説明

動力伝達機構および多軸駆動装置

【課題】可動側ベベルギヤを付勢部材で軸方向に付勢して固定側ベベルギヤに噛み合わせる構成において、付勢部材の付勢力を強くすることなく可動側ベベルギヤを適切な噛み合い位置に保持する。
【解決手段】入力側ベベルギヤ52からスラスト荷重を受ける出力側ベベルギヤ33のスライド軸331と、スライド軸331が軸方向に移動自在に挿通される出力軸31の円筒部311とに、周方向に対向して互いに当接するテーパ面337,317を形成し、テーパ面337からテーパ面317が回転トルクを受けると、スラスト抗力F2が生じてくさび作用により出力側ベベルギヤ33が進出するように構成する。出力側ベベルギヤ33が受けるスラスト荷重をスラスト抗力F2が相殺して、クラッチ接続時における入力側ベベルギヤ52への出力側ベベルギヤ33の噛み合い位置を保持する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ベベルギヤを有する動力伝達機構、および車両用電動シート等に適用されて好適な1つのモータで複数の出力軸を駆動する多軸駆動装置に関する。
【背景技術】
【0002】
車両用シートにあっては、全体の前後方向のスライドや座面高さの上下動、あるいはシートバック(背もたれ)のリクライニング等、複数箇所の位置を調節可能として、乗員の体形や姿勢に適合できるようにした形式のものが多い。これらの可動部位の調節は手動でなされるものであったが、より便利なものとして、モータ駆動により調節する電動シートが提供されている。
【0003】
複数の可動部位をそれぞれ独立して駆動するには、可動部位に連結した各出力軸ごとにモータを1つ1つ連結させる構成が考えられるが、これではモータの数が多くなる。そこで、1つのモータで複数の出力軸を駆動すれば効率的であり、そのために、複数の可動部位に連結した各出力軸に、クラッチを介してモータの動力が伝達されるようにし、クラッチを断接して各可動部位を選択的に駆動するものが提案されている(特許文献1等参照)。このようないわゆる多軸駆動装置としては、複数の出力軸上に軸方向に移動自在にそれぞれ設けた従動側ベベルギヤを、モータ軸上の駆動側ベベルギヤに対して噛み合い可能に付勢した状態で設け、従動側ベベルギヤを押圧するカムによって従動側ベベルギヤを駆動側ベベルギヤに対して離接させて動力伝達の経路を切り換えるものが知られている(特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平6−156123号公報
【特許文献2】特公昭54−41898号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記特許文献2に記載されるような一対のベベルギヤの噛み合いによる動力伝達機構においては、各ベベルギヤには回転伝達のためのラジアル荷重の他に、互いに離間させる軸方向へのスラスト荷重も発生する。このスラスト荷重が軸方向に移動可能な可動側ベベルギヤ(特許文献2で従動側ベベルギヤ)に加わると、この可動側ベベルギヤが移動するおそれがある。このような現象は安定したバックラッシを損なうことから防止する必要があり、そのためには可動側ベベルギヤを付勢するばねの力を強くするといった対策が考えられる。しかしながらばねの付勢力を強くすると、ベベルギヤの摩耗やばねの荷重を受ける部材の変形等の不具合が起こったり、操作性が劣ったりするおそれがある。
【0006】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、可動側ベベルギヤを付勢部材で軸方向に付勢して固定側ベベルギヤに噛み合わせる構成において、付勢部材の付勢力を強くすることなく可動側ベベルギヤを適切な噛み合い位置に保持することができる動力伝達機構を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の請求項1に係る動力伝達機構は、軸方向に移動不能に支持される固定側ベベルギヤと、この固定側ベベルギヤに対し進退自在、かつ進出時に固定側ベベルギヤに係合可能とされる可動側ベベルギヤと、この可動側ベベルギヤを進出方向に付勢する付勢部材と、前記可動側ベベルギヤを進退させ、進出時に前記固定側ベベルギヤに係合させる切り換え手段と、前記可動側ベベルギヤが前記付勢部材で付勢され前記固定側ベベルギヤに係合して回転している時に、可動側ベベルギヤの回転トルクを受けることにより該可動側ベベルギヤが反固定側ベベルギヤ方向に退行することを抑える退行抑止手段とを備えることを特徴とする動力伝達機構。
