説明

合成樹脂の抗菌処理方法、抗菌性合成樹脂及びその製造方法、製造装置

【課題】審美性が要求される義歯等に用いられる抗菌性合成樹脂、その他身の回りに使用される多くの製品の合成樹脂部分に好適に用いることができる合成樹脂の抗菌処理方法、抗菌性合成樹脂及びその製造方法、製造装置を提供する。
【解決手段】本発明に係る合成樹脂の抗菌方法は、所定の合成樹脂をオクタデシルジメチル(3−トリメトキシシリルプロピル)アンモニウムクロライドの水溶液中に浸漬処理し、または、まず所定の合成樹脂の表面をプラズマ処理し、継いで該プラズマ処理された合成樹脂をオクタデシルジメチル(3−トリメトキシシリルプロピル)アンモニウムクロライド水溶液中に浸漬処理することによって行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
合成樹脂の抗菌方法及びその方法を利用して得られる抗菌性合成樹脂に係り、特に表面処理により抗菌性を付与する合成樹脂の抗菌処理方法、その方法を利用して得られる抗菌性合成樹脂及びその製造方法、製造装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年環境衛生に対する意識が高まって抗菌性を有する製品が注目を集めており、種々の素材に抗菌性を付与することが試みられている。特に、抗菌性を付与した合成樹脂又は合成樹脂に抗菌性を付与する方法は、身の回りに多くの合成樹脂製品が用いられていることからその必要性が高まっている。
【0003】
合成樹脂に抗菌性を付与するには、一般に合成樹脂に抗菌剤を含有させる方法が採用されており、抗菌剤としては、無機質系又は有機質系の種々の抗菌剤が提案されている。例えば、義歯等に用いられる歯科用の抗菌性樹脂の場合は、長期間抗菌性を維持するとともに審美性の観点から変色を生じない抗菌性樹脂が求められており、特許文献1に、抗菌性を発現する比較的長鎖のアルキル基を有する四級アンモニウム基と、無機粒子と化学結合するアルコキシシリル基と、を有する抗菌性有機シラン化合物で処理された無機粒子を含有する抗菌性歯科用シリコーン樹脂組成物が開示されている。
【0004】
また、特許文献2には、抗菌性ゼオライトを眼鏡フレーム用樹脂に含有させたものは、変色のおそれや耐候性の低下の問題があるということから、プラスチック製眼鏡フレーム表面にコーティング膜を形成させる1〜10重量%のオクタデシルジメチル(3−トリメトキシシリルプロピル)アンモニウムクロライドと、0.5〜26重量%のアセトンと、62〜93重量%のイソプロピルアルコールと、を少なくとも含有するプラスチック製眼鏡フレーム用コーティング組成物が開示されている。
【0005】
【特許文献1】特開2004-352617号公報
【特許文献2】特開平05-333292号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
四級アンモニウム塩は抗菌剤として多くのものに使用され、シラン化合物はシランカップリング剤として広く利用されているものである。かかる観点から判断して、特許文献1又は2に開示された抗菌性シラン化合物は上記両者の特性を有するものであり、抗菌性合成樹脂の抗菌剤として注目される。また、特許文献2に開示されたような塗布又は浸漬等の合成樹脂の表面処理により合成樹脂表面に抗菌性を付与する方法は、簡便かつ容易な方法であるとともに、合成樹脂表面に形成される抗菌性有機シラン化合物の膜の厚さはオングストローム代から数百ミクロンの非常に薄い膜であるから、所望の形状の製品に仕上げた後に抗菌処理を施すことができるという利点があるので注目される。
【0007】
しかしながら、特許文献1に開示された抗菌性歯科用シリコーン樹脂組成物は、抗菌性有機シラン化合物を担持させた無機粒子を合成樹脂中に練り込み含有させたものであるから、シリコーン樹脂以外の樹脂に用いた場合には変色のおそれ、耐候性、耐久性あるいは審美性の問題を生ずるおそれがあり、また、利用可能な樹脂や製品の範囲が限定されるという問題がある。
【0008】
