説明

加工食品中の菌種の同定方法

【要 約】
【課 題】従来より、酵母や乳酸菌等の菌種の同定は、菌を培地で培養し、菌の栄養要求性及び形態等で同定する培養法が採用されてきた。しかしながら、該培養法による菌種の同定は、培養環境等の外的要因による影響を受ける上、時間がかかるという欠点があった。また、菌種によっては、培養が困難であったり、死滅した菌では培養することができないという問題があった。
【解決手段】一方で、近年の分子生物学の発展に伴い、DNAの塩基配列の違いから植物や細菌の種別を同定する方法が開発されてきており、本発明者は更に研究を重ねたところ、加熱処理を施した加工食品からDNAを抽出してDNA溶液を増幅させたPCR産物を得て、さらに変性勾配ゲル電気泳動法を用いて塩基配列の異なるDNAを分離することができることを見いだし、本発明の加工食品中の菌種の同定方法を提案することができた。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、加熱処理を施した加工食品中のDNAを解析して、該加工食品中の菌種を同定する方法に関し、更に詳しくは、加工食品中のDNAを抽出して得たDNA溶液にポリメラーゼ連鎖反応法(以下、PCR法という)を適用してDNAを増幅させたPCR産物に変性勾配ゲル電気泳動法を適用することによって、塩基配列が相違するDNA毎に分離して解読することを特徴とする加工食品中の菌種の同定方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来より、酵母や乳酸菌等の菌種の同定は、菌を培地で培養し、菌の栄養要求性及び形態等で同定する培養法が採用されてきた。しかしながら、該培養法による菌種の同定は、培養環境等の外的要因による影響を受ける上、時間がかかるという欠点があった。
【0003】
また、菌種によっては、培養が困難であったり、死滅した菌では培養することができないという問題があった。
【0004】
一方で、近年の分子生物学の発展に伴い、DNAの塩基配列の違いから植物や細菌の種別を同定する方法が開発されてきている。
【0005】
加工食品から植物遺伝子を検出する方法として、高温処理、高温磨砕処理、高圧処理または発酵処理のいずれかの処理を受けた植物性加工食品を、脱脂した後、DNA粗画分を抽出し、次いでポリエチレングリコール沈殿法及び/又はポリアクリルアミドゲル電気泳動法によるDNA分画処理を行って調製した鋳型DNAを用いてPCR法により植物遺伝子を検出する技術があった(特許文献1)。
【0006】
しかし、該特許文献1に記載の技術は、PCR法を適用する前に、煩雑なポリエチレングリコール沈澱法及び/又はポリアクリルアミドゲル電気泳動法によるDNA分画処理を必要とするものであった。また、該特許文献1に記載の技術は、植物性加工食品の原料として遺伝子組み換え植物が使用されたか否かを判別するのに用いられるものであって、目的とする遺伝子の存否のみを判断するものであった。
【0007】
さらには、食品から細菌を分離し、該分離した細菌のDNA断片にPCR法を適用して増幅させ、増幅させたDNA断片に電気泳動法を適用して電気泳動像を得て、該電気泳動像に基づいて細菌を検出する技術があった(特許文献2)。
【0008】
しかし、該前記特許文献2において試料とする食品は、非加熱又は加熱後に細菌を植菌した食品、即ち、細菌が加熱による損傷を受けていない食品であった。また、用いられるPCR法は、特殊なSSC−PCR法で、多数のプライマーを合成するという非常に煩雑な作業を伴うものであった。
【特許文献1】特開2001−149080号公報
【特許文献2】特開2003−250541号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、加熱処理が施された加工食品中の、加熱工程において損傷を受けたり、死滅した菌の種類を同定する方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は係る課題を解決するために鋭意研究したところ、加熱処理を施した加工食品からDNAを抽出してDNA溶液を得て、該DNA溶液中のDNAを増幅させたPCR産物を得て、さらに変性勾配ゲル電気泳動法を用いて塩基配列の異なるDNAを分離することができることを見いだし、本発明の加工食品中の菌種の同定方法を提案することができた。
【0011】
すなわち本発明の第一は、加熱処理を施した加工食品からDNAを抽出してDNA溶液を得る工程、
