反応性バンドパス衝突セル
【課題】検体に関するイオン信号を干渉により生じる信号から分解する方法に関する。
【解決手段】イオン源からイオン輸送器、四重極衝突セル、分析質量分光計にイオンを輸送することによる同重干渉を、除去しなければ反応して同重干渉を形成しやすい中間イオンを除去する通過帯域をもって衝突セルを動作させて低減する方法。衝突セルにおける反応ガスとしてアンモニアを用いることが好ましい。関与する化学種及びその化学的特性に応じて、適切なレベルに低質量カットオフを設定して衝突セルを作動させるか、あるいはより一般的には、衝突セルにRF及びDCをともに印加することにより定められる高質量及び低質量カットオフの双方を通過帯域が有する。衝突セルは飛行時間型(TOF)質量分光計にイオンを輸送するための通過帯域をもって作動させることもでき、よってTOFに入るイオンの質量範囲を限定し、従ってTOFのデューティサイクルを改善できる。
【解決手段】イオン源からイオン輸送器、四重極衝突セル、分析質量分光計にイオンを輸送することによる同重干渉を、除去しなければ反応して同重干渉を形成しやすい中間イオンを除去する通過帯域をもって衝突セルを動作させて低減する方法。衝突セルにおける反応ガスとしてアンモニアを用いることが好ましい。関与する化学種及びその化学的特性に応じて、適切なレベルに低質量カットオフを設定して衝突セルを作動させるか、あるいはより一般的には、衝突セルにRF及びDCをともに印加することにより定められる高質量及び低質量カットオフの双方を通過帯域が有する。衝突セルは飛行時間型(TOF)質量分光計にイオンを輸送するための通過帯域をもって作動させることもでき、よってTOFに入るイオンの質量範囲を限定し、従ってTOFのデューティサイクルを改善できる。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は検体に関するイオン信号を同重及び非スペクトル性の干渉により生じるイオン信号から分解するための方法及び装置に関する。さらに詳しくは、本発明は通過帯域のm/z値を有するイオンを続いて行われる分析のために衝突セルのような装置を通して輸送することに関する。
【背景技術】
【0002】
質量分光においては、対象とする検体イオンが公称質量対電荷(m/z)値が同じイオンにより、すなわち用いられる質量分光計では検体イオンから分解できないm/z値を有するイオンにより、隠されるかあるいは干渉されることが普通である。これは同重またはスペクトル性干渉とよばれる。このような干渉は、例えばプラズマイオン源を用いるか、グロー放電イオン源を用いるか、エレクトロスプレーないしイオンスプレー源を用いる質量分析器を含む、多くの形式の質量分析器において普通に生じる。
【0003】
同重またはスペクトル性背景干渉は一般にプラズマ自体から生じ、代表的干渉イオンはAr+,ArO+,Ar2+,ArCl+,ArH+,ClO+及びMAr+(ここでMは試料マトリックス元素、すなわちイオンの集まりの内の優勢イオン種),MO+等である。このような干渉イオンはまた、(おそらくは、一部は真空中への膨張時のプラズマ冷却により、またサンプラーないしスキマーオリフィスとの干渉により)引出過程で、あるいはサンプラーまたはスキマーの縁に存在する運動量境界内で生じることもある。
【0004】
衝突セルにおける多原子イオンの開裂は、同重(スペクトル性)干渉をさらに引きおこすかあるいは強める。プラズマイオンと多重極装置あるいは衝突セルに用いられる衝突ガスとの反応もまた、衝突セルまたは真空チャンバから生じるかあるいは衝突ガス中の汚染物から生じる汚染種のイオン化のような、スペクトル性背景干渉を生じ得る。
【0005】
同重干渉問題の一解決法は質量分解能の高い質量分析器を使用することであると一般に考えられているが、この手法は必ずしも有効ではなく、また高分解能法に固有なイオン信号損失が付随することよっても制限を受ける。
【0006】
質量分析においてはまた、非スペクトル性干渉にも一般に遭遇する。このような干渉は通常準安定中性種から生じ、上昇した連続背景、すなわちある質量範囲にわたって(よって非スペクトル性である)上昇されている背景を生じる。この背景は装置の検出限界に悪影響を与える。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
よって、一態様における本発明の目的は同重及び非スペクトル性の干渉を、イオン信号損失を低減しながら効率的に、また必要であれば比較的高い分解能で、低減する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
すなわち本発明はその一態様において、試料イオンがイオン輸送器を通して輸送され、この試料イオンのいくらかは選ばれるべきイオンであり、その他の試料イオンはイオン輸送器内で反応して前記選択されるイオンと同重または非スペクトル性干渉を生じ得るイオンまたは準安定体を形成させる前駆イオンである、質量分光計装置の動作方法を提供することにあり、本方法は前記イオン輸送器を運転して前駆イオンの少なくともいくらかをイオン輸送器から排除し、よって上記の干渉を低減する工程を含む。
【0009】
別の態様において、本発明はイオンが衝突セルを通して分析質量分光計に輸送される質量分光計装置の動作方法を提供し、本方法は前記衝突セルにアンモニアを衝突ガスとして供給する工程を含む。
【0010】
また別の態様において、本発明はイオンがイオン輸送器内に注入され、この輸送器からのイオンが分析のために飛行時間型質量分光計に入れられる質量分光計装置の動作方法で、前記イオン輸送器を高質量カットオフをもつ帯域通過モードで運転して飛行時間型質量分光計に入るイオンの質量範囲を限定し、よって飛行時間型質量分光計のデューティサイクルを改善する工程を含む方法を提供する。
【0011】
さらに別の態様において、本発明は試料イオンを生成するイオン源、この試料イオン源を受け取る入口及び出口を有するイオン輸送器、並びにイオン輸送器の出口からのイオンを受け取るための分析質量分光計、反応ガス供給源、及び反応ガス供給源からの反応ガスをイオン輸送器の前記入口に送り、よってイオン輸送器に入るイオンがイオン輸送器内に進みながら反応ガスを通過するようにするための導管を有する質量分光計装置を提供する。
【0012】
本発明のさらなる目的及び利点は、添付図面とともになされる以下の説明により明らかになるであろう。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明に従う質量分光計装置10の概要を示す、図1をまず参照する。本質量分光計装置10にはイオン源12が含まれ、これは一般的には通常の誘導結合高周波プラズマ源、グロー放電源、あるいはその他周知のどのような形式のイオン源でもよい。このイオン源12は(必ずしもそうではないが)一般的には大気圧で作動し、サンプラー板16のオリフィス14を通して、イオン流をメカニカルポンプ20により例えば3Torr(399Pa)の圧力まで排気された第1の真空チャンバ18内に注入する。続いてこのイオンはスキマー板24のオリフィス22を通り、(メカニカルポンプ32によりバックアップされる)ターボポンプ30により例えば1mTorr(133mPa)の圧力まで排気された第2の真空チャンバ28内の所望のいずれかの通常のイオン光学系26を通って、多重極装置34内に進む。多重極装置34は四重極(すなわち4本のロッドを有する)が一般的であるが、八重極、六重極、あるいは他の多重極型であってもよい。
【0014】
四重極34は、イオンが四重極34に入り出て行くための入口及び出口アパーチャ38及び40を有する“ケーシング”36に収められている。四重極34及びケーシング36の複合体は衝突セル41と称される構造体を形成する。反応性衝突ガスは供給源42からケーシング36内部に供給される。図に示されるように、供給源42からの衝突ガスは導管44を通って流れ、オリフィス38を囲む環状開口46を通って流出して、カーテンをつくり、よってイオン源12からのガスのケーシング36への流入を少なくするかまたは妨げる。供給源42からの第2の導管48は、後に説明する目的のために、イオン流が四重極34に入る前に反応性衝突ガスがイオン流に向けられるように、オリフィス38の直前の位置50で終端する。位置50はオリフィス38の上流でイオン源12の下流であれば実際上どの位置であってもよい。
【0015】
四重極34は、RF単独装置として、すなわち低質量カットオフ帯域通過装置であるイオン輸送器として作動させてもよいが、(後に説明するように)低DC電圧を印加することもできる。これらの電圧は電源56から供給される。
【0016】
オリフィス40を通過する四重極34からのイオンは、やはりメカニカルポンプ32でバックアップされた高真空ターボポンプ62により排気された第3の真空チャンバ60に入る。これらのイオンはプレフィルタ64(一般にはRF単独短ロッド四重極)を通って(一般には四重極であるが、飛行時間型質量分光計、扇形質量分離器、イオントラップ等のような形式の異なる質量分析器であってもよい)質量分析器66に進む。四重極66にはRF及びDCが通常の方法で電源68から四重極ロッドに印加される。一般にプレフィルタ64は、通常通り、コンデンサC1により四重極66と容量結合され、よってプレフィルタ64用の別電源は必要とされない。
【0017】
四重極66からイオンはインターフェース板72のオリフィス70を通って検出器74に進み、そこでイオン信号が検出され分析及び表示のためにコンピュータ76に渡される。
【0018】
図1Aは通常の四重極質量分光計の標準的a/q安定度図を示す。パラメータa及びqがそれぞれ縦軸及び横軸にとられており:
8eU
a=------------
r02Ω2m
4eV
q=------------
r02Ω2m
である。ここでUはロッドに印加されるDC電圧、Vはロッドに印加されるRF電圧、r0 はロッド間内接円の半径、ΩはRF電圧の角周波数(ラジアン/秒)、またmはイオンの質量である。a/q図に示される安定限界の外側のa及びq値を有するイオンは、振動振幅が増加してロッド側に失われる。
【0019】
質量分光計66の場合のように、四重極質量分光計がAC及びDCの双方が印加される標準分解モードで作動していれば、質量分光計の動作線は通常前記安定度図の頂点80を通過する。ここでq=0.707及びa=0.234である。RF振幅及びDC電圧を連続的に上げてゆくにつれて、頂点80を通過して輸送されるイオンの質量は連続的に増加し、その他の質量のイオンは排除される。
【0020】
質量分光計がRF単独四重極すなわちイオン輸送器として作動する場合はDCは印加されず、四重極はq軸(a=0)上で作動する。q≦0.908(これはq軸上の点82に現れる)に相当する質量のイオンが輸送され、一方質量がより小さいイオンはロッド側に排除され、よって輸送されない。四重極より多い多重極についても同様の動作モードを定めることができるが、安定領域を明確に定めることは難しくなる。
【0021】
次にプラズマイオン源をもつ通常の(衝突セル41をもたない)質量分光計装置を用いて得られた、通常の質量スペクトル90を示す図2を参照する。0.1%のHNO3を試料に用いた。92で示される背景は比較的小さいことがわかるであろう。しかし、m/z=40,41,56及び80にある優勢イオン信号は、それぞれプラズマイオンAr+,ArH+,ArO+及びAr2+である。これらの信号は、Ca,K,Fe,及びSeから現れるはずの信号と干渉する(及び実際上完全に覆い隠す)。
【0022】
次いで、図1の装置を用いるが、四重極すなわち衝突セル34にはセル内に侵入するプラズマガスによる圧力のみがかかっている状態で得られた、質量スペクトル94を示す図3を参照する。セル圧力(すなわちケーシング36内部の圧力)は1mTorr(133mPa)程度であったと考えられる。分解質量分光計66との容量結合により、衝突セルにはRFのみが印加されていた。10億分の10(10ppb)のMg,Sc,Cu及びGeを図の質量スペクトル範囲の外側のm/z値を有するその他の検体種とともに含有する試料を用いた。装置は(四重極66にRF及びDCが印加される)標準の分析条件の下で作動させた。m/z=40,41,56及び80にある干渉は、主として図2に関して述べたプラズマイオンによるものである。衝突セル内の背景ガス及び汚染物のイオン化による非常に大きな化学的背景雑音96が存在して、その他の質量のほとんどを覆い隠している。
【0023】
次に、図3と同じ試料を用いたが、図1に関して説明した方法で衝突セルに加えられた(すなわち反応性衝突ガスが導管44を通してセル内部に加えられ、またセルの前面の位置50にも与えられた)反応性衝突ガス、特にアンモニア(NH3)を用いて得られた質量スペクトル98を示す図4を参照する。反応性衝突ガスの存在は、Ar+,ArH+,及びArO+のイオン信号を、反応性衝突ガスとの反応によるこれらのイオンの変換のため、劇的に低減する。しかしイオンNH4+,NO+,NH4+NH3による新しい干渉が見られ、さらにほとんどの質量においてかなりの大きさの背景干渉があり、微量元素分析を妨害している。
【0024】
次いで、用いた試料が異なり、また衝突セル34に低分解DC電圧(17.5ボルトDC)を印加したことを除いて、図4の場合と全く同様にして得られた2つの質量スペクトル100,102を示す図5を参照する。図5の上側のスペクトル100は100ppbのMn,Fe及びCoを含有する試料に対応する。下側のスペクトル102は蒸留脱イオン水(DDIW)試料で得られた。RFは電源56により1.5MHz,ピーク間(p−p)300ボルトRFを印加した。これらのRF及びDC電圧は、m/z=56でq=0.671及びa=0.078を与える。前記a及びq条件下では、45<m/z<163であるようなm/zを有するイオンが無衝突条件下で安定である。
【0025】
図5から、検体信号が図4に比較して4ないし5分の1に減少したが、背景干渉は104分の1に減少したことがわかるであろう。すなわち、(スペクトル性及び非スペクトル性干渉の双方を含む)背景干渉信号が事実上除去されて、Mn,Fe及びCoを実際上干渉を受けずに測定できることがわかるであろう。
【0026】
図5のスペクトルが図4に比較してこれだけ改善された理由は、Mn,Fe及びCoのような必要な元素は衝突ガス(NH3)と反応しないが、対象としている質量範囲で干渉をつくりだしていたはずの反応シーケンス中間体は排除されてしまったためであると考えられる。例えば、NH3は反応してNH4+を形成する。NH4+は比較的安定である(よって“終端”イオンである)が、(後に説明するように)衝突セル41の“帯域通過”領域の外側にあり、よって排除される。NH3はまたアルゴンイオンと反応してArH+を形成し、質量41にあるArH+は衝突セルの通過帯域(45<m/z<163)に近接しているが、ArH+は陽子転移により反応して(上述したように問題にはならない)NH4+を形成し、また中性であるから干渉を生じない、中性アルゴンを形成する。
【0027】
一般的には、衝突セル41内に(イオン源からのガス、例えばプラズマイオン源のアルゴンが含まれることもある)衝突ガスが存在する場合に、試料イオンが衝突セルに導入されたとき、ある試料イオンは衝突ガスと反応して新しいイオンを形成し、次いでこの新しいイオンが存在する有機汚染物と反応して同重干渉をさらに形成することがある。おこり得る反応シーケンスは様々であって複雑であり、完全にはわかっていない。しかし、反応シーケンスが必要なm/z値にある同重干渉を形成するイオンを生成する前に、前駆イオンまたは中間イオンを(すなわち反応シーケンスで形成されるいかなるイオンも)除くように衝突セル41を作動させれば装置の性能は大きく改善される。
【0028】
説明として、縦軸にイオン輸送率をとり横軸に質量をとってプロットしてある図5aを参照する。質量は横軸の右に向かって増加し、質量はqに反比例しているから、qは図5aの横軸の左に向かって増加する。
【0029】
