説明

可変形鏡

【課題】高分解能で鏡面変位を操作することが可能でありながら、鏡面を変歪させる際の過大な応力によって鏡を破損することを防止できる可変形鏡を提供すること。
【解決手段】可変形鏡は、変形可能な弾性体の鏡1と、鏡の裏面に接続され、鏡の変形を行う複数の駆動機構ユニット2とを備える。駆動機構ユニットのそれぞれは、ユニット移動端4と、ユニット固定端5と、アクチュエータ3と、第一の弾性体6及び第二の弾性7とを含む。第一の弾性体は、その一端がユニット移動端に接続され、他端がユニット固定端に接続されている。第二の弾性体は、その一端がアクチュエータの可動端に接続されており、他端がユニット移動端に接続されている。第一の弾性体の剛性は、第二の弾性体の剛性よりも高い。弾性体の鏡は、第一の弾性体と、第二の弾性体と、弾性体の鏡との三者の剛性の組み合わせによって定まるユニット移動端の移動によって変形される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、可変形鏡に関するものである。
【背景技術】
【0002】
可変形鏡は、光学素子の歪などに基づく光波面の歪みを補正するもので、補償光学装置、アレイレーザ発振器、画像処理装置などに用いられている。このため、可変形鏡には、光の波長オーダーあるいはそれよりもこまかいオーダーの分解能で鏡の形状(凹凸)を変形可能にすることが要求されている。
【0003】
可変形鏡の構造については、例えば、特開平5−333274号公報(特許文献1)に示されるものなどがある。かかる可変形鏡では、変形すべき鏡を、圧電素子等のアクチュエータの伸縮にて変形させる構造とし、アクチュエータと鏡との間は、金属またはセラミックで形成されたプッシャーにて接続されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平5−333274号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
このような可変形鏡にあっては、アクチュエータと鏡との間が、金属またはセラミックなどの硬い材料で形成されたプッシャーで接続されていたので、変形の駆動源たるアクチュエータの発生する変位が、そのまま鏡の変位となる。このため、光の波長オーダーあるいはそれよりも細かいオーダーの分解能で鏡の形状を変化させたい場合には、アクチュエータ自身が高い分解能を有する必要があり、現実的に使用可能なアクチュエータとしては圧電素子などに限定されていた。その一方で、圧電素子は、比較的剛性が高いものであるため、アクチュエータの発生する変位が、ほぼそのまま鏡の変位となり、アクチュエータが、操作ミスや駆動制御装置の暴走など、何らかの原因で、予定しない大きな変位を生じた場合には、鏡に過度な強制変位を生じさせることになり、鏡を破壊してしまう場合があった。
【0006】
本発明は、上記のような問題点を解決するためになされたものであり、高分解能で鏡面変位を操作することが可能でありながら、鏡面を変歪させる際の過大な応力によって鏡を破損することを防止できる可変形鏡を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上述した目的を達成するため、本発明の可変形鏡は、変形可能な弾性体の鏡と、前記鏡の裏面に接続され、該鏡の変形を行う複数の駆動機構ユニットとを備え、前記駆動機構ユニットのそれぞれは、ユニット移動端と、ユニット固定端と、アクチュエータと、第一の弾性体及び第二の弾性体とを含み、前記第一の弾性体は、その一端が前記ユニット移動端に接続され、他端が前記ユニット固定端に接続されており、前記第二の弾性体は、その一端が前記アクチュエータの可動端に接続されており、他端が前記ユニット移動端に接続されており、前記第一の弾性体の剛性は、前記第二の弾性体の剛性よりも高く、前記第一の弾性体と、前記第二の弾性体と、前記弾性体の鏡との三者の剛性の組み合わせによって定まる前記ユニット移動端の移動によって前記鏡が弾性変形される。
