説明

単環芳香族炭化水素製造用触媒および単環芳香族炭化水素の製造方法

【課題】多環芳香族炭化水素を含む原料油から高い収率で炭素数6〜8の単環芳香族炭化水素を製造でき、しかも経時的な炭素数6〜8の単環芳香族炭化水素の収率の低下を防止できる単環芳香族炭化水素製造用触媒および単環芳香族炭化水素の製造方法を提供する。
【解決手段】10容量%留出温度が140℃以上かつ90容量%留出温度が380℃以下である原料油から炭素数6〜8の単環芳香族炭化水素を製造するための触媒であり、結晶性アルミノシリケートとリンとバインダーとを含有し、リン含有量が触媒総質量に対して0.1〜10質量%である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多環芳香族炭化水素を多く含む油から単環芳香族炭化水素を製造するための単環芳香族炭化水素製造用触媒および単環芳香族炭化水素の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
流動接触分解装置で生成する分解軽油であるライトサイクル油(以下、「LCO」という。)は、多環芳香族炭化水素を多く含み、軽油または重油として利用されていた。しかし、近年、LCOから、高オクタン価ガソリン基材や石油化学原料として利用でき、付加価値の高い炭素数6〜8の単環芳香族炭化水素(例えば、ベンゼン、トルエン、キシレン、エチルベンゼン等)を得ることが検討されている。
例えば、特許文献1〜3では、ゼオライト触媒を用いて、LCO等に多く含まれる多環芳香族炭化水素から単環芳香族炭化水素を製造する方法が提案されている。
しかしながら、特許文献1〜3に記載の方法では、炭素数6〜8の単環芳香族炭化水素の収率が充分に高いとは言えなかった。
【0003】
多環芳香族炭化水素を含む重質の原料油から単環芳香族炭化水素を製造する際には、触媒上に炭素質が多く析出し、活性低下が速いため、炭素質を除去する触媒再生を高頻度で行う必要がある。また、効率的に反応−触媒再生を繰り返すプロセスである循環流動床を採用する場合には、触媒再生温度を反応温度より高温にする必要があり、触媒の温度環境はより厳しくなる。
このような厳しい条件下において、触媒としてゼオライト触媒を用いる場合には、触媒の水熱劣化が進行して経時的に反応活性が低下するため、触媒の水熱安定性の向上が求められる。しかし、特許文献1〜3に記載のゼオライト触媒では、水熱安定性を向上させる対策が採られておらず、実用的な利用価値は著しく低いものであった。
【0004】
水熱安定性を向上させる方法としては、Si/Al比が高いゼオライトを用いる方法、USY型ゼオライトのように予め触媒を水熱処理して安定化させる方法、ゼオライトにリンを添加する方法、ゼオライトに希土類金属を添加する方法、ゼオライト合成時の構造規定剤を改良する方法などが知られている。
これらのうち、リンの添加は、水熱安定性向上だけでなく、流動接触分解における炭素質析出抑制による選択性向上、バインダーの耐摩耗性向上などの効果も知られ、接触分解反応用の触媒に対してはしばしば適用されている。
【0005】
ゼオライトにリンを添加した接触分解用の触媒については、例えば、特許文献4〜6に開示されている。
すなわち、特許文献4には、リン、ガリウム、ゲルマニウム、スズが添加されたZSM−5を含む触媒を用いて、ナフサからオレフィンを製造する方法が開示されている。特許文献4では、リンを添加することにより、メタンや芳香族の生成を抑制してオレフィン生成の選択率を高め、しかも短い接触時間でも高い活性を確保して、オレフィンの収率を高めることを目的としている。
特許文献5には、ジルコニウムと希土類を含有するZSM−5にリンを担持した触媒とUSYゼオライト、REYゼオライト、カオリン、シリカおよびアルミナを含む触媒を用い、重質炭化水素からオレフィンを高い収率で製造する方法が開示されている。
特許文献6には、リンおよび遷移金属を担持したZSM−5を含有する触媒を用いて炭化水素を変換して、エチレン、プロピレンを高い収率で製造する方法が開示されている。
【0006】
