説明

加工性に優れたJISSUS303引抜棒鋼およびその製造方法

【課題】オーステナイト系のS快削鋼であるSUS303の伸線時の脆性的な縦割れを防止すると共に伸線後に非磁性を維持させて、表面性状,加工性,切削性に優れるSUS303引抜棒鋼を安価に製造する。
【解決手段】質量%でSを0.25%〜0.50%含有するJIS SUS303引抜棒鋼であって、引張強さが、冷間伸線時と比較して80〜95%であり、比透磁率が1.05以下、水素量が10ppm以下であることを特徴とする加工性に優れたJIS SUS303の引抜棒鋼である。質量%でSを0.25%〜0.50%含有する被伸線材を、35℃以上、80℃未満に加熱する伸線前加熱工程と、前記伸線前加熱工程に引き続き35℃以上、80℃未満の温度で減面率10〜50%の伸線加工を施して前記引抜棒鋼を形成する伸線工程とを行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、非磁性で加工性に優れるJIS鋼種のSUS303引抜棒鋼およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
Sを多量に含有するSUS303線材は、鋼材中に粗大な硫化物を形成するため、冷間伸線加工を施した時、オーステナイト相にも関わらず、硫化物と母相との界面を起点として脆性的な縦割れが発生する。また、SUS303線材に冷間伸線加工を施すと加工誘起マルテンサイトが生成し、着磁性を示すため、用途が限定される。更に、冷間伸線した引抜棒鋼は加工性が悪く、曲げ加工で割れることがある。
この時、冷間伸線加工による歪み,加工誘起マルテンサイトを除去するため、光輝焼鈍を施すと水素が混入し、曲げ加工性等が劣化する。すなわち、従来のSUS303の冷間引抜棒鋼は、縦割れが発生し、更に、非磁性,曲げ加工性に劣っているものであった。
【0003】
そのため、SUS303にCuを約3%添加してSを0.35%未満に低減した線材にて、母材の靱性を高めて伸線時の縦割れを防止すると共に、オーステナイト相の安定度を増して伸線時の加工誘起マルテンサイトの生成を抑制して非磁性(比透磁率;μ≦1.05)を維持させている。
しかしながら、SUS303にCuを約3%添加してSを0.35%未満に低減した線材は、Cu含有量が多いため合金コストが増加するばかりか、冷間伸線時の縦割れを完全には抑制できず、S含有量が少ないため切削性も向上できない。また、Cuを含むため、JIS SUS303の規格から外れ用途が限定される問題がある。
【0004】
一方、難加工材の加工に関する技術であるが、線材又は鋼線を連続的に供給して、鍛造加工直前にインラインの誘導加熱により加熱してパーツフォーマする技術が提案されている(例えば、特許文献1を参照)。この技術によれば、誘導加熱により加熱するため、潤滑剤の種類に依存することはない。したがって、スパークの発生を防止することができ、安定的に線材又は鋼線を加熱することができる。
しかしながら、誘導加熱は設備費が高く、加工に要するトータルコストを低減することは困難であるばかりか、断面内の均一加熱が困難である。また、誘導加熱温度が、歪み時効が生成する温度域である場合には、安定的な材料の高靱性化(縦割れ抑制)を期待できない。
【0005】
設備費,断面内均一加熱の問題を解決する技術として、回転電極を通じて80〜300℃に直接通電加熱する技術が提案されている(例えば、特許文献2を参照)。この技術によれば、80〜300℃に加熱することで、加工時の変形抵抗が低下し、加工性が向上すると共に潤滑剤が燃えないので製品表面の外観を損なわない。
しかしながら、ステンレス鋼線材の加工用の潤滑剤は、蓚酸塩被膜に代表されるように導電性が悪く、通電加熱時にスパークが発生する等、安定して通電加熱することができない。また、通電加熱温度が、歪み時効が生成する温度域であるため安定的な材料の高靱性化(縦割れ抑制)は期待できない。
