説明

回転部材の潤滑構造

【課題】撥油処理部の撥油性能を向上させるとともに、その耐久性を向上させることのできる回転部材の潤滑構造を提供する。
【解決手段】回転部材7の少なくとも一部が、その回転部材7を潤滑させる潤滑油に油浴されるとともに、その回転部材7の少なくとも一部に、前記潤滑油をはじく撥油処理部10が設けられている回転部材7の潤滑構造において、前記回転部材7の側面に、その側面を粗面化させる凹凸構造が形成され、かつ、低表面張力処理剤が被覆された前記撥油処理部10が設けられ、前記撥油処理部10が形成された前記回転部材7の側面に、前記潤滑油に気泡を混入させる気泡混入手段(リブ9)が更に設けられていることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、潤滑油によって潤滑される回転部材の潤滑構造に関するものである。
【背景技術】
【0002】
歯車やローラあるいは駆動軸などの回転部材は、円滑な動作のために、また、摩耗を抑制するために潤滑をおこなうのが通常である。しかしながら、これらの回転部材をオイル溜りに浸漬し、回転部材で潤滑油を掻き上げて潤滑させると、潤滑油の粘性抵抗によって動力の損失が生じたり、潤滑油にせん断力が作用するためにその温度が上昇し、潤滑油の劣化が進行するなどの事態が生じる。そこで、特許文献1には、回転部材の表面に撥油処理部を設けることにより、オイルをはじいて、オイルの連れ回りを減少させて、回転部材の回転抵抗を低減させるように構成された発明が記載されている。より具体的には、回転部材の表面が、撥油特性を有するポリテトラフルオロエチレンによって被膜処理が施されている。そのため、回転部材の表面がオイル油面と接触しても、その被膜によってオイルが短時間ではじかれるため、回転部材のオイルの撹拌によるオイル連れ回りが減少してオイルの発熱や回転部材の回転抵抗が低減されるように構成されている。
【0003】
また、特許文献2には、金属表面をエッチングにより粗面化し、その粗面化した表面に、微粒子粉末を含有する疎水性樹脂からなる撥水撥油製被膜を施すことが記載されている。さらに、特許文献3には、エンジンオイルが所定温度以下の場合に、オイル中にマイクロバルブを混入させることにより、オイルの粘度を低下させることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2008−25677号公報
【特許文献2】特開平10−156282号公報
【特許文献3】特開2007−24011号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
撥油処理は、回転部材の表面にテトラフルオロエチレンなどの撥油性のある被膜を形成する処理であり、その被膜が潤滑油をはじくことにより、上記の特許文献1に記載されているように、潤滑油の付着や引き摺りを低減できる。この撥油処理部は、カウンタギアやディファレンシャルギアなどの外周部位であっても、同様に潤滑油の付着や引き摺りを低減できる。しかしながら、これらのギアと相対回転する他の回転部材との接触部、すなわち噛み合い部に撥油処理を施した場合に、その撥油処理部は摩耗により耐久性が低下する虞があり、したがって、撥油処理部は回転部材と他の回転部材との非接触部に施す必要がある。すなわち、特許文献1に記載された技術は、飽くまでも、回転部材に連れ回る潤滑油量を低減もしくは抑制するための技術である。また、特許文献2に記載されているように、粗面化した表面に撥水撥油処理を施せば、微細な凹凸構造と疎水性樹脂との相乗効果によって、耐久性の高い撥水撥油性を備えた材料を得ることができる。しかしながら、その凹凸構造にオイルが浸透して撥油性が低下する虞がある。さらにまた、特許文献3に記載された技術は、マイクロバブルをエンジンオイルに混入させることにより、エンジンオイルの粘度などを低下させて、内燃機関や変速機のフリクションを低減させるものである。このように従来では、撥油処理部の撥油効果およびその効果の維持を向上させたりする機能がなく、未だ改善の余地があった。
【0006】
この発明は上記の技術的課題に着目してなされたものであり、撥油処理部の撥油効果およびその効果の維持を向上させることのできる回転部材の潤滑構造を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記の目的を達成するために、請求項1の発明は、回転部材の少なくとも一部が、その回転部材を潤滑させる潤滑油に油浴されるとともに、その回転部材の少なくとも一部に、前記潤滑油をはじく撥油処理部が設けられている回転部材の潤滑構造において、前記回転部材の側面に、その側面を粗面化させる凹凸構造が形成され、かつ、低表面張力処理剤が被覆された前記撥油処理部が設けられ、前記撥油処理部が形成された前記回転部材の側面に、前記潤滑油に気泡を混入させる気泡混入手段が更に設けられていることを特徴とするものである。