該DNA溶液にPCR法を適用してDNAを増幅させたPCR産物を得る工程、
該PCR産物に変性勾配ゲル電気泳動法を適用して、該PCR産物中の塩基配列が相違するDNA毎にDNAを分離する工程、
該分離したDNA毎に、塩基配列を解読する工程、
該解読した塩基配列毎に菌種を同定する工程、
を備えることを特徴とする加工食品中の菌種の同定方法である。
【0012】
本発明の第二は、前記変性勾配ゲル電気泳動法を適用するPCR産物中のDNA量を125ng/μl以上とすることを特徴とする請求項1に記載の加工食品中の菌種の同定方法である。
【0013】
本発明の第三は、前記DNA溶液にPCR法を複数回適用してから変性勾配ゲル電気泳動法を適用することを特徴とする請求項1又は2に記載の加工食品中の菌種の同定方法である。
【0014】
本発明の第四は、前記PCR法により増幅するDNAの部位がリボゾーマルRNA由来のDNAであることを特徴とする請求項1、2又は3に記載の加工食品中の菌種の同定方法である。
【0015】
本発明の第五は、前記分離したDNA毎に、DNA量をPCR法により増幅させてから、塩基配列を解読することを特徴とする請求項1、2、3又は4に記載の加工食品中の菌種の同定方法である。
【0016】
本発明の第六は、前記変性勾配ゲル電気泳動法が変性剤濃度勾配ゲル電気泳動法であることを特徴とする請求項1、2、3、4又は5に記載の加工食品中の菌種の同定方法である。
【0017】
本発明の第七は、前記菌が酵母及び/又は乳酸菌であることを特徴とする請求項1、2、3、4、5又は6に記載の加工食品中の菌種の同定方法である。
【0018】
本発明の第八は、前記加工食品を粉砕してからDNAを抽出することを特徴とする請求項1、2、3、4、5、6又は7に記載の加工食品中の菌種の同定方法である。
【0019】
本発明の第九は、前記加工食品がベーカリー製品であることを特徴とする請求項1、2、3、4、5、6、7又は8に記載の加工食品中の菌種の同定方法である。
【0020】
本発明の第十は、前記ベーカリー製品が食パン、フランスパン、ライ麦パン、サワーブレッド又は中華まんじゅうであることを特徴とする請求項9に記載の加工食品中の菌種の同定方法である。
【0021】
本発明の第十一は、前記ベーカリー製品のクラム(内相)部分からDNAを抽出することを特徴とする請求項9又は10に記載の加工食品中の菌種の同定方法である。
【発明の効果】
【0022】
本発明の加工食品中の菌種の同定方法によって、加熱処理が施された加工食品中の加熱工程において損傷したり、死滅した菌の種類を同定することが可能となっている。
【0023】
このため加熱処理を施した加工食品として、パン、ドーナツ、パイ、中華まんじゅう等のベーカリー製品の中で、特に、乳酸菌等の醗酵種を用いて製品の特徴付けがされることのある食パン、フランスパン、ライ麦パン、サワーブレッド及び中華まんじゅうで用いられた菌種を同定することによって、菌の種類による加工食品に与える影響を解析することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
本発明における加熱処理を施した加工食品とは、焼成、蒸成、油揚その他の加熱工程を経て製造された加工食品である。本発明では、特に限定されるものではないが、例えば、パン、ドーナツ、パイ、中華まんじゅう等のベーカリー製品が望ましい。特に、乳酸菌等の醗酵種を用いて製品の特徴付けがされることのある食パン、フランスパン、ライ麦パン、サワーブレッド及び中華まんじゅうであることがより望ましい。
【0025】
また、本発明において、加熱処理を施した加工食品として、ベーカリー製品を採用する場合には、該ベーカリー製品のクラム(内相)部分を試料として用いることが望ましい。これは、ベーカリー製品のクラム部分は、クラスト(外相)部分と比較して加熱によるDNAの損傷が少ないため、クラム部分からDNAを抽出した方が、より純度の高いDNA溶液が得られ、より有効に菌種の同定を行うことができるようになるからである。
【0026】
また、前記加工食品は、粉砕してから試料として用いることが望ましく、本発明における菌は、酵母及び/又は乳酸菌であることが望ましい。
【0027】
本発明では、まず、加熱処理を施した加工食品から、該加工食品中の菌のDNAを抽出してDNA溶液を得る。
【0028】
本発明において、DNAの抽出は、DNA抽出の基本的な手法とされているCTAB法、SDS−フェノール法、プロテアーゼK法、その他を用いることができるし、また、市販化されているDNA抽出用キットを用いることもできる。
