説明

分子インプリントポリマーおよびその製造方法

【課題】リン酸化合物に対する新規な分子インプリントポリマーおよびその製造方法を開発し、その保持能および分子認識能を評価するとともにリン酸化ペプチドの特異的認識への適用を検討する。
【解決手段】ポリマー鎖内に、機能性モノマーとして4−ビニルピリジンを用いて形成された部位を有し、当該部位によってリン酸化合物を特異的に認識する、分子インプリントポリマー、ならびにその製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リン酸化合物を特異的に認識する部位を有する分子インプリントポリマーおよびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
分子インプリント法は、テンプレート分子とその分子と相互作用を持つ機能性モノマーとの複合体を形成後、架橋剤の存在下で重合し、テンプレート分子を除去することにより、ポリマー鎖内にテンプレート分子を特異的に認識する部位を有する分子インプリントポリマー(Moleculary imprinted polymer;MIP)を創製する方法である。
【0003】
一方、タンパク質のリン酸化は、細胞内情報伝達系、代謝調節などにおいて、重要な役割を担っており、注目されている翻訳後修飾の1つである。リン酸化タンパク質の同定、リン酸化部位の特定は重要な課題であり、リン酸化プロテオーム解析が行われている。
【0004】
そこで、リン酸化タンパク質およびリン酸化ペプチドの認識を目的として、リン酸化合物に対するMIPを製造し、リン酸化ペプチドの特異的認識への適用が試みられてきている。従来、リン酸化合物の認識を目的としたMIPとしては、たとえばA. Kugimiya and H. Taki, Anal. Chim Acta, 606, 252(2008)(非特許文献1)に開示された、テンプレート分子としてリン酸ジフェニル、機能性モノマーとして1−アリル−2−チオ尿素、架橋剤としてエチレングリコールジメタクリレート(EDMA)を用いて調製されたMIPが知られている。また、たとえばK. Moller et al., J. Chromatogr. A, 938, 121(2001)(非特許文献2)に開示された、テンプレート分子としてリン酸ジトリル、機能的モノマーとしてメタクリル酸または2−ビニルピリジン、架橋剤としてエチレングリコールジメタクリレート(EDMA)を用いて調製されたMIP、たとえばA. J. Hall et al., Anal. Chim Acta, 538, 9(2005)(非特許文献3)に開示された、テンプレート分子としてリン酸トリフェニルまたはリン酸ジエチルフェニル、機能性モノマーとして1,3−ジアリール尿素、架橋剤としてEDMAを用いて調製されたMIPなども知られている。
【非特許文献1】A. Kugimiya and H. Taki, Anal. Chim Acta, 606, 252(2008)
【非特許文献2】K. Moller et al., J. Chromatogr. A, 938, 121(2001)
【非特許文献3】A. J. Hall et al., Anal. Chim Acta, 538, 9(2005)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の目的は、リン酸化合物に対する新規な分子インプリントポリマーおよびその製造方法を開発し、その保持能および分子認識能を評価するとともにリン酸化ペプチドの特異的認識への適用を検討することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の分子インプリントポリマーは、ポリマー鎖内に、機能性モノマーとして4−ビニルピリジンを用いて形成された部位を有し、当該部位によってリン酸化合物を特異的に認識することを特徴とする。
【0007】
本発明の分子インプリントポリマーは、pH7以下の条件で用いられることが好ましい。
【0008】
また、本発明の分子インプリントポリマーは、BET法により測定された比表面積が40〜400m2/g、細孔容量が0.05〜1cm3/g、平均細孔径が0.5〜10nmであるのが好ましい。
【0009】
本発明の分子インプリントポリマーは、ポリマー鎖の形成に用いられるテンプレート分子がリン酸ジフェニルまたはリン酸1−ナフチルであることが好ましい。
【0010】
