説明

切削工具用硬質被膜及び硬質被膜被覆切削工具

【課題】優れた耐摩耗性及び耐溶着性を兼ね備えた切削工具用硬質被膜を提供する。
【解決手段】エンドミル10をはじめとする切削工具の表面に被覆して設けられる硬質被膜20であって、TiaCrbAlcMo1-a-b-cの窒化物又は炭窒化物から成る単層膜であり、原子比aは0.2以上0.7以下の範囲内、bは0.01以上0.2以下の範囲内、cは0.01以上0.2以下の範囲内、1−a−b−cは0.1以上であり、且つ、総膜厚は0.2μm以上10.0μm以下の範囲内であることから、被膜中にMoを含有することで被膜表面にMo酸化物が形成され、耐溶着性に優れると共に高硬度の被膜が得られる。すなわち、優れた耐摩耗性及び耐溶着性を兼ね備えた硬質被膜20を提供することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、切削工具の表面に被覆して設けられる切削工具用硬質被膜及びその硬質被膜が設けられた硬質被膜被覆切削工具に関し、特に、耐摩耗性及び耐溶着性を共に向上させるための改良に関する。
【背景技術】
【0002】
ドリルやタップ等の切削工具には、耐摩耗性を向上させるために硬質被膜が被覆して設けられる。この切削工具用硬質被膜としては、TiN系、TiAlN系、及びAlCr系のコーティングが広く用いられており、その性能を更に向上させるために改良が図られている。例えば、特許文献1に記載された硬質積層被膜がそれである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2006−336032号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、前述したような従来の技術により硬質被膜が形成された切削工具では、その切削加工に際して被削材の種類や切削条件によっては耐溶着性が不十分となるおそれがあった。すなわち、被削材等の溶着により工具の寿命が短くなる場合があり、改良の余地があった。すなわち、優れた耐摩耗性及び耐溶着性を兼ね備えた切削工具用硬質被膜及び硬質被膜被覆切削工具の開発が求められていた。
【0005】
本発明は、以上の事情を背景として為されたものであり、その目的とするところは、優れた耐摩耗性及び耐溶着性を兼ね備えた切削工具用硬質被膜及び硬質被膜被覆切削工具を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
斯かる目的を達成するために、本第1発明の要旨とするところは、切削工具の表面に被覆して設けられる切削工具用硬質被膜であって、TiaCrbAlcMo1-a-b-cの窒化物又は炭窒化物から成る単層膜であり、原子比aは0.2以上0.7以下の範囲内、bは0.01以上0.2以下の範囲内、cは0.01以上0.2以下の範囲内、1−a−b−cは0.1以上であり、且つ、総膜厚は0.2μm以上10.0μm以下の範囲内であることを特徴とするものである。
【0007】
また、前記目的を達成するために、本第2発明の要旨とするところは、上記第1発明の切削工具用硬質被膜が表面に被覆して設けられたことを特徴とする硬質被膜被覆切削工具である。
【発明の効果】
【0008】
このように、前記第1発明によれば、TiaCrbAlcMo1-a-b-cの窒化物又は炭窒化物から成る単層膜であり、原子比aは0.2以上0.7以下の範囲内、bは0.01以上0.2以下の範囲内、cは0.01以上0.2以下の範囲内、1−a−b−cは0.1以上であり、且つ、総膜厚は0.2μm以上10.0μm以下の範囲内であることから、被膜中にMoを含有することで被膜表面にMo酸化物が形成され、耐溶着性に優れると共に高硬度の被膜が得られる。すなわち、優れた耐摩耗性及び耐溶着性を兼ね備えた切削工具用硬質被膜を提供することができる。
【0009】
また、前記第2発明によれば、前記第1発明の切削工具用硬質被膜が表面に被覆して設けられたものであるため、被膜中にMoを含有することで被膜表面にMo酸化物が形成され、耐溶着性に優れると共に高硬度の被膜が得られる。すなわち、優れた耐摩耗性及び耐溶着性を兼ね備えた硬質被膜被覆切削工具を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】本発明の硬質被膜被覆切削工具の一実施例であるエンドミルを軸心に垂直な方向から見た正面図である。
【図2】本発明の切削工具用硬質被膜がコーティングされた図1のエンドミルの表面部分の断面図である。
