説明

分析装置

【課題】特定の波長の光が入射されて、表面に増強電場を発生させる光共振体の表面に被分析物質を配置して、光共振体の表面に発生する増強電場を利用して被分析物質の特性を分析する分析装置において、増強電場をより効果的に発生させる。
【解決手段】表面から内部に入射された所定波長の光ビームを前記内部で共振させて、前記表面に増強電場を発生させる光共振体と、前記光共振体の前記表面に入射させる前記光ビームを照射するとともに、照射される前記光ビームの波長を連続的に変化させる波長可変レーザ光源と、光ビームの波長を変化させて、増強電場の強度が最大となる光共振体の共振波長を決定し、決定された共振波長に、波長可変レーザ光源から照射される光ビームの波長を設定する波長設定手段とを有する分析装置を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、所定波長の光ビームが入射されて増強電場を発生させる光共振体の表面に被分析物質を配置し、光共振体の表面に発生する増強電場を利用して、被分析物質の物理的特性を分析する分析装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ラマン分光法は、物質に単波長光を照射して得られる散乱光を分光し、ラマン散乱光のスペクトル(ラマンスペクトル)を得る方法であり、物質の同定等に利用されている。このラマン散乱光は微弱な光であるため、ナノオーダーの金属の微細構造(以下、金属ナノ構造という)に起因する局在プラズモン共鳴(プラズモン効果)を利用して、このラマン散乱光を増強させる表面増強ラマン散乱(SERS)効果を発現させる方法が知られており、このSERS効果を得るために、キャビティ効果を利用する方法が提案されている。
【0003】
特許文献1には、フラクタルを含む複数の凝集ナノ粒子を含む媒質をマイクロキャビティの近くに配置して、この媒質に光源から光を入射して、媒質からのラマン信号を検出する装置および検出方法が記載されている。また、特許文献1には、フラクタル凝集体およびマイクロキャビティを持つデバイスは、光放出の大きい増強を引き起こすことが知られており、ナノ粒子および/またはフラクタル凝集体を高Qのマイクロキャビティ内に入れることにより、これらの光増強過程の性質を組み合わせることが記載されている。
【0004】
【特許文献1】特表平2004−530867号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、特許文献1に記載されるような、マイクロキャビティ/マイクロ共振器では、測定光の波長に応じて、その波長を共振波長とするように設計され作製される。例えば、円柱状のマイクロ共振器ではその外径および長さが、円筒形のマイクロキャビティを持つデバイス(光共振体)ではその内径が、測定光の波長に応じて設計される。
しかしながら、マイクロキャビティ/マイクロ共振器は、非常に微細な構造体であり、設計値どおりに作製することは非常に困難である。したがって、測定光の波長を共振波長とするように設計しても、実際に作製されたマイクロキャビティ/マイクロ共振器では、共振波長を設計値と一致させることは困難であるという問題があった。
【0006】
本発明の目的は、上記従来技術の問題点を解決し、マイクロキャビティ/マイクロ共振器等の、特定の波長の光が入射されて増強電場を発生させる光共振体の表面に被分析物質を配置し、光共振体の表面に発生する増強電場を利用して、被分析物質の特性を分析する分析装置において、増強電場をより効果的に発生させ、高精度な分析を可能とする分析装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の目的を達成するために、本発明は、表面から内部に入射された所定波長の光ビームを前記内部で共振させて、前記表面に増強電場を発生させる光共振体と、前記光共振体の前記表面に入射させる前記光ビームを照射するとともに、照射される前記光ビームの波長を連続的に変化させる波長可変レーザ光源と、前記光ビームの波長を変化させて、前記光ビームの照射により前記光共振体の前記表面に発生する前記増強電場の強度が最大となる前記光共振体の共振波長を決定し、決定された前記共振波長に、前記波長可変レーザ光源から照射される前記光ビームの波長を設定する波長設定手段と、前記共振波長を持つ前記光ビームの照射により前記表面に発生する前記増強電場を利用して、前記光共振体の前記表面に配置された被分析物質の特性を分析する分析手段とを有することを特徴とする分析装置を提供するものである。
【0008】
ここで、前記光共振体は、半透過半反射性を有する第1の反射体と、透光体と、完全反射性または半透過半反射性を有する第2の反射体と、を前記表面側から順次備えるものであることが好ましい。
また、前記第1の反射体が、局在プラズモンを発生しうる金属微細構造を有するものであることが好ましい。請求項1または2に記載の分析装置。
【0009】
また、本発明の分析装置において、さらに、前記光共振体の表面で発生した散乱光を分光し、ラマン散乱光のスペクトルを得る分光手段を備え、前記波長設定手段は、ラマン散乱光の信号が強く得られる前記光ビームの波長を、前記増強電場の強度が最大となる前記共振波長に設定するものであることが好ましい。
あるいは、さらに、前記光共振体の表面で発生した散乱光を分光し、前記散乱光のスペクトルを得る分光手段を備え、前記波長設定手段は、前記散乱光の吸収スペクトルの波長を、前記増強電場の強度が最大となる前記共振波長に設定するものであることが好ましい。
あるいは、前記波長設手段は、予め測定された、前記光共振体の反射光または透過光の強度が最大となる波長を、前記増強電場の強度が最大となる前記共振波長に設定するものであることが好ましい。
【0010】
ここで、さらに、前記光共振体の前記光ビームの進行方向下流側に配置され、前記波長可変レーザ光源から照射される前記光ビームの波長に応じて、カット波長を変更して所望の波長の光ビームをカットする可変フィルタを備えることが好ましい。
【0011】
前記分析手段が、前記光共振体の表面で発生した散乱光を分光し、ラマン散乱光のスペクトルを得る分光手段であることが好ましい。
【0012】
また、前記分析手段が、前記被分析物質の質量を分析する質量分析手段であり、前記被分析物質が配置された前記光共振体の前記表面に、前記波長可変レーザ光源から前記共振波長を持つ前記光ビームを照射して前記表面に発生した前記増強電場を利用して、前記被分析物質を前記表面から脱離させ、この脱離した前記被分析物質の質量を前記質量分析手段により分析するものであることが好ましい。
【0013】
なお、本明細書において、光共振体の表面に被分析物質を配置するとは、被分析物質を光共振体の表面に直接接触させた状態で配置する場合や、被分析物質を光共振体の表面の近傍に配置する(近接させる)場合を含む。
また、本明細書において、試料とは、被分析物質と、この被分析物質を光共振体の表面に配置するのに使用される各種の部材を含むものをいう。ここで、被分析物質以外の各種の部材とは、被分析物質を担持しかつ光共振体の表面に被分析物質を保持する溶媒等の保持部材や、被分析物質と特異的に結合して被分析物質を光共振体の表面に捕捉する捕捉部材等である。ここで、例えば、捕捉部材とは、被分析物質が抗原である場合、この抗原と特異的に結合可能な抗体である。
【発明の効果】
【0014】
本発明の分析装置によれば、光ビームの波長を変化させて、光ビームの照射により光共振体の表面に発生する増強電場の強度が最大となる光共振体の共振波長を決定し、決定された共振波長に、波長可変レーザ光源から照射される光ビームの波長を設定する波長設定手段を備え、波長可変レーザ光源から照射される光ビームの波長を光共振体の共振波長に設定することにより、光共振体の共振波長にその設計値からのずれが生じたとしても、光共振体の共振波長と光ビームの波長とを正確に一致させることができるので、表面に増強電場を効果的に発生させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下に、本発明に係る分析装置について、添付の図面に示す好適実施形態に基づいて詳細に説明する。
以下、本発明に係る分析装置の一実施形態であるラマン分光装置について説明する。図1は、本発明に係るラマン分光装置の一実施形態を模式的に示す構成図である。また、図2は、ラマン分光装置の各部の動作を制御する駆動制御系を示すブロック図である。また、図3は、本発明に係るラマン分光装置に用いられるラマン分光用デバイスの一実施形態を示す構成図であり、図3(a)は、斜視図であり、図3(b)は、断面図である。
【0016】
図1に示す、ラマン分光装置100は、ラマン分光用デバイス1と、波長可変レーザ50と、可変フィルタ60と、波長カット検出部70と、分光手段80と、ミラー72および図示しない各種の光学部材を含む導光光学系とを備える。また、ラマン分光装置100は、図2に示すように、ラマン分光装置100の各部の動作を制御する制御部90を備える。