本発明の分子インプリントポリマーはまた、テンプレート分子と、当該テンプレート分子と相互作用を有する機能性モノマーと、架橋剤と、希釈剤とを用いた多段階膨潤重合法によって製造されたものであり、架橋剤がグリセロールジメタクリレートまたはエチレングリコールジメタクリレートであり、希釈剤がシクロヘキサノールまたは1−ヘキサノールであることが好ましい。さらにこの場合、テンプレート分子がリン酸ジフェニル、架橋剤がグリセロールジメタクリレート、希釈剤が1−ヘキサノールであることがより好ましい。
【0011】
本発明はまた、テンプレート分子と、当該テンプレート分子と相互作用を有する機能性モノマーと、架橋剤と、希釈剤とを用いた多段階膨潤重合法によって分子内インプリントポリマーを製造する方法であって、テンプレート分子がリン酸ジフェニルまたはリン酸1−ナフチルであり、機能性モノマーが4−ビニルピリジンであり、架橋剤がグリセロールジメタクリレートまたはエチレングリコールジメタクリレートであり、希釈剤がシクロヘキサノールまたは1−ヘキサノールである分子インプリントポリマーの製造方法についても提供する。
【0012】
本発明の分子インプリントポリマーの製造方法において、テンプレート分子がリン酸ジフェニル、架橋剤がグリセロールジメタクリレート、希釈剤が1−ヘキサノールであることが好ましい。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、リン酸化合物に対する新規な分子インプリントポリマーおよびその製造方法が提供される。このような分子インプリントポリマーは、リン酸化ペプチドの特異的認識に好適に用いられ得る。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
<分子インプリントポリマーの製造方法>
まず、本発明の分子インプリントポリマー(以下、「MIP」)の製造方法について説明する。本発明のMIPの製造方法は、テンプレート分子と、当該テンプレート分子と相互作用を有する機能性モノマーと、架橋剤と、希釈剤とを用いた多段階膨潤重合法を用いることを前提とする。ここで、図1は、本発明に用いられる多段階膨潤重合法を模式的に示す図である。多段階膨潤重合法は、種粒子を膨潤助剤を用いて膨潤させ、これに希釈剤、開始剤を添加し、さらに、テンプレート分子、機能性モノマーおよび架橋剤を添加し、熱重合させて、MIPを製造する方法である。このような多段階膨潤重合法を用いてMIPを製造することで、他の方法(たとえば、塊状重合法や懸濁重合法など)でMIPを製造する場合と比較して、粒子径の均一な球状の粒子が得られるという利点がある。
【0015】
本発明のMIPの製造方法において、種粒子としては、たとえばポリスチレン種粒子、ポリメタクリル酸エステルの種粒子などが用いられるが、中でも、得られる種粒子の粒子径の変動係数が小さいことから、ポリスチレン種粒子が好ましい。
【0016】
本発明のMIPの製造方法に用いられる膨潤助剤としては、特に制限されるものではないが、たとえば1−クロロドデカン、フタル酸ジブチルなどが挙げられる。中でも、粒子径の均一な多孔性の粒子を製造するのに好適な、フタル酸ジブチルを膨潤助剤として用いることが好ましい。膨潤助剤は種粒子を膨潤させ得る程度の量を添加すればよく、添加量についても特に制限されるものではないが、種粒子100重量部に対し100〜6000重量部の範囲内で添加することが好ましい。
【0017】
本発明のMIPの製造方法に用いられる希釈剤としては、シクロヘキサノールまたは1−ヘキサノールが用いられる。シクロヘキサノールまたは1−ヘキサノールを希釈剤として用いることで、他の希釈剤(トルエン、クロロホルムなど)を用いる場合と比較して、テンプレート分子が溶け易いという利点がある。中でも、リン酸化合物に対して認識能の高いMIPが得られることから、1−ヘキサノールを希釈剤として用いることが好ましい。希釈剤の添加量についても特に制限されるものではないが、テンプレート分子100重量部に対し200〜20000重量部の範囲内で添加することが好ましく、500〜4000重量部の範囲内で添加することがより好ましい。希釈剤の添加量がテンプレート分子100重量部に対し200重量部未満である場合には、認識サイトの数が少ない傾向にあるためであり、また、20000重量部を超える場合には、粒子の耐圧性が低い傾向にあるためである。
【0018】
本発明のMIPの製造方法に用いられる開始剤としては、特に制限されるものではないが、たとえばアゾビスイソブチロニトリル、2,2−アゾビス(2,4−ジメチルバレロニトリル)、過酸化ベンゾイルなどが挙げられる。中でも、希釈剤およびモノマーに溶解しやすいことから、2,2−アゾビス(2,4−ジメチルバレロニトリル)を開始剤として用いることが好ましい。開始剤の添加量についても特に制限されるものではないが、テンプレート分子100重量部に対し20〜2000重量部の範囲内で添加することが好ましい。
