説明

単結晶基板および単結晶基板の製造方法

【課題】ビスマス置換希土類鉄ガーネット単結晶を液相エピタキシャル成長によって育成するために必要不可欠な高い品質を有しており、ビスマス置換希土類鉄ガーネット単結晶膜の格子定数と近似した値で、かつ熱膨張係数も近似した値を持ち、さらに工業的に有利なCZ法で育成できる組成式の単結晶基板を提供する。
【解決手段】ビスマス置換希土類鉄ガーネット単結晶を液相エピタキシャル成長させるための単結晶基板であって、組成式CaNby1Tiy2Ga12(2.9<x<3.1、0.9<y1<1.1、0.9<y2<1.1、2.9<z<3.1)で表されるものであることを特徴とする単結晶基板。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ビスマス置換希土類鉄ガーネット単結晶を液相エピタキシャル成長させるために好適に使用可能な単結晶基板とその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
光通信ネットワークにおいて不可欠な、光アイソレータや光サーキュレータ、光磁界センサー等に用いられるファラデー回転子の材料としては、主に液相エピタキシャル法によって単結晶基板上に成長させたビスマス置換希土類鉄ガーネット単結晶膜が用いられている。
【0003】
このビスマス置換希土類鉄ガーネット単結晶膜をエピタキシャル成長によって高品質に成膜するためには、成膜温度から室温にまでのビスマス置換希土類鉄ガーネット膜と単結晶基板との格子定数差が極力小さいこと、すなわち室温において格子定数差が小さく、かつ、線膨張係数が近い単結晶基板を用いることが必要条件とされる。
【0004】
この様な条件をみたす単結晶基板として、特許文献1に示されるCaNbGa12(2.9<x<3.1、1.6<y<1.8、3.1<z<3.3)単結晶(以下、CNGG単結晶と略す)が提案されている。
また、特許文献1ではこのCNGG結晶の結晶育成方法や、その結晶品質について記載されている。
【0005】
この液相エピタキシャル法に用いられるCNGG単結晶基板は、量産性に富むチョクラルスキー(以下CZとも記載)法で引き上げることができる。
このCNGG単結晶基板は、基板結晶として重要な格子定数の値も12.50Åとビスマス置換希土類鉄ガーネット単結晶膜の格子定数と近似しており、また、室温〜850℃における熱膨張係数がビスマス置換希土類鉄ガーネット単結晶膜に近似して、10×10−6/℃と大きいことより注目されている。
このため、特許文献2に示されるようにCZ法での結晶引き上げ条件が検討されてきた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平10−139596号公報
【特許文献2】特開2005−89223号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献2の図4に示されるように、特許文献1に記載されているような組成式のCNGG結晶は、CZ法によって単結晶を引き上げると、固液界面の形状を上に凸とするしかなく、直径制御が極めて困難な方法でしか引き上げることができないという欠点があり、量産性に大きな問題を抱えていた。
【0008】
本発明は、上記問題に鑑みなされたものであって、ビスマス置換希土類鉄ガーネット単結晶を液相エピタキシャル成長によって育成するために必要不可欠な高い品質を有しており、ビスマス置換希土類鉄ガーネット単結晶膜の格子定数と近似した値で、かつ熱膨張係数も近似した値を持ち、さらに工業的に有利なCZ法で育成できる組成式の単結晶基板と、その製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するため、本発明では、ビスマス置換希土類鉄ガーネット単結晶を液相エピタキシャル成長させるための単結晶基板であって、組成式CaNby1Tiy2Ga12(2.9<x<3.1、0.9<y1<1.1、0.9<y2<1.1、2.9<z<3.1)で表されるものであることを特徴とする単結晶基板を提供する。
【0010】
このように、組成式CaNby1Tiy2Ga12(2.9<x<3.1、0.9<y1<1.1、0.9<y2<1.1、2.9<z<3.1)で表される単結晶からなる基板とすることで、ガーネット結晶構造が安定化し、その品質が高いものとすることができる。また、歪みが小さく結晶構造が安定なため、CZ法での製造も容易であり、大量生産に向いている。
更に、その物性値(格子定数、線熱膨張係数など)はビスマス置換希土類鉄ガーネット単結晶の物性値と非常に類似しており、ビスマス置換希土類鉄ガーネット単結晶の液相エピタキシャル成長用の基板として非常に好適な組成である。
