説明

冠動脈疾患の遺伝的リスク検出法

【課題】 心筋梗塞の遺伝的リスクを判断するための一材料を得るための遺伝子検出法等を提供すること。
【解決手段】 日本人集団A(心筋梗塞患者134名、対照者137名)、日本人集団B(心筋梗塞患者1431名、対照者3161名)、日本人集団C(心筋梗塞患者643名、対照者1347名)、及び韓国人集団(心筋梗塞患者1880名、対照者8714名)の4個の独立した集団(全17447人)に関し、心筋梗塞に関するゲノム全領域関連解析(GWAS)を行った。その結果、ブチロフィリン・サブファミリー2・メンバーA1遺伝子(BTN2A1)のrs6929846多型と、インターロイキン・エンハンサー・バインディング・ファクター3・90kDa遺伝子(ILF3)のrs2569512多型が、日本人集団において、有意に心筋梗塞に関連した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、冠動脈疾患の遺伝的リスク検出法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
心筋梗塞は死因の上位を占めており、医学上も重要な問題である。近年の治療方法の進歩により、急性冠症候群に対して薬物溶出ステントの留置(非特許文献1)などが行われているが、冠動脈疾患は、米国では第1位、日本国では第2位、韓国では第3位の死因となっている。疾患予防は、冠動脈疾患と心筋梗塞の患者を減少させるために重要な方法であり、疾患リスクのバイオマーカを特定することは、リスク予測により将来の疾患発症を減少させるための方法として重要である。
近年の研究によって、冠動脈疾患と心筋梗塞については、従来の危険因子(高血圧・糖尿病・脂質代謝異常症・慢性腎臓病・喫煙など)に加えて、遺伝因子および多くの遺伝子と環境要因の相互作用の重要性が明らかになった(非特許文献2, 3)。冠動脈疾患と心筋梗塞は多因子疾患であり、遺伝子単独、又は修飾遺伝子および環境要因(或いは、その両方)との相互作用により発症が規定されると考えられている。但し、これらの遺伝子のそれぞれについては、疾患に対して比較的小さな影響を与えるのみである。また、近年の遺伝疫学的研究によって、白人における心筋梗塞の危険因子として幾つかの遺伝子多型が報告されている(非特許文献4-8)が、アジア人における心筋梗塞の遺伝因子については、ほとんど未知のままである。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
本発明は、上記した事情に鑑みてなされたものであり、その目的は、東アジア人集団における心筋梗塞に関連する遺伝子多型を同定し、心筋梗塞の発症予測を行うための精度の高い資料を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明者は、17447名の日本人集団A - C、及び韓国人集団において、約50万個の一塩基多型(single nucleotide polymorphism (SNP))について、心筋梗塞に関するゲノム全領域での関連解析(GWAS)を行った。
その結果、ブチロフィリン・サブファミリー2・メンバーA1遺伝子(BTN2A1)のrs6929846多型と、インターロイキン・エンハンサー・バインディング・ファクター3・90kDa遺伝子(ILF3)のrs2569512多型が、日本人集団において有意に心筋梗塞に関連した。また、ILF3中のrs2569512多型とrs1982075多型(C→G)とは、強い連鎖不平衡関係にあった。
【0005】
こうして、第1の発明に係る日本人における冠動脈疾患の遺伝的リスクの検出方法は、BTN2A1中の遺伝子多型、又はILF3中の遺伝子多型のうちの少なくとも1個の遺伝子多型を決定することを特徴とする。
本発明においては、BTN2A1中の遺伝子多型がrs6929846多型、ILF3中の遺伝子多型がrs2569512多型またはrs1982075多型であることが好ましい。
本発明においては、(1)BTN2A1のrs6929846多型と、(2)高血圧の有無、糖尿病の有無、脂質代謝異常の有無、慢性腎臓病の有無のデータのうちの少なくともいずれか一つのデータを組み合わせることが好ましい。
また、本発明において、ILF3のrs2569512多型またはrs1982075多型と、脂質代謝異常の有無のデータとを組み合わせることが好ましい。
また、第2の発明に係る日本人における冠動脈疾患の治療剤は、BTN2A1の発現又は機能を阻害することを特徴とする。
本発明において、冠動脈疾患とは、冠動脈の通過障害により発症する疾患を意味しており、具体的には、狭心症、心筋梗塞などが含まれる。
一般に遺伝子多型は、集団(例えば、日本人集団、西洋人集団など)が異なると、その種類・頻度が異なることが知られている。このため、日本人以外の集団において、心筋梗塞との関連が指摘されている多型であっても、必ずしも日本人集団においてそのような関連が認められるわけではない。このため、従来の報告については、国又は疾患が異なる場合には、必ずしも日本人における多型及び心筋梗塞との関連が裏付けられるわけではない。
【発明の効果】
【0006】
本発明によれば、日本人を含む東アジア人集団における心筋梗塞について、遺伝的リスクを予測するための検出法が提供される。この発明を用いることにより、心筋梗塞に対する予防が可能となり、高齢者の健康寿命の延長、生活の質の向上、寝たきりの防止ならびに今後の医療費削減など、医学的・社会的に大きく貢献できる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【図1】BTN2A1のrs6929846多型を含む連鎖不平衡ブロックを示す図である。データは、国際HapMap計画データベース(http://hapmap.ncbi.nlm.nih.gov/index.html.ja)から入手した(図2についても同じ)。
【図2】ILF3のrs2569512多型を含む連鎖不平衡ブロックを示す図である。
【図3】日本人集団において、BTN2A1のrs6929846多型の遺伝子型(CC対CT+TT)と血中高感度C-reactive protein(hsCRP)濃度との関係を調べたグラフである。CC遺伝子型は664名のデータ、CT+TT遺伝子型は91名のデータをそれぞれまとめた。また、データは平均値±標準誤差(mean±SE)で示した。
【図4】rs6929846多型を含むBTN2A1の5'-untranslated region(UTR)に該当する321塩基のcDNAフラグメントの塩基配列図である。この配列は、pGL3プロモータベクターのホタルルシフェラーゼ遺伝子の上流に挿入された。
【図5】BTN2A1のrs6929846多型が転写活性に与える影響を確認した試験結果を示すグラフである。HEK293T細胞に対して、rs6929846多型のC又はTアレルを含むcDNAフラグメントを結合したルシフェラーゼレポーター遺伝子、又はレポーター遺伝子のみ(コントロール)を導入した後、細胞溶解液中のルシフェラーゼ活性を測定した。相対ルシフェラーゼ活性(ホタル・ルシフェラーゼ活性/ウミシイタケ・ルシフェラーゼ活性)を求め、コントロールの活性を1.0として解析した。データは、10個の独立したデータ(各データについては同時に行った2個のデータの平均として求めた)についての平均値±標準誤差(mean±SE)で示した。