【0006】
以上のとおり、伸線時の縦割れを防止し、伸線後に非磁性を維持しつつ、良好な曲げ加工性と表面性状を有する高切削性のSUS303引抜棒鋼およびその安価製造方法は提案されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平6−134543号公報
【特許文献2】特開平6−79389号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の解決すべき課題は、オーステナイト系のS快削鋼であるJIS SUS303の規格を満たし、伸線時の脆性的な縦割れが防止されると共に伸線後に非磁性が維持され、加工性と表面性状の良好な高切削性の引抜棒鋼およびその製造方法を安価に提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決するために種々検討した。その結果、Sを0.25%〜0.50%(好ましくは0.35%〜0.45%)含有し、水素量が10ppm以下のJISのSUS303線材を、C,Nによる歪み時効が起きずに水素が放出される比較的低温域である35℃以上、80℃未満に加熱し、引き続き35℃以上、80℃未満の温度で減面率10〜50%の伸線加工を施し、前記伸線加工において得られた引抜棒鋼の引張強さが、伸線前および伸線中に加熱を行わずに20℃で前記伸線加工を施したときの80〜95%となるようにすればよいことを見出した。このことにより、水素のピックアップを防止でき、安定的に伸線時の伸線縦割れを防止でき、伸線後に非磁性と良好な表面性状,加工性,切削性を確保できる知見を得た。
本発明は、上記知見に基づいてなされたものであり、その要旨とするところは以下の通りである。
【0010】
(1)質量%でSを0.25%〜0.50%含有するJIS SUS303引抜棒鋼であって、引張強さが、冷間伸線時と比較して80〜95%であり、比透磁率が1.05以下、水素量が10ppm以下であることを特徴とする加工性に優れたJIS SUS303の引抜棒鋼である。
(2)前記Sの含有量が0.35〜0.45%であることを特徴とする前記(1)に記載の加工性に優れたJIS SUS303の引抜棒鋼である。
(3)前記(1)又は(2)に記載の加工性に優れたJIS SUS303の引抜棒鋼の製造方法であって、質量%でSを0.25%〜0.50%含有するJIS SUS303の被伸線材を、35℃以上、80℃未満に加熱する伸線前加熱工程と、前記伸線前加熱工程に引き続き35℃以上、80℃未満の温度で減面率10〜50%の伸線加工を施して前記引抜棒鋼を形成する伸線工程とを備えることを特徴とする加工性に優れたJIS SUS303の引抜棒鋼の製造方法である。
(4)前記被伸線材を通電加熱により加熱することを特徴とする前記(3)記載の加工性に優れたJIS SUS303引抜棒鋼の製造方法である。
【発明の効果】
【0011】
本発明に係る加工性に優れる非磁性のSUS303引抜棒鋼の製造方法によれば、SUS303鋼材中の硫化物および母相の界面強度の上昇により破壊靱性を断面内で均一に向上させて伸線時の縦割れを安定的に防止すると共に、伸線時のオーステナイト相を安定化させて伸線後も非磁性を確保でき、また、伸線後に良好な表面性状と良好な曲げ加工性を有するSUS303引抜棒鋼が得られる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下に、先ず、前述の(1),(2)に記載の限定理由について説明する。
本発明のJISのSUS303引抜棒鋼の組成は、質量%で、C:0.15%以下、Si:1.00%以下、Mn:2.00%以下、P:0.20%以下、S:0.25〜0.50%以下、Ni:8.00〜10.00%、Cr:17.00〜19.00%を含有し、残部が鉄および不可避的不純物からなるものである。