【0008】
上記本発明によれば、可動側ベベルギヤが固定側ベベルギヤから退行する動きが退行抑止手段によって抑えられるため、付勢部材は、可動側ベベルギヤを固定側ベベルギヤに噛み合う位置に位置付ける付勢力を有していればよい。このため、付勢部材の付勢力を強くすることなく可動側ベベルギヤを適切な噛み合い位置に保持することができ、その結果、ベベルギヤの摩耗や付勢部材の荷重を受ける部材の変形等の不具合が起こったり、操作性が劣ったりする不具合を防止することができる。
【0009】
本発明の動力伝達機構においては、前記可動側ベベルギヤは、回転軸に一体回転可能、かつ軸方向に沿って移動自在に設けられ、前記退行抑止手段は、前記可動側ベベルギヤと前記回転軸とに周方向に対向した状態で互いに当接可能な面で構成されている形態が挙げられる。この形態における面とは、可動側ベベルギヤの回転トルクを回転軸が受けると可動側ベベルギヤの後退を抑止するスラスト抗力が発生することを可能とする形状のものであり、例えば軸方向に対して傾斜する一対のテーパ面、または軸方向を中心線として形成される螺旋状の曲面が有効である(請求項2)。
【0010】
次に、本発明の多軸駆動装置は、請求項1または2に記載の動力伝達機構を複数有し、これら複数の動力伝達機構の前記固定側ベベルギヤと前記可動側ベベルギヤのうちの一方にモータの動力が伝達され、他方に出力軸が連結されることを特徴とする。
【0011】
上記多軸駆動装置は、前記出力軸が車両に具備される複数の可動機構にそれぞれ接続されるものであることを含む。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、付勢部材の付勢力を強くすることなく可動側ベベルギヤを固定側ベベルギヤに対し適切な噛み合い位置に保持することができる多軸駆動装置が提供されるといった効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明の一実施形態に係る多軸駆動装置を示す斜視図である。
【図2】同多軸駆動装置の平面図である。
【図3】同多軸駆動装置の可動部を示す平面図である。
【図4】同多軸駆動装置の出力部を示す図であって、(a)側面図、(b)断面図、(c)分解斜視図である。
【図5】同出力部を構成する出力側ベベルギヤの(a)一部断面側面図、(b)正面図である。
【図6】同出力部を構成する出力軸の(a)側面図、(b)正面図である。
【図7】同出力部の動作を示す側面図であって、(a)クラッチ切断時、(b)クラッチ接続時を示している。
【図8】出力側ベベルギヤと出力軸とに形成された凸条のテーパ面によって出力側ベベルギヤにスラスト抗力が生じる原理を説明する図である。
【図9】一実施形態の多軸駆動装置が具備する出力部の他の形態を示す斜視図である。
【図10】他の実施形態の出力部の(a)側面図、(b)B−B断面図である。
【図11】同出力部の分解斜視図である。
【図12】同出力部の出力軸の斜視図である。
【図13】同出力部の動作を示す側面図であって、(a)クラッチ切断時、(b)クラッチ接続時を示している。
【図14】他の実施形態において出力側ベベルギヤと出力軸とに形成されたテーパ面によって出力側ベベルギヤにスラスト抗力が生じる原理を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、図面を参照して、本発明に係る動力伝達機構を備えた多軸駆動装置の一実施形態を説明する。
【0015】
(1)多軸駆動装置の基本的な構成および作用
はじめに、多軸駆動装置の基本的な構成および作用を説明する。