一方、特許文献2に開示されたコーティング組成物は、シラン化合物の基地とのカップリングによる結合機能が発揮できないか不十分であるため、抗菌性有機シラン化合物であるオクタデシルジメチル(3−トリメトキシシリルプロピル)アンモニウムクロライド膜を眼鏡フレーム表面に密着させるために、所定の有機溶媒を用いなければならないという問題がある。また、有機溶媒により浸漬処理する合成樹脂の表面が溶かされるおそれがあるという問題や、アセトンが溶媒に含まれているので溶液が一週間程度後には白濁して使用に不都合を生じるという問題がある。
【0009】
また、表面処理により合成樹脂に抗菌性を付与する場合、オクタデシルジメチル(3−トリメトキシシリルプロピル)アンモニウムクロライドが、眼鏡フレームに用いられる合成樹脂の抗菌剤として好適であるとしても、その他の合成樹脂に対して有効であるのか不明である。さらに、シラン化合物はカップリング剤としての機能を有し、ガラスや金属等との密着性がよいことは知られているが、特定の抗菌性有機シラン化合物と合成樹脂との結合性・密着性に関しては未だ明確でない。このため、表面処理により合成樹脂に抗菌性を付与する場合、具体的にどのような抗菌性有機シラン化合物がどの種類の合成樹脂に抗菌性を付与することができるか不明である。
【0010】
本発明は、このような従来の問題点に鑑み、審美性が要求される義歯等に用いられる抗菌性合成樹脂、その他身の回りに使用される多くの製品の合成樹脂部分に好適に用いることができる合成樹脂の抗菌処理方法、抗菌性合成樹脂及びその製造方法、製造装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者は、義歯、義歯床等に用いられる歯科用樹脂の抗菌剤として、オクタデシルジメチル(3−トリメトキシシリルプロピル)アンモニウムクロライドが有望であるということに着目するとともに、オクタデシルジメチル(3−トリメトキシシリルプロピル)アンモニウムクロライドの水溶液中に合成樹脂を浸漬し合成樹脂表面にオクタデシルジメチル(3−トリメトキシシリルプロピル)アンモニウムクロライド膜を形成させる場合に、その皮膜形成能が樹脂の種類によって異なること及びその皮膜形成能が樹脂表面をプラズマ処理することによって向上するという知見を得て本発明を完成した。
【0012】
本発明に係る合成樹脂の抗菌処理方法は、合成樹脂の抗菌処理方法であって、所定の合成樹脂をオクタデシルジメチル(3−トリメトキシシリルプロピル)アンモニウムクロライドの水溶液中に浸漬処理することによって実施される。そして、この方法を使用する合成樹脂は、ポリブチレンテレフタレート樹脂又はポリアセタール樹脂であるのがよい。
【0013】
また、本発明に係る合成樹脂の抗菌処理方法は、合成樹脂の抗菌処理方法であって、所定の合成樹脂の表面をプラズマ処理する段階と、該プラズマ処理された合成樹脂をオクタデシルジメチル(3−トリメトキシシリルプロピル)アンモニウムクロライド水溶液中に浸漬処理する段階と、からなる。この方法は、ポリメタクリル酸メチル樹脂又はポリエチレンテレフタレート樹脂に使用するのがよく、ポリブチレンテレフタレート樹脂又はポリアセタール樹脂に対しても使用することができる。
【0014】
上記の方法を用いて、抗菌性ポリメタクリル酸メチル樹脂、抗菌性ポリエチレンテレフタレート樹脂、抗菌性ポリブチレンテレフタレート樹脂、抗菌性ポリアセタール樹脂を得ることができる。
【0015】
また、本発明に係る抗菌性合成樹脂の製造においては、合成樹脂の種類によって、成形工程、プラズマ前処理工程及びオクタデシルジメチル(3−トリメトキシシリルプロピル)アンモニウムクロライドの水溶液中に浸漬処理する表面処理工程、または、成形工程及びオクタデシルジメチル(3−トリメトキシシリルプロピル)アンモニウムクロライドの水溶液中に浸漬処理する表面処理工程のいずれかを選択して抗菌性合成樹脂を生産するようにするのがよい。
【0016】
本発明に係る抗菌性合成樹脂は、合成樹脂の表面にオクタデシルジメチル(3−トリメトキシシリルプロピル)アンモニウムクロライド膜を有する抗菌性合成樹脂であって、前記オクタデシルジメチル(3−トリメトキシシリルプロピル)アンモニウムクロライド膜に対する純水の接触角が80〜90°であるものである。
【0017】
上記発明における合成樹脂として、ポリメタクリル酸メチル樹脂、ポリエチレンテレフタレート樹脂、ポリブチレンテレフタレート樹脂、ポリアセタール樹脂を使用することができる。
