgF2は、イオンアシストすると劣化して、光損失が発生する材料であり、真空蒸着(アシストをしない)で成膜しても、その次に積層する材料をイオンアシストするとその影響を受けて光損失が発生してしまう。第1低屈折率層L1の材料:SiO2の場合、真空蒸着(アシストをしない)で成膜すると環境による特性変化(例えば、水分による屈折率変化)が大きくなってしまうが、イオンアシストをすると特性変化を抑えることができる。
【0017】
光ピックアップ装置等の光学製品に使用されるビームスプリッタやリフレクターでは、光損失や環境による特性変化を極力小さくする必要がある。本発明に係る光学素子DSは、前述したように、第1低屈折率層L1及び第1高屈折率層H1の積層構造、並びに第2低屈折率層L2及び第2高屈折率層H2の積層構造をそれぞれ複数有する構成になっており、第1低屈折率層L1にSiO2(イオンアシスト成膜)を用い、第2低屈折率層L2にMgF2(真空蒸着)を用い、第2低屈折率層L2の次に成膜する第2高屈折率層H2を特定の混合酸化物:(Ti+La)Ox,(Ti+Zr)Ox,(Ti+Dy)Ox,又は(Al+La)Oxで真空蒸着(イオンアシストなし)により成膜する構成とすることによって、光損失や環境による特性変化を抑えるようにしている。
【0018】
つまり、この構成によると、第1低屈折率層L1の材料:SiO2を採用することにより、イオンアシスト効果を得ることができ、第2高屈折率層H2の材料:(Ti+La)Ox,(Ti+Zr)Ox,(Ti+Dy)Ox又は(Al+La)Oxを採用することにより、環境による特性変化を抑えることができる。また、MgF2から成る第2低屈折率層L2と特定の混合酸化物から成る第2高屈折率層H2の成膜を、イオンアシストしない真空蒸着で行うことにより、光損失を抑えることができる。したがって、全体として環境による特性変化や光損失を抑えた多層膜MCを達成することができる。
【実施例】
【0019】
以下、本発明を実施した光学素子等を更に具体的に説明する。図2(平面図)と図3(正面図)に光ピックアップ装置OPの光学構成を示し、図4に光ピックアップ装置OPに搭載されるビームスプリッタBSの一例を示し、図5に光ピックアップ装置OPに搭載されるリフレクターRFの一例を示す。光ピックアップ装置OPは、半導体レーザ(レーザーダイオード)LD,回折格子GT,ビームスプリッタBS,コリメートレンズCL,リフレクターRF,対物レンズOL,フォトディテクターPD等から成っている(AX:光軸)。
【0020】
半導体レーザLDから射出したレーザー光は、トラッキングのためのビーム分割を行う回折格子GTを通過した後、その一部がビームスプリッタBSで反射される。ビームスプリッタBSで反射したレーザー光は、コリメートレンズCLで平行光となり、リフレクターRFで反射した後、対物レンズOLにより光ディスク(不図示)上で結像する。光ディスクで反射した戻り光は、対物レンズOL、リフレクターRF、コリメートレンズCLを順に戻って、その一部がビームスプリッタBSを透過する。ビームスプリッタBSを透過したレーザー光は、フォトディテクターPDで受光されて、光情報が電気信号に変換される。
【0021】
ビームスプリッタBSは、図4に示すように、2つの三角プリズムP1,P2を接着して成るものであり、その接着面にはビームスプリッタコートBSCが成膜されている。またリフレクターRFは、図5に示すように、平行平板上のガラスの表面にリフレクトコートRFCが成膜されたものである。ビームスプリッタBSやリフレクターRFは、前述した光学素子DSに相当するものであり、ビームスプリッタコートBSCやリフレクトコートRFCは、前述した多層膜MCに相当するものである。したがって、用いる多層膜により、ビームスプリッタプリズム,リフレクトプリズム,ビームスプリッタミラー,リフレクトミラー等の光学素子を構成することができる。
【0022】
次に、多層膜MCに相当する偏光分離膜、及び光学素子DSに相当する偏光ビームスプリッタプリズムを例に挙げて、その実施例及び比較例を更に具体的に説明する。表1〜表9に比較例1〜9の偏光ビームスプリッタの膜構成をそれぞれ示し、表10〜表14に実施例1〜5の偏光ビームスプリッタの膜構成をそれぞれ示す。表1〜表14中の屈折率は波長405nmに対するものであり、基板(BK7)と接着剤の屈折率は1.52(波長405nm)である。また、偏光分離膜の成膜方法に関しては、VDが真空蒸着(イオンアシストなし)を示しており、IADがイオンアシスト成膜:真空蒸着(イオンアシストあり)を示している。
