説明

創傷治癒のための栄養組成物

タンパク質源、脂質源及び炭水化物源を含む、創傷治癒を促進するための栄養組成物であって、組成物の総熱量の1.8%以下がアルギニン由来であり、タンパク質源が組成物の総熱量の少なくとも3%の量のプロリンを含む栄養組成物である。組成物は経口投与することができ、術前術後を含めた急性創傷の栄養管理にも有効に利用できるが、特に圧迫潰瘍の改善に好適である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、創傷治癒を促進するための栄養組成物に関し、特に圧迫潰瘍(褥瘡)などの慢性潰瘍の治癒を促進するための栄養組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
通常の創傷治癒には、幾分重なる部分もあるが3つの期がある。つまり、第1期は炎症期であり、この期では凝塊が形成され、その凝塊によって血管からの出血が止まり、次いで単核細胞の管外遊出が生じ、それら細胞によって創傷が清浄化され壊死組織片が除去される。第2期は、肉芽期であり、この期においては線維芽細胞が増殖して創傷内に蓄積し、コラーゲンを産生して創傷の閉鎖を助長する。この期は、高い代謝活性が特徴である。最終期では、上皮細胞が創傷を覆い始める。
【0003】
創傷治癒が遅れる又は損なわれると、治療回数が増え且つ医療施設での滞在が延びるため、医療従事者及び患者の双方にとって問題であり、また患者にとっては苦痛の種となる。創傷治癒過程は、感染又は栄養不良などの要因がもとで、上記いずれの期においても妨害される可能性がある。老人及び寝たきり患者をひどく苦しめることが多い圧迫潰瘍はとりわけ関心事であり、これらの範疇に含まれる患者は栄養不良の状態にあることがしばしば認められる。実際、急性又は慢性創傷を患っている全ての患者には、より多くの栄養を必要とする兆候が見られ、このような代謝ストレスを患っていない人々に比べてより多くの栄養及びエネルギーが必要であることがはっきり見て取れる。これらの患者が創傷を負う以前に栄養不良であれば、創傷が全く治癒しない恐れもある。
【0004】
近年、創傷治癒におけるアルギニンの役割が注目されている。これについては、例えば、米国特許第5053387号で検討されており、同特許では、摂取総エネルギーの1〜3%が好ましくはアルギニンから得られる経腸栄養製剤が開示されている。同様に、欧州特許第960572号Aでは、多量のビタミンC及びEと、アルギニンを含む、圧迫潰瘍の治療及び予防に好適な栄養組成物が開示されている。アルギニンの役割については、米国特許第5733884号でも検討されており、同特許では、エネルギーの少なくとも2%をアルギニンから、また、それと同量のエネルギーをプロリンから得るような組成物を用いて、急性又は慢性創傷を患う患者に栄養投与する方法が開示されている。この特許では、アルギニンとプロリンが創傷治癒の促進に相乗効果をもたらすと仮定している。商業的には、高レベルのアルギニンを含有することを論拠に創傷治癒促進に好適であるとされる商品が、CUBITAN(登録商標)及びARGINAID(登録商標)を含めいくつか市場に出ている。
【0005】
アルギニンの適正な供給が、創傷治癒過程に関わりがあることは明らかである。しかし、アルギニンは、血管拡張薬として作用し、成長ホルモンの分泌を促進する、酸化窒素の生成の前駆体でもある。重篤な病にある人が多量の酸化窒素に曝されるのは望ましくないことであるが、これらの人々が高レベルのアルギニンを含有する栄養補助剤を投与されれば、これは避けられないことである。例えば、L.Cynober、Curr Opin Clin Nutr Metab Care 6:189−93 2003参照。さらに、床ずれ発症の危険に曝されている老人、寝たきりの患者、又は重篤な病にある患者の多くにとって、高レベル酸化窒素が禁忌である可能性もある(J.Takala他、N England J Med 341:785−792 1999)。
【発明の開示】
【課題を解決するための手段】
【0006】
第1の態様において、本発明は、タンパク質源、脂質源及び炭水化物源を含む、創傷治癒を促進するための栄養組成物であって、組成物の総熱量の1.8%以下がアルギニン由来であり、タンパク質源が組成物の総熱量の少なくとも3%の量のプロリンを含む栄養組成物を提供する。
【0007】