【0029】
CTAB法を採用する場合には、例えば、以下の通り行うことができる。
【0030】
まず、試料とする加工食品にCTAB(セチルトリメチルアンモニウムブロミド)抽出液を加え、攪拌して、保温した後、遠心分離してその上清を得る。次に、該上清にPCI(フェノール:クロロホルム:イソアミルアルコール)溶液を加え、振とうして、遠心分離してその上層を得る。
【0031】
次に、該上層にイソプロピルアルコールを加え、混和した後、遠心分離してその沈澱物を乾燥する。該乾燥させた沈澱物にTE(Tris−EDTA)とリボヌクレアーゼAを加え、保温した後、CTAB抽出液を加え、さらにCIA(クロロホルム:イソアミルアルコール)を加えて、混和した後、遠心分離してその上層を得る。該上層にイソプロピルアルコールを加えて混和し、遠心分離してその沈澱物を乾燥する。該乾燥させた沈澱物に滅菌水を加え、DNAを溶解してDNA溶液を得ることにより行うことができる。
【0032】
次に、前記DNA溶液中のDNAをPCR法により増幅させてPCR産物を得る。
【0033】
ここで、PCR法を適用する前に、DNA溶液中のDNA量を測定してからPCR法を適用することが望ましい。該DNA量の測定は、例えば、分光光度計を用いて、260nmにおける吸光度からDNA量を測定したり、ゲル電気泳動装置を用いて、電気泳動を行い、電気泳動後のゲルを染色して紫外線照射等によりゲルが分布する部分を可視化して該可視化した部分(バンド)と、同時に電気泳動させた予めDNA量が明らかであるDNA分子量マーカー(ラダーマーカー)のバンドとの濃淡の比較に基づいて前記可視化したバンド中のDNA量を算出することにより行なうこともできる。
【0034】
なお、ここでの「ゲル電気泳動」は、例えば、DNAを電気泳動させてDNAの長さの相違によりDNAを分離するアガロースゲル電気泳動やポリアクリルアミドゲル電気泳動を採用することができる。
【0035】
DNA溶液中のDNA量は、好ましくは10〜100ng/μlの範囲内となるように調製することが望ましい。DNA量が少な過ぎる場合には、その後のPCRによるDNAの増幅に悪影響を及ぼすおそれがある。従って、このような場合には、改めて、加工食品からDNAを抽出し直して前記好ましい範囲のDNA量とすることが望ましく、さらには、試料の量を最初のDNA抽出に用いた量よりも多くして、改めて、DNA抽出をし直して前記好ましい範囲のDNA量とすることがより望ましい。
【0036】
また、DNA量が前記好ましい範囲よりも多い場合には、DNA溶液を適宜蒸留水で希釈して、前記好ましい範囲内のDNA量とすることが望ましい。
【0037】
本発明において、PCRは常法により行うことができる。具体的には、例えば、前記DNA溶液、dNTP(デオキシヌクレオチド)、緩衝液、プライマー対、DNAポリメラーゼ及び水の混合液をチューブに入れて、該チューブをPCR反応装置に設置して、熱変性、アニーリング及び伸張(重合)反応を繰り返し行う。
【0038】
ここで、PCRにより増幅させるDNAの部位は、リボゾーマルRNA由来のDNAであることが望ましい。例えば、菌が乳酸菌である場合には、16sリボゾーマルRNA由来のDNA、また、酵母である場合には、18sリボゾーマルRNA由来のDNAであることが望ましい。
【0039】
リボゾーマルRNA由来のDNAの塩基配列は、菌種毎の変異に富んだ領域(菌種毎に特徴的な配列)を備えているため、菌種に特異なリボゾーマルRNA由来のDNAの塩基配列をPCRにより増幅させることにより、菌種の同定がより有効に行うことができるようになる。
【0040】
また、一方で、リボゾーマルRNA由来のDNAは、保存性の高い領域(菌種にかかわらず共通の配列)をも備えているため、PCRで用いるプライマーの設定をより有効に行うことができるようになる。
【0041】
PCRに用いるプライマーは、PCRによる増幅の標的とするDNAに応じて適宜該DNAに特異なプライマーを選択して使用する。具体的には、例えば、乳酸菌16sリボゾーマルRNA由来のDNAを標的とする場合には、以下に示すプライマー対を用いることが望ましい。
【0042】
5´―AGC AGT AGG GAA TCT TCC A−3´
5´―GCクランプ―ATT TCA CCG CTA CAC ATG−3´
【0043】
