説明

免震システムおよび免震システムの制御方法

【課題】地震時の建物の応答低減をより効率的に行う。
【解決手段】建造物の免震を行う免震システムであって、構造物に対する地震動のエネルギーを吸収するために、減衰係数が可変である可変ダンパーと、構造物の揺れを検出するセンサと、発生した地震の規模を示す情報と、地震発生位置を示す情報を取得する手段と、地震発生領域毎に、可変ダンパーの制御則情報が予め関係付けられて記憶されたテーブルを備え、地震発生位置を示す情報に基づいて特定される発生領域に関係付けられている制御則を選択する手段と、発生した地震の規模を示す情報と、地震発生位置を示す情報とから、構造物に入力する地震動の最大速度値を算出する手段と、選択された制御則と、最大速度値と、センサの出力値とを入力し、可変ダンパーの減衰係数を計算する手段と、得られた減衰係数を可変ダンパーに設定する手段とを備えた。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、免震システムおよび免震システムの制御方法に関する。
【背景技術】
【0002】
免震や制震に使用されるダンパーの減衰力の可変方法について、従来は建物応答を低減するために制御理論や独自のルールに基づき減衰力を変化させていた。その検証には、いくつかの地震波(例えば、過去の記録地震波や当該場所において予測した地震波)を建物モデルに入力して応答解析を行い、効果を確かめながら制御理論や独自ルールのパラメータを地震の発生前に決定していた。
【0003】
なお、緊急地震速報に含まれる震源地及び地震規模に基づき、地震動が到達する前に可変ダンパー装置の減衰定数を、この地震動に対して効率よく建物本体の振動を吸収できる最適減衰定数に調整することにより、可変ダンパー装置のエネルギー吸収性能を十分に活かすことができる免震システムが知られている(例えば、特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2009−041337号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、従来の方法の場合、記録地震波や予測地震波の性質に近い地震波が到達した場合は、予め定めたパラメータが有効に作用し、建物応答の低減を期待できるが、そうでない場合には、低減効果が限定的になるという問題がある。
【0006】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたもので、免震や制震に用いるダンパーの減衰力を地震の特性と建物の応答特性を考慮して決定することにより、建物の応答低減をより効率的に行うことができる免震システムおよび免震システムの制御方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、建造物の免震を行う免震システムであって、前記構造物に対する地震動のエネルギーを吸収するために、減衰係数が可変である可変ダンパーと、前記構造物の揺れを検出するセンサと、発生した地震の規模を示す情報と、地震発生位置を示す情報を取得する地震情報取得手段と、地震発生領域毎に、前記可変ダンパーの制御則情報が予め関係付けられて記憶されたテーブルを備え、前記地震発生位置を示す情報に基づいて特定される発生領域に関係付けられている前記制御則を選択する地震発生領域選択手段と、前記発生した地震の規模を示す情報と、前記地震発生位置を示す情報とから、前記構造物に入力する地震動の最大速度値を算出する最大速度算出手段と、前記地震発生領域選択手段によって選択された前記制御則と、前記最大速度算出手段により算出された前記最大速度値と、前記センサの出力値とを入力し、前記可変ダンパーの減衰係数を計算する制御演算手段と、前記制御演算手段によって計算した減衰係数を前記可変ダンパーに設定する可変ダンパー制御手段とを備えたことを特徴とする。
【0008】
本発明は、構造物に対する地震動のエネルギーを吸収するために、減衰係数が可変である可変ダンパーと、前記構造物の揺れを検出するセンサと、発生した地震の規模を示す情報と、地震発生位置を示す情報を取得する地震情報取得手段と、地震発生領域毎に、前記可変ダンパーの制御則情報が予め関係付けられて記憶されたテーブルを備え、前記地震発生位置を示す情報に基づいて特定される発生領域に関係付けられている前記制御則を選択する地震発生領域選択手段とを備える建造物の免震を行う免震システムの制御方法であって、前記発生した地震の規模を示す情報と、前記地震発生位置を示す情報とから、前記構造物に入力する地震動の最大速度値を算出する最大速度算出ステップと、前記地震発生領域選択手段によって選択された前記制御則と、前記最大速度算出ステップにより算出された前記最大速度値と、前記センサの出力値とを入力し、前記可変ダンパーの減衰係数を計算する制御演算ステップと、前記制御演算ステップによって計算した減衰係数を前記可変ダンパーに設定する可変ダンパー制御ステップとを有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、免震や制震に用いるダンパーの減衰力を地震の特性と建物の応答特性を考慮して決定することにより、建物の応答低減をより効率的に行うことができるという効果が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】本発明の一実施形態の構成を示すブロック図である。
【図2】図1に示す装置の制御動作を示すフローチャートである。