【0013】
引抜棒鋼に含まれるSの含有量が多いほど、切削性は向上するが、冷間伸線加工時における伸線縦割れが頻発する。本発明においては、被伸線材を35℃以上、80℃未満に加熱し、引き続き35℃以上、80℃未満の温度で後述する減面率の伸線加工を行うため、Sの含有量が0.25%以上であっても伸線時の縦割れを防止できる。通常、ステンレス鋼の中でもSを0.25%以上含有するJISのSUS303被伸線材では、冷間伸線加工時に伸線縦割れが頻発する。本発明における伸線時の縦割れを防止する効果は、引抜棒鋼に含まれるSの含有量が0.25%以上である場合に顕著となる。
【0014】
一方、引抜棒鋼に含まれるSの含有量が0.50%を超えると、本発明を適用しても伸線時の縦割れを抑制できない。そのため、本発明の適用鋼種として、Sを0.25〜0.50%含有するJISのSUS303に限定する。好ましくは、Sの含有量が0.35〜0.45%であるJISのSUS303である。Sの含有量が0.35%以上である場合、特に切削性が良好になり、Sの含有量が0.45%以下である場合、より効果的に縦割れを防止できるとともに、安定した加工性が得られる。
【0015】
なお、前述したように、Cuを含有するSUS303CuやSを含有しないSUS304等のSUS303以外の鋼種では、冷間伸線加工時に伸線縦割れが発生しないため本発明の効果は明確でない。そのため、本発明の対象鋼種をSUS303に限定する。
【0016】
本発明のJISのSUS303引抜棒鋼の組成には、必要に応じてさらにMo:2.0%以下、Al:0.06%以下、Cu:0.001〜1.0%未満、B:0.01%以下、Ca:0.01%以下、REM:0.01%以下、O:0.02%以下、Sn:0.3%以下、Bi:0.15%以下、Nb:0.6%以下、Ti:0.6%以下、Ta:0.6%以下、W:0.6%以下、Co:1.0%以下を含有してもよい。さらに、本発明のJISのSUS303引抜棒鋼の組成には、これら以外の元素についても、本発明の効果を損なわない範囲で添加することが出来る。
【0017】
Moは耐食性向上を目的とし、Alは脱酸元素として、Cuは加工性向上を目的として含有される。B、Ca、REMは熱間加工性改善を目的とし、O、Sn、Biは切削性向上を目的とし、Nb、Ti、Ta、Wは耐食性向上を目的として含有される。Coは靭性向上を目的として含有される。
【0018】
また、本発明の引抜棒鋼は、温間伸線加工を行うことにより得られたものであり、引張強さが、該温間伸線加工と同じ減面率で20℃で冷間伸線加工を行った場合の80〜95%となるように伸線加工されたものである。引抜棒鋼の引張強さは、冷間伸線加工を行った場合の90%以下であることが好ましい。
【0019】
本発明の引抜棒鋼は、比透磁率を1.05以下に限定する。本発明の引抜棒鋼では、比透磁率が1.05以下であるので、引抜棒鋼が加工誘起マルテンサイトの生成に起因して着磁性を示すものである場合のように、用途が限定されることはない。
【0020】
引抜棒鋼中の水素は、靱性を劣化させて伸線時の縦割れ性を劣化させると共に引抜棒鋼の加工性を劣化させる。本発明の引抜棒鋼では、水素量を10ppm以下に限定する。熱間圧延、焼鈍、酸洗で製造された通常のSUS303線材の水素量は10ppm以下である。しかし、SUS303線材を伸線した後、伸線で導入された歪みを取るために、光輝焼鈍を施した場合、水素量が10ppmを超える。
本発明の引抜棒鋼は、後述する伸線前加熱工程における水素放出により水素量が10ppm以下へ確実に低減されてなるものであるので、伸線時の縦割れが防止され、しかも優れた加工性を有するものとなる。
【0021】
次に、前述の(3)に記載の限定理由について説明する。