【図6】ヒトBTN2A1 cDNAを導入したHEK293T細胞について、BTN2A1遺伝子の導入によるアテローム性動脈硬化関連遺伝子群の発現の変化についての試験結果を示す図である。 (A)ヒトBTN2A1 cDNAを含むpCMV6-AC又はベクターのみ(コントロール)を遺伝子導入して、24時間後のHEK293T細胞について、BTN2A1の免疫ブロット解析結果を示す写真図である。β-アクチンを泳動時のコントロールとした。データは、3回の独立した実験の代表図を示す。 (B)エラスチン(ELN)、マトリックス・メタロペプチダーゼ3、及びインターロイキン5(IL5)の各遺伝子の発現を上記(A)に記載のHEK293T細胞を用いて、定量的RT-PCRで解析した結果を示すグラフである。データは、B2M、HPRT1、RPL13A、GAPDH、及びACTBのmRNAの発現量で補正し、コントロール細胞で求めた発現量の平均値を相対量として標準化した。各データは、2回の独立した実験の平均値である。
【図7】ヒト冠動脈中のBTN2A1及びILF3の免疫組織化学解析の結果を示す写真図である。 (A)ヒト冠動脈の責任病変をヘマトキシリン・エオシン染色した結果を示す写真。壊死中心を伴う出血性プラークにより、著明な血管狭窄をきたしている。 (B, D)血管中膜の平滑筋細胞(SMC)・心筋繊維・内皮細胞(EC)中のBTN2A1に対する免疫組織化学染色の結果を示す。(B)中の四角領域を(D)に拡大して示した。 (C, E, F)血管内皮細胞・平滑筋細胞・マクロファージ・内皮下層筋繊維細胞を含む全細胞の多くの核におけるILF3に対する免疫組織化学染色の結果を示す(C, E)。壊死中心の無細胞マトリックスにおいてもILF3に対して陽性反応が認められた(C, F)スケールバーは、(A),(B),(C)においては1mm、(D),(E),(F)においては50μmである。
【発明を実施するための形態】
【0008】
次に、本発明の実施形態について、図表を参照しつつ説明するが、本発明の技術的範囲は、これらの実施形態によって限定されるものではなく、発明の要旨を変更することなく様々な形態で実施することができる。また、本発明の技術的範囲は、均等の範囲にまで及ぶものである。
【0009】
<試験方法>
研究対象
研究対象は、4個の独立した母集団からなる4088名の心筋梗塞患者と13359名の対照者(健常者)とを含む17447名の日本人集団又は韓国人集団であった。4個の母集団のうち、3個(母集団A〜母集団C)は日本人集団であり、1個は韓国人集団であった。
日本人集団全体は6853名からなり、2208名が心筋梗塞患者、4645名が対照者であった。母集団Aは、271名(134名の心筋梗塞患者、137名の対照者)からなり、研究参加施設(岐阜県総合医療センター、岐阜県立多治見病院)に、2002年10月から2004年3月までに、様々な症状の治療のため又は毎年の健康診断のために来院した者であった。母集団Bは、4592名(1431名の心筋梗塞患者、3161名の対照者)からなり、研究参加施設(岐阜県総合医療センター、弘前大学病院、黎明郷リハビリテーション病院、弘前脳卒中センター)に、2002年10月から2009年3月までに、様々な症状の治療のため又は毎年の健康診断のために来院した者、又は群馬県において老化・老年病の疫学研究に参加した高齢者であった。
【0010】
母集団Cは、1990名(643名の心筋梗塞患者、1347名の対照者)からなり、研究参加施設(岐阜県立多治見病院、名古屋第一赤十字病院、いなべ総合病院)に、2002年10月から2009年3月までに、様々な症状の治療のため又は毎年の健康診断のために来院した者、又は群馬県又は東京において老化・老年病の疫学研究に参加した高齢者であった。2208名の日本人心筋梗塞患者(男性1635名、女性573名)は、すべて冠動脈造影と左室造影を受けた。心筋梗塞の診断は、典型的な心電図の変化と、血清中のクレアチンキナーゼ(MBアイソザイム)及び血清中トロポニンTの増加によって行った。診断は、左室造影像による壁運動異常の存在と、冠動脈造影による主要冠動脈のいずれかの狭窄又は左冠動脈主幹部の狭窄を同定することにより行った。
4645名(男性2163名、女性2482名)の対照者は、毎年の健康診断のために研究参加施設を訪れた者、又は地域の疫学研究に参加した者であった。彼らは、冠動脈疾患、末梢動脈の閉鎖性疾患、又は他のアテローム性動脈硬化症、虚血性又は出血性の脳血管障害又は他の脳疾患、あるいは血栓症、塞栓症、その他の出血性障害の病歴を持っていなかった。
【0011】
心筋梗塞患者及びコントロール者には、冠動脈疾患に関する従来の危険因子を有している者と有していない者とが含まれていた。従来の危険因子としては、高血圧(収縮期血圧が140mmHg以上か、拡張期血圧が90mmHg以上、若しくは両条件を満たす者、又は降圧薬を服用している者)、糖尿病(空腹時血糖値が6.93 mmol/L以上か、ヘモグロビンAlcが6.5%以上、若しくは両条件を満たす者、又は糖尿病治療中の者)、高コレステロール血症(血清総コレステロール値が5.72 mmol/L以上、又は高脂血症治療薬を服用している者)、又は慢性腎臓病(推算糸球体濾過量が60 mL/min/1.73 m2未満)が含まれる。
研究プロトコールはヘルシンキ宣言に従い、三重大学医学部、弘前大学医学部、岐阜県国際バイオ研究所、東京都老人総合研究所、理化学研究所及び研究参加施設の倫理委員会によって承認された。各参加者に対しては書面によるインフォームドコンセントを得た。
【0012】
韓国人の心筋梗塞患者は1880名(男性1500名、女性380名)からなり、2000年2月から2009年3月までに心筋梗塞と診断された者であって、延世大学心血管ゲノムセンターとセブランス病院(ソウル市)及び国立保険イルサン病院(コヤン市)の心筋梗塞予後研究データベースに登録されている患者から抽出された。心筋梗塞の診断は、欧州心臓病学会及びアメリカ心臓病学会の委員会の連合基準(非特許文献17)に依った。8714名(男性4104名、女性4610)の対照者は、コホート研究に基づいて、二つの集団(田園のアンソン市と都会のアンサン市におけるコホート)から募集された。彼らは、冠動脈疾患、末梢動脈の閉鎖性疾患、又は他のアテローム性動脈硬化症、虚血性又は出血性の脳血管障害又は他の脳疾患、あるいは血栓症、塞栓症、その他の出血性障害の病歴を持っていなかった。両コホート研究については、既に発表されている(非特許文献18)。この研究プロトコールは、韓国政府によって規定されたゲノム/遺伝的研究のためのガイドラインが適用され、延世大学の倫理委員会によって承認された。各参加者に対しては書面によるインフォームドコンセントを得た。
【0013】
ゲノムワイド関連解析(GWAS)
心筋梗塞に対するGWASは、StyIとNspIチップから構成され、ゲノム全領域に分布する約50万個の遺伝子多型を含むジーンチップ・ヒューマン・マッピング・500Kアレイセット(Affymetrix)を用いて日本人集団Aにおいて行った。解析可能であったデータ割合(コール・レート)が93%よりも小さいジェノタイピングデータについては、解析に用いなかった。本研究におけるコール・レートの平均値は98.0%であった。カイ二乗検定を用いて、心筋梗塞と各遺伝子多型のアレル頻度との関連について解析した。心筋梗塞に対する遺伝子型の多重比較については、ボンフェローニの補正を採用し、危険率(P値)が1.0×10-7(0.05/500,000)よりも小さい多型に関して統計的に有意であるとした。マイナーアレルの頻度が0.05未満の遺伝子多型、および遺伝子型の分布がハーディ・ワインバーグ平衡から有意に(false discovery rateが0.01未満)逸脱した遺伝子多型については、解析から除外した。また、非遺伝子領域に位置する遺伝子多型についても、評価対象から除外した。こうして、70個の遺伝子多型を選択し(表1〜表3)、日本人集団B及びC、並びに韓国人集団に対して、心筋梗塞との関連の再現性について解析を行った。
【0014】
【表1】