【発明の効果】
【0008】
本発明の可変形鏡によれば、高分解能で鏡面変位を操作することが可能でありながら、鏡面を変歪させる際の過大な応力によって鏡が破損することを防止することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】本発明の一実施の形態に係る可変形鏡を模式的に示す断面図である。
【図2】本実施の形態の可変形鏡において剛性にかかわる特性を概念的に示した模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明に係る可変形鏡の実施の形態について添付図面に基づいて説明する。なお、図中、同一符号は同一又は対応部分を示すものとする。
【0011】
図1は、本発明の一実施の形態に係る可変形鏡を模式的に示す断面図である。略平面形状の弾性体で構成された鏡1の裏面側には、複数の駆動機構ユニット2が配設されている。駆動機構ユニット2は、座標系20におけるX軸方向、Y軸方向の各方向について3列以上の配列で、総数が4個以上設けられており、2次元的なアレイ状に配置されている。なお、座標系20は、鏡1の略中央付近を中心に、鏡面の法線方向をZ軸(紙面上下方向)とし、鏡の面内方向をX軸(紙面表裏方向)およびY軸(紙面左右方向)とする、直交座標系としている。
【0012】
駆動機構ユニット2はそれぞれ、1箇所で鏡1の裏側に結合されており、その結合点で鏡1を押し引きすることにより鏡1の面形状(凹凸)を変化させることができる。駆動機構ユニット2は、リニアアクチュエータ3、ユニット移動端部材4、ユニット固定端部材5、第一の弾性体6及び第二の弾性体7を備えている。
【0013】
リニアアクチュエータ3は、移動子3A、ボールネジ軸3B、減速器3C及びモータ3Dを有している。移動子3Aは、具体的には、ボールネジの移動ナットである。モータ3Dは、所望の軸回転量を与えうるものであればよく、図示しない電源を遮断した状態においても有限の保持トルクを維持できるものであり、たとえばステッピングモータもしくはサーボモータを用いることができる。
【0014】
モータ3Dは、図示しないモータ駆動装置にて駆動制御される。モータ3Dの軸回転量は、減速器3Cによって適当な値に変換されて、ボールネジ軸3Bに伝達される。ボールネジ軸3Bの回転量は、移動子3Aの、軸線方向(Z軸方向)の並進移動量に変換される。
【0015】
移動子3Aは、鏡の面外方向に弾性変形可能な第二の弾性体7(本実施の形態ではコイルバネ)の一端に接続されており、第二の弾性体7を伸縮させる。第二の弾性体7の他端は、ユニット移動端部材4に接合されている。ユニット移動端部材4は、第二の弾性体7に接続されていると同時に、鏡の面外方向に弾性変形可能な第一の弾性体6の一端にも接合されている。第一の弾性体6の他端は、ユニット固定端部材5に接続されている。
【0016】
第一の弾性体6は、円筒構造の一部に周方向のきりこみを断続的に入れたもの、あるいは略円筒形のジャバラで構成されたものでもよい。第一の弾性体6、第二の弾性体7は、いずれも、Z軸方向に弾性的に伸縮可能である。
【0017】
本実施の形態では、第一の弾性体6及び第二の弾性体7はともに略円筒状の部材であり、第一の弾性体6の中に第二の弾性体7が配設され、第二の弾性体7の中にボールネジ軸3Bが配設されている。そして、これら第一の弾性体6、第二の弾性体7及びボールネジ軸3Bは同軸的に設けられている。よって、各駆動機構ユニットをコンパクト(特にX−Y方向にコンパクト)に構成することができる。
【0018】