第2の態様において、本発明は、タンパク質源、脂質源及び炭水化物源を含む栄養組成物を治療有効量投与する段階を含む急性又は慢性の創傷を患う患者の栄養支持を提供する方法であって、組成物の総熱量の1.8%以下がアルギニン由来であり、タンパク質源が組成物の総熱量の少なくとも3%の量のプロリンを含む方法を提供する。
【0008】
第3の態様において、本発明は、創傷治癒促進用治療製剤を製造するためのタンパク質源、脂質源及び炭水化物源の使用であって、製剤の総熱量の1.8%以下がアルギニン由来であり、タンパク質源が製剤の総熱量の少なくとも3%の量のプロリンを含む使用を提供する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
上記の創傷治癒過程の炎症期は重要であるが、治療/栄養面からこの期に調整を加えることはかなりの危険を伴うことであり、肉芽期に栄養面での介入のより優れた潜在的可能性があると本発明者は考える。肉芽期においては、新しい結合組織が合成されるが、この組織の80%を上回る部分はコラーゲンで構成されている。コラーゲンは、アミノ酸であるプロリン(約22%)とグリシン(約33%)に富み、これらのアミノ酸によってコラーゲン産生速度が制限されている。すなわち、十分な量のプロリンとグリシンが使用できなければ、コラーゲンを効率良く産生することができない。しかし、通常の食餌にはこれらのアミノ酸が全体で約3%しか含有されていない。また、特にプロリンは必須の食餌アミノ酸であると一般に考えられていないために、創傷を患う人々がそれより少量のアミノ酸しか摂取していないことは理解できよう。理由はどうあれ栄養不良を患う人々の場合、これらアミノ酸の欠乏が特に顕著である。したがって、本発明の組成物は、コラーゲンの合成を促進するに十分な量のプロリンが補足されている。本発明の組成物は、圧迫潰瘍の改善に特に好適であるが、術前術後を含めた急性創傷の管理にも使用することができる。
【0010】
本発明の組成物は、アルギニンを補足する必要がない。もちろん、いくらかのアルギニンがタンパク質源の一部として存在している可能性がある。しかし、創傷治癒の炎症期においては、アルギニンも何らかの役割を有していると広く考えられていることから、本発明の組成物に、組成物の総熱量中アルギニンが占める割合は常に1.8%以下であるという条件下で、少量のアルギニンを補足することが好ましい。
【0011】
本発明の組成物は、タンパク質源、脂質源及び炭水化物源を含有し、経口又は経腸投与することができる。組成物のエネルギーは、好ましくは約1.25kcal/mlである。
【0012】
組織損傷の結果、異化反応が生じ、異化反応は総熱量中一般個体群が必要とするより高い割合でタンパク質を必要とするため、治癒にはタンパク質が必須である。多量のタンパク質を使用する経腸栄養強化によって内臓タンパク質の合成を促進することができ、それゆえに本発明のタンパク質源は、組成物の総エネルギー量の少なくとも25%を構成することが好ましく、少なくとも28%を構成することがより好ましいことが、研究から分かる。
【0013】
加水分解タンパク質に加えてカゼインや乳清などの無処理のタンパク質源、遊離アミノ酸、並びに無処理のタンパク質、加水分解タンパク質及び/又は遊離アミノ酸の混合物を含めた種々の異なるタンパク質源を使用することができ、いずれの場合も遊離プロリンと場合によっては遊離アルギニンが補足される。本発明のタンパク質源は、タンパク質中に多量のプロリンを産するように選択し、それによって遊離アミノ酸として加えるべき量を最小限に抑えることが好ましい。
【0014】
プロリンは、本発明の組成物の熱量の少なくとも3.5%を構成することが好ましい。総熱量中プロリンが分担するレベルがこのようであれば、組成物は、約3.0%(タンパク質源に対する重量で)のプロリンを補足されることが必要である。
【0015】
本発明の組成物に対する窒素の総熱量/グラムは、好ましくは約160:1である。窒素の非タンパク質総熱量は、好ましくは約110:1である。
【0016】
本発明の組成物はまた、脂質源を含む。脂質又は脂肪は体内の貯蔵エネルギーの一次供給源であり、脂肪代謝によるエネルギーは全ての正常細胞の機能において使用される。創傷治癒に関するかぎりでは、脂肪代謝によってプロスタグランジン及びその他の炎症過程の調整物質が生成される。本発明で使用される脂質源は、組成物の総エネルギー量の約20%を構成することが好ましい。この20%の脂質源のうち、約8%は脂肪酸のモノグリセリド及びジグリセリドで構成されることが好ましい。n−6脂肪酸のn−3脂肪酸に対する割合は、好ましくは4:1から10:1の範囲、より好ましくは約7:1である。