ラマン分光装置100は、ラマン分光用デバイス1の表面に配置された測定対象物質に、波長可変レーザ50からの測定光L1を入射させ、測定対象物質からの散乱光を分光してラマン散乱スペクトルを得るものである。
【0017】
図1および図3に示す、ラマン分光用デバイス1は、波長可変レーザ50から照射された測定光L1の入射側(図示上側)から、半透過半反射性を有する第1の反射体10と、透光体20と、完全反射性を有する第2の反射体30とを順次備える。ここで、半透過半反射性とは、透過性と反射性を共に有することを意味し、その透過率と反射率は任意である。
【0018】
ラマン分光用デバイス1は、第1の反射体10の表面(光散乱面)1sから内部に入射され所定波長の光ビームを、その内部で共振させて、表面1sにおいて電場を増強させる(増強電場を発生させる)光共振体である。すなわち、本実施形態のラマン分光用デバイス1では、第1の反射体10の表面(光散乱面)1sにおいて電場が増強され、表面増強ラマン効果を得ることができ、表面1sに被分析物質を配置して被分析物質の分析を行うことができる。
【0019】
ここで、ラマン分光用デバイス1の表面1sに被分析物質を配置するとは、被分析物質を表面1sに直接接触させた状態で配置する場合や、被分析物質を表面1sの近傍の電場が増強される領域に配置する(近接させる)場合を含み、特に制限されない。
例えば、被分析物質と特異的に結合して、その表面1sに被分析物質を捕捉する表面修飾(捕捉部材)を施し、この表面修飾を介して被分析物質を表面1sに配置して、被分析物質を表面1sに近接させた状態としてもよい。
【0020】
なお、本実施形態では、表面修飾に結合した被分析物質とその表面修飾とを合わせたものや、被分析物質を担持しかつ表面1sに保持する溶媒等の保持部材と被分析物質とを合わせたものを試料ともいう。また、表面1sに、表面修飾や保持部材を介して被分析物質が配置された状態を、表面1sに試料が配置された状態という。
【0021】
また、例えば、被分析物質が抗原である場合、その抗原と特異的に結合可能な抗体を表面1sに修飾しておき、抗原抗体反応により抗原である被分析物質と、抗体(表面修飾)とを結合させて、表面1sに抗体を介して被分析物質を配置する、すなわち、表面1sの近傍に被分析物質を配置してもよい。抗原抗体反応を利用して、表面1sに被分析物質を捕捉して配置することにより、表面1sに配置される被分析物質の量を増大させることができ、ラマン分光測定の感度を向上させることができる。
【0022】
透光体20は透光性平坦基板からなり、第1の反射体10は透光体20の一方の面に金属細線11が規則的な格子状パターンで形成された金属パターン層からなり、第2の反射体30は透光体20の他方の面に形成されたベタ金属層からなる。
透光体20の材質は特に制限なく、ガラスやアルミナ等の透光性セラミック、アクリル樹脂やカーボネート樹脂等の透光性樹脂等が挙げられる。
【0023】
第1の反射体10及び第2の反射体30の材質としては、任意の反射性金属を使用でき、Au、Ag、Cu、Al、Pt、Ni、Ti、及びこれらの合金等が挙げられる。第1の反射体10及び第2の反射体30はこれら反射性金属を2種以上含むものであってもよい。
【0024】
ベタ金属層である第2の反射体30は、例えば金属蒸着等により成膜できる。第1の反射体10は例えば、金属蒸着等によりベタ金属層を成膜した後、公知のフォトリソグラフィー加工を実施することで形成できる。
【0025】
第1の反射体10は反射性金属からなるが、デバイスの表面に照射された測定光を透過させる空隙であるパターン間隙12を複数有しているので光透過性を有し、半透過半反射性を有する。第1の反射体10の金属細線11の線幅及びピッチは測定光L1の波長よりも小さく設計されており、第1の反射体10は測定光L1の波長よりも小さい凹凸構造を有するものとなっている。従って、第1の反射体10は、局在プラズモンを発生しうる金属微細構造を有するものである。かかる測定光L1の波長よりも小さい凹凸構造の第1の反射体10は、いわゆる電磁メッシュシールド効果により光に対しては半透過半反射性の薄膜として作用する。
【0026】
金属細線11のピッチは測定光L1の波長よりも小さい条件を充足すれば特に制限なく、測定光L1として可視光を用いる場合には例えば200nm以下が好ましい。金属細線11の線幅は光によって金属中で振動する電子の平均自由行程以下であることが好ましく、具体的には50nm以下、特に30nm以下であることが好ましい。
【0027】
図3(b)に示す如く、ラマン分光用デバイス1に測定光L1が入射すると、第1の反射体10の透過率と反射率に応じて、一部は第1の反射体10の表面1sで反射され(図示略)、一部は第1の反射体10を透過して透光体20に入射する。透光体20に入射した光は、第1の反射体10と第2の反射体30との間で反射を繰り返す。すなわち、ラマン分光用デバイス1は、第1の反射体10と第2の反射体30との間で多重反射が起こる共振構造を有している。従って、透光体20の内部で多重反射光による多重干渉が起こり、多重干渉条件を満たす特定波長において共振し(以下、この特定波長を共振波長という)、共振波長の光が選択的に吸収される吸収特性を示す。ラマン分光用デバイス1内部においては、吸収特性に応じて電場が増強され、表面1sにおいて表面増強ラマン散乱効果を得ることができる。
【0028】
また、ラマン分光用デバイス1では、多重干渉条件は第1の反射体10の平均複素屈折率と第2の反射体30の平均複素屈折率と透光体20の平均複素屈折率及び厚みとに応じて変わるので、これらファクタに応じて特定波長(共振波長)の光を吸収する吸収特性を示す。そして、吸収特性に応じた測定光L1と異なる物理特性の出射光L2が出射される。本実施形態のラマン分光用デバイス1は、第2の反射体30が完全反射性を有するので、出射光L2が第1の反射体10からのみ出射される反射型デバイスである。
【0029】
ここで、ラマン分光用デバイス1は、第1の反射体10の平均複素屈折率をn−ik、透光体20の平均複素屈折率をn、第2の反射体30の平均複素屈折率をn−ik、透光体20の厚みをdとして(k及びkは消衰係数であり、−ik及び−ikは虚数部を示す。本実施形態では、透光体20の平均複素屈折率の虚数部は0である。)、第1の反射体10で反射されたときの位相ずれφ1、第2の反射体30で反射されたときの位相ずれφ2は、各々下記式で表される。
φ1=tan−1[2n/(n−n−k)]
φ2=tan−1[2n/(n−n−k)]
また、多重干渉により吸収される光のピーク波長である共振波長λは、下記式で表される。
λ=4πnd/(2π−φ1−φ2)
【0030】
特に、第1の反射体10、透光体20、第2の反射体30のうち少なくとも1つを複素誘電率の虚数部が0でない光吸収体により構成すると、吸収ピークがシャープになり、特定波長の光に対して強い吸収を示すものとなる。本実施形態では、金属層である第1の反射体10及び第2の反射体30が虚数部が0でない光吸収体である。
【0031】
透光体20の厚みdは制限なく、多重干渉による可視光波長領域の吸収ピーク波長が1つとなり検出が容易なことから300nm以下が好ましく、多重反射が効果的に起こりかつ多重干渉による吸収ピーク波長が可視光域で検出が容易なことから100nm以上が好ましい。
【0032】
ラマン分光用デバイス1では、透光体20内における多重反射回数(フィネス)が最大となるよう、光インピーダンスマッチングを取ったデバイス構造とすることが好ましい。かかる構成とすることで、吸収ピークがシャープになり、より高精度な分析を実施でき、好ましい。
【0033】
以上のように構成される、本実施形態のラマン分光用デバイス1は、第1の反射体10を透過して透光体20に入射した光が第1の反射体10と第2の反射体30との間で反射を繰り返して多重反射(共振)が効果的に起こり、多重反射光による多重干渉が効果的に起こる。本実施形態のラマン分光用デバイス1において、多重干渉条件は第1の反射体10の平均複素屈折率と第2の反射体30の平均複素屈折率と透光体20の平均複素屈折率及び厚みとに応じて変わるので、これらファクタに応じて特定波長の光を吸収する吸収特性を示し、第1の反射体10から吸収特性に応じた測定光L1と異なる物理特性の出射光L2が出射される。
【0034】
また、本実施形態のラマン分光用デバイス1では、金属パターン層からなる第1の反射体10の表面1sで局在プラズモン共鳴を効果的に起こすことができる。局在プラズモン共鳴は、金属の自由電子が光の電場に共鳴して振動することで電場を生じる現象である。特に凹凸構造を有する金属層では、凸部の自由電子が光の電場に共鳴して振動することで凸部周辺に強い電場を生じ、局在プラズモン共鳴が効果的に起こるとされている。本実施形態では、第1の反射体10が測定光L1の波長より小さい凹凸構造を有するので、局在プラズモン共鳴が効果的に起こる。
【0035】
局在プラズモン共鳴が生じる波長については、測定光L1の散乱や吸収が著しく増大し、この特定波長については反射光の強度が著しく低くなる。この局在プラズモン共鳴が生じる光波長(共鳴ピーク波長)、及び測定光L1の散乱や吸収の程度は、ラマン分光用デバイス1の表面1sにある試料の屈折率等に依存する。