上記のように、ゼオライトにリンを添加することについては特許文献4〜6に開示されているが、いずれもオレフィン収率の向上が主たる目的であり、炭素数6〜8の単環芳香族炭化水素を高い収率で製造することはできなかった。例えば、特許文献6の表2には、オレフィン(エチレン、プロピレン)およびBTX(ベンゼン、トルエン、キシレン)の収率が記載されているが、オレフィンの収率が40質量%であるのに対し、BTXの収率は6質量%程度と低いものであった。
したがって、多環芳香族炭化水素を含む原料油からの炭素数6〜8の単環芳香族炭化水素を高い収率で製造し、しかも経時的な単環芳香族炭化水素の収率の低下を防止できる単環芳香族炭化水素製造用触媒は知られていないのが実状であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平3−2128号公報
【特許文献2】特開平3−52993号公報
【特許文献3】特開平3−26791号公報
【特許文献4】特表2002−525380号公報
【特許文献5】特開2007−190520号公報
【特許文献6】特表2007−530266号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、多環芳香族炭化水素を含む原料油から高い収率で炭素数6〜8の単環芳香族炭化水素を製造でき、しかも経時的な炭素数6〜8の単環芳香族炭化水素の収率の低下を防止できる単環芳香族炭化水素製造用触媒および単環芳香族炭化水素の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
[1]10容量%留出温度が140℃以上かつ90容量%留出温度が380℃以下である原料油から炭素数6〜8の単環芳香族炭化水素を製造するための芳香族炭化水素製造用触媒であって、
結晶性アルミノシリケートとリンとバインダーとを含有し、リン含有量が触媒総質量に対して0.1〜10質量%であることを特徴とする単環芳香族炭化水素製造用触媒。
[2]前記単環芳香族炭化水素製造用触媒がガリウムおよび/または亜鉛を含むことを特徴とする[1]に記載の単環芳香族炭化水素製造用触媒。
[3]前記ガリウムおよび/または亜鉛含有量が、触媒総質量に対して0.02〜2質量%であることを特徴とする[2]に記載の単環芳香族炭化水素製造用触媒。
[4]前記結晶性アルミノシリケートが、ペンタシル型ゼオライトであることを特徴とする[1]から[3]のいずれか一項に記載の単環芳香族炭化水素製造用触媒。
[5]前記結晶性アルミノシリケートが、MFI型ゼオライトであることを特徴とする[1]から[4]のいずれか一項に記載の単環芳香族炭化水素製造用触媒。
【0010】
[6]10容量%留出温度が140℃以上かつ90容量%留出温度が380℃以下である原料油を、[1]から[5]のいずれか一項に記載の単環芳香族炭化水素製造用触媒に接触させることにより、炭素数6〜8の単環芳香族炭化水素を製造することを特徴とする単環芳香族炭化水素の製造方法。
[7]前記原料油が、流動接触分解装置で生成する分解軽油を含むことを特徴とする[6]に記載の単環芳香族炭化水素の製造方法。
[8]流動床反応装置にて前記原料油を前記単環芳香族炭化水素製造用触媒に接触させることを特徴とする[6]又は[7]に記載の単環芳香族炭化水素の製造方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明の単環芳香族炭化水素製造用触媒および単環芳香族炭化水素の製造方法によれば、多環芳香族炭化水素を含む原料油から高い収率で炭素数6〜8の単環芳香族炭化水素を製造でき、しかも経時的な炭素数6〜8の単環芳香族炭化水素の収率の低下を防止できる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
(単環芳香族炭化水素製造用触媒)
本発明の単環芳香族炭化水素製造用触媒(以下、「触媒」と略す。)は、多環芳香族炭化水素および飽和炭化水素を含む原料油から炭素数6〜8の単環芳香族炭化水素(以下、「単環芳香族炭化水素」と略す。)を製造するためのものであり、結晶性アルミノシリケートとリンとバインダーとを含有する。
【0013】
[結晶性アルミノシリケート]
