説明

可変屈折力の光学素子

本発明は、異なる比率によって混合される2つの液晶(CL1、CL2)を含むセル(2、20、21)に分割された可変屈折力の光学素子に関する。各セルにおける液晶のうちの一方の比率は、光学素子の中心点と上記セルの間の半径方向の距離に基づいて増加する。2つの液晶の適切な選択によって、上記光学素子の2つの制御状態間の屈折力について大きな変化がもたらされる。より詳細には、光学素子は、収束レンズの状態と発散レンズの状態との間で変化する視力矯正用レンズからなり得る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、可変屈折力の光学素子に関する。
【0002】
本発明は、特に可変屈折力を有する光学レンズまたは視力矯正用レンズに関する。
【背景技術】
【0003】
可変屈折力を有する、投影装置の対物レンズが既に存在する。例えば、レンズの屈折力は、このレンズによって支持されている2つの電極間に適切な電圧を印加することによって電気的に変えることができる。この方法では、投影装置によってスクリーンに形成される画像においては、機械部品を動かさずに焦点を合わせることができる。さらに、その焦点合わせは非常に短い応答時間で行うことができ、また対物レンズの製造コストは低減される。
【0004】
公知であるように、このような可変屈折力の光学素子は、
- それ自体がレンズであり得る基板と、
- ネマティック液晶またはコレステリック液晶を含む、基板の面に平行に広がるリザーバ(reservoir)と、
- リザーバに含まれる液晶のホメオトロピック配向とプラナー配向との間を変化させることができる、制御可能な分極システムとを含む。
【0005】
例えば、分極システムは、リザーバの第1の側にある基板の面に平行に配置された、透明で連続した基準電極を含む。分極システムはまた、透明であり互いに絶縁され、リザーバの第2の側に、同様に基板の面に平行に配置された一組の分極電極を含む。さらに、分極電極は同心円状であり、基準電極を基準として、電圧を分極電極にそれぞれ同時に印加することができる。
【0006】
電圧が印加されていない場合は、液晶は、基板の全面にわたって一様な自発的配向を示す。一般に、この自発的配向は、液晶と接触しているブラシ掛けされた薄いポリイミド層によって決定される。この自発的配向は、例えばプラナーでもよい。基準電極と、分極電極の1つとの間に電圧が印加されると、この分極電極の所に位置している液晶は、電圧の値に応じて増加する角度分ずらされる。したがって、分極電極の半径の関数として増加する電圧を、分極電極に同時に印加することによって、液晶は、リザーバの中心部と外周ゾーンとの間で次第に変化する新たな配向を示す。例えば、中心部の分極電極に印加される電圧はゼロであってもよく、それによって液晶のプラナー配向がリザーバの中心部に保持される。別の電圧が、最も外側の分極電極に同時に印加され、それによって、リザーバのこの位置において液晶がホメオトロピック配向の状態にされる。中間の電極に対する電圧は、中心部と外周端の間の液晶について、次第に変化する配向を生み出す。
【0007】
さらに液晶は、リザーバを支持する基板の面に垂直に光学素子を通過する光線に対して、プラナー配向に対する値と、ホメオトロピック配向に対する値との間で変化する、屈折率の見掛け値を局部的に有する。
【0008】
公知であるように、ネマティック液晶またはコレステリック液晶は、noで示される正常屈折率の値と、neで示される異常屈折率の値とを有する。液晶がホメオトロピック配向を有するリザーバの外周ゾーンでは、屈折率の見掛け値はnoであり、液晶がプラナー配向を有するリザーバの中心部では(ne+no)/2に等しい。したがって、リザーバの中心部と外周ゾーンとの間の屈折率の見掛け値の差は、分極状態では(ne-no)/2=Δn/2となり、分極電圧が印加されていない状態ではゼロとなる。
【0009】
最も外側の電極が半径Rの円とすると、液晶の光学効果は、
P=e・Δn/R2 (1)
の関係によって与えられる、屈折力Pの追加レンズの光学効果に等しくなり、ここでeはリザーバの厚さである。分極システムがアクティブ化されている場合には、Δnの符号によって、その等価レンズは収束するか、または発散する。分極システムがアクティブ化されていない場合には、リザーバは光学効果を有さず、それは屈折力がゼロであることに相当する。
【0010】
したがって、2つの状態間の素子の屈折力の変化は、使用される液晶に対する屈折率の差分値Δn=ne-noによって制限される。この制限値は、使用される液晶にかかわらず、決められた用途に対して低すぎる場合がある。
【0011】