第一の弾性体6のZ軸方向(鏡の面外方向)の剛性(外力/変形量)は、弾性体7のZ軸方向の剛性に比べて、高いものとなっている。第一の弾性体6と第二の弾性体7とのZ方向の剛性の比率は、[弾性体6の剛性/弾性体7の剛性]の値が、おおむね5以上、望むらくは10〜1000程度の値であることが望ましい。
【0019】
駆動機構ユニット2はすべて、それぞれのユニット固定端部材5の位置において、同一(共通)のベース8に固定されている。ベース8は、図示しない全体保持構造によって、本可変形鏡の全体を保持する別の構造体に結合されている。全体保持構造は、本可変形鏡の剛体的アライメントを調整可能なティルト調整機能をもたせてあってもよい。
【0020】
駆動機構ユニット2と鏡1との間は、結合部材9によって離散的に結合されている。結合部材9は、一対の結合部9A,9Bと、少なくとも一つ(本実施の形態では一対)のくびれ部9C,9Dと、太軸部9Eとを有している。結合部9Aは、鏡1の裏面にて鏡1に接合されており、接合部9Bは、ユニット移動端部材4に接合されている。くびれ部9C、9Dは、太軸部9Eの両端(接合部9A側および接合部9B側)近傍において、それぞれ、軸径を減少させたものであり、弾性的に屈曲可能で、太軸部9Eに比べて細く短いロッド形状をなしている。かかる構成によって、結合部材9は、鏡1の法線方向の剛性(外力/変形量)は高く、鏡1の面内方向およびX軸まわり、Y軸まわりの回転の変位には剛性が低くなるように構成されている。
【0021】
鏡1の端部(周縁部)は、鏡面拘束機構10によってベース8に対して固定されている。鏡面拘束機構10は、エッジ接合部10A、弾性支持体10B及び支柱10Cを備えている。エッジ接合部10Aは、鏡1の周縁部の特定箇所(たとえば鏡全体で3箇所)に離散的に接合されており、弾性支持体10Bは、それらエッジ接合部10Aを支柱10Cにつないでいる。弾性支持体10Bは、鏡1がおかれるX−Y面に平行に延びており、特に本実施の形態では、X−Y面に平行な面内において鏡1の板厚の中心(または鏡の重心)を通るように延びており、エッジ接合部10Aに連結されて、Z方向に容易に(鏡1よりも柔らかく)撓むことができるように構成された薄板ばねにより構成されている。かかる構成によって、鏡面拘束機構10は、鏡の面内方向には剛性が高く、鏡の法線方向には剛性が低くなるように構成されている。なお、弾性支持体10Bは、薄板ばねにより構成されていることには限定されず、例えば、X−Y面に平行な面内において鏡1の板厚の中心を通るように延びたワイヤーにより構成されていてもよい。
【0022】
また、リニアアクチュエータ3に対しては、リミッター11が設けられている。リミッター11は、移動子3Aに固定されたピン11Aと、ユニット固定端部材5の一部に設けられた窓11Bとの組み合わせによって構成されている。ピン11Aは、移動子3Aに固定された状態で窓11Bの内部に入り込むような長さに設定されており、ピン11Aの太さ又は移動子3Aへの取り付け位置は、変更可能である。これにより、移動子3Aの移動は、ピン11Aが窓11B内で移動できる範囲内に制限される。なお、上記リミッターはあくまでも一例であり、個々のリニアアクチュエータの可動端の移動可能な範囲を所望の範囲に制限することができる調整可能なリミッターであれば上記以外の構成でもよく、例えば、リミットスイッチ等を用いることもできる。
【0023】
このような構成によれば、
鏡のZ方向外力に対する変形のZ方向剛性(外力/変形量)を Km、
第一の弾性体6のZ方向剛性を Kb、
第二の弾性体7のZ方向剛性を Ka、
結合部材のZ方向剛性を Kcとすると、
ベースを固定端とし、移動子3AをZ方向にZdだけ移動させたときの、鏡のZ方向変位量ZmとZdとの比率は、式(1)にて表される。なお、式(1)の導出の根拠は、後述する。
Zm/Zd=Ka/[Ka+Kb+Km+(Km/Kc)(Ka+Kb)]・・・式(1)