【0017】
本発明の組成物はまた、炭水化物源を含む。グルコースは、いずれも創傷治癒過程に関わっている白血球、マクロファージ及び線維芽細胞などを含む多くの組織の細胞代謝の主要な燃料である。グルコースは、創傷治癒の特異的代謝要求を満たす必要がある。本発明において使用する炭水化物源は、組成物の総エネルギー含量の約50%を構成することが好ましい。好適な炭水化物源は、マルトデキストリン及びスクロースである。炭水化物源は実質的にラクトースを含有しないことが好ましい。
【0018】
ビタミン、ミネラル及び微量元素もまた、創傷治癒過程において重要である。本発明の組成物は、これら微量栄養素に関して、特殊医療用食品に関する指令1999/21/EC(Directive 1999/21/EC on Dietary Foods for Special Medical Purposes)に述べられている組成物の規準を少なくとも満たしている。しかし、ある種の微量栄養素は創傷治癒に特に重要であり、したがって本発明の組成物は、推奨される最小レベルを上回ってビタミンC及びE、マンガン、亜鉛、並びにセレンを含有することが好ましい。
【実施例】
【0019】
本発明によるそのまま使用可能な液体組成物を、一例として挙げる。
(実施例1)
熱量密度 1.25g/ml
タンパク質 kcal中30%
内訳(重量で):カゼインナトリウム 50%
乳タンパク質濃縮物 45%
遊離L−プロリン 3%
遊離L−アルギニン 2%
総L−プロリン タンパク質源の12.4%
総L−アルギニン タンパク質源の5.0%
総プロリンが熱量に占める割合 3.7%
総アルギニンが熱量に占める割合 1.5%

脂質 kcal中20%
内訳 セイヨウアブラナ油 35%
トウモロコシ油 34%
ダイズ油 20%
脂肪酸のモノグリセリド及びジグリセリド 8%
乳脂肪 3%
n―6:n−3 7.2:1

炭水化物 kcal中50%
内訳 コーンシロップ 52%
スクロース 43%
デンプン 3%
ラクトース 2%
ビタミンC 125mg/100ml
ビタミンE 7.5mg α−トコフェロール当量/100ml
マンガン 1.9mg/100ml
亜鉛 3.7mg/100ml
セレン 19μg/100ml
モル浸透圧濃度 470mosm/Kg水
水 80.3%
密度 1.087g/ml
総cal/g窒素 160:1
非タンパク質cal/g窒素 110:1
【0020】
先の記載から理解されるように、本組成物は、経腸組成物に従来見られる種類の、コーヒー、バニラなどの矯味矯臭剤、乳化剤、増粘剤及び安定剤のみでなく、EC指令1999/21/ECに準じる経腸組成物に従来見られる種類のその他の微量栄養素も含有する。
【0021】
栄養組成物は従来の方法で生成することができる。例えば、タンパク質源と脂質源を水、好ましくは逆浸透させた水に溶解して液状混合物を作製する。所望の場合は、混合する前に乳化剤を脂質源に溶解しておいてよい。植物源からの食品用乳化剤を使用することが好ましい。
【0022】
水の温度を約50℃〜約80℃にすると成分の分散を促進するのに都合がよい。市販の液化剤を用いて液状混合物を作製してもよい。液状混合物のpHは、食品用水酸化物を用いて約6.3〜7に調整することが好ましい。
【0023】
液状混合物作製後に、炭水化物源を、例えばビタミン、ミネラル、矯味矯臭剤及び着色剤などを含めたその他の溶解し易い成分と共に添加する。
【0024】
次いで、液状混合物を熱処理して細菌の量を減らしてもよい(低温殺菌してもよい)。この処理は、蒸気投入によるか又は熱交換器、例えばプレート式熱交換器によって行うことができる。
【0025】
貯蔵性に優れた液状組成物が必要であれば、50〜85℃まで予熱した後、超高温熱処理(UHT)を実施することが好ましい。例えば、間接UHT処理を、チューブ式熱交換器にて、140〜155℃で5〜8秒実施することができる。UHT処理した液状組成物は、次に、例えばフラッシュ冷却によって約60℃〜約85℃まで冷却することができる。次いで、液状混合物を均質化し、得られた均質な乳状液体は経口栄養補給用200mlカップなどの好適な容器に無菌で詰めることができる。容器への無菌での詰め込みは、液状混合物を冷却することによって行うことができる。
