説明

光渦レーザービーム発振方法および光渦レーザービーム発振装置

【課題】広い波長範囲で、高出力の光渦レーザービームを高い生成効率で発振でき、共振器から直接発振できる光渦レーザービーム発振方法および発振装置を提供する。
【解決手段】固体レーザー媒質と、該固体レーザー媒質を挟む2枚のシリンドリカルレンズを、反射ミラーと出力ミラーとを具備した光共振器内に配置し、励起光源からの励起光によって前記固体レーザー媒質を光励起することによりレーザービームを発振させるレーザービーム発振方法において、前記光励起により前記固体レーザー媒質内に熱レンズを形成させ、かつ該熱レンズと前記2枚のシリンドリカルレンズと前記光共振器とで高次モードに対して一定の共振条件を満足させ、低次モードに対しては該共振条件を満足させないことにより、高次モードのレーザービームの位相を90度変化させつつ、該高次モードのレーザービームを選択的に増幅、発振させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は螺旋状の等位相面を有し、かつビーム強度分布がリング状であるレーザービーム、いわゆる光渦レーザービームの発振方法および発振装置に関わる。
【背景技術】
【0002】
ラゲールガウスビームに代表される光渦は、光マニピュレーションや原子トラップなどの新しい光学分野への応用が期待されている。レーザー光を照射しその圧力(吸収、反射、屈折に伴い、レーザー光から対象物へ運動量が移動する現象)により、微小な対象物を捕捉し動かす技術は、光トラップもしくは光マニピュレーション技術といわれ、最近急速に脚光を浴びるようになってきた。このような技術は、特に生物学の基礎研究やマイクロマシン工学における手段として注目されている。例えば、レーザー光を顕微鏡の中に導き、対物レンズで絞ることでその焦点近くのDNAなどの巨大分子や細胞、生体組織等を捕まえて動かしたり(光ピンセット)、切断・破壊したり(光メス)することが可能である。このような光操作に使用される顕微鏡は、各研究機関で開発が進められ、実用化段階に入りつつある。
【0003】
また、他方では各種タイプのレーザービーム発振装置が活発に研究開発され、利用分野が拡大している。半導体レーザー、ガスレーザー、固体レーザーなど多くのタイプのレーザービーム発振装置が現在までに実用化されている。そしてこれらのレーザー装置を光トラップや光マニピュレーション用の光源として使用する研究、開発が活発になされている。
【0004】
しかし、一般的にレーザービーム発振装置の出力ビームの断面光強度分布は、円形の正規分布(ガウシアン分布)であって、中心で一番強度が高い状態になっている。そのため、出力ビームを微小対象物にそのまま照射し、光トラップや光マニピュレーションをおこなう場合、対象物を移動させることは容易であるが、対象物は一方向からのみ力を受けることになるため、捕捉が難しいという問題がある。そのため、効率的な光トラップ、光マニピュレーション操作を行う目的で、レーザービーム出力装置からの出力ビームの光強度分布を偏光板や液晶空間変調器などのホログラムを用いて光渦を発生させる手法が主流であった(特許文献1)。
【0005】
しかし、この場合、回折格子素子の損傷や回折損失などの問題で、高出力な光渦を生成させることが困難であった。具体的には、偏光板や液晶空間変調器などのホログラムを用いた光渦発生方法では、1W以上の強い光渦を発振させる場合においては、強い光によって偏向板や液晶が損傷するという問題がある。また、従来の偏光板や液晶空間変調器などのホログラムを用いた光渦発生方法における光渦の生成効率は10%程度であり、損失が大きいという問題がある。さらには、生成される光渦の波長の最大値が1μm程度であり、このような短い波長では生体組織を扱うには問題がある。
【0006】
また、レーザー加工においては、一般的に使用されるレーザービームは、光強度分布が円形の正規分布(ガウシアン分布)を有するガウスビームである。この場合、プラズマやスパッター(溶融金属の酸化生成物)が飛散するという問題がある。
【0007】
【特許文献1】特表2005−515878の段落0027、段落0028及び図5
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、上記問題を解決すべくなされたものであり、その目的は、
(1)広い波長範囲で、高出力の光渦レーザービームを高い生成効率で発振でき、共振器から直接発振できる光渦レーザービーム発振方法
(2)広い波長範囲で、高出力の光渦レーザービームを高い生成効率で発振でき、共振器から直接発振できる光渦レーザービーム発振装置
を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、
「[1]固体レーザー媒質と、該固体レーザー媒質を挟む2枚のシリンドリカルレンズを、反射ミラーと出力ミラーとを具備した光共振器内に配置し、励起光源からの励起光によって前記固体レーザー媒質を光励起することによりレーザービームを発振させるレーザービーム発振方法において、前記光励起により前記固体レーザー媒質内に熱レンズを形成させ、かつ該熱レンズと前記2枚のシリンドリカルレンズと前記光共振器とで高次モードに対して共振条件;
【数1】