【0024】
前述の式(1)は、KcがKa,Kb,Kmに比べて十分に大きい場合には、式(2)のように近似的に表すことができる。
Zm/Zd≒Ka/[Ka+Kb+Km]・・・式(2)
【0025】
ここで(1)式の導出の根拠を詳細に説明する。図2は、本実施の形態の可変形鏡において剛性にかかわる特性を概念的に示した模式図である。図2において、リニアアクチュエータ3に相当する可変長要素を参照符号31とし、第二の弾性体7に相当する要素を符号32とし、第一の弾性体6に相当する要素を符号33とし、接合部材9に相当する要素を符号34とし、鏡1の剛性に相当する要素を符号35とする。
【0026】
リニアアクチュエータの固定端は、符号36で示され、その変位が固定されている。第一の弾性体6に相当する要素33の一端は、固定端37で固定されている。第一の弾性体6に相当する要素33の他端は、第二の弾性体7に相当する要素32と、接合部材9に相当する要素34とに結合されており、それらの結節点が符号40で示される。結節点40は、ユニット移動端部材4に相当する要素である。
【0027】
鏡1の剛性に相当する要素35と、接合部材9に相当する要素34とは、結節点41において結合されている。鏡1の剛性に相当する要素35のもう一つの端部は、固定部38にて固定されている。但し、固定部38は、鏡の別の支持点もしくは別途設けられた固定機構等による拘束の効果を示すものであり、鏡の剛性Kmは、その固定部38と結節点41との間にある剛性をまとめたものである。
【0028】
ユニット移動端部材4のZ方向変位は、結節点40の変位に相当し、Zbで表されている。鏡の変位は、結節点41の変位Zmで表される。リニアアクチュエータ3の移動子のZ方向変位は、可変長要素31と第二の弾性体7に相当する要素32との結節点39の変位Zdで表される。
【0029】
図2に示した要素の静的な力の釣り合いを考えると、まず、結節点40での静的な力の釣り合いより、式(3)を得る。
−Kb*Zb−Ka(Zb−Zd)+Kc(Zm−Zb)=0・・・式(3)
【0030】
同様に、結節点41での静的な力の釣り合いより、式(4)を得る。
Km*Zm+Kc(Zm−Zb)=0・・・式(4)
【0031】
式(3)、式(4)より、Zbを消去して整理すると、前述した式(1)が得られる。
【0032】
次に、比較例を参照しながら、本実施の形態の特徴を説明する。なお、接合部材9に相当する部分のZ方向の剛性Kcは、一般に、その他の部材のZ方向のたわみに与える影響を無視できるように、十分に高くするものであるから、以下は、近似式である式(2)にもとづいて説明する。
【0033】
まず、本実施の形態のような第一の弾性体(剛性Kb)および第二の弾性体(剛性Ka)がともに無く、駆動機構ユニットのリニアアクチュエータが鏡に直結している第1の比較例を想定すると、式(2)において、Kb=0、Km/Ka→0とおけるので、かかる第1の比較例では、式(2)に代えて、式(5)が成り立つ。
Zm/Zd≒1・・・式(5)
すなわち、リニアアクチュエータの出力変位が鏡の変位と一致することとなる。
【0034】
しかしながら、かかる第一の比較例では、アクチュエータの発生する変位が、ほぼそのまま鏡の変位となり、アクチュエータが、操作ミスや駆動制御装置の暴走など、何らかの原因で、予定しない大きな変位を生じた場合には、鏡に過度な強制変位を生じさせることになり、鏡を破壊してしまう場合が生じうる。
【0035】
また、第一の弾性体(剛性Kb)がなく、第二の弾性体(剛性Ka)が存在する第2の比較例を考える。この態様では、式(2)において、Kb=0とおけるので、式(2)は以下の式(6)のようになる。
Zm/Zd≒Ka/[Ka+Km]・・・式(6)