【0019】
本発明のMIPの製造方法では、膨潤助剤、希釈剤および開始剤を添加した後の膨潤した状態の種粒子に、テンプレート分子、機能性モノマーおよび架橋剤をさらに添加する。本発明においては、テンプレート分子としては、下記式
【0020】
【化1】

【0021】
で示されるリン酸ジフェニル(以下、「DPP」)または下記式
【0022】
【化2】

【0023】
で示されるリン酸1−ナフチル(以下、「1−NapP」)が用いられる。DPPまたは1−NapPをテンプレート分子として用いることで、他のテンプレート分子(たとえばリン酸ジトリル、リン酸トリフェニル、リン酸ジエチルフェニルなど)を用いる場合と比較して、リン酸化合物を群特異的に認識可能であるという利点がある。中でも、リン酸化合物に対して高い認識能が得られることから、DPPをテンプレート分子として用いることが好ましい。
【0024】
また本発明のMIPの製造方法においては、機能性モノマーとして4−ビニルピリジン(以下、「4−VPY」)を用いる。4−VPYは市販されており、合成する必要がある1−アリル−2−チオ尿素、1,3−ジアリール尿素などの他の機能性モノマーを用いる場合と比較して、簡便に利用できるためである。
【0025】
機能性モノマーの添加量についても特に制限されるものではないが、テンプレート分子100重量部に対し20〜1000重量部の範囲内であることが好ましく、100〜500重量部の範囲内であることがより好ましい。機能性モノマーの添加量がテンプレート分子100重量部に対し20重量部未満である場合には、分子認識能が低い傾向にあるためであり、また、1000重量部を超える場合には、非特異的な吸着が起こる傾向にあるためである。
【0026】
また、本発明においては、架橋剤としては、下記式
【0027】
【化3】

【0028】
で示されるグリセロールジメタクリレート(以下、「GDMA」)または下記式
【0029】
【化4】

【0030】
で示されるエチレングリコールジメタクリレート(以下、「EDMA」)が用いられる。GDMAまたはEDMAを架橋剤として用いることで、他の架橋剤(たとえばジビニルベンゼンあるいはポリ(メタ)アクリレートなど)を用いる場合と比較して、得られたMIPがテンプレート分子に対し高い選択性を示すという利点があり、かかる観点からは、上記中でも、GDMAを架橋剤として用いることが好ましい。
【0031】
架橋剤の添加量については特に制限されるものではないが、テンプレート分子100重量部に対し100〜10000重量部の範囲内で添加することが好ましく、500〜5000重量部の範囲内で添加することがより好ましい。架橋剤の添加量がテンプレート分子100重量部に対し100重量部未満である場合には、粒子の耐圧性に問題があるためであり、また、10000重量部を超える場合には、分子認識能が低い傾向にあるためである。
【0032】
多段階膨潤重合法では、上述したようなテンプレート分子、機能性モノマーおよび架橋剤を添加した後、加熱して重合させる。重合温度は40〜80℃の範囲内であることが好ましく、50〜60℃の範囲内であることがより好ましい。重合温度が40℃未満である場合、重合速度が遅いまたは重合が不完全である傾向にあるためであり、また、重合温度が80℃を超えると、分子認識能が低い傾向にあるためである。重合時間は特に制限されないが、分子認識能の高い、安定なMIPを得る観点からは、12〜24時間程度であることが好ましい。
【0033】
<分子インプリントポリマー>
上述したような本発明のMIPの製造方法によって、ポリマー鎖内に、機能性モノマーとして4−VPYを用いて形成された部位を有し、当該部位によってリン酸化合物を特異的に認識するMIPが好適に製造される。本発明は、このようなMIPについても提供する。なお、本発明のMIPは、ポリマー鎖内に、機能性モノマーとして4−VPYを用いて形成された部位を有し、当該部位によってリン酸化合物を特異的に認識するものであればよく、本発明の製造方法によって製造されたものに限定されるものではないが、粒子径の均一な、球状の粒子が得られることから、上述した本発明のMIPの製造方法によって製造されたものであることが好ましい。
【0034】