すなわち、高品質のビスマス置換希土類鉄ガーネット単結晶を液相エピタキシャル成長させるのに適し、かつその量産が容易かつ安価な単結晶基板となっている。
【0011】
ここで、前記xが、x=2×y1+y2の関係を満たすものであることが好ましい。
このように、x=2×y1+y2の関係を満たすと、単結晶が電気的に中性になり、より結晶欠陥が少ない高品質な単結晶となる。よって液相エピタキシャル法でのビスマス置換希土類鉄ガーネット結晶の育成により好適な基板とすることができる。
【0012】
また、本発明では、ビスマス置換希土類鉄ガーネット単結晶を液相エピタキシャル成長させるための単結晶基板の製造方法であって、チョクラルスキー法によって、組成式CaNby1Tiy2Ga12(2.9<x<3.1、0.9<y1<1.1、0.9<y2<1.1、2.9<z<3.1)で表される単結晶を引き上げ、その後該単結晶を基板に加工して前記単結晶基板を作製することを特徴とする単結晶基板の製造方法を提供する。
【0013】
このように、組成式CaNby1Tiy2Ga12(2.9<x<3.1、0.9<y1<1.1、0.9<y2<1.1、2.9<z<3.1)で表される単結晶とすることによって、単結晶中の式量が安定なものとなり、結晶性の良好な単結晶をCZ法で容易に引き上げることができる。そしてこのような単結晶を一般的な加工工程をして基板に加工することで、液相エピタキシャル法によるビスマス置換希土類鉄ガーネット単結晶を成長させるのに好適な基板を高生産性で製造することができる。
【0014】
ここで、前記xを、x=2×y1+y2の関係を満たすものとすることが好ましい。
このように、xを、x=2×y1+y2の関係を満たすものとすることによって、電気的に中性な単結晶とすることができ、より高結晶性の単結晶基板とすることができる。
【発明の効果】
【0015】
以上説明したように、本発明によれば、ビスマス置換希土類鉄ガーネット単結晶を液相エピタキシャル成長によって育成するのに適し、かつ工業的に有利なCZ法で育成できる組成式の単結晶基板と、その製造方法が提供される。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明についてより具体的に説明する。
前述のように、ビスマス置換希土類鉄ガーネット単結晶膜の格子定数と近似した値で、かつ熱膨張係数も近似した値を持ち、さらに工業的に有利なCZ法で育成できる組成式の単結晶基板の開発が待たれていた。
【0017】
そこで、本発明者は、鋭意検討を重ねた結果、例えば特許文献1に記載されているようなCNGG単結晶における組成上の問題点を克服することで、高品質な単結晶を製造することができることを見出し、本発明を完成させた。
【0018】
具体的には、本発明者は、特許文献1,2の記載に基づき、チョクラルスキー法でCNGG結晶の育成を試みた。
しかし、上述のように、特許文献2に記載の方法では、引き上げる結晶の直径を初めとした結晶制御が困難であり、目的とするビスマス置換希土類鉄ガーネット結晶を得るに至らなかった。
【0019】
そこで、本発明者は、特許文献1,2に記載されているようなCNGG結晶の結晶育成が困難になる理由を以下のように考察した。
特許文献1に記載されているCNGG結晶の代表的な組成であるCaNb1.7Ga3.212組成は、電気的にはほぼ中性である。つまり、
陽イオンの数は(2)×3+(5)×1.7+(3)×3.2=24.1
陰イオンの数は(2)×12=24
であり、ほぼ一致している。
【0020】
一方、ガーネット結晶構造は、一般的に{c}{a}(d)12で示される。
CNGG結晶は、{c}サイトについてはCaが式量3.0で問題ないが、{a}サイトはNb5+だけでは不足でイオン半径の小さなGa3+が無理やりこのサイトに入らざるを得ないし、(d)サイトについてはGa3+が{a}サイトに0.3式量入ると、2.9式量となる。
このため、欠損が生じる可能性があり、従ってCNGG結晶は歪やすく、また、結晶がいびつなために育成が困難となったものと推察される。
なお、Gaの量やNbの量を増やすと、今度は陽イオンの数が増加し、電気的な中性が保たれなくなり、やはり結晶育成が困難になってしまう。
【0021】
これに対し、鋭意検討を重ねた結果、本発明者は、CNGG結晶で起きる上記の問題を新しい組成、すなわちCaNby1Tiy2Ga12(2.9<x<3.1、0.9<y1<1.1、0.9<y2<1.1、2.9<z<3.1)とすることで解決できることを発見し、本発明を完成させた。