従って、式(5)の場合に比べて、鏡の変位Zmは、Zdそのものではなく、縮小されたものとなる。変位の縮小率は、上記(6)式で与えられる。とりわけKaの値をKmよりも小さくすることにより、縮小の度合いは大きく(縮小率は小さく)なる。一数値例として、Ka/Km=1/100とすれば、
Zm/Zd≒(Km/100)/[(Km/100+Km)]=1/101となり、
この場合には、縮小率は1/101と、第1の比較例よりもほぼ2桁小さくなる。
【0036】
このように変位が縮小されることは、光の波長オーダーあるいはそれよりも細かいオーダーの分解能で鏡の変形を制御する必要がある可変形鏡にとっては、制御精度が向上するので、ひとまず好ましいことである。また、そのように細かい分解能での鏡変位の制御を、分解能の粗いリニアアクチュエータとの組み合わせであっても実現できるので、高分解能を容易に得ることが出来る。また、アクチュエータの発生する変位が、ほぼそのまま鏡の変位となるわけではないので、何らかの原因で、予定しない大きな変位を生じた場合にも、鏡に過度な強制変位を生じにくいので、鏡の破壊を回避できる可能性は高い。
【0037】
しかしながら、上記のように第一の弾性体(剛性Kb)が存在しない状態では、鏡は、自身の剛性を除いては、Z方向に第二の弾性体(剛性Ka)で拘束されているだけであり、とくに、縮小率を小さくして高分解能を得ている場合には、KaはKmに比べて小さくしているので、鏡のZ方向への揺れに対する剛性が乏しくなり、揺れの外乱に対して弱く(振動しやすく)なるという問題がある。よって、光の反射を利用して波面を制御する可変形鏡においては、鏡の振動は波面を乱す原因となるので、好ましくないのは当然である。
【0038】
これらの第1及び第2の比較例に対して、本実施の形態では、前述したように第一の弾性体(剛性Kb)と第二の弾性体(剛性Ka)とを備えているので、鏡は、第二の弾性体(剛性Ka)に加えて第一の弾性体(剛性Kb)によっても並列的に拘束されることになるので、Z方向揺れに対する鏡の剛性が高くできる。しかも、Kbが加わった分だけ、縮小率も、より小さくできる。
【0039】
以上から分かるように、本実施の形態の構成によれば、高分解能の鏡変位制御を容易に獲得できることと、Z方向の鏡のゆれに対する剛性が高く振動が生じにくいということとを、同時に達成することができるという優れた利点が得られている。また、鏡が与えられたとき、変位縮小率を所望の値にすることと、鏡の揺れに対する剛性を所望の値にすることとは、本発明によれば、Kaの値とKbの値を独立に設計できることから、容易に両立できるようになる。
【0040】
一数値例として、
Ka/Km=1/10
Kb/Ka=1000/1
とすると、式(2)より、
Zm/Zd≒Ka/[Ka+Kb+Km]=1/111
となる。
【0041】
従って、この縮小率(1/111)は、先の数値例の縮小率(1/101)とほとんど同等な値であるが、鏡の揺れに対する剛性は、先の数値例よりもおよそ10倍高くできている。他の所望の縮小率の設定と鏡の揺れに対する剛性の設定についても、Kmがあらかじめ与えられても、KaとKbの値を独立に調整することにより実現可能である。
【0042】
さらに、式(1)、式(2)では、鏡の剛性Kmをひとつの値で表したが、より詳細には、鏡の剛性Kmは、鏡に生じる曲げ変形のなめらかさによって異なる値を示すものであり、一定の外形寸法の鏡においても、曲げの凹凸の数が少ない(空間周波数の低い)変形に関しては、剛性が低く、曲げの凹凸の数が多い(空間周波数の高い)変形に関しては、剛性が高いという性質を有する。前者を低次の変形モード、後者を高次の変形モードと呼ぶ。
【0043】