結晶性アルミノシリケートとしては、特に限定されないが、例えば、ペンタシル型ゼオライト、中細孔ゼオライトが好ましい。中細孔ゼオライトとしては、MFI、MEL、TON、MTT、MRE、FER、AEL、EUOタイプの結晶構造のゼオライトがより好ましく、単環芳香族炭化水素の収率がより高くなることから、MFI型および/またはMEL型の結晶構造のゼオライトが特に好ましい。
MFI型、MEL型等のゼオライトは、The Structure Commission of the International Zeolite Associationにより公表された種類の公知ゼオライト構造型に属する(Atlas of Zeolite Structure Types,W.M.Meiyer and D.H.Olson (1978).Distributed by Polycrystal Book Service,Pittsburgh,PA,USA)。
触媒における結晶性アルミノシリケートの含有量は、触媒全体(触媒総質量)を100質量%とした場合の10〜95質量%が好ましく、20〜80質量%がより好ましく、25〜70質量%が特に好ましい。結晶性アルミノシリケートの含有量が10質量%以上かつ95質量%以下であれば、充分に高い触媒活性が得られる。
【0014】
[ガリウム、亜鉛]
本発明に係る触媒は、ガリウムおよび/または亜鉛を含有してもよい。本発明に係る触媒のガリウムおよび/または亜鉛含有の形態としては、結晶性アルミノシリケートの格子骨格内にガリウムおよび/または亜鉛が組み込まれたもの(結晶性アルミノガロシリケートおよび/または結晶性アルミノジンコシリケート)、結晶性アルミノシリケートにガリウムが担持されたもの(ガリウム担持結晶性アルミノシリケート)および/または結晶性アルミノシリケートに亜鉛が担持されたもの(亜鉛担持結晶性アルミノシリケート)、その両方を含んだものが挙げられる。
【0015】
結晶性アルミノガロシリケートは、SiO、AlOおよびGaO構造が骨格中において四面体配位をとる構造を有し、結晶性アルミノジンコシリケートは、SiO、AlOおよびZnO構造が骨格中において四面体配位をとる構造を有する。また、結晶性アルミノガロシリケートおよび/または結晶性アルミノジンコシリケートは、例えば、水熱合成によるゲル結晶化、結晶性アルミノシリケートの格子骨格中にガリウムおよび/または亜鉛を挿入する方法、または結晶性ガロシリケートおよび/または結晶性アルミノジンコシリケートの格子骨格中にアルミニウムを挿入する方法により得られる。
【0016】
ガリウム担持結晶性アルミノシリケートおよび/または亜鉛担持結晶性アルミノシリケートは、結晶性アルミノシリケートにガリウムおよび/または亜鉛をイオン交換法、含浸法等の公知の方法によって担持したものである。その際に用いるガリウム源または亜鉛源としては、特に限定されないが、硝酸ガリウム、塩化ガリウム等のガリウム塩、酸化ガリウム等、または硝酸亜鉛、塩化亜鉛等の亜鉛塩、酸化亜鉛等が挙げられる。
【0017】
本発明に係る触媒におけるガリウムおよび/または亜鉛の含有量は、触媒の総質量を100質量%とした場合、0.02〜2質量%であることが好ましい。さらには、下限は0.05質量%以上がより好ましい。また、上限は1.6質量%以下であることがより好ましく、1.2質量%以下が特に好ましい。触媒に含まれるガリウムおよび/または亜鉛の含有量が、触媒の総質量を100質量%とした場合に0.02質量%以上であることで、経時的な単環芳香族炭化水素の収率低下を防止でき、2質量%以下であることで、単環芳香族炭化水素の収率を高くできる。
【0018】
本発明に係る触媒におけるガリウムおよび/または亜鉛の含有量は、触媒における結晶性アルミノシリケートの総質量を100質量%とした場合、0.05〜5質量%であることが好ましい。さらには、下限は0.1質量%以上がより好ましい。また、上限は2質量%以下であることがより好ましく、1.6質量%以下が特に好ましい。触媒における結晶性アルミノシリケートに含有されるガリウムおよび/または亜鉛の含有量が0.01質量%以上であることで、経時的な単環芳香族炭化水素の収率低下を防止でき、5質量%以下であることで、単環芳香族炭化水素の収率を高くできる。
【0019】