この場合、GCクランプとは、GCに富んだ配列のことであり、例えば、以下に示す配列が使用可能である。
【0044】
CGCCCGCCGCGCCCCGCGCCCGTCCCGCCGCCCCCGCCCG
【0045】
また、温度プログラムは、用いるプライマー対に応じて適宜設定することができる。具体的には、例えば、上記プライマー対を用いる場合には、94℃で3分間保持した後、94℃で1分間(熱変性)、61℃で1分間(アニーリング)及び72℃で3分間(伸張(重合)反応)を1サイクルとして、これを35サイクル行った後、72℃で7分間保持する温度プログラムを採用することが望ましい。得られたPCR産物を保管する場合には、4℃で保管することが望ましい。
【0046】
PCR産物は精製することが望ましい。後述するように、複数回のPCRを適用する場合には、PCRを適用した毎にPCR産物を精製するのが望ましい。こうすることにより、より有効に菌種の同定を行うことができるようになる。ここでのPCR産物の精製方法は、特に限定されるものではなく、例えば、エタノール沈澱法等により行なうこともできるし、市販されているPCR産物精製用キットを用いて精製することも可能であり、望ましい。
【0047】
次に、前記PCRにより得られたPCR産物中のDNA量を測定することが望ましい。ここでのDNA量測定は、前記DNA抽出後のDNA溶液のDNA量測定と同様にして行うことができる。
【0048】
本発明では、DNAが加熱工程により損傷を受けて、PCRにより増幅させても十分なDNA量が得られないおそれがあり、その後の変性勾配ゲル電気泳動により、DNAを検出できなくなるおそれがあるため、前記PCR産物中のDNA量が125ng/μl以上となるようにすることが望ましい。PCR産物中のDNA量が125ng/μlよりも少ない場合には、さらに1回又は複数回PCRを行って、DNA量を125ng/μl以上としてから変性勾配ゲル電気泳動することが望ましい。2回目以降のPCR条件は、最初のそれと同様の条件を採用できるし、条件を変えて行うこともできる。
【0049】
次に、前記PCR産物を変性勾配ゲル電気泳動法に供して、前記PCR産物中の塩基配列が相違するDNA毎にDNAを分離する。変性勾配電気泳動法は、変性剤の濃度勾配や温度勾配を利用して、DNAの塩基配列の相違によりDNAを分離する手法である。変性勾配ゲル電気泳動法は、変性剤濃度勾配ゲル電気泳動法(DGGE)、温度勾配ゲル電気泳動法(TGGE)等の方法により行うことができる。以下では、変性剤濃度勾配ゲル電気泳動法を用いる場合について説明する。
【0050】
変性剤濃度勾配ゲル電気泳動は、例えば、変性剤として尿素とホルムアミドの混合物を用い、該変性剤の濃度勾配を35%から50%としたポリアクリルアミドゲル上で、前記PCR産物を一定温度(例えば、60℃)で、60Vで13時間定電圧で電気泳動を行うことが望ましい。これにより、該ゲル上の前記PCR産物に含まれる2本鎖DNAは、該ゲルの変性濃度に応じて部分解離しながら、該ゲル上を泳動する。該解離度は、塩基配列に依存しており、そして、該解離度により該ゲル上での部分解離したDNAの移動度が異なるため、該移動度の相違を検出することにより、塩基配列の異なるDNA毎にDNAを分離することができる。
【0051】
具体的には、例えば、前記変性勾配ゲル電気泳動後のゲルを染色して、UVトランスイルミネーター等による紫外線照射等により、泳動したDNAがゲル中に分布する部分(バンド)を可視化した電気泳動像を得る。該染色は、特に限定されるものではないが、電気泳動後のゲルの染色に一般的に用いられる、エチジウムブロマイド、その他により行うことができる。そして、前記電気泳動像は、必要に応じ、CCDカメラ等で撮影して電気泳動像の写真を得て、さらには、該写真をスキャナでコンピュータに取り込んでもよい。
【0052】
本発明では、DNAの塩基配列の解読・決定の前に、好ましくは、前記ゲル中のDNAをPCRにより増幅させることが望ましい。この場合、前記バンドに対応する部分毎にゲルを、例えば、ピペット、ガラス棒、爪楊枝等で採取して、前記採取したゲル毎に、該ゲルをPCR法に供してもよいし、または、該ゲル毎にDNAを抽出、例えば、該ゲルに蒸留水を加えて攪拌後、遠心分離することにより得られた上清をDNA溶液として、該DNA溶液にPCR法を適用してもよい。
【0053】