通常の場合と同様に、図5aはq=0.908にステップ112を有する曲線110を示す。RF電圧振幅V及び周波数Ωは曲線110に合わせてあるとする。q≦0.908においては、質量が大きいほど安定であって輸送されやすいが、q>0.908においては(すなわち、ステップすなわちカットオフ112の左側では)、質量が小さくなるほど不安定になりやすく、排除されやすい。ある中間イオンが図5Aのq<0.908におけるm/z値“x”を偶然にもっていたとすると、曲線110a及びステップ112aに示されるように、低質量カットオフを右に(より高質量側に)シフトさせることにより、このイオンを排除することができる。このことは、RF電圧VまたはRF周波数Ωあるいはこれらの双方を調節することにより達成される。この調節は、(q=0.908にある)ステップ112aを“x”より大きなm/z値にシフトし、除かれなければ同重干渉を生じるはずの中間イオンを排除しやすくする。実際上、衝突セル41は干渉中間イオンを包含する除去帯域(q>0.908である低質量域)及びその他のイオンを全て包含する(衝突セル41の質量範囲の上限までの)通過帯域(q≦0.908である高質量域)をもって作動する。
【0030】
排除されるべき中間イオンが(よくあるように)観測されるべき所望の質量の上側と下側の両方に生じやすい場合には、図5に関して述べたように、所望の帯域通過を生じさせるために分解DCを印加することができる。このことが、イオン輸送率を縦軸にとり、m/zを、右に向かって増加するように、横軸にとって、RF電圧振幅及びDC電圧が固定されまたRF周波数も固定されているとして、プロットした図5bの曲線120に示されている(q及びaはm/zに反比例するから、q及びaはやはり横軸の左に向かって増加する)。
【0031】
図5bには、帯域通過領域すなわちピーク122が示されている。この帯域通過領域122内のm/z値をもつイオンは輸送されやすいが、一方帯域通過領域122の外側のイオンは排除されやすい。ピークすなわち領域122の左端124が低質量カットオフであり、一方右端126がここでは高質量カットオフになっている。
【0032】
他のイオンと反応して干渉を形成するかもしれないイオンであっても、通過帯域122の限界外にあるイオンは排除されることが図5bを参照して理解されるであろう。従って干渉を生じるような反応シーケンスは妨げられ、遮断されるが、一方分析されるべきイオンであって、所望の通過m/z値窓にあるイオンは分析のために輸送される。
【0033】
図5のスペクトルは図4のスペクトルに比較して、上述の理由により、干渉が大きく低減されているが、衝突セル41へのDCの印加は、例えばイオンをセルから散乱させることにより、損失を生じる効果を与え得ることに注意しなければならない。このような損失は、q値を変えずに、できるだけ低いDC電圧を印加することにより低減できる。図6は、図5と同じ試料を用いているが、供給RFは1.2MHz,(ピーク間)205ボルトRFとし、また分解DCを8ボルトまで下げて得られた2つの質量スペクトル130,132を示す。このRF及びDC値は、m/z=56で定めて、q=0.716及びa=0.056を与える。上記q及びa条件下では、47<m/z<280であるようなm/zを有するイオンが無衝突条件下で安定である。上記条件は衝突セル41での分解能が図5で与えられる分解能よりも若干低くなる(通過帯域が広くなる)ことに相当するが、かなり強度の大きくなった検体イオン信号(スペクトル130)を、おそらく若干大きくなった干渉イオン信号とともに与える。
【0034】
DDIW試料で観測されるスペクトル132のほとんどは、イオン信号比からわかるように、明らかに洗浄不足による先行試料からの残留Mn,Fe及びCoから生じたものであることに注意しなければならない。図5及び図6のいずれにおいても主検体試料は検体イオン(Mn,Fe,Co)を100ppbしか含んでおらず、さらにDDIW試料は100ppbよりはるかに少ない検体しか含んでいないことから、用いた方法及び装置の感度が高いことは明らかであろう。
【0035】
図5a,5bに関して示した方法において、帯域通過すなわちイオン輸送窓の低質量端は主として衝突セル41に印加されるRF振幅及び周波数により定まり、一方帯域通過の高質量端は主に印加DC電圧により定まることがわかるであろう。その目的は高分解能を得ることではもちろんなく(実際上衝突セル内圧力では高分解能は一般に達成されない)、むしろ干渉イオンの中間体(前駆体)が同重のまたは同様の干渉を生じる機会を得る前にこれらを除去することである。
【0036】
好ましい反応ガスとしてアンモニアを(比較的安定なNH4+を形成するので)示したが、関与する試料の特有の化学的性質に依存して別の反応ガスを用いることもできる。さらに、衝突セル内圧力もやはり(一部は関与する化学種及びその化学的性質に依存する)目的に応じて変わり得る。好ましい圧力範囲は5から30mTorr(3990mPa)であるが、衝突セル内の圧力は、やはり関与する特有の化学的性質及び検体に依存して、1から100mTorr(133から13300mPa)の範囲、あるいはさらに広い範囲で変わり得る。
【0037】
選択される帯域通過窓の幅も、それぞれの特定の場合に関与する化学種及びその化学的性質に応じて選ばれる。窓帯域幅は、観測されるべき所望のイオンの質量、用いられる衝突セルの形式、及びそれら自体であるいは引き続く反応により同重干渉を生じ得る干渉イオンの質量に依存する。排除されるべきイオンの全てが観測されるべきイオンより質量が小さければ、低質量カットオフが適切に設定された、RF単独動作で十分であろう。(より一般的にみられるように)除かれるべきイオンに観測されるべきイオンより高い質量と低い質量をもつもののいずれもがある場合は、低質量及び高質量カットオフを有する帯域通過窓が望ましい。
【0038】
図5bに関して説明した帯域通過窓122は通常の分解RF及びDC印加によりつくられるとして示したが、帯域通過窓122はその他の様々な方法でつくることができる。例えば帯域通過窓はフィルタリングされた雑音電場を衝突セルに与えることによりつくることができる。ここでフィルタリングされた雑音電場は、輸送がおこるべき帯域通過窓に対応する周波数を除く全有意周波数における周波数成分を含んでいる。対象としている帯域通過の外側のm/z値をもつイオンは、よく知られているように、フィルタリングされた雑音電場からエネルギーを得て、排除される。対象とするm/z値の外側のイオンの除去のためにフィルタリングされた雑音電場(FNF)を用いることは周知であり、例えばラングミュア(Langmuir)等の米国特許第3,065,640号を含む、いくつかの米国特許に記述されている。図1にはFNF源134が点線で示されている。
【0039】
実質的に帯域通過窓をつくる利用可能な方法は他にもある。例えば干渉イオンの前駆体を除くために電源56からのRF及びDCを急速にノッチすなわち通過帯域まで、次いでこのノッチすなわち通過帯域の上まで、連続的に上げてゆくことによるノッチフィルタ法を例えば用いることができる。
【0040】
帯域通過窓122内のm/z値を有するイオンが衝突セル41を通して輸送され、次いで通常は狭い輸送ピーク138をもつ分解分光計66に入り、対象としているイオンが分解されるという、図6aに示される結果が得られる。前述したように、分解分光計66は四重極またはその他の多重極であってよく、あるいは飛行時間型質量分光計、扇形質量分離器、またはその他のいかなる形式の質量分析器であってもよい。
【0041】
次に10ppbのK及びCaを含有する試料を用いて得られた質量スペクトル140並びに蒸留脱イオン水を用いて得られた第2の質量スペクトル142を示す図7を参照する。図7の質量スペクトルは、衝突ガスとしてアンモニアを用い、1.2MHz,135ボルトRF(p−p)で衝突セルを作動させ、分解DCを10ボルトとして、図5と同様にして得られた。このRF及びDC電圧は、m/z=40で定めてq=0.660及びa=0.098を与える。上記q及びa条件下では、33<m/z<90であるようなm/zを有するイオンが無衝突条件下で安定である。
【0042】
図7において、質量が40のカルシウムが背景信号よりはるかに大きくなっていることがわかるであろう。K39及びK40も実験室環境のカリウム汚染より十分大きい(プラズマを比較的低温にして作動させることにより、1兆分の30(30ppt)までのカルシウムを検出できるが、非常に干渉を受けやすいことを発明者等は見いだしたことを記しておく)。図7において、また図示される他の質量スペクトルに対しても、標準的な高温プラズマを使用した。例えば図7において、検出限界は数pptという小ささであった。
【0043】
図8は、10ppbのNaを含有する試料で得られた質量スペクトル144及びDDIWを用いて得られたもう1つのスペクトル146を示す。反応性衝突ガスとしてやはりアンモニアを用い、分解DCを11.9ボルトとして、1.68MHz,139ボルトRF(p−p)で、衝突セルを作動させている。これらのRF及びDC電圧は、m/z=23で定めてq=0.603及びa=0.103を与える。このq及びa条件下では、17<m/z<40であるようなm/zを有するイオンが非衝突条件下で安定である。
【0044】
上部のトレースすなわちスペクトル144は、m/z=23で明瞭に分解されたNaを示している。Na近傍の背景信号は大きく抑えられ、事実上干渉を受けることなくNaを測定できる。DDIW試料から得られた残留信号から、不十分な洗浄のため、やはり先行試料によるかなりの汚染があることは明らかである。
【0045】
次いで、1つは1ppbのLi試料で得られたスペクトル148であり、もう1つはDDIWを用いて得られたスペクトル150である、2つの質量スペクトルを示す図9を参照する。この場合には、反応性衝突ガスは加えていなかった。従って衝突セルにはそこに侵入したプラズマガスしか含まれていなかった。この場合、分解DCを3.1ボルトとして1.68MHz,39ボルトRF(p−p)で衝突セルを作動させた。これらのRF及びDC電圧は、m/z=7で定めてq=0.556及びa=0.088を与える。このq及びa条件下では、5<m/z<12であるようなm/zを有するイオンが無衝突条件下で安定である。m/z=7のLi近傍の背景信号がかなり抑えられており、事実上干渉を受けることなくLiを測定できることがわかるであろう。蒸留脱イオン水試料における残留信号から、不十分な洗浄のため、やはり先行Li試料によるかなりの汚染があることは明らかである。
【0046】
図10は、試料として100ppbのLiを用いて得られた2つの質量スペクトル152,154を示す。上部のトレース152は、衝突ガスを加えていない(よって衝突セル41には衝突セルに侵入したプラズマガスしか含まれていない)図9に示した状況に対応し、リチウムに対する大きなピーク156を示す。下部のトレース154はセルに反応性衝突ガスを加えた場合(ここではNH3で、セル内圧力は約20mTorr(266mPa)になっている)に対応している。反応性衝突ガスを加えたことにより、明らかに散乱損失のため、Li検体信号が(衝突ガスがない場合の)ピーク156から(反応性ガスを用いた場合の)ピーク158まで抑えられたことがわかるであろう。
【0047】
図11は、やはり100ppbのLiを含有する試料を用いた2つの質量スペクトル160,162を示す。質量スペクトル160,162のいずれについても、衝突ガスを加えずに、1.68MHz,39ボルトRF(p−p)で衝突セルを動作させたが、トレース162については分解DCを印加せず、一方トレース160については(極間)3.1ボルトDCを印加した。3.1ボルトの分解DCを印加して得たスペクトル160はかなり良く分解されて、非スペクトル性背景が低減されている。分解がかなり悪く、もちあげられた非スペクトル性背景164をもつスペクトル162は、分解DCを用いずに得られた。
【0048】
Ar+は、(検出器に衝突することにより)直接的にあるいは(検出器に打ち当たる光子を放出することにより)間接的に背景信号をつくりだす、Ar+*及びAr*を含む準安定イオン及び中性種を生成することにより、連続背景に寄与し得ることに注意しなければならない。背景信号源が(マスフィルタには影響されない)準安定中性種であれば、背景は連続体となるであろう。図11において、衝突セルへの分解DCの印加により作られた帯域通過がアルゴンイオンを除去し、よって準安定アルゴンからの干渉を低減している。
【0049】
図12は2つの質量スペクトル166,168を示す。第1の質量スペクトル166は、それぞれ1ppbのTi,Cr,Mn,Fe,Ni,Cu,Zn及びAsを、図の質量スペクトル範囲の外側のm/z値を有するその他の検体種とともに含有する試料を用いて得られた。第2のスペクトル168はDDIWを用いて得られた。いずれの場合にも衝突ガスは用いられず、よって衝突セルには約1mTorr(133mPa)の圧力のプラズマガスしか含まれていない(これは、衝突セルが分解質量分光計へのイオン注入器として用いられるときの一般的条件である)。いずれの場合にも、周波数1.586MHz,VRF=200ボルトp−pのRFが単独(DC無)で印加されている。上記q及びa条件下では、m/z>25amu(原子質量単位)のm/z値を有するイオンが無衝突条件下で安定である。いずれのスペクトルにおいても、主として衝突セル内での反応から生じたスペクトル性背景により、検体信号が隠されている。
【0050】
図13は、図12の試料と同じ試料を用い、やはり衝突ガスを用いずに(よって図12の場合と同様にセルにはプラズマガスしか含まれていない)得られた2つのスペクトル170,172を示す。しかしここでは、VDC=14.5ボルトの分解DC電圧が衝突セルに印加されている。RFは1.194MHz,VRF=200ボルトp−pであり、m/z=56で定めてq=0.7及びa=0.1を与える。このq及びa条件下では、49<m/z<138であるようなm/zを有するイオンが無衝突条件下で安定である。
【0051】
DCを印加してm/z=56近くに帯域通過窓をつくることによりスペクトル性背景が非常に大きく低下し、よって今では試料信号を観測できることがわかるであろう。質量56の酸化アルゴンは除去されなかったが、有機同重干渉による成分は除去された。
【0052】
図14は、図12と同じ試料を再び用いているが、ここでは反応性衝突セルがNH3で約30mTorr(3990mPa)の圧力まで加圧されている。分解DCは印加されていない。1.586MHz,VRF=200ボルトのRFが印加され、q=0.4及びa=0を与える。このq及びa条件下では、m/z>25amuのm/z値を有するイオンが無衝突条件下で安定である。図12で見られたスペクトル性背景信号が抑えられ、検体信号は図12に比較して強められていることがわかるであろう。
【0053】
図15は、図14の条件と同じ(反応性衝突ガスにやはりNH3を用いた)条件下であるが、(1.194MHz,VRF=200ボルトのRFを用いて)qをq=0.7まで上げ、a=0(DC無)で得られた、2つのスペクトル178,180を示す。このq及びa条件下では、m/z>44amuのm/z値を有するイオンが無衝突条件下で安定である。この場合、スペクトル178においては背景が大きく低下しており、これは明らかにqが大きくなり低質量カットオフが高質量側にシフトして、干渉イオンを生成し得る中間イオンが除去されたためであることがわかるであろう。
【0054】
図16は、図15の試料と同じ試料を用い、低電圧の分解DCが印加されている(当然“a”がゼロから有限値に増加する)ことを除いて図15と同じ条件下で得られた2つの質量スペクトル182,184を示す。図15の場合と同様にRFは1.194MHz,VRF=200ボルトであるが、14.5ボルトDCが印加されて、q=0.7及びa=0.1を与える。このq及びa条件下では、49<m/z<138であるようなm/zを有するイオンが無衝突条件下で安定である。この場合、いくつかの干渉イオンを排除する高質量カットオフの結果として、検体信号の背景信号に対する比をある程度改善できた。
【0055】