【0015】
【表2】

【0016】
【表3】

【0017】
遺伝子多型の検出方法
日本人集団については、7mL の静脈血を50mmol/L EDTA(ジナトリウム塩)を含むチューブに採取し、ゲノムDNAをキット(ゲノミックス社製)によって分離した。多型の遺伝子型は、PCRと配列特異的オリゴヌクレオチドプローブをサスペンジョン・アレイ・テクノロジー(SAT: Luminex 100)と組み合わせて使用する方法によって決定した(G&Gサイエンス株式会社)。プライマー、プローブ、その他の条件は、表4に示した。表には左から順に、遺伝子(Gene symbol)、一塩基多型(SNP)、SNPデータベース番号(dbSNP)、センスプライマー(Sense primer)、アンチセンスプライマー(Antisense primer)、プローブ1(Probe 1)、プローブ2(Probe 2)を示した。また、いずれの反応についてもアニーリング温度は60℃、サイクル数は50回とした。詳細な方法については、既報のもの(非特許文献19)を基本として、適宜に増幅条件を変えて行った。サスペンジョン・アレイ・テクノロジーの再現性については、既報(非特許文献20)に記載されている。なお、心筋梗塞との関連が認められなかった多型を検出するための条件については記載を省略した。
【0018】
【表4】