この場合のPCRの条件は、例えば、上述したPCRの条件と同じ条件を採用することが望ましいが、別の条件を採用することもできる。そして、ここで得られたPCR産物をそれぞれ精製することが望ましい。ここでの精製は、上述したPCR産物の精製と同様に行うことができる。即ち、PCR産物の精製の常法を用いることができ、市販されているDNA精製キットを用いてDNAを精製することができる。
【0054】
次に、前記分離した、好ましくは分離してPCRにより増幅した、より好ましくは分離・抽出してPCRにより増幅した、さらにより好ましくは分離・抽出してPCRにより得られたPCR産物を精製したDNA毎に塩基配列を解読して決定する。
【0055】
該DNAの塩基配列の解読及び決定は、常法であるサンガー法やマクサム−ギルバート法等を採用することができ、特に限定されるものではない。
【0056】
本発明では、簡便性及び感度の良好性からサンガー法を採用することが望ましい。サンガー法のうち、ddNTP(ジデオキシヌクレオチド)を蛍光標識して行なうダイターミネータ法を採用した場合の一例を示すと、例えば、まず、前記分離した、好ましくは分離してPCRにより増幅した、より好ましくは分離・抽出してPCRにより増幅した、さらにより好ましくは分離・抽出してPCRにより得られたPCR産物を精製したDNAと、緩衝液、プライマー(5´―AGC AGT AGG GAA TCT TCC A−3´)、DNAポリメラーゼ及び水の混合液(マスターミックス)を作成して、4つのチューブに分注する。
【0057】
次に、蛍光基質を含有するddNTP(ddATP、ddCTP、ddGTP、ddTTP)を、前記4つのチューブに、1つのチューブにつき1種類ずつ加え、それぞれのチューブをPCR反応装置に設置して、例えば、95℃で2分間保持した後、95℃で30秒間(熱変性)、50℃で30秒間(アニーリング)及び72℃で45秒間伸張(重合)反応を1サイクルとして、これを30サイクル行った後、72℃で5分間保持する温度プラグラムによりPCRを行う。得られたPCR産物中の未反応ddNTPを除去してから、PCR産物を95℃で3分間熱変性させ、氷上に載置する。
【0058】
ここで得られたPCR産物は、それぞれddATPで終結するポリヌクレオチド鎖DNA、ddCTPで終結するポリヌクレオチド鎖DNA、ddGTPで終結するポリヌクレオチド鎖DNA及びddTTPで終結するポリヌクレオチド鎖DNAのみを含有し、さらに、それぞれのPCR産物中のポリヌクレオチド鎖は、様々な長さのものが混在する。
【0059】
次に、シーケンサーにより、それぞれのPCR産物を電気泳動する。前述したように、前記PCR産物中には、様々長さの異なるポリヌクレオチド鎖を有するDNAが存在することから、これらを電気泳動した場合には、ポリヌクレオチド鎖の短いDNA程遠くまで移動することとなる。そして、電気泳動後のゲルを染色して紫外線等で照射すると、蛍光基質により、DNAが分布する部分が発色してバンドを形成するので、該バンドを遠くまで移動した順(ポリヌクレオチド鎖の短い順)に塩基を読んでいくことで塩基配列を解読する。
【0060】
上述のように解読した塩基配列を、例えば、インターネットによる塩基配列のデータベースに基づく相同性検索やコンピュータによる相同性解析等の手法により、菌種を同定する。
【実施例1】
【0061】
加熱処理が施された加工食品として、市販されているパン・ド・カンパーニュ(フランスパンの一種)4種類を試料(試料1〜4)として用いて、以下に示すように本発明により各試料中の乳酸菌種を同定した。
〔試料〕
【0062】
パン・ド・カンパーニュのクラム部分を家庭用ミキサーで粉砕して試料とした。
〔DNA抽出〕
【0063】
前記試料から、DNA抽出用キット「ISOPLANT2」(NIPPON GENE社製)を用いて、以下に示す通り、DNAを抽出し、DNA溶液を得た。
【0064】
2−Mercaptoethanolを終濃度0.5%となるように緩衝液に加えた溶液1mlに、前記試料200mgを加えて混合し、14k×g、4℃の条件で10分間遠心分離して、沈殿物を得る。
【0065】
2−Mercaptoethanolを終濃度1%となるように「SolutionI」に加えた溶液300μlと前記沈殿物とを1〜2秒間混合・攪拌する。
【0066】
前記混合・攪拌物に1%NaBH?溶液を30μl加えて混合し、さらに、「SolutionII」を150μl加えて、10秒間攪拌した後、50℃で10分間静置した。
【0067】