説明した素子に相当するレンズの屈折力の変化を増やすために、液晶のリザーバの各側に、その液晶のプラナー配向の方向と平行にリニア偏光子を加えることが知られている。それによって、液晶のプラナー配向に対する屈折率の見掛け値はneとなり、リザーバの中心部と外周ゾーンとの間の屈折率の見掛け値の差は、分極状態においてΔnとなり、非分極と分極の2つの状態間の屈折力の変化は2・e・Δn/R2となる。したがって、屈折力の変化は2倍となるが、偏光子は、自然光に対する光学素子の光伝送に関して、多くの用途に適合することのない、半分以上の減衰を引き起こす。
【0012】
さらに、閉じたセルに含まれる液晶を組み込んでいる透明な光学素子も存在する。このような光学素子は、基板と、基板の面に平行に並置された一組の透明な分離セルとを含む。セル構造体では、素子の寿命にわたって恒久的である、分離セルに含まれる混合物の成分を変えることが可能である。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明の目的は、既に知られている素子の屈折力の変化よりも大きい変化の、新しい可変屈折力の光学素子を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
このため、本発明は、
- 基板と、
- 基板の面に平行に並置された、一組の透明な閉じた分離セルと、
- セルに含まれるネマティック液晶またはコレステリック液晶のホメオトロピック配向とプラナー配向との間の変化をもたらすことができる、制御可能な分極システムと
を含む可変屈折力の光学素子を提案する。
【0015】
本明細書の枠組みの中では、透明度とは、セルアセンブリを通じて任意の物体または景色を鮮明に見るための能力を意味する。すなわち、セル集合体を通過する光は、視界を曇らせ得るようには変更されない。特に、その光は拡散も回折もしないため、光学素子からある距離に位置している点光源は、セルアセンブリを通じて点として知覚される。
【0016】
本発明による光学素子は、基板の面の中心点の近くに位置している少なくとも1つのセルが、第1のネマティック液晶またはコレステリック液晶を含み、この中心点からある距離の所に位置しているセルが、この第1の液晶と、この第1の液晶とは異なる第2のネマティック液晶またはコレステリック液晶との混合物を含むことを特徴とする。さらに、各セル内の混合物における第1の液晶に対する第2の液晶の比率が、このセルと基板の面の中心点との間の半径方向の距離の関数として増加する。さらに、半径方向の距離の関数としての各セルにおける比率の増加は、分極システムに適用される命令の作用として、セル集合体を通過する光線に対して第1または第2の屈折力の値を光学素子が有するように適合されている。
【0017】
したがって、本発明による光学素子は、異なるセルの中に可変の比率で混合される2つの液晶を含む。これらの比率は、閉じた分離セルの中に各混合物を配置するために、恒久的である。この方法では、隣接するセルの中身は接触せず、また一方のセルから他方のセルに拡散することもない。
【0018】
さらに、基板の面の中心部から次第に遠くなるセルに含まれる混合物の比率が次第に変化することによって、分極システムに適切に命令することで、基板の面の中心部における第1の液晶の配向と、基板の外周ゾーンにおける第2の液晶の配向とをそれぞれ同時に制御することができる。したがって、第1の液晶は、基板の中心部において第1の配向を有することができ、第2の液晶は、外周ゾーンにおいて第2の配向を同時に有することができ、中心部と外周ゾーンの間の中間のセルに含まれる混合物の配向は、連続して変化する。したがって、第1および第2の液晶の適切な選択と、それらのそれぞれの配向とによって、同じ液晶の異常屈折率neと正常屈折率noの2つの間の差異Δnをそれぞれ組み合わせることが可能であり、それによって素子の屈折力は、第1の液晶だけ、または第2の液晶だけを含む光学素子と比べて、2つの制御状態の間で増加した変化を有する。
【0019】
そのため、本発明による光学素子は、多数の用途に使用することができる。特に、これらの光学素子は、画像投影用機器、観測または観察用の光学機器、または視力矯正用途に使用することが可能である。
【0020】
さらに、本発明による光学素子は、以前より知られているような可変屈折力の光学素子と実質的に同一の寸法および空間要件を有する。
【0021】
さらに、光学素子の重さは、基板の重さと実質的に同一にすることができ、このことは、特に視力矯正用途に対して特に有利である。
【0022】
分極について2つの極端な状態において生み出される素子の屈折力間のより大きな変化は、
- 第1の液晶を含み第2の液晶を含まない、基板の面の中心点の近くに位置している少なくとも1つのセル、および/または、