【0036】
通常、多重干渉による吸収ピークと局在プラズモン共鳴による吸収ピークとは異なる波長に現れるので、本実施形態のラマン分光用デバイス1では、多重干渉現象と局在プラズモン共鳴現象による物理変化を各々検出することで、より高精度な分析を実施することが可能である。なお、多重干渉による吸収ピークと局在プラズモン共鳴による吸収ピークは重なる場合もある。
【0037】
第1の反射体10及び第2の反射体30の材質としては、上記の如く、局在プラズモン共鳴による電場増強効果を得ることができることから金属が好ましいが、金属以外の反射性材料を用いてもよい。
【0038】
本実施形態では、第1の反射体10が規則的な格子状パターンの場合について説明したが、第1の反射体10のパターン形状は任意であり、ランダムパターンでもよい。ただし、構造規則性が高い方が共振構造の面内均一性が高く、特性が集約されるので、感度等の点で好ましい。
また、第2の反射体30は、完全反射性を有する反射体としたが、これに限定されず、第1の反射体10と同様に、金属細線31が規則的な格子状パターンで形成された金属パターン層からなり半透過半反射性を有するものでもよい。
【0039】
上述のように構成されるラマン分光用デバイス1は、例えば、共振波長の設計値が測定光L1と一致するように測定光L1の波長に応じて設計される。なお、所定の屈折率を有する材料を用いて、測定光L1の波長に応じて透光体20の厚みdを調整することにより、共振波長を調整することができる。ここで、実際の透光体20の厚みを設計値どおりとすることは容易ではなく、実際に作製されたラマン分光用デバイス1の共振波長は、その設計値からずれてしまい、測定光L1の波長と異なる値となり、表面増強ラマン効果を十分に得ることができない場合がある。
以下に詳述するが、本発明のラマン分光装置は、ラマン分光用デバイスの実際の共振波長がその設計値からずれている場合でも、測定光L1の波長をラマン分光用デバイスの共振波長に調整し、設定することにより、効果的に表面増強ラマン効果を得ることができる。
【0040】
図1に示す、波長可変レーザ50は、単波長のレーザ光を測定光L1として照射し、ラマン分光用デバイス1に入射させる光源である。波長可変レーザ50は、出射光の波長を変更可能な光源であり、従って、測定光L1の波長を変えることができるものであり、例えば、Ti-Alレーザや、OPO(オプティカルパラメトリック発振)光源等の各種の波長可変レーザ光源を好適に使用することができる。
【0041】
波長可変レーザ50は、例えば、ラマン分光装置において、測定光L1の波長として通常使用される全波長の範囲において波長を変更可能に構成されていてもよく、被分析物質の特性等に応じて測定光L1の波長を決定してもよい。
また、波長可変レーザ50は、例えば、被分析物質の特性等に応じて予め測定光L1の波長を決定し、この波長から所定の範囲、例えば数10nmの範囲において測定光L1の波長を連続的に変更可能に構成されていてもよい。
【0042】
波長可変レーザ50は、その決定された測定光L1の波長を共振波長とするように設計され、作製されたラマン分光用デバイス1の共振波長に設計値からのずれが生じても、波長を連続的に変化させることができ、測定光L1の波長とラマン分光用デバイス1の共振波長に正確に一致させることができる。
【0043】
可変フィルタ60は、多層膜フィルタ62と、多層膜フィルタ62の角度を変更するフィルタ駆動部64と備え、ラマン分光用デバイス1の下流側に配置される。可変フィルタ60は、波長可変レーザ光源50から照射される測定光L1の波長の調整、変更に応じて、多層膜フィルタ62の角度を調整してカット波長を変更された測定光L1の波長に変更し、変更された測定光L1の波長の光ビームをカットするものである。本実施形態では、可変フィルタ60は、測定光L1の照射により、ラマン分光用デバイス1の表面1sで発生する測定光L1による散乱光や、測定光L1の反射光のうち、特に、測定光L1の波長の成分の光を除去するものである。なお、カット波長は、測定光L1の波長に限定されず、装置内部の迷光等の所望の波長の光も併せてカットするように設定してもよい。
【0044】
多層膜フィルタ62は、入射光の角度に応じて所定の波長の光を選択的に除去するものである。本実施形態では、多層膜フィルタ62に代えて、回折格子、吸収フィルタ等を使用することができる。
フィルタ駆動部64は、カット波長に合わせて多層膜フィルタ62の角度を変更、調整するものである。本実施形態では、フィルタ駆動部64は、波長可変レーザ50から照射される測定光L1の波長成分の光、すなわち測定光L1をカットするように、多層膜フィルタ62の角度を調整する。
【0045】
波長カット検出部70は、可変フィルタ60の多層膜フィルタ62によって、所定の波長、例えば、測定光L1の波長の光がカットされたことを検出するためのもので、可変フィルタ60の多層膜フィルタ62の角度を調整する際に、多層膜フィルタ62の透過光の光路上の検出位置に配置され、この透過光の光量を検出するものである。本実施形態では、可変フィルタ60には、ラマン分光用デバイス1による散乱光等も入射するが、測定光L1も多く入射するので、可変フィルタ60により測定光L1の波長の光がカットされると、透過光の光量が著しく減少する。
後述する制御部90は、波長カット検出部70からの測定信号を受信し、透過光の光量が極小となったタイミングで、可変フィルタ60により測定光L1の波長の光がカットされたと判断して、フィルタ駆動部64の駆動を停止して、カット波長の調整を終了する。
【0046】
ミラー72は、波長カット検出部70の下流に配置され、ラマン分光用デバイス1の表面1sで発生し、可変フィルタ60の多層膜フィルタ62を透過した散乱光を反射して、後述する分光手段80に入射させる導光部材である。
分光手段80は、分光検出器等からなり、ラマン分光用デバイス1の表面1sで発生する散乱光を分光し、ラマン散乱光のスペクトル(ラマンスペクトル)を得て、被分析物質の特性を分析するものである。
【0047】
図2に示すように、制御部90は、波長可変レーザ50、可変フィルタ60、波長カット検出部70と、分光手段80とそれぞれ接続されており、ラマン分光装置100の動作を制御するものである。
制御部90は、分光手段80によって得られたラマン信号に応じて、波長可変レーザ50の励起波長を設定する波長設定手段である。
また、制御部90は、設定した波長可変レーザ50の励起波長の光、すなわち測定光L1をカットするように、可変フィルタ60の動作を制御する。その際に、波長カット検出部70の動作を制御して、波長カット検出部70から送信されてくる信号に応じて可変フィルタ60によるカット波長の調整を、測定光L1の波長がカット波長となるように行う。
【0048】
以下、上述のように構成されるラマン分光装置100の動作を説明するとともに、ラマン分光装置100を用いたラマン分光スペクトルの測定について説明する。
【0049】
ラマン分光用デバイス1の表面1sに被分析物質を配置する。この被分析物質が配置されたラマン分光用デバイス1の表面1sに、波長可変レーザ50から測定光L1を入射させ、発生した散乱光を分光手段80で分光してラマンスペクトルを得る。
【0050】
ここで、波長可変レーザ50が、測定光L1の波長を連続的に変更しながら、散乱光のスペクトルを測定し、測定信号を制御部90に送信する。
制御部90は、測定されたラマンスペクトルから、信号が強く得られる光ビームの波長を検出する。この波長は、ラマン分光用デバイス1の多重干渉条件を満たす共振波長であり、ラマン分光用デバイス1の表面1sに発生する増強電場の強度が最大となる波長である。制御部90は、この共振波長を波長可変レーザ光源50の励起波長(測定光L1の波長)に設定し、設定信号を波長可変レーザ光源50に送信する。
制御部90から設定信号を受けた波長可変レーザ光源50は、測定光L1の波長を設定された共振波長に変更する。
【0051】
また、制御部90は、可変フィルタ60が、上記共振波長に設定された測定光L1の波長の成分を除去するように、フィルタ駆動部64を制御して多層膜フィルタ62の角度を調整する。
可変フィルタ60のカット波長の調整にあたり、制御部90は、波長カット検出部70を検出位置に移動させる。波長カット検出部70は、多層膜フィルタ62の透過光の光量を検出し、検出信号を制御部90に送信する。
【0052】
制御部90は、多層膜フィルタ62の角度調整しながら、波長カット検出部70により多層膜フィルタ62の透過光の光量を測定して、光量が極小となったタイミングで、可変フィルタ60により測定光L1の波長の光がカットされたと判断し、フィルタ駆動部64の駆動を停止する。
制御部90は、図示しない移動手段を駆動して波長カット検出部70を検出位置から、多層膜フィルタ62の透過光の光路から外れた退避位置(図1中に破線で示す)に移動させる。
【0053】