【0019】
心筋梗塞を持つ韓国人集団については、5mL の静脈血からDNA抽出キット(ウイザード・ゲノミック・DNA抽出キット(プロメガ社製)を用いて抽出した。2個の遺伝子多型(rs6929846, rs2569512)については、タックマン・フルオロジェニック5’ヌクレアーゼ・アッセイ(アプライドバイオシステムズ社製)を用いて、遺伝子型を決定した。2ngの全DNA、2.5μLのタックマン・ユニバーサルPCRマスターミックス、及び0.125μL(又は0.25μL)の40×(又は20×)アッセイミックスを混合して、PCR溶液(全容量5μL)とした。PCR溶液は、50℃、2分間の処理でウラシルN-グリコシラーゼを活性化させると共にキャリーオーバーによる夾雑物の混入を防止した後、95℃、10分間の処理でDNAポリメラーゼを活性化させた。続いて、92℃、15秒間の処理と60℃、1分間の処理とを1サイクルとして、40サイクルの増幅を実施した。全反応は、デュアル384ウエル・ジーンアンプPCRシステム9700(アプライドバイオシステムズ社製)によって実施し、反応後の蛍光は、プリズム7900HTシークエンス・ディテクション・システム(アプライドバイオシステムズ社製)によって測定した。遺伝子タイピングの確実性を担保するために、二重のサンプルで解析し、陰性対照をおいた。韓国人の対照者集団については、アンソン市とアンサン市のコホート集団から静脈血を採取してゲノムDNAを抽出した後、ゲノムワイド・ヒューマンSNPアレイ5.0(アフィメトリックス社製)を用いて遺伝子タイピングを行った。遺伝子タイピングに関する詳細な方法については、非特許文献18に記載されている。2個の多型(rs6929846, rs2569512)に関する遺伝子型については、これらのデータセットから得た。
【0020】
血中CRPの測定
755名の対照者集団(悪性新生物、感染症、及び炎症性疾患に罹患していない者)の静脈血を採取し、4℃にて、1600×g、15分間遠心して血清を分離し、測定まで−30℃で保管した。ヒト血清中高感度CRP(hs-CRP)は、ラテックス・エンハンスト比濁法(カルディオ・フェース・hsCRP、ダデ・ベーリング社製)とBN II 比濁法(ダデ・ベーリング社)で測定した。測定限界は、0.05 mg/Lであった。
レポーター・ジーン・アッセイ
レポーター・ジーン・アッセイは、BTN2A1のrs6929846多型のC又はTアレルを持つルシフェラーゼ・レポーター試験系によって実施した。rs6929846多型を含むBTN2A1の5'-UTRの321bpフラグメントをセンスプライマー(配列番号9:5′-CACCGGATCCACGCGTCTGGTTCACTCACACCCGGCCAATCC-3′)と、アンチセンスプライマー(配列番号10:5′-GGGCTCGAGTCCCCCACCTACTGTGCCCACCCCGG-3′)とを用い、プライム・スター・HS・DNAポリメラーゼ(タカラ社製)を使用したPCR法によって増幅した。鋳型のDNAとして、rs6929846多型のCT遺伝子型を持つ者から得たDNAを用いた。
【0021】
増幅反応条件として、初期の変性反応を98℃、1分間実施した後、「98℃、10秒間の変性反応、60℃、5秒間のアニーリング、及び72℃、30秒間の合成反応」を1サイクルとして35サイクル実施し、最後に72℃、2分間の合成反応を行った。PCR反応物は、制限酵素MluIとXhoIとを用いて反応させた後、pGL3プロモータベクター(プロメガ社製)のホタル・ルシフェラーゼ遺伝子の上流に結合させた。ヒト胎児腎臓(HEK)由来細胞293Tを10% ウシ胎児血清(FBS)、ペニシリン(100 U/mL)及びストレプトマイシン(100μg/mL)を含むダルベッコMEMを用いて、5%CO2下にて37℃で培養した。PCR産物を結合させたpGL3プロモータベクター(1μg)又は空のベクターのみと、内部コントロールとしての0.05μg pRL-CMV(プロメガ社製)とを、アマクサ・ヌクレオフェクターIIシステム(アマクサ・バイオシステムズ社製)を用いたエレクトロポーレション法によって、HEK293T細胞に導入した。トランスフェクションから48時間後に細胞を回収し、溶解させ、デュアル・ルシフェラーゼ・レポーター・アッセイ・システム(プロメガ社製)を用いたルシフェラーゼ活性測定に供した。ホタル・ルシフェラーゼの活性は、ウミシイタケ・ルシフェラーゼ(pRL-CMVにコードされているもの)の活性に基づいて標準化した。
【0022】
トランスフェクション、免疫ブロット、及びPT−PCR解析
ヒトBTN2A1のcDNAを含む発現ベクターpCMV6-AC(オリジーン社製)又はベクターのみをHEK293T細胞に、ポリエチレンイミンを用いる方法によって24時間トランスフェクションした(非特許文献21)。その後、細胞を2×ラエムリ・サンプルバッファを加えて、100℃で溶解し、400倍希釈した抗ヒトBTN2A1ウサギポリクローナル抗体(HPA019208:シグマ・アルドリッチ社製)を用いて、イムノブロット解析に供した。免疫複合体は、増強化学発光試薬(GEヘルスケアバイオサイエンス社製)によって検出した。遺伝子を導入した細胞からRNイージーキット(キアゲン社製)を用いて全RNAを単離し、アテローム性動脈硬化に関連する84個のヒト遺伝子に該当するcDNAに特異的なプライマーとプローブとを用いて、逆転写反応及びリアルタイムPCRに供した(RT2プロファイラーPCRアッセイ:SAバイオサイエンス社製)。
【0023】
免疫組織化学
心筋梗塞で死亡した剖検例から得られた冠動脈組織について、免疫組織化学解析を行った。パラフィン包埋切片からパラフィンを取り除き、水洗した後、0.01 mol/Lクエン酸緩衝液(pH6.0)に浸し、加圧処理装置にて10分間熱処理した。EnVision+ウサギ/西洋ワサビ・パーオキシダーゼ・キット(ダコ社製)を用いて、染色を行った。BTN2A1に対するウサギ・ポリクローナル抗体(HPA019208)は、50倍希釈して用い、ILF3に対するウサギ・ポリクローナル抗体(ab50832:Abcam社製)は、2000倍希釈して用いた。
統計解析
定量データは、心筋梗塞患者群と対照群との間で、対応のないスチューデントt検定により比較した。質的(カテゴリー)データは、カイ二乗検定によって比較した。対立遺伝子頻度は遺伝子カウント法によって概算し、ハーディ・ワインベルク平衡にあてはまるかどうかを判断するためにカイ二乗検定を使った。一塩基多型(SNPs)の対立遺伝子頻度は、心筋梗塞患者群と対照群との間で、カイ二乗検定によって比較した。
【0024】
心筋梗塞と関連する多型を交絡因子を含む多項ロジスティック回帰分析法により解析した。交絡因子については、年齢(age)・性別(sex:女性=0、男性=1)・肥満指数(body mass index:BMI)・喫煙状態(smoking status:非喫煙者=0、喫煙者=1)・代謝変数(高血圧(hypertension)・糖尿病(diabetes mellitus)・又は高コレステロール血症(hypercholesterolemia)の病歴なし=0、それらの病歴あり=1)、血中クレアチニン濃度、及び各SNPの遺伝子型を独立変数とし、心筋梗塞を従属変数とした。各遺伝子型は、優性遺伝モデル(野生型ホモ接合体=0,ヘテロ接合体とバリアント型ホモ接合体の結合群=1)及び劣性遺伝モデル(野生型ホモ接合体とヘテロ接合体の結合群=0,バリアント型ホモ接合体=1)、並びにP値、オッズ比、及び95%信頼区間を計算した。心筋梗塞に関連する遺伝子型の解析において多重比較を行っているため、統計的な有意性の評価にボンフェローニの補正を採用した。最初のGWASについては、危険率(P値)は1.0×10-7(0.05/500,000)よりも小さいものを有意とし、日本人集団Bに関する再現性の確認では、P値が0.0007(0.05/70)よりも小さいものを有意とした。その他の統計解析では、危険率5%未満(P<0.05)を統計的に有意とした。日本人集団A,B,C及び韓国人集団における統計的検出力を表5に示した。統計解析には、JMPゲノミクス・バージョン3.2ソフトウエア(SASインスティテュート社製)を用いた。本願発明者は、全データにアクセスし、その評価に対して責任を持った。また、全ての発明者が本試験の結果に同意した。
【0025】
【表5】