【0023】
表1は、比較例1の膜構成を示している。比較例1はTiO2、SiO2から構成されており、第1低屈折率層L1の材料:SiO2の成膜方法はイオンアシスト成膜であり、第1高屈折率層H1の材料:TiO2の成膜方法はイオンアシスト成膜である。これによれば、特性変化,光損失を抑えることができるが、全体での膜厚比:d(L2)/d(L1)が0(≦0.2)となるため、大きな圧縮応力で波面収差が大きくなってしまう。
【0024】
表2は、比較例2の膜構成を示している。比較例2はTa25、MgF2から構成されており、第2低屈折率層L2の材料:MgF2の成膜方法は真空蒸着であり、第2高屈折率層H2の材料:Ta25の成膜方法はイオンアシスト成膜である。これによれば、特性変化を抑えることができるが、MgF2が光損失を起こす上に、全体での膜厚比:d(L2)/d(L1)、積層前半部分MAでの膜厚比:dA(L2)/dA(L1)、積層後半部分MBでの膜厚比:dB(L2)/dB(L1)がともに∞となり、大きな引張応力を持つため、波面収差が大きくなる上に膜われや剥離を引き起こしてしまう。
【0025】
表3は、比較例3の膜構成を示している。比較例3は(Ti+La)Ox、MgF2から構成されており、第2低屈折率層L2の材料:MgF2の成膜方法は真空蒸着であり、第2高屈折率層H2の材料:(Ti+La)Oxの成膜方法は真空蒸着である。これによれば、特性変化,光損失を抑えることはできるが、全体での膜厚比:d(L2)/d(L1)、積層前半部分MAでの膜厚比:dA(L2)/dA(L1)、積層後半部分MBでの膜厚比:dB(L2)/dB(L1)がともに∞となり、大きな引張応力を持つため、波面収差が大きくなる上に膜われや剥離を引き起こしてしまう。
【0026】
表4は、比較例4の膜構成を示している。比較例4は(Ti+La)Ox、SiO2、MgF2から構成されており、積層前半部分MAではSiO2を第1低屈折率層L1とし、積層後半部分MBではMgF2を第2低屈折率層L2とする構成になっている。第1低屈折率層L1の材料:SiO2の成膜方法はイオンアシスト成膜であり、第2低屈折率層L2の材料:MgF2の成膜方法は真空蒸着であり、第1,第2高屈折率層H1,H2の材料:(Ti+La)Oxの成膜方法は真空蒸着である。これによれば、特性変化,光損失を抑えることはできるが、積層後半部分MBでの膜厚比:dB(L2)/dB(L1)が∞となり、大きな引張応力を持つため、膜われや剥離を引き起こしてしまう。
【0027】
表5は、比較例5の膜構成を示している。比較例5は(Ti+La)Ox、SiO2、MgF2から構成されており、積層前半部分MAではMgF2を第2低屈折率層L2とし、積層後半部分MBではSiO2を第1低屈折率層L1とする構成になっている。第1低屈折率層L1の材料:SiO2の成膜方法はイオンアシスト成膜であり、第2低屈折率層L2の材料:MgF2の成膜方法は真空蒸着であり、第1,第2高屈折率層H1,H2の材料:(Ti+La)Oxの成膜方法は真空蒸着である。これによれば、特性変化,光損失を抑えることはできるが、積層前半部分MAでの膜厚比:dA(L2)/dA(L1)が∞となり、大きな引張応力を持つため、膜われや剥離を引き起こしてしまう。
【0028】
表6は、比較例6の膜構成を示している。比較例6はTiO2、SiO2、MgF2から構成されており、第1低屈折率層L1の材料:SiO2の成膜方法はイオンアシスト成膜であり、第2低屈折率層L2の材料:MgF2の成膜方法は真空蒸着であり、第1,第2高屈折率層H1,H2の材料:TiO2の成膜方法は真空蒸着である。これによれば、光損失を抑えることができ、全体での膜厚比:d(L2)/d(L1)が0.96で条件式(1)の範囲内となり、積層前半部分MAでの膜厚比:dA(L2)/dA(L1)、積層後半部分MBでの膜厚比:dB(L2)/dB(L1)がそれぞれ0.85、1.05で条件式(2),(3)の範囲内となる。したがって、波面収差を小さくできる上に膜われや剥離を回避できるが、TiO2膜を緻密にすることができず、環境による性能変化が起こってしまう(特性≧2%、収差≧3%)。