図1および図2は、一実施形態に係る多軸駆動装置の斜視図および平面図である。これら図で符号1は上方に開口する凹所2を有するケース、10はケース1の凹所2内に収容されたセレクタ(切り換え手段)、20はケース1の下部に固定されたモータである。ケース1の凹所2の開口は、ケース1に固定される図示せぬカバーによって覆われる。セレクタ10は図2においてY方向に長い略長方形状の板状部材であって、幅方向(X方向)の中央部にはY方向に延びる2つのガイド孔19が形成されている。これらガイド孔19には、凹所2の底部から突出するガイド突起3がそれぞれ挿入されており、セレクタ10はガイド孔19がガイド突起3にガイドされることによりY方向にスライド自在に支持されている。
【0016】
セレクタ10の長手方向に沿う両側面のうち、図2で右側の側面は第1カム面11に形成されている。また、左側の側面の下側は第2カム面12に形成されており、上側にはY方向に歯列が並ぶラック18が形成されている。ラック18にはケース1に回転自在に支持されるピニオン17が噛み合わされている。ピニオン17には上記カバーの上方に配設される図示せぬダイヤルが回転軸を介して固定されている。このダイヤルを回転させるとピニオン17が回転し、これによってラック18を介してセレクタ10がダイヤルの回転方向に応じてY方向に往復移動させられるようになっている。
【0017】
セレクタ10のX方向両側には、図3にも示すように各カム面11,12に対向して出力部30が配設されている。この場合、第1カム面11に対して2つの出力部30(第1出力部30Aと第2出力部30B)がY方向に離間して配設され、第2カム面12に対して1つの出力部30(第3出力部30C)が配設されている。これら出力部30は、ケース1に形成された収容部4に収容されている。
【0018】
図2および図3の符号21は、上方に突出するモータ20のモータ軸である。モータ軸21は正逆回転させられるもので、このモータ軸21には、ピニオン22が固定されている。そしてこのピニオン22の周囲には、各出力部30に対応して3つの入力側クラッチ部材50が、ケース1に回転自在に支持されて配設されている。各入力側クラッチ部材50は同一構成であって、平歯車からなりピニオン22に噛み合う入力ギヤ51と、入力ギヤ51の上面に一体に形成された入力側ベベルギヤ(固定側ベベルギヤ)52とから構成されている。モータ20は、例えば上記ダイヤル等に設けられるスイッチによってON・OFFおよび回転方向が選択され、モータ20が稼働すると、全ての入力側クラッチ部材50が回転する。
【0019】
各出力部30(30A〜30C)は同一構成であって、図4に示すように、カム面11(12)に対向した状態で配設される出力軸(回転軸)31と、出力軸31に一体回転可能、かつカム面11(12)に対し出力軸31の軸方向に沿って進退自在に設けられた出力側クラッチ部材32とから構成されている。
【0020】
出力軸31は、図1に示すように、ケース1に形成された円筒状の支持部5内に、回転自在、かつセレクタ10から離れる後方への移動は規制される状態に支持されている。出力軸31は、車両用電動シートの、例えばシート座面の高さを調節する機構、シートバック(背もたれ部)の角度を調節するリクライニング機構、およびシートの前後位置を調節する機構等の可動機構に対し、図示せぬトルクケーブルを介してそれぞれ接続される。トルクケーブルは、出力軸31の後端面に形成された断面矩形状の装着穴312(図4参照)にその一端部が挿入され、出力軸31とともに回転する。
【0021】
図4に示すように、出力側クラッチ部材32は、出力側ベベルギヤ(可動側ベベルギヤ)33と、この出力側ベベルギヤ33を入力側ベベルギヤ52に向かって進出するように付勢するコイルばね34とから構成されている。出力側ベベルギヤ33は、図5に示すように、出力軸31のセレクタ10側に外装された円筒状のスライド軸331と、このスライド軸331の先端側に設けられた歯面がセレクタ10側に向くギヤ部332と、ギヤ部332の中心から軸方向に突設されたピン333とから構成されている。
【0022】