- 第2の液晶を含み第1の液晶を含まない、基板の外周端の近傍に位置しているセル
である条件のもとで得られる。
【0023】
本発明の第1の実施形態によれば、制御可能な分極システムは、対向しておりそれぞれが基板の面に平行に広がっている2つの透明電極を含むことができる。セル集合体は、2つの電極間に位置しており、それによって電極は、電極間に電圧が印加されると、全てのセルに電場を発生する。さらに、この第1の実施形態に対しては、第1および第2の液晶は、それぞれ逆の符号をもつ第1および第2の誘電異方性をそれぞれ有する。さらに分極システムは、2つの電極間に印加される電圧の変化が、第1の液晶を含み第2の液晶を含まないセル、または第2の液晶を含み第1の液晶を含まないセルにおける第1および第2の液晶のうちの一方に対してプラナータイプの配向とホメオトロピックタイプの配向との間の変化をもたらし、また同時に、他方の液晶に対してこれらのタイプの配向間の逆の変化をもたらすように構成されている。
【0024】
本発明のこの第1の実施形態の利点は、セルにおける電気的な分極場を作るために、連続的な電極を使用することができる点である。このような電極は、エッチングの段階を必要とせずに簡単に形成できるため、光学素子の製造コストが低減される。
【0025】
本発明の第2の実施形態によれば、制御可能な分極システムは、対向しておりそれぞれが基板の面に平行である2つの透明電極アレイを含むことができる。さらに、セル集合体は、2つの電極アレイの間に位置しており、そのため、これらのセルのアドレス指定命令が与えられると、電極アレイは少なくともいくつかのセルに電場を発生する。この第2の実施形態は、特に、第1および第2の液晶が電場に対してそれぞれ異なるしきい値を有する場合に、第1および第2の液晶が混合されていない形態で存在するセル内で、これらの液晶の配向変化を同時に引き起こすように適合され得る。第2の実施形態はまた、第1および第2の液晶がそれぞれ同一符号の誘電異方性を有する場合に対しても適合される。
【0026】
一般に、命令信号が分極システムにアドレス指定されていない場合に光学素子の状態制御を向上させるために、光学素子は、液晶に対するアンカリング表面部分をセル内にさらに含むことができる。これらのアンカリング表面部分は、制御可能な分極システムがアクティブ化されてない場合には、第1の液晶または第2の液晶を含み他方の液晶を含まないセルにおいて、この液晶の配向を設定するように適合されている。
【0027】
最後に、光学素子の基板は、それ自体が光学レンズまたは光学レンズの一部を含むことができる。そのため、液晶を含むセル集合体は、基板レンズの屈折力と結合する付加的な可変の屈折力を生み出す。
【0028】
本発明の他の特徴および利点は、添付図面を参照した、非限定的な実施形態に関する以下の説明において明らかになるであろう。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】本発明による第1の光学素子の断面図である。
【図2a】光学素子の異なる状態を示す、図1の一部の拡大図である。
【図2b】光学素子の異なる状態を示す、図1の一部の拡大図である。
【図3】本発明による別の光学素子を示す図である。
【図4】本発明による別の光学素子を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0030】
これらの図では理解しやすいように、図示されている素子の寸法は、実際の寸法にも寸法関係にも一致していない。さらに、異なる図における同一の参照符号は、同一の要素、または同一の機能を有する要素を示す。
【0031】
当業者には周知である技術的要素は、以下では詳細に説明しない。特に、液晶の構造や使用方法のみならず、セルアセンブリの製造方法については、他のどこかで入手可能な文献に対して参照を行うことができる。
【0032】
次に、視力矯正用途の特定の場合について本発明を説明するが、この視力矯正用途は非限定的であることを理解されたい。本明細書を読むと、本発明を他の分野に応用するために、必要なパラメータをどのように適応させるかが当業者にはわかるであろう。
【0033】
図1に示されているように、要求される屈折力の変化が眼鏡レンズの制限された部分に限定されている場合には、基板10は、視力矯正用レンズまたは視力矯正用レンズの一部を含む。公知であるように、このような視力矯正用レンズは、1つの面が最終的な形状を有するセミフィニッシュの眼鏡レンズ(semi-finished eyeglass)であり得る。あるいは、このレンズは、両方の面が既に最終的な形状を有する完成品の眼鏡レンズであってもよい。完成品の眼鏡レンズに関しては、そのレンズは、例えば直径60cm(センチメートル)の円形端の、セミフィニッシュの眼鏡レンズの外周端を有していてもよく、または、組立てられるように考えられている眼鏡フレームの台座の寸法に既に加工されていてもよい。