【図3】本発明の切削工具用硬質被膜を形成する際に好適に用いられるスパッタリング装置を説明する概略構成図である。
【図4】本発明の効果を検証するために本発明者等が行った試験に関して、その試験に用いられた試験品の被膜構造及び膜厚と、各試験品の試験結果を併せて示す図である。
【図5】本発明の切削工具用硬質被膜の摩擦特性を検証するため、本発明者等が行った試験の結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の切削工具用硬質被膜は、エンドミル、ドリル、正面フライス、総型フライス、リーマ、タップ等の回転切削工具の他、バイト等の非回転式の切削工具等、種々の切削工具の表面コーティングに好適に適用される。また、工具母材すなわち硬質被膜が設けられる部材の材質としては、超硬合金や高速度工具鋼が好適に用いられるが、他の材料でもよく、本発明の切削工具用硬質被膜は種々の材料から構成された切削工具に広く適用される。
【0012】
本発明の切削工具用硬質被膜は、切削工具の一部乃至全部の表面に被覆して設けられるものであり、好適には、その切削工具において切削加工に関与する刃部に設けられる。更に好適には、少なくともその刃部における切れ刃乃至すくい面を被覆するように設けられる。
【0013】
本発明の切削工具用硬質被膜の形成方法としては、スパッタリング法が好適に用いられるが、アークイオンプレーティング法等の他の物理蒸着法(PVD法)や、プラズマCVD法、熱CVD法等の化学蒸着法(CVD法)を用いることもできる。
【0014】
本発明の切削工具用硬質被膜は、TiaCrbAlcMo1-a-b-cの窒化物又は炭窒化物から成る単層膜であり、原子比aは0.2以上0.7以下の範囲内、bは0.01以上0.2以下の範囲内、cは0.01以上0.2以下の範囲内、1−a−b−cは0.1以上とされたものであるが、斯かる数値範囲を外れる場合には十分な耐摩耗性及び耐溶着性が得られず、工具寿命が短くなることが考えられる。原子比aを0.2以上0.7以下の範囲内、bを0.01以上0.2以下の範囲内、cを0.01以上0.2以下の範囲内、1−a−b−cを0.1以上とすることで、優れた耐摩耗性及び耐溶着性を兼ね備えた硬質被膜を構成することができる。
【0015】
本発明の切削工具用硬質被膜の総膜厚は0.2μm以上10.0μm以下の範囲内とされたものであるが、硬質被膜の総膜厚が0.2μm未満である場合には十分な耐摩耗性及び耐溶着性が得られなくなるおそれがある一方、10.0μmを超える場合には靱性が低下して欠けや剥離等が発生し易くなるおそれがあり、何れの場合においても工具寿命が短くなることが考えられる。総膜厚を0.2μm以上10.0μm以下の範囲内とすることで、耐摩耗性及び耐溶着性を保証するのに必要十分な厚さを有し、欠けや剥離等が発生し難い硬質被膜を構成することができる。
【実施例】
【0016】
以下、本発明の好適な実施例を図面に基づいて詳細に説明する。図1は、本発明の硬質被膜被覆切削工具の一実施例であるエンドミル10を軸心に垂直な方向から見た正面図である。この図1に示すように、本実施例のエンドミル10は、例えば超硬合金にて構成される工具母材12にシャンク及び刃部14が一体に設けられた回転切削工具である。この刃部14には、切れ刃として外周刃16及び底刃18が設けられており、図示しない切削装置に取り付けられてその切削装置により軸心まわりに回転駆動させられることにより、上記外周刃16及び底刃18によって被削材に対する切削加工が行われる。
【0017】
図2は、本発明の切削工具用硬質被膜がコーティングされた上記エンドミル10の表面部分の断面図である。この図2に示すように、上記エンドミル10の表面には、その表面を被覆して本発明の切削工具用硬質被膜の一実施例である硬質被膜20がコーティングされている。図1の斜線部は、上記エンドミル10においてこの硬質被膜20が設けられた部分を示しており、この図に示すように、上記硬質被膜20は、好適には、上記エンドミル10における刃部14に対応する工具母材12の表面に被覆して設けられる。
【0018】
図2から明らかなように、本実施例の硬質被膜20は単層膜であり、その総膜厚dは0.2μm以上10.0μm以下の範囲内とされたものである。また、上記硬質被膜20は、以下に示す化学組成を満足する材料から構成される。すなわち、TiaCrbAlcMo1-a-b-cの窒化物又は炭窒化物であって、原子比(混晶比)aは0.2以上0.7以下の範囲内、bは0.01以上0.2以下の範囲内、cは0.01以上0.2以下の範囲内、1−a−b−cは0.1以上である。上記原子比a〜cは、上記数値範囲内において適宜定められる。すなわち、本実施例の硬質被膜20としては、例えばTi0.5Cr0.1Al0.1Mo0.3N等が好適に適用される。