このようにして、本実施形態のラマン分光装置では、波長可変レーザ光源50から照射される測定光L1の波長を、ラマン分光用デバイスの共振波長に一致させることができ、これにより、表面増強ラマン効果をより好適に得ることができ、高精度なラマン分光測定が可能となる。
ここで、測定光L1の波長成分がカットされているので、デバイスからの散乱光を高精度に検出でき、高精度なラマン分光測定ができる。
【0054】
なお、上述のように、ラマン分光用デバイス1は、通常、測定対象物質の特性等に応じて、共振波長が決定され、決定した共振波長となるように厚みdや、平均屈折率を設計し、作製されるが、実際の共振波長を設計値と完全に一致させるのは困難である。このような問題に対しても、ラマン分光用デバイスの共振波長を検出し、測定光L1の波長を検出した共振波長に一致させることができるため、ラマン分光用デバイスを高精度に作製しなくとも、高精度なラマン分光測定が可能となる。
【0055】
また、可変フィルタにより、波長可変レーザ光源からの測定光L1の波長の変更に応じて、カット波長を変更することができるため、測定光L1の波長の光を好適にカットすることができ、高精度なラマン分光測定が可能となる。
【0056】
ここで、上記実施形態では、ラマン散乱光の信号が強く得られる測定光L1の波長を共振波長に設定するとしたが、本発明はこれに限定されない。
例えば、ラマン分光用デバイスの表面に被分析物質を配置しない状態で測定光L1を入射させ、発生した散乱光を分光して散乱光のスペクトルを得て、この散乱光の吸収スペクトルのピーク波長から、増強電場の強度が最大となる共振波長を決定し、測定光L1の波長をこの決定した共振波長に設定してもよい。
また、予め、複数の波長について、ラマン分光用デバイスの反射光の反射強度を測定しておき、反射強度が最大となる波長を、増強電場の強度が最大となる共振波長に設定してもよい。また、ラマン分光用デバイスの第2の反射体が半透過半反射性を有する場合は、ラマン分光用デバイスの透過光の透過強度を測定しておき、透過強度が最大となる波長を、増強電場の強度が最大となる共振波長に設定してもよい。
【0057】
なお、本実施形態のラマン分光用デバイスでは、第1の反射体が局在プラズモンを発生しうる金属微細構造を有するので、この第1の反射体における局在プラズモン共鳴によるデバイスの表面に増強電場が生じ、これによる表面増強ラマン効果を得ることもできる。
ところで、”T.Itoh et.al, Applied Physics Letters, 83, 2274-2276 (2003)”には、表面増強ラマン強度と局在プラズモン共鳴との間に相関が存在することが記載されている。上記文献に記載されるように、表面増強ラマン強度と局在プラズモン共鳴には相関が存在するため、ラマン分光用デバイスの散乱光の吸収スペクトル、反射光または透過光を測定して第1の反射体において局在プラズモン共鳴を発生させる波長を決定することにより、この局在プラズモン共鳴に起因する表面増強ラマン効果を効果的に得るための最適な測定光L1の波長(励起波長)を決定することができる。
【0058】
ここで、上記実施形態では、被分析物質の特性を分析する分析手段として、表面に被分析物質が配置されたラマン分光用デバイスの表面からの散乱光を分光してラマンスペクトルを得る分光手段80を有するラマン分光装置100について説明したが、本発明の分析装置はこれに限定されない。
【0059】
上記ラマン分光用デバイス1では、第1の反射体10及び/又は第2の反射体30(好ましくは第1の反射体10)に被分析物質、あるいは被分析物質を含む試料を配置すると、反射体と試料との相互作用等によって試料が配置された反射体の平均複素屈折率(実効複素屈折率)が変わり、多重干渉条件が変わることがわかっている。すなわち、試料によって多重干渉による吸収特性が変わる。ラマン分光用デバイス1を、上記特性を利用したセンサデバイス1として使用して、吸収特性によって変化する出射光L2の物理特性を検出することで、試料の分析を行うことができる。吸収特性によって変化する出射光L2の物理特性としては、出射光L2の光強度又は光強度の変化量、センサデバイス1により吸収される光の吸収波長又は吸収波長のシフト等が挙げられる。この場合、分析装置としては、試料の特性を分析する分析手段に、センサデバイス1の反射光および/または透過光の光量を検出する光量検出手段を有するものや、反射光あるいは透過光のスペクトルを測定する分光手段を有するものが挙げられる。
【0060】
このようにして、センサデバイス1では、試料の屈折率及び/又は濃度を分析することができ、試料の屈折率を分析して試料を同定することもできる。また、試料を配置する反射体(第1の反射体10及び/又は第2の反射体30)に被分析物質(特定物質)と特異的に結合する結合物質(表面修飾)を固定してから被分析物質を含む試料を接触させ、ラマン分光用デバイス1に対して測定光L1を照射し出射光L2を検出することで、試料に含まれる被分析物質の有無及び/又は被分析物質の量を分析することもできる。特定物質/結合物質の組合せとしては抗原/抗体(いずれを結合物質としてもよい)等が挙げられ、本実施形態では抗原抗体反応等の経時的な分析も可能である。
この場合でも、測定光L1の波長が変更されても、変更された測定光L1成分を効率よくカットし、出射光L2を高精度に検出することができるので、屈折率、濃度の高精度の分析が可能となり、抗原/抗体の量などを高精度に分析できる。
【0061】
以下、図4を参照して、ラマン分光用デバイスの第2の実施形態について説明する。図4(a)は第1の実施形態の図1(a)に対応する斜視図、図4(b)はラマン分光用デバイスの上面図である。本実施形態において、第1の実施形態と同じ構成要素には同じ参照符号を付して、説明は省略する。本実施形態のラマン分光用デバイス2は、第1の反射体10が金属粒子層からなる点を除けば第1の実施形態と基本的な構成は同様であり、また、第1の実施形態と同様の効果を奏するものである。
本実施形態においても、第1の実施形態と同様に、第1の反射体10と第2の反射体30との間で反射を繰り返して多重反射(共振)が効果的に起こり、多重反射光による多重干渉が効果的に起こり、表面において増強電場が発生する。
【0062】
図4に示すように、本実施形態のラマン分光用デバイス2は、第1の実施形態と同様、測定光L1の入射側から、半透過半反射性を有する第1の反射体10と透光体20と完全反射性を有する第2の反射体30とを順次備えたデバイス構造を有する。
【0063】
本実施形態が第1の実施形態と異なる点は、第1の実施形態では第1の反射体10がパターン形成された金属層であったのに対して、第1の反射体10が透光体20の表面に略同一径の複数の金属粒子13がマトリクス状に規則配列して固着された金属粒子層からなる点である。金属粒子13の材質は制限なく、第1の実施形態の第1の反射体10と同様の金属が例示できる。
【0064】
上記第1の反射体10は例えば、透光体20の表面に金属粒子13の分散溶液をスピンコート法等により塗布し乾燥することで形成できる。分散溶液に樹脂や蛋白質等のバインダを含有させ、バインダを介して金属粒子13を透光体20の表面に固着させることが好ましい。バインダとして蛋白質を用いる場合には、蛋白質同士の結合反応を利用して、金属粒子13を透光体20の表面に固着させることも可能である。
【0065】
第1の反射体10は反射性金属からなるが、空隙である粒子間隙14を複数有しているので光透過性を有し、半透過半反射性を有する。金属粒子13の径及びピッチは測定光L1の波長よりも小さく設計されており、第1の反射体10は測定光L1の波長よりも小さい凹凸構造を有するものとなっている。従って、第1の反射体10(金属微粒子層)は、局在プラズモンを発生しうる金属微細構造を有するものである。本実施形態においても、第1の反射体10は、いわゆる電磁メッシュシールド効果により光に対しては半透過半反射性の薄膜として作用する。
【0066】
本実施形態のラマン分光用デバイス2においても、共振波長の測定光L1の照射により、第1の反射体10の表面2sにおいて電場が増強され、表面増強ラマン効果を好適に得ることができるデバイスであり、表面2sに被分析物質を配置して被分析物質の分析を行うことができる。
【0067】
金属粒子13のピッチは測定光L1の波長よりも小さい条件を充足すれば特に制限なく、測定光L1として可視光を用いる場合には例えば200nm以下が好ましい。金属粒子13の径は光によって金属中で振動する電子の平均自由行程以下であることが好ましく、具体的には50nm以下、特に30nm以下であることが好ましい。
【0068】
本実施形態では、第1の反射体10が略同一径の複数の金属粒子13がマトリクス状に規則配列して固着された金属層からなる場合について説明したが、金属粒子13は径に分布があってもよく、配列パターンも任意であり、ランダム配列でもよい。また、第2の反射体30がベタ金属層からなる場合について説明したが、第2の反射体30についても第1の反射体10と同様に金属粒子層により構成することができる。この場合には、第2の反射体30が半透過半反射性を有するものとなる。
【0069】