例えばCa3.0Nb1.0Ti1.0Ga3.012という組成物については、電気的に中性とすることが可能である。つまり、
陽イオンの数は(2)×3.0+(5)×1.0+(4)×1.0+(3)×3.0=24.0
陰イオンの数は(2)×12=24.0
と完全に一致させることができる。
【0022】
そして、ガーネット結晶構造の各サイトの式量は、{c}サイトは一番大きなイオン半径のCa2+イオンが3.0式量入り、{a}サイトには次に大きなイオン半径のNb5+とTi4+が各々1.0式量、合計2.0式量入り、(d)サイトには一番イオン半径の小さなGa3+が3.0式量はいることで無理なくガーネットの陽イオンサイトを占有する構造とすることができる。
この結果、この組成物は結晶育成が容易にでき、歪も生じることがないので比較的容易に高品質の大口径結晶の育成が可能となる。
【0023】
以下、本発明について詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
本発明の単結晶基板は、ビスマス置換希土類鉄ガーネット単結晶を液相エピタキシャル成長させるためのものであって、組成式CaNby1Tiy2Ga12(2.9<x<3.1、0.9<y1<1.1、0.9<y2<1.1、2.9<z<3.1)で表されるものである。
【0024】
このように、組成式CaNby1Tiy2Ga12(2.9<x<3.1、0.9<y1<1.1、0.9<y2<1.1、2.9<z<3.1)で表される単結晶基板は、格子定数、線熱膨張係数などの特性がビスマス置換希土類鉄ガーネット単結晶に類似したものとなっており、液相エピタキシャル成長によって高品質なビスマス置換希土類鉄ガーネット単結晶を成長させることができるものとなっている。
また、組成式が、ガーネット結晶構造の各サイトに適切なイオン半径のイオンが入る割合となっているため、結晶中の歪みが従来に比べて小さく、また結晶構造が安定しており、CZ法等量産に向いている製造方法での育成が容易なものとなっている。
【0025】
なお、x≦2.9やx≧3.1の場合、格子定数や線熱膨張係数が、ビスマス置換希土類鉄ガーネット単結晶と違いが大きくなり、高品質のビスマス置換希土類鉄ガーネット単結晶の製造に適さなくなる。
またy1,y2≦0.9やz≦2.9の場合、陽イオンの数が減少して電気的な中性が保たれず、結晶育成が困難となる。そしてy1,y2≧1.1やz≧3.1の場合、陽イオンの数が増加して電気的な中性が保たれなくなり、同様に結晶育成が困難になる。
そのため、本発明の単結晶基板では、組成式CaNby1Tiy2Ga12のx、y1、y2、zは、2.9<x<3.1、0.9<y1<1.1、0.9<y2<1.1、2.9<z<3.1の関係を満たすものとする。
【0026】
ここで、xが、x=2×y1+y2の関係を満たすものであることが望ましく、これによって、単結晶の陽イオン数と陰イオン数が一致し、電気的に中性となる。このため、結晶欠陥が少ない高品質な単結晶とすることができ、より高結晶性のビスマス置換希土類鉄ガーネット単結晶を液相エピタキシャル成長させるのに非常に適した単結晶基板となる。
【0027】
上記のような、本発明の単結晶基板は、以下に例示するような単結晶の製造方法によって製造することができるが、もちろんこれに限定されるものではない。
【0028】
まず、組成式CaNby1Tiy2Ga12(2.9<x<3.1、0.9<y1<1.1、0.9<y2<1.1、2.9<z<3.1)を構成する元素の酸化物または炭酸塩(たとえば、CaCO、Nb、TiO、Gaなど)を、粉末状で所定の原子比になるように混合し、気密性の保たれた単結晶製造装置のルツボ内に収容する。
【0029】
この時、上記xを、x=2×y1+y2の関係を満たすものとすることができ、これによって、電気的に中性な単結晶とすることができ、より高結晶性の単結晶とすることができる。
【0030】
その後、少量の酸素を含む窒素雰囲気下で、前記混合物を融解させて融液とする。
次いで、結晶引き上げ軸を下方に移動させることにより、その下端に取り付けられた種結晶をルツボ中の融液に接触させる。
そして、引き上げ軸を回転させながら上方に引き上げることにより、種結晶の下端に付着してくる融液を凝固させつつ結晶成長させ、単結晶を育成する。
【0031】
このようにして製造される単結晶は、その組成式がCaNby1Tiy2Ga12(2.9<x<3.1、0.9<y1<1.1、0.9<y2<1.1、2.9<z<3.1)からなるものである。
そしてこのような組成式からなる単結晶は、単結晶中の式量が安定なものとなり、欠陥の発生量が従来のもに比べて少ないものとなっている。そして歪みが小さく、従来CNGG系の結晶に比べて高結晶性であり、高品質である。