【0029】
表7は、比較例7の膜構成を示している。TiO2、SiO2、MgF2から構成されており、第1低屈折率層L1の材料:SiO2の成膜方法はイオンアシスト成膜であり、第2低屈折率層L2の材料:MgF2の成膜方法は真空蒸着であり、第1,第2高屈折率層H1,H2の材料:TiO2の成膜方法はイオンアシスト成膜である。これによれば、特性変化を小さくすることができ、全体での膜厚比:d(L2)/d(L1)が1.16で条件式(1)の範囲内となり、積層前半部分MAでの膜厚比:dA(L2)/dA(L1)、積層後半部分MBでの膜厚比:dB(L2)/dB(L1)がそれぞれ1.22、1.13で条件式(2),(3)の範囲内となる。したがって、波面収差を小さくできる上に膜われや剥離を回避できるが、MgF2の後にイオンアシスト成膜をすることになるため、MgF2にダメージを与えて光損失を起こしてしまう(≧3%)。
【0030】
表8は、比較例8の膜構成を示している。(Ti+La)Ox、SiO2、MgF2から構成されており、第1低屈折率層L1の材料:SiO2の成膜方法はイオンアシスト成膜であり、第2低屈折率層L2の材料:MgF2の成膜方法は真空蒸着であり、第1,第2高屈折率層H1,H2の材料:(Ti+La)Oxの成膜方法は真空蒸着である。これによれば、特性変化,光損失を抑えることができるが、全体での膜厚比:d(L2)/d(L1)が0.19で条件式(1)の範囲外となる。したがって、大きな圧縮応力を持ち、波面収差が大きくなってしまう(≧20mλrms)。
【0031】
表9は、比較例9の膜構成を示している。(Ti+La)Ox、SiO2、MgF2から構成されており、第1低屈折率層L1の材料:SiO2の成膜方法はイオンアシスト成膜であり、第2低屈折率層L2の材料:MgF2の成膜方法は真空蒸着であり、第1,第2高屈折率層H1,H2の材料:(Ti+La)Oxの成膜方法は真空蒸着である。これによれば、特性変化,光損失を抑えることができるが、全体での膜厚比:d(L2)/d(L1)、積層前半部分MAでの膜厚比:dA(L2)/dA(L1)、積層後半部分MBでの膜厚比:dB(L2)/dB(L1)がそれぞれ2.15、2.15、2.15で、条件式(1)〜(3)の範囲外となる。したがって、大きな引張応力を持つため、膜われや剥離を引き起こしてしまう。
【0032】
表10は、実施例1の膜構成を示している。(Ti+La)Ox、SiO2、MgF2から構成されており、第1低屈折率層L1の材料:SiO2の成膜方法はイオンアシスト成膜であり、第2低屈折率層L2の材料:MgF2の成膜方法は真空蒸着であり、第1,第2高屈折率層H1,H2の材料:(Ti+La)Oxの成膜方法は真空蒸着である。全体での膜厚比:d(L2)/d(L1)が1.00で条件式(1)の範囲内となり、積層前半部分MAでの膜厚比:dA(L2)/dA(L1)、積層後半部分MBでの膜厚比:dB(L2)/dB(L1)がそれぞれ0.75、1.26で条件式(2),(3)の範囲内となる。これによれば、特性変化,光損失を抑えた上に応力も小さくすることができるので、波面収差を小さくできる上に膜われや剥離も回避できる。
【0033】
表11は、実施例2の膜構成を示している。(Ti+La)Ox、SiO2、MgF2から構成されており、第1低屈折率層L1の材料:SiO2の成膜方法はイオンアシスト成膜であり、第2低屈折率層L2の材料:MgF2の成膜方法は真空蒸着であり、第1,第2高屈折率層H1,H2の材料:(Ti+La)Oxの成膜方法は真空蒸着である。全体での膜厚比:d(L2)/d(L1)が0.47で条件式(1)の範囲内となり、積層前半部分MAでの膜厚比:dA(L2)/dA(L1)、積層後半部分MBでの膜厚比:dB(L2)/dB(L1)がそれぞれ0.48、0.46で条件式(2),(3)の範囲内となる。これによれば、特性変化,光損失を抑えた上に応力も小さくすることができるので、波面収差を小さくできる上に膜われや剥離も回避できる。
【0034】