図17は、それぞれ1ppbのNa,Mg及びAlを(図の質量スペクトル範囲の外側のm/zを有するその他の検体種とともに)含有する試料について、代表的な衝突セル条件下で図1の装置を用いて得られた質量スペクトル186を示す。図17はまた、同じ条件下ではあるがDDIWを用いて得られた第2の質量スペクトル188も示す。図17で用いた代表的衝突セル条件においては、q=0.4(RFは2.28MHz,VRF=200ボルトp−p)であり、一方でa=0であった。このq及びa条件下では、m/z>12amuのm/zを有するイオンが無衝突条件下で安定である。He中に40%のH2を含む混合衝突ガスを約10mTorr(1330mPa)の衝突ガス圧で用いた。m/z=27における大きな同重干渉がm/z=27のAlの測定を妨げていることがわかるであろう。通常の衝突セルではこれが一般的である。
【0056】
図18は、図17の質量スペクトルにそれぞれ対応する、qをq=0.57まで上げたことを除いて図17と同じ条件下でとられた2つのスペクトル190,192を示す。この場合、印加RFは1.91MHz,VRF=200ボルトp−pであり、a=0である。このq及びa条件下では、m/z>17amuのm/zを有するイオンが無衝突条件下で安定である。同じくHe中に40%のH2を含む衝突ガスを用いた。この場合、qの増大がm/z=27の背景信号を十分には抑えていないことがわかるであろう。
【0057】
図19は、図17及び18のスペクトルにそれぞれ対応し、同じ試料を用い、図18と同じqを与えているが、この場合は(アルミニウムに対する)m/z=27で定めてq=0.57及びa=0.08となるような分解DCを印加した2つの質量スペクトル194,196を示す。印加RFは同じく1.91MHz,VRF=200ボルトp−pであるが、14.25ボルトの分解DCを印加している。このq及びa条件下では、19<m/z<55であるようなm/zを有するイオンが無衝突条件下で安定である。
【0058】
図19より、分解DC成分の印加によりm/z=27における背景信号はかなり抑えられるが、一方Al検体について得られる正味の信号は影響されていないことがわかるであろう。この結果はAl測定能力における大きな改善であった。この場合、帯域通過窓の高質量カットオフが明らかに同重干渉を取り除いた。
【0059】
上述した実施の形態においては、分析器66からのイオンが分析のために検出されるとしていた。しかし必要であれば、これらのイオンをさらに様々なプロセスにかけることができる。例えば、分析器66により選択されたイオンが図20(プライムの付けられた参照数字は図1に対応する部品を示す)に200で示される通常の衝突セルに導かれ、そこで開裂して娘イオンを形成し(あるいはそこで反応して生成イオンを形成し)、次いで別の分析器202を通過した後に、最終的に検出されて分析される。
【0060】
さらに、必要であれば、質量分析器66’を除去し、(用いられる検体に応じて)イオンの選択を帯域通過衝突セル41’に行わせることもできる。例えば、問題にしている検体が2つのイオンしか生成せず、そのうちの1つが対象とするイオンであり、残る1つが干渉イオンあるいは干渉イオンの前駆体であれば、セル41’を用いてこの干渉イオンあるいは干渉イオンの前駆体を取り除くことができる。この場合、反応性衝突セル41’からの対象とするイオンは開裂のために直接通常の衝突セル200に輸送され、開裂後娘イオンは図1の場合と同様に(多重極として図示されているが、もちろんいかなる種類の分析器であってもよい)分析器202で分析される。
【0061】
さらに、2重プライムが付けられた参照数字が図1及び20と対応する部品を示す図21を参照する。図からわかるように、図21は分析のために(必要であれば(図示されていない)セル41のようなイオン輸送器が前にあってもよい)分解質量分光計Q1にイオン流を供給する通常のイオン源12”を示す。分解分光計Q1は対象とする親イオンを選択し、選択された親イオンは次いでガス源210から衝突ガスが供給される標準の衝突セルQ2に注入される。分析器Q1,Q2は四重極質量分光計が一般的であるが必ずしもこれである必要はない。
【0062】
分析器Q1を通して輸送された親イオンは、衝突セルQ2において開裂して娘イオンを形成し、次いでこの娘イオンが検出器74”による検出及びコンピュータ76”による分析のため、通常の飛行時間(TOF)型質量分光計212に注入される。
【0063】
よく知られているように、TOF型質量分光計においてはイオンはパルスとして分析管216内に注入され、検出器74”に到達するまでの飛行時間がそれぞれ異なる。重いイオンほど軽いイオンより分析管を通って進む速度が遅い。次のイオンパルスを分析管内に導入できるようになるまでには、最も速度の遅いイオンが分析管を通って検出器74”まで通過するに十分な時間をかけなければならないことが、TOF型質量分析器のデューティサイクル限界の1つである。このことは、第1のパルスの最も重いイオンの飛行時間が第2のパルスの最も軽いイオンの飛行時間と重なり合わないようにするために必要である。
【0064】
本発明に従えば、分析管216内に導入されるイオン質量範囲の上限を制限するために、衝突セルQ2を高質量カットオフにより定まる適切な帯域通過で作動させることができる。これにより、デューティサイクルを大きく改善することができる。(これに限定するつもりはない)例として、衝突セルQ2でつくられる最重娘イオンのm/z値が2,000amuであり、高質量カットオフがm/z=200amuを限界にしていれば、TOF212のデューティサイクルは1/10に短縮でき、これは極めて実質的な改善である。
【0065】
主としてRFにより定まる安定限界で与えられる衝突セルQ2の低質量カットオフは、同様ではあるがおそらくそれほど重要ではない改善をデューティサイクルに与えるであろう。
【0066】
本用途に対しては、衝突セルQ2を衝突ガスを用いるかあるいは用いないで作動させ得ることに気づくであろう。衝突ガスを用いないで作動させる場合、衝突セルQ2は実質的に、輸送されるイオンを選択された通過帯域内のm/z値範囲に制限するイオン輸送器として機能する。選択される通過帯域の幅は関与する特定の化学種及びその化学的性質に依存するであろう。
【0067】
前述したように、衝突セルQ2の通過帯域は、適切なRF及びDC電圧の印加によるか、フィルタリングされた雑音電場(FNF)の使用によるか、ノッチフィルタリングによるか、あるいはその他の適切な手段により定めることができることにも気づくであろう。
【0068】
本発明に従うイオン輸送器で、通過帯域を設定するために、RF及びDC電圧が用いられる場合、DC電圧は通常の分析DC四重極に用いられる電圧より普通はかなり低い。通常の分析四重極においてDC電圧はa=0.234となるように設定されるのが普通である。本発明の帯域通過装置においては、必要な帯域通過特性は得ながらこの装置のイオン輸送能力を改善するために、比較的低いDC電圧を用いることが望ましい。一般に“a”は約0.15以下であり、(説明した例に示されるように)かなり小さくすることができる。
【0069】
低質量及び高質量カットオフの確定に用いられる特定の方法には関わらず、低質量及び高質量カットオフ間の通過帯域幅は用途に応じて変えることができる。例えば、通過帯域幅は図6に関する233amuという大きい値から図9に関する7amuという小さい値まで変わる。(低質量及び高質量カットオフがある)通過帯域の幅は、装置がRF単独モードで動作する場合に輸送し得る質量範囲より必ず狭いが、装置が通常の分解モードで(ほとんどの装置が今では約1amuないしそれ以下まで分解できる、安定度図の頂点において)作動する場合に輸送され得る質量範囲よりは広い。
【0070】
DCは電源56内の通常のDC源を用いて四重極34のロッドに印加されるとしていたが、実際上DCは所望のいかなる方法でも供給できる。例えば、図22に示されるように電源300は、RF周波数で、0.5から大きくとも小さくともよい可変デューティサイクルを有する方形波302を発生する、方形波発生器とすることができる。デューティサイクルを(例えば正側パルスが負側パルスより広くなるように)0.5からずらすことは平均DC電圧の印加と等価であり、低DC電圧の使用に関して前述した利点が得られる。
【0071】
多くの場合には、四重極34のような反応性衝突セルを必要とせずまた反応性衝突セルにより装置を複雑にすることなく、検体を有用なレベルで容易に測定できることにも気づくであろう。実際に、たとえ衝突ガスを加えなくとも、衝突セルの存在によりある検体の測定が困難になる場合がある。すなわち、反応性衝突セル34をAC単独のプレフィルタモードに変換することが望ましく、また分析の途中でそうすることが望ましい、作動モードがある。以下の説明では本発明の上記態様を扱う。
【0072】
さらに詳しくは、反応性衝突セル34は普通、圧力の異なる2つの真空チャンバー間の(例えば、図1のチャンバ28内におかれた反応性衝突セル34への入口及び図1のチャンバ60への出口をもつ)インタフェースとしての位置におかれる。衝突セルに衝突ガスが(例えば導管44を通して)加えられなければ、衝突セル内の圧力はチャンバ28と60の圧力の中間値となるであろう。本明細書で前記したようにこのような条件下でセル34に含まれるガスは高圧側チャンバ、例えばチャンバ28にあるガスである。このガスは主としてスキマーオリフィス22を通るプラズマ流から得られる。このプラズマガスには、ある種の検体イオンに反応する成分(例えば、O,H,NO,H2 O等)が含まれていることがある。さらにプラズマガスは主として、前述したように、Ar+ のようなエネルギーをもつイオンとの衝突による準安定中性種への励起のためにもちあげられた連続(非スペクトル性)背景に寄与し得る、(アルゴンICP(誘導結合プラズマ)用の)Arからなる。
【0073】
上記状況下においては、衝突セル34内圧力は衝突セルの入口及び出口アパーチャの直径に比例するであろう。低圧チャンバ(例えばチャンバ60)に導くアパーチャの直径が高圧チャンバ(例えばチャンバ28)に開口するアパーチャの直径よりかなり大きくない限り、衝突セル内はかなりの化学反応を促進するに十分な圧力になり得る。このような反応は、プラズマガス成分のイオン化による、あるいはセル内の汚染分子との反応による、スペクトル性干渉を形成し得る。さらに、ある種の検体イオンはセル内に含まれるプラズマガスと反応して、これらの反応性検体イオンに対する検体信号損失を生じることもある。従って、衝突ガスを加えない場合であってさえ、ある種の分析環境においては、衝突セルの作動によりもちあげられた背景(非スペクトル性)及び大きなスペクトル性背景が生じ、またおそらくある種の検体の信号損失が生じ得る。
【0074】
すなわち、衝突ガスが衝突セルに加えられない場合であっても、衝突ガスが用いられていない衝突セル内の圧力を低めるために、衝突セル34を高真空チャンバ(例えばチャンバ60)側に通気することが望ましい状況があり得る。衝突セルを高真空チャンバ側に十分通気することにより、新規のスペクトル性背景は低減できるかあるいは排除できる。これを達成するには、衝突セルの出口アパーチャ直径を大きくすることによるのが最も簡便であろう。しかし衝突セルは、プレフィルタが使用されない場合には、プレフィルタ多重極64または分析多重極66とは異なるRF周波数または実質的に異なるRF振幅で作動することもある。拡張された出口アパーチャ直径が十分大きく、衝突セル多重極がプレフィルタまたは分析多重極と容量結合し得る場合には、この容量結合を防ぐための手段が与えられなければならない。
【0075】
容量結合を低減する1つの方法は、衝突セル34と後続の多重極(例えば多重極64または66)との間に適切な寸法の導電性メッシュフィルタを入れることである。しかし出口アパーチャ直径が大きいと、連続(非スペクトル性)背景信号の増加が見られる。この上昇した背景信号は、衝突セルの出口面を少なくとも部分的に遮断することにより低減ないし排除できることがわかった。これは、衝突セル(例えば四重極34)とプレフィルタ64との間の軸上に、ワッシャータイプのアパーチャ板を装着することにより簡便に達成できる。図23に示されるように、衝突セル34をプレフィルタ64から隔離するためにメッシュ材304を用いるならば、ワッシャータイプのアパーチャ板306をメッシュ材304に付けることができる。このワッシャータイプアパーチャ板306は中心に小開口308を有し、衝突セル34の軸近傍を進むイオンを通過させることができる。アパーチャ板306の外径が、連続背景信号を低減するには十分大きいが、アパーチャ板の周りから、すなわちメッシュ材304を通して、衝突セルを有効に排気するには十分小さければ、得られるスペクトルは、さもなければ圧力が高くなるために衝突セル内で発生するはずの連続(非スペクトル性)干渉及び、またスペクトル性干渉からもほとんど免れることができる。
【0076】
図23において、絶縁用メッシュ材304の外径は衝突セル34を納めるケーシング36の直径に等しいか、それより大きいことが望ましい。ワッシャータイプアパーチャ板306の外径は多重極衝突セル34の内接円直径にほぼ等しいか、若干大きい。アパーチャ板306の開口308の内径は、連続背景を低く保ちながら、セル34からイオンを十分に輸送できるに十分な大きさである。
【0077】
加圧動作に用いられる全面アパーチャ板を装着したままで衝突セル34に径方向通気を与える、別の実施の形態が図24に示されている。図24の実施の形態において、ケーシング36とチャンバ60との間の壁となるアパーチャ板が320で示され、このアパーチャ板は通常の開口40をもつ。通気は、ケーシング36の出口端に、フランジ326,338により定まるスロット325内で回転可能な一対の環322,324を備えることにより得られる。環322,324はそれぞれ穴すなわち開口330,332を含む。これらの環はスロット325内で回転できるように取り付けられているから、これらの環を回転させ、よって図24に示されるように一対の環のそれぞれにある穴の位置を合わせることにより、通気を得ることができる。セルは、それぞれの環の穴が互いに遮られるように環322,324を回転し、次いで衝突ガスをセルに加えることにより、加圧動作に切り換えることができる。
【0078】
図24の実施の形態の使用においては、必要なときに衝突セルが高真空チャンバに適切に通気されるように、開口330,332が必ず高真空チャンバ60内におかれることは当然である。
【0079】
必要なときに衝突セル34の通気調節を可能にする1つの方法が、一対の回転同心環を使用することにより得られるが、このような通気は他の方法でも達成できる。例えば、通気穴330をもつ内環332のみを残し、この環の周りに(図示していない)板金のバンドを巻くこともできる。このバンドを強く締めるとバンドが内環の穴を封じ、バンドを緩めると穴が開いて高真空チャンバ60と通気する。
【0080】
その他の適切な手段も、衝突セル34を衝突セルとしては用いずAC単独プレフィルタとして用いることが必要な場合に、衝突セル34を衝突セルに続く高真空チャンバに選択的に通気するために用いることができる。
【0081】
本発明のまた別の態様は化学的背景雑音の最小化に関する。衝突セル内のイオンは、印加RF振幅に比例する量の運動エネルギーを獲得することに注目する。代表的な実験構成においては、200ボルトRFのRF振幅がほぼ0.3eVの実効運動エネルギー増分をイオンに与える。イオンの運動エネルギーが増加すると、(吸熱イオン−分子反応、すなわち生成イオンが反応イオンより大きなエネルギーをもつ反応は一般に進行しないかあるいは低速で進行することに注意して)吸熱または近吸熱であるか、あるいは活性障壁が高いか、さもなければ妨げられている、イオン−分子反応が促進され得る。
【0082】
このような吸熱反応は、進行すれば、さらに生成イオンがつくられるために、化学的(スペクトル性)背景を増加させ得る。従って、RF振幅を小さく、例えば500ボルトより低く保つことは、スペクトル性(化学的)背景の最小化に役立つ。RF振幅は150ないし200ボルトピーク間(本明細書で示されるRF電圧は全てピーク間値である)、あるいはさらに小さく保つことが望ましい。
【0083】
しかし、RF振幅を500ボルトあるいはさらに高く調節することに利点がある場合があることもわかるであろう。RF振幅を大きくするとイオンの運動エネルギーが増加して、そうでなければ妨げられていた反応が促進されるが、公称質量は等しいが熱化学的性質は異なる2つのイオンを弁別したい場合には、これが利点となり得る。