従って、この詳細な鏡の剛性の性質を考慮すれば、式(1)、式(2)におけるKmはKm(j)と書き直すことができる。ここで、jは、空間周波数の大小を表すパラメータであり、具体的には、1枚の鏡においてN個の駆動機構ユニットを接続して凹凸を形成する場合は、jは1〜Nの整数値をとる。Kmの値は、j=1のとき、最もゆるやかな曲げ変形の剛性を表すので、最も小さい値となり、j=Nのときは、N個の駆動機構ユニットで形成できるもっとも細かい凹凸の曲げ変形を表すので、最も大きい値となる。代表的な鏡の一数値例では、N=49のとき、Km(N)は、Km(1)の約1000倍になるものがある。
【0044】
よって、この性質と前記の変位縮小の特長とを組み合わせれば、同一量の移動子3Aの移動量Zdに対して、jの値が小さい、空間周波数の低い曲げ変形(低次の変形モード)に対しては、鏡の変位量が大きく得られ、jの値が大きい、空間周波数の高い曲げ変形(高次の変形モード)に対しては、鏡の変位量は小さく抑えられる。
【0045】
ここで、鏡の曲げ変形において注意を払わなければならない問題として、曲げにともなう応力の発生の問題がある。曲げにともなう鏡の応力は、曲げの曲率に比例して大きくなるものであるから、同じ変位量に対しても、空間周波数の低い曲げに対しては応力の発生は小さく、空間周波数の高い曲げに対しては応力の発生は大きい。この応力が鏡によって定まる限界値を超えると、鏡は破損するので、可変形鏡においては、鏡の応力が限界値を超えないように、曲げ量を調整しなければならない。
【0046】
本実施の形態の構成によれば、前記のように、空間周波数の高い曲げ変形に対しては、鏡の変位量が小さく抑えられる性質があるので、鏡の破損に至るような過大な変形量の発生を防止できる。一方、同一の構成でありながら、空間周波数の低い曲げ変形に関しては、変位量をおおきく得られるという性質も同時に維持している。可変形鏡が制御する対象として波面の歪みは、一般的に、空間周波数の小さい歪みは量的に大きく、空間周波数のおおきい歪みは量的に小さいので、上記の性質を有することは、可変形鏡に求められる特質に適合している。
【0047】
以上の特質を有する可変形鏡における剛性に関する関係を総括すると、
Km(N)>Kb>Km(1)>Ka
もしくは、
Km(N)≒Kb>Km(1)>Ka
となる剛性の組み合わせを備えることが適切である。
本発明は、このような剛性の組み合わせによって、最もやわらかい鏡の変形に関しても、変位縮小効果が得られ、かつ、空間周波数の高い変形に関して過度な変形を防止し応力が限界値を超えないように構成することができ、かつ、鏡の揺れに対する剛性を高くして振動を防止することができる。
【0048】
以上に説明したように、本実施の形態の可変形鏡によれば、弾性体からなる鏡と第一の弾性体とを合成した弾性体の組み合わせ系の剛性と、第二の弾性体との剛性の違いによって、高分解能で鏡面変位を操作することが可能でありながら、鏡面を弾性的に変歪させる際の過大な応力によって鏡を破損することを防止できる。さらに、高分解能で鏡面変位を操作すべく、前述した第2の比較例のように普通に弾性体を設けただけでは、鏡が揺れの外乱に対して弱くなる問題を生じるところ、本実施の形態では、駆動機構ユニットにおいて二つの弾性体を用意し、一方の弾性体はアクチュエータと直列に設け、他方の弾性体は、それらアクチュエータ及び一方の弾性体と並列に設け、アクチュエータと直列に接続される第二の弾性体の剛性よりも、それらアクチュエータ及び第二の弾性体と並列に接続される第一の弾性体の剛性を高くしているので、鏡の揺れに対する剛性も高く鏡に振動が生じにくくすることができる。すなわち、本実施の形態では、高分解能で鏡面変位を操作できるとともに、鏡面を変歪させる際の過大な応力によって鏡を破損することを防止でき、尚且つ、揺れに対する剛性の低下を防止することが可能となっている。
【0049】