以下、図5及び図6を参照して、ラマン分光用デバイスの第3の実施形態について説明する。図5はラマン分光用デバイスの斜視図、図6はその製造工程図である。本実施形態において、第1の実施形態と同じ構成要素には同じ参照符号を付して、説明は省略する。
【0070】
図5に示す如く、本実施形態のラマン分光用デバイス3は、第1の実施形態と同様、測定光L1の入射側から、半透過半反射性を有する第1の反射体10と透光体20と完全反射性を有する第2の反射体30とを順次備えたデバイス構造を有する。
【0071】
本実施形態では、第1の実施形態と異なり、透光体20は図6に示す被陽極酸化金属体(Al)40の一部を陽極酸化して得られる金属酸化物体(Al)41からなり、第2の反射体30は図6に示す被陽極酸化金属体40の非陽極酸化部分(Al)42からなる。第2の反射体30は完全反射性を有する。
【0072】
透光体20は、第1の反射体10側から第2の反射体30側に延びる略ストレートな複数の微細孔21が開孔された透光性微細孔体である。複数の微細孔21は第1の反射体10側の面において開口し、第2の反射体30側は閉じられている。透光体20において、複数の微細孔21は測定光L1の波長より小さい径及びピッチで略規則的に配列されている。
【0073】
陽極酸化は、被陽極酸化金属体40を陽極とし、陰極と共に電解液に浸漬させ、陽極陰極間に電圧を印加することで実施できる。被陽極酸化金属体40の形状は制限されず、板状等が好ましい。また、支持体の上に被陽極酸化金属体40が層状に成膜されたものなど、支持体付きの形態で用いることも差し支えない。陰極としてはカーボンやアルミニウム等が使用される。電解液としては制限されず、硫酸、リン酸、クロム酸、シュウ酸、スルファミン酸、ベンゼンスルホン酸、アミドスルホン酸等の酸を、1種又は2種以上含む酸性電解液が好ましく用いられる。
【0074】
図6に示すように、被陽極酸化金属体40を陽極酸化すると、被陽極酸化金属体の表面40sから該面に対して略垂直方向に酸化反応が進行し、金属酸化物体(Al)41が生成される。陽極酸化により生成される金属酸化物体41は、多数の平面視略正六角形状の微細柱状体41aが隙間なく配列した構造を有するものとなる。各微細柱状体41aの略中心部には、表面40sから深さ方向に略ストレートに延びる微細孔21が開孔され、各微細柱状体41aの底面は丸みを帯びた形状となる。陽極酸化により生成される金属酸化物体の構造は、益田秀樹、「陽極酸化法によるメソポーラスアルミナの調製と機能材料としての応用」、材料技術Vol.15,No.10、1997年、p.34等に記載されている。
【0075】
規則配列構造の金属酸化物体41を生成する場合の好適な陽極酸化条件例としては、電解液としてシュウ酸を用いる場合、電解液濃度0.5M、液温14〜16℃、印加電圧40〜40±0.5V等が挙げられる。この条件で生成される微細孔21は例えば、径が約30nm、ピッチが約100nmである。
【0076】
本実施形態において、第1の反射体10は透光体20への金属蒸着等により成膜され、透光体20の表面形状に沿って形成された金属層からなる。透光体20の微細孔21の開口箇所には金属が成膜されないので、第1の反射体10は略中心部に微細孔16を有する平面視略正六角状の金属体15が隙間なく配列した形状を呈する。第1の反射体10の微細孔16は透光体20の微細孔21と同じパターンで開孔されるので、微細孔16は測定光L1の波長より小さい径及びピッチで略規則的に配列されたものとなる。
【0077】
第1の反射体10は反射性金属からなるが、空隙である微細孔16を複数有しているので光透過性を有し、半透過半反射性を有する。第1の反射体10は、略中心部に微細孔16を有する測定光L1の波長より小さい大きさの平面視略正六角状の金属体15が略規則的に配列されたものであるので、測定光L1の波長よりも小さい凹凸構造を有するものとなっている。本実施形態においても、第1の反射体10は、いわゆる電磁メッシュシールド効果により光に対しては半透過半反射性の薄膜として作用する。
【0078】
金属体15のピッチ(微細孔16のピッチ)は測定光L1の波長よりも小さい条件を充足すれば特に制限なく、測定光L1として可視光を用いる場合には例えば200nm以下が好ましい。
【0079】
隣接する微細孔16の離間距離(隣接する微細孔16の間にある金属体15の幅W)は特に制限なく、適宜設定すれば良い。幅Wは、第1、第3の実施形態の金属細線11の幅、金属粒子13の径に相当する。幅Wは、光によって金属中で振動する電子の平均自由行程以下であることが好ましい。
【0080】
本実施形態においても、第1の実施形態と同様に、第1の反射体10を透過して透光体20に入射した光が第1の反射体10と第2の反射体30との間で反射を繰り返して多重反射し、多重反射光による多重干渉が効果的に起こり、共振条件を満たす特定波長において共振する。共振により、共振波長の光が吸収され、デバイス内の電場が増強され、その表面3sにおいて増強電場が発生する。
【0081】
本実施形態のラマン分光用デバイス3は、透光体20が第1の反射体10側の面において開口した複数の微細孔21を有する透光性微細孔体からなり、第1の反射体10が透光体20の表面形状に沿って複数の微細孔16を有して形成された金属層からなる点を除けば、第1の実施形態と基本的な構成は同様であるので、第1の実施形態と同様の効果を奏する。
【0082】
本実施形態のラマン分光用デバイス3は、陽極酸化を利用して製造されたものであるので、透光体20の微細孔21及び第1の反射体10の微細孔16が略規則配列されたラマン分光用デバイス4を簡易に製造でき好ましい。ただし、これら微細孔の配列はランダム配列でもよい。
【0083】
本実施形態では、透光体20の製造に用いる被陽極酸化金属体40の主成分としてAlのみを挙げたが、陽極酸化可能で生成される金属酸化物が透光性を有するものであれば、任意の金属が使用できる。Al以外では、Ti、Ta、Hf、Zr、Si、In、Zn等が使用できる。被陽極酸化金属体40は、陽極酸化可能な金属を2種以上含むものであってもよい。
【0084】
本実施形態では、第2の反射体30が完全反射性を有する場合について説明したが、被陽極酸化金属体40の全体を陽極酸化する、あるいは、被陽極酸化金属体40の一部を陽極酸化し、さらに被陽極酸化金属体40の非陽極酸化部分42及びその近傍部分を除去して、微細孔21が透光体20を貫通する透光体20を得て、さらに、微細孔21が透光体20を貫通する透光体20に透光体20の表面形状に沿って第2の反射体30を形成して、第1の反射体10と同様に微細孔を有し半透過反射性を有する第2の反射体30を形成してもよい。
【0085】
以下、図7及び図8を参照して、ラマン分光用デバイスの第4の実施形態のについて説明する。図7は、ラマン分光用デバイスの断面図、図8は製造工程図である。本実施形態において、第1の実施形態および第3の実施形態と同じ構成要素には同じ参照符号を付して、説明は省略する。
【0086】
図7に示すように、本実施形態のラマン分光用デバイス4は、第3の実施形態と同様、測定光L1の入射側から、半透過半反射性を有する第1の反射体10と透光体20と完全反射性を有する第2の反射体30とを順次備えたデバイス構造を有し、透光体20は図8に示す被陽極酸化金属体(Al)40の一部を陽極酸化して得られる金属酸化物体(Al)41からなり、第2の反射体30は図8に示す被陽極酸化金属体40の非陽極酸化部分(Al)42からなる。第2の反射体30は完全反射性を有する。ラマン分光用デバイス4は、第3の実施形態のラマン分光用デバイス3と第1の反射体10の構成が異なる以外は同様の構成を有し、同様の効果を得るものである。
【0087】
ラマン分光用デバイス4は、微細孔21内に充填されている充填部45と、微細孔21上に透光体20の表面20sより突出して形成され、充填部45の外径よりも大きい外径を有する突出部46とからなる複数の金属部44を備えており、金属部44の突出部46側の表面が、被分析物質が配置される面であり、第1の反射体10の表面4sである。すなわち、本実施形態では、第1の反射体10は、複数の金属部44の突出部46により構成されている。
【0088】
充填部45と突出部46とからなる金属部44は、透光体20の微細孔21に電気メッキ処理を施すことにより形成される。
電気メッキを行う場合には、第2の反射体30が電極として機能し、電場が強い微細孔21の底部から優先的に金属が析出する。この電気メッキ処理を継続して行うことにより、微細孔12内に金属が充填されて金属部44の充填部45が形成される。充填部45が形成された後、更に電気メッキ処理を続けると、微細孔21から充填金属が溢れるが、微細孔21付近の電場が強いことから、微細孔21周辺に継続して金属が析出していき、充填部45上に透光体表面20sより突出し、充填部45の径よりも大きい径を有する突出部46が形成される(図8(c)参照)。
【0089】
金属部44を電気メッキにより成長する際に、条件によっては微細孔21の底面と被陽極酸化金属体10の非陽極酸化部分からなる導電体13との間の薄い層が破られて、金属部44の充填部45が透光体20の裏面20rまで到達することもある。