【0084】
例えば、対応する中性種が、相異なり、反応性衝突ガスのイオン化ポテンシャルより小さいイオン化ポテンシャルを有する、2つのイオンを考える。このような状況の例としてイオンS+及びO2+を考える。それぞれのイオンに対応する中性種のイオン化ポテンシャルは(Sについて)10.4eV、また(O2について)12.063eVである。電荷交換は吸熱的であるため、イオン化ポテンシャルが12.6eVをもつ(考え得る反応性衝突ガスの1つである)CH4と上記イオンのいずれかが電荷交換により反応することは、通常は期待できない。しかし、上記イオンにさらに0.6eVを与えるに十分なまでにRF振幅が大きくなれば、O2+イオン(m/z=32)はCH4分子と反応し、CH4分子をCH4+(m/z=16)に転化してO2分子となり、従って、S+のCH4との反応は吸熱的の(よって妨げられている)ままであるから、S+(m/z=32)に対する干渉は取り除かれる。RF振幅の調節により同重イオンを弁別する(すなわち識別する)可能性については、多くの実例が心に浮かぶであろう。
【0085】
本発明のまた別の態様は、交互安定領域における四重極質量分析器の動作にともなう問題を軽減するための衝突セル34の動作に関する。よく知られているように、四重極質量分析器は第2安定領域で作動させることができ、実際には無限個の安定領域が存在する。図25は四重極マスフィルタについての、様々な“x”及び“y”方向における同時安定領域に関する周知のマシュー安定度図を示す。領域I,II,III,π1及びπ2は全て安定領域である。領域Iはほとんどの四重極マスフィルタが動作している第1安定領域であり、図1に示した安定領域である。第2安定領域のより詳細な図が図26に示されている。第2安定領域は非常に小さく、0から0.03の間の“a”値及び約7.51から7.58の間の“q”値に対応していることがわかるであろう(図26の破線は等β線であり、無視してよい)。よく知られているように、所望の安定領域は(印加RF及びDC電圧並びにRF周波数を設定することにより)“a”及び“q”を適切に設定することによって選ばれる。
【0086】
図26に示される第2安定領域における動作により高質量分解能を得る機会が得られるが、“エイリアシング”として知られる問題を生じることも周知である。このエイリアシング問題とは、第2安定領域において分析されるm/z値のほぼ9倍の重さのm/z値を有するイオンも、これらのイオンの“q”値が同じマスフィルタの第1安定領域における安定値に対応するために、マスフィルタ内で安定であることである。エイリアシング問題は、セル34のような、第1安定領域帯域通過衝突セルを第2領域四重極マスフィルタと組み合せることにより軽減できる。例えば図1のような実施の形態において、セル34を第1安定領域で作動させ、図1のマスフィルタ66は第2安定領域で動作させるとする。第1安定領域における帯域通過衝突セル34の動作は、第2領域四重極66の前であっても後であっても、(衝突セルに非ゼロの“a”を与えることにより達成される)通過帯域を対象とするm/zより重いイオンを除去するように設定できるから、エイリアシング問題を軽減する。すなわち、上記イオンがエイリアス信号として現れることはない。衝突セル内の対象とするm/zのほぼ9倍をこえるm/zを有するイオンを除去することしか必要ではないから、通過帯域が非常に広くともこの手法を実行し得る。衝突セル及び第2領域マスフィルタが直列で(さらに別の素子が検出器との間に組み合わされていてもいなくとも、検出器と直列で)ある限り、上記利点を達成する上で衝突セルと第2領域マスフィルタとの相対位置または順序は問題にはならない。
【0087】
第2の利点は、上述した種類の第1安定領域衝突セルを第2領域四重極の前においたときに、ICPMS(誘導結合プラズマ質量分光計)の場合には、Ar+が衝突セル内で除去されることから連続背景信号を低減できることにより得られる。本明細書で前述したように、Ar+は、Ar+*及びAr*を含む準安定なイオン及び中性種(すなわち、分析に影響を与えるに十分な時間励起状態にある1つ以上の電子をもつイオン及び中性種)を生成することにより、連続背景に寄与し得る。Ar+*またはAr*は(検出器に衝突することにより)直接的に、また(検出器に打ち当たる光子を放出することにより)間接的に背景信号をつくりだすことができる。この背景は、背景信号源が(マスフィルタに影響されない)準安定中性種であれば、連続になる。連続背景への上記寄与は、Ar+イオンが加速されていれば、準安定Ar*に関する“出現ポテンシャル”(すなわちAr*が出現し始めるポテンシャル)が15eV程度であるため、さらに重大になる。
【0088】
第2領域マスフィルタは一般に20eV程度のイオンエネルギーで動作し、第2領域マスフィルタの前にあるイオン光学系全体にわたってイオンエネルギーをこのレベルより高く保つことが有利である。このことは、準安定Ar*起因背景問題が第1安定領域質量分析器よりも第2安定領域質量分析器に対して厳しいことを意味する。しかし、連続背景信号は反応性衝突セル内でAr+イオンを排除することにより減衰させることができる。Ar+イオンがセルから除去されれば、Ar+イオンは準安定中性種の生成にあずかることはできない。さらに、Ar+の排除前に生成された準安定中性種はセル内での衝突ガスとの衝突により消滅すると考えられる。
【0089】
帯域通過衝突セルがAr+イオンの排除により背景信号を軽減する機構は少なくとも2つある。その第1は(前述したように)Ar+と反応する適切な反応ガスの選択による。第2は、たとえ衝突ガスを意識的に加えなくともAr+を除去する帯域通過モードでセルを作動させ得ることである。これは通過帯域にAr+が含まれていない場合に有効であり、よって質量分析器が、例えば図8に示したように、Ar+から大きく離れたm/z値に設定されている状態で適している。第1安定領域衝突セルが第2安定領域質量分析器に結合されている場合には、衝突セルは(衝突ガスの有無に関わらず)低質量及び高質量カットオフの双方並びに第2領域質量分析器に輸送されるm/zを含む通過帯域をもって作動し得るから、上記の構成には重要な価値がある。
【0090】
衝突セルが高質量カットオフをもたず、また衝突セルの低質量カットオフが40amuより小さい質量に質量分析器が設定されていれば(これは衝突セルのqに依存する;例えば衝突セルのqが0.3であれば、質量分析器が0.908/0.3×40amu=120amuより小さい質量に設定されている場合に低質量カットオフは40amuより小さくなる)、Ar+はセルを通り、第2安定領域質量分析器に導く光学系に輸送され(そこでAr+はおそらく加速されてAr*及びAr+*の出現ポテンシャルよりエネルギーが高くなり)、よって連続背景は大きくなるであろう。一方、衝突セルが低質量カットオフ及び高質量カットオフの双方をもって作動すれば、セルを通り質量分析器の前にある光学系へのAr+輸送により大きくなる連続背景は、Ar+が衝突セルの通過帯域内にある場合にのみ得られるであろう。すなわち、上昇した連続背景は40amu近傍で(この近傍は帯域通過質量窓により定められる)分析する場合にのみ観測されることになる。すなわち、通常の低質量カットオフ衝突セルでは広い質量範囲にわたって(提示した例では、120amuより下の全質量に対して)連続背景が上昇されるが、低質量及び高質量カットオフをもつ帯域通過で作動する衝突セルは(質量範囲のほとんどにわたって帯域通過はAr+を排除するから)非常に狭い分析器質量窓にわたってのみ、上記の上昇した連続背景を示すであろう。
【0091】
質量分析器を第2安定領域より高次の安定領域で作動させる場合にも、適切な方法論をもって、同じ手法を用いることができる。
【0092】
本明細書では主として、プラズマイオン源を例に用いて、無機化学に関連して説明したが、本発明は有機分析に用いられる装置にも適用が可能である。
【0093】
本発明の好ましい実施の形態を説明したが、本発明の範囲内及び添付した請求の範囲内で種々の変更がなされ得ることは当然である。
【図面の簡単な説明】
【0094】
【図1−1】図1は、本発明に従う質量分析装置の概略図である。
【図1−2】図1Aは、四重極質量分光計の通常の安定度図である。
【図2】図2は、干渉が存在する代表的な質量スペクトルを示す。
【図3】図3は、質量干渉があり、また背景雑音がある別の代表的な質量スペクトルを示す。
【図4】図4は、本発明の特徴を用いて得られた質量スペクトルを示す。
【図5−1】図5は、本発明の特徴を用いて得られた2つの質量スペクトルを示す。
【図5−2】図5aは、イオン輸送率を縦軸にとり、m/z(及び“q”)を横軸にとって示したグラフである。
【図5−3】図5bは、イオン輸送率を縦軸にとり、m/z(並びに“q”及び“a”)を横軸にとって示した別のグラフである。
【図6−1】図6は、本発明の特徴を用いて得られた別の2つの質量スペクトルを示す。
【図6−2】図6aは、衝突セル及びその後の分析器の概略図であり、その下にそれぞれの通過帯域特性をグラフで示す。
【図7】図7は、本発明の特徴を用いて得られたまた別の2つの質量スペクトルを示す。
【図8】図8は、本発明の特徴を用いて得られたさらに別の2つの質量スペクトルを示す。
【図9】図9は、衝突ガスを用いずに得られた2つの質量スペクトルを示す。
【図10】図10は、一方は衝突ガスを用い、もう一方は衝突ガスを用いずに得られた、図9と同様の2つの質量スペクトルを示す。
【図11】図11は、衝突セルにDCを印加した場合としない場合で得られたさらに2つの質量スペクトルを示す。
【図12】図12は、一方は検体試料を用い、他方は脱イオン蒸留水を用い、さらにいずれも衝突ガスは用いていない、2つの質量スペクトルを示す。
【図13】図13は、図12とほぼ同様の条件下であるが衝突セルにDCを印加して得られた2つの質量スペクトルを示す。
【図14】図14は、図12と同様の条件下であるが衝突ガスを用いて得られた2つの質量スペクトルを示す。
【図15】図15は、図14と同様の条件下であるが相異なるqを用いて得られた2つの質量スペクトルである。
【図16】図16は、図15と同様の条件下であるが分解DCを印加して(また図13と同様であるが衝突ガスを用いて)得られた2つの質量スペクトルを示す。
【図17】図17は、アルミニウムについて得られた2つの質量スペクトルである。
【図18】図18は、図17と同様の条件下であるが、qを上げて得られた2つの質量スペクトルである。
【図19】図19は、分解DCが印加されていることを除き、図18と同様の条件下で得られた2つの質量スペクトルである。
【図20】図20は、図1の装置の変形の概略図である。
【図21】図21は、本発明に従って使用される別の質量分光計装置の概略図である。
【図22】図22は、交流電源及びこれにより生成される波形を示すブロック図である。
【図23】図23は、連続するセル間の容量結合を低減するために用いられるワッシャー及びメッシュを示す平面図である。
【図24】図24は、本発明の衝突セルからその後の真空チャンバへの通気のための集成装置を、一部を破断して示す透視図である。
【図25】図25は、相異なる安定領域に対するマスフィルタのマシュー(Mathieu)安定度図を示す。
【図26】図26は、第2の安定領域におけるマシュー安定度図を示す。
【技術分野】
【0001】
本発明は検体に関するイオン信号を同重及び非スペクトル性の干渉により生じるイオン信号から分解するための方法及び装置に関する。さらに詳しくは、本発明は通過帯域のm/z値を有するイオンを続いて行われる分析のために衝突セルのような装置を通して輸送することに関する。
【背景技術】
【0002】
質量分光においては、対象とする検体イオンが公称質量対電荷(m/z)値が同じイオンにより、すなわち用いられる質量分光計では検体イオンから分解できないm/z値を有するイオンにより、隠されるかあるいは干渉されることが普通である。これは同重またはスペクトル性干渉とよばれる。このような干渉は、例えばプラズマイオン源を用いるか、グロー放電イオン源を用いるか、エレクトロスプレーないしイオンスプレー源を用いる質量分析器を含む、多くの形式の質量分析器において普通に生じる。
【0003】
同重またはスペクトル性背景干渉は一般にプラズマ自体から生じ、代表的干渉イオンはAr+,ArO+,Ar2+,ArCl+,ArH+,ClO+及びMAr+(ここでMは試料マトリックス元素、すなわちイオンの集まりの内の優勢イオン種),MO+等である。このような干渉イオンはまた、(おそらくは、一部は真空中への膨張時のプラズマ冷却により、またサンプラーないしスキマーオリフィスとの干渉により)引出過程で、あるいはサンプラーまたはスキマーの縁に存在する運動量境界内で生じることもある。
【0004】
衝突セルにおける多原子イオンの開裂は、同重(スペクトル性)干渉をさらに引きおこすかあるいは強める。プラズマイオンと多重極装置あるいは衝突セルに用いられる衝突ガスとの反応もまた、衝突セルまたは真空チャンバから生じるかあるいは衝突ガス中の汚染物から生じる汚染種のイオン化のような、スペクトル性背景干渉を生じ得る。
【0005】
同重干渉問題の一解決法は質量分解能の高い質量分析器を使用することであると一般に考えられているが、この手法は必ずしも有効ではなく、また高分解能法に固有なイオン信号損失が付随することよっても制限を受ける。
【0006】
質量分析においてはまた、非スペクトル性干渉にも一般に遭遇する。このような干渉は通常準安定中性種から生じ、上昇した連続背景、すなわちある質量範囲にわたって(よって非スペクトル性である)上昇されている背景を生じる。この背景は装置の検出限界に悪影響を与える。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
よって、一態様における本発明の目的は同重及び非スペクトル性の干渉を、イオン信号損失を低減しながら効率的に、また必要であれば比較的高い分解能で、低減する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
すなわち本発明はその一態様において、試料イオンがイオン輸送器を通して輸送され、この試料イオンのいくらかは選ばれるべきイオンであり、その他の試料イオンはイオン輸送器内で反応して前記選択されるイオンと同重または非スペクトル性干渉を生じ得るイオンまたは準安定体を形成させる前駆イオンである、質量分光計装置の動作方法を提供することにあり、本方法は前記イオン輸送器を運転して前駆イオンの少なくともいくらかをイオン輸送器から排除し、よって上記の干渉を低減する工程を含む。
【0009】
別の態様において、本発明はイオンが衝突セルを通して分析質量分光計に輸送される質量分光計装置の動作方法を提供し、本方法は前記衝突セルにアンモニアを衝突ガスとして供給する工程を含む。
【0010】
また別の態様において、本発明はイオンがイオン輸送器内に注入され、この輸送器からのイオンが分析のために飛行時間型質量分光計に入れられる質量分光計装置の動作方法で、前記イオン輸送器を高質量カットオフをもつ帯域通過モードで運転して飛行時間型質量分光計に入るイオンの質量範囲を限定し、よって飛行時間型質量分光計のデューティサイクルを改善する工程を含む方法を提供する。
【0011】
さらに別の態様において、本発明は試料イオンを生成するイオン源、この試料イオン源を受け取る入口及び出口を有するイオン輸送器、並びにイオン輸送器の出口からのイオンを受け取るための分析質量分光計、反応ガス供給源、及び反応ガス供給源からの反応ガスをイオン輸送器の前記入口に送り、よってイオン輸送器に入るイオンがイオン輸送器内に進みながら反応ガスを通過するようにするための導管を有する質量分光計装置を提供する。
【0012】