【0018】
また、本発明に係る合成樹脂は、オクタデシルジメチル(3−トリメトキシシリルプロピル)アンモニウムクロライドの水溶液を満たした表面処理槽と、該表面処理槽にオクタデシルジメチル(3−トリメトキシシリルプロピル)アンモニウムクロライドを供給する貯蔵タンクと、前記表面処理槽内のオクタデシルジメチル(3−トリメトキシシリルプロピル)アンモニウムクロライドの濃度を測定し必要に応じて前記貯蔵タンクから前記表面処理槽にオクタデシルジメチル(3−トリメトキシシリルプロピル)アンモニウムクロライドを供給する濃度制御装置と、攪拌装置と、被処理物の搬送を行う搬送装置と、を備えてなる製造装置により製造するのがよい。
【発明の効果】
【0019】
本発明に係る合成樹脂の抗菌処理方法によれば、義歯等の歯科用樹脂として広く用いられるポリメタクリル酸メチル樹脂に抗菌性を付与することができ、電気・電子関連部品、自動車部品、事務機器部品等広い範囲の人の手の触れやすい製品に好適に用いられるポリブチレンテレフタレート樹脂に抗菌性を付与することができる。また、エアコンフィルターや自動車のギアの取手,シートベルト,櫛等に好適に用いられるポリアセタール樹脂に抗菌性を付与することができ、飲料用容器に好適に使用される抗菌性ポリエチレンテレフタレート樹脂を得ることができる。そして、本発明に係る合成樹脂の抗菌処理方法を用いて種々の抗菌性合成樹脂を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
本発明に係る合成樹脂の抗菌処理方法の実施形態について説明する。本発明に係る合成樹脂の抗菌処理方法は、所定の合成樹脂をオクタデシルジメチル(3−トリメトキシシリルプロピル)アンモニウムクロライド(Dimethyloctadecyl[3-(trimethoxysilyl)propyl]ammonium chloride C26H58ClNO3Si)の水溶液中に浸漬処理すること(以下QAS処理という)によって行う。
【0021】
オクタデシルジメチル(3−トリメトキシシリルプロピル)アンモニウムクロライドは、メタノール溶媒中に溶解させたものあるいはバルク等いずれのものも使用することができる。しかしながら、本発明におけるオクタデシルジメチル(3−トリメトキシシリルプロピル)アンモニウムクロライドは、メタノール溶媒に溶解させたそのままのもの、あるいはそれをさらに有機溶媒で希釈したものでなく、メタノール溶媒に溶解させたものを蒸留水で希釈したものあるいはオクタデシルジメチル(3−トリメトキシシリルプロピル)アンモニウムクロライドのバルクを蒸留水に溶解させたものを用いる。これにより、合成樹脂表面に以下に説明するオクタデシルジメチル(3−トリメトキシシリルプロピル)アンモニウムクロライドの均一な膜を形成することが容易になる。
【0022】
なお、オクタデシルジメチル(3−トリメトキシシリルプロピル)アンモニウムクロライドの水溶液は放置すると粘度が高くなり、以下に説明する浸漬処理の効果が減じられる。例えば、オクタデシルジメチル(3−トリメトキシシリルプロピル)アンモニウムクロライド60%メタノール溶液を蒸留水で20倍に希釈したときの水溶液の粘度を回転粘度計で測定すると、粘度は1.7MPaであるのに対し、その水溶液を2日間放置すると水溶液の粘度は6.5MPaに上昇する。このため、オクタデシルジメチル(3−トリメトキシシリルプロピル)アンモニウムクロライドの水溶液は、pH調整を行うのがよい。すなわち、上記水溶液の当初のpHは5.4であるが、これを塩酸でpH4.1に調整すると2日間放置しても粘度の上昇が見られなくなる。
【0023】
水溶液中のオクタデシルジメチル(3−トリメトキシシリルプロピル)アンモニウムクロライドの濃度は、容量パーセントで1〜5%とするのがよい。QAS処理により得られる抗菌性能は、オクタデシルジメチル(3−トリメトキシシリルプロピル)アンモニウムクロライドの水溶液中の濃度が1%未満であると十分でなく、5%を超えると飽和状態になるからである。
【0024】