本発明のMIPは、リン酸化合物に対する保持能を増加させる観点から、pH7以下の条件で用いられることが好ましく、pH6以下の条件で用いられることがより好ましい。実験例で後述するように、本発明のMIPのリン酸化合物に対する保持能について、液体クロマトグラフを用いて、移動相pH3〜6の範囲で評価したところ、移動相pHが低くなるとともにリン酸化合物の保持が増加した。このことは、リン酸化合物の保持および認識に、形状認識に加え、MIPとの水素結合が重要な役割を果たしていることを示唆する。なお、得られたMIPのpH安定性の観点からは、本発明のMIPは、pH2以上の条件で用いられることが好ましく、pH3以上の条件で用いられることがより好ましい。
【0035】
本発明のMIPは、比表面積・細孔分布測定装置Tristar(Micromeritics Instrument Corporation社製)を用い、BET法により測定された比表面積が50〜400m2/g(より好適には100〜300m2/g)、細孔容量が0.05〜1cm3/g(より好適には0.1〜0.5cm3/g)、平均細孔径が0.5〜10nm(より好適には1〜5nm)であることが好ましい。MIPの表面積が50〜400m2/gの範囲内であり、細孔容量が0.05〜1cm3/gの範囲内であり、かつ、平均細孔径が0.5〜10nmの範囲内であることで、リン酸化合物に対する群特異的な認識能が得られるという利点がある。
【0036】
また本発明のMIPは、高速液体クロマトグラフLC−20AD(島津製作所製)を用い、SEC(サイズ排除クロマトグラフィー)法により測定されたミクロ細孔容量が0.02〜0.1mL(より好適には0.02〜0.08mL)、メソ細孔容量が0.02〜0.1mL(より好適には0.02〜0.08mL)、マクロ細孔容量が0.1〜1mL(より好適には0.1〜0.5mL)であることが好ましい。MIPのミクロ細孔容量が0.02〜0.1mLの範囲内であり、メソ細孔容量が0.02〜0.1mLの範囲内であり、かつ、マクロ細孔容量が0.1〜1mLの範囲内であることで、リン酸化合物に対する群特異的な認識能が得られるという利点がある。
【0037】
本発明のMIPにおいて、ポリマー鎖の形成に用いられるテンプレート分子はDPPまたは1−NapPであることが好ましい。ポリマー鎖の形成に用いられるテンプレート分子がDPPまたは1−NapPであることで、他のテンプレート分子を用いてポリマー鎖を形成した場合と比較して、リン酸化合物に対する群特異的な分子認識能が得られるという利点があるためである。
【0038】
本発明のMIPはまた、テンプレート分子と、当該テンプレート分子と相互作用を有する機能性モノマーと、架橋剤と、希釈剤とを用いた多段階膨潤重合法によって製造されたものであり、架橋剤がGDMAまたはEDMAであり、希釈剤がシクロヘキサノールまたは1−ヘキサノールであることが好ましい。上述したように、GDMAまたはEDMAを架橋剤として用いることで、他の架橋剤を用いる場合と比較して、リン酸化合物に対して群特異的な認識能が得られるという利点がある。また、希釈剤としてシクロヘキサノールまたは1−ヘキサノールを用いることで、他の希釈剤を用いる場合と比較して、リン酸化合物に対して群特異的な認識能が得られるという利点がある。
【0039】
上述した中でも、リン酸化合物に対し高い保持能および分子認識能を有し、さらには、リン酸化合物に対して群特異的な認識能が得られるという利点があることから、本発明のMIPは、テンプレート分子がDPP、架橋剤がGDMA、希釈剤が1−ヘキサノールであることが、特に好ましい。
【0040】
本発明のMIPは、リン酸化合物に対し高い保持能および分子認識能を有するものである。本発明のMIPは、たとえばアデノシン(Adenosine)に対する保持係数kが0.5以上、選択係数Sが1.1以上であり、AMP(Adenosine 5'-monophosphate)に対する保持係数kが10以上、選択係数Sが2.5以上であり、ADP(Adenosine 5'-diphosphate)に対する保持係数kが45以上、選択係数Sが4.5以上であり、また、ATP(Adenosine 5'-triphosphate)に対する保持係数kが100以上、選択係数Sが6以上であることが好ましい。このように本発明のMIPは、アデノシン<AMP<ADP<ATPの順で、リン酸基の数が増すほど、保持能および分子認識能が大きくなる。なお、保持係数kは、以下の条件でのHPLCの結果から算出され、また、選択係数Sは、MIPの保持係数(kMIP)とNIPの保持係数(kNIP)との比(kMIP/kNIP)から算出された値を指す。
【0041】
・カラムサイズ:50mm×4.6mm i.d.