本発明のさらなる目的及び利点は、添付図面とともになされる以下の説明により明らかになるであろう。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明に従う質量分光計装置10の概要を示す、図1をまず参照する。本質量分光計装置10にはイオン源12が含まれ、これは一般的には通常の誘導結合高周波プラズマ源、グロー放電源、あるいはその他周知のどのような形式のイオン源でもよい。このイオン源12は(必ずしもそうではないが)一般的には大気圧で作動し、サンプラー板16のオリフィス14を通して、イオン流をメカニカルポンプ20により例えば3Torr(399Pa)の圧力まで排気された第1の真空チャンバ18内に注入する。続いてこのイオンはスキマー板24のオリフィス22を通り、(メカニカルポンプ32によりバックアップされる)ターボポンプ30により例えば1mTorr(133mPa)の圧力まで排気された第2の真空チャンバ28内の所望のいずれかの通常のイオン光学系26を通って、多重極装置34内に進む。多重極装置34は四重極(すなわち4本のロッドを有する)が一般的であるが、八重極、六重極、あるいは他の多重極型であってもよい。
【0014】
四重極34は、イオンが四重極34に入り出て行くための入口及び出口アパーチャ38及び40を有する“ケーシング”36に収められている。四重極34及びケーシング36の複合体は衝突セル41と称される構造体を形成する。反応性衝突ガスは供給源42からケーシング36内部に供給される。図に示されるように、供給源42からの衝突ガスは導管44を通って流れ、オリフィス38を囲む環状開口46を通って流出して、カーテンをつくり、よってイオン源12からのガスのケーシング36への流入を少なくするかまたは妨げる。供給源42からの第2の導管48は、後に説明する目的のために、イオン流が四重極34に入る前に反応性衝突ガスがイオン流に向けられるように、オリフィス38の直前の位置50で終端する。位置50はオリフィス38の上流でイオン源12の下流であれば実際上どの位置であってもよい。
【0015】
四重極34は、RF単独装置として、すなわち低質量カットオフ帯域通過装置であるイオン輸送器として作動させてもよいが、(後に説明するように)低DC電圧を印加することもできる。これらの電圧は電源56から供給される。
【0016】
オリフィス40を通過する四重極34からのイオンは、やはりメカニカルポンプ32でバックアップされた高真空ターボポンプ62により排気された第3の真空チャンバ60に入る。これらのイオンはプレフィルタ64(一般にはRF単独短ロッド四重極)を通って(一般には四重極であるが、飛行時間型質量分光計、扇形質量分離器、イオントラップ等のような形式の異なる質量分析器であってもよい)質量分析器66に進む。四重極66にはRF及びDCが通常の方法で電源68から四重極ロッドに印加される。一般にプレフィルタ64は、通常通り、コンデンサC1により四重極66と容量結合され、よってプレフィルタ64用の別電源は必要とされない。
【0017】
四重極66からイオンはインターフェース板72のオリフィス70を通って検出器74に進み、そこでイオン信号が検出され分析及び表示のためにコンピュータ76に渡される。
【0018】
図1Aは通常の四重極質量分光計の標準的a/q安定度図を示す。パラメータa及びqがそれぞれ縦軸及び横軸にとられており:
8eU
a=------------
r02Ω2m
4eV
q=------------
r02Ω2m
である。ここでUはロッドに印加されるDC電圧、Vはロッドに印加されるRF電圧、r0 はロッド間内接円の半径、ΩはRF電圧の角周波数(ラジアン/秒)、またmはイオンの質量である。a/q図に示される安定限界の外側のa及びq値を有するイオンは、振動振幅が増加してロッド側に失われる。
【0019】
質量分光計66の場合のように、四重極質量分光計がAC及びDCの双方が印加される標準分解モードで作動していれば、質量分光計の動作線は通常前記安定度図の頂点80を通過する。ここでq=0.707及びa=0.234である。RF振幅及びDC電圧を連続的に上げてゆくにつれて、頂点80を通過して輸送されるイオンの質量は連続的に増加し、その他の質量のイオンは排除される。
【0020】
質量分光計がRF単独四重極すなわちイオン輸送器として作動する場合はDCは印加されず、四重極はq軸(a=0)上で作動する。q≦0.908(これはq軸上の点82に現れる)に相当する質量のイオンが輸送され、一方質量がより小さいイオンはロッド側に排除され、よって輸送されない。四重極より多い多重極についても同様の動作モードを定めることができるが、安定領域を明確に定めることは難しくなる。
【0021】
次にプラズマイオン源をもつ通常の(衝突セル41をもたない)質量分光計装置を用いて得られた、通常の質量スペクトル90を示す図2を参照する。0.1%のHNO3を試料に用いた。92で示される背景は比較的小さいことがわかるであろう。しかし、m/z=40,41,56及び80にある優勢イオン信号は、それぞれプラズマイオンAr+,ArH+,ArO+及びAr2+である。これらの信号は、Ca,K,Fe,及びSeから現れるはずの信号と干渉する(及び実際上完全に覆い隠す)。
【0022】
次いで、図1の装置を用いるが、四重極すなわち衝突セル34にはセル内に侵入するプラズマガスによる圧力のみがかかっている状態で得られた、質量スペクトル94を示す図3を参照する。セル圧力(すなわちケーシング36内部の圧力)は1mTorr(133mPa)程度であったと考えられる。分解質量分光計66との容量結合により、衝突セルにはRFのみが印加されていた。10億分の10(10ppb)のMg,Sc,Cu及びGeを図の質量スペクトル範囲の外側のm/z値を有するその他の検体種とともに含有する試料を用いた。装置は(四重極66にRF及びDCが印加される)標準の分析条件の下で作動させた。m/z=40,41,56及び80にある干渉は、主として図2に関して述べたプラズマイオンによるものである。衝突セル内の背景ガス及び汚染物のイオン化による非常に大きな化学的背景雑音96が存在して、その他の質量のほとんどを覆い隠している。
【0023】
次に、図3と同じ試料を用いたが、図1に関して説明した方法で衝突セルに加えられた(すなわち反応性衝突ガスが導管44を通してセル内部に加えられ、またセルの前面の位置50にも与えられた)反応性衝突ガス、特にアンモニア(NH3)を用いて得られた質量スペクトル98を示す図4を参照する。反応性衝突ガスの存在は、Ar+,ArH+,及びArO+のイオン信号を、反応性衝突ガスとの反応によるこれらのイオンの変換のため、劇的に低減する。しかしイオンNH4+,NO+,NH4+NH3による新しい干渉が見られ、さらにほとんどの質量においてかなりの大きさの背景干渉があり、微量元素分析を妨害している。
【0024】
次いで、用いた試料が異なり、また衝突セル34に低分解DC電圧(17.5ボルトDC)を印加したことを除いて、図4の場合と全く同様にして得られた2つの質量スペクトル100,102を示す図5を参照する。図5の上側のスペクトル100は100ppbのMn,Fe及びCoを含有する試料に対応する。下側のスペクトル102は蒸留脱イオン水(DDIW)試料で得られた。RFは電源56により1.5MHz,ピーク間(p−p)300ボルトRFを印加した。これらのRF及びDC電圧は、m/z=56でq=0.671及びa=0.078を与える。前記a及びq条件下では、45<m/z<163であるようなm/zを有するイオンが無衝突条件下で安定である。
【0025】
図5から、検体信号が図4に比較して4ないし5分の1に減少したが、背景干渉は104分の1に減少したことがわかるであろう。すなわち、(スペクトル性及び非スペクトル性干渉の双方を含む)背景干渉信号が事実上除去されて、Mn,Fe及びCoを実際上干渉を受けずに測定できることがわかるであろう。
【0026】
図5のスペクトルが図4に比較してこれだけ改善された理由は、Mn,Fe及びCoのような必要な元素は衝突ガス(NH3)と反応しないが、対象としている質量範囲で干渉をつくりだしていたはずの反応シーケンス中間体は排除されてしまったためであると考えられる。例えば、NH3は反応してNH4+を形成する。NH4+は比較的安定である(よって“終端”イオンである)が、(後に説明するように)衝突セル41の“帯域通過”領域の外側にあり、よって排除される。NH3はまたアルゴンイオンと反応してArH+を形成し、質量41にあるArH+は衝突セルの通過帯域(45<m/z<163)に近接しているが、ArH+は陽子転移により反応して(上述したように問題にはならない)NH4+を形成し、また中性であるから干渉を生じない、中性アルゴンを形成する。
【0027】
一般的には、衝突セル41内に(イオン源からのガス、例えばプラズマイオン源のアルゴンが含まれることもある)衝突ガスが存在する場合に、試料イオンが衝突セルに導入されたとき、ある試料イオンは衝突ガスと反応して新しいイオンを形成し、次いでこの新しいイオンが存在する有機汚染物と反応して同重干渉をさらに形成することがある。おこり得る反応シーケンスは様々であって複雑であり、完全にはわかっていない。しかし、反応シーケンスが必要なm/z値にある同重干渉を形成するイオンを生成する前に、前駆イオンまたは中間イオンを(すなわち反応シーケンスで形成されるいかなるイオンも)除くように衝突セル41を作動させれば装置の性能は大きく改善される。
【0028】
説明として、縦軸にイオン輸送率をとり横軸に質量をとってプロットしてある図5aを参照する。質量は横軸の右に向かって増加し、質量はqに反比例しているから、qは図5aの横軸の左に向かって増加する。
【0029】
通常の場合と同様に、図5aはq=0.908にステップ112を有する曲線110を示す。RF電圧振幅V及び周波数Ωは曲線110に合わせてあるとする。q≦0.908においては、質量が大きいほど安定であって輸送されやすいが、q>0.908においては(すなわち、ステップすなわちカットオフ112の左側では)、質量が小さくなるほど不安定になりやすく、排除されやすい。ある中間イオンが図5Aのq<0.908におけるm/z値“x”を偶然にもっていたとすると、曲線110a及びステップ112aに示されるように、低質量カットオフを右に(より高質量側に)シフトさせることにより、このイオンを排除することができる。このことは、RF電圧VまたはRF周波数Ωあるいはこれらの双方を調節することにより達成される。この調節は、(q=0.908にある)ステップ112aを“x”より大きなm/z値にシフトし、除かれなければ同重干渉を生じるはずの中間イオンを排除しやすくする。実際上、衝突セル41は干渉中間イオンを包含する除去帯域(q>0.908である低質量域)及びその他のイオンを全て包含する(衝突セル41の質量範囲の上限までの)通過帯域(q≦0.908である高質量域)をもって作動する。
【0030】
排除されるべき中間イオンが(よくあるように)観測されるべき所望の質量の上側と下側の両方に生じやすい場合には、図5に関して述べたように、所望の帯域通過を生じさせるために分解DCを印加することができる。このことが、イオン輸送率を縦軸にとり、m/zを、右に向かって増加するように、横軸にとって、RF電圧振幅及びDC電圧が固定されまたRF周波数も固定されているとして、プロットした図5bの曲線120に示されている(q及びaはm/zに反比例するから、q及びaはやはり横軸の左に向かって増加する)。
【0031】
図5bには、帯域通過領域すなわちピーク122が示されている。この帯域通過領域122内のm/z値をもつイオンは輸送されやすいが、一方帯域通過領域122の外側のイオンは排除されやすい。ピークすなわち領域122の左端124が低質量カットオフであり、一方右端126がここでは高質量カットオフになっている。
【0032】
他のイオンと反応して干渉を形成するかもしれないイオンであっても、通過帯域122の限界外にあるイオンは排除されることが図5bを参照して理解されるであろう。従って干渉を生じるような反応シーケンスは妨げられ、遮断されるが、一方分析されるべきイオンであって、所望の通過m/z値窓にあるイオンは分析のために輸送される。
【0033】
図5のスペクトルは図4のスペクトルに比較して、上述の理由により、干渉が大きく低減されているが、衝突セル41へのDCの印加は、例えばイオンをセルから散乱させることにより、損失を生じる効果を与え得ることに注意しなければならない。このような損失は、q値を変えずに、できるだけ低いDC電圧を印加することにより低減できる。図6は、図5と同じ試料を用いているが、供給RFは1.2MHz,(ピーク間)205ボルトRFとし、また分解DCを8ボルトまで下げて得られた2つの質量スペクトル130,132を示す。このRF及びDC値は、m/z=56で定めて、q=0.716及びa=0.056を与える。上記q及びa条件下では、47<m/z<280であるようなm/zを有するイオンが無衝突条件下で安定である。上記条件は衝突セル41での分解能が図5で与えられる分解能よりも若干低くなる(通過帯域が広くなる)ことに相当するが、かなり強度の大きくなった検体イオン信号(スペクトル130)を、おそらく若干大きくなった干渉イオン信号とともに与える。
【0034】
DDIW試料で観測されるスペクトル132のほとんどは、イオン信号比からわかるように、明らかに洗浄不足による先行試料からの残留Mn,Fe及びCoから生じたものであることに注意しなければならない。図5及び図6のいずれにおいても主検体試料は検体イオン(Mn,Fe,Co)を100ppbしか含んでおらず、さらにDDIW試料は100ppbよりはるかに少ない検体しか含んでいないことから、用いた方法及び装置の感度が高いことは明らかであろう。
【0035】
図5a,5bに関して示した方法において、帯域通過すなわちイオン輸送窓の低質量端は主として衝突セル41に印加されるRF振幅及び周波数により定まり、一方帯域通過の高質量端は主に印加DC電圧により定まることがわかるであろう。その目的は高分解能を得ることではもちろんなく(実際上衝突セル内圧力では高分解能は一般に達成されない)、むしろ干渉イオンの中間体(前駆体)が同重のまたは同様の干渉を生じる機会を得る前にこれらを除去することである。
【0036】
好ましい反応ガスとしてアンモニアを(比較的安定なNH4+を形成するので)示したが、関与する試料の特有の化学的性質に依存して別の反応ガスを用いることもできる。さらに、衝突セル内圧力もやはり(一部は関与する化学種及びその化学的性質に依存する)目的に応じて変わり得る。好ましい圧力範囲は5から30mTorr(3990mPa)であるが、衝突セル内の圧力は、やはり関与する特有の化学的性質及び検体に依存して、1から100mTorr(133から13300mPa)の範囲、あるいはさらに広い範囲で変わり得る。
【0037】
選択される帯域通過窓の幅も、それぞれの特定の場合に関与する化学種及びその化学的性質に応じて選ばれる。窓帯域幅は、観測されるべき所望のイオンの質量、用いられる衝突セルの形式、及びそれら自体であるいは引き続く反応により同重干渉を生じ得る干渉イオンの質量に依存する。排除されるべきイオンの全てが観測されるべきイオンより質量が小さければ、低質量カットオフが適切に設定された、RF単独動作で十分であろう。(より一般的にみられるように)除かれるべきイオンに観測されるべきイオンより高い質量と低い質量をもつもののいずれもがある場合は、低質量及び高質量カットオフを有する帯域通過窓が望ましい。
【0038】
図5bに関して説明した帯域通過窓122は通常の分解RF及びDC印加によりつくられるとして示したが、帯域通過窓122はその他の様々な方法でつくることができる。例えば帯域通過窓はフィルタリングされた雑音電場を衝突セルに与えることによりつくることができる。ここでフィルタリングされた雑音電場は、輸送がおこるべき帯域通過窓に対応する周波数を除く全有意周波数における周波数成分を含んでいる。対象としている帯域通過の外側のm/z値をもつイオンは、よく知られているように、フィルタリングされた雑音電場からエネルギーを得て、排除される。対象とするm/z値の外側のイオンの除去のためにフィルタリングされた雑音電場(FNF)を用いることは周知であり、例えばラングミュア(Langmuir)等の米国特許第3,065,640号を含む、いくつかの米国特許に記述されている。図1にはFNF源134が点線で示されている。
【0039】
実質的に帯域通過窓をつくる利用可能な方法は他にもある。例えば干渉イオンの前駆体を除くために電源56からのRF及びDCを急速にノッチすなわち通過帯域まで、次いでこのノッチすなわち通過帯域の上まで、連続的に上げてゆくことによるノッチフィルタ法を例えば用いることができる。