【0034】
レンズ10の前面および背面は、S1およびS2でそれぞれ示されている。面S1は凸状であり、面S2は凹状である。理解しやすいように、図2aおよび図2bでは、レンズ10の面S1は、これらの2つの図において平坦に示されているが、説明したように実際は凸状であり得ることを理解されたい。本発明を実施するために必要なセル構造体は、2つの面S1およびS2の一方または他方に配置することができる。必要によっては、面S1または面S2の一方に重ね合わせることによって、2つ以上のこのようなセル構造体を同一の眼鏡レンズにおいて組み合わせるか、または、これらの2つの面に分配することができる。Bは、セミフィニッシュの眼鏡レンズの端であるか、または加工後の眼鏡レンズの端である、レンズ10の外周端を示す。
【0035】
例えば、セル集合体2は、面S1を外周端Bまで連続して覆う。このセル集合体2は、各壁が2つの隣接するセルを分離する、壁3のネットワークによって画定されている。壁3は、5μm(マイクロメートル)から100μmの間からなり得る高さhを有して、面S1に実質的に垂直に広がっている。例えば、高さhは、20μmに等しくてもよい。セル2は、例えば、レンズ10に対向している壁3の頂部に連続して固定されている密封膜4によって、それぞれ密封するように閉じられている。面S1に平行な各セル2の寸法は、10μmから200μmの間であってよく、実質的には、例えば50μmに等しくてもよい。
【0036】
Z-Zは、セル2に含まれる液晶の比率のための、回転対称の軸を示す。すなわち、これらの比率は、軸Z-Zと各セル2の間で測定される半径方向の距離rに基づいて変化する。軸Z-Zは、レンズ10の軸、好ましくはレンズ10の光軸に一致していてもよい。Aは、面S1の中心点を示す。簡潔にするため、以降ではことわらない限り、軸Z-Zが点Aを通過するものとする。
【0037】
参照符号20は、点Aまたはその近くに位置するセル2を示す。参照符号21は、外周端Bの近くに位置するセル2を示す。参照符号2は、任意のセル2を総称的に示すようにとられている。
【0038】
図2aおよび図2bでは、参照符号5および参照番号6は、軸Z-Zに沿ってセル集合体2の上下にそれぞれ位置している2つの電極を示す。電極5は、膜4によって支持することができ、電極6は、レンズ10の面S1によって支持することができる。これらの電極5および電極6は、例えばスズをドープした酸化インジウムスズ(ITO)であってもよい導電材料によって構成される。これらはそれぞれ、例えば0.01μmと0.5μmの間からなり得る厚さを有する。電極5および電極6は、次に説明する本発明の第1の実施形態において、連続的であり、それぞれが面S1と同じ範囲を有する。調整可能電源100は、電極5および電極6に電気的に接続されている。この電源100が非ゼロ電圧を発生する場合、電極5および電極6は、全てのセル2において実質的に同一である電場を作る。電源100および電極5および電極6は共に、セル2に含まれる液晶を配向させることができる制御可能な分極システムを構成する。
【0039】
以降ではCL1とCL2で示される、半径方向の距離rに基づいて変化する比率を有するネマティック液晶またはコレステリック液晶の2つが、セル2に分配される。特に、各セル2内のCL2の比率は、距離rに応じて増加する。
【0040】
本発明を全体的に制限することなく、CL2の比率は、セル20ではゼロであり、セル21では1.00に等しいものとする。例えば、CL2のこの比率は、(r/R)2に実質的に等しくてもよく、ここでRは円形端Bに対する半径である。明らかに、このような比率の変化は、例えばセル2の中心である、セル2のそれぞれの基準点に対応する、半径方向の距離rの離散値に対してのみ行われる。さらに、異なるセル間のCL2の比率の変化は、液晶CL1および液晶CL2を混合するために用いられる技法に依存する一定の増分の倍数であり得る。混合物が2つの成分だけを含む場合は、それぞれのセル2におけるCL1の比率は、CL2の比率を補完するものである。
【0041】
公知であるように、分極システムがアクティブ化されていない場合には、液晶は、その液晶が接触しているアンカリング表面によって固定される配向を示す。配向した表面のテクスチャ(texture)を有するこのようなアンカリング表面は、ポリマーによって構成することができる。外部の分極場がない場合には、アンカリング表面は、ネマティック液晶またはコレステリック液晶を、プラナー型またはホメオトロピック型に配向させることができる。この配向は、液晶とポリマー間の相互作用の性質だけでなく、液晶自体、アンカリング表面であるポリマー、アンカリング表面のテクスチャリング(texturing)の種類にも依存する。