・カラム形成材料:ステンレス
・溶出液:10mM リン酸ナトリウム緩衝液−アセトニトリル(15/85(v/v))
・カラム温度:25℃
・流量:1.0mL/分
・検出:210nm
・注入量:1000ng
このようにリン酸化合物に対し高い保持能および分子認識能を有する本発明のMIPは、リン酸化ペプチドの選択的濃縮に好適に適用できると考えられる。リン酸化ペプチドの精製・濃縮法としては、従来、Fe3+、Ga3+などの三価の陽イオン、二核金属錯体(Phos−tag)などを用いた固定化金属キレートアフィニティークロマトグラフィー、酸化チタン(TiO2)、酸化ジルコニア(ZrO2)、ヒドロキシ酸修飾酸化金属クロマトグラフィー、酸化チタン(TiO2)の焼成(ルチル型の結晶構造)などを用いた酸化金属クロマトグラフィーなどが挙げられるが、本発明のMIPを用いたリン酸化ペプチドの選択的濃縮によれば、これらの方法と比較してリン酸化合物に対して群特異的な認識能が得られるという利点がある。また、本発明のMIPは、上述したようにリン酸化ペプチドに対し選択性を示すことから、リン酸化プロテオーム解析に応用できる可能性が示唆される。
【0042】
以下に実験例を挙げて、本発明をさらに詳しく説明するが、本発明はこれら実験例に限定されるものではない。
【0043】
<実験例1>
(リン酸化合物に対するMIPの調製)
テンプレート分子にDPPまたは1−NapP、機能性モノマーに4−VPY、架橋剤にGDMAまたはEDMA、希釈剤にシクロヘキサノールまたは1−ヘキサノールを用い、表1に示す組み合わせで、図1に示した多段膨潤重合法によって、それぞれ50℃で24時間重合し、MIP1〜4を調製した。
【0044】
【表1】

【0045】
なお、種粒子としてはポリスチレン種粒子を用い、テンプレート分子であるDPPまたは1−NapPはこのポリスチレン種粒子100重量部に対し300重量部、4−VPYはDPPまたは1−NapP100重量部に対し80重量部、架橋剤であるGDMAまたはEDMAはDPPまたは1−NapP100重量部に対し2000重量部、希釈剤であるシクロヘキサノールまたは1−ヘキサノールはポリスチレン種粒子100重量部に対し6250重量部添加した。
【0046】
(NIPの調製)
また、比較のためにテンプレート分子を用いないこと以外は同一の条件下で重合したノンインプリントポリマー(Non−imprinted polymer:NIP)1〜4(NIP1〜4)も調製した。
【0047】
<実験例2>
(MIP4の移動相pHの影響、分子認識能の評価)
架橋剤としてEDMAを用いたMIP4について、以下の条件でHPLCを行い、テンプレート分子であるDPP、1−NapPに対する移動相pHの影響を評価した。また、NIP4についても同様の条件でHPLCを行い、MIP4の保持係数(kMIP)とNIP4の保持係数(kNIP)との比(kMIP/kNIP)を選択係数Sと定義し、MIP4のDPP、1−NapPに対する分子認識能を評価した。
【0048】
・カラムサイズ:50mm×4.6mm i.d.
・カラム形成材料:ステンレス
・溶出液:20mM リン酸ナトリウム緩衝液−アセトニトリル(50/50(v/v))
・カラム温度:25℃
・流量:0.5mL/分
・検出:210nm
・注入量:250ng
図2は、MIP4におけるDPP、1−NapPに対する移動相pHの影響を示すグラフであり、縦軸は保持係数(k)、横軸は溶出液のpHである(図2中、実線がDPP、破線が1−NapP)。また、図3は、MIP4におけるDPP、1−NapPに対する分子認識能を示すグラフであり、縦軸は選択係数(S)である。図2、3から、架橋剤にEDMAを用いて調製したMIPは、テンプレート分子であるDPP、1−NapPに対する選択性が低いことが分かる。このことから、以下の実験例では、架橋剤としてGDMAを用いたMIP1〜3について検討した。
【0049】
<実験例3>
(MIP1〜3の移動相pHの影響、分子認識能の評価)
架橋剤としてGDMAを用いたMIP1〜3について、以下の条件でHPLCを行い、テンプレート分子であるDPP、1−NapPに対する移動相pHの影響を評価した。また、NIP1〜3についても同様の条件でHPLCを行い、MIPの保持係数(kMIP)とNIPの保持係数(kNIP)との比(kMIP/kNIP)を選択係数Sと定義し、MIP1〜3それぞれのDPP、1−NapPに対する分子認識能を評価した。
【0050】
・カラムサイズ:50mm×4.6mm i.d.