さらに、駆動機構ユニットと鏡との接続点に力を加えた場合の、鏡の曲げ変形に対する剛性が最も高い空間変形パターンにおける鏡の剛性を、最高次モードの鏡剛性とし、鏡の曲げ変形に対する剛性が最も低い空間変形パターンにおける鏡の剛性を、最低次モードの鏡剛性としたとき、最高次モードの鏡剛性>第一の弾性体の剛性>最低次モードの鏡剛性>第二の弾性体の剛性、又は、最高次モードの鏡剛性≒第一の弾性体の剛性>最低次モードの鏡剛性>第二の弾性体の剛性、とすることで、個々のアクチュエータの変位を一定量与えた場合において、低次モードの鏡の変形に関しては大きな変位が得られ、高次モードの鏡の変形に関しては、変形量が少なくなるので、可変形鏡で一般的に求められやすい低次の変形に関しては大きな変形制御ができると同時に、高い応力が発生しやすい高次の変形に関しては、変位量が制限されるので、過大な応力によって鏡を破損することを防止できる。
【0050】
アクチュエータのそれぞれに、移動子の移動可能な範囲を所望の範囲に制限することができる調整可能なリミッターを設けることで、個々のアクチュエータが発生する変位量の上下限値を所望の値に調整できるので、制限したい空間周波数の変形の次数jとその量に応じて、適切な、移動子の移動範囲を規定することができ、鏡に与えうる変位量の調整が容易で、鏡の破損を防止しやすいという効果が得られる。
【0051】
また、リニアアクチュエータが、電源を遮断した状態においても有限の保持トルクを有するモータと、モータの回転運動を並進運動に変換するボールネジと、モータとボールネジとの間に配設された減速器とを備えるように構成することで、電源が遮断された場合でも、遮断直前のモータ回転位置が維持され、移動子のZ方向位置が維持され、遮断直前の鏡の変形形状が維持される。このことにより、入念な変形形状の調整を行ったあとの可変形鏡の形状が、停電あるいは別の理由により電源が遮断されることがあっても、調整後の形状のままで保持できるという優れた可変形鏡を提供できる。
【0052】
さらに、本実施の形態では、鏡と駆動機構ユニットとの間に設けた接続部材が、一対の結合部と、一対のくびれ部と、太軸部とを有するように構成している。よって、接続部材は、鏡の法線方向(Z方向)には剛性が高く、鏡の面内方向(X,Y方向)および、鏡の曲げ方向(X軸まわり曲げ、Y軸まわり曲げ)に関しては剛性が低いものとなる。このことにより、鏡の法線方向に対して駆動機構ユニットの変位制御軸方向が傾いたり、何らかの理由で鏡に対して駆動機構ユニットの相対位置がX方向、Y方向にずれを生じたりしても、接続部材が自在にたわむことによって、傾きやずれを吸収し、鏡に所望外の変形を生じさせることを防止できる。
【0053】
さらに、本実施の形態では、鏡の法線方向(Z方向)には剛性が高く、鏡の面内方向(X,Y方向)および、鏡の曲げ方向(X軸まわり曲げ、Y軸まわり曲げ)に関しては剛性が低い結合部材を設けるとともに、鏡の外縁部3箇所に、鏡の法線に垂直で鏡の中心を通る平面内において板バネを張架した鏡面拘束機構を設けている。よって、鏡の面内方向には剛性が高く、鏡の法線方向には剛性が低い鏡面拘束態様が得られるので、前述の接続部材の作用と相俟って、鏡の面内方向の揺れに対する剛性をさらに高く維持し、有害な鏡の振動が生じにくいようにすることができる。
【0054】
以上、好ましい実施の形態を参照して本発明の内容を具体的に説明したが、本発明の基本的技術思想及び教示に基づいて、当業者であれば、種々の改変態様を採り得ることは自明である。
【符号の説明】
【0055】