【0042】
液晶CL1または液晶CL2が面S1に平行となる場合、それらがプラナー配向を有することを思い出されたい。この場合には、この配向は、1つのセル2内部において、面S1に平行であって軸Z-Zに沿う異なる高さの所に位置する面の間で変化し得る。ホメオトロピック配向は、面S1に垂直となる液晶CL1または液晶CL2に相当する。
【0043】
参照符号7は、アンカリング表面を形成するポリマー層を示す。ポリマー層は、電極6と、壁3のネットワークとの間に連続的に配置されていてもよい。あるいは、ポリマー層7は、電極5によって支持されていてもよく、また、セル2の内部容量に見合う独立部分から形成されていてもよい。必要によっては、アンカリング表面部分は、壁3によって支持されていてもよい。全ての場合において、アンカリング表面部分は、セル2に含まれる液晶と直接接触している。
【0044】
これらのアンカリング表面部分は、制御可能な分極システムがアクティブ化されていない場合には、第1の液晶を含み第2の液晶を含まないセルにおいて、この第1の液晶がプラナー配向を有するように適合され、また、第2の液晶を含み第1の液晶を含まないセルにおいて、第2の液晶がホメオトロピック配向を同時に有するように適合され得る。すなわち、電源100がゼロ電圧を出力するか、または電極5もしくは電極6の少なくとも一方から切断されている場合には、CL1は、セル20内部でプラナー配向を有し、CL2は、セル21においてホメオトロピック配向を有し、またはこれらの逆となる。液晶CL1と液晶CL2が一度選択されると、セル20におけるCL1およびセル21におけるCL2に対して、プラナーとホメオトロピックの2つの逆の配向を同時に得るために、ポリマー層7をどのように決定するかが当業者にはわかるであろう。必要によっては、電気的な分極がない場合にこのような光学素子の状態を得るために、セル20とセル21の間でアンカリング表面部分を変えることができる。
【0045】
図2aは、液晶CL1がセル20内部でプラナー配向を有し、液晶CL2がセル21内部でホメオトロピック配向を同時に有する場合における光学素子を示す。セル20とセル21の間では、液晶は、各セル2におけるCL1とCL2の比率に依存する中間的な斜めの配向を示す。CL2の比率が半径方向の距離rに応じて増加するとすれば、セル内部の配向は、rが増加すると次第により垂直となる。電源100が電圧を出力していない場合、光学素子のこの状態は自発的とすることができる。
【0046】
さらに、液晶CL1および液晶CL2は、逆の符号をもつ誘電異方性を有する。液晶の誘電異方性DAは、正常屈折率の値noと異常屈折率の値neのそれぞれの2乗の相対的差を示し、すなわちDA=(ne2-no2)/no2となることを思い出されたい。すなわち、電極5および電極6の2つの間に印加される十分な値の電圧に対して、液晶CL1および液晶CL2の一方はプラナー配向を示し、他方はホメオトロピック配向を示す。
【0047】
図2bは、図2aの状態と逆の分極状態における光学素子を示す。すなわち、液晶CL1の配向は、セル20内部でホメオトロピックであり、液晶CL2の配向は、セル21内部で同時にプラナーである。この状態は、CL1およびCL2のそれぞれの選択しきい値よりも大きい、電源100によって出力された電圧の値に相当する。
【0048】
図2aの状態では、液晶CL1は、セル20において見掛け屈折率の値(ne1+no1)/2を有し、ここでno1はCL1の正常光屈折率であり、ne1はCL1の異常光屈折率である。本明細書の枠組みの中では、光の屈折率の見掛け値(それぞれの変化)は、面S1に実質的に垂直に光学素子を通過する光線に影響を与える値(それぞれの変化)を意味する。同時に、液晶CL2は、セル21において見掛け屈折率の値no2を有し、ここでno2はCL2の正常屈折率である。そのため、第1の状態に対して、外周端Bと中心点Aとの間の屈折率の見掛け値の差は、
Δ1=no2-(ne1+no1)/2 (2)
となり、これは第1の屈折力の値P1=2・e・Δ1/R2に対応する。
【0049】
同様に、図2bの状態における外周端Bと中心点Aとの間の屈折率の見掛け値の変化は、
Δ2=(ne2+no2)/2-no1 (3)
となり、ここでne2はCL2の異常屈折率である。したがって、素子の屈折力について対応する値は、P2=2・e・Δ2/R2となる。
【0050】