・カラム形成材料:ステンレス
・溶出液:20mM リン酸ナトリウム緩衝液−アセトニトリル(50/50(v/v))
・カラム温度:25℃
・流量:0.5mL/分
・検出:210nm
・注入量:250ng
図4(a)は、MIP1〜3におけるDPPに対する移動相pHの影響を示すグラフ、図4(b)は、MIP1〜3における1−NapPに対する移動相pHの影響を示すグラフであり、それぞれ縦軸は保持係数(k)、横軸は溶出液のpHである。図4(a),(b)に示す結果から、いずれのMIPも、pH3〜6の範囲で、移動相pHが低くなるとともにDPPおよび1−NapPの保持が増加することが分かる。このような結果は、リン酸化合物の保持および分子認識には、形状認識に加えて、MIPとの水素結合が重要な役割を果たしていることを示唆している。また、図5は、MIP1〜3におけるDPP、1−NapPに対する分子認識能を示すグラフであり、縦軸は選択係数(S)である。図5から、MIP1〜3は、いずれもテンプレート分子に対して高い分子認識能を示すことが分かる。
【0051】
<実験例4>
(MIP1〜3の比表面積、細孔容量および平均細孔径の評価)
MIP1〜3について、表面積・細孔分布測定装置Tristar(Micromeritics Instrument Corporation社製)を用いたBET法により比表面積、細孔容量および平均細孔径を測定した。
【0052】
また、MIP1〜3について以下の条件でHPLCを行った。
・カラムサイズ:50mm×4.6mm i.d.
・カラム形成材料:ステンレス
・溶出液:テトラヒドロフラン
・カラム温度:25℃
・流量:0.2mL/分
・検出:254nm
・注入量:2μg
上記HPLCの結果に基づき、SEC法により以下の各式でミクロ細孔容量、メソ細孔容量およびマクロ細孔容量を算出した。
【0053】
・ミクロ細孔容量=ベンゼンの溶出容量−ヘキシルベンゼンの溶出容量
・メソ細孔容量=ヘキシルベンゼンの溶出容量−ポリスチレン(分子量:580)の溶出容量
・マクロ細孔容量=ポリスチレン(分子量:580)の溶出容量−ポリスチレン(分子量:73000000)の溶出容量
MIP1〜3のBET法により測定された比表面積、細孔容量および平均細孔径、ならびに、SEC法により算出されたミクロ細孔容量、メソ細孔容量およびマクロ細孔容量を表2に示す。
【0054】
【表2】

【0055】
<実験例5>
(アデノシン類に対するMIP1〜3の保持能および分子認識能の評価)
MIP1〜3について以下の条件でHPLCを行い、アデノシン類(ATP、ADP、AMPおよびアデノシン)に対するMIP1〜3の保持能および分子認識能を評価した。なお、分子認識能の評価にあたり選択係数Sを算出するため、NIP1〜3についても同様の条件でHPLCを行った。その結果、いずれのMIPにおいても、保持係数kはアデノシン<AMP<ADP<ATPの順となり、溶質のリン酸基の数が増すほど大きくなることが分かった。リン酸化合物に対して最も高い保持能および分子認識能を示したMIP2を、リン酸化ペプチドの特異的認識に適用した。
【0056】
・カラムサイズ:50mm×4.6mm i.d.
・カラム形成材料:ステンレス
・溶出液:10mM ジヒドロリン酸ナトリウム−アセトニトリル(15/85(v/v))
・カラム温度:25℃
・流量:1.0mL/分
・検出:210nm
・注入量:1000ng
ATP、ADP、AMPおよびアデノシンに対する、MIP1〜3の保持係数(k)および選択係数(S=kMIP/kNIP)を表3に示す。
【0057】
【表3】

【0058】
<実験例6>
(アデノシン類の保持に対するアセトニトリル含量の影響)
MIP2およびNIP2について以下の条件で、溶出液のアセトニトリル含量を変化させてHPLCを行い、アデノシン類(ADP、AMPおよびアデノシン)の保持に対するアセトニトリル含量の影響を評価した。
【0059】
・カラムサイズ:50mm×4.6mm i.d.