【0026】
<試験結果>
研究対象者に関するデータを表6に示した。表には、左欄より順に、特徴(Characteristic)、日本人集団(Japanese population)のA〜C(Subject panel A - C)について心筋梗塞患者群(MI)と対照群(Controls)、韓国人集団(Korean population)について心筋梗塞患者群(MI)と対照群(Controls)を示している。また特徴欄は、上より順に、症例数(No. of subjects)、年齢(Age(years))、性別(男性/女性)(Sex(male /female))、肥満指数(BMI)、現在又は過去の喫煙率(Current or former smoker)、高血圧罹患率(Hypertension)、糖尿病罹患率(Diabetes mellitus)、高コレステロール血症罹患率(Hypercholesterolemia)、血清クレアチニン濃度(Serum creatinine)を示している。
【0027】
【表6】

【0028】
日本人集団Aでは、心筋梗塞患者群の方が対照群に比べ、男性の割合、BMI、喫煙頻度、及び高コレステロール血症の罹患率が高い一方、年齢が若かった。これは、若年発症の心筋梗塞患者および健康な高齢者の対照が多いことに依るものである。日本人集団Bでは、心筋梗塞患者群の方が対照群に比べ、男性の割合、高血圧罹患率、糖尿病罹患率、高コレステロール血症罹患率、血清クレアチニン濃度が高かった。日本人集団Cでは、男性の割合、BMI、喫煙頻度、高血圧罹患率、糖尿病罹患率、高コレステロール血症罹患率、血清クレアチニン濃度が高い一方、年齢が若かった。韓国人集団では、心筋梗塞患者群の方が対照群に比べ、年齢、男性の割合、喫煙頻度、高血圧罹患率、糖尿病罹患率、高コレステロール血症罹患率、血清クレアチニン濃度が高かった。
日本人集団Aに関する最初のGWASの結果から、心筋梗塞との関連において危険率が1.0×10-7よりも小さな70個の遺伝子多型を選択し、日本人集団Bについて、これらの遺伝子多型と心筋梗塞との関連の再現性を評価した。結果を表7及び表8〜表10に示した。
【0029】
【表7】

【0030】
【表8】

【0031】
【表9】

【0032】
【表10】

【0033】
ボンフェローニの補正を行ったところ、2個の遺伝子多型、すなわちBTN2A1のrs6929846、ILF3のrs2569512(遺伝子型分布及びアレル頻度について、それぞれ危険率(P)は0.0007未満)が、日本人集団Bにおいて、有意に心筋梗塞と関連した。
次に、心筋梗塞患者群から選んだ96例の日本人集団のDNAサンプルについて、図1及び図2に示す上記2個の遺伝子多型を含む連鎖不平衡(linkage disequilibrium (LD))ブロック(標準連鎖不平衡係数(r2)を0.3以上とした)のうち5'非翻訳領域(5'-UTR)、エクソン、及びエクソン・イントロン境界について塩基配列を解析した。連鎖不平衡ブロックについてのデータは、国際HapMap計画データベース(http://hapmap.ncbi.nlm.nih.gov/index.html.ja)から入手した。rs6929846多型(C→T)は、BTN2A1のエクソン1の5'-UTRに位置している。図1に示すように、この多型を含む連鎖不平衡ブロックは、エクソン1〜4と転写開始位置の上流の約1.5kbを含んでいることを考慮して、BTN2A1の5'-UTR、エクソン1〜4、及び各エクソンとイントロンの境界領域の塩基配列を決定した。これらの領域中には、他の多型は検出されなかった。
【0034】
rs2569512多型(A→G)は、ILF3のイントロン7に位置している。図2に示すように、この多型を含む連鎖不平衡ブロックは、エクソン5〜13を含んでいることを考慮して、ILF3のエクソン5〜13、及び各エクソンとイントロンの境界領域の塩基配列を決定した。rs2569512多型に加えて、ILF3のイントロン4中にrs1982075多型(C→G)を検出した。これら2個の多型は、強い連鎖不平衡にあり(r2 = 0.9785, P = 1.8 × 10-41)、rs2569512多型がタグSNPであった。
次に、日本人集団Cにおいて、BTN2A1のrs6929846多型とILF3のrs2569512多型の両多型と心筋梗塞との関係を評価した。BTN2A1のrs6929846多型は、日本人集団Cにおいて、心筋梗塞との関連が認められたが、ILF3のrs2569512多型には心筋梗塞との関連がなかった。同様にして、韓国人集団についても、rs6929846多型とrs2569512多型と心筋梗塞との関連を評価したところ、いずれの多型も心筋梗塞と関連がなかった。上記2個の多型の遺伝子型分布は、全ての集団についての心筋梗塞患者群及び対照者群に関して、ハーディ・ワインバーグ平衡にあてはまっていた(表7)。
日本人集団の男性と女性のそれぞれについて、BTN2A1のrs6929846多型、又はILF3のrs2569512多型と心筋梗塞との関連を調べた結果を表11に示した。
【0035】
【表11】