1 鏡、2 駆動機構ユニット、3 リニアアクチュエータ、3A 移動子(可動端)、3B ボールネジ軸、3C 減速器、3D モータ、4 ユニット移動端部材(ユニット移動端)、5 ユニット固定端部材(ユニット固定端)、6 第一の弾性体、7 第二の弾性体、9 結合部材、9C、9D くびれ部、10 鏡面拘束機構、10B 弾性支持体、11 リミッター、11A ピン、11B 窓、31 リニアアクチュエータに相当する可変長要素、32 第二の弾性体に相当する要素、33 第一の弾性体に相当する要素、34 接合部材に相当する要素、35 鏡の剛性に相当する要素、36 リニアアクチュエータの固定端、37 固定端、38 固定部、39 結節点、40 結節点、41 結節点。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
変形可能な弾性体の鏡と、
前記鏡の裏面に接続され、該鏡の変形を行う複数の駆動機構ユニットとを備え、
前記駆動機構ユニットのそれぞれは、ユニット移動端と、ユニット固定端と、アクチュエータと、第一の弾性体及び第二の弾性体とを含み、
前記第一の弾性体は、その一端が前記ユニット移動端に接続され、他端が前記ユニット固定端に接続されており、
前記第二の弾性体は、その一端が前記アクチュエータの可動端に接続されており、他端が前記ユニット移動端に接続されており、
前記第一の弾性体の剛性は、前記第二の弾性体の剛性よりも高く、
前記第一の弾性体と、前記第二の弾性体と、前記弾性体の鏡との三者の剛性の組み合わせによって定まる前記ユニット移動端の移動によって前記鏡が弾性変形される
可変形鏡。
【請求項2】
前記駆動機構ユニットと前記鏡との接続点に力を加えた場合の、該鏡の曲げ変形に対する剛性が最も高い空間変形パターンにおける該鏡の剛性を、最高次モードの鏡剛性とし、該鏡の曲げ変形に対する剛性が最も低い空間変形パターンにおける該鏡の剛性を、最低次モードの鏡剛性としたとき、
最高次モードの鏡剛性>第一の弾性体の剛性>最低次モードの鏡剛性>第二の弾性体の剛性、
又は、
最高次モードの鏡剛性≒第一の弾性体の剛性>最低次モードの鏡剛性>第二の弾性体の剛性、
という関係を有するように構成された
請求項1の可変形鏡。
【請求項3】
前記アクチュエータのそれぞれには、可動端の移動可能な範囲を所望の範囲に制限することができる調整可能なリミッターが設けられている請求項1又は2の可変形鏡。
【請求項4】
前記アクチュエータは、電源を遮断した状態においても保持トルクを有するモータと、減速器と、ボールネジ軸及びそれに螺合する移動子とを備え、
前記減速器は、前記モータの軸回転量を減速して前記ボールネジ軸に伝え、
前記ボールネジ軸の回転量は、前記移動子の並進移動量に変換され、
前記移動子は、前記可動端を構成している
請求項1乃至3の何れか一項の可変形鏡。
【請求項5】
前記駆動機構ユニットはそれぞれ、結合部材を介して、前記鏡の裏面に接続されており、
前記結合部は、少なくとも一つのくびれ部を有しており、
前記鏡は、その周縁部において、鏡面拘束機構によって支持されており、
前記鏡面拘束機構は、前記鏡がおかれる面と平行におかれた弾性支持体を有している
請求項1乃至4の何れか一項の可変形鏡。
【請求項6】
前記弾性支持体は、板バネもしくはワイヤーによって構成されている請求項5の可変形鏡。
【請求項7】
前記第一の弾性体及び前記第二の弾性体はともに円筒状の部材であり、
前記第一の弾性体の中に前記第二の弾性体が配設され、該第二の弾性体の中に前記ボールネジ軸が配設されており、
前記第一の弾性体、前記第二の弾性体及び前記ボールネジ軸は同軸的に設けられている
請求項4乃至6の何れか一項の可変形鏡。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−18290(P2012−18290A)
【公開日】平成24年1月26日(2012.1.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−155472(P2010−155472)
【出願日】平成22年7月8日(2010.7.8)
【出願人】(000006013)三菱電機株式会社 (33,312)
【Fターム(参考)】