説明

回転子用無方向性電磁鋼板およびその製造方法

【課題】本発明は、高速回転するモータの回転子として必要な優れた機械特性と磁気特性とを兼備する無方向性電磁鋼板およびその製造方法を提供することを主目的とする。
【解決手段】本発明は、質量%で、C:0.06%以下、Si:1.0%以上4.0%以下、Mn:0.05%以上3.0%以下、Al:2.5%以下、P:0.25%以下、S:0.04%以下、N:0.02%以下、Nb、Zr、TiおよびVからなる群から選択される少なくとも1種の元素を下記式(1)を満足する範囲で含有し、残部がFeおよび不純物からなり、再結晶部分の面積比率が90%未満、圧延方向から45°方向の引張強さが600MPa以上、圧延方向から45°方向の磁束密度B50が1.68T以上であることを特徴とする回転子用無方向性電磁鋼板を提供することにより、上記目的を達成する。
0<Nb/93+Zr/91+Ti/48+V/51−(C/12+N/14)<5×10-3 (1)
(ここで、式(1)中、Nb、Zr、Ti、V、CおよびNはそれぞれの元素の含有量(質量%)を示す。)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電気自動車、ハイブリッド自動車の駆動モータ、ロボット、工作機械などのサーボモータといった高効率モータの回転子に用いられる無方向性電磁鋼板およびその製造方法に関する。特に、高速回転する永久磁石埋め込み式モータの回転子として好適な優れた機械特性と磁気特性とを兼ね備えた無方向性電磁鋼板およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年の地球環境問題の高まりから、多くの分野において省エネルギー、環境対策技術が進展している。自動車分野も例外ではなく、排ガス低減、燃費向上技術が急速に進歩している。電気自動車およびハイブリッド自動車はこれらの技術の集大成といっても過言ではなく、自動車駆動モータ(以下、単に「駆動モータ」ともいう。)の性能が自動車性能を大きく左右する。
【0003】
駆動モータの多くは永久磁石を用いており、巻き線を施した固定子(ステータ)部分と永久磁石を配置した回転子(ロータ)部分とから構成される。最近では永久磁石を回転子内部に埋め込んだ形状(永久磁石埋め込み型モータ;IPMモータ)が主流となっている。また、パワーエレクトロニクス技術の進展により回転数は任意に制御可能であり、高速化傾向にある。したがって、鉄心素材は商用周波数(50〜60Hz)以上の高周波数域で励磁される割合が高まっており、商用周波数での磁気特性のみでなく、400Hz〜数kHzでの磁気特性改善が要求されるようになってきた。また、回転子は高速回転時の遠心力のみならず回転数変動にともなう応力変動を常時うけることから、回転子の鉄心素材には機械特性も要求されている。特に、IPMモータの場合には複雑な回転子形状を有することから、回転子用の鉄心材料には応力集中を考慮して遠心力ならびに応力変動に耐えうるだけの機械特性が必要となる。また、ロボット、工作機械用のサーボモータ分野でも、駆動モータと同様に回転数の高速化が今後進行していくと予測される。
【0004】
従来、駆動モータの固定子は主に打ち抜き加工した無方向性電磁鋼板の積層により製造されていたが、回転子はロストワックス鋳造法あるいは焼結法などにより製造されることもあった。これは固定子には優れた磁気特性が、回転子には堅牢な機械特性が要求されることによる。しかしながら、モータ性能は回転子−固定子間のエアギャップに大きく影響されるため、上述の回転子では精密加工の必要性が生じ鉄心製造コストが大幅に増加するという問題があった。コスト削減の観点からは、打ち抜き加工した電磁鋼板を使用すればよいが、回転子に必要な磁気特性と機械特性とを兼備した無方向性電磁鋼板は見出されていないのが現状であった。
【0005】
優れた機械特性を有する電磁鋼板としては、例えば特許文献1に、3.5〜7%のSiに加えて、Ti、W、Mo、Mn、Ni、CoおよびAlのうちの1種または2種以上を20%を超えない範囲で含有する鋼板が提案されている。この方法では鋼の強化機構として固溶強化を利用している。しかしながら、固溶強化の場合には冷間圧延母材も同時に高強度化されるため冷間圧延が困難であり、またこの方法においては温間圧延という特殊工程が必須であることから、生産性向上や歩留まり向上など改善の余地がある。さらに、得られる磁束密度B50が1.56〜1.61Tであり、通常の無方向性電磁鋼板と比較して磁束密度が低いという問題もある。
【0006】
また、特許文献2には、2.0〜3.5%のSi、0.1〜6.0%のMnに加えてBおよび多量のNiを含有し、結晶粒径が30μm以下である鋼板が提案されている。この方法では鋼の強化機構として固溶強化と結晶粒径微細化による強化とを利用している。しかしながら、結晶粒微細化による強化は比較的効果が小さいため、特許文献2の実施例に示されるようにSiを3.0%程度含有させた上に高価なNiを多量に含有させることが必須であり、冷間圧延時に割れが多発するという問題や、合金コスト増加という課題が残っている。さらに、得られる磁束密度B50が1.63〜1.65Tであり、通常の無方向性電磁鋼板と比較して磁束密度が低いという問題もある。
【0007】
さらに、特許文献3および特許文献4には、2.0〜4.0%のSiに加えてNb、Zr、B、TiまたはVなどを含有する鋼板が提案されている。これらの方法ではSiによる固溶強化に加えてNb、Zr、TiまたはVの析出物による析出強化を利用している。しかしながら、このような析出物による強化は比較的効果が小さいため、特許文献3および特許文献4の実施例に示されるようにSiを3.0%程度させる必要があり、特に特許文献3の方法では高価なNiを多量に含有させることも必要となる。そのため冷間圧延時に割れが多発するという問題や、合金コスト増加という課題が残っている。
【0008】
また、特許文献5および特許文献6には、SiおよびAlを0.03〜0.5%と制限した上でTi、NbおよびV、あるいはPおよびNiを含有する鋼板がそれぞれ提案されている。これらの方法では、Siによる固溶強化よりも炭化物の析出強化およびPの固溶強化を利用している。しかしながら、これらの方法では、後述する駆動モータの回転子として必要な強度レベルを確保することができないという問題や、特許文献5および特許文献6の実施例に示されているように2.0%以上のNi含有が必須であり、合金コストが高いという問題がある。