QAS処理の時間は、オクタデシルジメチル(3−トリメトキシシリルプロピル)アンモニウムクロライドの濃度に依存するが、5%vol/volのオクタデシルジメチル(3−トリメトキシシリルプロピル)アンモニウムクロライド水溶液の場合は、20〜40minがよい。QAS処理を行ったものは、その処理後大気放置により乾燥させる。なお、この乾燥処理は、必要に応じて乾燥機等を使用した強制乾燥であってもよい。
【0025】
また、本発明においては、上述のように所定の合成樹脂が対象となる。すなわち、本方法を適用することができる合成樹脂は、以下に説明するように、特定の樹脂に限定される。図1は、各種合成樹脂をQAS処理することによる抗菌性能獲得の有無を調べた試験結果を示し、各種合成樹脂をQAS処理したものと純水中に浸漬処理したもの(コントロール)を乾燥後、それぞれカンジダ アルビカンス菌を接種・付着又は培養し付着物又は形成されたバイオフィルムから抽出したATP量を比較することによって抗菌性能獲得の有無を調べたグラフである。図1(a)がポリメタクリル酸メチル樹脂(PMMA)の場合、図1(b)がポリブチレンテレフタレート樹脂(PBT)、図1(c)がポリアセタール樹脂(POM)の場合を示す。横軸は処理方法を示し、番号1がコントロールの場合で、番号2がQAS処理の場合である。なお、ATP量とは、抽出液1リットル当たりのアデノシン三リン酸のナノモル量(nM/L)をいう。
【0026】
図1から分かるように、QAS処理により抗菌性能が獲得できるか否かは、合成樹脂の種類に依存していることが分かる。すなわち、QAS処理によってポリブチレンテレフタレート樹脂(図1(b))とポリアセタール樹脂(図1(c))に対しては抗菌性能を獲得することができるのに対し、ポリメタクリル酸メチル樹脂(図1(a))の場合は抗菌性能を獲得することができないことが分かる。また、特にポリブチレンテレフタレート樹脂の場合は、QAS処理により優れた抗菌性能を獲得することができることが分かる。
【0027】
なお、上記試験における具体的な試験条件は以下の通りであった。図1(a)のポリメタクリル酸メチル樹脂の場合は、まず10×10mm角のポリメタクリル酸メチル樹脂板からなる試料上に1.0×107cfu/mlに調整したカンジダ アルビカンスの菌液50μLを接種し、その試料表面に菌を付着させるため37℃で2時間放置後、2.0mLのサブロー培地を加え、37℃で48時間培養した。つぎに試料表面の余剰な菌を水洗・除去後、その試料表面に形成されたバイオフィルムからATP量を抽出し、定量した。なお、cfu/mlは、略称でColony Forming Unit(コロニーフォーミングユニット)と称される菌液1ml中のコロニー形成能がある菌数を示す。
【0028】
図1(b)のポリブチレンテレフタレート樹脂と、図1(c)のポリアセタール樹脂の場合は、まず10×10mm角のポリブチレンテレフタレート樹脂又はポリアセタール樹脂からなる試料上に1.0×107cfu/mlに調整したカンジダ アルビカンスの菌液2.0mLを接種し、試料表面に菌を付着させるため37℃で2時間放置した。つぎに試料表面の余剰な菌を水洗・除去後、試料表面の付着菌からATP量を抽出し、定量した。
【0029】
上記において、ATP量の抽出は、500μlの東亜電波工業株式会社製微生物用ATP抽出試薬AF-2K1に室温にて30分間浸漬して行った。ATP量の測定は、得られた抽出液をチューナーバイオシステム社製セルタイマーグローにセットして行った。
【0030】
オクタデシルジメチル(3−トリメトキシシリルプロピル)アンモニウムクロライドは、チッソ株式会社製のオクタデシルジメチルアンモニウムクロライド60%エタノール液を用いた。このオクタデシルジメチルアンモニウムクロライド60%エタノール液を蒸留水で12倍に希釈した水溶液(5%vol/vol)によりQAS処理を行った。処理温度は室温であった。
【0031】
以上説明したように、この発明は、所定の合成樹脂をオクタデシルジメチル(3−トリメトキシシリルプロピル)アンモニウムクロライドの水溶液中に浸漬処理すること(QAS処理)によって行う。このため、この発明は限定された合成樹脂に適用される。しかしながら、本発明は以下に示すように、ポリメタクリル酸メチル樹脂のようなQAS処理のみによっては抗菌性能を付与することができない合成樹脂についても抗菌性能を付与することができる。すなわち、所定の合成樹脂の表面をプラズマ処理する段階と、該プラズマ処理された合成樹脂をオクタデシルジメチル(3−トリメトキシシリルプロピル)アンモニウムクロライド水溶液中に浸漬処理する段階と、からなる処理を行う以下の発明によってポリメタクリル酸メチル樹脂等に抗菌性を付与することができる。