【0040】
帯域通過窓122内のm/z値を有するイオンが衝突セル41を通して輸送され、次いで通常は狭い輸送ピーク138をもつ分解分光計66に入り、対象としているイオンが分解されるという、図6aに示される結果が得られる。前述したように、分解分光計66は四重極またはその他の多重極であってよく、あるいは飛行時間型質量分光計、扇形質量分離器、またはその他のいかなる形式の質量分析器であってもよい。
【0041】
次に10ppbのK及びCaを含有する試料を用いて得られた質量スペクトル140並びに蒸留脱イオン水を用いて得られた第2の質量スペクトル142を示す図7を参照する。図7の質量スペクトルは、衝突ガスとしてアンモニアを用い、1.2MHz,135ボルトRF(p−p)で衝突セルを作動させ、分解DCを10ボルトとして、図5と同様にして得られた。このRF及びDC電圧は、m/z=40で定めてq=0.660及びa=0.098を与える。上記q及びa条件下では、33<m/z<90であるようなm/zを有するイオンが無衝突条件下で安定である。
【0042】
図7において、質量が40のカルシウムが背景信号よりはるかに大きくなっていることがわかるであろう。K39及びK40も実験室環境のカリウム汚染より十分大きい(プラズマを比較的低温にして作動させることにより、1兆分の30(30ppt)までのカルシウムを検出できるが、非常に干渉を受けやすいことを発明者等は見いだしたことを記しておく)。図7において、また図示される他の質量スペクトルに対しても、標準的な高温プラズマを使用した。例えば図7において、検出限界は数pptという小ささであった。
【0043】
図8は、10ppbのNaを含有する試料で得られた質量スペクトル144及びDDIWを用いて得られたもう1つのスペクトル146を示す。反応性衝突ガスとしてやはりアンモニアを用い、分解DCを11.9ボルトとして、1.68MHz,139ボルトRF(p−p)で、衝突セルを作動させている。これらのRF及びDC電圧は、m/z=23で定めてq=0.603及びa=0.103を与える。このq及びa条件下では、17<m/z<40であるようなm/zを有するイオンが非衝突条件下で安定である。
【0044】
上部のトレースすなわちスペクトル144は、m/z=23で明瞭に分解されたNaを示している。Na近傍の背景信号は大きく抑えられ、事実上干渉を受けることなくNaを測定できる。DDIW試料から得られた残留信号から、不十分な洗浄のため、やはり先行試料によるかなりの汚染があることは明らかである。
【0045】
次いで、1つは1ppbのLi試料で得られたスペクトル148であり、もう1つはDDIWを用いて得られたスペクトル150である、2つの質量スペクトルを示す図9を参照する。この場合には、反応性衝突ガスは加えていなかった。従って衝突セルにはそこに侵入したプラズマガスしか含まれていなかった。この場合、分解DCを3.1ボルトとして1.68MHz,39ボルトRF(p−p)で衝突セルを作動させた。これらのRF及びDC電圧は、m/z=7で定めてq=0.556及びa=0.088を与える。このq及びa条件下では、5<m/z<12であるようなm/zを有するイオンが無衝突条件下で安定である。m/z=7のLi近傍の背景信号がかなり抑えられており、事実上干渉を受けることなくLiを測定できることがわかるであろう。蒸留脱イオン水試料における残留信号から、不十分な洗浄のため、やはり先行Li試料によるかなりの汚染があることは明らかである。
【0046】
図10は、試料として100ppbのLiを用いて得られた2つの質量スペクトル152,154を示す。上部のトレース152は、衝突ガスを加えていない(よって衝突セル41には衝突セルに侵入したプラズマガスしか含まれていない)図9に示した状況に対応し、リチウムに対する大きなピーク156を示す。下部のトレース154はセルに反応性衝突ガスを加えた場合(ここではNH3で、セル内圧力は約20mTorr(266mPa)になっている)に対応している。反応性衝突ガスを加えたことにより、明らかに散乱損失のため、Li検体信号が(衝突ガスがない場合の)ピーク156から(反応性ガスを用いた場合の)ピーク158まで抑えられたことがわかるであろう。
【0047】
図11は、やはり100ppbのLiを含有する試料を用いた2つの質量スペクトル160,162を示す。質量スペクトル160,162のいずれについても、衝突ガスを加えずに、1.68MHz,39ボルトRF(p−p)で衝突セルを動作させたが、トレース162については分解DCを印加せず、一方トレース160については(極間)3.1ボルトDCを印加した。3.1ボルトの分解DCを印加して得たスペクトル160はかなり良く分解されて、非スペクトル性背景が低減されている。分解がかなり悪く、もちあげられた非スペクトル性背景164をもつスペクトル162は、分解DCを用いずに得られた。
【0048】
Ar+は、(検出器に衝突することにより)直接的にあるいは(検出器に打ち当たる光子を放出することにより)間接的に背景信号をつくりだす、Ar+*及びAr*を含む準安定イオン及び中性種を生成することにより、連続背景に寄与し得ることに注意しなければならない。背景信号源が(マスフィルタには影響されない)準安定中性種であれば、背景は連続体となるであろう。図11において、衝突セルへの分解DCの印加により作られた帯域通過がアルゴンイオンを除去し、よって準安定アルゴンからの干渉を低減している。
【0049】
図12は2つの質量スペクトル166,168を示す。第1の質量スペクトル166は、それぞれ1ppbのTi,Cr,Mn,Fe,Ni,Cu,Zn及びAsを、図の質量スペクトル範囲の外側のm/z値を有するその他の検体種とともに含有する試料を用いて得られた。第2のスペクトル168はDDIWを用いて得られた。いずれの場合にも衝突ガスは用いられず、よって衝突セルには約1mTorr(133mPa)の圧力のプラズマガスしか含まれていない(これは、衝突セルが分解質量分光計へのイオン注入器として用いられるときの一般的条件である)。いずれの場合にも、周波数1.586MHz,VRF=200ボルトp−pのRFが単独(DC無)で印加されている。上記q及びa条件下では、m/z>25amu(原子質量単位)のm/z値を有するイオンが無衝突条件下で安定である。いずれのスペクトルにおいても、主として衝突セル内での反応から生じたスペクトル性背景により、検体信号が隠されている。
【0050】
図13は、図12の試料と同じ試料を用い、やはり衝突ガスを用いずに(よって図12の場合と同様にセルにはプラズマガスしか含まれていない)得られた2つのスペクトル170,172を示す。しかしここでは、VDC=14.5ボルトの分解DC電圧が衝突セルに印加されている。RFは1.194MHz,VRF=200ボルトp−pであり、m/z=56で定めてq=0.7及びa=0.1を与える。このq及びa条件下では、49<m/z<138であるようなm/zを有するイオンが無衝突条件下で安定である。
【0051】
DCを印加してm/z=56近くに帯域通過窓をつくることによりスペクトル性背景が非常に大きく低下し、よって今では試料信号を観測できることがわかるであろう。質量56の酸化アルゴンは除去されなかったが、有機同重干渉による成分は除去された。
【0052】
図14は、図12と同じ試料を再び用いているが、ここでは反応性衝突セルがNH3で約30mTorr(3990mPa)の圧力まで加圧されている。分解DCは印加されていない。1.586MHz,VRF=200ボルトのRFが印加され、q=0.4及びa=0を与える。このq及びa条件下では、m/z>25amuのm/z値を有するイオンが無衝突条件下で安定である。図12で見られたスペクトル性背景信号が抑えられ、検体信号は図12に比較して強められていることがわかるであろう。
【0053】
図15は、図14の条件と同じ(反応性衝突ガスにやはりNH3を用いた)条件下であるが、(1.194MHz,VRF=200ボルトのRFを用いて)qをq=0.7まで上げ、a=0(DC無)で得られた、2つのスペクトル178,180を示す。このq及びa条件下では、m/z>44amuのm/z値を有するイオンが無衝突条件下で安定である。この場合、スペクトル178においては背景が大きく低下しており、これは明らかにqが大きくなり低質量カットオフが高質量側にシフトして、干渉イオンを生成し得る中間イオンが除去されたためであることがわかるであろう。
【0054】
図16は、図15の試料と同じ試料を用い、低電圧の分解DCが印加されている(当然“a”がゼロから有限値に増加する)ことを除いて図15と同じ条件下で得られた2つの質量スペクトル182,184を示す。図15の場合と同様にRFは1.194MHz,VRF=200ボルトであるが、14.5ボルトDCが印加されて、q=0.7及びa=0.1を与える。このq及びa条件下では、49<m/z<138であるようなm/zを有するイオンが無衝突条件下で安定である。この場合、いくつかの干渉イオンを排除する高質量カットオフの結果として、検体信号の背景信号に対する比をある程度改善できた。
【0055】
図17は、それぞれ1ppbのNa,Mg及びAlを(図の質量スペクトル範囲の外側のm/zを有するその他の検体種とともに)含有する試料について、代表的な衝突セル条件下で図1の装置を用いて得られた質量スペクトル186を示す。図17はまた、同じ条件下ではあるがDDIWを用いて得られた第2の質量スペクトル188も示す。図17で用いた代表的衝突セル条件においては、q=0.4(RFは2.28MHz,VRF=200ボルトp−p)であり、一方でa=0であった。このq及びa条件下では、m/z>12amuのm/zを有するイオンが無衝突条件下で安定である。He中に40%のH2を含む混合衝突ガスを約10mTorr(1330mPa)の衝突ガス圧で用いた。m/z=27における大きな同重干渉がm/z=27のAlの測定を妨げていることがわかるであろう。通常の衝突セルではこれが一般的である。
【0056】
図18は、図17の質量スペクトルにそれぞれ対応する、qをq=0.57まで上げたことを除いて図17と同じ条件下でとられた2つのスペクトル190,192を示す。この場合、印加RFは1.91MHz,VRF=200ボルトp−pであり、a=0である。このq及びa条件下では、m/z>17amuのm/zを有するイオンが無衝突条件下で安定である。同じくHe中に40%のH2を含む衝突ガスを用いた。この場合、qの増大がm/z=27の背景信号を十分には抑えていないことがわかるであろう。
【0057】
図19は、図17及び18のスペクトルにそれぞれ対応し、同じ試料を用い、図18と同じqを与えているが、この場合は(アルミニウムに対する)m/z=27で定めてq=0.57及びa=0.08となるような分解DCを印加した2つの質量スペクトル194,196を示す。印加RFは同じく1.91MHz,VRF=200ボルトp−pであるが、14.25ボルトの分解DCを印加している。このq及びa条件下では、19<m/z<55であるようなm/zを有するイオンが無衝突条件下で安定である。
【0058】
図19より、分解DC成分の印加によりm/z=27における背景信号はかなり抑えられるが、一方Al検体について得られる正味の信号は影響されていないことがわかるであろう。この結果はAl測定能力における大きな改善であった。この場合、帯域通過窓の高質量カットオフが明らかに同重干渉を取り除いた。
【0059】
上述した実施の形態においては、分析器66からのイオンが分析のために検出されるとしていた。しかし必要であれば、これらのイオンをさらに様々なプロセスにかけることができる。例えば、分析器66により選択されたイオンが図20(プライムの付けられた参照数字は図1に対応する部品を示す)に200で示される通常の衝突セルに導かれ、そこで開裂して娘イオンを形成し(あるいはそこで反応して生成イオンを形成し)、次いで別の分析器202を通過した後に、最終的に検出されて分析される。
【0060】
さらに、必要であれば、質量分析器66’を除去し、(用いられる検体に応じて)イオンの選択を帯域通過衝突セル41’に行わせることもできる。例えば、問題にしている検体が2つのイオンしか生成せず、そのうちの1つが対象とするイオンであり、残る1つが干渉イオンあるいは干渉イオンの前駆体であれば、セル41’を用いてこの干渉イオンあるいは干渉イオンの前駆体を取り除くことができる。この場合、反応性衝突セル41’からの対象とするイオンは開裂のために直接通常の衝突セル200に輸送され、開裂後娘イオンは図1の場合と同様に(多重極として図示されているが、もちろんいかなる種類の分析器であってもよい)分析器202で分析される。
【0061】
さらに、2重プライムが付けられた参照数字が図1及び20と対応する部品を示す図21を参照する。図からわかるように、図21は分析のために(必要であれば(図示されていない)セル41のようなイオン輸送器が前にあってもよい)分解質量分光計Q1にイオン流を供給する通常のイオン源12”を示す。分解分光計Q1は対象とする親イオンを選択し、選択された親イオンは次いでガス源210から衝突ガスが供給される標準の衝突セルQ2に注入される。分析器Q1,Q2は四重極質量分光計が一般的であるが必ずしもこれである必要はない。
【0062】
分析器Q1を通して輸送された親イオンは、衝突セルQ2において開裂して娘イオンを形成し、次いでこの娘イオンが検出器74”による検出及びコンピュータ76”による分析のため、通常の飛行時間(TOF)型質量分光計212に注入される。
【0063】
よく知られているように、TOF型質量分光計においてはイオンはパルスとして分析管216内に注入され、検出器74”に到達するまでの飛行時間がそれぞれ異なる。重いイオンほど軽いイオンより分析管を通って進む速度が遅い。次のイオンパルスを分析管内に導入できるようになるまでには、最も速度の遅いイオンが分析管を通って検出器74”まで通過するに十分な時間をかけなければならないことが、TOF型質量分析器のデューティサイクル限界の1つである。このことは、第1のパルスの最も重いイオンの飛行時間が第2のパルスの最も軽いイオンの飛行時間と重なり合わないようにするために必要である。
【0064】
本発明に従えば、分析管216内に導入されるイオン質量範囲の上限を制限するために、衝突セルQ2を高質量カットオフにより定まる適切な帯域通過で作動させることができる。これにより、デューティサイクルを大きく改善することができる。(これに限定するつもりはない)例として、衝突セルQ2でつくられる最重娘イオンのm/z値が2,000amuであり、高質量カットオフがm/z=200amuを限界にしていれば、TOF212のデューティサイクルは1/10に短縮でき、これは極めて実質的な改善である。
【0065】
主としてRFにより定まる安定限界で与えられる衝突セルQ2の低質量カットオフは、同様ではあるがおそらくそれほど重要ではない改善をデューティサイクルに与えるであろう。
【0066】
本用途に対しては、衝突セルQ2を衝突ガスを用いるかあるいは用いないで作動させ得ることに気づくであろう。衝突ガスを用いないで作動させる場合、衝突セルQ2は実質的に、輸送されるイオンを選択された通過帯域内のm/z値範囲に制限するイオン輸送器として機能する。選択される通過帯域の幅は関与する特定の化学種及びその化学的性質に依存するであろう。
【0067】
前述したように、衝突セルQ2の通過帯域は、適切なRF及びDC電圧の印加によるか、フィルタリングされた雑音電場(FNF)の使用によるか、ノッチフィルタリングによるか、あるいはその他の適切な手段により定めることができることにも気づくであろう。
【0068】
本発明に従うイオン輸送器で、通過帯域を設定するために、RF及びDC電圧が用いられる場合、DC電圧は通常の分析DC四重極に用いられる電圧より普通はかなり低い。通常の分析四重極においてDC電圧はa=0.234となるように設定されるのが普通である。本発明の帯域通過装置においては、必要な帯域通過特性は得ながらこの装置のイオン輸送能力を改善するために、比較的低いDC電圧を用いることが望ましい。一般に“a”は約0.15以下であり、(説明した例に示されるように)かなり小さくすることができる。