したがって、屈折力の値P1とP2の間の変化ΔPは、
ΔP=P2-P1
=(Δ21)2・e/R2
=[(ne2-no2)/2+(ne1-no1)/2]・2・e/R2
=(Δn1+Δn2)・e/R2
となり、ここでΔn1とΔn2は、それぞれ液晶CL1と液晶CL2に対する、異常屈折率と正常屈折率の差である。
【0051】
関係(1)と同一の数学的表現を用いることによって、
ΔP=ΔP1+ΔP2が得られる。
このため、説明した本発明による光学素子において、屈折力の変化ΔP1およびΔP2は、以前より知られている1種類だけの液晶を有する光学素子と比べて付加的に組み合わせられる。したがって、2種類の液晶CL1およびCL2の適切な選択によって、第1の液晶だけ、または第2の液晶だけを用いることによって別々に得られるそれぞれの変化ΔP1およびΔP2よりも、絶対値において大きくなり得る変化ΔPがもたらされる。
【0052】
さらに、液晶CL1および液晶CL2が、
no2<(no1+ne1)/2 (4)
の条件に従うとすると、図2aの状態に対して、一方のセル21と他方のセル20との間の屈折率の見掛け値の差Δ1は負となる。屈折力の値P1も同様に負となり、これは発散レンズの光学効果と同じタイプの、素子の光学効果に相当する。
【0053】
また、液晶CL1および液晶CL2が、
no1<(no2+ne2)/2 (5)
の条件に従うとすると、図2bの状態に対する屈折率の見掛け値の差Δ2は、屈折力の値P2と同様に正となる。そのため、素子は、収束レンズの光学効果と同じタイプの光学効果を有する。
【0054】
最後に、液晶CL1および液晶CL2が、条件(4)と条件(5)の両方にさらに従うとすると、2つの制御状態の間で、符号は屈折力によって変化する。すなわち、光学素子は、可逆に制御される方法によって、収束レンズの性質から発散レンズの性質に変化する。
【0055】
図3は、本発明の変形実施形態の斜視図であり、連続的な電極5および6が、2つの透明電極アレイによって置き換えられている。これらは対向して面S1に平行に広がり、セル集合体2は、これらの2つの電極アレイの間に位置している。この方法では、これらのセルをアドレス指定する命令が与えられると、電極アレイは、少なくともいくつかのセル2に電場を発生する。図では、参照符号5a〜5zおよび6a〜6zは、各アレイの電極をそれぞれ示す。例えば、各アレイの電極は、軸Z-Zを中心とする同心円状であってもよい。このような電極アレイの使用によって、中心部のセル20と外周部のセル21の中間のセル2における液晶に対する、斜めの配向のための電気的制御を向上させることができる。このために、半径方向の距離rの関数として次第に変化する適切な電圧を、対向する各対の電極に印加することができる。この方法ではまた、光学素子を通過する光線に対して、光学収差を低減することができる。
【0056】
必要によっては、電極5または電極6の一方が、先に説明した電極アレイによって置き換えられてもよい。この場合には、残りの方の連続的な電極は、電位基準面を構成することができる。
【0057】
制御可能な分極システムが電場型より構成され、少なくとも1つの電極アレイが、セル20およびセル21において異なる電場強度を発生させることができる場合、それぞれの異方性誘電体である2つの液晶CL1およびCL2は、必ずしも逆の符号を有していなくてもよい。事実、図2aおよび図2bにおける2つの状態は、これらの状態のそれぞれに対して、セル20およびセル21において、各液晶の配向変化の限界値に対して適切な電界強度を発生させることによって得られる。同様に、アンカリング表面部分の使用は、ある特定の液晶の対であるCL1とCL2に対しては、必ずしも必須ではない。
【0058】
図4に示されているように、本発明は、多焦点レンズを得るために、基板10の一部分だけの中に適用することができる。図4は、外周端Bによって境界を定められている光学素子の平面図である。この場合には、基板10は、それぞれ11および12で参照されている視力矯正用レンズの少なくとも2つの部分を含み、光学素子は、レンズ部分11に対して先に説明した本発明の実施形態の1つに従う。そのため、光学素子は、分極システムに適用される命令の作用として、レンズ部分11を通過する第1の光線に対して第1または第2の屈折力の値を有する。さらに、光学素子は、レンズ部分12を通過する第2の光線に対して第3の屈折力の値を有する。したがって、光学素子は、2焦点の視力矯正用眼鏡レンズとなり、そのレンズの構成部分の1つは、可変の屈折力を有する。
【0059】