・カラム形成材料:ステンレス
・溶出液:10mM ジヒドロリン酸ナトリウム−アセトニトリル
・カラム温度:25℃
・流量:1.0mL/分
・検出:210nm
・注入量:250ng
図6(a)は、MIP2におけるアデノシン類の保持に対するアセトニトリル含量の影響を示すグラフ、図6(b)は、NIP2におけるアデノシン類の保持に対するアセトニトリル含量の影響を示すグラフであり、それぞれ縦軸は保持係数、横軸はアセトニトリル含量(%)である。
【0060】
<実験例7>
(アデノシン類のクロマトグラム)
MIP2およびNIP2のそれぞれについて、アデノシン、AMP、ADPおよびATPのHPLCを行った。図7(a)は、MIP2におけるHPLCクロマトグラム、図7(b)はNIP2におけるHPLCクロマトグラムを示すグラフであり、いずれも横軸は保持時間(分)である。
【0061】
・カラムサイズ:50mm×4.6mm i.d.
・カラム形成材料:ステンレス
・溶出液:10mM ジヒドロリン酸ナトリウム−アセトニトリル(15/85(v/v))
・カラム温度:25℃
・流量:1.0mL/分
・検出:210nm
・注入量:各250ng
<実験例8>
(リン酸化ペプチドの特異的認識へのMIPの適用)
リン酸化標準ペプチドとして、エノラーゼトリプシン消化物T18 1P(NVPLpYK)(Waters社製)(同位体質量:813.39〔M+H〕+)、T19 1P(HLADLpSK)(Waters社製)(同位体質量:863.40〔M+H〕+)、T43 1P(VNQIGpTLSESIK)(Waters社製)(同位体質量:1368.68〔M+H〕+)を用いた。図8に模式的に示すように、カラム(10mm×4.0mm i.d.)とODSカラム(COSMOSIL 5C18−AR−II、150mm×2.0mm i.d.)とを接続したLC/MSシステムを用いて、移動相に0.5%酢酸および0.5%酢酸を含む水−アセトニトリルの混液を用い、グラジエント溶出を行い、検出はESI正イオンモードで、single ion monitoring(SIM)法により行い、MIP2およびNIP2についてリン酸化ペプチドの特異的認識能の評価を行った。LC条件は以下のとおりである。
【0062】
・前処理カラムのサイズ:10mm×4.0mm i.d.
・分析カラムのサイズ:150mm×2.0mm i.d.
(Cosmosil 5C18−Ar−II)
・溶出液A:0.5%酢酸
・溶出液B:0.5%酢酸を含むアセトニトリル−水(80:20(v/v))
・線状勾配:5−10%溶出液B 5分間
10−40%溶出液B 60分間
40−100%溶出液B 5分間
100%溶出液B 10分間
・カラム温度:25℃
・流量:0.2mL/分
・試料サイズ:リン酸化ペプチド 50pmol
・注入容量:5μl
図9(a)は、NIP2についてのリン酸化ペプチドのSIMクロマトグラム、図9(b)はMIP2についてのリン酸化ペプチドのSIMクロマトグラムを示しており、いずれも横軸は時間(分)である。図9(a)、(b)から、MIP2は、リン酸化ペプチドに対し認識能を示したことから、リン酸化プロテオーム解析に応用できる可能性が示唆された。
【0063】
<実験例9>
(トリプシン消化後のリン酸化ペプチドの特異的認識へのMIPの適用)
試料として、α−caseinのトリプシン消化物を用いた。MIP2またはNIP2とODSカラム(COSMOSIL 5C18−AR−II、250mm×4.6mm i.d)を接続し、移動相として0.1%トリフルオロ酢酸と0.1%トリフルオロ酢酸を含む水−アセトニトリルの混液を用い、グラジエント溶出を行い、検出は215nmで行った。MIP2、NIP2を用いて得られたクロマトグラムを比較し、NIP2を用いた場合にのみ検出されたピークを分取し、遠心濃縮後、マトリックスとしてα−cyano−4−hydroxycinnamic acidを加え、MALDI−TOF MSにより質量スペクトルを得た。次に、主要な質量ピークのリストを作成し、ExPASyを用いて、検索・解析した。その結果、α−caseinのトリプシン消化物に含まれているリン酸化ペプチドを検出し、同定することができた。以上の結果より、調製したMIPはリン酸化ペプチドの認識が可能であり、リン酸化プロテオーム解析におけるリン酸化ペプチドの検出および同定に適用できることが明らかとなった。
【0064】
今回開示された実施の形態および実験例は、全ての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内での全ての変更が含まれることが意図される。
【図面の簡単な説明】