【0009】
さらに、特許文献7には、Si:1.6〜2.8%であって、結晶粒径、内部酸化層厚み、および降伏点を限定した永久磁石埋め込み型モータ用無方向性電磁鋼板が提案されている。しかしながら、この方法による鋼板の降伏点では、高速回転する駆動モータの回転子としては強度不足である。
【0010】
特許文献8および特許文献9には、無方向性電磁鋼板の強化機構としてCuの析出強化を利用する技術が提案されている。これらの技術によれば優れた磁気特性と機械特性を達成できるものの、Cuの析出を目的としたいわゆる時効熱処理が必要となる。そのため、例えばユーザでの熱処理工程の変更等をともなうものとなり、実用化については課題が多い。
【0011】
また、JIS C 2552に規定の無方向性電磁鋼板としては、いわゆる高グレード無方向性電磁鋼板(35A210、35A230など)が最も合金含有量が高く高強度であるが、機械特性レベルは上述の高張力電磁鋼板を下回っており高速回転する駆動モータの回転子としては強度不足である。
【0012】
【特許文献1】特開昭60-238421号公報
【特許文献2】特開平1−162748号公報
【特許文献3】特開平2−8346号公報
【特許文献4】特開平6−330255号公報
【特許文献5】特開2001−234302号公報
【特許文献6】特開2002−146493号公報
【特許文献7】特開2001−172752号公報
【特許文献8】特開2004−84053号公報
【特許文献9】特開2004−300535号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
上述したように、無方向性電磁鋼板の高強度化手法として従来から提案されている固溶強化および析出強化では冷間圧延の母材も強化されてしまうことから冷間圧延時に割れが多発し、結晶粒微細化による高強度化ではその強化量が不十分であるため回転子用途として実用に耐える強度を実現することができない。また、本発明者らは変態強化についても検討を行ったが、変態強化ではマルテンサイト等の変態組織が鉄損を著しく増大させることが判明し、回転子用途として実用に耐える磁気特性を実現することができない。さらに、Cuの析出強化による高強度化は熱処理工程の追加が必要であり、実用化には課題が残されている。このような中で、本発明者らは転位強化による高強度化に着目し、特開2006−9048号、特開2006−70296号、特開2007−16278号、特開2007−23351号、特開2007−31755号で、回転子用無方向性電磁鋼板を提案している。その技術的骨子は、均熱処理工程時に進行する再結晶を固溶Nb、Zr、Ti、Vにより抑制し、鋼組織を回復組織に制御することにある。本技術によれば、従来技術の問題点であった冷間圧延時の割れをともなうことなく回転子用途として実用に耐える強度を実現可能である。また、Cuの析出強化による高強度化のような時効熱処理工程の追加は一切不要である。
【0014】
このように従来技術の問題点を克服した転位強化による回転子用無方向性電磁鋼板であるが、回転子の実用性能として最も重要な性能である疲労特性を更に改善するためには、機械特性を圧延方向のみで評価する従来の検討では不十分であった。また、前述の従来技術では磁束密度が低下するという問題点があったが、転位強化による回転子用無方向性電磁鋼板でも磁束密度をさらに改善することが望まれていた。
【0015】
本発明は、上記問題点に鑑みてなされたものであり、高速回転するモータの回転子として必要な優れた機械特性と磁気特性とを兼備する無方向性電磁鋼板およびその製造方法を提供することを主目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明者らは、転位強化を活用する回転子用無方向性電磁鋼板を用いた回転子の実用性能を改善するため鋭意検討を行った。まず、最も重要な性能である疲労特性を調査した結果、同一の鋼板を用いた回転子であっても疲労特性に差が生じることが判明した。この原因を鋼板の異方性に着目して解析した結果、機械特性に顕著な異方性が認められ、最も強度の低い方向へ繰り返し負荷がかかった場合に疲労破壊を誘発しやすいことが判明した。強度の異方性に鋼板ごとのバラツキはなく、転位強化を活用する無方向性電磁鋼板に特有の異方性と判明した。したがって、転位強化による回転子用無方向性電磁鋼板では疲労破壊を生じやすい方向は常に同一であり、その方向を強化すれば必然的に全ての方向の疲労破壊は抑制され、回転子の疲労特性を確実に改善することができる。さらに、磁束密度の異方性も調査した結果、疲労破壊を生じやすい方向を強化すれば磁束密度も大幅に改善するとの知見が得られた。これらの知見は、機械特性を圧延方向のみ、あるいは板面内の平均特性で評価する従来の評価方法では把握し得なかったものであり、回転子の実用性能向上に確実に寄与できるものである。優れた機械特性を有する電磁鋼板として列挙した上述の従来技術による鋼板も、機械特性を圧延方向のみ、あるいは板面内の平均特性で評価しており、そのような評価で得られる強度が回転子の疲労破壊抑制の指標となる蓋然性は低い。特定の異方性を有する鋼板の特定の方向を高強度化することで、回転子の実用性能を確実に改善することができるのである。これらの新知見を得て本発明を完成させた。
【0017】
すなわち、本発明は、質量%で、C:0.06%以下、Si:1.0%以上4.0%以下、Mn:0.05%以上3.0%以下、Al:2.5%以下、P:0.25%以下、S:0.04%以下、N:0.02%以下、Nb、Zr、TiおよびVからなる群から選択される少なくとも1種の元素を下記式(1)を満足する範囲で含有し、残部がFeおよび不純物からなり、再結晶部分の面積比率が90%未満、圧延方向から45°方向の引張強さが600MPa以上、圧延方向から45°方向の磁束密度B50が1.68T以上であることを特徴とする回転子用無方向性電磁鋼板を提供する。
0<Nb/93+Zr/91+Ti/48+V/51−(C/12+N/14)<5×10-3 (1)