図6に示すように、出力軸31は先端側に円筒部311が形成されており、出力側ベベルギヤ33のスライド軸331は出力軸31の円筒部311の外周側に、周方向に相対回転不能、すなわち一体回転可能で、かつ軸方向にスライド自在にスプライン結合され、出力軸31の軸方向に沿ってカム面11(12)に対し進退自在とされている。コイルばね34は、出力軸31の円筒部311およびスライド軸331の内部に圧縮状態で収容され、出力側ベベルギヤ33を出力軸31からカム面11(12)に向かって付勢している。これにより出力側ベベルギヤ33のピン333は、先端がカム面11(12)に突き当たるようになっている。ピン333の先端面は球面状に形成されており、上記ダイヤルによってセレクタ10がY方向に送られると突き当たっているカム面11(12)に摺接する。
【0023】
セレクタ10の第1カム面11には、第1出力部30Aおよび第2出力部30Bに対応する凹部13(第1凹部13Aおよび第2凹部13B)が形成されており、第2カム面12には、第3出力部30Cに対応する凹部13(第3凹部13C)が形成されている。上記のようにセレクタ10がY方向に移動するように操作されると、いずれかの出力部30のピン333が対応する凹部13に対向し、この時ピン333は出力側ベベルギヤ33全体がコイルばね34でカム面11(12)に向かって付勢されていることにより、その凹部13に突出して嵌り込む。
【0024】
このようにピン333が凹部13に突出して嵌り込むと出力側ベベルギヤ33全体がセレクタ10方向にスライドし、出力側ベベルギヤ33のギヤ部332が入力側ベベルギヤ52に噛み合って係合し、クラッチ接続状態となる。図2に示すように、出力側ベベルギヤ33のピン333はケース1に形成された壁部6の貫通孔7を貫通しており、クラッチ接続時にはギヤ部332の先端面が壁部6に当接し、これによって進出時のストロークエンドが規制されるようになっている。
【0025】
クラッチ接続時にモータ20が稼働して入力側クラッチ部材50が回転していると、その回転が入力側ベベルギヤ52から出力側ベベルギヤ33に伝わり、出力側ベベルギヤ33のスライド軸331の回転が出力軸31に伝わって出力軸31が回転し、トルクケーブルが回転して作動する。また、ピン333が凹部13に対向しない状態では、ピン333は凹部13以外のカム面11(12)に当接し、カム面11(12)によってコイルばね34に抗して出力軸31側に押される。この時には、出力側ベベルギヤ33のギヤ部332は入力側ベベルギヤ52から離れ、回転は伝わらないクラッチ切断状態となる。
【0026】
本実施形態では、上記の入力側ベベルギヤ52、出力側ベベルギヤ33、コイルばね34およびセレクタ10により、本発明に係る動力伝達機構が構成されている。
【0027】
次に、上記多軸駆動装置の作用を説明する。
図2および図4は、上記ダイヤルを回転させてセレクタ10をY方向に送ることにより、第1出力部30Aにおける出力側ベベルギヤ33のピン333が第1凹部13Aに突出して嵌り込んだ状態を示している。この時、第1出力部30Aのギヤ部332は、第1出力部30Aに対応する入力側ベベルギヤ52に係合し、クラッチ接続の状態となる。一方、他の出力部30(第2出力部30Bと第3出力部30C)においてはピン333がカム面11,12に押されて出力側ベベルギヤ33のギヤ部332は対応する入力側ベベルギヤ52から離れている。
【0028】
この状態からセレクタ10がY1方向に所定距離送られると、第2出力部30Bのピン333が第2凹部13Bに突出して嵌り込み、当該第2出力部30Bにおける出力側ベベルギヤ33のギヤ部332が対応する入力側ベベルギヤ52に噛み合い、クラッチ接続状態となる。この時、他の出力部30(第1出力部30Aと第3出力部30C)においてはピン333がカム面11,12に押されて出力側ベベルギヤ33のギヤ部332は対応する入力側ベベルギヤ52から離れ、クラッチ切断状態となる。
【0029】
さらにセレクタ10がY1方向に所定距離送られると、第3出力部30Cのピン333が第3凹部13Cに突出して嵌り込み、当該第3出力部30Cにおける出力側ベベルギヤ33のギヤ部332が対応する入力側ベベルギヤ52に噛み合い、クラッチ接続状態となる。この時、他の出力部30(第1出力部30Aと第2出力部30B)においてはピン333がカム面11に押されて出力側ベベルギヤ33のギヤ部332は対応する入力側ベベルギヤ52から離れ、クラッチ切断状態となる。
【0030】