静置した後の溶液に、「SolutionIII−A」を100μl及び「SolutionIII−B」を120μlを加えて、1〜2秒間攪拌した後、氷上に10分間静置し、さらにその後、14k×g、4℃の条件で10分間遠心分離して、遠心分離後の水相を得る。
【0068】
該水相に2倍量エタノールを混合し、6k×g、室温の条件で5分間遠心分離して、沈殿物を得る。該沈殿物に70%エタノールを混合し、6k×g、室温の条件で1分間遠心分離し、得られた沈殿物を乾燥させた後、pH8.0のTEを加えて、DNA溶液を得た。
分光光度計(Beckman社製)を用いて、260nmにおける吸光度から該DNA溶液中のDNA量を測定した。いずれのDNA溶液も、DNA量は10〜100ng/μlの範囲内であった。
〔PCR〕
【0069】
前記DNA溶液中の16sリボゾーマルRNA由来のDNAを増幅の標的として、PCR反応装置「サーマルサイクラー」(BIO―RAD社製)を用いて以下の条件にてPCR法を適用した。
〔反応液〕
【0070】
反応液は総量25μlとし、50ng DNA、DNAポリメラーゼとして「TaKaRa ExTaq」(TaKaRa社製)0.1μLを使用し、また、緩衝液及びdNTPは「ExTaq」に付属の「PCRBuffer」と「dNTP Mixture」を使用した。また、各プライマー溶液は最終濃度が2.5μMとなるように反応液に加えた。
〔プライマー対〕
【0071】
5´―AGC AGT AGG GAA TCT TCC A−3´
5´―GCクランプ―ATT TCA CCG CTA CAC ATG−3´
【0072】
〔GCクランプ〕
【0073】
CGCCCGCCGCGCCCCGCGCCCGTCCCGCCGCCCCCGCCCG
〔温度プログラム〕
【0074】
【表1】

【0075】
〔精製〕
【0076】
前記PCRにより得たPCR産物をDNA精製キット(「QIAquick PCR Purification Kit」QIAGEN社製)により以下のように精製した。
【0077】
前記PCR産物20μlに5倍量の「バッファーPB」を加え十分混合した後、13,000rpmで60秒間遠心分離して、上清を除去する。次いで、「バッファーPE」を750μl加えて、13,000rpmで60秒間遠心分離して、上清を除去する。次いで、30μlの蒸留水を加えて、60秒間そのまま保持した後、13,000rpmで60秒間遠心分離して、精製したPCR産物を得た。
〔PCR〕
【0078】
前記精製したPCR産物を前記PCRと同様の条件にてPCR(2回目)を適用した。該2回目のPCR産物を前記PCR産物の精製と同様に精製した。該精製した2回目のPCR産物中のDNA量を、分光光度計(Beckman社製)を用いて260nmにおける吸光度から測定したところ、いずれも125ng/μl以上であった。
〔変性勾配ゲル電気泳動〕
【0079】
前記2回目のPCR産物を「Dコードシステム」(BIO−RAD社製)により、以下の条件にて、変性剤濃度勾配ゲル電気泳動に供して、DNAを塩基配列の相違するDNA毎に分離した。
【0080】
8%ポリアクリルアミドゲル
変性剤:7M尿素、40%ホルムアミド
変性剤濃度勾配:35%〜50%
60V、13時間定電圧
【0081】
前記変性剤濃度勾配ゲル電気泳動後のゲルを発色用試薬(「SYBR Greenn I」TaKaRa社製)で染色した後、トランスイルミネーターで紫外線照射して分離したDNAが分布する部分を発色させて可視化したバンドを有する電気泳動像を得た。
〔DNA抽出〕
【0082】
前記バンド毎に、バンドに対応する部分のゲルをガラス棒により採取して、チューブに入れ、これに、蒸留水を加えて、攪拌・遠心分離して得られた上清をDNA溶液とした。
〔PCR〕
【0083】
前記ゲルから抽出したDNA溶液毎に前記PCRと同様の条件にてPCR(3回目)を適用した。
〔DNA精製〕
【0084】
前記3回目のPCR産物をDNA精製キット(QIAGEN社製)により、上記精製と同様の条件にて精製した。
〔ダイターミネータ法〕
【0085】
前記精製した3回目のPCR産物から、ダイターミネータ法により、塩基配列を決定した。
〔マスターミックス組成(27μl)〕
【0086】
精製した3回目のPCR産物 1μl
プライマー(5´―AGC AGT AGG GAA TCT TCC A−3´)3μl
バッファー 2μl
DNAポリメラーゼ(「ThermoSequenase」Pharmacia Biotech社製) 2μl
蒸留水 19μl
【0087】