【図3】図1に示す発生領域を地図により示した説明図である。
【図4】図1に示す発生領域を地図により示した説明図である。
【図5】地震動の最大速度を推定する原理を示す説明図である。
【図6】地震の発生位置を考慮した場合の建物応答の最大値分布を示す図である。
【図7】地震の発生位置を考慮しない場合の建物応答の最大値分布を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、図面を参照して、本発明の一実施形態による免震システムを説明する。図1は同実施形態の構成を示すブロック図である。この図において、符号1は、免震対象の建造物であり、例えば、高層階のオフィスビルなどである。符号2は、地震動のエネルギーを吸収するために、対象建造物1に付随して設けられた可変ダンパーであり、減衰係数を変化させることができるオイルダンパー等で構成する。符号3は、コンピュータ装置等で構成し、可変ダンパー2の減衰係数を変化させて対象構造物1において免震を達成するための制御を行う制御装置である。符号4は、対象建造物1の揺れを検出するセンサであり、各層の加速度、免震層の変位と速度を検出する。符号5は、センサ4の出力を取得するシステム応答取得部である。符号6は、制御装置3に与えるべき制御信号を演算によって求めて出力する制御演算部である。符号7は、地震動の最大速度を算出する最大速度算出部である。符号8は、発生した地震に関する情報を取得する地震情報取得部である。符号9は、発生した地震の領域を選択する地震発生領域選択部である。符号10〜13は、各地の観測点に設けられた地震計である。地震情報取得部8は、各地に設けられた地震計10〜13の出力情報と、緊急地震速報の情報を通信手段を使用して取得する。
【0012】
次に、図1を参照して、図1に示す地震発生領域選択部9の構成を説明する。地震発生領域選択部9は、「発生領域」毎に、可変ダンパー2の「制御則」が関係付けられたテーブルを備えている。発生領域は、例えば、図3、図4に示すように、対象建造物1に影響を及ぼすことが想定される地震の発生地域を複数の領域に予め分けた領域である。図3、図4においては、領域1〜9が予め定義されており、この領域1〜9が、地震発生領域選択部9内に定義されている。制御則は、発生領域1〜9のそれぞれの領域で発生した過去の記録地震波、または将来発生する予測地震波と、これらの地震波を用いて、対象建造物1の建物モデルによる応答解析の情報(建物の揺れの大きさ)から、領域毎の応答低減効果の高い制御則を予め決めて記憶したものである。制御則とは、可変ダンパー2の減衰係数を変化させるルールであり、例えば、遺伝的アルゴリズムを用いて構築したニューラルネットワーク(NN)による制御則などを用いる。
【0013】
次に、図5を参照して、地震動の最大速度を推定する原理を説明する。まず、地震発生の際に発せられる緊急地震速報に含まれるマグニチュードの値(M)、震源距離の値(X)及び震源深さの値(D)から、公知の距離減衰式を用いて、基準基盤(Vs=600m/s)における最大速度(PGV600)を求める。このとき、マグニチュード(M)は、モーメントマグニチュード(Mw)に変換して距離減衰式に代入して最大速度を求める。そして、求めた最大速度(PGV600)に対して増幅率(1.31)を乗算して、工学的基盤における最大速度(PGV400)を求め、この値に国土数値情報に基づく増幅率を乗算して、地震動の地表面最大速度(PGV)を算出する。この最大速度(PGV)により、対象建造物1における地震動のレベルを地震到達前に知ることができる。
【0014】
なお、マグニチュードの値(M)、震源距離の値(X)及び震源深さの値(D)は、観測点における地震計10〜13の計測値に基づいて求めるようにしてもよい。
【0015】
次に、図2を参照して、図1に示す装置が可変ダンパー2を制御する動作を説明する。まず、地震情報取得部8は、地震が発生した場合に、各地の観測点に設けられている地震計10〜13の計測値の情報と、緊急地震速報の情報とを取得する(ステップS1)。ここで取得する情報は、震源位置を示す緯度・経度情報と地震の規模を示すマグニチュード情報である。地震情報取得部8は、取得した震源位置を示す緯度・経度情報を地震発生領域選択部9に出力し、震源位置を示す緯度・経度情報と地震の規模を示すマグニチュード情報を最大速度算出部7へ出力する。
【0016】
次に、地震発生領域選択部9は、地震情報取得部8から出力された緯度・経度情報に基づいて、9つの発生領域の中から対象の発生領域を特定し、この発生領域に関係付けられている制御則を選択し、この選択した制御則の情報を制御演算部6へ出力する(ステップS2)。
【0017】
一方、最大速度算出部7は、地震情報取得部8から出力された震源位置を示す緯度・経度情報と地震の規模を示すマグニチュード情報に基づき、前述した距離減衰式等を使用して、最大速度を算出し、この算出した最大速度の値を制御演算部6へ出力する(ステップS3)。
【0018】
また、システム応答取得部5は、センサ4により検出した各層の加速度、免震層の変位と速度の出力を取得し、取得した検出値を制御演算部6へ出力する(ステップS4)。
【0019】
次に、制御演算部6は、地震発生領域選択部9が選択した制御則を用いて、可変ダンパー2に対して与えるべき減衰係数Csを計算する(ステップS5)。制御則は、例えば、以下に示す遺伝的アルゴリズムを利用したニューラルネットワークで構成されている。
【数1】