本発明に係る触媒は、ガリウム、亜鉛を各々単独で含有する触媒であっても、両方含有する触媒であっても構わない。また、ガリウムおよび/または亜鉛に加え、さらにその他の金属を含有しても構わない。
【0020】
[バインダー]
本発明の触媒は、バインダーを含有する。バインダーとしては無機酸化物を挙げることができ、具体的にはシリカ、アルミナ、ジルコニア、チタニア、あるいは、それらの混合物などを挙げることができる。中でも、シリカ、アルミナが特に好ましい。触媒はバインダーを含有することにより、成形性の向上や強度の向上が達成され、長期間の使用に耐えうることが可能となる。また流動床で用いる場合は、流動性の向上などのために不可欠である。
【0021】
触媒に含有されるバインダー量は、触媒の総質量を100質量%とした場合、10〜80質量であることが好ましい。
バインダーは必要に応じて、リンを含むものを用いても構わない。また、バインダーと結晶性アルミノシリケートを混合した後に、ガリウムおよび/または亜鉛、リンを添加して触媒を製造しても、バインダー等とガリウムおよび/または亜鉛担持結晶性アルミノシリケートとを混合した後、またはバインダーと結晶性アルミノガロシリケートおよび/または結晶性アルミノジンコシリケートとを混合した後にリンを添加して、触媒を製造してもよい。
【0022】
[リン]
本発明の触媒はリンを含有する。本発明の触媒におけるリン含有量は、バインダーがリンを含む場合には当該バインダーに含まれるリンと、結晶性アルミノシリケートに含まれるリンとの合計量を意味する。リン含有量は、触媒の総質量を100質量%とした場合、0.1〜10質量%である。さらには、下限は0.2質量%以上が好ましい。また、上限は9質量%以下であることが好ましく、8質量%以下がより好ましい。触媒の総質量に対するリンの含有量が0.1質量%以上であることで、経時的な単環芳香族炭化水素の収率低下を防止でき、10質量%以下であることで、単環芳香族炭化水素の収率を高くできる。
【0023】
また、本発明の触媒における結晶性アルミノシリケートはリンを含有することが好ましい。結晶性アルミノシリケートに含まれるリンの含有量は、結晶性アルミノシリケートの総質量を100質量%とした場合、0.1〜3.5質量%である。さらには、下限は0.2質量%以上が好ましい。また、上限は3質量%以下であることが好ましく、2.8質量%以下がより好ましい。結晶性アルミノシリケートに担持されたリンの含有量が0.1質量%以上であることで、経時的な単環芳香族炭化水素の収率低下を防止でき、3.5質量%以下であることで、単環芳香族炭化水素の収率を高くできる。
【0024】
本発明の触媒および結晶性アルミノシリケートにリンを含有させる方法としては、特に限定されないが、例えばイオン交換法、含浸法等により、結晶性アルミノシリケート、結晶性アルミノガロシリケート、または結晶性アルミノジンコシリケートにリン化合物を含有させて結晶性アルミノシリケートの骨格内の一部をリンと置き換える方法、ゼオライト合成時にリンを含有した結晶促進剤を用いる方法、などが挙げられる。その際に用いるリン酸イオン含有水溶液としては、特に限定されないが、リン酸、リン酸水素二アンモニウム、リン酸二水素アンモニウム、またはその他の水溶性リン酸塩などを任意の濃度で水に溶解させて調製したものが、好適に用いられる。
【0025】
本発明の触媒は、前記のように結晶性アルミノシリケートとリンとバインダーとを含有する触媒、または結晶性アルミノシリケートとリンとバインダーとガリウムおよび/または亜鉛とを含有する触媒を、焼成(焼成温度300〜900℃)することによって得られる。
【0026】
[形状]
本発明の触媒は、反応形式に応じて、例えば、粉末状、粒状、ペレット状等にされる。例えば、流動床の場合には粉末状にされ、固定床の場合には粒状またはペレット状にされる。流動床で用いる触媒の平均粒子径は30〜180μmが好ましく、50〜100μmがより好ましい。また、流動床で用いる触媒のかさ密度は0.4〜1.8g/ccが好ましく、0.5〜1.0g/ccがより好ましい。
なお、平均粒子径はふるいによる分級によって得た粒径分布において50質量%となる粒径を表し、かさ密度はJIS規格R9301−2−3の方法により測定した値である。