(ここで、f:熱レンズの焦点距離、LM1:反射ミラー側の共振距離、RM1:反射ミラーの曲率半径、LM2:出力ミラー側の共振距離、RM2:出力ミラーの曲率半径、L=LM1+LM2−LM1・LM2/fである。)
を満足させ、低次モードに対しては該共振条件を満足させないことにより、高次モードのレーザービームの位相を90度変化させつつ、該高次モードのレーザービームを選択的に増幅、発振させることを特徴とする、光渦レーザービーム発振方法。
[2]前記光励起が前記固体レーザー媒質の側面から励起させる側面励起方式であり、該固体レーザー媒質の側面から奥行き方向に向けて指数関数的に温度が低くなる温度分布勾配による熱レンズを形成させることを特徴とする、[1]記載の光渦レーザービーム発振方法。
[3]固体レーザー媒質が、Ndがドープ濃度1atm%以上でドープされているNd:YVO4もしくはNd:GdVO4であることを特徴とする[1]または[2]記載の光渦レーザービーム発振方法。
[4]励起光源が、レーザーダイオードであることを特徴とする[1]、[2]、[3]のいずれかに記載の光渦レーザービーム発振方法。
[4−1]前記光共振器の反射ミラーとシリンドリカルレンズとの間に、音響光学素子、電気光学素子または可飽和吸収素子を配置しQスイッチとして作用させ、高出力の光渦レーザービームを発振させることを特徴とする、[1]、[2]、[3]、[4]のいずれかに記載の光渦レーザービーム発振方法。
[4−2]前記光共振器の反射ミラーとシリンドリカルレンズとの間に、可飽和吸収体を配置しモードロックレーザーとして作用させ、または、音響光学素子を配置しアクティブモードロックによって、ナノ秒レベルからピコ秒レベルの光渦レーザービームを発振させることを特徴とする、[1]、[2]、[3]、[4]、[4−1]のいずれかに記載の光渦レーザービーム発振方法。
[5]固体レーザー媒質と、該固体レーザー媒質を挟む2枚のシリンドリカルレンズを、反射ミラーと出力ミラーとを具備した光共振器内に配置し、励起光源からの励起光によって前記固体レーザー媒質を光励起することによりレーザービームを発振させるレーザービーム発振装置において、前記レーザーダイオードは、2枚のシリンドリカルレンズの共焦点位置で固体レーザー媒質が光励起されるように配置され、高次モードに対して共振条件;
【数2】