【0008】
請求項2の発明は、請求項1の発明において、前記気泡混入手段は、前記回転部材の側面に設けられ、前記回転部材の回転方向に突となった翼形状のリブを含むことを特徴とする回転部材の潤滑構造である。
【0009】
請求項3の発明は、請求項1または2の発明において、前記気泡混入手段は、前記回転部材の側面に設けられ、前記回転部材をその回転部材と一体回転する部材に締結する複数の締結部材を含み、その複数の締結部材のいずれか複数が前記回転部材の回転中心近傍に設けられるとともに、他の複数の締結部材が、前記回転部材に外周縁近傍に設けられていることを特徴とする回転部材の潤滑構造である。
【0010】
請求項4の発明は、回転部材の少なくとも一部が、その回転部材を潤滑させる潤滑油に油浴されるとともに、その回転部材の少なくとも一部に、前記潤滑油をはじく撥油処理部が設けられている回転部材の潤滑構造において、前記回転部材は、はすば歯車を含み、前記歯が、他のはすば歯車の歯との噛み合いから解放される側の前記はすば歯車の側面に、その側面を粗面化させる凹凸構造が形成され、かつ、低表面張力処理剤が被覆された前記撥油処理部が設けられていることを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0011】
請求項1の発明によれば、回転部材の側面に撥油処理部が形成されるとともに、その撥油処理部が形成された回転部材の側面に、潤滑油に気泡を混入させる気泡混入手段が設けられている。そのため、撥油処理を施した回転部材の側面では、気泡混入手段によって潤滑油に混入される気泡が撥油処理部に供給される。また、その気泡によって潤滑油の流体抵抗(粘性抵抗)が低減される。さらにまた、気泡混入手段は回転部材の側面に設けられているので、回転部材の回転数の増加とともに潤滑油への気泡の混入率が増大する。その結果、回転部材の側面に撥油処理部だけが形成されたものと比較して、回転部材の側面でのオイルの連れ回りを低減でき、撹拌損失を低減できる。すなわち、撹拌損失低減効果が増大し、撥油性能を向上できる。また、撥油処理が施された回転部材の側面に気泡を存在させることにより、気泡がない場合に比較して、撥油処理部の耐久性を向上できる。
【0012】
請求項2の発明によれば、請求項1の発明による効果と同様の効果に加えて、気泡混入手段は、回転部材の側面に設けられ、回転部材の回転方向に突となった翼形状のリブであるから、回転部材の回転数の増大にともなって気泡の混入を増大させることができる。その結果、潤滑油への気泡混入率が増大し、撹拌損失低減効果を向上できる。
【0013】
請求項3の発明によれば、請求項1または2の発明による効果と同様の効果のに加えて、気泡混入手段は、回転部材を、その回転部材に一体回転する他の回転部材に締結する複数の締結部材を含んでおり、その複数の締結部材のいずれか複数が回転部材の回転中心近傍に設けられ、他の複数の締結部材が回転部材の外周縁近傍に設けられている。その結果、回転部材の側面全面に亘って、気泡を均一に供給することができる。すなわち、回転部材の回転中心近傍においても気泡の存在率を向上できる。したがって、回転部材の回転中心近傍に施された撥油処理部と外周縁近傍に施された撥油処理部との耐久性を、同様に向上できる。
【0014】
請求項4の発明によれば、はすば歯車における歯の噛み合いの解放側に、撥油処理部が設けられている。そのため、歯面による潤滑油の掻き上げによって混入された気泡を、撥油処理部を施した面に供給できる。その結果、回転部材の側面に撥油処理部だけが形成されたものと比較して、回転部材の側面でのオイルの連れ回りを低減でき、撹拌損失を低減できる。すなわち、撹拌損失低減効果が増大し、撥油性能を向上できる。また、撥油処理が施された回転部材の側面に気泡を存在させることにより、気泡がない場合に比較して、撥油処理部の耐久性を向上できる。また、気泡を供給する側(面)にのみ、撥油処理部を設ければよいので、コストを低減できる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】この発明の気泡混入手段をディファレンシャルギアのエンドプレートに適用した例を模式的に示す図である。
【図2】翼形状のリブが形成されたエンドプレートによる気泡混入率と回転数との相関を示す線図である。
【図3】撥油処理が施された回転部材の表面の凹凸構造を模式的に示す図である。
【図4】撥油処理部が設けられた回転部材が潤滑油に油浴された場合における撥油処理部の表面状態を模式的に示す図である。
【図5】この発明による撹拌損失の低減効果を示す線図である。