すなわち、このような単結晶は、たとえばビスマス置換希土類鉄ガーネット単結晶を液相エピタキシャル成長させるための単結晶基板材料として好適なものとなっている。
【0032】
その後、育成した単結晶を内周刃スライサあるいはワイヤーソー等の切断装置によってスライスした後、面取り、ラッピング、エッチング、研磨等の工程を行い、基板にし、単結晶基板が完成する。
【実施例】
【0033】
以下、実施例を示して本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
(実施例)
純度99.99%の炭酸カルシウム(CaCO)原料、純度99.99%の酸化ニオブ(Nb)、純度99.99%の酸化チタン(TiO)と純度99.99%の酸化ガリウム(Ga)とを組成式CaNbTiGa12組成になるように秤量し、原料調合物を調整した。
【0034】
そしてこの調合物を混合し、白金製のるつぼに投入し、通常の高周波加熱炉を用いて溶融させた。
白金製のるつぼ形状は直径約150mm、高さ約150mmとした。また、種結晶としては10mm角に切出した(111)方位のGGG結晶(GdGa12結晶)を用いた。
育成は酸素濃度2%、残りは窒素ガスとした雰囲気で行い、ガス流量は1リットル/分とし、定法にしたがってCZ法で結晶成長を行った。
【0035】
育成できた結晶の直径は80mmで長さは120mmであり、透明な結晶を得ることができた。
この結晶の両端面を切断し、円筒研削後に内周切断機でウェハー状に切断し、ラップ加工、研磨加工を行い、直径76.2mm、厚さ0.8mmのウェハーを作製した。
【0036】
このウェハーを熱リン酸でエッチングしたところ、無転位結晶であった。
そしてこの結晶の格子定数を測定した結果、12.5012Åであった。
また、室温から600℃までの熱膨張係数を測定した結果、9×10−6/℃と一般的なビスマス置換希土類鉄ガーネット結晶の値に近似していることが分かった。
【0037】
更に、このウェハーを定法に従い、液相エピタキシャル法でこのウェハーの両面に組成式(BiTbEu)(FeGa)12で示されるビスマス置換希土類鉄ガーネット単結晶膜を育成し、室温で取り出した。
その結果、全くワレが観察されない非常にきれいなエピタキシャル膜であった。
【0038】
そして、このエピタキシャル膜を15mm角にダイシング加工を行い、ワイヤーソーでCaNbTiGa12組成のウェハー部分を切断し、この組成物をラップ加工で除去し、両面研磨を行うことで15mm角の(BiTbEu)(FeGa)12結晶を取り出した。
この結晶の波長1.55μmにおける挿入損失と消光比を測定した結果、各々0.08dB、43dBと、極めて消光比が大きく、つまり歪が少ない結晶となっていることが確認できた。
【0039】
なお、本発明は、上記実施形態に限定されるものではない。上記実施形態は例示であり、本発明の特許請求の範囲に記載された技術的思想と実質的に同一な構成を有し、同様な作用効果を奏するものは、いかなるものであっても本発明の技術的範囲に包含される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ビスマス置換希土類鉄ガーネット単結晶を液相エピタキシャル成長させるための単結晶基板であって、
組成式CaNby1Tiy2Ga12(2.9<x<3.1、0.9<y1<1.1、0.9<y2<1.1、2.9<z<3.1)で表されるものであることを特徴とする単結晶基板。
【請求項2】
前記xが、x=2×y1+y2の関係を満たすものであることを特徴とする請求項1に記載の単結晶基板。
【請求項3】
ビスマス置換希土類鉄ガーネット単結晶を液相エピタキシャル成長させるための単結晶基板の製造方法であって、
チョクラルスキー法によって、組成式CaNby1Tiy2Ga12(2.9<x<3.1、0.9<y1<1.1、0.9<y2<1.1、2.9<z<3.1)で表される単結晶を引き上げ、その後該単結晶を基板に加工して前記単結晶基板を作製することを特徴とする単結晶基板の製造方法。
【請求項4】
前記xを、x=2×y1+y2の関係を満たすものとすることを特徴とする請求項3に記載の単結晶基板の製造方法。

【公開番号】特開2012−1381(P2012−1381A)
【公開日】平成24年1月5日(2012.1.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−136454(P2010−136454)
【出願日】平成22年6月15日(2010.6.15)
【出願人】(000002060)信越化学工業株式会社 (3,361)
【Fターム(参考)】