【0065】
【図1】本発明に用いられる多段階膨潤重合法を模式的に示す図である。
【図2】MIP4におけるDPP、1−NapPに対する移動相pHの影響を示すグラフであり、縦軸は保持係数(k)、横軸は溶出液のpHである(図2中、実線がDPP、破線が1−NapP)。
【図3】MIP4におけるDPP、1−NapPに対する分子認識能を示すグラフであり、縦軸は選択係数(S)である。
【図4】図4(a)は、MIP1〜3におけるDPPに対する移動相pHの影響を示すグラフ、図4(b)は、MIP1〜3における1−NapPに対する移動相pHの影響を示すグラフであり、それぞれ縦軸は保持係数(k)、横軸は溶出液のpHである。
【図5】MIP1〜3におけるDPP、1−NapPに対する分子認識能を示すグラフであり、縦軸は選択係数(S)である。
【図6】図6(a)は、MIP2におけるアデノシン類の保持に対するアセトニトリル含量の影響を示すグラフ、図6(b)は、NIP2におけるアデノシン類の保持に対するアセトニトリル含量の影響を示すグラフであり、それぞれ縦軸は保持係数、横軸はアセトニトリル含量(%)である。
【図7】図7(a)は、MIP2におけるアデノシン類のHPLCクロマトグラム、図7(b)はNIP2におけるアデノシン類のHPLCクロマトグラムを示すグラフであり、いずれも横軸は保持時間(分)である。
【図8】実験例8に用いたLC/MSシステムを模式的に示す図である。
【図9】図9(a)は、NIP2についてのリン酸化ペプチドのSIMクロマトグラム、図9(b)はMIP2についてのリン酸化ペプチドのSIMクロマトグラムであり、いずれも横軸は時間(分)である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリマー鎖内に、機能性モノマーとして4−ビニルピリジンを用いて形成された部位を有し、当該部位によってリン酸化合物を特異的に認識する、分子インプリントポリマー。
【請求項2】
pH7以下の条件で用いられる、請求項1に記載の分子インプリントポリマー。
【請求項3】
BET法により測定された比表面積が50〜400m2/g、細孔容量が0.05〜1cm3/g、平均細孔径が0.5〜10nmである、請求項1または2に記載の分子インプリントポリマー。
【請求項4】
ポリマー鎖の形成に用いられるテンプレート分子がリン酸ジフェニルまたはリン酸1−ナフチルである、請求項1〜3のいずれかに記載の分子インプリントポリマー。
【請求項5】
テンプレート分子と、当該テンプレート分子と相互作用を有する機能性モノマーと、架橋剤と、希釈剤とを用いた多段階膨潤重合法によって製造されたものであり、
架橋剤がグリセロールジメタクリレートまたはエチレングリコールジメタクリレートであり、希釈剤がシクロヘキサノールまたは1−ヘキサノールである、請求項4に記載の分子インプリントポリマー。
【請求項6】
テンプレート分子がリン酸ジフェニル、架橋剤がグリセロールジメタクリレート、希釈剤が1−ヘキサノールである、請求項5に記載の分子インプリントポリマー。
【請求項7】
テンプレート分子と、当該テンプレート分子と相互作用を有する機能性モノマーと、架橋剤と、希釈剤とを用いた多段階膨潤重合法によって分子内インプリントポリマーを製造する方法であって、
テンプレート分子がリン酸ジフェニルまたはリン酸1−ナフチルであり、機能性モノマーが4−ビニルピリジンであり、架橋剤がグリセロールジメタクリレートまたはエチレングリコールジメタクリレートであり、希釈剤がシクロヘキサノールまたは1−ヘキサノールである、分子インプリントポリマーの製造方法。
【請求項8】
テンプレート分子がリン酸ジフェニル、架橋剤がグリセロールジメタクリレート、希釈剤が1−ヘキサノールである、請求項7に記載の分子インプリントポリマーの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2010−100708(P2010−100708A)
【公開日】平成22年5月6日(2010.5.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−272252(P2008−272252)
【出願日】平成20年10月22日(2008.10.22)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成20年8月1日発行 社団法人 日本薬学会 物理系薬学部会発行の「第21回バイオメディカル分析科学シンポジウム講演要旨集」およびポスターに発表
【出願人】(599125249)学校法人武庫川学院 (24)
【Fターム(参考)】