(ここで、f:熱レンズの焦点距離、LM1:反射ミラー側の共振距離、RM1:反射ミラーの曲率半径、LM2:出力ミラー側の共振距離、RM2:出力ミラーの曲率半径、L=LM1+LM2−LM1・LM2/fである。)
を満足させ、低次モードに対しては該共振条件を満足させないように熱レンズの焦点距離、反射ミラー側の共振距離、反射ミラーの曲率半径、出力ミラー側の共振距離、出力ミラーの曲率半径が設定されていることを特徴とする光渦レーザービーム発振装置。
[6]固体レーザー媒質が、Ndがドープ濃度1atm%以上でドープされているNd:YVO4もしくはNd:GdVO4であることを特徴とする[5]記載の光渦レーザービーム発振装置。
[7]励起光源が、レーザーダイオードであることを特徴とする[5]または[6]記載の光渦レーザービーム発振装置。
[7−1]前記光共振器の反射ミラーとシリンドリカルレンズとの間に、音響光学素子、電気光学素子または可飽和吸収素子を配置することを特徴とする、[5]、[6]、[7]のいずれかに記載の光渦レーザービーム発振装置。
[7−2]前記光共振器の反射ミラーとシリンドリカルレンズとの間に、可飽和吸収体もしくは音響光学素子を配置することを特徴とする、[5]、[6]、[7]、[7−1]のいずれかに記載の光渦レーザービーム発振装置。」
に関する。
【発明の効果】
【0010】
本発明によると、レーザー増幅器(共振器)内にある固体レーザー媒質内部にできる熱レンズ効果が共振器内部のビームサイズ(モードサイズ)によって変わることを利用して、ガウスビームに代表される低次モードより高次エルミートガウスモードを選択的に発振しやすくすることができ、共振器の性質と共振器ミラーのアライメントによって、レーザー共振器から直接、光渦レーザービームを発振することができる。したがって、偏向板や液晶の損傷の問題はなく、エネルギー損失が少なくて光渦の生成効率が高く、波長が1.3μmクラス、光パワーが少なくとも1W以上の光渦レーザービームを発振することができる。この光渦レーザービームをレーザー加工に使用すれば、プラズマやスパッター(溶融金属の酸化生成物)を捕捉し、飛散の方向性を制御できるため、基板への逆戻りを防止し、精密なレーザー加工をすることできる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本第1発明の光渦レーザービーム(optical vortex)、すなわち螺旋状の等位相面を有し、かつビーム強度分布がリング状であるレーザービームの発振方法における光渦レーザービームとは、光波面内に位相特異点を持つ光である。つまり、ガウスビームが光軸を中心に強度分布が大きいのに対して、光渦は光軸から遠いところで強度分布が大きいという特徴を有している。光渦の代表的なものには、ラゲールガウスビームがある。ラゲールガウスビームは、螺旋階段のように、光軸のまわりに1回転した時に位相が2π(あるいはその整数倍)変化するものであり、等位相面が螺旋構造をとる。ラゲールガウスビームは、光軸上の強度が零(位相特異点)で、光軸断面の強度分布がリング状をなしている。
【0012】
本第1発明の光渦レーザービーム、すなわち螺旋状の等位相面を有し、かつビーム強度分布がリング状であるレーザービームの発振方法について、図1に基づいて説明する。
図1は、光渦レーザービーム発振方法に用いる光渦レーザービーム発振装置Aを上方から示したものである。
光共振器である反射ミラー1と出力ミラー2の間には、固体レーザー媒質3が配されている。固体レーザー媒質3の側面3aに励起光4が照射されるように励起光源であるレーザーダイオード5が配されている。なお、励起光源は、レーザーダイオード(半導体レーザー)が好ましいが、レーザーダイオード(半導体レーザー)の代わりに同等の性能を有する励起光源を使用してもよい。
固体レーザー媒質3の一方の端面3b1と反射ミラー1との間に、シリンドリカルレンズ6が配され、同様に固体レーザー媒質3の他方の端面3b2と出力ミラー2との間に、シリンドリカルレンズ7が配されている。シリンドリカルレンズ6及び7は、共振器内の光路断面において縦方向に曲面を持つように配されている。
【0013】
レーザーダイオード5から励起光4が固体レーザー媒質3の側面3aに対して照射されると、固体レーザー媒質3は光励起される。この光励起により、固体レーザー媒質3は反転分布状態なる。反転分布状態となった固体レーザー媒質3は、自然放出を起こし、低次モードや高次モードなどの様々なモードの光が共振器内部に発生する。
【0014】
また、前記励起光4により、固体レーザー媒質3内に側面3aから奥行き方向に向けて指数関数的に温度が低くなる温度分布が形成される(固体レーザー媒質の吸収効果)。温度が高いほど屈折率は低くなるので、図2に示すように、固体レーザー媒質内に側面から奥行き方向に向けて指数関数的に屈折率が高くなる屈折率分布10が形成される。なお、図2は、励起光4が照射されている固体レーザー媒質3の側面3aにおける熱レンズ8の模式図である。この屈折率分布による熱レンズ効果は、光共振器内部の光のビームサイズ(モードサイズ)に応じて二次関数的に現れ(図2の8a、8b)、温度が高いところほど焦点距離が短くなる熱レンズ8を形成する。なお、上述の通り共振器内部を往復する光は、固体レーザー媒質3の側面3a(図2の11)で全反射するため、熱レンズ8が該反射面(鏡面11)で対称となる鏡像12を発生し(鏡像現象)、熱レンズ8となる。ここで、共振器内部の光におけるガウスビームなどの低次モードの細い光は、熱レンズ8を焦点距離の短いレンズ8aと感じる。一方、共振器内部の光におけるエルミートガウスビームなどの高次モードの比較的太い光は、熱レンズ8を共振可能な共振長に見合う焦点距離の長いレンズ8bと感じる。
【0015】
光共振器内部では、光共振器の反射ミラー1及び出力ミラー2に対して実質的に垂直な光が誘導放出により増幅する。具体的には、光共振器内部の光におけるガウスビームなどの低次モードの細い光は、焦点距離の短いレンズ8aにより発散して光共振器のミラーの回折損失を受けるので、エルミートガウスビームなどの高次モードの比較的太い光のみ、光共振器の反射ミラー1、出力ミラー2で十分に反射される。したがって、低次モードの細い光は発散し、高次モードの比較的太い光が選択的に増幅し、出力ミラー2から外部へ発振する。以上により、熱レンズ8は、光共振器内部の光のモード選択性を有する。なお、光共振器内で往復する光は、固体レーザー媒質3の側面3aで全反射して、共振器内の反射ミラー1と出力ミラー2の間を往復する。
【0016】
ここで、高次モードの比較的太い光が共振器によって選択的に増幅する条件は、前記熱レンズ10と前記2枚のシリンドリカルレンズと前記光共振器とで高次モードに対して下記の共振条件(式1)を満足させ、低次モードに対しては満足させないことである。
【数3】