表12は、実施例3の膜構成を示している。(Ti+La)Ox、SiO2、MgF2から構成されており、第1低屈折率層L1の材料:SiO2の成膜方法はイオンアシスト成膜であり、第2低屈折率層L2の材料:MgF2の成膜方法は真空蒸着であり、第1,第2高屈折率層H1,H2の材料:(Ti+La)Oxの成膜方法は真空蒸着である。全体での膜厚比:d(L2)/d(L1)が1.88で条件式(1)の範囲内となり、積層前半部分MAでの膜厚比:dA(L2)/dA(L1)、積層後半部分MBでの膜厚比:dB(L2)/dB(L1)がそれぞれ1.92、1.85で条件式(2),(3)の範囲内となる。これによれば、特性変化,光損失を抑えた上に応力も小さくすることができるので、波面収差を小さくできる上に膜われや剥離も回避できる。
【0035】
表13は、実施例4の膜構成を示している。(Ti+La)Ox、SiO2、MgF2から構成されており、第1低屈折率層L1の材料:SiO2の成膜方法はイオンアシスト成膜であり、第2低屈折率層L2の材料:MgF2の成膜方法は真空蒸着であり、第1,第2高屈折率層H1,H2の材料:(Ti+La)Oxの成膜方法は真空蒸着である。全体での膜厚比:d(L2)/d(L1)が0.25で条件式(1)の範囲内となり、積層前半部分MAでの膜厚比:dA(L2)/dA(L1)、積層後半部分MBでの膜厚比:dB(L2)/dB(L1)がそれぞれ0.23、0.27で条件式(2),(3)の範囲内となる。これによれば、特性変化,光損失を抑えた上に応力も小さくすることができるので、波面収差を小さくできる上に膜われや剥離も回避できる。
【0036】
表14は、実施例5の膜構成を示している。(Ti+La)Ox、SiO2、MgF2から構成されており、第1低屈折率層L1の材料:SiO2の成膜方法はイオンアシスト成膜であり、第2低屈折率層L2の材料:MgF2の成膜方法は真空蒸着であり、第1,第2高屈折率層H1,H2の材料:(Ti+La)Oxの成膜方法は真空蒸着である。全体での膜厚比:d(L2)/d(L1)が0.24で条件式(1)の範囲内となり、積層前半部分MAでの膜厚比:dA(L2)/dA(L1)、積層後半部分MBでの膜厚比:dB(L2)/dB(L1)がそれぞれ0.79、0で条件式(2),(3)の範囲内となる。これによれば、特性変化,光損失を抑えた上に応力も小さくすることができるので、波面収差を小さくできる上に膜われや剥離も回避できる。
【0037】
表15に比較例1〜9と実施例1〜5の膜構成を示し、表16に比較例1〜9と実施例1〜5の性能評価結果を示す。評価サンプルは□2.5mmキューブプリズム(395〜420nm偏光ビームスプリッタ)であり、評価方法及び判断基準はそれぞれ以下のとおりである。また、図6及び図7に実施例1のS偏光反射分光特性及びP偏光透過分光特性をそれぞれ示し、図8及び図9に、実施例2のS偏光反射分光特性及びP偏光透過分光特性をそれぞれ示す。S偏光の反射率Rs(図6,図8)とP偏光の透過率Tp(図7,図9)は、ビームスプリッタBSの入射平面に対する入射角度0°,±6°での値で示している。
【0038】
《波面収差》
[評価方法]
干渉計による反射波面測定(0°入射、405nm、φ2.0mm平行光束)を行った。
[判断基準]
20mλrms以上ならば×とし、それ以外を○とした。
【0039】
《環境による特性変化》
[評価方法]
60℃,90%の環境に500時間投入し、事前事後の外観,波面収差,分光特性を測定し、変化量で評価した。
外観:目視
分光特性:分光光度計による反射率・透過率を測定した(0°入射、395〜420nm)。
波面収差:干渉計による反射波面測定した(0°入射、405nm、φ2.0mm平行光束)。
[判断基準]
以下3項目のうち1項目でも該当すれば×とし、それ以外を○とした。
外観:色ムラが少しでも出ている。
分光特性:事前事後の変化量が2%以上である。
波面収差:事前事後の変化量が3mλrms以上である。
【0040】
《光損失》
[評価方法]
分光光度計による反射率・透過率を測定した(0°入射、395〜420nm)。
[判断基準]
(100%−(反射率+透過率))が3%以上ならば×とし、それ以外を○とした。
【0041】
《膜われ,剥離》
[評価方法]
目視
[判断基準]
われや剥がれが少しでも出ていれば×とし、それ以外を○とした。
【0042】
【表1】