【0036】
両多型の遺伝子型分布とアレル頻度については、日本人集団A〜Cを合わせたときの男性及び女性のいずれについても、心筋梗塞と有意に関連した。データは示さないが、韓国人集団においては、これらの多型は男性及び女性のいずれについても、心筋梗塞とは関連しなかった。
日本人集団又は韓国人集団において、rs6929846多型又はrs2569512多型と心筋梗塞との関連を、年齢、性別、BMI、喫煙率、高血圧罹患率、糖尿病罹患率、高コレステロール血症罹患率、及び血清クレアチニン濃度を補正した多項ロジスティック回帰分析にかけた。その結果、日本人集団において、BTN2A1のrs6929846多型(優性モデル)とILF3のrs2569512多型(優性及び劣性モデル)が、心筋梗塞と有意に関連した。rs6929846多型のTアレルと、rs2569512多型のGアレルは、心筋梗塞の危険因子であった。韓国人集団については、いずれの多型についても心筋梗塞との関連はなかった(表12)。
【0037】
【表12】

【0038】
日本人集団の心筋梗塞患者群に関し、BTN2A1のrs6929846多型又はILF3のrs2569512多型の遺伝子型分布とアレル頻度とについて、日本人コントロール多型データベース(https://gwas.lifesciencedb.jp)に基づき、心筋梗塞との関連を比較した。その結果、表13に示すように、BTN2A1のrs6929846多型のTアレルの頻度は、日本人コントロール多型データベースと比較して、心筋梗塞患者群の方が有意に高かった。一方、ILF3のrs2569512多型では、そのような結果は見られなかった。
【0039】
【表13】

【0040】
BTN2A1のrs6929846多型又はILF3のrs2569512多型のアレル頻度に関し、韓国人集団における心筋梗塞患者群について、日本人コントロール多型データベース又は国際HapMap計画データベース(http://hapmap.ncbi.nlm.nih.gov/index.html.ja)から得られた中国人のアレル頻度との比較を行った。その結果、表14に示すように、BTN2A1のrs6929846多型のTアレルの頻度は、日本人コントロール多型データベース又は中国人データと比較して、韓国人集団の心筋梗塞患者群の方が有意に高かった。一方、ILF3のrs2569512多型では、そのような結果は見られなかった。
【0041】
【表14】

【0042】
次に、日本人集団又は韓国人集団に関し、BTN2A1のrs6929846多型又はILF3のrs2569512多型と中間形質との関係を調べた。表15及び表16に示すように、日本人集団では、BTN2A1のrs6929846多型は、高血圧、糖尿病、高コレステロール血症および慢性腎臓病の罹患率に加えて、収縮期血圧、空腹時血糖値、血中グリコヘモグロビン値、血清中性脂肪、HDLコレステロール、クレアチニン濃度と有意に関連した。また、表17及び表18に示すように、ILF3のrs2569512多型は、高血圧、糖尿病、高コレステロール血症の罹患率に加えて、拡張期血圧、血中グリコヘモグロビン値と有意に関連した。
表15及び表16に示すように、韓国人集団においては、BTN2A1のrs6929846多型は、高コレステロール血症罹患率に加えて、拡張期血圧、血清総コレステロール、中性脂肪、LDLコレステロール濃度と有意に関連した。また、表17及び表18に示すように、ILF3のrs2569512多型は、中間形質とは関連しなかった。
【0043】
【表15】

【0044】
【表16】

【0045】
【表17】

【0046】
【表18】

【0047】
交絡因子を補正した多項ロジスティック回帰分析の結果、BTN2A1のrs6929846多型は、日本人集団において、高血圧罹率(優性モデル)、糖尿病罹患(優性モデル)、及び高コレステロール血症罹患(優性モデル)と、韓国人集団において、高コレステロール血症罹患(優性モデル)と有意に関連した。これらの条件において、Tアレルはすべての疾患の危険因子であった。同様の解析によって、ILF3のrs2569512多型は、日本人集団において、高コレステロール血症罹患(劣性モデル)と有意に関連したものの、韓国人集団の中間形質では関連はなかった。これらの結果を表19に示した。
【0048】
【表19】