【0032】
図2は、ポリメタクリル酸メチル樹脂について、プラズマ前処理を行った場合と行わなかった場合に、QAS処理によって得られる抗菌性能を調べた試験結果を示す。図2において、横軸は処理方法を示し、縦軸は各処理を行った後に試験片にカンジダ アルビカンス菌を接種・培養し形成されたバイオフィルムから抽出したATP量を示す。横軸の番号の1及び2は図1(a)の試験結果を併記したもので、番号1がコントロール、番号2がQAS処理しただけの場合である。番号3は、プラズマ前処理を行ったのちQAS処理をした場合、番号4はプラズマ前処理を行ったのちオクタデシルジメチル(3−トリメトキシシリルプロピル)アンモニウムクロライドの水溶液のpHを塩酸で3.5に調整してQAS処理を行った場合を示す。
【0033】
図2に示すように、ポリメタクリル酸メチル樹脂についてもプラズマ前処理を行い、継いでQAS処理を行うことにより抗菌性能を発揮させることができることが分かる。すなわち、コントロールの場合のATP量は15nM/Lであり、QAS処理のみの場合のATP量は17nM/Lであるのに対し、プラズマ前処理を行った後QAS処理を行うとATP量は2nM/Lに減少し、ATP量は13%になっている。プラズマ前処理を行った後pHを塩酸で3.5に調整した処理液によりQAS処理を行うとATP量は2.5nM/Lになっており、ATP量は17%に減少している。これにより、QAS処理前のプラズマ処理が非常に有効であることが分かる。このプラズマ前処理は、ポリメタクリル酸メチル樹脂のみならずポリブチレンテレフタレート樹脂やポリアセタール樹脂にも有効である。
【0034】
なお、図2を求めた試験条件は、プラズマ前処理を除いて図1(a)の場合と同じである。プラズマ処理は、日本電子株式会社製ツインコータを用いて行った。まず、10×10mm角のポリメタクリル酸メチル樹脂の板をチャンバー内にセットし、つぎに常温でチャンバーの内圧を1×10-4Paに減圧し、減圧しながら3分間のグロー放電を行った。終了時のチャンバーの内圧は5×10-2Paであった。プラズマ処理した試料は直ちにQAS処理した。プラズマ処理の効果は時間とともに減少するので、プラズマ処理後直ちにQAS処理を行うのがよい。
【0035】
以上、本発明に係る所定の合成樹脂の抗菌方法について説明した。本発明に係る所定の合成樹脂の抗菌方法により、種々の合成樹脂に抗菌性を付与することができる。このような本発明により抗菌性を獲得した合成樹脂の表面を蛍光X線分析により組成分析を行うと、Siが検出される。図3に蛍光X線分析の結果を示す。Siはオクタデシルジメチルアンモニウムクロライドを構成する主要な原子であるから、Siが検出される場合は合成樹脂表面にオクタデシルジメチルアンモニウムクロライド膜が形成されているものと認められる。なお、蛍光X線分析は株式会社堀場製作所製MESA-500W型蛍光X線分析装置を用いて行った。
【0036】
図3において、横軸は処理方法を示し、縦軸はSi量(質量%)を示す。処理方法の番号1は、何らの処理もしない場合(コントロール)、番号2、3、4はそれぞれ1、2、3分間プラズマ前処理を行った後QAS処理を行った場合を示す。なお、QAS処理は、室温にて3%vol/volのオクタデシルジメチル(3−トリメトキシシリルプロピル)アンモニウムクロライド水溶液に試料を15分間浸漬して行った。試料は、歯科用アクリルレジン板から切り出した1cm×1cm(厚さ0.5mm)の基材から作成した。プラズマ前処理は図2の場合と同条件で行った。
【0037】
図3に示すように、コントロールの場合はSiが検出されないのに対し、プラズマ前処理を行った場合(番号2〜4)はSiが検出され、試料表面にオクタデシルジメチルアンモニウムクロライド膜が形成されていることが分かる。また、図3から歯科用アクリルレジンについてはプラズマ前処理は1分間程度行えば足りることが分かる。なお、図3において、Si以外にTiやCaが検出されたが、これは、歯科用アクリルレジンにはポリメタクリル酸メチル樹脂に肌色発色剤が含有されているからである。