(ここで、式(1)中、Nb、Zr、Ti、V、CおよびNはそれぞれの元素の含有量(質量%)を示す。)
【0018】
本発明においては、鋼組成と再結晶部分の面積比率の適正な制御により強度と磁束密度を高めることができるので、機械特性および磁気特性が良好な回転子用無方向性電磁鋼板とすることができる。これにより、回転子の実用性能を改善することができるのである。
【0019】
また、本発明の回転子用無方向性電磁鋼板は、上記Feの一部に代えて、Nbを0.02%超含有することが好ましい。Nbにより再結晶抑制効果が高まり、鋼板の強度および生産性を高めることが可能となるからである。
【0020】
さらに、本発明の回転子用無方向性電磁鋼板は、上記Feの一部に代えて、Cu、Ni、Cr、Mo、CoおよびWからなる群から選択される少なくとも1種の元素を下記の質量%で含有することが好ましい。
Cu:0.01%以上8.0%以下 Ni:0.01%以上2.0%以下
Cr:0.01%以上15.0%以下 Mo:0.005%以上4.0%以下
Co:0.01%以上4.0%以下 W:0.01%以上4.0%以下
上記元素の高強度化作用により、鋼板の強度をより高めることが可能となるからである。
【0021】
また、本発明の回転子用無方向性電磁鋼板は、上記Feの一部に代えて、Sn、Sb、Se、Bi、Ge、TeおよびBからなる群から選択される少なくとも1種の元素を下記の質量%で含有することが好ましい。
Sn:0.5%以下 Sb:0.5%以下 Se:0.3%以下 Bi:0.2%以下
Ge:0.5%以下 Te:0.3%以下 B:0.01%以下
上記元素の粒界偏析により、効果的に再結晶を抑制することができるからである。
【0022】
さらに、本発明の回転子用無方向性電磁鋼板は、上記Feの一部に代えて、Ca、MgおよびREMからなる群から選択される少なくとも1種の元素を下記の質量%で含有することが好ましい。
Ca:0.03%以下 Mg:0.02%以下 REM:0.1%以下
上記元素の硫化物形態制御作用により、磁気特性をさらに改善することができるからである。
【0023】
また、本発明は、上述の鋼組成を備える鋼塊または鋼片に熱間圧延を施す熱間圧延工程と、上記熱間圧延工程により得られた熱間圧延鋼板に熱延板焼鈍を施す熱延板焼鈍工程と、上記熱延板焼鈍後の鋼板を一回の冷間圧延により最終板厚とする冷間圧延工程と、上記冷間圧延工程により得られた冷間圧延鋼板に均熱処理を施す均熱処理工程とを有する回転子用無方向性電磁鋼板の製造方法であって、上記冷間圧延工程前の鋼板の再結晶部分の面積比率を40%未満とし、上記均熱処理工程での均熱処理温度を700℃以上900℃以下とすることを特徴とする回転子用無方向性電磁鋼板の製造方法を提供する。
【0024】
本発明によれば、転位強化を活用する回転子用無方向性電磁鋼板で最も疲労破壊を誘発しやすい方向の強度を改善できるとともに磁束密度も増加させることができるため、回転子の実用性能改善に寄与する無方向性電磁鋼板を製造することができる。
【発明の効果】
【0025】
本発明によれば、高速回転するモータの回転子として必要な優れた機械特性と磁気特性とを兼備した無方向性電磁鋼板を、合金コストの増加や熱処理工程の増加を招くことなく安定に製造することが可能である。そのため、電気自動車やハイブリッド自動車の駆動モータ分野などにおける回転数の高速化に十分対応でき、その工業的価値は極めて高い。
【発明を実施するための最良の形態】
【0026】
本発明で言及する回転子に用いる電磁鋼板として必要な特性とは、第一に機械特性であり、引張強さを指す。これは高速回転時の回転子の変形抑制のみならず、応力変動に起因する疲労破壊抑制を目的としている。
【0027】
また、回転子に用いる電磁鋼板として必要な第二の特性は磁束密度である。IPMモータのようにリラクタンストルクを活用するモータでは回転子に用いられる材質の磁束密度もトルクに影響を及ぼし、磁束密度が低いと所望のトルクを得られない。
【0028】
さらに、回転子に用いる電磁鋼板として必要な第三の特性は鉄損である。回転子で発生する鉄損はモータ効率そのものを支配するものではないが、回転子での鉄損すなわち発熱により永久磁石が減磁するため、間接的にモータ性能を劣化させる。したがって、回転子に使用される材質の鉄損値の上限は永久磁石の耐熱温度の観点から決定され、固定子に使用される材質よりも鉄損値が高くとも許容されると想起される。
【0029】
本発明者らは、これらの回転子に適した磁気特性と機械特性とを兼ね備えた無方向性電磁鋼板の有するべき鋼組織について種々検討を行った。その結果、固溶強化および析出強化では冷間圧延母材も高強度化されるため冷間圧延時の破断が避けられないこと、結晶粒微細化のみでは要求レベルの機械特性を達成できないこと、および、マルテンサイト等の変態組織では鉄損が著しく増大することが判明した。そこで、従来全く検討されていなかった転位強化による高強度化に着目した。そして、回復状態にて残存する転位は鉄損に及ぼす影響が比較的小さいとの知見を得て、従来の無方向性電磁鋼板の技術認識である完全な再結晶フェライト組織とは全く逆の技術思想に立脚して、鋼板の組織を多量の転位が残存した回復状態の組織(以下、「回復組織」と称する)とすることにより、上述の回転子に要求される磁気特性および機械特性が得られることを見出した。さらに、回復組織を得るためには固溶状態のNb、Zr、TiおよびVの含有量を所定の範囲とすることが必要であることを見出し、これらの知見に基づいて、転位強化を活用した回転子用無方向性電磁鋼板を提案している(特開2006−9048号、特開2006−70296号、特開2007−16278号、特開2007−23351号、特開2007−31755号)。本発明者らは、これらの回転子用無方向性電磁鋼板を用いた回転子の実用性能の更なる改善を目的に詳細に検討し、機械特性の異方性に着目すれば、転位強化を活用した回転子用無方向性電磁鋼板の実用性能を確実に改善できることを見出し、本発明を完成させた。以下、本発明を完成させるに至った知見について説明する。
【0030】