【0049】
悪性新生物、感染症、及び炎症性疾患に罹患していない755名の日本人対照集団について、血清hs-CRP濃度を測定した結果を図3に示した。血清hs-CRP濃度は、BTN2A1のrs6929846多型について、CT及びTT遺伝子型を持つグループの方が、CC遺伝子型を持つグループよりも有意に高かった。なお、データは示さないが、ILF3のrs2569512多型については、相違は認められなかった。
配列番号11及び図4に示すように、rs6929846多型はBTN2A1の5'-UTRに位置し、転写開始点より76塩基下流にある。この多型は、既知の転写因子結合部位には位置していないが、rs6929846多型が転写活性に及ぼす影響をレポータージーンアッセイによって調べた。結果を図5に示した。pGL3プロモーターベクターによってHEK293T細胞に導入されたルシフェラーゼの相対活性は、rs6929846多型のCアレルに比べると、Tアレルの方が有意に高かった。
rs6929846多型のTアレルが、心筋梗塞の発症とBTN2A1の転写活性増加に関連していたことから、BTN2A1の発現亢進によって、アテローム性動脈硬化に関連する84個の遺伝子のmRNA量が変化するか否かを調べた。図6(A)に示すように、ヒトBTN2A1のcDNAを含むpCMV6-ACをHEK293T細胞に導入すると、24時間後にはBTN2A1の発現量は、非常に増加した。図6(B)に示すように、逆転写及びリアルタイムPCR解析によると、BTN2A1の発現亢進によって、エラスチン(ELN)mRNAの発現量は減少し、マトリックスメタロペプチターゼ3(MMP3)とインターロイキン5(IL5)のmRNAの発現量は増加した。
最後に、急性心筋梗塞の責任病変を用いて、BMT2A1とILF3の免疫組織化学染色を実施した。図7に示すように、冠動脈平滑筋細胞と心筋細胞は、BTN2A1に陽性であった。冠動脈・小動脈・いくつかの毛細血管の内皮細胞についてもBTN2A1が発現していた。冠動脈プラークの壊死中心ではILF3の発現が認められ、内皮細胞・平滑筋細胞・リンパ球・マクロファージを含む全細胞中の多くの核でもILF3が発現していた。
【0050】
<考察>
心筋梗塞における主要因であり治療可能な危険因子として、高血圧、糖尿病、脂質代謝異常、慢性腎臓病、及び喫煙がある。これらの従来から知られている危険因子に加えて、遺伝因子が心筋梗塞の病因として重要である(非特許文献2,3)。遺伝子多型に基づいた心筋梗塞の危険予測を行えれば、心筋梗塞の予防対策においても有用な情報となり得る。
今回の研究によれば、日本人集団において、染色体6p22.1にあるBTN2A1のrs6929846(C→T)多型が心筋梗塞の発症に有意に関連し、Tアレルが危険因子であることがわかった。しかしながら、この関係は韓国人集団については認められなかった。日本人集団では、BTN2A1のrs6929846多型は高血圧・糖尿病・脂質代謝異常・慢性腎臓病を含む様々な中間形質にも関連しているので、少なくとも一部は、そのような中間形質の影響によって、この多型と心筋梗塞との関連が理由付けられるのかも知れない。BTN2A1のrs6929846多型と脂質代謝異常の関連は、韓国人集団においても再現されたことから、BTN2A1は東アジア人集団における脂質代謝異常の感受性遺伝子であると考えられる。
【0051】
ブチロフィリン・サブファミリー2・メンバーA1遺伝子(BTN2A1)は、ブチロフィリン蛋白質ファミリーに属する蛋白質をコードするBTN2サブファミリーのメンバーである。BTN2A1は、第6染色体の遺伝子クラスターに位置している。この遺伝子クラスターは、イムノグロブリン遺伝子スーパーファミリーのサブセットである拡大B7/ブチロフィリン様グループに属する7個の遺伝子を含んでいる。BTN2A1は、脂質・脂肪酸・ステロール代謝に関与する結合細胞膜Bボックス蛋白質である(Entrez Gene, NCBI)。BTN2A1のmRNAは、血液中の免疫細胞を含む多くのヒト組織中に存在する(非特許文献9,10)。今回の免疫組織化学解析の結果でも、BTN2A1は、冠動脈平滑筋・内皮細胞及び心筋細胞に発現していることが確認された。
そもそもブチロフィリンファミリーは、ミルク脂質小球の生産に関与することから特定されたが(非特許文献11)、多くのブチロフィリンやブチロフィリン様蛋白質は免疫機能に関与することが知られており、該当する遺伝子の塩基配列の多様性が炎症性疾患の素因となることが知られている(非特許文献10)。疾患遺伝子のゲノムマッピングによって、サルコイドーシスの危険因子としてブチロフィリン様2遺伝子(BTNL2)の多型(rs2076530)が特定されている(非特許文献12)。HLA-DRBとの連鎖不平衡にあるBTNL2の多型は、他の炎症性疾患とも関連しており、それらの疾患は異常なT細胞活性化に依るものである(非特許文献13−15)。本研究の結果によれば、rs6929846多型の危険因子(Tアレル)は、血中hs-CRP濃度の上昇に加えて、BTN2A1の転写活性亢進に関連した。更に、BTN2A1の発現亢進は、培養細胞系において、ELNの発現抑制と、MMP3とIL5の発現増加を引き起こした。これらのデータによれば、BTN2A1のrs6929846多型におけるTアレルは、炎症・アテローム性動脈硬化・血栓症の発症に関与していることが示唆された。これらのことより、BTN2A1の発現又は機能の阻害が冠動脈疾患の治療剤となることがわかった。
【0052】
日本人集団においては、BTN2A1のrs6929846多型は心筋梗塞に有意に関連したが、韓国人集団においては、この関連は認められなかった。rs6929846の遺伝子型分布は日本人心筋梗塞患者群(CC, 78.5%; CT, 20.5%; TT, 1.0%)と韓国人心筋梗塞患者群(CC, 78.7%; CT, 20.3%; TT, 1.1%)とで類似していたが、日本人対照者群(CC, 88.1%; CT, 11.4%; TT, 0.5%)と韓国人対照者群(CC, 78.5%; CT, 20.2%; TT, 1.4%)とでは、有意に異なっていた(カイ二乗検定による危険率(P)は0.0001未満)。韓国人集団においては、対照者群が若すぎるために、rs6929846多型と心筋梗塞との関係が明確に示されなかった可能性が考えられる。食習慣などの環境要因が異なることも、rs6929846多型と心筋梗塞との関係が認められなかったことの一因である可能性がある。韓国人心筋梗塞患者群のアレル頻度と、日本人対照者データベース又は中国人対照者HapMapデータとの比較を行ったところ、rs6929846多型と心筋梗塞との有意な関連が認められたことから、依然としてBTN2A1は東アジア人集団における心筋梗塞の関連遺伝子である可能性が残されている。
【0053】
今回の結果から、日本人集団において、染色体19p13.2にある90kDaのインターロイキン・エンハンサー・バインディング・ファクター3(ILF3)遺伝子も心筋梗塞に関連すると考えられるが、日本人集団Cでは、rs2569512多型(A→G)と心筋梗塞との関係は再現されなかった。ILF3は、他の蛋白質・二重鎖RNA(dsRNA)・スモールノンコーディングRNA・mRANなどと結合して複合体を形成するdsRNA結合蛋白質をコードしており、遺伝子の発現とmRNAの安定化に寄与している(Entrez Gene, NCBI)。ILF3は、活性化T細胞の核内因子(NFAT)であり、T細胞中のインターロイキン2の発現を誘導する転写因子を構成している(非特許文献16)。NFATは、45-kDaのILF2と90-kDaのILF3のヘテロダイマーであり、両蛋白共に核mRNAの細胞質への再分布に影響を与えることが知られている(Entrez Gene, NCBI)。今回の免疫組織化学解析の結果によれば、ILF3は、内皮細胞・平滑筋細胞・リンパ球・マクロファージを含む多種の細胞核のほとんどに発現していた。更に、ILF3は冠動脈血栓の壊死中心にも多量に認められたことから、冠動脈血栓症の進展に関与するのかも知れない。但し、心筋梗塞の発症に対して、ILF3のイントロン7にあるrs2569512多型が、どのように関与しているかは不明である。