セレクタ10は上記ダイヤルを正逆回転させることによりY方向に往復移動し、その移動の途中においてピン333がセレクタ10の凹部13A〜13Cのうちのいずれか1つに突出して嵌り込み、その時、上記のように第1〜第3出力部30A〜30Cのうちの1つの出力部30が選択されたことになり、その出力部30における出力側ベベルギヤ33のギヤ部332が対応する入力側ベベルギヤ52に噛み合ってクラッチ接続状態となる。
【0031】
そしてこのようにクラッチ接続状態の時に上記スイッチをONにしてモータ20を稼働させると、モータ20の動力が入力側ベベルギヤ52から出力側ベベルギヤ33に伝わり、出力軸31が回転する。これにより、選択された出力部30の出力軸31に接続されているトルクケーブルが回転して作動状態となる。また、スイッチによってモータ20の回転方向を切り換えることにより、出力軸31とともにトルクケーブルの回転方向も切り換えられる。
【0032】
(2)動力伝達機構の詳細
次に、上記多軸駆動装置が備える本発明に係る動力伝達機構の詳細を説明する。
本実施形態での動力伝達機構は、上記のように入力側ベベルギヤ52、出力側ベベルギヤ33、コイルばね34およびセレクタ10から構成されている。また、出力側ベベルギヤ33は、出力軸31のセレクタ10側の円筒部311に外装された円筒状のスライド軸331と、このスライド軸331の先端側に設けられた歯面がセレクタ10側に向くギヤ部332と、ギヤ部332の中心から軸方向に突設されたピン333とから構成されている。
【0033】
図6に示すように、出力軸31の円筒部311の外周面には、軸方向に延びる複数の凸条315が周方向に等間隔をおいて形成されており、これら凸条315間に溝319が形成されている。一方、図5に示すように、出力側ベベルギヤ33のスライド軸331の内周面には、出力軸31の溝319および凸条315に対応する複数の凸条335および溝339が形成されており、凸条315,335を溝339,319にそれぞれ係合させることにより、出力側ベベルギヤ33は出力軸31に対し軸方向に移動自在、かつ一体回転可能なスプライン結合された状態で外装されている。
【0034】
出力軸31および出力側ベベルギヤ33の各凸条315,335は、それぞれ円筒部311およびスライド軸331の全長にわたって形成されているが、いずれも互いに向き合う開口側の端部は、開口に向かうにしたがって幅が狭くなる先細り形状のテーパ部316,336となっており、テーパ部316,336の両側面は軸方向に対して傾斜するテーパ面317,337とされている。各凸条315,335におけるテーパ部316,336以外の部分は、幅が均一の主部318,338として形成されている。本実施形態では、出力軸31および出力側ベベルギヤ33のテーパ面317,337により、本発明の退行抑止手段が構成されている。
【0035】
このような出力軸31および出力側ベベルギヤ33を有する本実施形態の動力伝達機構においては、出力側ベベルギヤ33のピン333がセレクタ10のカム面11,12に当接して押され、出力軸31側に退行しているクラッチ切断状態の時には、図7(a)に示すように、出力側ベベルギヤ33における凸条335のテーパ部336が、出力軸31における凸条315の主部318間の溝319まで入り込んだ状態となる。
【0036】
次に、出力側ベベルギヤ33のピン333がセレクタ10の凹部13に突出して嵌り込みギヤ部332が入力側ベベルギヤ52に係合するクラッチ接続状態の時には、図7(b)に示すように、出力側ベベルギヤ33は凸条335のテーパ部336が出力軸31の凸条315のテーパ部316に対し周方向に隣接する位置まで出力軸31から突出する。
【0037】
クラッチ接続状態では入力側ベベルギヤ52の回転がギヤ部332に伝わって出力側ベベルギヤ33は回転するため、図7(b)に示すように出力側ベベルギヤ33におけるテーパ部336の一方のテーパ面337が、出力軸31におけるテーパ部316のテーパ面317に当接した状態となる。このクラッチ接続状態での出力側ベベルギヤ33のストロークエンドは、ギヤ部332の先端面がピン333の貫通する貫通孔7が形成されている壁部6に当接することで規制され、これによりコイルばね34で付勢される出力側ベベルギヤ33の軸方向位置が入力側ベベルギヤ52に対して適切な噛み合い位置に位置付けられる。