粒状またはペレット状の触媒を得る場合には、結晶性アルミノシリケートまたは触媒にバインダーとして不活性な酸化物を配合した後、各種成型機を用いて成型すればよい。
【0027】
(単環芳香族炭化水素の製造方法)
本発明の単環芳香族炭化水素の製造方法は、原料油を前記触媒に接触させて、反応させる方法である。
詳しくは、原料油と触媒の酸点とを接触させることにより、分解、脱水素、環化、水素移行等の様々な反応を起こさせ、多環芳香族炭化水素を開環させて単環芳香族炭化水素に転換する方法である。
【0028】
[原料油]
本発明で使用される原料油は、10容量%留出温度が140℃以上かつ90容量%留出温度が380℃以下の油である。10容量%留出温度が140℃未満の油では、軽質のものからBTX(ベンゼン、トルエン、キシレン)を製造することになり、本発明の主旨にそぐわなくなる。したがって、10容量%留出温度が140℃以上とされ、150℃以上がより好ましい。また、原料油の90容量%留出温度が380℃を超える原料油を用いた場合も、触媒上へのコーク堆積量が増大して、触媒活性の急激な低下を引き起こす傾向にあるため、原料油の90容量%留出温度は380℃以下とされ、360℃以下がより好ましい。
【0029】
なお、ここでいう10容量%留出温度、90容量%留出温度、終点は、JIS K2254「石油製品−蒸留試験方法」に準拠して測定される値である。
10容量%留出温度が140℃以上かつ90容量%留出温度が380℃以下の原料油としては、例えば、流動接触分解装置で生成する分解軽油(LCO)、石炭液化油、重質油水素化分解精製油、直留灯油、直留軽油、コーカー灯油、コーカー軽油およびオイルサンド水素化分解精製油などが挙げられ、流動接触分解装置で生成する分解軽油(LCO)を含むことがより好ましい。
【0030】
また、原料油中に多環芳香族炭化水素が多く含まれると、炭素数6〜8の単環芳香族炭化水素収率が低下するため、原料油中の多環芳香族炭化水素の含有量(多環芳香族分)は50容量%以下が好ましく、30容量%以下であることがより好ましい。
なお、ここでいう多環芳香族分とは、JPI−5S−49「石油製品−炭化水素タイプ試験方法−高速液体クロマトグラフ法」に準拠して測定される2環芳香族炭化水素含有量(2環芳香族分)および、3環以上の芳香族炭化水素含有量(3環以上の芳香族分)の合計値を意味する。
【0031】
[反応形式]
原料油を触媒と接触、反応させる際の反応形式としては、固定床、移動床、流動床等が挙げられる。本発明においては、重質分を原料とするため、触媒に付着したコーク分を連続的に除去可能で、かつ安定的に反応を行うことができる流動床が好ましく、反応器と再生器との間を触媒が循環し、連続的に反応−再生を繰り返すことができる、連続再生式流動床が特に好ましい。触媒と接触する際の原料油は、気相状態であることが好ましい。また、原料は、必要に応じてガスによって希釈してもよい。また、未反応原料が生じた場合は必要に応じてリサイクルしてもよい。
【0032】
[反応温度]
原料油を触媒と接触、反応させる際の反応温度は、特に制限されないが、350〜700℃が好ましい。下限は、充分な反応活性が得られることから、450℃以上がより好ましい。一方、上限は、エネルギー的に有利である上に、容易に触媒を再生できるため、650℃以下がより好ましい。
【0033】
[反応圧力]
原料油を触媒と接触、反応させる際の反応圧力は、1.0MPaG以下とすることが好ましい。反応圧力が1.0MPaG以下であれば、軽質ガスの副生を防止できる上に、反応装置の耐圧性を低くできる。
【0034】
[接触時間]
原料油と触媒との接触時間は、実質的に所望する反応が進行すれば特に制限はされないが、例えば、触媒上のガス通過時間で1〜300秒が好ましく、さらに下限は5秒以上、上限は150秒以下がより好ましい。接触時間が1秒以上であれば、確実に反応させることができ、接触時間が300秒以下であれば、コーキング等による触媒への炭素質の蓄積を抑制できる。または分解による軽質ガスの発生量を抑制できる。
【0035】
本発明の単環芳香族炭化水素の製造方法では、原料油と触媒の酸点とを接触させることにより、分解、脱水素、環化、水素移行等の様々な反応により、多環芳香族炭化水素を開環させて単環芳香族炭化水素を得る。