【図6】この発明を適用したエンドプレートにおける複数の締結部材の配置を模式的に示す図である。
【図7】この発明を適用したエンドプレートの側面における気泡の混入率を示す線図である。
【図8】の発明を適用したエンドプレートの半径方向における撹拌損失の低減率を示す線図である。
【図9】この発明を適用できるディファレンシャルギアの分解斜視図である。
【図10】従来知られているエンドプレートの外側の形状を模式的に示す図である。
【図11】従来知られているエンドプレートに設けられている締結部材の配置を模式的に示す図である。
【図12】従来知られている平歯車による潤滑油の掻き上げを模式的に示す図である。
【図13】この発明をはすば歯車に適用した例を模式的に示す図である。
【図14】図13に示すはすば歯車と噛み合って相対的に動作するはすば歯車にこの発明を適用した例を模式的に示す図である。
【図15】図12に示す平歯車によって潤滑油に気泡を混入させた場合における気泡の分布を模式的に示す図である。
【図16】図13に示すはすば歯車によって潤滑油に気泡を混入させた場合における気泡の分布を模式的に示す図である。
【図17】図14に示すはすば歯車によって潤滑油に気泡を混入させた場合における気泡の分布を模式的に示す図である。
【図18】この発明をその全体が潤滑油に浸漬された回転部材に適用した場合における撹拌損失の低減効果を示す線図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
つぎにこの発明をより具体的に説明する。この発明は、回転部材の少なくとも一部分もしくはその全体が潤滑油に油浴された回転部材の潤滑構造に関するものであり、したがって、その回転部材は、潤滑油に油浴された歯車および動力伝達軸ならびにこれらの回転部材と一体回転する部材などである。この発明では、回転部材の少なくとも一部分もしくはその全体が潤滑油に油浴されて潤滑油のいわゆる引き摺りを生じるとともに、これらの回転部材と相対的に動作(回転)する他の回転部材との非接触部に、より具体的には、回転部材の側面に撥油処理を施した撥油処理部が設けられている。その撥油処理は、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)などのフッ素系樹脂の被膜を形成する処理や、表面にマイクロサイズもしくはナノサイズの微細凹凸を有し、かつ、フッ素系樹脂のコーティングを施した処理(超撥油処理と称することもある)などであり、その表面に空気層を形成することにより潤滑油をはじくように構成された、従来知られている処理である。回転部材の表面にマイクロサイズもしくはナノサイズの微細凹凸を形成させてその表面を粗面化させる処理は、エッチング処理もしくはレーザー加工あるいはショットブラスト処理などの、従来知られている処理である。
【0017】
このような構成の撥油処理部は、前述したように、回転部材と相対的に動作(回転)する他の回転部材との非接触部、より具体的には、回転部材の側面に形成されていればよい。この撥油処理部は、潤滑油をはじいて、潤滑油の引き摺りを低減するためのものであるから、撥油処理が施される撥油処理部の広さあるいは幅は、回転部材による潤滑油の引き摺りを低減できる程度の広さあるいは幅であり、これは、使用する潤滑剤(油)や対象とする回転部材に応じて予め実験により求めておくことができる。また、撥油処理部は、前述した回転部材の両側面に形成されていてもよく、あるいは片側(一側部)のみに形成してもよく、さらには一部が、相対的に動作する二つの回転部材のいわゆる接触部に形成されてもよい。
【0018】
そして、前述した撥油処理が施された回転部材の側面に、潤滑油に気泡を混入させる気泡混入手段が設けられている。この気泡混入手段は、潤滑油に気泡を混入させて潤滑油の粘性抵抗を低下させるとともに、撥油処理部に気泡を供給し、これにより前述した撥油処理部の撥油性能や耐久性を向上させるものである。したがって、この発明では、その気泡混入手段は、前述した撥油処理が施された回転部材の両側面に形成されていてもよく、あるいは撥油処理が施された片側(一側部)のみに形成してもよい。さらには、回転部材が歯車である場合には、その歯が潤滑油を掻き上げるので、その歯であってよい。具体的に説明すると、気泡混入手段は、前述した撥油処理が施された回転部材の側面に設けられ、回転部材の回転方向に突となった翼形状のリブや、回転部材を他の回転部材に締結させるとともに、回転部材の側面に対して突形状に形成された複数の締結部材であってよい。さらには、回転部材が、例えば、中心軸線に対し斜めに歯が形成されたはすば歯車である場合には、気泡混入手段は、その歯であり、相対的に動作する二つのはすば歯車の歯が噛み合いから解放される側に撥油処理部が設けられていればよい。