質量%で、C:0.002%、Si:3.0%、Mn:0.2%、Al:1.0%、N:0.002%、P:0.01%、S:0.002%、Nb:0.08%の鋼に熱間圧延を施して2.3mmとした後、800℃で10時間の熱延板焼鈍を行い、さらに0.35mmまで冷間圧延し、750℃で20秒間保持する均熱処理を施した。得られた鋼板からIPMモータの回転子を製造し、疲労試験に供した。その結果、同一の鋼板から製造した回転子であっても疲労特性に差が生じる場合があることが判明した。この原因を解析した結果、引張強さに代表される機械特性に顕著な異方性が認められ、同一の鋼板でも繰り返し応力を負荷する方向によって疲労特性が異なることが原因であることが明らかとなった。
【0031】
具体的な異方性は図1に示すとおりであり、圧延方向から45°方向の引張強さが低い点が特徴的である。図2に圧延方向、圧延方向から45°方向、圧延方向から直角方向をそれぞれ長手方向とした疲労試験片により、応力比:0.05、繰返速度:60Hzで実施した疲労試験結果を示す。図2に示すとおり、他の方向と比較して圧延方向から45°方向の疲労特性が劣ることが判る。
【0032】
転位強化を活用した種々の無方向性電磁鋼板について同様の調査をした結果、このような引張強さの異方性に鋼板ごとの差は認められず、転位強化を活用する無方向性電磁鋼板に特有の異方性と判明した。また、これに起因して転位強化による回転子用無方向性電磁鋼板では疲労破壊を生じやすい方向は常に圧延方向から45°方向と判明した。これらより、転位強化による高強度化の場合、圧延方向から45°方向の引張強さを改善すれば必然的に全ての方向の疲労特性は改善され、回転子の疲労特性を確実に改善することができると想起するに至った。
【0033】
転位強化鋼の機械特性の異方性は回復組織に起因し、圧延集合組織が強く残存していることに起因する。したがって、同じく集合組織に強く影響を受ける磁束密度を調査した結果、圧延方向から45°方向の磁束密度を高めるほど、圧延方向から45°方向の引張強さが高まるという知見を得た。圧延集合組織を強く残存させるためには、熱間圧延で形成された圧延集合組織が熱延板焼鈍時に消失することを抑制することが有効である。したがって、熱延板焼鈍時の再結晶を抑制することが有効であり、熱延板焼鈍後の鋼板の再結晶部分の面積比率、すなわち冷間圧延前の鋼板の再結晶部分の面積比率を所定の範囲とする必要がある。
【0034】
これらの知見は機械特性を圧延方向のみ、あるいは板面内の平均特性で評価する従来の評価方法では把握し得なかったものであり、回転子としての疲労試験を実施して初めて判明したものである。優れた機械特性を有する電磁鋼板として列挙した上述の従来技術による鋼板も、機械特性を圧延方向のみ、あるいは板面内の平均特性で評価しており、そのような評価で得られる強度が回転子の疲労破壊抑制の指標となる蓋然性は低い。転位強化を活用した無方向性電磁鋼板のように特定の異方性を有する鋼板に対して特定の方向を高強度化することで、回転子の実用性能を確実に改善することができるのである。転位強化を活用した無方向性電磁鋼板の異方性には、いわゆるバラツキがみられない。そのため、鋼板の製造面でも管理し易く、回転子の設計にも反映しやすい。この点は、強い異方性を有する一方向性電磁鋼板の磁気特性の異方性が変圧器の設計に十分に反映されていることと類似している。これらの新知見を得て本発明を完成させた。
【0035】
以下、本発明の回転子用無方向性電磁鋼板およびその製造方法について詳細に説明する。
A.回転子用無方向性電磁鋼板
本発明の回転子用無方向性電磁鋼板は、質量%で、C:0.06%以下、Si:1.0%以上4.0%以下、Mn:0.05%以上3.0%以下、Al:2.5%以下、P:0.25%以下、S:0.04%以下、N:0.02%以下、Nb、Zr、TiおよびVからなる群から選択される少なくとも1種の元素を上記式(1)を満足する範囲で含有し、残部がFeおよび不純物からなり、再結晶部分の面積比率が90%未満、圧延方向から45°方向の引張強さが600MPa以上、圧延方向から45°方向の磁束密度B50が1.68T以上であることを特徴とするものである。
なお、各元素の含有量を示す「%」は、特に断りのない限り「質量%」を意味するものである。
以下、本発明の回転子用無方向性電磁鋼板における鋼組成、再結晶部分の面積比率、引張強さおよび磁束密度について説明する。
【0036】
1.鋼組成
(1)C
CはNb、Zr、TiおよびVと結びついて析出物を形成するため、固溶Nb、Zr、TiおよびVの含有量の減少に繋がる。したがって、固溶Nb、Zr、TiおよびVにより再結晶を抑制する本発明では、C含有量は低減することが好ましい。しかしながら、過度のC含有量の低減は製鋼コストが増加する点や、C含有量が多くてもNb、Zr、TiおよびVの含有量をそれに応じて増加させれば固溶Nb、Zr、TiおよびVの含有量は確保される点を鑑み、C含有量の上限値は0.06%とする。好ましくは0.04%以下、さらに好ましくは0.02%以下である。特に、C含有量が0.01%以下であれば、Nb/93+Zr/91+Ti/48+V/51−(C/12+N/14)>0なる条件を満たすのに必要なNb、ZrおよびTiの含有量が少なくてすむので合金コストの観点から望ましい。
【0037】
(2)Si
Siは電気抵抗を高め、渦電流損失を低減する効果を有する元素である。しかしながら、多量のSiを含有させた場合には冷間圧延時の割れを誘発し、鋼板の歩留まり低下により製造コストが増加する。そのためSi含有量は4.0%以下とする。割れ抑制の観点からは3.5%以下が好ましい。固溶強化による鋼板の高強度化と鉄損低減の観点から、Si含有量は1.0%以上とする。好ましくは1.2%以上である。
【0038】
(3)Mn
MnはSiと同様に電気抵抗を高め、渦電流損失を低減する効果がある。しかしながら、Mnを多量に含有させると合金コストが増加するため、Mn含有量の上限は3.0%とする。一方、Mn含有量の下限はSを固定する観点から定められるものであり、0.05%とする。
【0039】
(4)Al
Alは電気抵抗を高めるためSiと同様に渦電流損失を低減する。しかしながら、多量にAlを含有させると合金コストが増加するとともに、飽和磁束密度低下により磁束の漏れが発生するためモータ効率が低下する。これらの観点からAl含有量の上限は2.5%とする。また、Alを脱酸剤として使用する場合は0.01%以上含有させることが必要であるが、Siを脱酸剤として使用する場合があるため、Al含有量の下限値は特に限定しない。
