説明

加工方法及び加工装置

【課題】被加工物が絶縁性材料である場合に、精度良くイオンビームによる形状加工を行う。
【解決手段】イオンビーム3によって光学素子材料5を加工するイオンビーム加工において、まず、絶縁性材料からなる開口部材を有する電流密度測定手段6に、イオンビーム3と電子ビーム8を照射してイオンビーム3の電流密度分布を測定する。このように測定された電流密度分布によってイオンビーム3の単位除去形状を検知し、作成された加工プログラムに従って、イオンビーム3を電子ビーム8とともに光学素子材料5に照射し、形状加工を行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、レンズ等の光学素子を製造するためのイオンビームによる加工方法及び加工装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
光学素子の形状を高精度に仕上げる加工方法として、イオンビームを被加工物上に走査させて加工を行う形状修正加工方法がある(特許文献1参照)。図7に、従来の加工装置の一例を示す。イオンビーム発生装置101は、真空状態を保持するためのチャンバー102内に固定されており、そこからイオンビーム103が射出される。イオンビーム103に対向する側には、駆動ステージであるステージ104が配設される。ステージ104上には絶縁性材料からなる光学素子材料105とイオンビームの電流密度分布(ビームプロファイル)を測定する電流密度測定手段106が設置される。
【0003】
まず、図7(a)に示すように、イオンビーム103を電流密度測定手段106に照射することで、図8(b)に示すようなビームプロファイルが測定される。電流密度測定手段106には、図8(a)に示すように、イオンビームを通過させるための小径の開口が開いた板である開口部材109が設けられており、開口部材109は、通常は導電性材料からなる。開口部材109を通過したイオンビームは、電流捕捉手段110及び電流計111により、電流密度の分布関数として計測される。電流捕捉手段110としては、ファラデーカップやマルチチャンネルプレート(MCP)等が広く知られている。
【0004】
続いて、図示しない加工プログラム計算部にて、把握されたビームプロファイルから単位時間あたりの除去形状である単位除去形状を算出する。この単位除去形状と光学素子の所望の加工形状とから、加工プログラムが作成される。
【0005】
次に、図7(b)に示すように、作成された加工プログラムに従って、光学素子材料105をステージ104により駆動(走査)して、光学素子材料105の所望の位置にイオンビーム103を照射し、光学素子材料105の形状加工を行う。その際、光学素子材料105が絶縁性である場合には、イオンビーム103の照射部がイオンにより帯電してしまうことを防ぐために、イオンビーム103を照射すると同時に、電子ビーム発生装置107から発生される電子ビーム108を照射する。これは、イオンビーム103の照射部がイオンにより帯電し、ビームプロファイルあるいはビーム照射位置が不測の変動をしてしまわないように、照射部の帯電中和を目的としている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2008−34324号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
前述のとおり、絶縁性材料をイオンビーム加工する場合は、イオンビームを照射すると同時に電子ビームを照射する必要がある。従来は、電子ビームによりイオンビームの照射部が帯電中和をされている場合は、被照射部が絶縁性材料であるか導電性材料であるかに関わらず、ビームプロファイルは等しいとみなされていた。そのため、導電性材料からなる開口部材を有する電流密度測定手段にイオンビームのみを照射してビームプロファイルを測定し、加工プログラムを作成して、形状加工の制御を行っていた。
【0008】
しかしながら本発明者は、電子ビームにより被照射部の帯電中和がなされている場合は、電流密度測定手段の開口部材が絶縁性材料であるか導電性材料であるかにより、ビームプロファイルが異なることを見出した。図6には、紫外線カメラを用いて撮像したイオンビーム照射部の発光強度分布を示す。図6(a)は、導電性材料にイオンビームと電子ビームを同時に照射した場合の、照射部の発光強度分布であり、(b)は絶縁性材料にイオンビームと電子ビームを同時に照射した場合の、照射部の発光強度分布である。これらの発光強度分布は、イオンが固体に衝突した際に、励起状態から基底状態に遷移するときに放出される光の強度分布である。また、この発光強度分布は、微弱な強度分布であるものの、イオンビームの電流密度分布とは、ほぼ相似の形状をなすことが知られている。図6から分かるように、被照射物が導電性材料と絶縁性材料の場合では、ビームプロファイルが異なり、絶縁性材料に照射した場合のビームプロファイルは、裾部に広がりが見られるのが特徴的である。このように、導電性材料の開口部材を有する電流密度測定手段を用いて把握されたビームプロファイルは、実際に絶縁性材料を加工中のビームプロファイルとは異なっており、この差異に起因する加工誤差が発生し、光学素子の形状精度を劣化させていた。この劣化を修繕するために追加加工を実施することで、余分な時間及び費用、労力が必要となり、その結果として生産コストを増大させてしまっていた。