4つのチューブを用意し、A、C、G、Tの4種のddNTP(「IRDyeTermination mix」Aloka社製)を1つのチューブにつき、1種類を2μl入れる。該4つチューブに、前記組成のマスターミックスをそれぞれ6.5μlずつ入れた。
〔PCR〕
【0088】
前記4つのチューブをPCR反応装置にセットして、以下の温度プログラムにより、PCR法を適用した。
〔温度プログラム〕
【0089】
【表2】

【0090】
〔未反応ddNTPの除去〕
【0091】
ここで得られた4種類のPCR産物をそれぞれ以下の方法にて精製して、未反応のddNTPを除去した。
【0092】
PCR産物(8.5μl)に3MNaOAc(pH5.2)を1μl、リニアポリアクリルアミド(「ビビッドバイオレット」CHIMERx社製)を1μl加え、さらに、100%エタノールを20μlを加え混合して、室温で5分間放置した。
【0093】
次に、これを15,000rpmで5分間遠心分離し、上清を除去した。
【0094】
さらに、70%エタノールを200μl加え、混合した後、15,000rpmで5分間遠心分離し、上清を除去し、沈澱物を乾燥させた。
【0095】
乾燥させた沈殿物に蒸留水3μlを加えて攪拌した後、反応停止液(Aloka社製)を1.5μl添加して、95℃で3分間熱変性させ、氷上に置いた。
〔電気泳動〕
【0096】
前記未反応ddNTP液を除去したPCR産物をそれぞれ1μlずつシーケンサー(「DNAシーケンシングシステム」Aloka社製)により電気泳動させて、得られた電気泳動像からシーケンサーにより、それぞれ塩基配列を解読して決定した。
〔電気泳動条件〕
【0097】
電圧 2000V
電流 25mA
電力 50w
温度 45℃
時間 9時間
〔相同性検索〕
【0098】
前記決定した塩基配列に基づき、それぞれBLAST(「Basic local alignment search tool」)により、相同性検索を行い、それぞれの塩基配列から菌種を同定した。
〔結果〕
【0099】
各試料から検出された乳酸菌16sリボゾーマルRNA由来のDNAの塩基配列と99%以上の相同性を有する乳酸菌種を以下の表3に示す。
【表3】

【0100】
パン・ド・カンパーニュは、田舎風のフランスパンとも言われ、一般的に、全粒粉やライ麦等を原料の一部として含み、これらに特有の穀物臭をマスキングするために、乳酸菌等の醗酵種を用いた製パン法が採用されることが多い。前記結果により、同定された菌種は、いずれも乳酸菌で、パン用乳酸菌醗酵種に利用される菌種であることから、試料1乃至4は、いずれも乳酸菌醗酵種を用いて製造されたものと推測された。また、それぞれ試料は異なる風味を有するものであったが、これは上記結果のように乳酸菌種の相違、乳酸菌の組合せの相違による影響が大きいものと推測された。
【実施例2】
【0101】
加熱処理が施された加工食品として、市販されているバゲット(フランスパンの一種)6種類を試料(試料5〜10)として用いて、実施例1と同様にして、各試料中の乳酸菌種を同定した。
【0102】
なお、試料8及び試料9については、変性剤濃度勾配ゲル電気泳動法適用前の2回目のPCR産物中のDNA量は、125ng/μlを大きく下回っていた。いずれも2回のPCRによってもDNA量の増幅が認められなかったことから、さらにPCR法を適用することなく、他の試料と同様に、変性剤濃度勾配ゲル電気泳動法を適用した。
〔結果〕
【0103】
【表4】

【0104】
試料8及び9からは乳酸菌が検出されなかった。バゲットに関しては、製造者が製品を特徴付けるために、乳酸菌醗酵種を使用する場合と、敢えて使用しない場合とがあると考えられ、試料5、6、7及び10に関しては前者、試料8及び9に関しては後者の場合であると推測された。
【実施例3】
【0105】
〔初種の調製〕
【0106】
以下の表5に示す配合からなる原料を混合し、該混合物を27℃で27時間醗酵させて初種の種起こしをする。
【0107】
【表5】

【0108】
〔継ぎ種の調製〕
【0109】
該初種の一部を元種として、以下の表6に示す配合からなる原料を混合し、該混合物を27℃で24時間醗酵させて継ぎ種を調製する。
【0110】
【表6】

【0111】
該継ぎ種の一部を元種として、以下の表7に示す配合からなる原料を混合し、該混合物を27℃で24時間、定期的に攪拌しながら、醗酵させて継ぎ種2を調製する。
【0112】
【表7】

【0113】