(ここで、f:熱レンズの焦点距離、LM1:反射ミラー側の共振距離、RM1:反射ミラーの曲率半径、LM2:出力ミラー側の共振距離、RM2:出力ミラーの曲率半径、L=LM1+LM2−LM1・LM2/fである。)
上記式は、焦点距離fのレンズを挟んで共振長LM1の距離をおく曲率半径RM1の反射ミラーと、共振長LM2の距離をおく曲率半径RM2の出力ミラーとが対向配置されている光共振器の一般的な安定条件である。ここで、L=LM1+LM2−LM1・LM2/fである。本発明においては、焦点距離fは、熱レンズの焦点距離である。前述の通り、熱レンズの焦点距離fは、ビームサイズにより変わるので、g1、g2の値は、ビームサイズにより変わり、同じ共振器でも、高次モードに対して上記式の共振条件を満足させ、低次モードに対しては満足させないことが可能となる。
【0017】
前記熱レンズ8が前記シリンドリカルレンズ6及び7の共焦点の位置となるように、固体レーザー媒質3、レーザーダイオード5、シリンドリカルレンズ6及び7が配される。シリンドリカルレンズ6及び7は共振器内の光路断面において縦方向に曲面を持ち、一方熱レンズ8は光路断面において横方向に曲面を持つシリンドリカルレンズのような光学作用を持つので、π/2モード変換が行われる。よって、共振器内部の光は、熱レンズ8を通過する過程で位相差π/2を与えられる。なお、シリンドリカルレンズ6及び7は、熱レンズ8における縦方向の光の発散を補償する。シリンドリカルレンズ6及び7の焦点距離は、特に限定されないが、例えば50mm〜100mmであり、実施例では50mmである。
【0018】
総じて、共振器内部で、熱レンズ8により高次モードのレーザービームが位相差π/2を与えられつつ、選択的に増幅、発振され、出力ミラー2から螺旋状の等位相面を有し、かつ光軸断面のビーム強度分布がリング状である光渦レーザービーム9が出力される。
【0019】
反射ミラー1は、好ましくは全反射ミラーであるが、部分透過鏡であっても出力ミラー2のミラー反射率より高いミラー反射率であればよい。ここで、出力ミラー2のミラー反射率は、特に限定されないが、好ましくは20%〜99%である。反射ミラー1及び出力ミラー2は、特に限定されないが、好ましくは平面ミラーである。反射ミラー1及び共振長は、特に限定されないが、好ましくは100mm〜1000mmである。
【0020】
前記固体レーザー媒質3として、Ndがドープ濃度1atm%以上でドープされているNd:YVO4、Nd:YAG、Nd:GdVO4、Nd:LuVO4、Nd:GdxY1-xVO4、Nd:YABが例示される。Ndの代わりに、例えば、Yb、TmまたはHoがドープされていてもよい。前記固体レーザー媒質3の大きさは、特に限定されないが、例えば20mm×5mm×2mm(側面3a:20mm×2mm、端面3b1、3b2:5mm×2mm)である。固体レーザー媒質3の側面3aには、特に必要とされないが、レーザーダイオード5からの励起光の波長に対するARコートが施されていることが望ましい。例えば、光波長808nmに対するARコートである。また固体レーザー媒質3の端面3b1及び3b2には、特に必要とされないが、出力光の波長に対するARコートが施されていることが望ましい。例えば、光波長1.3μmに対するARコートである。共振器の損失を減らして発振しやすくさせるためである。
【0021】
レーザーダイオード5の出力は、固体レーザー媒質3に熱レンズを形成するのに十分な大きさであり、好ましくは10Wより大であり、実施例では35W、45W、50W、55Wである。また、励起光4の波長は、特に限定されないが、例えば780〜970nmであり、実施例では808nmである。また、レーザーダイオード5と固体レーザー媒質3の側面3aとの間に、光路断面において縦方向に曲面を持つシリンドリカルレンズを配置しても良い。
【0022】
本発明の螺旋状の等位相面を有し、かつビーム強度分布がリング状であるレーザービーム発振方法において、出力されるレーザービーム9は、特に限定されないが、現実的には1W〜50Wの出力が可能であり、実施例では5.2W、5.8W、6Wである。また、その波長範囲は広く、好ましくは1μm〜2μmであり、実施例では1.3μmである。本発明による光渦の発生方法は全ての固体レーザーに応用可能である。
【0023】
また、反射ミラー1とシリンドリカルレンズ6との間に、音響光学素子を配置しQスイッチとして作用させ、光渦レーザービームの出力を10倍〜100倍とすることも可能である。また音響光学素子の代わりに、電気光学素子、Cr:YAGなどの可飽和吸収素子としてもQスイッチ発振が可能である。
【0024】
また、反射ミラー1とシリンドリカルレンズ6との間に、可飽和吸収体を配置し、モードロックレーザーとして、ナノ秒レベルからピコ秒レベルの光渦パルスレーザーを発振することも可能である。また、可飽和吸収体の代わりに、音響光学素子としても、アクティブモードロックによって、ナノ秒レベルからピコ秒レベルの光渦パルスレーザーを発振することも可能である。
【0025】
本第2発明の光渦レーザービーム発振装置Aについて図1を用いて説明する。
【0026】
本第2発明の光渦レーザービーム発振装置Aは、固体レーザー媒質3と、該固体レーザー媒質3を挟む2枚のシリンドリカルレンズ6、7を光共振器内に配置し、前記固体レーザー媒質3を励起光源であるレーザーダイオード5によって光励起することによりレーザービームを発振させるレーザービーム発振装置において、前記レーザーダイオード5は、2枚のシリンドリカルレンズ6、7の共焦点位置で固体レーザー媒質3が光励起されるように配置され、前記2枚のシリンドリカルレンズ6、7の焦点距離と前記光共振器の共振長とは、高次モードに対して共振条件;
【数4】