【0090】
本実施形態において複数の金属部44同士は近接しており、第1の反射体10は空隙を有しているので光透過性を有し、半透過半反射性を有する。互いに隣接する微細孔21同士のピッチは例えば、10〜400nmであり、微細孔21の孔径は5〜200nmである。第1の反射体10は、微細孔21に充填された充填部45と充填部45の外径よりも大きい外径を有する突出部46とからなる複数の金属部44からなっているので、測定光L1の波長よりも小さい凹凸構造を有し、電磁メッシュシールド機能を有する半透過半反射性の薄膜となる。
【0091】
本実施形態においても、第1の実施形態と同様に、第1の反射体10を透過して透光体20に入射した光が第1の反射体10と第2の反射体30との間で多重反射し、多重反射光による多重干渉が効果的に起こり、共振条件を満たす特定波長において共振する。共振により、その表面4sにおいて電場増強効果を得ることができる。共振波長は、第1の実施形態と同様に、透光体20の平均屈折率と厚みに応じて変化するため、これらのファクタに応じた波長において高い電場増強効果(例えば、100倍以上の増強効果)を得ることができる。
【0092】
本実施形態では、金属部44の突出部46が粒子状であり、表面20s側から見れば、透光体20の表面20sに金属微粒子層が形成された構造になっている。かかる構成では、突出部46が金属部44の凸部であるので、その平均的な外径およびピッチが測定光L1の波長よりも小さく設計されることが好ましい。金属部44は、突出部46の大きさが、局在プラズモンを励起可能な大きさであれば局在プラズモン共鳴による電場増強効果も得られるため好ましい。この場合、突出部46からなる金属微粒子層は、局在プラズモンを発生しうる金属微細構造を有するものである。
【0093】
以下、図9を参照して、ラマン分光用デバイスの第5の実施形態について説明する。図9は、本実施形態のラマン分光用デバイスを模式的に示す上面図である。本実施形態のラマン分光用デバイス5は、第2の実施形態のラマン分光用デバイス2における金属粒子層からなる第1の反射体10の代わりに、複数の金属ナノロッドが配置されて形成される金属ナノロッドの層からなる第1の反射体10を有するものであり、それ以外の点は、第2の実施形態のラマン分光用デバイス2と同様の構成を有するものであるので、同一の構成要素には同じ参照符号を付して、説明は省略する。
【0094】
図9に示すように、本実施形態のラマン分光用デバイス5は、第2の実施形態と同様、半透過半反射性を有する第1の反射体10と、透光体20と、完全反射性を有する第2の反射体30とを順次備えたデバイス構造を有する。なお、本実施形態において、第1の反射体10は、透光体20上に配置された複数の金属ナノロッド48から構成されている。
【0095】
金属ナノロッド48は、短軸長さと長軸長さが異なる棒状の金属ナノ粒子である。金属ナノロッド48は、その短軸長さが3nm〜50nm程度、長軸長さが25nm〜1000nm程度であり、長軸長さは測定光L1の波長よりも小さいサイズのものである。金属ナノロッド48は、Au、Ag、Cu、Al、Pt、Ni、Ti、およびこれらの合金からなる群より選択される少なくとも1種の金属を主成分とすることが好ましい。なお、金属ナノロッドについては、例えば特開2007−139612号公報に記載されている。
【0096】
第1の反射体10は、反射性金属からなるが、金属ナノロッド48間に形成される間隙49を有しているので光透過性を有し、半透過半反射性を有する。上述のように金属ナノロッド48の径及びピッチは測定光L1の波長よりも小さく設計されており、第1の反射体10は測定光L1の波長よりも小さい凹凸構造を有するものとなっている。従って、第1の反射体10は、局在プラズモンを発生しうる複数の金属ナノロッドからなる金属微細構造を有するものである。本実施形態においても、第1の反射体10は、いわゆる電磁メッシュシールド効果により光に対しては半透過半反射性の薄膜として作用する。
【0097】
また、第1の反射体10は、測定光L1の波長よりも小さいサイズの複数の金属ナノロッド48から構成され、測定光L1の波長より小さい凹凸構造を有するので、測定光L1の照射を受けて、局在プラズモン共鳴を効果的に起こすことができ、その表面において、局在プラズモン共鳴による電場増強効果を好適に得ることができる。
【0098】
本実施形態のラマン分光用デバイス2においても、共振波長の測定光L1の照射により、第1の反射体10と第2の反射体30との間で反射を繰り返して多重反射(共振)が効果的に起こり、多重反射光による多重干渉が効果的に起こり、その表面において増強電場が発生する。また、第1の反射体10の表面において電場が増強されることにより、表面増強ラマン効果を好適に得ることができる。
また、第1の反射体10の表面において、局在プラズモン共鳴による増強電場を発生させることができ、これによる表面増強ラマン効果を好適に得ることができる。
【0099】
以下、ラマン分光装置100の可変フィルタとして使用可能な光変調デバイスについて説明する。本実施形態の光変調デバイスは、特開2007−17953号公報に詳細に説明されているものである。
【0100】
図10に示す、光変調デバイス5は、光入射側から、半透過半反射性を有する第1の反射体110と、透光性物質122が充填される入射光L3の波長より充分に小さい径の複数の微細孔121を有する透光性微細孔体120と、半透過半反射性を有する第2の反射体130とを順次備えてなり、第1の反射体110の平均複素屈折率と、第2の反射体130の平均複素屈折率と、透光性微細孔体120の平均複素屈折率及び厚みとに応じて、特定波長の光を吸収する吸収特性を示し、この吸収特性により入射光L3が変調されて、第1の反射体10及び/又は第2の反射体30から変調光L4が出射されるものである。
【0101】
また、複数の微細孔121に透光性物質122が充填される。透光性物質122としては特に制限されない。ただし、透光性物質122を出入可能であることから、流動性物質、すなわち液体や液晶等が好ましい。液体としては、水等の無機溶媒、アルコール(メタノール、エタノール等)等の有機溶媒、これらの混合液、無機溶媒及び/又は有機溶媒にグリセロールやショ糖等の溶質を溶解した各種溶液等が挙げられる。透光性物質122の出入は難しいが、透光性物質122として粉体等の固体を用いてもよい。透光性物質122として気体を用いてもよい。
【0102】
図10(a)に示すように、光変調デバイス1に入射光L3が入射すると、第1の反射体110の透過率と反射率に応じて、一部は第1の反射体110の表面で反射され(図示略)、一部は第1の反射体110を透過して透光性微細孔体120に入射する。透光性微細孔体120に入射した光は、第1の反射体110と第2の反射体130との間で反射を繰り返す。すなわち、光変調デバイス5は、第1の反射体110と第2の反射体130との間で多重反射が起こる共振構造を有している。
【0103】
かかるデバイスでは、多重反射光による多重干渉が起こり、特定波長の光が選択的に吸収される吸収特性を示す。多重干渉条件は第1の反射体110の平均複素屈折率と第2の反射体130の平均複素屈折率と透光性微細孔体120の平均複素屈折率及び厚みとに応じて変わるので、これらファクタに応じて特定波長の光を吸収する吸収特性を示す。
【0104】
光変調デバイス5において、透光性微細孔体120の平均複素屈折率を変更したときの反射光スペクトル(第1の反射体10から出射された光のスペクトル)の変化例を図10(b)に示す。図10(b)は、吸収ピーク波長がλ1からλ2に変化した様子を示している。光変調デバイス5は、透光性微細孔体120の平均複素屈折率を調整することにより、光変調デバイス5の吸収ピーク波長を調整することができ、所望の波長を吸収するフィルタとして使用することができる。
【0105】
また、本実施形態では、(1)透光性微細孔体120の微細孔121に透光性物質122を充填しない空状態と透光性物質122を充填した充填状態とを切り替える、あるいは(2)透光性微細孔体120の微細孔121に充填する透光性物質122の種類及び/又は量を変更することで、透光性微細孔体120の平均複素屈折率を変更することができる。「透光性物質122の種類の変更」には、透光性物質122の成分を変更する他、成分は同一で濃度を変更する場合も含まれる。また、透光性物質122が液晶等の場合には、(3)透光性微細孔体120に充填された透光性物質122の複素屈折率を電気的に変更して、透光性微細孔体120の平均複素屈折率を変更することもできる。上記の(1)〜(3)を組み合わせて、平均複素屈折率を変更することもできる。
【0106】
図1に示すラマン分光装置100において、可変フィルタに代えて、上記光変調デバイス5を配置し、可変波長レーザ50からの測定光L1の波長の変更、調整に応じて、透光性微細孔体120の平均複素屈折率を変更、調整して、測定光L1の波長成分を選択的に除去してもよい。
【0107】
以下、本発明の分析装置の他の実施形態として質量分析装置について説明する。