本発明の引抜棒鋼の製造方法では、質量%で、Sを0.25%〜0.50%含有するJIS SUS303の被伸線材に温間伸線加工を行う。温間伸線加工は、被伸線材を35℃以上、80℃未満に加熱する伸線前加熱工程と、前記伸線前加熱工程に引き続き35℃以上、80℃未満の温度で減面率10〜50%の伸線加工を施して引抜棒鋼を形成する伸線工程とを備えている。
【0022】
伸線前加熱工程の被伸線材の加熱温度および伸線加工温度について、SUS303鋼材中の硫化物および母相の界面強度を上昇させ、破壊靱性を向上させて伸線時の縦割れを防止するために、35℃以上にする。また、加熱温度および伸線加工温度が35℃以上であると、磁性が発生しにくくなるため、得られた引抜棒鋼の比透磁率を安定的に1.05以下に確保できる。しかも、加熱温度および伸線加工温度が35℃以上であると、伸線加工を行うことによって導入される歪量が少なくなるため、引張強さが高くなりすぎることがない。このため、引張強さを抑制するために伸線加工後に光輝焼鈍を行う必要がない。したがって、光輝焼鈍を行うことによる水素量の増大が生じることはなく、容易に水素量10ppm以下の引抜棒鋼が得られる。
【0023】
しかしながら、C,Nが移動し易い温度域の80℃以上に加熱すると、歪み時効が起こり、靱性が逆に劣化するばかりか、伸線時に焼き付きが生じて表面性状が劣化するし、引張強さも低下する。そのため、加熱温度および伸線加工温度を35℃以上、80℃未満に限定する。伸線前加熱工程の被伸線材の加熱温度および伸線加工温度は、伸線時の縦割れを防止するために、40℃以上が好ましく、45℃以上が更に好ましい。歪み時効を完全に抑制するには、被伸線材の加熱温度および伸線加工温度は、好ましくは、70℃以下である。
【0024】
伸線前加熱工程に引き続き35℃以上、80℃未満の温度で減面率10〜50%の伸線加工を施すことで、伸線縦割れが防止され、加工性,切削性に優れ、引張強さが冷間伸線加工を行った場合の80〜95%であり、水素量が10ppm以下、比透磁率が1.05以下の非磁性のSUS303引抜棒鋼を製造することができる。
【0025】
引抜棒鋼の比透磁率において、通常、冷間伸線加工で製造されるSUS303引抜棒鋼では、減面率(伸線率)が例えば、10%〜50%と大きい場合、得られた引抜棒鋼の比透磁率が1.05を超える。一方、本発明の引抜棒鋼では、上述した加熱温度で伸線前加熱工程を行うので、伸線工程において10%〜50%の減面率の伸線加工を行っても、得られた引抜棒鋼の比透磁率を安定的に1.05以下に確保できる。
【0026】
また、伸線加工の減面率について、10%未満では、伸線前加熱工程を行わない冷間伸線でも縦割れは発生しないが、熱間圧延した線材表面肌が残存して、表面性状が劣化する。
伸線前加熱工程を行う本発明の製造方法では、伸線加工の減面率(加工率)が10%以上である場合、表面性状が向上すると共に伸線時の縦割れを抑制できる。一方、伸線加工の減面率が50%を超えると、伸線前加熱工程を行っても伸線時の縦割れを十分に抑制できない。また、減面率が50%を超えると、1.05以下の比透磁率を確保できなくなる恐れがある。そのため、本発明の伸線加工の減面率は10〜50%に限定し、好ましくは20〜40%とする。
【0027】
引抜棒鋼の引張強さについて、通常、冷間(例えば、20℃)の伸線加工で製造されるSUS303引抜棒鋼は、冷間加工性が悪く曲げ加工等の加工を施すと割れを生じる。
本発明の引抜棒鋼の製造方法における伸線工程では、伸線前加熱工程に引き続き35℃以上、80℃未満の温度で減面率10〜50%の伸線加工を施して引抜棒鋼を形成する。
本実施形態においては、伸線工程における温度が35℃以上であるので、引張強さが冷間伸線加工を行った場合の95%以下となり、優れた曲げ加工性が得られる。
【0028】