【0040】
(5)P
Pは固溶強化により鋼板の強度を高める効果があるが、多量にPを含有する場合には冷間圧延時の割れを誘発する。そのためP含有量は0.25%以下とする。
【0041】
(6)S
Sは鋼中に不可避的に混入する不純物であるが、製鋼段階で低減するにはコストが増加するためS含有量としては0.04%を上限とする。
【0042】
(7)N
NはNb、Zr、TiおよびVと結びついて析出物を形成するため、固溶Nb、Zr、TiおよびVの含有量の減少に繋がる。したがって、固溶Nb、Zr、TiおよびVによって再結晶を抑制する本発明では、N含有量は低減することが好ましい。しかしながら、N含有量が多くてもNb、Zr、TiおよびVの含有量をそれに応じて増加させれば固溶Nb、Zr、TiおよびVの含有量は確保できる点を鑑み、N含有量の上限は0.02%とする。好ましくは0.01%以下、さらに好ましくは0.005%以下である。N含有量が0.005%以下であれば、Nb/93+Zr/91+Ti/48+V/51−(C/12+N/14)>0なる条件を満たすのに必要なNb、Zr、TiおよびVの含有量が少なくてすむので合金コストの観点から望ましい。
【0043】
(8)Nb、Zr、TiおよびV
均熱処理中の転位の消滅および再結晶を抑制し、回復組織を得るためには析出物を形成していない固溶した状態のNb、Zr、TiまたはVを含有させることが必要である。そのためには、原子分率で比較してC、Nよりも多量にNb、Zr、TiまたはVを含有している必要があり、Nb、Zr、TiおよびVからなる群から選択される少なくとも1種の元素を、下記式(2)を満足する範囲で含有させることが必要である。
0<Nb/93+Zr/91+Ti/48+V/51−(C/12+N/14) (2)
(ここで、式(2)中、Nb、Zr、Ti、V、CおよびNはそれぞれの元素の含有量(質量%)を示す。)
【0044】
固溶Nb、Zr、TiおよびVの含有量が多ければ多いほど転位の消滅および再結晶を抑制する効果は大きくなり、回復組織を得るには有効である。しかしながら、過度に固溶Nb、Zr、TiおよびVを含有する場合には冷間圧延時に割れが生じる場合がある。固溶Nb、Zr、TiおよびVの含有量の上限値はこの観点から定められ、Nb、Zr、TiおよびVは下記式(1)で示される範囲で含有させる必要がある。
0<Nb/93+Zr/91+Ti/48+V/51−(C/12+N/14)<5×10-3 (1)
(ここで、式(1)中、Nb、Zr、Ti、V、CおよびNはそれぞれの元素の含有量(質量%)を示す。)
【0045】
ここで、硫化物を考慮すると固溶状態のNb、Zr、TiおよびVの含有量はS含有量にも影響される。しかしながら、上述したS含有量の範囲内では再結晶抑制効果に及ぼすSの影響は認められなかったため、本発明においてはSの項を省略した上記式(1)を採用した。Sの影響が認められなかった理由は明確でないが、凝固末期のSが濃化した領域からMnSとなって晶出するなどしてMnによりSが固定されたためと考えられる。
【0046】
固溶Nb、Zr、TiおよびVのうち、固溶Nbの再結晶抑制効果が最も大きいため、本発明ではNbを積極的に含有させることが好ましく、Nb含有量は0.02%を超えるのが好ましい。より好ましくは0.04%以上である。
【0047】
(9)Cu、Ni、Cr、Mo、CoおよびW
本発明においては、再結晶粒径の細粒化ではなく再結晶そのものを抑制することにより磁気特性と機械特性の両立を図っているため、この再結晶抑制効果を損なわない範囲でCu、Ni、Cr、Mo、CoおよびWからなる群から選択される少なくとも1種の元素を含有させることができる。これらの元素は鋼板を高強度化する作用を有するので、鋼板の強度をさらに高めるのに有効であり好ましい。
【0048】
Cuは鋼板の固有抵抗を増加し、鉄損を低減する効果がある。しかしながら過度にCuを含有させると表面疵や冷間圧延時の割れの発生につながるため、Cu含有量は0.01%以上8.0%以下とすることが好ましい。なお、本発明はCuの析出強化を用いずとも回転子として必要な磁気特性と機械特性を達成できるため、Cuを含有させたとしても従来技術として例示したいわゆる時効熱処理型の無方向性電磁鋼板とは本質的に異なることは言うまでもない。
【0049】
NiおよびMoは過度に含有させると冷間圧延時の割れの発生やコスト増加につながるため、Ni含有量は0.01%以上2.0%以下、Mo含有量は0.005%以上4.0%以下とすることが好ましい。
【0050】
Crは鋼板の固有抵抗を増加し、鉄損を低減する効果がある。また耐食性を改善する効果も有する。しかしながら過度にCrを含有させるとコストが増加するため、Cr含有量は0.01%以上15.0%以下とすることが好ましい。
【0051】
CoおよびWは、過度に含有させる場合とコストが増加するため、Co含有量は0.01%以上4.0%以下、W含有量は0.01%以上4.0%以下とすることが好ましい。
【0052】
(10)Sn、Sb、Se、Bi、Ge、TeおよびB
本発明は再結晶を抑制することにより磁気特性と機械特性の両立を図っているため、粒界偏析により再結晶を抑制する効果を有するSn、Sb、Se、Bi、Ge、TeおよびBからなる群から選択される少なくとも1種の元素を含有させることが好ましい。これらの元素を含有させる場合には、熱間圧延工程での割れの発生およびコスト増加を抑制する観点から、各元素の含有量をSn:0.5%以下、Sb:0.5%以下、Se:0.3%以下、Bi:0.2%以下、Ge:0.5%以下、Te:0.3%以下、B:0.01%以下とすることが好ましい。これらの元素による再結晶抑制効果を確実に得るには、各元素の含有量をSn:0.001%以上、Sb:0.0005%以上、Se:0.0005%以上、Bi:0.0005%以上、Ge:0.001%以上、Te:0.0005%以上、B:0.0002%以上とすることが好ましい。
【0053】
(11)Ca、MgおよびREM
本発明で規定するS含有量の範囲内では再結晶抑制効果に及ぼすSの影響は認められなかったため、本発明においては硫化物の形態制御による磁気特性改善を目的としてCa、MgおよびREMからなる群から選択される少なくとも1種を含有させることができる。