【0054】
白人集団において、染色体9p21にある多型が心筋梗塞に関連するとの既報(非特許文献4−7)があるものの、日本人集団における最初のGWASでは、この位置の多型は、心筋梗塞に関連(アレル頻度に対するP値は1.0×10-7未満)していなかったため、今回の研究では更なる解析は行わなかった。心筋梗塞に対する遺伝的要因が人種により異なるために上記の異なった結果が得られたかも知れないが、最初のGWASでは検体数が少ないために統計的に有意差が出なかった可能性も考えられる。
【0055】
<結論>
心筋梗塞に関連するとして特定された遺伝子多型がタンパク質の構造や機能に対して如何なる影響を与えるかについては不明であるが、我々の研究の結果、日本人集団において心筋梗塞に関連する遺伝子多型として、BTN2A1のrs6929846多型とILF3のrs2569512多型(配列番号12:GAAAAAAAAAAGGGTGCAACTGCCAA[A/G]AACTGGTCCTGCGTGAGAGTATCTAの27番目のA→G)および、この多型と強い連鎖不平衡関係にあるrs1982075多型(配列番号13:CCTATTCCTGCAACAGAAAGGCCAAC[C/G]TCTTGAGTATGATGACCCGGAAGTGの27番目のC→G)とが特定された。これらの遺伝子型を検討することによって、日本人集団における心筋梗塞の遺伝的リスクを評価するための有用な情報が得られる。この結果に基づき、遺伝子多型を調べることにより、心筋梗塞の危険性を知ることができる。
このように本実施形態によれば、心筋梗塞について、遺伝的リスクを予測するための検出法を提供することができる。この実施形態を用いることにより、心筋梗塞の予防が可能となり、高齢者の健康寿命延長・生活の質の向上・ねたきり防止ならびに今後の医療費削減など、医学的・社会的に大きく貢献できる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0056】
【非特許文献1】Stone GW, Lansky AJ, Pocock SJ, Gersh BJ, Dangas G, Wong SC, Witzenbichler B, Guagliumi G, Peruga JZ, Brodie BR, Dudek D, Mockel M, Ochala A, Kellock A, Parise H, Mehran R; HORIZONS-AMI Trial Investigators. Paclitaxel-eluting stents versus bare-metal stents in acute myocardial infarction. N Engl J Med. 2009;360:1946-1959.
【非特許文献2】Topol EJ, Smith J, Plow EF, Wang QK. Genetic susceptibility to myocardial infarction and coronary artery disease. Hum Mol Genet. 2006;15:R117-R123.
【非特許文献3】Yamada Y, Ichihara S, Nishida T. Molecular genetics of myocardial infarction. Genomic Med. 2008;2:7-22.
【非特許文献4】McPherson R, Pertsemlidis A, Kavaslar N, Stewart A, Roberts R, Cox DR, Hinds DA, Pennacchio LA, Tybjaerg-Hansen A, Folsom AR, Boerwinkle E, Hobbs HH, Cohen JC. A common allele on chromosome 9 associated with coronary heart disease. Science. 2007;316:1488-1491.
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【非特許文献7】Samani NJ, Erdmann J, Hall AS, Hengstenberg C, Mangino M, Mayer B, Dixon RJ, Meitinger T, Braund P, Wichmann HE, Barrett JH, Koig IR, Stevens SE, Szymczak S, Tregouet DA, Iles MM, Pahlke F, Pollard H, Lieb W, Cambien F, Fischer M, Ouwehand W, Blankenberg S, Balmforth AJ, Baessler A, Ball SG, Strom TM, Braenne I, Gieger C, Deloukas P, Tobin MD, Ziegler A, Thompson JR, Schunkert H; WTCCC and the Cardiogenics Consortium. Genomewide association analysis of coronary artery disease. N Engl J Med. 2007;357:443-453.
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【特許請求の範囲】
【請求項1】
BTN2A1中の遺伝子多型、又はILF3中の遺伝子多型のうちの少なくとも1個の遺伝子多型を決定することを特徴とする日本人における冠動脈疾患の遺伝的リスクの検出方法。
【請求項2】
BTN2A1中の遺伝子多型がrs6929846多型、ILF3中の遺伝子多型がrs2569512多型またはrs1982075多型であることを特徴とする請求項1に記載の日本人における冠動脈疾患の遺伝的リスクの検出方法。
【請求項3】
(1)BTN2A1のrs6929846多型と、(2)高血圧の有無、糖尿病の有無、脂質代謝異常の有無、慢性腎臓病の有無のデータのうちの少なくともいずれか一つのデータを組み合わせることを特徴とする請求項1又は2に記載の日本人における冠動脈疾患の遺伝的リスクの検出方法。
【請求項4】
ILF3のrs2569512多型またはrs1982075多型と、脂質代謝異常の有無とを組み合わせることを特徴とする請求項1又は2に記載の日本人における冠動脈疾患の遺伝的リスクの検出方法。
【請求項5】
BTN2A1の発現又は機能を阻害することを特徴とする日本人における冠動脈疾患の治療剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2011−172543(P2011−172543A)
【公開日】平成23年9月8日(2011.9.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−40993(P2010−40993)
【出願日】平成22年2月25日(2010.2.25)
【出願人】(304026696)国立大学法人三重大学 (270)
【出願人】(503359821)独立行政法人理化学研究所 (1,056)
【出願人】(399077674)G&Gサイエンス株式会社 (21)
【Fターム(参考)】