【0038】
したがって出力側ベベルギヤ33の回転トルクは出力側ベベルギヤ33のテーパ面337から出力軸31のテーパ面317に伝わり、これにより出力軸31が回転する。この時、図8に示すように、出力側ベベルギヤ33の回転トルクTがテーパ面337からテーパ面317に加わることにより、出力軸31を後退させる成分の力F1が発生する。しかしながら、出力軸31はケース1の支持部5に支持されて後退が規制されているため、力F1の反力として出力側ベベルギヤ33には進出方向にスラスト抗力F2が発生し、くさび作用によりテーパ面317に沿って出力側ベベルギヤ33が入力側ベベルギヤ52の方向に進出しようとする。
【0039】
一方、クラッチ接続状態においては入力側ベベルギヤ52から出力側ベベルギヤ33にスラスト荷重が加わる。このスラスト荷重がコイルばね34の付勢力を超える強さであった場合、出力側ベベルギヤ33は入力側ベベルギヤ52から離れる方向に後退するといった動きが生じる。そこで従来ではこのスラスト荷重に対抗して噛み合い位置を保持するために、コイルばね34の付勢力を強くする必要があったわけである。
【0040】
しかしながら本実施形態では、図8に示したように、出力側ベベルギヤ33のテーパ面337が出力軸31のテーパ面317に回転トルクを与えながら当接することにより出力側ベベルギヤ33に進出方向へのスラスト抗力F2が発生するため、入力側ベベルギヤ52からスラスト荷重を受ける出力側ベベルギヤ33は、そのスラスト抗力F2によって後退する動きが抑えられる。したがって、コイルばね34の付勢力を強くすることなく出力側ベベルギヤ33はクラッチ接続状態において常に適切な噛み合い位置に保持される。
【0041】
クラッチ接続状態において上記のように入力側ベベルギヤ52からスラスト荷重を受ける出力側ベベルギヤ33が後退しないためには、出力側ベベルギヤ33を後退させるスラスト荷重が上記スラスト抗力F2で相殺され出力側ベベルギヤ33が軸方向に動かないようにするパワーバランスが必要となる。すなわち、スラスト抗力F2が強すぎるとギヤ部332の先端面がケース1の壁部6に強く当たって動力伝達ロスを生じるなどの不都合が生じ、逆にスラスト抗力F2が弱いと出力側ベベルギヤ33が後退してしまうからであり、スラスト荷重を相殺させるスラスト抗力F2を生じさせるには、互いに当接するテーパ面317,337の軸方向に対する傾斜角度を調整することで可能である。テーパ面317,337の傾斜角度は、コイルばね34の付勢力、入力側ベベルギヤ52から出力側ベベルギヤ33が受けるスラスト荷重等を鑑みて適宜に調整される。
【0042】
本実施形態によれば、上記のように出力側ベベルギヤ33が入力側ベベルギヤ52から退行する動きが抑えられるため、コイルばね34は、クラッチ接続時に出力側ベベルギヤ33を入力側ベベルギヤ52に噛み合う位置に位置付ける付勢力を有していればよい。このため、コイルばね34の付勢力を強くすることなく出力側ベベルギヤ33を適切な噛み合い位置に保持することができる。その結果、ベベルギヤ33,52の摩耗やコイルばね34の荷重を受けるケース1等の部材の変形等の不具合を防止することができる。また、ピン333のカム面11,12に対する摩擦が低減するため、セレクタ10を移動させるための力を軽減し、操作性が良好になるといった利点も得られる。
【0043】
(3)動力伝達機構の他の実施形態
図9〜図11は、上記出力部30の他の実施形態を示している。この出力部60は、上記出力部30と同様に、出力軸61と、出力軸61に一体回転可能、かつ上記セレクタ10のカム面11,12に対し出力軸61の軸方向に沿って進退自在に設けられた出力側クラッチ部材62とから構成されている。
【0044】
出力側クラッチ部材62は、円柱状のスライド軸631上にギヤ部632が設けられ、ギヤ部632の中心から先端側にピン633が突設された出力側ベベルギヤ63と、この出力側ベベルギヤ63を上記入力側ベベルギヤ52に向かって進出するように付勢するコイルばね64とから構成されている。
【0045】