【0038】
また、本発明により抗菌性を獲得した合成樹脂の表面はどのような濡れ特性を有するかを調べた。すなわち、本発明において抗菌性を獲得した合成樹脂の表面に10μlの純水を滴下し、形成された水滴の接触角を測定すると、80〜90°であった。そしてQAS処理を行った合成樹脂表面の接触角がこの範囲にある場合、そのものは安定した抗菌性能を発揮した。なお、接触角の測定に用いる純水は、市販の蒸留水でよい。
【0039】
上記の実施例においては、ポリメタクリル酸メチル樹脂、ポリブチレンテレフタレート樹脂、ポリアセタール樹脂について説明したが、本発明はこれらの合成樹脂に限定されない。例えば、ポリエチレンテレフタレート樹脂(PET)についても適用することができる。図4は、ポリエチレンテレフタレート樹脂からなる試料に図3と同様な蛍光X線分析をした試験結果を示す。図4において、横軸は処理方法示し、縦軸はSi量(質量%)を示す。処理方法の番号1はコントロール、2番はプラズマ前処理を行わないでQAS処理のみを行った場合、3、4、5番はそれぞれプラズマ前処理を1、2、3分間行った後QAS処理を行った場合を示す。なお、プラズマ前処理及びQAS処理の条件は図3の場合と同じである。試料の基材は市販の飲料用ペットボトルから切り出した1cm×5cmの板を用いた。
【0040】
図4から分かるように、ポリエチレンテレフタレート樹脂の場合は、ポリメタクリル酸メチル樹脂の場合と同様にQAS処理のみでは抗菌性を付与できないことが分かる。また、プラズマ前処理を行って後にQAS処理を行うことによりポリエチレンテレフタレート樹脂に抗菌性を付与することができることが分かる。さらに、ポリエチレンテレフタレート樹脂に抗菌性を付与するには、2分間以上のプラズマ前処理を行う必要があることが分かる。なお、本試験においては、試料の基材がポリエチレンテレフタレート樹脂のみからなり他の成分を含まないので、蛍光X線分析においては試料表面に形成されたオクタデシルジメチル(3−トリメトキシシリルプロピル)アンモニウムクロライド膜のSiのみが検出された。
【0041】
本発明は、上述のように、プラズマ前処理を行う場合は、プラズマ処理後直ちに被処理物をオクタデシルジメチル(3−トリメトキシシリルプロピル)アンモニウムクロライドの水溶液に浸漬してQAS処理を行うのがよい。すなわち、上述の抗菌性合成樹脂を製造する場合は、図5に示すように、合成樹脂の種類によって、成形工程101、プラズマ前処理工程105及びオクタデシルジメチル(3−トリメトキシシリルプロピル)アンモニウムクロライドの水溶液中に浸漬処理する表面処理工程103、または、成形工程101及びオクタデシルジメチル(3−トリメトキシシリルプロピル)アンモニウムクロライドの水溶液中に浸漬処理する表面処理工程103のいずれかを選択して抗菌性合成樹脂を製造することができるようにするのがよい。
【0042】
また、上述の抗菌性合成樹脂を生産する場合は、オクタデシルジメチル(3−トリメトキシシリルプロピル)アンモニウムクロライドの水溶液中のオクタデシルジメチル(3−トリメトキシシリルプロピル)アンモニウムクロライド濃度を所定濃度に維持する必要がある。このため、図6に示すように、オクタデシルジメチル(3−トリメトキシシリルプロピル)アンモニウムクロライドの水溶液112を満たした表面処理槽111と、該表面処理槽111にオクタデシルジメチル(3−トリメトキシシリルプロピル)アンモニウムクロライドを供給する貯蔵タンク113と、前記表面処理槽内のオクタデシルジメチル(3−トリメトキシシリルプロピル)アンモニウムクロライドの濃度を測定し必要に応じて前記貯蔵タンク113から前記表面処理槽111にオクタデシルジメチル(3−トリメトキシシリルプロピル)アンモニウムクロライドを供給する濃度制御装置114と、攪拌装置115と、被処理物117の搬送を行う搬送装置116と、を備えてなる抗菌性合成樹脂の製造装置110を用いて、抗菌性合成樹脂を生産するのがよい。
【図面の簡単な説明】
【0043】