質量分析装置は、上記ラマン分光用デバイスを質量分析用デバイスとして使用し、デバイスの表面に配置された被分析物質(被分析物質を含む試料)に対して、波長可変レーザ光源から、デバイスの共振波長を持つ光ビームを照射し、デバイスの表面に発生した増強電場を利用して、被分析物質をデバイス表面から脱離させ、この脱離した被分析物質の質量を分析する質量分析手段を備えるものである。
質量分析装置に使用する質量分析用デバイスは、上記ラマン分光用デバイスの第1〜第5の実施形態で説明したものと同様のものを使用可能である。以下、本実施形態の質量分析装置では、ラマン分光用デバイス1を質量分析用デバイス1として使用する。
【0108】
質量分析用デバイス1では、その表面1sに配置された被分析物質を含む試料に測定光を照射して、測定光L1の照射により、第1の反射体10の表面(試料配置面)1sにおいて電場が増強されるので、試料配置面上において電場が増強されて試料配置面上で測定光のエネルギが高められて、その高められたエネルギにより、配置されている試料に含まれる被分析物質を試料配置面1sから脱離させることができる。本実施形態においても、測定光の波長を質量分析用デバイス1の共振波長に調整することにより、試料配置面上における電場増強効果をより好適に得ることができ、被分析物質の脱離を確実に、効率よく行うことができる。
【0109】
ここで、質量分析用デバイス1は、その表面1sに、被分析物質を捕捉可能であり、測定光L1の照射により被分析物質を脱離可能な表面修飾(捕捉部材)が施されているものである。例えば、被分析物質が抗原である場合、その抗原と特異的に結合可能な抗体により第1の反射体10の表面1sを修飾しておくことにより、表面1sに配置された被分析物質の量を増大させることができ、質量分析測定の感度を向上させることができる。
また、本実施形態において、試料とは、表面修飾と表面修飾に捕捉(結合)された被分析物質とをあわせたものをいう。
【0110】
図11(a)は、表面修飾の好ましい形態を示す図である。図では視認しやすくするために表面修飾Rおよび表面修飾Rの構成要素は拡大して示してある。表面修飾Rは、第1の反射体10の表面1sに、被分析物質Sと結合する第1のリンカー機能部Aと、被分析物質Sと結合する第2のリンカー機能部Cと、第1のリンカー機能部Aと第2のリンカー機能部Cとの間に介在し、測定光L1の照射により生じる電場で分解する分解機能部Bとを有するものである。図示例では、被分析物質Sは、表面修飾Rを介して、質量分析用デバイス1の表面1sの近傍に配置されている。
【0111】
なお、表面修飾Rは、第1のリンカー機能部Aと、分解機能部Bと、第2のリンカー機能部Cとを全て備えた一つの物質であってもよいし、それぞれが異なる物質からなっていてもよい。また、第1のリンカー機能部Aと分解機能部B、あるいは、分解機能部Bと第2のリンカー機能部Cが一つの物質であってもよい。
【0112】
図11(b)は、質量分析用デバイス1が、図11(a)に示すような表面修飾Rを有する場合に、測定光L1の照射により被分析物質Sが脱離される様子を示した図である。質量分析デバイス1に測定光L1が照射されると、デバイス内部での共振および第1の反射体10における局在プラズモン共鳴を生じ、質量分析デバイス1の表面1sにおいて電場が増強される。測定光L1の光エネルギは、表面1sにおいて増強された電場により、表面1s付近において高められ、その高められたエネルギにより表面修飾Rの分解機能部Bが分解され、被分析物質Sに第2のリンカー機能部Cが結合されたものが、表面1sから脱離される。
【0113】
図11(a)に示すように、表面修飾Rを有している場合は、被分析物質Sは、質量分析用デバイス1の表面1sから離れて存在することになる。質量分析用デバイス1では、表面1s上に生じる電場増強効果を利用して測定光L1の光エネルギを表面1sにおいて高め、被分析物質Sの脱離に利用する。ここで、質量分析用デバイス1の表面1sにおいて得られる電場増強効果は、デバイス内部での共振により生る光吸収による電場増強効果、および/または局在プラズモン共鳴により生じる近接場光による電場増強効果であるので、表面1sからの距離に対して指数関数的に減少していくものである。従って、図11(a)に示すように、被分析物質Sが表面1sから比較的離れて存在させることにより、被分析物質Sに照射される測定光L1の光エネルギは、電場増強による影響の少ないものとすることができる。すなわち、増強された光エネルギにより被分析物質Sがダメージを受けることを抑制でき、高精度な質量分析が可能となる。
【0114】
この質量分析用デバイス1を用いる質量分析装置の一実施形態について説明する。本実施形態の質量分析装置は、飛行時間型質量分析装置(TOF−MS)である。図12は、質量分析装置の構成を示す構成図である。
【0115】
質量分析装置150は、真空に保たれたボックス168内に、上記実施形態の質量分析用デバイス1と、質量分析用デバイス1を保持するデバイス保持手段160と、質量分析用デバイスの第1の反射体10の表面1sに配置された試料に測定光L1を照射して、試料中の被分析物質Sを第1の反射体10の表面1sから脱離させる光照射手段161と、脱離した被分析物質Sを検出して被分析物質Sの質量を分析する質量分析手段164とを備え、質量分析用デバイス1と質量分析手段164との間に、第1の反射体10の表面1sに対向する位置に配された引き出しグリッド162と、引き出しグリッド162の質量分析用デバイス1側の面と反対側の面に対向して配されたエンドプレート163と、さらに、図1に示す分光手段80を備えた構成としている。
【0116】
光照射手段161は、波長可変に構成されたレーザ光源であり、照射する光ビームの波長を質量分析用デバイス1の共振波長に調整可能に構成されている。また、分光手段80は、光照射手段161からの散乱光を分光してラマンスペクトルを得るものである。
本実施形態の質量分析装置150においても、ラマン分光装置100と同様に、光照射手段161が測定光L1(光ビーム)の波長を変化させながら、分光手段80でラマンスペクトルを得て、ラマンス信号を強く得ることができる測定光L1の波長を質量分析デバイス1の共振波長として、測定光L1の波長を調整、変更する。これにより、質量分析用デバイス1の表面1sに測定光L1を入射させて、測定光L1の多重反射による共振を起こすことができ、その表面1sに好適に増強電場を発生させることができる。また、増強電場により表面1s付近において測定光L1の光エネルギを好適に高めることができるため、被分析物質の脱離に必要となる測定光L1の光エネルギを低減させることができる。
【0117】
ここで、本実施形態においても、ラマン散乱光の信号が強く得られる測定光L1の波長を共振波長に設定することに限定されず、質量分析用デバイスの表面に被分析物質を配置しない状態で測定光L1を入射させ、発生した散乱光を分光手段で分光して散乱光のスペクトルを得て、この散乱光の吸収スペクトルのピーク波長から、増強電場の強度が最大となる共振波長を決定し、測定光L1の波長をこの決定した共振波長に設定してもよい。
【0118】
また、予め、複数の波長について、質量分析用デバイスの反射光の反射強度を測定しておき、反射強度が最大となる波長を、増強電場の強度が最大となる共振波長に設定してもよい。また、質量分析用デバイスの第2の反射体が半透過半反射性を有する場合は、ラマン分光用デバイスの透過光の透過強度を測定しておき、透過強度が最大となる波長を、増強電場の強度が最大となる共振波長に設定してもよい。このような場合でも、増強電場を好適に発生させて、表面1s付近において測定光L1の光エネルギを好適に高めることができるため、被分析物質の脱離に必要となる測定光L1の光エネルギを低減させることができる。
【0119】
質量分析手段164は、測定光L1の照射により質量分析用デバイス1の表面1sから脱離され、引き出しグリッド162およびエンドプレート163の中央の孔を通過して飛行してきた被分析物質Sを検出する検出部165と、検出部165の出力を増幅させるアンプ166と、アンプ166からの出力信号を処理するデータ処理部167により概略構成されている。
【0120】
このように構成された質量分析装置150を用いた質量分析について説明する。
まず、試料が配置された質量分析用デバイス1に電圧Vsが印加され、所定のスタート信号により光照射手段161から、質量分析用デバイス1の共振波長に調整された測定光L1が、質量分析用デバイス1の表面1sに照射される。測定光L1の照射により、質量分析用デバイス1の表面1sにおいて電場が増強されるとともに、その電場により増強された測定光L1の光エネルギにより試料中の被分析物質Sが表面1sから脱離される。なお、測定光L1の波長は、質量分析用デバイスの共振波長に調整されているので、分析用デバイス1の表面1sにおいて効果的に電場を増強させることができ、これにより、確実に、かつ効率よく被分析物質Sの脱離を行うことができる。
【0121】