【0019】
したがって、このような構成の回転部材の潤滑構造においては、気泡混入手段は撥油処理部が形成された回転部材の側面に設けられ、その撥油処理が施された回転部材の側面に気泡を供給するようになっている。すなわち、撥油処理部の表面に気泡(空気)が積極的に供給されることにより撥油処理部の表面に空気層が形成され、この空気層と潤滑油とのせん断により、回転部材による潤滑油の引き摺りを低減することができる。また、潤滑油に気泡を混入することにより、潤滑油の粘性抵抗が低下するので、回転部材による潤滑油の引き摺りを低減することができる。また、気泡混入手段は、回転部材の側面に、あるいは歯車の歯に設けられているので、回転部材の回転数の増大とともに、潤滑油への気泡の混入率が増大させられる。すなわち、気泡混入手段は、回転部材が高回転して遠心油圧を生じる場合であっても、潤滑油に気泡を混入させるように積極的に機能する。そのため、潤滑油に混入させられた気泡により、撥油処理部に空気層が形成され、また保持されるので、潤滑油の引き摺りによる撹拌損失を低減することができる。そして、その潤滑油が回転部材に供給されるので、撥油処理部の撥油性能および耐久性を向上することができる。
【0020】
図9に、この発明を適用できるディファレンシャルギアの分解斜視図を示してある。なお、この発明は、ディファレンシャルギア1のリングギアもしくはドライブピニオンギアあるいはカウンタギアなどにも適用できる。要は、潤滑油にギアなどの回転部材の一部分もしくは全体が油浴されているものであればよい。図9に示すディファレンシャルギア1は、従来知られているものであり、例えばエンジンやモーターなどの動力源(図示せず)に入力軸(プロペラシャフト)を介して動力伝達可能に連結されている。入力軸の端部は、中空のディファレンシャルキャリア2の内部で、所定の軸受3により回転自在に支持され、ドライブピニオン4に連結されている。ドライブピニオン4は、ディファレンシャルギア1のリングギア5に噛み合っており、そのリングギア5の内側にはディファレンシャルケース6が設けられ、リングギア5とディファレンシャルケース6とが一体回転するようになっている。ディファレンシャルケース6の内部には、リングギア5と平行にピニオンシャフトが収容されていて、その両端部にピニオンギアが設けられている。また、ディファレンシャルケース6を挟んでその両側面(両端部)には、エンドプレート7がそれぞれ設けられており、複数のボルトなどの締結部材8によってディファレンシャルケース6に締結されている。これらのエンドプレート7におけるディファレンシャルケース6側(すなわち、エンドプレートの内側)には、前述した二つのピニオンギアと噛み合うサイドギアがそれぞれ設けられている。そして、これらのサイドギアに左右のドライブシャフトがそれぞれ連結され、一体回転するようになっている。図10には、従来知られているエンドプレートの外側の形状を模式的に示してあり、その外周縁近傍には、前述した複数の締結部材8が設けられており、また、エンドプレート7の回転中心側から外周縁にかけて複数のリブ9が形成されている。
【0021】
図1に、この発明の気泡混入手段をディファレンシャルギアのエンドプレートに適用した例を模式的に示してある。図1にはエンドプレート7の外側(ディファレンシャルケース6側とは反対側)の形状を示してあり、そのエンドプレート7は、例えば、矢印Aで示す方向に回転するようになっている。そして、その外側の表面に、回転方向に対して突になるように湾曲した翼形状のリブ9が設けられている。このリブ9が、この発明の気泡混入手段に相当し、エンドプレート7の回転にともなって、エンドプレート7を油浴する潤滑油を掻き上げて、その潤滑油中に気泡を混入するようになっている。図2に、その翼形状のリブによる気泡混入率を模式的に示してあり、従来形状のリブ9に比較して、エンドプレート7の回転数の増大にともなって、潤滑油への気泡混入率が増大するようになっている。言い換えれば、エンドプレート7がその回転によって遠心油圧を生じる領域であっても、気泡の混入率が増大するようになっている。
【0022】
図3に、撥油処理が施された回転部材の表面の凹凸構造を模式的に示してある。撥油処理部10は、図3に示すように、回転部材の表面に、微細な凹凸形状が連続して形成されて粗面化されており、その微細な凹凸形状は、その凹部および突部の幅および高さが数μmになるように、例えば、エッチング処理もしくはレーザー加工あるいはショットブラスト処理によって形成されている。そして、その上から、例えば表面張力が14mN/m以下のポリテトラフルオロエチレン(PTFE)やフルオロアルキルシラン、フルオロアルキルメタクリレートなどのフッ素系処理剤、あるいは、ポリジメチルシリコーンなどのシリコン系処理剤やパラフィン系の処理剤などの被覆層11が施されて撥油処理部10が形成されている。そのため、潤滑油の油滴に対して、相対的に小さい凹凸が形成され、また、その表面に撥油処理が施されているので、これによって油滴の接触角θ1が大きくなり、すなわち、潤滑油をはじくようになっている。