伸線工程における温度が80℃以上である場合、引張強さが、冷間伸線加工を行った場合の80%未満となり、加工割れを防止する効果は飽和するし、引張強さが不十分となる。また、引抜棒鋼の引張強さを、冷間伸線加工を行ったときの80%未満まで低減させるために伸線工程の温度を80℃以上に上昇させると伸線時に焼き付きが発生し、引抜棒鋼の表面性状が劣化する。
【0029】
本発明の引抜棒鋼の製造方法で得られた引抜棒鋼の引張強さを、冷間伸線加工を行ったときの80〜95%となるようにするには、被伸線材を伸線前に35℃以上、80℃未満に加熱し、引き続き35℃以上、80℃未満の温度で減面率10〜50%の伸線加工を施す温間伸線加工を行えばよい。なお、強度を比較する際に比較材として新たに原料溶解の段階から製造を行う場合、全ての成分含有量が全く同一の鋼を製造することは極めて困難である。そのため、強度比較材としては、JIS SUS303に規定される各元素の含有量が、実質的に強度に影響しない範囲である±10%以内にあれば良い。
【0030】
また、本発明の引抜棒鋼の製造方法では、伸線前加熱工程後、伸線工程を行う前に、被伸線材に潤滑材を塗布することが好ましい。潤滑剤としては、鉱物油などの一般的に伸線潤滑剤として用いられているものであれば、制限無く使用できる。
【0031】
次に、前述の(4)に記載の限定理由について説明する。
被伸線材の加熱方法について、鋼材の断面を安価に均一・効率的に加熱する方法として、通電加熱することが好ましい。伸線前加熱工程の被伸線材の加熱温度を35℃以上、80℃未満の低温とし、且つ、通電加熱により加熱することで、断面を均一にかつ効率的に加熱することができる。
【0032】
伸線前加熱工程を行う前に、被伸線材の表面に潤滑剤が塗布されていると、スパーク痕が発生し、表面性状が劣化する可能性がある。このため、伸線前加熱工程において、被伸線材の表面が無潤滑である状態で通電加熱により被伸線材を加熱し、伸線前加熱工程を行った後、伸線工程を行う前に潤滑剤を塗布することにより、スパーク痕の発生を防止することが好ましい。
【実施例】
【0033】
以下に本発明の実施例について説明する。表1に実施例の被伸線材の化学組成を示す。
【0034】
【表1】

【0035】
表1の化学組成の鋼材を150kgの真空溶解炉にて溶解し、φ180mmの鋳片に鋳造した。その鋳片をφ9.5〜φ15.0mmまで熱間圧延を行い、1050℃で熱間圧延を終了し、そのまま、1050℃で5分保定後、水冷の連続熱処理を施して、酸洗を行い被伸線材とした。その後、被伸線材の一部に光輝焼鈍を施し、大気中のオーブン炉加熱または通電加熱にて、被伸線材を表2に示す温度に加熱した(伸線前加熱工程)。その後、3分以内に伸線前加熱工程の温度を維持した状態で表2に示す減面率でφ9.4mmまでダイス引き伸線加工を実施し、No.1〜No.21の引抜棒鋼とした(伸線工程)。なお、伸線前加熱工程後、ダイス引き抜き伸線加工の前に潤滑剤を塗布した。No.1〜No.21の引抜棒鋼の製造条件を表2に示す。
【0036】
【表2】

【0037】
その後、No.1〜No.21の引抜棒鋼について、伸線縦割れ有無,表面性状,比透磁率,水素量,曲げ加工性,引張強さを評価した。
また、No.1〜No.21の被伸線材それぞれについて、上記の伸線前加熱工程と伸線工程とを行う温間伸線加工に代えて、温間伸線加工と同じ減面率で伸線工程の温度を20℃にして伸線加工を施した(冷間伸線加工)ときの引抜棒鋼の引張強さを測定し、No.1〜No.21の引抜棒鋼との強度比((温間伸線加工後の引張強さ/冷間伸線加工後の引張強さ)×100(%)(冷間伸線材に対する強度比%))を求めた。
その評価結果を表3に示す。
【0038】
【表3】

【0039】