【0019】
図3は、本実施例の硬質被膜20を形成する際に好適に用いられるスパッタリング装置30を説明する概略構成図(模式図)である。このスパッタリング装置30によるスパッタリング工程では、前記硬質被膜20を構成しているTiAl、Ti等のターゲット38に電源40により負の一定のバイアス電圧(例えば−50〜−60V程度)を印加するとともに、バイアス電源34により前記工具母材12に負の一定のバイアス電圧(例えば−100V程度)を印加することにより、アルゴンイオンAr+を上記ターゲット38に衝突させてTiAl、Ti等の構成物質を叩き出す。上記電源40及びバイアス電源34により印加される電圧はコントローラ36により制御される。チャンバ32内には、アルゴンガスの他に窒素ガス(N2)や炭化水素ガス(CH4、C22)等の反応ガスが所定の流量で導入され、その窒素原子Nや炭素原子Cがターゲット38から叩き出されたTiAlやTi等と結合してTiAlN、TiCN、TiN等となり、前記工具母材12の表面に硬質被膜として付着させられる。
【0020】
続いて、本発明の効果を検証するために本発明者等が行った試験について説明する。図4は、この試験に用いられた試験品1〜45の被膜構造及び膜厚(総膜厚)と、各試験品の試験結果(切削距離及び判定)を併せて示す図である。本発明者等は、工具径6(mmφ)の超硬ドリルに図4に示す各被膜構造及び膜厚の硬質被膜をコーティングして試験品1〜45を作成し、各試験品について以下の切削条件で切削試験を行った。なお、この図4に示す試験品1〜45のうち、試験品1〜37が本実施例の硬質被膜20が適用された本発明品に相当し、試験品38〜45が本発明の要件を満たさない硬質被膜が適用された非発明品に相当する。また、これら試験品38〜45のうち、試験品38、39がTiAlNから成る硬質被膜が適用された従来品(従来技術による硬質被膜被覆切削工具)に相当し、試験品40〜45がTiCrAlMoNから成る硬質被膜が適用されたものであるが、その原子比が本発明の数値範囲を逸脱する比較試料に相当する。
【0021】
[切削条件]
・試験品:超硬ドリル 工具径6(mmφ)
・被削材:S25C(JIS規格)
・切削方法:穴加工
・切削速度:100(m/min)
・送り速度:1061(mm/min)
・加工深さ:16(mm)
・切削油:水溶性
【0022】
図4に※1で示す切削距離(m)は、逃げ面摩耗幅が0.2(mm)以内である場合の切削距離である。また、※2で示す判定結果は、逃げ面摩耗幅が0.2(mm)以内の工具寿命が切削距離10(m)以上継続することを合格判定基準とし、その合格判定基準を満たす合格品を○で、合格基準を満たさない不合格品を×でそれぞれ示している。前述のように、図4に示す試験品1〜37は、何れもTiaCrbAlcMo1-a-b-cの窒化物(TiaCrbAlcMo1-a-b-cN)から成る単層膜であり、原子比aは0.2以上0.7以下の範囲内、bは0.01以上0.2以下の範囲内、cは0.01以上0.2以下の範囲内、1−a−b−cは0.1以上であり、且つ、総膜厚は0.2μm以上10.0μm以下の範囲内である本実施例の硬質被膜20が適用されたものである。本試験の結果、これら試験品1〜37については、何れも上記合格判定基準を満たし、良好な切削が行われていることがわかる。
【0023】
一方、図4に示す試験品38は、Ti0.48Al0.52Nから成る膜厚10.0(μm)の硬質被膜が形成されたもの、試験品39はTi0.50Al0.50Nから成る膜厚5.0(μm)の硬質被膜が形成されたものであり、何れも従来技術の硬質被膜が適用された非発明品に相当する。本試験の結果、これらの試験品38、39については、何れも上記合格判定基準を満たさず、良好な切削が行われなかったことがわかる。
【0024】
また、図4に示す試験品40は、Ti0.48Cr0.22Al0.009Mo0.29Nから成る膜厚0.18(μm)の硬質被膜が形成されたものであり、Crの原子比bが本発明に係る0.01以上0.2以下の範囲内から逸脱すると共に、Alの原子比cが本発明に係る0.01以上0.2以下の範囲内から逸脱する。更に、膜厚が本発明に係る0.2μm以上10.0μm以下の範囲内から逸脱する。本試験の結果、この試験品40については前記合格判定基準を満たさず、良好な切削が行われなかったことがわかる。この結果から特に、Crの原子比bは0.2以下、Alの原子比cは0.01以上、膜厚は0.2μm以上とすべきことが検証され、本発明に係る数値範囲の意義が確かめられた。