【0023】
また、図4に、撥油処理部が設けられた回転部材が潤滑油に油浴された場合における撥油処理部の表面状態を模式的に示してある。前述したように、回転部材の側面には、一辺の長さが数μmになるように微細な凹凸が形成され、その上に、撥油性の処理剤が施されている。したがって、回転部材とこれを油浴する潤滑油との間に、空気層12が形成される。その結果、この空気層12により、潤滑油の付着が防止もしくは抑制されるようになっている。言い換えれば、回転部材が回転した場合に、この空気層12と潤滑油との間でせん断作用が生じ、これにより回転部材による潤滑油の引き摺りが低減されるようになっている。
【0024】
したがって、前述した回転方向に突となった翼形状のリブ9および撥油処理が施されたエンドプレート7では、そのリブ9によってエンドプレート7を油浴する潤滑油に気泡が混入させられる。そして、その気泡は、エンドプレート7の回転数の増大にともなってその混入率が増大し、また、撥油処理部10に供給されて空気層12を積極的に形成し、また、その空気層12を保持するように作用する。さらにまた、潤滑油中に気泡を混入することにより、潤滑油の粘性抵抗が低下させられる。
【0025】
このように、前述した構成では、エンドプレート7の側面に付着した、もしくは付着しようとする潤滑油は、撥油処理部10によってはじかれ、エンドプレート7による潤滑油の引き摺りを低減できる。また、リブ9によって潤滑油に気泡が混入され、その気泡が撥油処理部10に積極的に供給されるので、撥油処理部10の撥油性能および耐久性を向上させることができる。その結果、エンドプレート7の撹拌損失を低減できる。
【0026】
図5に、この発明による撹拌損失の低減効果を示してある。図5の実線は、前述した撥油処理部10および翼形状のリブ9を設けた回転部材(エンドプレート7)において、その回転部材を駆動させるエンジンの出力トルクと回転部材の回転数の変化との相関を示している。破断線は、従来形状のリブ9を備えたエンドプレート7に前述した撥油処理部10を施した場合における、エンジンの出力トルクと回転数の変化との相関を示している。点線は、撥油処理を施していない従来形状のエンドプレート7における、エンジンの出力トルクと回転数の変化との相関を示している。図5に示すように、エンドプレート7に撥油処理部10を設け、また、リブ9の形状を変更して気泡の混入率を増大させると、撥油処理部10の撥油性能が向上するとともにその耐久性が向上し、潤滑油の引き摺りによる撹拌損失を低減させることができる。
【0027】
すなわち、前述した構成では、撥油処理部10に気泡が供給されることにより、撥油処理部10には空気層12が形成されるから、従来構成のエンドプレート7と比較して、この発明を適用したエンドプレート7では、その側面に対する潤滑油の付着が防止もしくは抑制される。言い換えれば、空気層12と潤滑油とのせん断が生じることにより、潤滑油の付着が防止もしくは抑制され、撥油処理部10の耐久性を向上させることができる。さらに言えば、エンドプレート7による潤滑油のせん断が抑制もしくは低減され、すなわち、フッ素系樹脂が被覆された撥油処理部10による潤滑油のせん断が抑制もしくは低減され、その結果、撥油処理部10および潤滑油の耐久性の低下を抑制することができる。また、これにより潤滑油の発熱を抑制することができる。
【0028】
前述した図1に示した構成を改良した例を図6に示してある。ここに示す例は、回転部材の側面における気泡の存在率は、その回転中心からその外周縁にかけて高くなるため、回転部材の回転中心近傍における気泡の存在率を増大させ、また、回転部材の側面の全面に均一に気泡を供給するように構成した例である。具体的に説明すると、図11に、従来知られているエンドプレート7に設けられている締結部材8の配置を模式的に示してあり、図11に示す構成では、前述したように、ドライブシャフトを貫通させるエンドプレート7の内周縁r0と外周縁r2との間(図11でr1で示す位置)に複数の締結部材8が配置されている。
【0029】