引抜棒鋼の伸線縦割れ有無は、引抜棒鋼の表面を目視で観察し、縦割れの有無にて評価した。縦割れが無い場合を「無し」、発生の場合を「有り」として評価した。本発明例の引抜棒鋼では、全て伸線縦割れが無しであり、優れていた。
【0040】
引抜棒鋼の表面性状は、引抜棒鋼の表面を目視で観察し、表面の焼付き、光沢不良の有無にて評価した。表面焼き付きが発生した場合を「焼き付き」、光沢不良が発生した場合を「不良」、表面性状が良好な場合を「良好」として評価した。本発明例の引抜棒鋼では、全て表面性状が良好であり、優れていた。
【0041】
引抜棒鋼の比透磁率は、引抜棒鋼の表面に透磁率計の検針を接触させることで測定した。本発明例の引抜棒鋼の比透磁率は1.05以下であり、優れていた。
引抜棒鋼の水素量は伸線工程後の引抜棒鋼から試料を取り出し、不活性ガス溶融―熱伝導測定法により測定した。本発明例の引抜棒鋼の水素量は、全て10ppm以下であった。
【0042】
引抜棒鋼の曲げ加工性は、引抜棒鋼の半径を曲げ半径として90°曲げ試験を行い、割れが発生するか否かで評価した。割れが発生した場合を「×」、割れが発生しなかった場合を「○」として評価した。本発明例の引抜棒鋼の曲げ加工性は、全て○であった。
引張強さは、JIS Z 2241の引張試験で評価した。本発明例の引抜棒鋼の強度比は80〜95%の範囲内にあった。
【0043】
一方、比較例No.11〜16は、伸線前加熱工程における加熱温度または伸線工程での減面率が本発明の範囲外であり、表面性状,縦割れ,比透磁率,水素量、曲げ加工性、引張強さの強度比のうち、いずれか一つ以上が劣っていた。
比較例No.17は、光輝焼鈍を実施しているため水素量が高く、曲げ加工性に劣っていた。比較例No.18〜21は、化学組成が本発明の範囲外であり、本発明の効果が認められない。
【産業上の利用可能性】
【0044】
以上の各実施例から明らかなように、本発明により、SUS303線材を伸線縦割れ発生無しに安定して伸線加工ができ、且つ、表面性状,加工性,切削性に優れる非磁性のSUS303引抜棒鋼を安価に提供することができ、産業上極めて有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%でSを0.25%〜0.50%含有するJIS SUS303引抜棒鋼であって、
引張強さが、冷間伸線時と比較して80〜95%であり、比透磁率が1.05以下、水素量が10ppm以下であることを特徴とする加工性に優れたJIS SUS303の引抜棒鋼。
【請求項2】
前記Sの含有量が0.35〜0.45%であることを特徴とする請求項1に記載の加工性に優れたJIS SUS303の引抜棒鋼。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の加工性に優れたJIS SUS303の引抜棒鋼の製造方法であって、
質量%でSを0.25%〜0.50%含有するJIS SUS303の被伸線材を、35℃以上、80℃未満に加熱する伸線前加熱工程と、前記伸線前加熱工程に引き続き35℃以上、80℃未満の温度で減面率10〜50%の伸線加工を施して前記引抜棒鋼を形成する伸線工程とを備えることを特徴とする加工性に優れたJIS SUS303の引抜棒鋼の製造方法。
【請求項4】
前記被伸線材を通電加熱により加熱することを特徴とする請求項3に記載の加工性に優れたJIS SUS303の引抜棒鋼の製造方法。

【公開番号】特開2013−104066(P2013−104066A)
【公開日】平成25年5月30日(2013.5.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−246404(P2011−246404)
【出願日】平成23年11月10日(2011.11.10)
【出願人】(503378420)新日鐵住金ステンレス株式会社 (247)
【Fターム(参考)】