【0025】
また、図4に示す試験品41は、Ti0.71Cr0.01Al0.21Mo0.07Nから成る膜厚10.0(μm)の硬質被膜が形成されたものであり、Tiの原子比aが本発明に係る0.2以上0.7以下の範囲内から逸脱すると共に、Alの原子比cが本発明に係る0.01以上0.2以下の範囲内から逸脱する。更に、Moの原子比1−a−b−cが0.1未満となっている。本試験の結果、この試験品41については前記合格判定基準を満たさず、良好な切削が行われなかったことがわかる。この結果から特に、Tiの原子比aは0.7以下、Alの原子比cは0.2以下、Moの原子比1−a−b−cは0.1以上とすべきことが検証され、本発明に係る数値範囲の意義が確かめられた。
【0026】
また、図4に示す試験品42は、Ti0.70Cr0.04Al0.21Mo0.05Nから成る膜厚5.5(μm)の硬質被膜が形成されたものであり、Alの原子比cが本発明に係る0.01以上0.2以下の範囲内から逸脱すると共に、Moの原子比1−a−b−cが0.1未満となっている。本試験の結果、この試験品42については前記合格判定基準を満たさず、良好な切削が行われなかったことがわかる。この結果から特に、Alの原子比cは0.2以下、Moの原子比1−a−b−cは0.1以上とすべきことが検証され、本発明に係る数値範囲の意義が確かめられた。
【0027】
また、図4に示す試験品43は、Ti0.65Cr0.05Al0.15Mo0.15Nから成る膜厚10.2(μm)の硬質被膜が形成されたものであり、膜厚が本発明に係る0.2μm以上10.0μm以下の範囲内から逸脱する。本試験の結果、この試験品43については前記合格判定基準を満たさず、良好な切削が行われなかったことがわかる。この結果から特に、膜厚は10.0μm以下とすべきことが検証され、本発明に係る数値範囲の意義が確かめられた。
【0028】
また、図4に示す試験品44は、Ti0.19Cr0.14Al0.05Mo0.62Nから成る膜厚9.9(μm)の硬質被膜が形成されたものであり、Tiの原子比aが本発明に係る0.2以上0.7以下の範囲内から逸脱する。本試験の結果、この試験品44については前記合格判定基準を満たさず、良好な切削が行われなかったことがわかる。この結果から特に、Tiの原子比aは0.2以上とすべきことが検証され、本発明に係る数値範囲の意義が確かめられた。
【0029】
また、図4に示す試験品45は、Ti0.31Cr0.33Al0.21Mo0.15Nから成る膜厚5.5(μm)の硬質被膜が形成されたものであり、Crの原子比bが本発明に係る0.01以上0.2以下の範囲内から逸脱すると共に、Alの原子比cが本発明に係る0.01以上0.2以下の範囲内から逸脱する。本試験の結果、この試験品45については前記合格判定基準を満たさず、良好な切削が行われなかったことがわかる。この結果から特に、Crの原子比bは0.2以下、Alの原子比cは0.2以下とすべきことが検証され、本発明に係る数値範囲の意義が確かめられた。
【0030】
以上の説明から明らかなように、図4に示す本試験の結果から、TiaCrbAlcMo1-a-b-cの窒化物又は炭窒化物から成る単層膜であって、原子比aが0.2以上0.7以下の範囲内、bが0.01以上0.2以下の範囲内、cが0.01以上0.2以下の範囲内、1−a−b−cが0.1以上であり、且つ、総膜厚が0.2μm以上10.0μm以下の範囲内である本実施例の硬質被膜20が適用された切削工具において良好な切削性能が得られる一方、各数値範囲を逸脱する構成の硬質被膜が適用された切削工具においては良好な切削性能が得られないことがわかった。すなわち、本発明に係る数値範囲の意義が確かめられ、その総ての数値範囲を満たすことによってはじめて、従来の技術に比べて優れた切削性能を示す硬質被膜乃至硬質被膜被覆切削工具を実現できることが検証された。
【0031】
図5は、本実施例の硬質被膜20の摩擦耐久特性を検証するため、本発明者等が行った試験の結果を示すグラフである。本発明者等は、よく知られた超硬圧子に本実施例の硬質被膜20をコーティングした実施例試料及び従来の硬質被膜をコーティングした比較例試料を作成し、それらの摩擦耐久特性を比較する試験を行った。すなわち、本実施例の硬質被膜20としてTi0.5Cr0.1Al0.1Mo0.3Nから成る厚さ3.0μmの単層膜を施した実施例試料と、従来の硬質被膜としてTi0.5Al0.5Nから成る厚さ3.0μmの単層膜を施した比較例試料とを作成し、以下の条件で摩擦耐久試験を行った。