図6には、その締結部材の配置を変更した例を模式的に示してあり、複数の締結部材8が、エンドプレート7の内周縁r0側と外周縁r2側とに交互に配置されている。そして、各締結部材8は、エンドプレート7の側面の鉛直方向に突となるように設けられている。したがって、複数の締結部材8が、この発明における気泡混入手段となっており、エンドプレート7の回転にともなって潤滑油を掻き上げて気泡を混入させるようになっている。また、エンドプレート7の側面には、前述した微細な凹凸が形成され、その上に、フッ素系樹脂などが被覆された撥油処理が施されており、図6に示す構成においても、エンドプレート7の側面に付着した、もしくは付着しようとする潤滑油は、撥油処理部10によってはじかれるようになっている。そして、その撥油処理部10に前述した複数の締結部材8によって潤滑油に混入された気泡が供給されるようになっている。
【0030】
図7に、図6に示す構成のエンドプレートの側面における気泡の混入率を示してある。図7の実線は、図6に示す構成のエンドプレート7による気泡の混入率を示しており、破断線は、図11に示す従来知られているエンドプレート7による気泡の混入率を示している。図7に示すように、従来構成のエンドプレート7は、複数の締結部材8が配置されている箇所(図11において、符号r1で示す箇所)の近傍において気泡の混入率が高い。しかしながら、エンドプレート7の内周縁r0近傍および外周縁r2近傍では、気泡の混入率が相対的に低い。これに対して、図6に示す構成のエンドプレート7では、複数の締結部材8がエンドプレート7の内周縁r0側および外周縁r2側に交互に設けられており、これらによって潤滑油を掻き上げて気泡を混入させるので、エンドプレート7の側面の全体に亘って気泡の混入率を均一に向上させることができる。
【0031】
具体的に説明すると、エンドプレート7の内周縁r0側に設けられた締結部材8が潤滑油を掻き上げて気泡を混入させるので、従来構成のエンドプレート7では、気泡の混入(存在)率が相対的に低い内周縁r0側の気泡の混入(存在)率を向上させることができる。したがって、複数の締結部材8をエンドプレート7の内周縁r0側および外周縁r2側に交互に設けることにより、エンドプレート7の側面全面に亘って気泡を存在させることができる。
【0032】
また、前述したように、エンドプレート7の側面には撥油処理部10が設けられており、その撥油処理部10に気泡が供給され、撥油処理部10の空気層12が維持されるから、エンドプレート7による潤滑油のせん断作用が抑制もしくは低減される。言い換えれば、空気層12と潤滑油とのせん断作用になり、撥油処理部10の撥油性を向上できるとともに、撥油処理部10および潤滑油の耐久性の低下を抑制することができる。
【0033】
図8に、図6に示す構成のエンドプレートの半径方向における撹拌損失の低減率を示してある。図8の実線は、図6に示す構成のエンドプレート7の半径方向における撹拌損失の低減率(%)を示しており、破断線は、図11に示す従来構成のエンドプレート7の半径方向における撹拌損失の低減率(%)を示している。図8に示すように、従来構成のエンドプレート7は、複数の締結部材8が配置されている箇所(図11において、符号r1で示す箇所)の近傍において撹拌損失の低減率(%)が最も高くなっている。また、内周縁r0側よりも外周縁r2側の撹拌損失の低減率(%)が大きくなっている。すなわち、気泡が多く存在する箇所において、撹拌損失の低減効果が大きくなっている。
【0034】
一方、図6に示す構成のエンドプレート7は、相対的に内周縁r0側よりも外周縁r2側の撹拌損失の低減率(%)が大きいものの、内周縁r0側および外周縁r2側に複数の締結部材8が配置されているので、従来構成のエンドプレート7の撹拌損失の低減率(%)に比較して、内周縁r0側および外周縁r2側の撹拌損失の低減率(%)が高くなっている。したがって、エンドプレート7の内周縁r0側および外周縁r2側に締結部材8を配置することにより、エンドプレート7の側面全面に亘って気泡の混入率を向上できるとともに、気泡を均一に分布させることができ、また、これによりエンドプレート7の側面全面に亘って撹拌損失の低減効果を向上させることができる。その結果、撥油処理部10の撥油性能を向上させることができ、潤滑油の引き摺りによる撹拌損失を低減させることができる。また、撥油処理部10の耐久性を向上させることができる。
【0035】
つぎにこの発明を、はすば歯車に適用した例を説明する。図12に、従来知られている平歯車による潤滑油の掻き上げを模式的に示してある。平歯車13は、その回転中心軸に平行して歯13aが形成されており、その歯13aによる潤滑油の掻き上げにともなって、潤滑油中に気泡が混入するようになっている。したがって、潤滑油に混入した気泡は、潤滑油に気泡を混入させる歯13aが平歯車13の回転中心軸に平行に形成されているから、平歯車13のいずれの側面に吹き出すのか、その吹き出す方向が定まっていない。
【0036】