【0043】
【表2】

【0044】
【表3】

【0045】
【表4】

【0046】
【表5】

【0047】
【表6】

【0048】
【表7】

【0049】
【表8】

【0050】
【表9】

【0051】
【表10】

【0052】
【表11】

【0053】
【表12】

【0054】
【表13】

【0055】
【表14】

【0056】
【表15】

【0057】
【表16】

【符号の説明】
【0058】
MC 多層膜
MA 積層前半部分
MB 積層後半部分
H1 第1高屈折率層
H2 第2高屈折率層
L1 第1低屈折率層
L2 第2低屈折率層
DS 光学素子
SU 基板
OP 光ピックアップ装置
BS ビームスプリッタ(光学素子)
BSC ビームスプリッタコート(多層膜)
RF リフレクター(光学素子)
RFC リフレクトコート(多層膜)
AX 光軸

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板上に多層膜を有する光学素子であって、前記多層膜は、
屈折率が1.6以上の材料から成る第1高屈折率層と、
成膜方法が真空蒸着(イオンアシストなし)であり、酸化チタンと酸化ランタンとの混合物、酸化チタンと酸化ジルコニウムとの混合物、酸化チタンと酸化ディスプロシウムとの混合物、又は酸化アルミニウムと酸化ランタンとの混合物から成る第2高屈折率層と、
成膜方法が真空蒸着(イオンアシストあり)であり、SiO2から成る第1低屈折率層と、
成膜方法が真空蒸着(イオンアシストなし)であり、MgF2から成る第2低屈折率層とを、
前記第1低屈折率層及び前記第1高屈折率層の積層構造、並びに前記第2低屈折率層及び前記第2高屈折率層の積層構造としてそれぞれ複数有し、以下の条件式(1)〜(3)を満足することを特徴とする光学素子;
0.2≦d(L2)/d(L1)≦2.0 …(1)
dA(L2)/dA(L1)≦2.0 …(2)
dB(L2)/dB(L1)≦2.0 …(3)
ただし、
d(L1):多層膜全体における第1低屈折率層の合計膜厚、
d(L2):多層膜全体における第2低屈折率層の合計膜厚、
dA(L1):多層膜の積層前半部分における第1低屈折率層の合計膜厚、
dA(L2):多層膜の積層前半部分における第2低屈折率層の合計膜厚、
dB(L1):多層膜の積層後半部分における第1低屈折率層の合計膜厚、
dB(L2):多層膜の積層後半部分における第2低屈折率層の合計膜厚、
であり、多層膜全体の層数が偶数である場合、積層前半部分と積層後半部分とは同一層数に設定され、多層膜全体の層数が奇数である場合、積層前半部分は積層後半部分よりも1層多い層数に設定される。
【請求項2】
基板上に多層膜を有する光学素子の製造方法であって、前記多層膜の形成において、
屈折率が1.6以上の材料から成る第1高屈折率層と、
成膜方法が真空蒸着(イオンアシストなし)であり、酸化チタンと酸化ランタンとの混合物、酸化チタンと酸化ジルコニウムとの混合物、酸化チタンと酸化ディスプロシウムとの混合物、又は酸化アルミニウムと酸化ランタンとの混合物から成る第2高屈折率層と、
成膜方法が真空蒸着(イオンアシストあり)であり、SiO2から成る第1低屈折率層と、
成膜方法が真空蒸着(イオンアシストなし)であり、MgF2から成る第2低屈折率層とを、
以下の条件式(1)〜(3)を満足するように、前記第1低屈折率層及び前記第1高屈折率層の組み合わせで複数積層し、かつ、前記第2低屈折率層及び前記第2高屈折率層の組み合わせで複数積層することを特徴とする光学素子の製造方法;
0.2≦d(L2)/d(L1)≦2.0 …(1)
dA(L2)/dA(L1)≦2.0 …(2)
dB(L2)/dB(L1)≦2.0 …(3)
ただし、
d(L1):多層膜全体における第1低屈折率層の合計膜厚、
d(L2):多層膜全体における第2低屈折率層の合計膜厚、
dA(L1):多層膜の積層前半部分における第1低屈折率層の合計膜厚、
dA(L2):多層膜の積層前半部分における第2低屈折率層の合計膜厚、
dB(L1):多層膜の積層後半部分における第1低屈折率層の合計膜厚、
dB(L2):多層膜の積層後半部分における第2低屈折率層の合計膜厚、
であり、多層膜全体の層数が偶数である場合、積層前半部分と積層後半部分とは同一層数に設定され、多層膜全体の層数が奇数である場合、積層前半部分は積層後半部分よりも1層多い層数に設定される。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2011−257677(P2011−257677A)
【公開日】平成23年12月22日(2011.12.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−133784(P2010−133784)
【出願日】平成22年6月11日(2010.6.11)
【出願人】(303000408)コニカミノルタオプト株式会社 (3,255)
【Fターム(参考)】