(ここで、f:熱レンズの焦点距離、LM1:反射ミラー側の共振距離、RM1:反射ミラーの曲率半径、LM2:出力ミラー側の共振距離、RM2:出力ミラーの曲率半径、L=LM1+LM2−LM1・LM2/fである。)
を満足させ、低次モードに対しては該共振条件を満足させないように設定されたことを特徴とする。なお、各構成要素は、本第1発明の光渦レーザービーム発振方法で説明した通りである。
【実施例】
【0027】
以下に、本発明の光渦レーザービーム発振方法、光渦レーザービーム発振装置Aおよび発生した光渦レーザービームについて、具体的に説明する。実施例1は、光渦レーザービームの連続波を発振した。実施例2は、光渦レーザービームのパルス波を発振した。
[実施例1]
[光渦レーザービームの発生条件]
本第1発明の光渦レーザービーム発生方法、本第2発明の光渦レーザービーム発振装置Aにおいて、高次モードに対して共振条件(式1)を満足させ、低次モードに対しては該共振条件(式1)を満足させないように、下記のパラメータを設定して、光渦レーザービームの連続波を発生させた。なお、励起光4の出力を35W、45W、50W、55Wの4段階とした。以下の説明は図1に基づいている。
(1)下記共振条件(式1)に関するパラメータ
【数5】