必要によっては、本発明によってレンズ部分11に生じる、視力矯正用眼鏡レンズなどの第1または第2の屈折力の値は、レンズ部分12に生じる第3の屈折力の値と同じであってもよい。それによって、視力矯正用眼鏡レンズは、分極システムの制御状態の一方では2焦点となり、他方の制御状態では単一焦点(single-vision)となる。
【0060】
本発明のさらなる実施形態は、可変特性を有する累進の視力矯正用レンズの製造に関する。このため、屈折力が可変である、光学素子のアクティブ部分11は、累進レンズの近用ゾーン(near-vision zone)に相当し得る。分極システムがアクティブ化されると、その分極システムはさらに、アクティブ部分11の中心部と、非アクティブ部分12に対するこの部分の境界との間で連続的に減少する屈折力を生み出すことができる。
【0061】
本発明は、上記で詳細に説明した実施形態のうちのいくつかの態様を変更することによって再形成され得ることを理解されたい。特に、本発明者らは、先の説明に含まれる情報に基づいて容易に導入することが可能な、以下の変更形態について触れておく。
- 液晶の混合物を含むセルアセンブリは、基板として機能するレンズ10の制限された部分内に範囲を設けることができる。この場合、本発明が実施されるレンズ10の制限された部分が中心からずれている場合は特に、軸Z-Zは、必ずしもレンズ10の光軸に一致する必要はない。
- 基板は、プリズムまたはミラーであってもよい。
- 電気的な分極システムが2つの電極アレイを含む場合、特に、想定される用途に適合される光学素子の領域に対するアドレス指定を定義するために、各ネットワークは、任意の構成を有することができる。特に、電極アレイの一方によって、A点を中心とする、基板のアングラーカットアウト(angular cut-out)が画定され得る。
- 電極を有する制御可能な分極システムは電気的であり得るが、磁気分極コイルを用いる磁気的なものであってもよい。「2周波(dual frequency)」と呼ばれる特定の液晶に対しては、分極システムによって生成される液晶に対する配向命令は、分極場の周波数の変化に基づいていてもよい。
【符号の説明】
【0062】
2 セル
2 セル集合体
3 壁
4 密封膜
5 電極
5 分極システム
6 電極
6 分極システム
7 アンカリング表面部分
7 ポリマー層
10 基板
10 レンズ
11 視力矯正用レンズの第1の部分
12 視力矯正用レンズの第2の部分
20 セル
21 セル
100 調整可能電源
100 分極システム
A 中心点
B 外周端
CL1 液晶
CL2 液晶
r 半径方向の距離
S1

【特許請求の範囲】
【請求項1】
- 基板(10)と、
- 前記基板の面(S1)に平行に並置された、一組の透明な閉じた分離セル(2)と、
- セルに含まれるネマティック液晶またはコレステリック液晶のホメオトロピック配向とプラナー配向との間の変化をもたらすことができる、制御可能な分極システム(5、6、100)と
を含む、可変屈折力の光学素子であって、
前記基板の前記面(S1)の中心点(A)の近くに位置している少なくとも1つのセル(20)が、第1のネマティック液晶またはコレステリック液晶(CL1)を含み、前記中心点からある距離の所に位置しているセル(21)が、前記第1の液晶と、前記第1の液晶とは異なる第2のネマティック液晶またはコレステリック液晶(CL2)との混合物を含み、各セル(2)内の混合物における前記第1の液晶に対する前記第2の液晶の比率が、前記セルと前記基板の前記面の中心点との間の半径方向の距離(r)の関数として増加し、
前記半径方向の距離(r)の関数としての各セル(2)における前記比率の増加が、前記分極システムに適用される命令の作用として、セル集合体を通過する光線に対して第1または第2の屈折力の値を前記光学素子が有するように適合されていることを特徴とする、可変屈折力の光学素子。
【請求項2】
前記基板の前記面の中心点(A)の近くに位置している少なくとも1つのセル(20)が、前記第1の液晶(CL1)を含み、前記第2の液晶(CL2)を含まない、請求項1に記載の光学素子。
【請求項3】
前記基板(10)の外周端(B)の近傍に位置しているセル(21)が、前記第2の液晶(CL2)を含み、前記第1の液晶(CL1)を含まない、請求項1または2に記載の光学素子。
【請求項4】
前記制御可能な分極システムが、対向しておりそれぞれが前記基板の前記面(S1)に平行に広がっている2つの透明電極(5、6)を含み、前記電極間に電圧が印加される場合に前記電極が全てのセルに電場を発生するように、セル集合体(2)が前記2つの電極間に位置しており、
前記第1の液晶(CL1)および前記第2の液晶(CL2)が、それぞれ逆の符号を有する第1の誘電異方性および第2の誘電異方性をそれぞれ有しており、