【0069】
低質量及び高質量カットオフの確定に用いられる特定の方法には関わらず、低質量及び高質量カットオフ間の通過帯域幅は用途に応じて変えることができる。例えば、通過帯域幅は図6に関する233amuという大きい値から図9に関する7amuという小さい値まで変わる。(低質量及び高質量カットオフがある)通過帯域の幅は、装置がRF単独モードで動作する場合に輸送し得る質量範囲より必ず狭いが、装置が通常の分解モードで(ほとんどの装置が今では約1amuないしそれ以下まで分解できる、安定度図の頂点において)作動する場合に輸送され得る質量範囲よりは広い。
【0070】
DCは電源56内の通常のDC源を用いて四重極34のロッドに印加されるとしていたが、実際上DCは所望のいかなる方法でも供給できる。例えば、図22に示されるように電源300は、RF周波数で、0.5から大きくとも小さくともよい可変デューティサイクルを有する方形波302を発生する、方形波発生器とすることができる。デューティサイクルを(例えば正側パルスが負側パルスより広くなるように)0.5からずらすことは平均DC電圧の印加と等価であり、低DC電圧の使用に関して前述した利点が得られる。
【0071】
多くの場合には、四重極34のような反応性衝突セルを必要とせずまた反応性衝突セルにより装置を複雑にすることなく、検体を有用なレベルで容易に測定できることにも気づくであろう。実際に、たとえ衝突ガスを加えなくとも、衝突セルの存在によりある検体の測定が困難になる場合がある。すなわち、反応性衝突セル34をAC単独のプレフィルタモードに変換することが望ましく、また分析の途中でそうすることが望ましい、作動モードがある。以下の説明では本発明の上記態様を扱う。
【0072】
さらに詳しくは、反応性衝突セル34は普通、圧力の異なる2つの真空チャンバー間の(例えば、図1のチャンバ28内におかれた反応性衝突セル34への入口及び図1のチャンバ60への出口をもつ)インタフェースとしての位置におかれる。衝突セルに衝突ガスが(例えば導管44を通して)加えられなければ、衝突セル内の圧力はチャンバ28と60の圧力の中間値となるであろう。本明細書で前記したようにこのような条件下でセル34に含まれるガスは高圧側チャンバ、例えばチャンバ28にあるガスである。このガスは主としてスキマーオリフィス22を通るプラズマ流から得られる。このプラズマガスには、ある種の検体イオンに反応する成分(例えば、O,H,NO,H2 O等)が含まれていることがある。さらにプラズマガスは主として、前述したように、Ar+ のようなエネルギーをもつイオンとの衝突による準安定中性種への励起のためにもちあげられた連続(非スペクトル性)背景に寄与し得る、(アルゴンICP(誘導結合プラズマ)用の)Arからなる。
【0073】
上記状況下においては、衝突セル34内圧力は衝突セルの入口及び出口アパーチャの直径に比例するであろう。低圧チャンバ(例えばチャンバ60)に導くアパーチャの直径が高圧チャンバ(例えばチャンバ28)に開口するアパーチャの直径よりかなり大きくない限り、衝突セル内はかなりの化学反応を促進するに十分な圧力になり得る。このような反応は、プラズマガス成分のイオン化による、あるいはセル内の汚染分子との反応による、スペクトル性干渉を形成し得る。さらに、ある種の検体イオンはセル内に含まれるプラズマガスと反応して、これらの反応性検体イオンに対する検体信号損失を生じることもある。従って、衝突ガスを加えない場合であってさえ、ある種の分析環境においては、衝突セルの作動によりもちあげられた背景(非スペクトル性)及び大きなスペクトル性背景が生じ、またおそらくある種の検体の信号損失が生じ得る。
【0074】
すなわち、衝突ガスが衝突セルに加えられない場合であっても、衝突ガスが用いられていない衝突セル内の圧力を低めるために、衝突セル34を高真空チャンバ(例えばチャンバ60)側に通気することが望ましい状況があり得る。衝突セルを高真空チャンバ側に十分通気することにより、新規のスペクトル性背景は低減できるかあるいは排除できる。これを達成するには、衝突セルの出口アパーチャ直径を大きくすることによるのが最も簡便であろう。しかし衝突セルは、プレフィルタが使用されない場合には、プレフィルタ多重極64または分析多重極66とは異なるRF周波数または実質的に異なるRF振幅で作動することもある。拡張された出口アパーチャ直径が十分大きく、衝突セル多重極がプレフィルタまたは分析多重極と容量結合し得る場合には、この容量結合を防ぐための手段が与えられなければならない。
【0075】
容量結合を低減する1つの方法は、衝突セル34と後続の多重極(例えば多重極64または66)との間に適切な寸法の導電性メッシュフィルタを入れることである。しかし出口アパーチャ直径が大きいと、連続(非スペクトル性)背景信号の増加が見られる。この上昇した背景信号は、衝突セルの出口面を少なくとも部分的に遮断することにより低減ないし排除できることがわかった。これは、衝突セル(例えば四重極34)とプレフィルタ64との間の軸上に、ワッシャータイプのアパーチャ板を装着することにより簡便に達成できる。図23に示されるように、衝突セル34をプレフィルタ64から隔離するためにメッシュ材304を用いるならば、ワッシャータイプのアパーチャ板306をメッシュ材304に付けることができる。このワッシャータイプアパーチャ板306は中心に小開口308を有し、衝突セル34の軸近傍を進むイオンを通過させることができる。アパーチャ板306の外径が、連続背景信号を低減するには十分大きいが、アパーチャ板の周りから、すなわちメッシュ材304を通して、衝突セルを有効に排気するには十分小さければ、得られるスペクトルは、さもなければ圧力が高くなるために衝突セル内で発生するはずの連続(非スペクトル性)干渉及び、またスペクトル性干渉からもほとんど免れることができる。
【0076】
図23において、絶縁用メッシュ材304の外径は衝突セル34を納めるケーシング36の直径に等しいか、それより大きいことが望ましい。ワッシャータイプアパーチャ板306の外径は多重極衝突セル34の内接円直径にほぼ等しいか、若干大きい。アパーチャ板306の開口308の内径は、連続背景を低く保ちながら、セル34からイオンを十分に輸送できるに十分な大きさである。
【0077】
加圧動作に用いられる全面アパーチャ板を装着したままで衝突セル34に径方向通気を与える、別の実施の形態が図24に示されている。図24の実施の形態において、ケーシング36とチャンバ60との間の壁となるアパーチャ板が320で示され、このアパーチャ板は通常の開口40をもつ。通気は、ケーシング36の出口端に、フランジ326,338により定まるスロット325内で回転可能な一対の環322,324を備えることにより得られる。環322,324はそれぞれ穴すなわち開口330,332を含む。これらの環はスロット325内で回転できるように取り付けられているから、これらの環を回転させ、よって図24に示されるように一対の環のそれぞれにある穴の位置を合わせることにより、通気を得ることができる。セルは、それぞれの環の穴が互いに遮られるように環322,324を回転し、次いで衝突ガスをセルに加えることにより、加圧動作に切り換えることができる。
【0078】
図24の実施の形態の使用においては、必要なときに衝突セルが高真空チャンバに適切に通気されるように、開口330,332が必ず高真空チャンバ60内におかれることは当然である。
【0079】
必要なときに衝突セル34の通気調節を可能にする1つの方法が、一対の回転同心環を使用することにより得られるが、このような通気は他の方法でも達成できる。例えば、通気穴330をもつ内環332のみを残し、この環の周りに(図示していない)板金のバンドを巻くこともできる。このバンドを強く締めるとバンドが内環の穴を封じ、バンドを緩めると穴が開いて高真空チャンバ60と通気する。
【0080】
その他の適切な手段も、衝突セル34を衝突セルとしては用いずAC単独プレフィルタとして用いることが必要な場合に、衝突セル34を衝突セルに続く高真空チャンバに選択的に通気するために用いることができる。
【0081】
本発明のまた別の態様は化学的背景雑音の最小化に関する。衝突セル内のイオンは、印加RF振幅に比例する量の運動エネルギーを獲得することに注目する。代表的な実験構成においては、200ボルトRFのRF振幅がほぼ0.3eVの実効運動エネルギー増分をイオンに与える。イオンの運動エネルギーが増加すると、(吸熱イオン−分子反応、すなわち生成イオンが反応イオンより大きなエネルギーをもつ反応は一般に進行しないかあるいは低速で進行することに注意して)吸熱または近吸熱であるか、あるいは活性障壁が高いか、さもなければ妨げられている、イオン−分子反応が促進され得る。
【0082】
このような吸熱反応は、進行すれば、さらに生成イオンがつくられるために、化学的(スペクトル性)背景を増加させ得る。従って、RF振幅を小さく、例えば500ボルトより低く保つことは、スペクトル性(化学的)背景の最小化に役立つ。RF振幅は150ないし200ボルトピーク間(本明細書で示されるRF電圧は全てピーク間値である)、あるいはさらに小さく保つことが望ましい。
【0083】
しかし、RF振幅を500ボルトあるいはさらに高く調節することに利点がある場合があることもわかるであろう。RF振幅を大きくするとイオンの運動エネルギーが増加して、そうでなければ妨げられていた反応が促進されるが、公称質量は等しいが熱化学的性質は異なる2つのイオンを弁別したい場合には、これが利点となり得る。
【0084】
例えば、対応する中性種が、相異なり、反応性衝突ガスのイオン化ポテンシャルより小さいイオン化ポテンシャルを有する、2つのイオンを考える。このような状況の例としてイオンS+及びO2+を考える。それぞれのイオンに対応する中性種のイオン化ポテンシャルは(Sについて)10.4eV、また(O2について)12.063eVである。電荷交換は吸熱的であるため、イオン化ポテンシャルが12.6eVをもつ(考え得る反応性衝突ガスの1つである)CH4と上記イオンのいずれかが電荷交換により反応することは、通常は期待できない。しかし、上記イオンにさらに0.6eVを与えるに十分なまでにRF振幅が大きくなれば、O2+イオン(m/z=32)はCH4分子と反応し、CH4分子をCH4+(m/z=16)に転化してO2分子となり、従って、S+のCH4との反応は吸熱的の(よって妨げられている)ままであるから、S+(m/z=32)に対する干渉は取り除かれる。RF振幅の調節により同重イオンを弁別する(すなわち識別する)可能性については、多くの実例が心に浮かぶであろう。
【0085】
本発明のまた別の態様は、交互安定領域における四重極質量分析器の動作にともなう問題を軽減するための衝突セル34の動作に関する。よく知られているように、四重極質量分析器は第2安定領域で作動させることができ、実際には無限個の安定領域が存在する。図25は四重極マスフィルタについての、様々な“x”及び“y”方向における同時安定領域に関する周知のマシュー安定度図を示す。領域I,II,III,π1及びπ2は全て安定領域である。領域Iはほとんどの四重極マスフィルタが動作している第1安定領域であり、図1に示した安定領域である。第2安定領域のより詳細な図が図26に示されている。第2安定領域は非常に小さく、0から0.03の間の“a”値及び約7.51から7.58の間の“q”値に対応していることがわかるであろう(図26の破線は等β線であり、無視してよい)。よく知られているように、所望の安定領域は(印加RF及びDC電圧並びにRF周波数を設定することにより)“a”及び“q”を適切に設定することによって選ばれる。
【0086】
図26に示される第2安定領域における動作により高質量分解能を得る機会が得られるが、“エイリアシング”として知られる問題を生じることも周知である。このエイリアシング問題とは、第2安定領域において分析されるm/z値のほぼ9倍の重さのm/z値を有するイオンも、これらのイオンの“q”値が同じマスフィルタの第1安定領域における安定値に対応するために、マスフィルタ内で安定であることである。エイリアシング問題は、セル34のような、第1安定領域帯域通過衝突セルを第2領域四重極マスフィルタと組み合せることにより軽減できる。例えば図1のような実施の形態において、セル34を第1安定領域で作動させ、図1のマスフィルタ66は第2安定領域で動作させるとする。第1安定領域における帯域通過衝突セル34の動作は、第2領域四重極66の前であっても後であっても、(衝突セルに非ゼロの“a”を与えることにより達成される)通過帯域を対象とするm/zより重いイオンを除去するように設定できるから、エイリアシング問題を軽減する。すなわち、上記イオンがエイリアス信号として現れることはない。衝突セル内の対象とするm/zのほぼ9倍をこえるm/zを有するイオンを除去することしか必要ではないから、通過帯域が非常に広くともこの手法を実行し得る。衝突セル及び第2領域マスフィルタが直列で(さらに別の素子が検出器との間に組み合わされていてもいなくとも、検出器と直列で)ある限り、上記利点を達成する上で衝突セルと第2領域マスフィルタとの相対位置または順序は問題にはならない。
【0087】
第2の利点は、上述した種類の第1安定領域衝突セルを第2領域四重極の前においたときに、ICPMS(誘導結合プラズマ質量分光計)の場合には、Ar+が衝突セル内で除去されることから連続背景信号を低減できることにより得られる。本明細書で前述したように、Ar+は、Ar+*及びAr*を含む準安定なイオン及び中性種(すなわち、分析に影響を与えるに十分な時間励起状態にある1つ以上の電子をもつイオン及び中性種)を生成することにより、連続背景に寄与し得る。Ar+*またはAr*は(検出器に衝突することにより)直接的に、また(検出器に打ち当たる光子を放出することにより)間接的に背景信号をつくりだすことができる。この背景は、背景信号源が(マスフィルタに影響されない)準安定中性種であれば、連続になる。連続背景への上記寄与は、Ar+イオンが加速されていれば、準安定Ar*に関する“出現ポテンシャル”(すなわちAr*が出現し始めるポテンシャル)が15eV程度であるため、さらに重大になる。
【0088】
第2領域マスフィルタは一般に20eV程度のイオンエネルギーで動作し、第2領域マスフィルタの前にあるイオン光学系全体にわたってイオンエネルギーをこのレベルより高く保つことが有利である。このことは、準安定Ar*起因背景問題が第1安定領域質量分析器よりも第2安定領域質量分析器に対して厳しいことを意味する。しかし、連続背景信号は反応性衝突セル内でAr+イオンを排除することにより減衰させることができる。Ar+イオンがセルから除去されれば、Ar+イオンは準安定中性種の生成にあずかることはできない。さらに、Ar+の排除前に生成された準安定中性種はセル内での衝突ガスとの衝突により消滅すると考えられる。
【0089】
帯域通過衝突セルがAr+イオンの排除により背景信号を軽減する機構は少なくとも2つある。その第1は(前述したように)Ar+と反応する適切な反応ガスの選択による。第2は、たとえ衝突ガスを意識的に加えなくともAr+を除去する帯域通過モードでセルを作動させ得ることである。これは通過帯域にAr+が含まれていない場合に有効であり、よって質量分析器が、例えば図8に示したように、Ar+から大きく離れたm/z値に設定されている状態で適している。第1安定領域衝突セルが第2安定領域質量分析器に結合されている場合には、衝突セルは(衝突ガスの有無に関わらず)低質量及び高質量カットオフの双方並びに第2領域質量分析器に輸送されるm/zを含む通過帯域をもって作動し得るから、上記の構成には重要な価値がある。
【0090】