反射ミラーの共振長LM1: 24cm
反射ミラーの曲率半径RM1: ∞
出力ミラーの共振長LM2: 16cm
出力ミラーの曲率半径RM2: ∞
低次モードに対する熱レンズの焦点距離fの概算値: 14〜26cm(表1参照)
高次モードに対する熱レンズの焦点距離fの概算値: 22〜43cm(表1参照)
【表1】


低次モードに対するL=40cm(Lは共振器全長)
高次モードに対するL=40cm(Lは共振器全長)
低次モードに対するg1の概算値: −0.04〜−0.007(表2参照)
高次モードに対するg1の概算値: 0.007〜0.22(表2参照)
【表2】


(2)シリンドリカルレンズ6及び7について
シリンドリカルレンズ6及び7の焦点距離は、共に50mmである。
(3)反射ミラー1及び出力ミラー2について
反射ミラー1及び出力ミラー2は、共に平面ミラーである。反射ミラー1は全反射ミラーであり、出力ミラー2のミラー反射率は85%である。
(4)固体レーザー媒質3について
固体レーザー媒質3は、Ndがドープ濃度1atm%でドープされているNd:YVO4であり、その大きさは、20mm×5mm×2mm(側面3a:20mm×2mm、端面3b1、3b2:5mm×2mm)である。固体レーザー媒質3の側面3aには、光波長808nmに対するARコートが施されている。また固体レーザー媒質3の端面3b1及び3b2には、光波長1.3μmに対するARコートが施されている。
(5)レーザーダイオード5について
レーザーダイオード5から35W、45W、50W、55Wの4段階の励起光4を出力した。励起光4の波長は、808nmである。レーザーダイオード5と固体レーザー媒質3の側面3aとの間に、図示してないが、光路断面において縦方向に曲面を持つシリンドリカルレンズが配置されている。
【0028】
[発生した光渦]
(1)光渦出力について
上述の方法にて発生した光渦レーザービーム9について説明する。出力されたレーザービーム9は、パワーメーターで計測した。その結果を表3に示す。これらの光渦の波長は、1.3μmであった。
【表3】

(2)光渦の確認
光渦を確認するために用いた干渉計はマッハツェンダー干渉計であり、図3にその光学系を示す。この光学系は、ハーフミラー13により光渦レーザービーム9を二つの行路に分けて、光渦レーザービーム9aと9bとし、光渦レーザービーム9aの行路にはミラー14、ピンホール15、レンズ16を置き、光渦レーザービーム9aの一部をピンホール15で切り出し、レンズ16によって球面波17に変換する。ハーフミラー18、ミラー19、プリズムミラー20により球面波17と光渦レーザービーム9bを重ね合わせて、その干渉縞21を観測するためのものである。干渉縞21は光強度のない真ん中から渦を描いた(図3の右側)。
図4の(a)は、発生した光渦の強度分布を示す。図4の(b)は、光渦を球面波と重ね合わせたときに観測された渦状の干渉縞を示す。
図4の(c)は、図3の光学系において、ピンホールを用いず光渦を球面波に変換せず、光渦同士を干渉させた時に観測される干渉縞を示す。干渉縞が切れていることから、真ん中に位相特異点があることが確認できる。図4の(d)は、光渦同士を干渉させた時に観測される干渉縞の数値シミュレーション画像である。図4の(c)と(d)とが実験と理論に対応する。以上から、出力されたレーザービームが光渦であることが分かる。
【0029】
[実施例2]
[光渦レーザービームの発生条件]
本第1発明の光渦レーザービーム発生方法、本第2発明の光渦レーザービーム発振装置Bにおいて、高次モードに対して共振条件(式1)を満足させ、低次モードに対しては該共振条件(式1)を満足させないように、下記のパラメータを設定して、光渦レーザービームのQスイッチモードロックパルスを発生させた。なお、励起光4の出力を34W,42Wとした。以下の説明は図5に基づいている。
(1)下記共振条件(式1)に関するパラメータ
【数6】

反射ミラーの共振長LM1: 425mm
反射ミラーの曲率半径RM1: ∞
出力ミラーの共振長LM2: 440mm
出力ミラーの曲率半径RM2: ∞
低次モードに対する熱レンズの焦点距離fの概算値(表4参照)
高次モードに対する熱レンズの焦点距離fの概算値(表4参照)
【表4】


低次モードに対するL=865mm(Lは共振器全長)
高次モードに対するL=865mm(Lは共振器全長)
低次モードに対するg1の概算値:表5参照
高次モードに対するg1の概算値:表5参照
【表5】