本発明では、単環芳香族炭化水素の収率が15質量%以上であることが好ましく、20質量%以上であることがより好ましく、25質量%以上であることがさらに好ましい。単環芳香族炭化水素の収率が15質量%未満であると生成物中の目的物濃度が低く、回収効率が低下するので好ましくない。
【0036】
以上説明した本発明の製造方法では、上述した触媒を用いるため、高い収率で単環芳香族炭化水素を製造でき、しかも経時的な単環芳香族炭化水素の収率の低下を防止できる。
【実施例】
【0037】
以下、実施例に基づいて本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0038】
(実施例1)
硅酸ナトリウム(Jケイ酸ソーダ3号、SiO:28〜30質量%、Na:9〜10質量%、残部水、日本化学工業(株)製)の1706.1gおよび水の2227.5gからなる溶液(A)と、Al(SO・14〜18HO(試薬特級、和光純薬工業(株)製)の64.2g、テトラプロピルアンモニウムブロマイドの369.2g、HSO(97質量%)の152.1g、NaClの326.6gおよび水の2975.7gからなる溶液(B)をそれぞれ調製した。
【0039】
次いで、溶液(A)を室温で撹拌しながら、溶液(A)に溶液(B)を徐々に加えた。得られた混合物をミキサーで15分間激しく撹拌し、ゲルを解砕して乳状の均質微細な状態にした。
次いで、この混合物をステンレス製のオートクレーブに入れ、温度:165℃、時間:72時間、撹拌速度:100rpmの条件で、自己圧力下に結晶化操作を行った。結晶化操作の終了後、生成物を濾過して固体生成物を回収し、約5リットルの脱イオン水を用いて洗浄と濾過を5回繰り返した。濾別して得られた固形物を120℃で乾燥し、さらに空気流通下、550℃で3時間焼成した。
【0040】
得られた焼成物は、X線回析分析(機種名:Rigaku RINT−2500V)の結果、MFI構造を有するものであることが確認された。また、蛍光X線分析(機種名:Rigaku ZSX101e)による、SiO/Al比(モル比)は、64.8であった。また、この結果から計算された格子骨格中に含まれるアルミニウム元素は1.32質量%であった。
得られた焼成物の1g当り5mLの割合で30質量%硝酸アンモニウム水溶液を加え、100℃で2時間加熱、撹拌した後、濾過、水洗した。この操作を4回繰り返した後、120℃で3時間乾燥して、アンモニウム型結晶性アルミノシリケートを得た。その後、780℃で3時間焼成を行い、プロトン型結晶性アルミノシリケートを得た。
【0041】
希硫酸に硅酸ナトリウム(Jケイ酸ソーダ3号、SiO:28〜30質量%、Na:9〜10質量%、残部水、日本化学工業(株)製)106gと純水の混合溶液を滴下し、シリカゾル水溶液(SiO濃度10.2%)を調製した。一方、調製した前記結晶性アルミノシリケート20.4gに蒸留水を加え、ゼオライトスラリーを調製した。このゼオライトスラリーと前記シリカゾル水溶液300gを加えて、スラリーを調製した。調製したスラリーに触媒全量(ここでは、シリカと結晶性アルミノシリケートの総質量)に対して、リンが1.0質量%含有されるようにリン酸を加えた。リン酸を加えたスラリーを250℃で噴霧乾燥し、球形触媒を得た。その後、600℃で3時間焼成し、平均粒子径が84μm、かさ密度が0.74g/ccである粉末状の触媒1(以下、「粉末状触媒1」という。)を得た。
また、得られた粉末状触媒1の触媒全質量(総質量)に対するリン含有量は1.0質量%であり、シリカバインダーの含有量は触媒全質量(総質量)に対して60質量%であった。
【0042】
[水熱劣化後の触媒活性の評価]
粉末状触媒1を、処理温度650℃、処理時間6時間、水蒸気100質量%の環境下で水熱処理することにより、擬似的に水熱劣化させた擬似劣化粉末触媒1を得た。
得られた擬似劣化粉末触媒1を反応器に充填した流通式反応装置を用い、反応温度:550℃、反応圧力:0.1MPaGの条件で、表1の性状を有する原料油を擬似劣化粉末触媒1と接触、反応させた。その際、直径60mmである反応管に該擬似劣化粉末触媒1を充填した。また、原料油と擬似劣化粉末触媒1との接触時間が10秒となるように希釈剤として窒素を導入した。