【0020】
入力層に地表の最大速度を用いることにより、式(2)のθが変わるため、中間層におけるニューロンの発火条件が変わり、最大速度に応じたシステムの応答評価によるダンパの減衰係数切り替えを期待することができる。また、可変ダンパー2の制御においては、加速度と免震層変位の両方を低減することが目標であるので、式(8)、式(9)の評価関数に基づいて適応度を算出する。
【数2】

【0021】
式(8)はいくつかの地表最大速度のレベル(ここでは3段階のレベル)に対して、その総和で総合的に評価することにより、それ以外の振幅レベルの地震波に対してもニューラルネットワークの汎化能力により制御性能を発揮することが期待される。また、式(9)の右辺の2つの分数の分子は、最上階の絶対加速度および免震層変位に関するペナルティ関数であり、それぞれのレベルにおいて設定した制限値を超えた場合には評価が低くなるように式(10)、式(11)のように定めている。
【数3】

【0022】
次に、制御演算部6は、対象建造物1の揺れが予め決められたしきい値以下であるか否かを判定し(ステップS6)、対象建造物1の揺れがしきい値以下でなければ、求めた減衰係数Csを制御装置3へ出力する(ステップS7)。これを受けて、制御装置3は、可変ダンパー2の減衰係数が制御演算部6から出力される減衰係数になるように制御する。一方、対象建造物1の揺れがしきい値以下であれば、制御演算部6は、処理を終了し、可変ダンパー2の制御動作を停止する(ステップS8)。この動作によって、対象建造物1に地震よる揺れが到達する前に、可変ダンパー2の減衰力を地震の特性と建物の応答特性を考慮して決定することにより、建物の応答低減をより効率的に行うことができる。
【0023】
図6、図7に、可変ダンパーの減衰係数を変化させない場合(減衰一定)と、発生した地震の位置を考慮しない場合と、本発明により発生した地震の位置を考慮した場合それぞれの建物応答の最大値分布を示す。図6、図7は、左から絶対加速度、地面からの相対変位、層間変形角を示している。図6、図7から明らかなように、地震発生位置を考慮した場合の絶対加速度や相対変位の値が、地震発生位置を考慮しない場合に比べて小さい値になっており、免震効果が高いことが分かる。
【0024】
このように、どのような揺れが伝わってくるのか事前に知ることのできない地震時の免震建物の応答を低減するために、建物の揺れ(応答)を適切に評価するとともに、揺れる前に取得できる地震の情報(震源位置、規模)を使用して、可変ダンパーの減衰係数を自律的に変化させるようにしたため、地震時の免震建物の応答を適切に低減することが可能となる。また、従来のフィードバック制御では、建物のモデルが決まれば、それに基づいて制御則が決定されるものであったが、本発明は例えば遺伝的アルゴリズムを利用したニューラルネットワークを使用して対象建造物の時々刻々の応答を評価しながらダンパの減衰係数を決定する制御則としたため、建物の応答に応じて減衰係数が時々刻々変化して、建物の揺れを低減することができる。また、揺れの小さい地震から大きい地震の振幅の異なる様々な地震に対しても建物の応答を低減することができ、減衰係数を一定にする場合に比べて制御性能を向上することができる。
【0025】
なお、図1における制御演算部6の機能を実現するためのプログラムをコンピュータ読み取り可能な記録媒体に記録して、この記録媒体に記録されたプログラムをコンピュータシステムに読み込ませ、実行することにより可変ダンパーの制御処理を行ってもよい。なお、ここでいう「コンピュータシステム」とは、OSや周辺機器等のハードウェアを含むものとする。また、「コンピュータシステム」は、ホームページ提供環境(あるいは表示環境)を備えたWWWシステムも含むものとする。また、「コンピュータ読み取り可能な記録媒体」とは、フレキシブルディスク、光磁気ディスク、ROM、CD−ROM等の可搬媒体、コンピュータシステムに内蔵されるハードディスク等の記憶装置のことをいう。さらに「コンピュータ読み取り可能な記録媒体」とは、インターネット等のネットワークや電話回線等の通信回線を介してプログラムが送信された場合のサーバやクライアントとなるコンピュータシステム内部の揮発性メモリ(RAM)のように、一定時間プログラムを保持しているものも含むものとする。
【0026】
また、上記プログラムは、このプログラムを記憶装置等に格納したコンピュータシステムから、伝送媒体を介して、あるいは、伝送媒体中の伝送波により他のコンピュータシステムに伝送されてもよい。ここで、プログラムを伝送する「伝送媒体」は、インターネット等のネットワーク(通信網)や電話回線等の通信回線(通信線)のように情報を伝送する機能を有する媒体のことをいう。また、上記プログラムは、前述した機能の一部を実現するためのものであってもよい。さらに、前述した機能をコンピュータシステムにすでに記録されているプログラムとの組み合わせで実現できるもの、いわゆる差分ファイル(差分プログラム)であってもよい。
【符号の説明】
【0027】
1・・・対象建造物、2・・・可変ダンパー、3・・・制御装置、4・・・センサ、5・・・システム応答取得部、6・・・制御演算部、7・・・最大速度算出部、8・・・地震情報取得部、9・・・地震発生領域選択部、10〜13・・・地震計