衝突セルが高質量カットオフをもたず、また衝突セルの低質量カットオフが40amuより小さい質量に質量分析器が設定されていれば(これは衝突セルのqに依存する;例えば衝突セルのqが0.3であれば、質量分析器が0.908/0.3×40amu=120amuより小さい質量に設定されている場合に低質量カットオフは40amuより小さくなる)、Ar+はセルを通り、第2安定領域質量分析器に導く光学系に輸送され(そこでAr+はおそらく加速されてAr*及びAr+*の出現ポテンシャルよりエネルギーが高くなり)、よって連続背景は大きくなるであろう。一方、衝突セルが低質量カットオフ及び高質量カットオフの双方をもって作動すれば、セルを通り質量分析器の前にある光学系へのAr+輸送により大きくなる連続背景は、Ar+が衝突セルの通過帯域内にある場合にのみ得られるであろう。すなわち、上昇した連続背景は40amu近傍で(この近傍は帯域通過質量窓により定められる)分析する場合にのみ観測されることになる。すなわち、通常の低質量カットオフ衝突セルでは広い質量範囲にわたって(提示した例では、120amuより下の全質量に対して)連続背景が上昇されるが、低質量及び高質量カットオフをもつ帯域通過で作動する衝突セルは(質量範囲のほとんどにわたって帯域通過はAr+を排除するから)非常に狭い分析器質量窓にわたってのみ、上記の上昇した連続背景を示すであろう。
【0091】
質量分析器を第2安定領域より高次の安定領域で作動させる場合にも、適切な方法論をもって、同じ手法を用いることができる。
【0092】
本明細書では主として、プラズマイオン源を例に用いて、無機化学に関連して説明したが、本発明は有機分析に用いられる装置にも適用が可能である。
【0093】
本発明の好ましい実施の形態を説明したが、本発明の範囲内及び添付した請求の範囲内で種々の変更がなされ得ることは当然である。
【図面の簡単な説明】
【0094】
【図1−1】図1は、本発明に従う質量分析装置の概略図である。
【図1−2】図1Aは、四重極質量分光計の通常の安定度図である。
【図2】図2は、干渉が存在する代表的な質量スペクトルを示す。
【図3】図3は、質量干渉があり、また背景雑音がある別の代表的な質量スペクトルを示す。
【図4】図4は、本発明の特徴を用いて得られた質量スペクトルを示す。
【図5−1】図5は、本発明の特徴を用いて得られた2つの質量スペクトルを示す。
【図5−2】図5aは、イオン輸送率を縦軸にとり、m/z(及び“q”)を横軸にとって示したグラフである。
【図5−3】図5bは、イオン輸送率を縦軸にとり、m/z(並びに“q”及び“a”)を横軸にとって示した別のグラフである。
【図6−1】図6は、本発明の特徴を用いて得られた別の2つの質量スペクトルを示す。
【図6−2】図6aは、衝突セル及びその後の分析器の概略図であり、その下にそれぞれの通過帯域特性をグラフで示す。
【図7】図7は、本発明の特徴を用いて得られたまた別の2つの質量スペクトルを示す。
【図8】図8は、本発明の特徴を用いて得られたさらに別の2つの質量スペクトルを示す。
【図9】図9は、衝突ガスを用いずに得られた2つの質量スペクトルを示す。
【図10】図10は、一方は衝突ガスを用い、もう一方は衝突ガスを用いずに得られた、図9と同様の2つの質量スペクトルを示す。
【図11】図11は、衝突セルにDCを印加した場合としない場合で得られたさらに2つの質量スペクトルを示す。
【図12】図12は、一方は検体試料を用い、他方は脱イオン蒸留水を用い、さらにいずれも衝突ガスは用いていない、2つの質量スペクトルを示す。
【図13】図13は、図12とほぼ同様の条件下であるが衝突セルにDCを印加して得られた2つの質量スペクトルを示す。
【図14】図14は、図12と同様の条件下であるが衝突ガスを用いて得られた2つの質量スペクトルを示す。
【図15】図15は、図14と同様の条件下であるが相異なるqを用いて得られた2つの質量スペクトルである。
【図16】図16は、図15と同様の条件下であるが分解DCを印加して(また図13と同様であるが衝突ガスを用いて)得られた2つの質量スペクトルを示す。
【図17】図17は、アルミニウムについて得られた2つの質量スペクトルである。
【図18】図18は、図17と同様の条件下であるが、qを上げて得られた2つの質量スペクトルである。
【図19】図19は、分解DCが印加されていることを除き、図18と同様の条件下で得られた2つの質量スペクトルである。
【図20】図20は、図1の装置の変形の概略図である。
【図21】図21は、本発明に従って使用される別の質量分光計装置の概略図である。
【図22】図22は、交流電源及びこれにより生成される波形を示すブロック図である。
【図23】図23は、連続するセル間の容量結合を低減するために用いられるワッシャー及びメッシュを示す平面図である。
【図24】図24は、本発明の衝突セルからその後の真空チャンバへの通気のための集成装置を、一部を破断して示す透視図である。
【図25】図25は、相異なる安定領域に対するマスフィルタのマシュー(Mathieu)安定度図を示す。
【図26】図26は、第2の安定領域におけるマシュー安定度図を示す。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
イオンが衝突セルを通って分析質量分光計装置の中に輸送される質量分光計装置を作動させる方法であって、前記方法が、
前記衝突セルに衝突ガスとしてアンモニアを供給する工程を含み、
前記衝突セルがイオンを受け取る入口を有してなり、前記アンモニアが前記入口に注入されることを特徴とする方法。
【請求項2】
イオン流が衝突セルの中に輸送される質量分光計装置を作動させる方法であって、前記衝突セルが入口端を有してなり、前記方法が、
前記イオン流に、前記入口端の直前で間隔を置いた位置において、反応性衝突ガスを供給し、それにより、前記イオンが前記衝突セルに入る前に、前記反応性衝突ガスと前記イオンの間の反応を促進することを特徴とする方法。
【請求項3】
前記反応性衝突ガスが、前記入口の端に付加的に注入されることを特徴とする請求の範囲第2項記載の方法。
【請求項4】
前記反応性衝突ガスが、前記衝突セルの前記入口の端に環状に前記反応性衝突ガスを注入することを特徴とする請求の範囲第3項記載の方法。
【請求項5】
前記反応性衝突ガスがアンモニアであることを特徴とする請求の範囲第2項、第3項あるいは第4項の内いずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
前記衝突セルが、低質量及び高質量カットオフを有する帯域通過モードで動作し、前記低質量及び高質量カットオフの間のイオンを輸送することを特徴とする請求の範囲第2項、第3項あるいは第4項の内いずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
質量分光計装置であって、
試料イオンを生成するためのイオン源、
前記試料イオンを受け取るための入口を有するイオン輸送器、
反応ガス供給源、
前記反応ガス供給源から前記イオン輸送器の前記入口に前記反応ガスを送るための導管、及び
前記イオン輸送器を励起して、前記イオン輸送器の中に低質量カットオフ、高質量カットオフおよびその間に帯域通過を設定する手段を有し、
前記導管が、前記イオン源と前記入口の間の位置であって、前記入口の上流で間隔を置いた位置に前記反応ガスを輸送するように配置されていることを特徴とする質量分光計装置。
【請求項8】
前記導管が、さらに、前記イオン輸送器の前記入口に前記反応ガスを供給する導管部分を含むことを特徴とする請求の範囲第7項記載の装置。
【請求項9】
前記導管部分が、前記反応ガスを環状に前記イオン輸送器の前記入口に供給するように形成されていることを特徴とする請求の範囲第8項記載の装置。
【請求項10】
質量分光計装置であって、試料イオンを生成するためのイオン源、
前記試料イオンを受け取るための入口および出口を有するイオン輸送器、
前記イオン輸送器の出口からのイオンを受け取るための分析質量分光計、
反応ガス供給源、および
前記反応ガスを前記反応ガス供給源から前記イオン輸送器の前記入口に運ぶ導管を有してなる質量分光計装置であって、
前記イオン輸送器に入るイオンが、前記イオン輸送器に進んで入るときに、前記反応ガスを通過することを特徴とする質量分光計装置。
【請求項11】
前記反応ガス供給源が、反応ガスとしてアンモニアを含むことを特徴とする請求の範囲第10項記載の装置。
【請求項12】
試料イオンがイオン輸送器を通って輸送され、前記試料イオンの一部が選択されるべきイオンであって、それ以外の一部が前記イオン輸送器の中で反応して選択されるべきイオンと同重体または非スペクトル性干渉を生じるイオン或いは準安定種を形成する要因となるように前記イオン輸送器の中で反応する前駆イオンである質量分光計装置を作動させる方法であって、前記方法が、
前記干渉を低減するために、前記前駆イオンの少なくとも一部を前記イオン輸送器から排出するように前記イオン輸送器を動作させる工程を含み、
前記イオン輸送器が、第1の気圧を有するチャンバからのイオンのための入口および第2の気圧を有する第2のチャンバへの出口を有してなり、
前記第2のチャンバへの前記イオン輸送器の通気を選択的に制御する工程を含むことを特徴とする方法。
【請求項13】
質量分光計装置であって、
試料イオンを生成するためのイオン源、
前記試料イオンを受け取るための入口および出口を有するイオン輸送器、
前記イオン輸送器の出口からのイオンを受け取るための分析質量分光計、
反応ガス供給源、および
前記反応ガスを前記反応ガス供給源から前記イオン輸送器の前記入口に運ぶ導管を有してなる質量分光計装置であって、
前記イオン輸送器に入るイオンが、前記イオン輸送器に進んで入るときに、前記反応ガスを通過すること、
前記イオン輸送器の前記出口に通気穴を含み、前記通気穴の大きさを制御する機構を有してなり、前期イオン輸送器の出口の端における通気を選択的に制御することを特徴とする質量分光計装置。
【請求項1】
イオンが衝突セルを通って分析質量分光計装置の中に輸送される質量分光計装置を作動させる方法であって、前記方法が、
前記衝突セルに衝突ガスとしてアンモニアを供給する工程を含み、
前記衝突セルがイオンを受け取る入口を有してなり、前記アンモニアが前記入口に注入されることを特徴とする方法。
【請求項2】
イオン流が衝突セルの中に輸送される質量分光計装置を作動させる方法であって、前記衝突セルが入口端を有してなり、前記方法が、
前記イオン流に、前記入口端の直前で間隔を置いた位置において、反応性衝突ガスを供給し、それにより、前記イオンが前記衝突セルに入る前に、前記反応性衝突ガスと前記イオンの間の反応を促進することを特徴とする方法。
【請求項3】
前記反応性衝突ガスが、前記入口の端に付加的に注入されることを特徴とする請求の範囲第2項記載の方法。
【請求項4】
前記反応性衝突ガスが、前記衝突セルの前記入口の端に環状に前記反応性衝突ガスを注入することを特徴とする請求の範囲第3項記載の方法。
【請求項5】
前記反応性衝突ガスがアンモニアであることを特徴とする請求の範囲第2項、第3項あるいは第4項の内いずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
前記衝突セルが、低質量及び高質量カットオフを有する帯域通過モードで動作し、前記低質量及び高質量カットオフの間のイオンを輸送することを特徴とする請求の範囲第2項、第3項あるいは第4項の内いずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
質量分光計装置であって、
試料イオンを生成するためのイオン源、
前記試料イオンを受け取るための入口を有するイオン輸送器、
反応ガス供給源、
前記反応ガス供給源から前記イオン輸送器の前記入口に前記反応ガスを送るための導管、及び
前記イオン輸送器を励起して、前記イオン輸送器の中に低質量カットオフ、高質量カットオフおよびその間に帯域通過を設定する手段を有し、
前記導管が、前記イオン源と前記入口の間の位置であって、前記入口の上流で間隔を置いた位置に前記反応ガスを輸送するように配置されていることを特徴とする質量分光計装置。
【請求項8】
前記導管が、さらに、前記イオン輸送器の前記入口に前記反応ガスを供給する導管部分を含むことを特徴とする請求の範囲第7項記載の装置。
【請求項9】
前記導管部分が、前記反応ガスを環状に前記イオン輸送器の前記入口に供給するように形成されていることを特徴とする請求の範囲第8項記載の装置。
【請求項10】
質量分光計装置であって、試料イオンを生成するためのイオン源、
前記試料イオンを受け取るための入口および出口を有するイオン輸送器、
前記イオン輸送器の出口からのイオンを受け取るための分析質量分光計、
反応ガス供給源、および
前記反応ガスを前記反応ガス供給源から前記イオン輸送器の前記入口に運ぶ導管を有してなる質量分光計装置であって、
前記イオン輸送器に入るイオンが、前記イオン輸送器に進んで入るときに、前記反応ガスを通過することを特徴とする質量分光計装置。
【請求項11】
前記反応ガス供給源が、反応ガスとしてアンモニアを含むことを特徴とする請求の範囲第10項記載の装置。
【請求項12】
試料イオンがイオン輸送器を通って輸送され、前記試料イオンの一部が選択されるべきイオンであって、それ以外の一部が前記イオン輸送器の中で反応して選択されるべきイオンと同重体または非スペクトル性干渉を生じるイオン或いは準安定種を形成する要因となるように前記イオン輸送器の中で反応する前駆イオンである質量分光計装置を作動させる方法であって、前記方法が、
前記干渉を低減するために、前記前駆イオンの少なくとも一部を前記イオン輸送器から排出するように前記イオン輸送器を動作させる工程を含み、
前記イオン輸送器が、第1の気圧を有するチャンバからのイオンのための入口および第2の気圧を有する第2のチャンバへの出口を有してなり、
前記第2のチャンバへの前記イオン輸送器の通気を選択的に制御する工程を含むことを特徴とする方法。
【請求項13】
質量分光計装置であって、
試料イオンを生成するためのイオン源、
前記試料イオンを受け取るための入口および出口を有するイオン輸送器、
前記イオン輸送器の出口からのイオンを受け取るための分析質量分光計、
反応ガス供給源、および
前記反応ガスを前記反応ガス供給源から前記イオン輸送器の前記入口に運ぶ導管を有してなる質量分光計装置であって、
前記イオン輸送器に入るイオンが、前記イオン輸送器に進んで入るときに、前記反応ガスを通過すること、
前記イオン輸送器の前記出口に通気穴を含み、前記通気穴の大きさを制御する機構を有してなり、前期イオン輸送器の出口の端における通気を選択的に制御することを特徴とする質量分光計装置。
【図1−1】
【図1−2】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5−1】
【図5−2】
【図5−3】
【図6−1】
【図6−2】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【図22】
【図23】
【図24】
【図25】
【図26】
【図1−2】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5−1】
【図5−2】
【図5−3】
【図6−1】
【図6−2】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【図22】
【図23】
【図24】
【図25】
【図26】
【公開番号】特開2007−187657(P2007−187657A)
【公開日】平成19年7月26日(2007.7.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−160(P2007−160)
【出願日】平成19年1月4日(2007.1.4)
【分割の表示】特願平11−501177の分割
【原出願日】平成10年6月2日(1998.6.2)
【出願人】(399004393)エムディーエス インコーポレーテッド (1)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成19年7月26日(2007.7.26)
【国際特許分類】
【出願日】平成19年1月4日(2007.1.4)
【分割の表示】特願平11−501177の分割
【原出願日】平成10年6月2日(1998.6.2)
【出願人】(399004393)エムディーエス インコーポレーテッド (1)
【Fターム(参考)】
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