この条件にて10分間反応させ、炭素数6〜8の単環芳香族炭化水素を製造した。さらに、反応装置に直結されたFIDガスクロマトグラフにより生成物の組成分析を行って、水熱劣化後の触媒活性を評価した。水熱劣化後の炭素数6〜8の単環芳香族炭化水素の収率(質量%)は、27質量%であった。得られた評価結果を表2に示す。
【0043】
(実施例2)
調製したスラリーに触媒全体(ここでは、シリカと結晶性アルミノシリケートの総質量)に対して、リンが2.0質量%含有されるようにリン酸を加えたこと以外は、実施例1と同様にして、粉末状の触媒2(以下、「粉末状触媒2」という。)および、擬似劣化粉末触媒2を得た。その後、実施例1と同様にして水熱劣化後の触媒活性を評価した。評価結果を表2に示す。
なお、得られた粉末状触媒2の触媒全質量に対するリン含有量は2.0質量%であり、シリカバインダーの含有量は触媒全質量に対して60質量%であった。また、水熱劣化後の炭素数6〜8の単環芳香族炭化水素の収率(質量%)は、31質量%であった。
【0044】
(実施例3)
調製したスラリーに触媒全体(ここでは、シリカと結晶性アルミノシリケートの総質量)に対して、リンが4.0質量%含有されるようにリン酸を加えたこと以外は、実施例1と同様にして、粉末状の触媒3(以下、「粉末状触媒3」という。)および、擬似劣化粉末触媒3を得た。その後、実施例1と同様にして水熱劣化後の触媒活性を評価した。評価結果を表2に示す。
なお、得られた粉末状触媒3の触媒全質量に対するリン含有量は4.0質量%であり、シリカバインダーの含有量は触媒全質量に対して60質量%であった。また、水熱劣化後の炭素数6〜8の単環芳香族炭化水素の収率(質量%)は、28質量%であった。
【0045】
(実施例4)
調製したスラリーに触媒全体(ここでは、シリカと結晶性アルミノシリケートの総質量)に対して、リンが8.0質量%含有されるようにリン酸を加えたこと以外は、実施例1と同様にして、粉末状の触媒4(以下、「粉末状触媒4」という。)および、擬似劣化粉末触媒4を得た。その後、実施例1と同様にして水熱劣化後の触媒活性を評価した。評価結果を表2に示す。
なお、得られた粉末状触媒4の触媒全質量に対するリン含有量は8.0質量%であり、シリカバインダーの含有量は触媒全質量に対して60質量%であった。また、水熱劣化後の炭素数6〜8の単環芳香族炭化水素の収率(質量%)は、25質量%であった。
【0046】
(実施例5)
調製したスラリーに触媒全体(ここでは、シリカと結晶性アルミノシリケートの総質量)に対してリンが8.0質量%含有されるようにリン酸を加え、さらに、触媒全体に対してガリウムが0.12質量%含有されるように硝酸ガリウム水溶液を加えたこと以外は、実施例1と同様にして、粉末状の触媒5(以下、「粉末状触媒5」という。)および、疑似劣化粉末触媒5を得た。その後、実施例1と同様にして水熱劣化後の触媒活性を評価した。評価結果を表2に示す。
なお、得られた粉末状触媒5の触媒全質量に対するガリウム含有量は0.16質量%、リン含有量は8.0質量%であり、シリカバインダーの含有量は触媒全質量に対して60質量%であった。また、水熱劣化後の炭素数6〜8の単環芳香族炭化水素の収率(質量%)は、28質量%であった。
【0047】
(実施例6)
調製したスラリーに触媒全体(ここでは、シリカと結晶性アルミノシリケートの総質量)に対してリンが8.0質量%含有されるようにリン酸を加え、さらに、触媒全体に対して亜鉛が0.16質量%含有されるように硝酸亜鉛水溶液を加えたこと以外は、実施例1と同様にして、粉末状の触媒6(以下、「粉末状触媒6」という。)および、疑似劣化粉末触媒5を得た。その後、実施例1と同様にして水熱劣化後の触媒活性を評価した。評価結果を表2に示す。
なお、得られた粉末状触媒6の触媒全質量に対する亜鉛含有量は0.12質量%、リン含有量は8.0質量%であり、シリカバインダーの含有量は触媒全質量に対して60質量%であった。また、水熱劣化後の炭素数6〜8の単環芳香族炭化水素の収率(質量%)は、27質量%であった。
【0048】
(比較例1)