【図1】各種合成樹脂に対するQAS処理の効果を示すグラフである。
【図2】ポリメタクリル酸メチル樹脂をプラズマ前処理を行ってQAS処理した場合のプラズマ前処理の効果を示すグラフである。
【図3】各処理を行ったポリメタクリル酸メチル樹脂表面の蛍光X線分析の結果を示すグラフである。
【図4】各処理を行ったポリエチレンテレフタレート樹脂表面の蛍光X線分析の結果を示すグラフである。
【図5】抗菌性合成樹脂の製造方法を示す工程図である。
【図6】抗菌性合成樹脂の製造装置の模式図である。
【符号の説明】
【0044】
101 成形工程
103 表面処理工程
105 プラズマ前処理工程
110 抗菌性合成樹脂の製造装置
111 表面処理槽
112 オクタデシルジメチルアンモニウムクロライド水溶液
113 貯蔵タンク
114 濃度制御装置
115 攪拌装置
116 搬送装置
117 被処理物

【特許請求の範囲】
【請求項1】
合成樹脂の抗菌処理方法であって、所定の合成樹脂をオクタデシルジメチル(3−トリメトキシシリルプロピル)アンモニウムクロライドの水溶液中に浸漬処理してなる合成樹脂の抗菌処理方法。
【請求項2】
合成樹脂の抗菌処理方法であって、所定の合成樹脂の表面をプラズマ処理する段階と、該プラズマ処理された合成樹脂をオクタデシルジメチル(3−トリメトキシシリルプロピル)アンモニウムクロライド水溶液中に浸漬処理する段階と、からなる合成樹脂の抗菌処理方法。
【請求項3】
合成樹脂は、ポリメタクリル酸メチル樹脂又はポリエチレンテレフタレート樹脂であることを特徴とする請求項2に記載の合成樹脂の抗菌処理方法。
【請求項4】
合成樹脂は、ポリブチレンテレフタレート樹脂又はポリアセタール樹脂であることを特徴とする請求項1又は2に記載の合成樹脂の抗菌処理方法。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれかに記載の方法により得られる抗菌性合成樹脂。
【請求項6】
合成樹脂の種類によって、成形工程、プラズマ前処理工程及びオクタデシルジメチル(3−トリメトキシシリルプロピル)アンモニウムクロライドの水溶液中に浸漬処理する表面処理工程、または、成形工程及びオクタデシルジメチル(3−トリメトキシシリルプロピル)アンモニウムクロライドの水溶液中に浸漬処理する表面処理工程のいずれかを選択して抗菌性合成樹脂を生産することを特徴とする抗菌性合成樹脂の製造方法。
【請求項7】
合成樹脂の表面にオクタデシルジメチル(3−トリメトキシシリルプロピル)アンモニウムクロライド膜を有する抗菌性合成樹脂であって、前記オクタデシルジメチル(3−トリメトキシシリルプロピル)アンモニウムクロライド膜に対する純水の接触角が80〜90°である抗菌性合成樹脂。
【請求項8】
合成樹脂は、ポリメタクリル酸メチル樹脂、ポリエチレンテレフタレート樹脂、ポリブチレンテレフタレート樹脂、ポリアセタール樹脂のいずれかであることを特徴とする請求項7に記載の抗菌性合成樹脂。
【請求項9】
オクタデシルジメチル(3−トリメトキシシリルプロピル)アンモニウムクロライドの水溶液を満たした表面処理槽と、該表面処理槽にオクタデシルジメチル(3−トリメトキシシリルプロピル)アンモニウムクロライドを供給する貯蔵タンクと、前記表面処理槽内のオクタデシルジメチル(3−トリメトキシシリルプロピル)アンモニウムクロライドの濃度を測定し必要に応じて前記貯蔵タンクから前記表面処理槽にオクタデシルジメチル(3−トリメトキシシリルプロピル)アンモニウムクロライドを供給する濃度制御装置と、攪拌装置と、被処理物の搬送を行う搬送装置と、を備えてなる抗菌性合成樹脂の製造装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2007−126557(P2007−126557A)
【公開日】平成19年5月24日(2007.5.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−320308(P2005−320308)
【出願日】平成17年11月4日(2005.11.4)
【出願人】(504136568)国立大学法人広島大学 (924)
【出願人】(391003358)和田精密歯研株式会社 (4)
【Fターム(参考)】