さらに前記分極システムが、前記2つの電極間に印加される電圧の変化量が、前記第1の液晶を含み前記第2の液晶を含まないセル、または前記第2の液晶を含み前記第1の液晶を含まないセル(20、21)における前記第1および前記第2の液晶のうちの1つに対してプラナータイプの配向とホメオトロピックタイプの配向との間の変化をもたらし、前記第1の液晶と前記第2の液晶とのうちの他方に対して前記タイプ間の配向について逆の変化を同時にもたらすように構成されている、請求項1から3のいずれか一項に記載の光学素子。
【請求項5】
前記第1の液晶(CL1)および前記第2の液晶(CL2)が、
no2<(no1+ne2)/2、および
no1<(no2+ne2)/2
の条件に従い、ここで、
no1とne1がそれぞれ、第1の液晶に対する正常光屈折率と異常光屈折率であり、
no2とne2がそれぞれ、第2の液晶に対する正常光屈折率と異常光屈折率である、請求項4に記載の光学素子。
【請求項6】
前記制御可能な分極システムが、対向しておりそれぞれが前記基板の前記面(S1)に平行である、2つの透明電極アレイ(5a〜5z、6a〜6z)を含み、前記セル集合体(2)が、前記セルをアドレス指定する命令が与えられると、前記電極アレイが少なくともいくつかのセルに電場を発生するように、前記2つの電極アレイの間に位置している、請求項1から3のいずれか一項に記載の光学素子。
【請求項7】
前記制御可能な分極システム(5、6、100)がアクティブ化されてない場合に、前記第1の液晶(CL1)または前記第2の液晶(CL2)を含み他方の液晶を含まないセル(20、21)において、前記液晶の配向を固定するように適合されている、前記セル内における液晶のアンカリング表面部分(7)をさらに含む、請求項1から6のいずれか一項に記載の光学素子。
【請求項8】
前記制御可能な分極システム(5、6、100)がアクティブ化されていない場合に、前記第1の液晶(CL1)の配向が、第1の液晶を含み第2の液晶を含まないセル(20)においてホメオトロピックタイプまたはプラナータイプのものであり、同時に、前記第2の液晶(CL2)の配向が、第2の液晶を含み第1の液晶を含まないセル(21)において前記タイプの他方からなるように、アンカリング表面の前記部分(7)が適合されている、請求項7に記載の光学素子。
【請求項9】
前記基板(10)が、光学レンズまたは光学レンズの一部を含む、請求項1から8のいずれか一項に記載の光学素子。
【請求項10】
前記基板(10)が、視力矯正用レンズまたは視力矯正用レンズの一部を含む、請求項9に記載の光学素子。
【請求項11】
前記基板(10)が、視力矯正用レンズの少なくとも第1の部分(11)および第2の部分(12)を含み、
前記分極システムに適用される命令の作用として、前記第1のレンズ部分を通過する第1の光線に対する第1または第2の屈折力の値を有するように前記第1のレンズ部分(11)に対して、請求項1に従っており、
さらに、前記第2のレンズ部分(12)を通過する第2の光線に対する第3の屈折力の値を有する、請求項10に記載の光学素子。
【請求項12】
前記第1および前記第2の屈折力の値の一方が、前記第3の屈折力の値に等しい、請求項11に記載の光学素子。

【図1】
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【図2a】
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【図2b】
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【図3】
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【図4】
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【公表番号】特表2012−512422(P2012−512422A)
【公表日】平成24年5月31日(2012.5.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−540183(P2011−540183)
【出願日】平成21年12月14日(2009.12.14)
【国際出願番号】PCT/FR2009/052521
【国際公開番号】WO2010/076471
【国際公開日】平成22年7月8日(2010.7.8)
【出願人】(507229319)エシロール アンテルナシオナル (コンパニー ジェネラル ドプティック) (37)
【出願人】(500174661)サントル・ナショナル・ドゥ・ラ・レシェルシュ・サイエンティフィーク−セ・エン・エール・エス− (54)
【Fターム(参考)】