調製したスラリーにリン酸を加えなかったこと以外は、実施例1と同様にして粉末状の触媒7(以下、「粉末状触媒7」という。)および、擬似劣化粉末触媒7を得た。その後、実施例1と同様にして水熱劣化後の触媒活性を評価した。評価結果を表2に示す。
なお、得られた粉末状触媒7の触媒全質量に対するリン含有量は0質量%であり、シリカバインダーの含有量は触媒全質量に対して60質量%であった。また、水熱劣化後の炭素数6〜8の単環芳香族炭化水素の収率(質量%)は、7質量%であった。
【0049】
(比較例2)
調製したスラリーに触媒全体(ここでは、シリカと結晶性アルミノシリケートの総質量)に対して、リンが12.0質量%含有されるようにリン酸を加えたこと以外は、実施例1と同様にして、粉末状の触媒8(以下、「粉末状触媒8」という。)および、擬似劣化粉末触媒8を得た。その後、実施例1と同様にして水熱劣化後の触媒活性を評価した。評価結果を表2に示す。
なお、得られた粉末状触媒8の触媒全質量に対するリン含有量は12.0質量%であり、シリカバインダーの含有量は触媒全質量に対して60質量%であった。また、水熱劣化後の炭素数6〜8の単環芳香族炭化水素の収率(質量%)は、11質量%であった。
【0050】
【表1】

【0051】
【表2】

【0052】
表2に示した評価結果より、擬似劣化粉末触媒1〜6を用いた実施例1〜6では、炭素数6〜8の単環芳香族炭化水素の収率(質量%)が、それぞれ、27,31,28,25,28,27となり、水熱劣化後においても本発明の目的とする炭素数6〜8の単環芳香族炭化水素を収率よく得られることが分かった。
一方、リンを含有しない擬似劣化粉末触媒7を用いた比較例1、およびリンを多量に含有する擬似劣化粉末触媒8を用いた比較例2では、素数6〜8の単環芳香族炭化水素の収率(質量%)がそれぞれ、7,11となり、水熱劣化後の収率が低下し、触媒劣化が著しく、実用的でないことが分かった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
10容量%留出温度が140℃以上かつ90容量%留出温度が380℃以下である原料油から炭素数6〜8の単環芳香族炭化水素を製造するための芳香族炭化水素製造用触媒であって、
結晶性アルミノシリケートとリンとバインダーとを含有し、リン含有量が触媒総質量に対して0.1〜10質量%であることを特徴とする単環芳香族炭化水素製造用触媒。
【請求項2】
前記単環芳香族炭化水素製造用触媒がガリウムおよび/または亜鉛を含むことを特徴とする請求項1記載の単環芳香族炭化水素製造用触媒。
【請求項3】
前記ガリウムおよび/または亜鉛含有量が、触媒総質量に対して0.02〜2質量%であることを特徴とする請求項2に記載の単環芳香族炭化水素製造用触媒。
【請求項4】
前記結晶性アルミノシリケートが、ペンタシル型ゼオライトであることを特徴とする請求項1から3のいずれか一項に記載の単環芳香族炭化水素製造用触媒。
【請求項5】
前記結晶性アルミノシリケートが、MFI型ゼオライトであることを特徴とする請求項1から4のいずれか一項に記載の単環芳香族炭化水素製造用触媒。
【請求項6】
10容量%留出温度が140℃以上かつ90容量%留出温度が380℃以下である原料油を、請求項1から5のいずれか一項に記載の単環芳香族炭化水素製造用触媒に接触させることにより、炭素数6〜8の単環芳香族炭化水素を製造することを特徴とする単環芳香族炭化水素の製造方法。
【請求項7】
前記原料油が、流動接触分解装置で生成する分解軽油を含むことを特徴とする請求項6に記載の単環芳香族炭化水素の製造方法。
【請求項8】
流動床反応装置にて前記原料油を前記単環芳香族炭化水素製造用触媒に接触させることを特徴とする請求項6又は7に記載の単環芳香族炭化水素の製造方法。

【公開番号】特開2012−139641(P2012−139641A)
【公開日】平成24年7月26日(2012.7.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−294187(P2010−294187)
【出願日】平成22年12月28日(2010.12.28)
【出願人】(000004444)JX日鉱日石エネルギー株式会社 (1,898)
【Fターム(参考)】