【0009】
本発明は、被加工物が絶縁性材料である場合に、電流密度分布をより高精度に測定し、イオンビームによる加工精度を向上させることのできる加工方法及び加工装置を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の加工方法は、被加工物をイオンビーム加工する加工方法において、絶縁性材料からなる開口部材を備えた電流密度測定手段に、イオンビームを電子ビームとともに照射してイオンビームの電流密度分布を測定する工程と、前記イオンビームの電流密度分布によって検知された単位除去形状に基づいて加工プログラムを作成する工程と、前記加工プログラムに従って、イオンビームを電子ビームとともに被加工物に照射しながら走査することによりイオンビーム加工を行う工程と、を有し、前記開口部材は、前記電流密度測定手段に照射されるイオンビームと電子ビームのうちでイオンビームのみを通過させる開口を備えることを特徴とする。
【0011】
本発明の加工装置は、被加工物をイオンビーム加工する加工装置において、被加工物に照射するためのイオンビームと電子ビームを発生するビーム発生手段と、前記ビーム発生手段から発生されるイオンビームの電流密度分布を測定するための電流密度測定手段と、前記電流密度分布に基づいて作成される加工プログラムに従って、前記ビーム発生手段から発生されるイオンビームと電子ビームを被加工物に照射しながら走査する手段と、前記電流密度測定手段の入射部に配置された絶縁性材料からなる開口部材と、を有し、前記開口部材は、前記ビーム発生手段から前記電流密度測定手段に照射されるイオンビームと電子ビームのうちでイオンビームのみを通過させる開口を備えることを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
被加工物が絶縁性材料である場合に、電流密度測定手段に絶縁性材料の開口部材を用いることで、電子ビームとともに照射されるイオンビームのビームプロファイルをより高精度に把握することができる。その結果、ビームプロファイルから作成される加工プログラムもより高精度なものとなり、イオンビームによる形状加工の精度を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】実施例1による加工方法を説明する図である。
【図2】実施例1に係るもので、(a)は電流密度測定手段を示す模式図、(b)はイオンビームのビームプロファイルを示すグラフである。
【図3】開口部材と電子ビームの照射方向との関係を説明する図である。
【図4】実施例2による加工方法を説明する図である。
【図5】実施例2に係るもので、(a)は電流密度測定手段を示す模式図、(b)はイオンビームのビームプロファイルを示すグラフである。
【図6】紫外線カメラを用いて撮像したイオンビーム照射部の発光強度分布である。
【図7】従来例による加工方法を説明する図である。
【図8】従来例に係るもので、(a)は電流密度測定手段を示す模式図、(b)はイオンビームのビームプロファイルを示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
図1は、一実施形態による加工方法及び加工装置を示すもので、イオンビーム発生装置1は、真空状態を保持するためのチャンバー2内に固定されており、そこからイオンビーム3が射出される。イオンビーム3に対向する側には、走査手段であるステージ4が配設され、ステージ4上には、合成石英(絶縁性材料)からなる被加工物である光学素子材料5と、ビームプロファイルを測定するための電流密度測定手段6が設置される。イオンビーム3を電流密度測定手段6に照射することで、図2(b)に示すようなビームプロファイル(電流密度分布)が検知される。このとき、電流密度測定手段6に対して、電子ビーム発生装置7より照射される電子ビーム8を加工中と同じ条件でイオンビーム3とともに照射する。
【0015】