【0032】
[試験条件]
・試験品:超硬圧子 JIS R1613「ファインセラミックスのボールオンディスク法による摩擦磨耗試験方法」に規定された圧子であり、φ5mm(先端R形状)
・被摩擦材:S45C(JIS規格)
・加重:200(g)
・摩擦速度:250(mm/s)
・摩擦時間:600(s)
・温度:21(℃)
・湿度:52(%)
【0033】
図5では、上記摩擦耐久試験の結果として、Ti0.5Cr0.1Al0.1Mo0.3Nから成る厚さ3.0μmの単層膜を施した実施例試料の結果を実線で、Ti0.5Al0.5Nから成る厚さ3.0μmの単層膜を施した比較例試料の結果を破線でそれぞれ示している。この図5に示すように、本実施例の硬質被膜20を施した試料では、従来の硬質被膜を施した試料に比べて、600(s)に渡る試験時間を通して摩擦係数が概ね40〜50%程度低い値を示し、優れた摩擦特性(潤滑性)を示すという結果が得られた。また、従来品には大きな剥離が見られた。この結果は、本実施例の硬質被膜20を施した試料では、従来の硬質被膜を施した試料に比べて摩耗し難いという性質を示しており、また、被削材(被摩擦材)の溶着が発生し難いという性質を裏付けている。このように、本実施例の硬質被膜20を施した試料が従来の硬質被膜を施した試料に比べて優れた耐摩耗性及び耐溶着性を示すのは、被膜中にMoを含有することで被膜表面にMo酸化物が形成されているためと考えられる。以上の結果から、本実施例の硬質被膜20が適用された切削工具においては、従来の技術に比べて優れた耐摩耗性及び耐溶着性を実現できることが検証された。
【0034】
このように、本実施例によれば、前記エンドミル10をはじめとする切削工具の表面に被覆して設けられる硬質被膜20であって、TiaCrbAlcMo1-a-b-cの窒化物又は炭窒化物から成る単層膜であり、原子比aは0.2以上0.7以下の範囲内、bは0.01以上0.2以下の範囲内、cは0.01以上0.2以下の範囲内、1−a−b−cは0.1以上であり、且つ、総膜厚は0.2μm以上10.0μm以下の範囲内であることから、被膜中にMoを含有することで被膜表面にMo酸化物が形成され、耐溶着性に優れると共に高硬度の被膜が得られる。すなわち、優れた耐摩耗性及び耐溶着性を兼ね備えた硬質被膜20を提供することができる。
【0035】
また、本実施例によれば、前記硬質被膜20が表面に被覆して設けられた切削工具としてのエンドミル10であるため、被膜中にMoを含有することで被膜表面にMo酸化物が形成され、耐溶着性に優れると共に高硬度の被膜が得られる。すなわち、優れた耐摩耗性及び耐溶着性を兼ね備えたエンドミル10を提供することができる。
【0036】
以上、本発明の好適な実施例を図面に基づいて詳細に説明したが、本発明はこれに限定されるものではなく、その趣旨を逸脱しない範囲内において種々の変更が加えられて実施されるものである。
【符号の説明】
【0037】
10:エンドミル(硬質被膜被覆切削工具)
20:切削工具用硬質被膜
d:総膜厚

【特許請求の範囲】
【請求項1】
切削工具の表面に被覆して設けられる切削工具用硬質被膜であって、
TiaCrbAlcMo1-a-b-cの窒化物又は炭窒化物から成る単層膜であり、
原子比aは0.2以上0.7以下の範囲内、bは0.01以上0.2以下の範囲内、cは0.01以上0.2以下の範囲内、1−a−b−cは0.1以上であり、
且つ、総膜厚は0.2μm以上10.0μm以下の範囲内である
ことを特徴とする切削工具用硬質被膜。
【請求項2】
請求項1に記載の切削工具用硬質被膜が表面に被覆して設けられたことを特徴とする硬質被膜被覆切削工具。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−115923(P2012−115923A)
【公開日】平成24年6月21日(2012.6.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−265978(P2010−265978)
【出願日】平成22年11月30日(2010.11.30)
【出願人】(000103367)オーエスジー株式会社 (180)
【出願人】(504157024)国立大学法人東北大学 (2,297)
【Fターム(参考)】