脱離された被分析物質Sは、質量分析用デバイス1と引き出しグリッド162との電位差Vsにより引き出しグリッド162の方向に引き出されて加速し、中央の孔を通ってエンドプレート163の方向に略直進して飛行し、更にエンドプレート163の孔を通過して検出器165に到達して検出される。
【0122】
脱離後の分析物質Sの飛行速度は物質の質量に依存し、質量が小さいほど速いため、質量の小さいものから順に検出器165に検出される。
検出器165からの出力信号は、アンプ166により所定のレベルに増幅され、その後データ処理部167に入力される。データ処理部167では、上記スタート信号と同期する同期信号が入力されており、この同期信号とアンプ166からの出力信号とに基いて被分析物質Sの飛行時間を求めることができるので、その飛行時間から質量を導出して質量スペクトルを得ることができる。
【0123】
以上、質量分析装置1が、上述のような飛行時間型質量分析法(Time of Flight Mass Spectroscopy:TOF−MS)を利用したものである場合を例に説明したが、これに限定されず、質量分析デバイス1の表面に発生する増強電場を利用して、その表面に配置された被分析物質を脱離させるものであれば特に限定されず、その他の質量分析方法を利用する分析装置にも適用可能である。
【0124】
以上、本発明に係る分析装置について詳細に説明したが、本発明は上記実施態様に限定はされず、本発明の主旨を逸脱しない範囲において、各種の改良や変更をしてもよいのはもちろんである。
【0125】
以下、ラマン分光用デバイス3において、FDTDによる電場強度シミュレーションを行った結果について説明する。本シミュレーショでは、所定の透光体の厚み(共振器長)dのラマン分光用デバイス3において、ラマン分光用デバイス3の表面に入射される入射光の波長を変化させたときに、表面に発生する増強電場Eの強度をFDTDにより算出した。算出結果を図13のグラフに示す。図13のグラフは、横軸に入射光の波長をとり、縦軸に|E|体積積分をとった。
【0126】
また、図13のグラフに、d=180nmの時の結果を結果1のグラフとして示し、d=210nmの時の結果を結果2のグラフとして示し、d=240nmの時の結果を結果3のグラフとして示し、d=270nmの時の結果を結果4のグラフとして示した。
【0127】
図13のグラフから、結果1(d=180nm)では、波長700nm近傍で増強電場が最大となり、結果2(d=210nm)では、波長760nm近傍で増強電場が最大となり、結果3(d=240nm)では、波長820nm近傍で増強電場が最大となり、結果4(d=270nm)では、波長910nm近傍で増強電場が最大となっている。すなわち、透光体の厚みd(共振器長)によって増強電場が最大となる入射光の波長が異なることが示された。
【図面の簡単な説明】
【0128】
【図1】本発明に係る分析装置の一実施形態であるラマン分光装置を模式的に示す構成図である。
【図2】ラマン分光装置の制御部を含む駆動制御系を示すブロック図である。
【図3】ラマン分光用デバイスの第1の実施形態を示す構成図であり、(a)は、斜視図、(b)は、断面図である。
【図4】ラマン分光用デバイスの第2の実施形態を示す構成図であり、(a)は、斜視図、(b)は、上面図である。
【図5】ラマン分光用デバイスの第3の実施形態を模式的に示す構成図である。
【図6】図5に示す分光用デバイスの作製工程を模式的に示す工程図である。
【図7】ラマン分光用デバイスの第4の実施形態を模式的に示す断面図である。
【図8】図7に示す分光用デバイスの作製工程を模式的に示す工程図である。
【図9】ラマン分光用デバイスの第5の実施形態を模式的に示す上面図である。
【図10】(a)は、可変フィルタの他の実施形態である、光変調デバイスを模式的に示す構成図であり、(b)は、光変調デバイスの反射光スペクトルの例である。
【図11】(a)は、質量分析用デバイスの表面修飾の一例を模式的に示す構成図であり、(b)は、測定光照射により被分析物質が脱離される様子を示す説明図である。
【図12】本発明に係る分析装置の一実施形態である質量分析装置である。
【図13】ラマン分光用デバイスにおける入射光の波長に対して増強電場の強度のシミュレーション結果を示すグラフである。
【符号の説明】
【0129】
1、2、3、4、5 ラマン分光用デバイス
1s、2s、3s、4s 表面
6 光変調デバイス
10、110 第1の反射体
11 金属細線
12 パターン間隙
13 金属粒子
14 粒子間隙
15 金属体
16 微細孔
20 透光体
20s 透光体の表面
21、121 微細孔
30、130 第2の反射体
40 被陽極酸化金属体
40s 被陽極酸化金属体の表面
41 金属酸化物体
41a 微細柱状体
42 非陽極酸化部
44 金属部
45 充填部
46 突出部
48 金属ナノロッド
49 (金属ナノロッド間の)間隙
50 波長可変レーザ
60 可変フィルタ
62 多層膜フィルタ
64 フィルタ駆動部
70 波長カット検出部
72 ミラー
80 分光手段
90 制御部
100 ラマン分光装置
120 透光性微細孔体
122 透光性物質
150 質量分析装置
160 デバイス保持手段
161 光照射手段
162 引き出しグリッド
163 エンドプレート
164 質量分析手段
165 検出器
166 アンプ
167 データ処理部
168 ボックス

【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面から内部に入射された所定波長の光ビームを前記内部で共振させて、前記表面に増強電場を発生させる光共振体と、
前記光共振体の前記表面に入射させる前記光ビームを照射するとともに、照射される前記光ビームの波長を連続的に変化させる波長可変レーザ光源と、
前記光ビームの波長を変化させて、前記光ビームの照射により前記光共振体の前記表面に発生する前記増強電場の強度が最大となる前記光共振体の共振波長を決定し、決定された前記共振波長に、前記波長可変レーザ光源から照射される前記光ビームの波長を設定する波長設定手段と、
前記共振波長を持つ前記光ビームの照射により前記表面に発生する前記増強電場を利用して、前記光共振体の前記表面に配置された被分析物質の特性を分析する分析手段とを有することを特徴とする分析装置。
【請求項2】
前記光共振体は、半透過半反射性を有する第1の反射体と、透光体と、完全反射性または半透過半反射性を有する第2の反射体と、を前記表面側から順次備えるものである請求項1に記載の分析装置。
【請求項3】
前記第1の反射体が、局在プラズモンを発生しうる金属微細構造を有するものである請求項2に記載の分析装置。
【請求項4】
さらに、前記光共振体の表面で発生した散乱光を分光し、ラマン散乱光のスペクトルを得る分光手段を備え、
前記波長設定手段は、ラマン散乱光の信号が強く得られる前記光ビームの波長を、前記増強電場の強度が最大となる前記共振波長に設定するものである請求項1〜3のいずれかに記載の分析装置。
【請求項5】
さらに、前記光共振体の表面で発生した散乱光を分光し、前記散乱光のスペクトルを得る分光手段を備え、
前記波長設定手段は、前記散乱光の吸収スペクトルの波長を、前記増強電場の強度が最大となる前記共振波長に設定するものである請求項1〜3のいずれかに記載の分析装置。
【請求項6】
前記波長設手段は、予め測定された、前記光共振体の反射光または透過光の強度が最大となる波長を、前記増強電場の強度が最大となる前記共振波長に設定するものである請求項1〜3のいずれかに記載の分析装置。
【請求項7】
さらに、前記光共振体の前記光ビームの進行方向下流側に配置され、前記波長可変レーザ光源から照射される前記光ビームの波長に応じて、カット波長を変更して所望の波長の光ビームをカットする可変フィルタを備える請求項1〜6のいずれかに記載の分析装置。
【請求項8】
前記分析手段が、前記光共振体の表面で発生した散乱光を分光し、ラマン散乱光のスペクトルを得る分光手段である請求項1〜7に記載の分析装置。
【請求項9】
前記分析手段が、前記被分析物質の質量を分析する質量分析手段であり、
前記被分析物質が配置された前記光共振体の前記表面に、前記波長可変レーザ光源から前記共振波長を持つ前記光ビームを照射して前記表面に発生した前記増強電場を利用して、前記被分析物質を前記表面から脱離させ、この脱離した前記被分析物質の質量を前記質量分析手段により分析する請求項1〜6のいずれかに記載の分析装置。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate

【図11】
image rotate

【図12】
image rotate

【図13】
image rotate


【公開番号】特開2009−115546(P2009−115546A)
【公開日】平成21年5月28日(2009.5.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−287460(P2007−287460)
【出願日】平成19年11月5日(2007.11.5)
【出願人】(306037311)富士フイルム株式会社 (25,513)
【Fターム(参考)】