図13および図14に、この発明をはすば歯車に適用した例を模式的に示してある。はすば歯車14は、歯14aが中心軸線に対して角度θ2分だけねじれた位置関係となるように形成された歯車であり、したがって、駆動側の歯車と従動側の歯車との歯の噛み合いが、幅方向での一端部で開始し、その噛み合い箇所が他方の端部に向けて変化し、かつ歯先側から歯元側に、あるいは歯元側から歯先側に変化する。ここに示す例は、相対的に動作する二つのはすば歯車14(すなわち、駆動側の歯車と従動側の歯車)の歯14aの噛み合いが解放される側の歯車の側面14bに、撥油処理部10を形成するように構成した例である。
【0037】
具体的に説明すると、図13に示す構成では、相対的に動作するはすば歯車14の歯14aとの噛み合いから解放される側のはすば歯車14の側面(図13において、はすば歯車14の右側の側面)14bに撥油処理部10が設けられている。図14には、図13に示すはすば歯車14と噛み合って相対的に動作するはすば歯車14を示してあり、図13に示すはすば歯車14の歯14aとの噛み合いから解放される側(図14において、はすば歯車14の左側の側面)14bに撥油処理部10が設けられている。したがって、はすば歯車14の歯14aが、この発明における気泡混入手段となっている。また、撥油処理部10は、はすば歯車14の歯14aが噛み合いから解放される側のはすば歯車14の側面14bに設けられており、前述した微細な凹凸が形成され、その上に、フッ素系樹脂などが被覆された撥油処理が施されている。したがって、図13および図14に示す構成においても、はすば歯車14の側面14bに付着した、もしくは付着しようとする潤滑油は、その撥油処理部10によってはじかれるようになっている。そして、その撥油処理部10に歯14aによって潤滑油に混入された気泡が供給されるようになっている。
【0038】
図15に、図12に示す平歯車によって潤滑油に気泡を混入させた場合における気泡の分布を模式的に示してある。図15に示したように、平歯車13は、歯13aがその中心軸に平行に形成されており、すなわち、歯13aが中心軸線に対してねじれていないので、その歯13aによって混入された気泡は、平歯車13の周方向に(すなわち、歯13aに沿って)多く存在する。言い換えれば、歯13aが中心軸線に対して平行に形成されているので、潤滑油に混入された気泡は、平歯車13のいずれか一方の側面に偏って存在しない。
【0039】
図16に、図13に示すはすば歯車によって潤滑油に気泡を混入させた場合における気泡の分布を模式的に示してある。図17に、図14に示すはすば歯車によって潤滑油に気泡を混入させた場合における気泡の分布を模式的に示してある。図16および図17に示したように、また、前述したように、はすば歯車14の歯14aは、歯14aがその中心軸線に対して角度θ2分だけねじれて形成されているので、その歯14aによって潤滑油に混入された気泡の混入(存在)率は、相対的に動作する他のはすば歯車14の歯14aとの噛み合いから解放される側の側面14bで高くなる。言い換えれば、歯14aのねじれ角θ2を調整することにより、歯14aによって混入された気泡の吹き出し方向を変更できる。すなわち、歯14aのねじれ角θ2を調整することにより、撥油処理部10近傍の気泡濃度を調整することができる。また、歯14aによって気泡を混入させるので、その気泡混入率(気泡濃度)は、はすば歯車14の回転数の増大にともなって増大させることができる。
【0040】
このように、はすば歯車14の歯14aの噛み合いが解放される側の側面14bに撥油処理部10を設けることにより、はすば歯車14の側面14bに付着した、もしくは付着しようとする潤滑油は、撥油処理部10のによってはじかれるとともに、気泡混入手段によって、すなわち、はすば歯車14の歯14aによって混入された気泡がその撥油処理部10に積極的に供給されるので、撥油処理部10の撥油性能および耐久性を向上させることができる。また、潤滑油に混入される気泡によってその粘性抵抗が低下させられる。その結果、前述した構成では、はすば歯車14による潤滑油の引き摺りを低減できるとともに、撹拌損失を低減できる。また、気泡を供給する側(すなわち、側面14b)にのみ撥油処理を施せばよいので、コスト低減を図ることができる。
【0041】
つぎにこの発明をその全体が潤滑油に浸漬された回転部材に適用した例を説明する。ここに示す例は、いわゆるテストボックスの内部に潤滑油を充填し、その潤滑油中に撥油処理を施した回転する円板を浸漬するとともに、その潤滑油中に強制的に気泡を供給するように構成した例である。図18に、この発明をその全体が潤滑油に浸漬された回転部材に適用した場合における撹拌損失の低減効果を示してある。図18の実線は、テストボックスの内部で撥油処理が施された回転円板を浸漬する潤滑油に強制的に気泡を混入した場合に、その回転円板を駆動させるエンジンの出力トルクと回転円板の回転数の変化との相関を示している。破断線は、撥油処理のみを施した回転円板の出力トルクと回転数との相関を示し、点線は、未処理の回転円板の出力トルクと回転数との相関を示している。