【特許請求の範囲】
【請求項1】
建造物の免震を行う免震システムであって、
前記構造物に対する地震動のエネルギーを吸収するために、減衰係数が可変である可変ダンパーと、
前記構造物の揺れを検出するセンサと、
発生した地震の規模を示す情報と、地震発生位置を示す情報を取得する地震情報取得手段と、
地震発生領域毎に、前記可変ダンパーの制御則情報が予め関係付けられて記憶されたテーブルを備え、前記地震発生位置を示す情報に基づいて特定される発生領域に関係付けられている前記制御則を選択する地震発生領域選択手段と、
前記発生した地震の規模を示す情報と、前記地震発生位置を示す情報とから、前記構造物に入力する地震動の最大速度値を算出する最大速度算出手段と、
前記地震発生領域選択手段によって選択された前記制御則と、前記最大速度算出手段により算出された前記最大速度値と、前記センサの出力値とを入力し、前記可変ダンパーの減衰係数を計算する制御演算手段と、
前記制御演算手段によって計算した減衰係数を前記可変ダンパーに設定する可変ダンパー制御手段と
を備えたことを特徴とする免震システム。
【請求項2】
構造物に対する地震動のエネルギーを吸収するために、減衰係数が可変である可変ダンパーと、前記構造物の揺れを検出するセンサと、発生した地震の規模を示す情報と、地震発生位置を示す情報を取得する地震情報取得手段と、地震発生領域毎に、前記可変ダンパーの制御則情報が予め関係付けられて記憶されたテーブルを備え、前記地震発生位置を示す情報に基づいて特定される発生領域に関係付けられている前記制御則を選択する地震発生領域選択手段とを備える建造物の免震を行う免震システムの制御方法であって、
前記発生した地震の規模を示す情報と、前記地震発生位置を示す情報とから、前記構造物に入力する地震動の最大速度値を算出する最大速度算出ステップと、
前記地震発生領域選択手段によって選択された前記制御則と、前記最大速度算出ステップにより算出された前記最大速度値と、前記センサの出力値とを入力し、前記可変ダンパーの減衰係数を計算する制御演算ステップと、
前記制御演算ステップによって計算した減衰係数を前記可変ダンパーに設定する可変ダンパー制御ステップと
を有することを特徴とする免震システムの制御方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate


【公開番号】特開2011−32822(P2011−32822A)
【公開日】平成23年2月17日(2011.2.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−182536(P2009−182536)
【出願日】平成21年8月5日(2009.8.5)
【出願人】(000002299)清水建設株式会社 (2,433)
【出願人】(899000079)学校法人慶應義塾 (742)
【Fターム(参考)】