ここでREMとは、原子番号57〜71の15元素、ならびに、ScおよびYの2元素の合計17元素をさす。
【0054】
これらの元素を含有させる場合には、各元素の含有量をCa:0.03%以下、Mg:0.02%以下、REM:0.1%以下とすることが好ましい。上記効果を確実に得るためには、各元素の含有量をCa:0.0001%以上、Mg:0.0001%以上、REM:0.0001%以上とすることが好ましい。
【0055】
(12)その他
本発明は、再結晶組織を前提とした従来技術とは異なり、多くの転位が残存した回復組織とすることにより強度を高めるものであるから、再結晶組織を前提とした従来技術において制限されていた元素の含有をより高いレベルまで許容することができる。例えば、Ta、Hf、As、Au、Be、Zn、Pb、Tc、Re、Ru、Os、Rh、Ir、Pd、Pt、Ag、Cd、HgおよびPoは総和で0.01%以下に制限されていたが、0.1%まで許容することができる。
【0056】
2.再結晶部分の面積比率
再結晶の前段階である回復の進行とともに、再結晶部分の面積比率はゼロのまま降伏点および引張強さは低下する。再結晶開始後は、再結晶部分の面積比率の増加とともに降伏点および引張強さはさらに低下する。ここで、再結晶部分の面積比率は回転子用に必要な機械特性を確保する観点から定まり、90%未満となる。好ましくは70%以下、さらに好ましくは40%以下であり、30%以下であれば疲労破壊抑制の観点からより好ましい。機械特性の観点からは再結晶部分の面積比率は低いほど好ましく、再結晶部分の面積比率をゼロとし、完全に未再結晶状態(回復組織)とすることが好ましい。
【0057】
ここで、再結晶部分の面積比率とは、本発明の回転子用無方向性電磁鋼板の縦断面組織写真において視野中に占める再結晶粒の割合を示すものであり、この縦断面組織写真をもとに測定することができる。縦断面組織写真としては、光学顕微鏡写真を用いることができ、例えば100倍の倍率で撮影した写真を用いればよい。
【0058】
3.引張強さ
近年の電気自動車、ハイブリッド自動車の駆動モータでは、回転子形状の複雑化、回転子径の大型化、埋め込まれた永久磁石の大型化などにより、疲労破壊抑制の観点から引張強さは600MPa以上必要である。本発明では転位強化を活用した無方向性電磁鋼板を前提としているため、その特異な異方性から圧延方向から45°方向の引張強さで600MPa以上が必要である。好ましくは650MPa以上、さらに好ましくは680MPa以上である。当該方向の引張強さを上記範囲とすることにより、鋼板の全ての方向で疲労破壊を抑制・低減することができる。
【0059】
4.磁束密度
従来技術による優れた機械特性を有する電磁鋼板は磁束密度が通常の無方向性電磁鋼板と比較して低いという問題があった。本発明ではこの点についても改善し、圧延方向から45°方向の磁束密度B50を1.68T以上とする。この方向の磁束密度を高めれば引張強さも改善するという効果もあるため、好ましくは1.69T以上、更に好ましくは1.70T以上である。
【0060】
B.回転子用無方向性電磁鋼板の製造方法
次に、本発明の回転子用無方向性電磁鋼板の製造方法について説明する。本発明の回転子用無方向性電磁鋼板の製造方法は、上述の鋼組成を備える鋼塊または鋼片に熱間圧延を施す熱間圧延工程と、上記熱間圧延工程により得られた熱間圧延鋼板に熱延板焼鈍を施す熱延板焼鈍工程と、上記熱延板焼鈍後の鋼板を一回の冷間圧延により最終板厚とする冷間圧延工程と、上記冷間圧延工程により得られた冷間圧延鋼板に均熱処理を施す均熱処理工程とを有する回転子用無方向性電磁鋼板の製造方法であって、上記冷間圧延工程前の鋼板の再結晶部分の面積比率を40%未満とし、上記均熱処理工程での均熱処理温度を700℃以上900℃以下とすることを特徴とするものである。
【0061】
本発明によれば、冷間圧延前の鋼板の再結晶部分の面積比率を所定の範囲とすることにより圧延方向から45°方向の機械特性、磁気特性を改善する効果が生じ、さらに均熱処理工程での温度を所定の範囲とすることにより再結晶が抑制され、所定の板厚への加工の際に導入された転位の消滅を抑制して多量の転位を残存させた回復組織を主体とすることができ、これにより高強度化が可能である。また、従来の固溶強化や析出強化のように冷間圧延に供する鋼板、すなわち冷間圧延の母材の高強度化を伴うことがないので、冷間圧延時の破断を抑制することができる。また、従来のように高価な鋼成分を用いることも、特殊な工程も必要としない。
以下、このような回転子用無方向性電磁鋼板の製造方法における各工程について説明する。
【0062】
(1)熱間圧延工程
本発明における熱間圧延工程は、上述した鋼組成を備える鋼塊または鋼片(以下、「スラブ」ともいう。)に熱間圧延を施す工程である。なお、鋼塊または鋼片の鋼組成については、上述した「A.回転子用無方向性電磁鋼板」の項に記載したものと同様であるので、ここでの説明は省略する。
【0063】
本工程においては、上述した組成を有する鋼を、連続鋳造法あるいは鋼塊を分塊圧延する方法など一般的な方法によりスラブとし、加熱炉に装入して熱間圧延を施す。この際、スラブ温度が高い場合には加熱炉に装入しないで熱間圧延を行ってもよい。
スラブ加熱温度は特に限定されるものではないが、コストおよび熱間圧延性の観点から1000℃〜1300℃とすることが好ましい。より好ましくは1050℃〜1250℃である。
熱間圧延の各種条件は特に限定されるものではないが、仕上げ温度は700℃〜950℃、巻き取り温度は750℃以下が好ましい。
【0064】
(2)熱延板焼鈍工程
本発明においては、上記熱間圧延工程により得られた熱間圧延鋼板に熱延板焼鈍を施す。熱延板焼鈍工程を行うことにより、鋼板の延性が向上し冷間圧延工程での破断を抑制できる。
熱延板焼鈍は、箱焼鈍および連続焼鈍のいずれの方法で実施してもよいが、後述するように、冷間圧延前の鋼板の再結晶部分の面積比率を所定の範囲とする必要がある。
【0065】
(3)冷間圧延工程
本発明における冷間圧延工程は、上記熱延板焼鈍工程後の鋼板を一回の冷間圧延により最終板厚とする工程である。本工程では、上記熱延板焼鈍工程後の鋼板に一回の冷間圧延を施し、所定の板厚まで仕上げる。
【0066】