【0026】
再構成可能な粉末状の製剤が必要であれば、均質化した混合物を、例えば噴霧乾燥によって蒸発及び乾燥させて粉末にすることができる。従来の方法を使用することができる。
【0027】
実験例
正常なヒト線維芽細胞をトリプシン処理し、12穴プレートに10,000細胞/cmの密度で播種した。播種した細胞は、集密的になった時点で、ヒト血清中のアミノ酸分布及び濃度にできるだけ似せて設計されたアミノ酸分布及び濃度を有する培地に移した。細胞培養物を2つの種類にわけた。すなわち、培地がプロリンを0.201mM含む対照培養物と、培地がプロリンを0.592mM含む実験サンプルである。24時間後、培養物中のコラーゲン分子の架橋を防ぐために100マイクログラム/mlのβ−アミノプロプリオニトリルを含む、線維芽細胞条件培地を回収した。この条件培地をニトロセルロース膜にドットブロッティングし、免疫吸収ポリクローナル抗体をプローブとしてI型コラーゲンの含有量を調べた。プロリン補足サンプルに関して示す値は、対照のI型コラーゲンの含有量を100%とした場合の相対値である。
試料 対照に対する%
対照(プロリン0.201mM) 100%
プロリン補足(プロリン0.502mM) 150%±21.9%
本実験例によって、ヒト線維芽細胞がプロリン補足に応答し、コラーゲンの合成が50%増加することが分かる。このプロリン補足培地において、コラーゲン合成の増加は、コラーゲンの転写を刺激する増殖因子又はその他のメディエイタの添加とは無関係である。効率的なコラーゲンの合成に基質の増加が必要であることが分かる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
タンパク質源、脂質源及び炭水化物源を含む、創傷治癒を促進するための栄養組成物であって、前記組成物の総熱量の1.8%以下がアルギニン由来であり、タンパク質源が前記組成物の総熱量の少なくとも3%の量のプロリンを含む栄養組成物。
【請求項2】
前記組成物の総熱量の少なくとも3.5%がプロリン由来である請求項1に記載の栄養組成物。
【請求項3】
前記組成物の総熱量の1.5%がアルギニン由来である請求項1又は2に記載の栄養組成物。
【請求項4】
タンパク質源が前記組成物の総熱量の少なくとも28%を構成している前記請求項のいずれかに記載の栄養組成物。
【請求項5】
前記組成物のエネルギー密度が約1.25kcal/mlである前記請求項のいずれかに記載の栄養組成物。
【請求項6】
急性又は慢性の創傷を患う患者の栄養支持を提供する方法であって、タンパク質源、脂質源及び炭水化物源を含む栄養組成物であって、前記組成物の総熱量の1.8%以下がアルギニン由来であり、タンパク質源が前記組成物の総熱量の少なくとも3%の量のプロリンを含む栄養組成物を、治療有効量投与する段階を含む方法。
【請求項7】
前記組成物の総熱量の少なくとも3.5%がプロリン由来である請求項6に記載の方法。
【請求項8】
前記組成物の総熱量の1.5%がアルギニン由来である請求項6又は7に記載の方法。
【請求項9】
創傷治癒促進用治療製剤を製造するためのタンパク質源、脂質源及び炭水化物源の使用であって、前記組成物の総熱量の1.8%以下がアルギニン由来であり、タンパク質源が前記製剤の総熱量の少なくとも3%の量のプロリンを含む、使用。
【請求項10】
前記製剤の総熱量の少なくとも3.5%がプロリン由来である請求項9に記載の使用。
【請求項11】
前記製剤の総熱量の1.5%がアルギニン由来である請求項9又は10に記載の使用。

【公表番号】特表2007−515417(P2007−515417A)
【公表日】平成19年6月14日(2007.6.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−544267(P2006−544267)
【出願日】平成16年12月3日(2004.12.3)
【国際出願番号】PCT/EP2004/013787
【国際公開番号】WO2005/060768
【国際公開日】平成17年7月7日(2005.7.7)
【出願人】(599132904)ネステク ソシエテ アノニム (637)
【Fターム(参考)】