(2)シリンドリカルレンズ6及び7について
シリンドリカルレンズ6及び7の焦点距離は、共に50mmである。
(3)反射ミラー1及び出力ミラー2について
反射ミラー1及び出力ミラー2は、共に平面ミラーである。反射ミラー1は全反射ミラーであり、出力ミラー2のミラー反射率は40%である。
(4)固体レーザー媒質3について
固体レーザー媒質3は、Nd3+がドープ濃度1atm%でドープされているNd:GdVO4であり、その大きさは、20mm×5mm×2mm(側面3a:20mm×2mm、端面3b1、3b2:5mm×2mm)である。固体レーザー媒質3の側面3aには、光波長809nmに対するARコートが施されている。また固体レーザー媒質3の端面3b1及び3b2には、光波長1064nmに対するARコートが施されている。図5の固体レーザー媒質3には、c軸の方向が示されている。固体レーザー媒質3の側面3aと共振器内部を往復する光のなす角は28°である。
(5)レーザーダイオード5について
レーザーダイオード5から34W,42Wの励起光4を出力した。励起光4の波長は、809nmである。レーザーダイオード5と固体レーザー媒質3の側面3aとの間に、光路断面において縦方向に曲面を持つシリンドリカルレンズ22が配置されている。
(6)音響光学素子(AOM)23について
反射ミラー1とシリンドリカルレンズ6との間に、音響光学素子(AOM)23が配置されており、該音響光学素子(AOM)23と固体レーザー媒質3との間に、焦点距離が50mmのテレスコープ24と焦点距離が100mmのテレスコープ25が配置されている(図5)。テレスコープ24は、反射ミラー1から50mmの位置に配置され、テレスコープ25は、反射ミラー1から200mmの位置に配置されている。
音響光学素子(AOM)23をQスイッチドモードロッカーとして作用させ、光渦レーザービームのQスイッチモードロックパルス26を出力した。なお、音響光学素子(AOM)23の繰返し周波数を100kHzとし、モードロック周波数を〜170MHz(およそ170MHz)とした。
【0030】
[発生した光渦レーザービームのQスイッチモードロックパルス]
図6に、励起光出力42Wの場合の発生した光渦レーザービームのQスイッチモードロックパルスを示す。Qスイッチモードロックパルスの波長は、1063nmであった。なお、図6の縦軸は光強度(なお、単位はa.u.(arbitrary unit)である)、横軸が時間である。該Qスイッチモードロックパルスのパルス時間幅は、約100nsであった。また、ワンパルス上に時間間隔が約5nsの複数のスパイクが存在していることが分かる。よって、本第1発明の光渦レーザービーム発生方法、本第2発明の光渦レーザービーム発振装置Bにより、最大出力>10kWといった高いピークパワーの光渦レーザービームを得ることができた。
【産業上の利用可能性】
【0031】
本発明の光渦レーザービーム発振方法、光渦レーザービーム発振装置は、光マニピュレーションや原子トラップに有用である。また、プラズマやスパッター(溶融金属の酸化生成物)を捕捉しつつ、レーザー加工するのに有用である。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】図1は、光渦レーザービーム発振装置Aの平面図である。
【図2】図2は、励起光4が照射されている固体レーザー媒質3の側面3aにおける熱レンズ8の模式図である。
【図3】図3は、光渦レーザービーム9の確認のための干渉計の模式図である。
【図4】図4の(a)は、発生した光渦レーザービーム9の強度分布を示す。図4の(b)は、光渦レーザービームを球面波と重ね合わせたときに観測された渦状の干渉縞を示す。図4の(c)は、図3の光学系において、ピンホールを用いず光渦レーザービームを球面波に変換せず、光渦レーザービーム同士を干渉させた時に観測される干渉縞を示す。図4の(d)は、光渦レーザービーム同士を干渉させた時に観測される干渉縞の数値シミュレーション画像を示す。
【図5】図5は、光渦レーザービーム発振装置Bの平面図である。
【図6】図6は、光渦レーザービームのQスイッチモードロックパルスの強度を示すグラフである。
【符号の説明】
【0033】
A 光渦レーザービーム発振装置
1 反射ミラー
2 出力ミラー
3 固体レーザー媒質
3a 固体レーザー媒質の側面
4 励起光
5 レーザーダイオード
3b1 固体レーザー媒質3の一方の端面
6 シリンドリカルレンズ
3b2 固体レーザー媒質3の他方の端面
7 シリンドリカルレンズ
8 熱レンズ
8a 低次モードの細い光が感じる熱レンズ
8b 高次モードの比較的太い光が感じる熱レンズ
9 光渦レーザービーム
9a 光渦レーザービーム
9b 光渦レーザービーム
10 固体レーザー媒質内の屈折率分布
11 鏡面
12 鏡像
13 ハーフミラー
14 ミラー
15 ピンホール
16 レンズ
17 球面波
18 ハーフミラー
19 ミラー
20 プリズムミラー
21 干渉縞
22 シリンドリカルレンズ
23 音響光学素子(AOM)
24 テレスコープ(焦点距離50mm)
25 テレスコープ(焦点距離100mm)
26 光渦レーザービームのQスイッチモードロックパルス