板厚は0.15mm以上0.80mm以下が好ましい。板厚が上記範囲未満では、過度の加工が必要となって冷間圧延時に耳割れや破断が生じるおそれがある。また、後述する均熱処理工程での生産性が悪くなるばかりか、占積率やカシメ強度が低下する可能性もある。一方、板厚が上記範囲を超えると、渦電流損失が増加するため、モータ効率が低下するおそれがある。また、冷間圧延時に導入される転位の量が低下するために、製品の機械特性が劣化するおそれもある。このような観点から、さらに好ましい板厚は0.20mm以上0.70mm以下である。
【0067】
中間焼鈍を挟む二回以上の冷間圧延では、熱間圧延および冷間圧延で形成された圧延集合組織が中間焼鈍時に消失しやすく、圧延方向から45°方向の機械特性が劣化する。そのため本発明では一回の冷間圧延に限定する。
【0068】
(4)均熱処理工程
本発明における均熱処理工程は、上述した冷間圧延工程により得られた冷間圧延鋼板を700℃以上900℃以下で均熱する工程である。本発明は、均熱処理工程で進行する再結晶を抑制し、転位を残存させることを骨子としている。したがって、再結晶抑制効果が小さい場合には、均熱温度を通常の無方向性電磁鋼板の均熱温度よりも著しく低温化する必要がある。通常の無方向性電磁鋼板の連続焼鈍ラインでの均熱処理を前提とすれば、炉温が下がり、かつ安定化するまでは均熱処理に供することはできない。さらに、一旦炉温を下げた後は、通常の無方向性電磁鋼板の均熱温度まで炉温が上がり、かつ安定化するまでは、通常の無方向性電磁鋼板を均熱処理に供することもできない。これらのことから、再結晶抑制効果が小さい場合には、生産性を著しく低下させることが容易に想像できる。
【0069】
本発明では固溶Nb、Zr、TiおよびVを適正量含有させた状態で均熱処理に供するため、再結晶を抑制する効果が大きい。したがって、均熱処理工程での均熱温度が高くとも回復組織を得ることができ、特殊な均熱温度の機会を設ける必要がないため生産性を向上させることができる。具体的には、均熱温度が900℃以下であれば、所望の機械特性を得ることができる。機械特性の観点から好ましくは850℃以下、さらに好ましくは800℃以下である。均熱温度が低ければ低いほど再結晶進行が抑制されるが、鋼板の平坦が矯正されずに回転子に積層した場合の占積率が低下する場合がある。また、均熱温度が低い場合には鉄損増加に繋がる。さらに、均熱温度が低い場合には、上述のとおり生産性が著しく低下する。これらの観点から均熱温度の下限値を700℃とする。これらの均熱温度は通常の無方向性電磁鋼板で実施する範囲内であり、生産性を阻害することはない。
【0070】
本発明は生産性の観点から均熱処理は連続焼鈍ラインにて実施する。箱焼鈍では、コイル状態で焼鈍に供されることに起因してコイルの巻きぐせ(コイルセットともいう)により鋼板の平坦度が低下したり、形状が劣化したりすることがあるため、均熱処理後に平坦度や形状を矯正する矯正工程が必要な場合があり、生産性が大幅に劣化するためである。
【0071】
(5)冷間圧延前の鋼板の再結晶部分の面積比率
本発明では、回転子の実用性能を改善するために圧延方向から45°方向の引張強さを改善する必要がある。そのためには熱間圧延で形成された圧延集合組織が熱延板焼鈍時に消失することを抑制することが重要である。そのため、熱延板焼鈍時の再結晶を抑制することが重要であり、熱延板焼鈍後の鋼板の再結晶部分の面積比率、すなわち冷間圧延前の鋼板の再結晶部分の面積比率を40%未満とする。圧延方向から45°方向の引張強さを改善する観点からは冷間圧延前の鋼板の再結晶部分の面積比率は低いほど好ましいため、面積比率をゼロとし、完全に未再結晶状態(回復組織)とすることが好ましい。再結晶部分の面積比率の測定方法は前述のとおりである。熱延板焼鈍後は製品の板厚よりも厚いため、例えば撮影倍率50倍の縦断面組織写真を用いればよい。
【0072】
ここで、冷間圧延前の鋼板の再結晶部分の面積比率が所定の範囲内であるとは、熱延板焼鈍の省略により再結晶部分の面積比率を所定の範囲内へ調整することを除く。熱延板焼鈍の省略により、従来技術の問題点であった冷間圧延時の割れが発生するからである。本発明では、熱延板焼鈍を施し、かつ、冷間圧延前の鋼板の再結晶部分の面積比率を所定の範囲へ調整することが重要である。
【0073】
(6)その他
本発明においては、上記均熱処理工程後に、一般的な方法にしたがって、有機成分のみ、無機成分のみ、あるいは有機無機複合物からなる絶縁被膜を鋼板表面に塗布するコーティング工程を行うことが好ましい。また、コーティング工程は、加熱・加圧することにより接着能を発揮する絶縁コーティングを施す工程であってもよい。接着能を発揮するコーティング材料としては、アクリル樹脂、フェノール樹脂、エポキシ樹脂またはメラミン樹脂などを用いることができる。
【0074】
なお、本発明により製造される回転子用無方向性電磁鋼板については、上述した「A.回転子用無方向性電磁鋼板」の項に記載したものと同様であるので、ここでの説明は省略する。
【0075】
なお、本発明は、上記実施形態に限定されるものではない。上記実施形態は例示であり、本発明の特許請求の範囲に記載された技術的思想と実質的に同一な構成を有し、同様な作用効果を奏するものは、いかなるものであっても本発明の技術的範囲に包含される。
【実施例】
【0076】
以下、実施例および比較例を例示して、本発明を具体的に説明する。
【0077】
[実施例1〜18]
下記の表1に示す鋼組成を有する鋼を真空溶製し、これらの鋼を1150℃に加熱し、仕上げ温度820℃で熱間圧延を行い580℃で巻き取り、厚さが2.1mmの熱間圧延鋼板を得た。その後、種々の条件で熱延板焼鈍を施し、一回の冷間圧延にて板厚0.35mmまで仕上げた。得られた冷間圧延鋼板に、種々の温度で20秒間保持する均熱処理を施した。
【0078】
【表1】

【0079】
[比較例1〜10]
上記表1に示す鋼組成を有する鋼を用いて、実施例1〜18と同様に熱間圧延後、種々の条件で熱延板焼鈍を施し、一回の冷間圧延にて比較例1〜3、5〜8については板厚0.35mmへ、比較例4については0.7mmへ、比較例9については1.0mmへ、比較例10については0.12mmまでそれぞれ仕上げた。得られた冷間圧延鋼板に、種々の温度で20秒間保持する均熱処理を施した。ここで、鋼A〜Vにおいて不純物であるTa、Hf、As、Au、Be、Zn、Pb、Tc、Re、Ru、Os、Rh、Ir、Pd、Pt、Ag、Cd、HgおよびPoの合計含有量は0.01%以下であった。