出力軸61は、後端大径部613の先端側に円筒部611が形成されたもので、後端大径部613が、上記支持部5内に、回転自在、かつセレクタ10から離れる後方への移動は規制される状態に収容して支持される。後端大径部613の後端面には、トルクケーブルの装着穴612が形成されている。この出力軸61の円筒部611内に、出力側ベベルギヤ63のスライド軸631が、円筒部611と同軸的に、かつ軸方向に沿って進退可能に挿入されている。コイルばね64は、出力軸61の後端大径部613と出力側ベベルギヤ63との間に圧縮状態で外装されており、コイルばね64によって出力側クラッチ部材62がセレクタ10方向に付勢され、ピン633の先端が上記セレクタ10のカム面11,12に突き当たるようになっている。
【0046】
図12に示すように、出力軸61の円筒部611の先端側における互いに周方向に180°離間した箇所には、軸方向に延びる切欠き614が形成されている。これら切欠き614の、軸方向に延びる互いに対向する内面615は軸方向および径方向に沿った平坦面に形成されているが、その先端には、軸方向および径方向に対して傾斜するテーパ面616が形成されている。このテーパ面616は、内面615の外周側の縁から先端に向かうにしたがって三角形状に広がるように形成されており、かつ外周側に露出するように傾斜して形成されている。
【0047】
一方、出力側ベベルギヤ63のスライド軸631の外周面におけるギヤ部632側には、出力軸61の切欠き614に嵌り込む軸方向に延びる一対の凸条635が形成されている。凸条635が切欠き614に嵌り込むことにより、出力側ベベルギヤ63の回転が出力軸61に伝わり、両者は一体に回転することが可能となっている。
【0048】
凸条635の先端部は、先端に向かうにしたがって幅が狭くなる先細り形状のテーパ部636となっており、テーパ部636の両側面は軸方向に対して傾斜するテーパ面637とされている。この実施形態では、出力軸61および出力側ベベルギヤ63のテーパ面616,637により、本発明の退行抑止手段が構成されている。
【0049】
この実施形態によれば、出力側ベベルギヤ63のピン633がセレクタ10のカム面11,12に当接して押され、出力軸61側に退行しているクラッチ切断状態の時には、図13(a)に示すように、出力側ベベルギヤ63の凸条635のテーパ部636が、出力軸61の切欠き614の奥まで嵌り込んだ状態となる。なお、図13ではコイルばね64の図示を省略している。
【0050】
次に、出力側ベベルギヤ63のピン633がセレクタ10の凹部13に突出して嵌り込みギヤ部632が入力側ベベルギヤ52に係合するクラッチ接続状態の時には、図13(b)に示すように、出力側ベベルギヤ63は、凸条635のテーパ部636が出力軸61のテーパ面616と周方向に隣接する位置まで出力軸61から突出する。
【0051】
クラッチ接続状態では入力側ベベルギヤ52の回転がギヤ部632に伝わって出力側ベベルギヤ63は回転するため、図13(b)に示すように出力側ベベルギヤ63における凸条635のテーパ部636の一方のテーパ面637が、出力軸61における切欠き614のテーパ面616に当接した状態となる。このような状態で、出力側ベベルギヤ63の回転トルクは出力側ベベルギヤ63のテーパ面637から出力軸61のテーパ面616に伝わり、これにより出力軸61が回転する。
【0052】
この時、図14に示すように、出力側ベベルギヤ63の回転トルクTがテーパ面637からテーパ面616に加わることにより出力軸61を後退させる成分の力F1が発生し、その反力として出力側ベベルギヤ63にスラスト抗力F2が発生する。そしてこのスラスト抗力F2により、クラッチ接続状態において入力側ベベルギヤ52から出力側ベベルギヤ63に加わるスラスト荷重が相殺され、出力側ベベルギヤ63が出力軸61側に後退する動きが抑えられる。
【0053】
したがって、先の実施形態と同様にコイルばね64の付勢力を強くすることなく出力側ベベルギヤ63はクラッチ接続状態において常に適切な噛み合い位置に保持される。この場合も、出力側ベベルギヤ63が受けるスラスト荷重を適切に相殺させるには、コイルばね64の付勢力や出力側ベベルギヤ63が受けるスラスト荷重等を鑑みて、互いに当接するテーパ面616,637の傾斜角度を調整することによってなされる。