【特許請求の範囲】
【請求項1】
固体レーザー媒質と、該固体レーザー媒質を挟む2枚のシリンドリカルレンズを、反射ミラーと出力ミラーとを具備した光共振器内に配置し、励起光源からの励起光によって前記固体レーザー媒質を光励起することによりレーザービームを発振させるレーザービーム発振方法において、前記光励起により前記固体レーザー媒質内に熱レンズを形成させ、かつ該熱レンズと前記2枚のシリンドリカルレンズと前記光共振器とで高次モードに対して共振条件;
【数1】

(ここで、f:熱レンズの焦点距離、LM1:反射ミラー側の共振距離、RM1:反射ミラーの曲率半径、LM2:出力ミラー側の共振距離、RM2:出力ミラーの曲率半径、L=LM1+LM2−LM1・LM2/fである。)
を満足させ、低次モードに対しては該共振条件を満足させないことにより、高次モードのレーザービームの位相を90度変化させつつ、該高次モードのレーザービームを選択的に増幅、発振させることを特徴とする、光渦レーザービーム発振方法。
【請求項2】
前記光励起が前記固体レーザー媒質の側面から励起させる側面励起方式であり、該固体レーザー媒質の側面から奥行き方向に向けて指数関数的に温度が低くなる温度分布勾配による熱レンズを形成させることを特徴とする請求項1記載の光渦レーザービーム発振方法。
【請求項3】
固体レーザー媒質が、Ndがドープ濃度1atm%以上でドープされているNd:YVO4もしくはNd:GdVO4であることを特徴とする請求項1または請求項2記載の光渦レーザービーム発振方法。
【請求項4】
励起光源が、レーザーダイオードであることを特徴とする請求項1〜請求項3いずれか1項記載の光渦レーザービーム発振方法。
【請求項5】
固体レーザー媒質と、該固体レーザー媒質を挟む2枚のシリンドリカルレンズを、反射ミラーと出力ミラーとを具備した光共振器内に配置し、励起光源からの励起光によって前記固体レーザー媒質を光励起することによりレーザービームを発振させるレーザービーム発振装置において、前記レーザーダイオードは、2枚のシリンドリカルレンズの共焦点位置で固体レーザー媒質が光励起されるように配置され、高次モードに対して共振条件;
【数2】

(ここで、f:熱レンズの焦点距離、LM1:反射ミラー側の共振距離、RM1:反射ミラーの曲率半径、LM2:出力ミラー側の共振距離、RM2:出力ミラーの曲率半径、L=LM1+LM2−LM1・LM2/fである。)
を満足させ、低次モードに対しては該共振条件を満足させないように熱レンズの焦点距離、反射ミラー側の共振距離、反射ミラーの曲率半径、出力ミラー側の共振距離、出力ミラーの曲率半径が設定されていることを特徴とする光渦レーザービーム発振装置。
【請求項6】
固体レーザー媒質が、Ndがドープ濃度1atm%以上でドープされているNd:YVO4もしくはNd:GdVO4であることを特徴とする請求項5記載の光渦レーザービーム発振装置。
【請求項7】
励起光源が、レーザーダイオードであることを特徴とする請求項5または請求項6記載の光渦レーザービーム発振装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2008−193066(P2008−193066A)
【公開日】平成20年8月21日(2008.8.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−341079(P2007−341079)
【出願日】平成19年12月28日(2007.12.28)
【出願人】(304021831)国立大学法人 千葉大学 (601)
【Fターム(参考)】