光学素子材料5のイオンビーム加工においては、まず、図2(a)に示すように、入射部に絶縁性材料からなる開口部材9を備えた電流密度測定手段6に、イオンビーム3と電子ビーム8を照射してビームプロファイルを測定する(図1(a)参照)。そしてビームプロファイルをもとに単位加工形状を算出し、加工プログラムを作成する。加工プログラムの作成方法としては、まず、加工前にあらかじめ計測されたワーク形状と、設計形状の差である誤差値の形状である目標加工形状を求める。次に、ビームプロファイルから単位加工形状を算出し、目標加工形状から計算形状(実際の滞留時間制御を行った場合に加工されると予想される計算上の形状)を差し引いた値である残差形状が最小となるようなビームの滞留時間分布を算出する。そして、この滞留時間分布に従って、ステージ4の走査速度を制御するための加工プログラムが作成される。このようにして作成された加工プログラムに従って、図1(b)に示すように、イオンビーム3を電子ビーム8とともに光学素子材料5に照射し、帯電中和をしながら加工を行う。
【0016】
電流密度測定手段6の入射部には、絶縁性材料からなる開口9aを有する開口部材9が設けられ、電流密度分布の測定中は、電流密度測定手段6に対し、イオンビーム3を照射すると同時に電子ビーム8を照射する。図3に示すように、開口部材9の開口径aと、開口深さbと、開口軸Oに対する電子ビーム8の照射角度θとが、以下の式で表わされる関係を満足するように構成することで、イオンビーム3のみを通過させることができる。
θ>tan−1a/b (1)
【0017】
式(1)は、以下のように導出される。開口部材9に、イオンビームを部分的に通過させるために開けられた開口9aの開口軸Oと、開口9aの対角線のなす角度φは、φ=tan−1(a/b)となる。電子ビーム8と開口軸Oのなす角を照射角度θとすると、θ>φ(=tan−1a/b)であれば、電子ビーム8が開口9aを通過し得なくなるので、イオンビーム3のみを通過させることができる。このようにして、電流密度測定手段6の電流捕捉手段に流れ込む電流が、イオンビームと電子ビームで相殺されることを防止する。
【0018】
続いて、図示しない加工プログラム計算部にて、把握されたビームプロファイルから単位時間あたりの除去形状である単位除去形状を算出し、この単位除去形状と光学素子の所望の加工形状とから、加工プログラムを作成する。
【0019】
このようにして加工プログラムを作成し、その加工プログラムに従って、前述のように、イオンビーム3を照射すると同時に電子ビーム8を照射し、帯電中和をしながら加工を行う。
【実施例1】
【0020】
図1に示すように、電子ビーム発生装置7とともにビーム発生手段を構成するイオンビーム発生装置1は、真空状態を保持するためのチャンバー2内に固定されており、そこからイオンビーム3が射出される。イオンビーム3に対向する側には、ステージ4が配設され、ステージ4上には合成石英からなる光学素子材料5及びビームプロファイルを測定するための電流密度測定手段6が設置される。
【0021】
図1(a)に示すように、ビームプロファイルの測定中は、電流密度測定手段6に対し、イオンビーム3とともに電子ビーム8を、加工中と同じ条件(同じエネルギー、同じ電子電流、同じ照射角度)で照射する。電流密度測定手段6は、図2(a)に示すように、サファイアガラス(絶縁性材料)からなる開口部材9と、導電性材料からなるカップ電極(電流捕捉手段)10と、二次電子を遮蔽するためのサプレッサー電極11と、からなるファラデーカップである。イオンビーム3に対して、開口9aを有する開口部材9の開口軸Oが平行に配置されている。一方、電子ビーム8は、開口軸Oに対してθ=30°の角度で照射される。開口部材9の開口径は0.2mmであり、開口深さは、0.5mmである。サプレッサー電極11には、イオンビームのエネルギーに応じて負の電圧が印加される。
【0022】
続いて、図示しない加工プログラム計算部にて、測定されたビームプロファイルから単位時間あたりの除去形状である単位除去形状を算出する。この単位除去形状と光学素子の所望の加工形状とから、加工プログラムが作成される。次に、図1(b)に示すように、作成された加工プログラムに従って光学素子材料5をステージ4により駆動(走査)して、光学素子材料5の所望の位置にイオンビーム3及び電子ビーム8を同時に照射し加工を行う。ステージ4は簡略化して示すが、例えば、イオンビーム3が常に光学素子材料5の表面に対して一定の角度で入射するよう、光学素子材料5を3次元的に駆動可能な形態としてもよい。また、被加工物である光学素子材料5を駆動する形態としたが、被加工部をイオンビームに対して相対移動可能であればよい。例えば、イオンビーム発生装置1及び電子ビーム発生装置7を駆動する形態としてもよいし、イオンビーム発生装置1及び電子ビーム発生装置7と、光学素子材料5の両方を駆動する形態でもよい。
【0023】
被加工物が絶縁性材料である場合に、加工中のビームプロファイルをより高精度に把握することが可能となり、その結果、作成される加工プログラムも高精度なものとなり、より高精度なイオンビーム加工を行うことができる。
【実施例2】
【0024】