【0080】
[評価]
実施例1〜18および比較例1〜10の鋼板について、冷間圧延前の鋼板の再結晶部分の面積比率、均熱処理後の鋼板の再結晶部分の面積比率、機械特性、磁気特性を評価した。
【0081】
冷間圧延前の鋼板の再結晶部分の面積比率は50倍の倍率で撮影した鋼板の縦断面の光学顕微鏡写真を、均熱処理後の鋼板の再結晶部分の面積比率は100倍の倍率で撮影した鋼板の縦断面の光学顕微鏡写真をそれぞれ用い、視野中に占める再結晶粒の割合を算出した。機械特性は、圧延方向から45°方向を長手方向に採取した試験片を用い、引張試験により引張強さ:TSにて評価した。磁気特性は、55mm角の単板試験片にて、圧延方向から45°方向の磁束密度B50(磁化化力5000A/mでの磁束密度)を測定した。表2に、実施例1〜18および比較例1〜10の鋼板についての評価結果を示す。
【0082】
【表2】

【0083】
比較例1の鋼板はSi含有量が高く、熱延板焼鈍も省略しているために冷間圧延時に破断した。比較例2の鋼板はAl含有量が高いために磁束密度が低かった。比較例3の鋼板はP含有量が高いために冷間圧延時に破断した。比較例4の鋼板はCおよびMnの含有量が高く、鋼組織がマルテンサイト組織であるために磁束密度が低かった。比較例5の鋼板はNb、Zr、TiおよびVの含有量が本発明範囲外であるために再結晶が抑制されず、再結晶部分の面積比率が高くなり引張強さ、磁束密度ともに劣っていた。比較例6の鋼板はNb、Zr、TiおよびVの含有量が本発明範囲の上限を超えているために冷間圧延時に破断した。比較例7は、冷間圧延前の鋼板の再結晶部分の面積比率が高く、引張強さ、磁束密度ともに劣っていた。比較例8は、均熱処理後の鋼板の再結晶部分の面積比率が高く、引張強さ、磁束密度ともに劣っていた。比較例9は、冷間圧延の仕上げ板厚が厚いために冷間圧延により導入される転位の量が十分でなく、引張強さ、磁束密度ともに劣っていた。比較例10は、冷間圧延の仕上げ板厚が薄いため、冷間圧延後に耳割れが発生しており以降の工程に供することができなかった。
【0084】
これに対して本発明で規定する要件を全て満足する実施例1〜18の鋼板では、磁気特性・機械特性とも優れた値を示していた。また、実施例5と実施例6を比較することにより、S含有量が変化しても磁気特性、機械特性は変化しないことがわかった。
【図面の簡単な説明】
【0085】
【図1】転位強化を活用する無方向性電磁鋼板の引張強さの異方性を示す図である。
【図2】転位強化を活用する無方向性電磁鋼板の疲労試験結果を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.06%以下、Si:1.0%以上4.0%以下、Mn:0.05%以上3.0%以下、Al:2.5%以下、P:0.25%以下、S:0.04%以下、N:0.02%以下、Nb、Zr、TiおよびVからなる群から選択される少なくとも1種の元素を下記式(1)を満足する範囲で含有し、残部がFeおよび不純物からなり、再結晶部分の面積比率が90%未満、圧延方向から45°方向の引張強さが600MPa以上、圧延方向から45°方向の磁束密度B50が1.68T以上であることを特徴とする回転子用無方向性電磁鋼板。
0<Nb/93+Zr/91+Ti/48+V/51−(C/12+N/14)<5×10-3 (1)
(ここで、式(1)中、Nb、Zr、Ti、V、CおよびNはそれぞれの元素の含有量(質量%)を示す。)
【請求項2】
前記Feの一部に代えて、Nbを0.02%超含有することを特徴とする請求項1に記載の回転子用無方向性電磁鋼板。
【請求項3】
前記Feの一部に代えて、Cu、Ni、Cr、Mo、CoおよびWからなる群から選択される少なくとも1種の元素を下記の質量%で含有することを特徴とする請求項1または請求項2に記載の回転子用無方向性電磁鋼板。
Cu:0.01%以上8.0%以下 Ni:0.01%以上2.0%以下
Cr:0.01%以上15.0%以下 Mo:0.005%以上4.0%以下
Co:0.01%以上4.0%以下 W:0.01%以上4.0%以下
【請求項4】
前記Feの一部に代えて、Sn、Sb、Se、Bi、Ge、TeおよびBからなる群から選択される少なくとも1種の元素を下記の質量%で含有することを特徴とする請求項1から請求項3までのいずれかの請求項に記載の回転子用無方向性電磁鋼板。
Sn:0.5%以下 Sb:0.5%以下 Se:0.3%以下 Bi:0.2%以下
Ge:0.5%以下 Te:0.3%以下 B:0.01%以下
【請求項5】
前記Feの一部に代えて、Ca、MgおよびREMからなる群から選択される少なくとも1種の元素を下記の質量%で含有することを特徴とする請求項1から請求項4までのいずれかの請求項に記載の回転子用無方向性電磁鋼板。
Ca:0.03%以下 Mg:0.02%以下 REM:0.1%以下
【請求項6】
請求項1から請求項5までのいずれかの請求項に記載の鋼組成を備える鋼塊または鋼片に熱間圧延を施す熱間圧延工程と、前記熱間圧延工程により得られた熱間圧延鋼板に熱延板焼鈍を施す熱延板焼鈍工程と、前記熱延板焼鈍後の鋼板を一回の冷間圧延により最終板厚とする冷間圧延工程と、前記冷間圧延工程により得られた冷間圧延鋼板に均熱処理を施す均熱処理工程とを有する回転子用無方向性電磁鋼板の製造方法であって、
前記冷間圧延工程前の鋼板の再結晶部分の面積比率を40%未満とし、
前記均熱処理工程での均熱処理温度を700℃以上900℃以下とすることを特徴とする回転子用無方向性電磁鋼板の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2009−299102(P2009−299102A)
【公開日】平成21年12月24日(2009.12.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−152129(P2008−152129)
【出願日】平成20年6月10日(2008.6.10)
【出願人】(000002118)住友金属工業株式会社 (2,544)
【Fターム(参考)】