該継ぎ種2の一部を元種として、以下の表8に示す配合からなる原料を混合し、該混合物を27℃で12時間、定期的に攪拌しながら、醗酵させて継ぎ種3を調製して、10℃で12時間保存する。
【0114】
【表8】

【0115】
〔醗酵種の調製〕
該保存後の継ぎ種3の一部を元種として、以下の表9に示す配合からなる原料を混合し、該混合物を27℃で8時間醗酵させて継ぎ種4を調整して、10℃で保存する。これを何回も繰り返して醗酵種とする。
【0116】
【表9】

【0117】
〔パンの作成〕
前記醗酵種を使用して、以下の表10に示す配合と表11に示す工程によりパリジャン(フランスパンの一種)を製造する。
【0118】
【表10】

【0119】
【表11】

【0120】
前記醗酵種並びに実施例3−1及び実施例3−2のパリジャンを試料として用いて、前記実施例1と同様にして、各試料中の乳酸菌種を同定した。(但し、醗酵種については、粉砕せずに、そのまま試料としてDNAを抽出した。)
〔結果〕
【0121】
前記醗酵種、実施例3−1及び実施例3−2から同定された乳酸菌種は、いずれもL.sanfranciscensisであった。
【0122】
加熱工程を経る前の前記醗酵種には、優勢種としてL.sanfranciscensisが存在し、該醗酵種を用いて加熱処理を施して作成されたパンからもL.sanfranciscensisが同定されたことから、本発明により、加熱処理を施した加工食品から加熱処理前に存在した菌種を同定することができることが確認できた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
加熱処理を施した加工食品からDNAを抽出してDNA溶液を得る工程、
該DNA溶液にPCR法を適用してDNAを増幅させたPCR産物を得る工程、
該PCR産物に変性勾配ゲル電気泳動法を適用して、該PCR産物中の塩基配列が相違するDNA毎にDNAを分離する工程、
該分離したDNA毎に、塩基配列を解読する工程、
該解読した塩基配列毎に菌種を同定する工程、
を備えることを特徴とする加工食品中の菌種の同定方法。
【請求項2】
前記変性勾配ゲル電気泳動法を適用するPCR産物中のDNA量を125ng/μl以上とすることを特徴とする請求項1に記載の加工食品中の菌種の同定方法。
【請求項3】
前記DNA溶液にPCR法を複数回適用してから変性勾配ゲル電気泳動法を適用することを特徴とする請求項1又は2に記載の加工食品中の菌種の同定方法。
【請求項4】
前記PCR法により増幅するDNAの部位がリボゾーマルRNA由来のDNAであることを特徴とする請求項1、2又は3に記載の加工食品中の菌種の同定方法。
【請求項5】
前記分離したDNA毎に、DNA量をPCR法により増幅させてから、塩基配列を解読することを特徴とする請求項1、2、3又は4に記載の加工食品中の菌種の同定方法。
【請求項6】
前記変性勾配ゲル電気泳動法が変性剤濃度勾配ゲル電気泳動法であることを特徴とする請求項1、2、3、4又は5に記載の加工食品中の菌種の同定方法。
【請求項7】
前記菌が酵母及び/又は乳酸菌であることを特徴とする請求項1、2、3、4、5又は6に記載の加工食品中の菌種の同定方法。
【請求項8】
前記加工食品を粉砕してからDNAを抽出することを特徴とする請求項1、2、3、4、5、6又は7に記載の加工食品中の菌種の同定方法。
【請求項9】
前記加工食品がベーカリー製品であることを特徴とする請求項1、2、3、4、5、6、7又は8に記載の加工食品中の菌種の同定方法。
【請求項10】
前記ベーカリー製品が食パン、フランスパン、ライ麦パン、サワーブレッド又は中華まんじゅうであることを特徴とする請求項9に記載の加工食品中の菌種の同定方法。
【請求項11】
前記ベーカリー製品のクラム(内相)部分からDNAを抽出することを特徴とする請求項9又は10に記載の加工食品中の菌種の同定方法。

【公開番号】特開2007−222105(P2007−222105A)
【公開日】平成19年9月6日(2007.9.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−48666(P2006−48666)
【出願日】平成18年2月24日(2006.2.24)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成17年8月30日に日本食品科学工学会第52回大会にて発表
【出願人】(000178594)山崎製パン株式会社 (42)
【Fターム(参考)】