図4は、実施例2による加工方法及び加工装置を示す。イオンビーム発生装置21は、真空状態を保持するためのチャンバー22内に固定されており、そこからイオンビーム23が射出される。イオンビーム23に対向する側には、ステージ24が配設され、ステージ24上にはULE(商標名)からなる光学素子材料25及びビームプロファイルを測定するための電流密度測定手段26が設置される。
【0025】
まず、図4(a)に示すように、イオンビーム23を、電流密度測定手段26に照射することで、図5(b)に示すようなビームプロファイルが測定される。このビームプロファイルの測定中は、電流密度測定手段26に対し、電子ビーム発生装置27より照射される電子ビーム28を加工中と同じ条件(同じエネルギー、同じ電子電流、同じ照射角度)で照射する。電流密度測定手段26は、図5(a)に示すように、ULE(商標名)からなる開口9aを備えた開口部材29と、MCP(マルチチャンネルプレート)30と、それらの間に配設される二次電子を遮蔽するためのサプレッサー電極31とからなる。イオンビーム23に対して、開口部材29の開口軸Oは平行に配置されている。一方、電子ビーム28は、開口軸Oに対してθ=30°の角度で照射される。開口部材29の開口径は0.05mmであり、深さは、0.2mmである。サプレッサー電極31には、イオンビームのエネルギーに応じて負の電圧が印加される。
【0026】
続いて、図示しない加工プログラム計算部にて、測定されたビームプロファイルから単位時間あたりの除去形状である単位除去形状を算出する。この単位除去形状と光学素子の所望の加工形状とから、加工プログラムが作成される。次に、図4(b)に示すように、作成された加工プログラムに従って光学素子材料25をステージ24により走査して、光学素子材料25の所望の位置にイオンビーム23及び電子ビーム28を同時に照射し加工を行う。
【符号の説明】
【0027】
1、21 イオンビーム発生装置
3、23 イオンビーム
4、24 ステージ
5、25 光学素子材料
6、26 電流密度測定手段
7、27 電子ビーム発生装置
8、28 電子ビーム
9、29 開口部材
9a、29a 開口

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被加工物をイオンビーム加工する加工方法において、
絶縁性材料からなる開口部材を備えた電流密度測定手段に、イオンビームを電子ビームとともに照射してイオンビームの電流密度分布を測定する工程と、
前記イオンビームの電流密度分布によって検知された単位除去形状に基づいて加工プログラムを作成する工程と、
前記加工プログラムに従って、イオンビームを電子ビームとともに被加工物に照射しながら走査することによりイオンビーム加工を行う工程と、を有し、
前記開口部材は、前記電流密度測定手段に照射されるイオンビームと電子ビームのうちでイオンビームのみを通過させる開口を備えることを特徴とする加工方法。
【請求項2】
被加工物をイオンビーム加工する加工装置において、
被加工物に照射するためのイオンビームと電子ビームを発生するビーム発生手段と、
前記ビーム発生手段から発生されるイオンビームの電流密度分布を測定するための電流密度測定手段と、
前記電流密度分布に基づいて作成される加工プログラムに従って、前記ビーム発生手段から発生されるイオンビームと電子ビームを被加工物に照射しながら走査する手段と、
前記電流密度測定手段の入射部に配置された絶縁性材料からなる開口部材と、を有し、
前記開口部材は、前記ビーム発生手段から前記電流密度測定手段に照射されるイオンビームと電子ビームのうちでイオンビームのみを通過させる開口を備えることを特徴とする加工装置。
【請求項3】
前記開口部材の開口軸に対する電子ビームの照射角度θが、以下の式で表わされる関係を満たすことを特徴とする請求項2に記載の加工装置。
θ>tan−1a/b
ここで、a:開口径
b:開口深さ

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2011−134591(P2011−134591A)
【公開日】平成23年7月7日(2011.7.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−293074(P2009−293074)
【出願日】平成21年12月24日(2009.12.24)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国等の委託研究の成果に係る特許出願(平成19年度独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「極端紫外線露光システムの基盤技術開発/EUV露光装置用非球面加工技術及びコンタミネーション制御技術の研究開発」、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】