【0054】
なお、上記実施形態では、入力側ベベルギヤ52および出力側ベベルギヤ33(63)がそれぞれ本発明の固定側ベベルギヤおよび可動側ベベルギヤであって、入力側ベベルギヤ52にモータ20の動力が伝達され、出力側ベベルギヤ33(63)に出力軸31(61)が連結されるが、本発明では、固定側ベベルギヤと可動側ベベルギヤのうちの一方にモータの動力が伝達され、他方に出力軸が連結される形態であってもよい。すなわち上記実施形態では、出力側ベベルギヤ33(63)にモータの動力が伝わり、入力側ベベルギヤ52に出力軸31(61)を連結するといった逆の構成も考えられる。
【0055】
また、上記実施形態では、本発明のセレクタ10を直線運動するものとしたが、本発明ではセレクタ10を円板状の回転部材とし、その周面をカム面として複数の出力部30(60)を該カム面の周囲に配置する形態に変更することができる。
【0056】
また、出力軸31(61)側および出力側ベベルギヤ33(63)にそれぞれ形成した軸方向に対して傾斜する一対のテーパ面317・337(616・637)が本発明の退行抑止手段を構成しているが、本発明の退行抑止手段はこのようなテーパ面に限定されず、出力側ベベルギヤ63(63)の回転トルクTを出力軸31(61)が受けると出力側ベベルギヤ33(63)の後退を抑止する上記スラスト抗力F2が発生することを可能とする構成のものであれば如何なるものでもよく、例えば上記テーパ面のように直線的な面ではなく、軸方向を中心線として形成される螺旋状の曲面等であってもよい。
【符号の説明】
【0057】
10…セレクタ(切り換え手段)
20…モータ
31,61…出力軸(回転軸)
317・337、616・637…テーパ面(退行抑止手段)
33,63…出力側ベベルギヤ(可動側ベベルギヤ)
34,64…コイルばね(付勢部材)
52…入力側ベベルギヤ(固定側ベベルギヤ)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
軸方向に移動不能に支持される固定側ベベルギヤと、
この固定側ベベルギヤに対し進退自在、かつ進出時に固定側ベベルギヤに係合可能とされる可動側ベベルギヤと、
この可動側ベベルギヤを進出方向に付勢する付勢部材と、
前記可動側ベベルギヤを進退させ、進出時に前記固定側ベベルギヤに係合させる切り換え手段と、
前記可動側ベベルギヤが前記付勢部材で付勢され前記固定側ベベルギヤに係合して回転している時に、可動側ベベルギヤの回転トルクを受けることにより該可動側ベベルギヤが反固定側ベベルギヤ方向に退行することを抑える退行抑止手段と、
を備えることを特徴とする動力伝達機構。
【請求項2】
前記可動側ベベルギヤは、回転軸に一体回転可能、かつ軸方向に沿って移動自在に設けられ、
前記退行抑止手段は、前記可動側ベベルギヤと前記回転軸とに周方向に対向した状態で互いに当接するようにそれぞれ形成された軸方向に対して傾斜する一対のテーパ面、または軸方向を中心線として形成される螺旋状の曲面で構成されていることを特徴とする請求項1に記載の動力伝達機構。
【請求項3】
請求項1または2に記載の動力伝達機構を複数有し、
これら複数の動力伝達機構の前記固定側ベベルギヤと前記可動側ベベルギヤのうちの一方にモータの動力が伝達され、他方に出力軸が連結されることを特徴とする多軸駆動装置。
【請求項4】
前記出力軸は、車両に具備される複数の可動機構にそれぞれ接続されることを特徴とする請求項3に記載の多軸駆動装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【公開番号】特開2012−180850(P2012−180850A)
【公開日】平成24年9月20日(2012.9.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−42257(P2011−42257)
【出願日】平成23年2月28日(2011.2.28)
【出願人】(000004640)日本発條株式会社 (1,048)
【Fターム(参考)】