【0042】
図18に示すように、撥油処理が施された回転円板(回転部材)は、未処理の回転円板と比較して、その撥油性能により、潤滑油の引き摺りを低減でき、その結果、撹拌損失を低減できる。そして、その撥油処理が施された回転円板を浸漬する潤滑油に気泡を混入(供給)させると、潤滑油中に気泡が混入していない場合と比較して、潤滑油の引き摺りをより低減でき、その結果、さらに撹拌損失を低減することができる。これは、気泡を混入させることにより、撥油処理部10に空気層12が形成され、空気層12と潤滑油とのせん断が生じ、また、潤滑油に気泡を混入させることにより潤滑油の粘性抵抗が低下するためである。図18において、この発明を適用した回転円板は、未処理の回転円板と比較して、撹拌損失を約25%低減できた。
【0043】
このように、回転部材に設けられた撥油処理部10に気泡を供給することにより、回転部材の撹拌損失を低減させることができる。これは、前述したように、撥油処理部10に気泡を積極的に供給することにより、撥油処理部10と潤滑油との間に空気層12が形成され、また、保持され、潤滑油と空気層12とのせん断作用が生じるためである。また、潤滑油に気泡を混入させることにより潤滑油の粘性抵抗を低下できる。さらにまた、撥油処理が施された回転部材が高回転する場合であっても、その撥油性能を向上させることができる。すなわち、回転部材が高回転して遠心油圧を生じる場合であっても、撥油処理部10に気泡が供給されるので、撥油処理部10と潤滑油との間に空気層12を形成され、また、保持される。その結果、回転部材が高回転する領域においても撥油処理部10の耐久性を向上させることができる。
【0044】
したがって、この発明によれば、回転部材の側面に撥油処理部10を設け、その撥油処理部10に気泡混入手段によって気泡を供給することにより、回転部材の撹拌損失を低減できるとともに、撥油処理部10の撥油性能および耐久性を向上させることができる。
【符号の説明】
【0045】
10…回転部材(エンドプレート)、 11…締結部材、 9…リブ、 10…撥油処理部、 14…はすば歯車、 14a…歯。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
回転部材の少なくとも一部が、その回転部材を潤滑させる潤滑油に油浴されるとともに、その回転部材の少なくとも一部に、前記潤滑油をはじく撥油処理部が設けられている回転部材の潤滑構造において、
前記回転部材の側面に、その側面を粗面化させる凹凸構造が形成され、かつ、低表面張力処理剤が被覆された前記撥油処理部が設けられ、
前記撥油処理部が形成された前記回転部材の側面に、前記潤滑油に気泡を混入させる気泡混入手段が更に設けられている
ことを特徴とする回転部材の潤滑構造。
【請求項2】
前記気泡混入手段は、前記回転部材の側面に設けられ、前記回転部材の回転方向に突となった翼形状のリブを含む
ことを特徴とする請求項1に記載の回転部材の潤滑構造。
【請求項3】
前記気泡混入手段は、前記回転部材の側面に設けられ、前記回転部材をその回転部材と一体回転する部材に締結する複数の締結部材を含み、
その複数の締結部材のいずれか複数が前記回転部材の回転中心近傍に設けられるとともに、他の複数の締結部材が、前記回転部材に外周縁近傍に設けられている
ことを特徴とする請求項1または2に記載の回転部材の潤滑構造。
【請求項4】
回転部材の少なくとも一部が、その回転部材を潤滑させる潤滑油に油浴されるとともに、その回転部材の少なくとも一部に、前記潤滑油をはじく撥油処理部が設けられている回転部材の潤滑構造において、
前記回転部材は、はすば歯車を含み、
前記歯が、他のはすば歯車の歯との噛み合いから解放される側の前記はすば歯車の側面に、その側面を粗面化させる凹凸構造が形成され、かつ、低表面張力処理剤が被覆された前記撥油処理部が設けられている
ことを特徴とする回転部材の潤滑構造。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【公開番号】特開2011−117524(P2011−117524A)
【公開日】平成23年6月16日(2011.6.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−274870(P2009−274870)
【出願日】平成21年12月2日(2009.12.2)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【出願人】(000003609)株式会社豊田中央研究所 (4,200)
【Fターム(参考)】