説明

固体潤滑剤含有樹脂組成物およびそれを用いたベーン式ポンプ

【課題】従来のベーン式ポンプよりもポンプ性能の安定化が可能となる固体潤滑剤含有樹脂組成物およびそれを用いたベーン式ポンプを提供する。
【解決手段】ベーン式ポンプ10のケーシング15を、PPS樹脂、繊維状強化材、固体潤滑剤としてのグラファイト、等方性の無機物を含有する固体潤滑剤含有樹脂組成物を用いて射出成形により形成する。このとき、樹脂組成物として、PPS樹脂を30〜40重量%、グラファイトを10〜25重量%含むものを用いる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固体潤滑剤含有樹脂組成物およびそれを用いたベーン式ポンプに関するものである。
【背景技術】
【0002】
ベーン式ポンプは、ケーシングと偏心配置したロータをモータによって回転させ、ケーシングとロータとの間に形成されたポンプ室の流体をロータとともに回転するベーンにより加圧するものである(例えば、特許文献1参照)。
【0003】
このようなベーン式ポンプとして、車両に搭載され、アルコール含有燃料を収容する燃料タンクの気密性検査に使用されているものがある。この気密性検査は、ベーン式ポンプを減圧ポンプとして用い、燃料タンク内の気体を吸引し、吸引後の燃料タンク内が減圧されたか否かにより、燃料タンクの気密性が確保されているか否かを判断するものである(例えば、特許文献2参照)。
【0004】
この用途のベーン式ポンプとして実際に製造・販売されているものは、ケーシングが、ガラス繊維で強化されたPPS(ポリフェニレンサルファイド)樹脂組成物で構成されていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第4300529号公報
【特許文献2】特開2006−132430号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、ケーシングが上述のPPS樹脂組成物を用いて製造されたベーン式ポンプは、作動開始直後から所定時間が経過するまでの運転初期では、ポンプの摩擦部の抵抗が一定でないため、ロータの回転数が一定にならず、ポンプ性能(吐出圧力)が安定しないという特性を有していた。
【0007】
このため、従来では、この対策として、作動時期にかかわらず、回転数制御が可能なモータを用いて、ロータの回転数が一定回転となるように、モータ回転数を制御するか、運転初期の不安定領域経過後に気密性検査を開始する必要があった。
【0008】
しかし、前者の場合、回転数制御が可能なモータおよびこの制御回路が必要となり、これが、ベーン式ポンプのコストアップの原因となってしまうため、好ましくない。また、後者の場合は、ポンプの運転時間が長くなって消費電力が多くなるため、好ましくない。
【0009】
そこで、このような対策によらなくても、ケーシングの材質によって、ポンプ性能の安定化が可能となることが望まれる。
【0010】
なお、上述の問題は、燃料タンクの気密性検査に限らず、ベーン式ポンプを他の用途に使用した場合においても、同様に生じるものである。
【0011】
本発明は上記点に鑑みて、ベーン式ポンプのケーシングの構成材料として用いた場合に、従来のベーン式ポンプよりもポンプ性能の安定化が可能となる固体潤滑剤含有樹脂組成物を提供することを目的とする。また、従来のベーン式ポンプよりもポンプ性能の安定化が可能なベーン式ポンプを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記目的を達成するため、請求項1に記載の発明は、PPS樹脂と、繊維状強化材と、固体潤滑剤としてのグラファイトと、等方性の無機物とを含有する固体潤滑剤含有樹脂組成物である。
【0013】
請求項2に記載の発明は、請求項1に記載の固体潤滑剤含有樹脂組成物において、樹脂組成物全体に対して、
PPS樹脂を30〜40重量%、
グラファイトを10〜25重量%、
PPS樹脂と繊維状強化材とを合わせて75重量%未満含むことを特徴とする。
【0014】
請求項1、2に記載の固体潤滑剤含有樹脂組成物を用いて、ベーン式ポンプのケーシングを製造することで、従来のベーン式ポンプよりもポンプ性能の安定化が可能となる。
【0015】
請求項2に記載の固体潤滑剤含有樹脂組成物においては、例えば、請求項3に記載のように、樹脂組成物全体に対して、
PPS樹脂と繊維状強化材とを合わせて70重量%、
グラファイトと無定形の無機物とを合わせて30重量%含む構成を採用できる。
【0016】
請求項1〜3に記載の固体潤滑剤含有樹脂組成物においては、例えば、請求項4に記載のように、繊維状強化材として、PAN系炭素繊維を用いることが好ましい。
【0017】
また、請求項5に記載の発明は、
円筒状の内周壁(15a)を有するケーシング(15)と、
ケーシング(15)と偏心して回転可能であり、ケーシング(15)の内周壁(15a)との間に周方向へ容積が変化するポンプ室(17)を形成するロータ(13)と、
ロータ(13)の外周側に設置され、ロータ(13)とともに回転することにより、内周壁(15a)と摺動しポンプ室(17)の流体を加圧するベーン(14)とを備えるベーン式ポンプにおいて、
ケーシング(15)は、請求項1ないし4のいずれか1つに記載の固体潤滑剤含有樹脂組成物で構成されていることを特徴とするベーン式ポンプである。
【0018】
これによれば、従来のベーン式ポンプよりもポンプ性能の安定化が可能なベーン式ポンプを提供できる。
【0019】
なお、この欄および特許請求の範囲で記載した各手段の括弧内の符号は、後述する実施形態に記載の具体的手段との対応関係を示す一例である。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】(a)、(b)は本発明の実施形態におけるベーン式ポンプの上面図、断面図である。
【図2】図1のベーン式ポンプが用いられる気密性検査システムの概略構成図である。
【図3】グラファイト、PTFEのどちらか一方と複合化したPPS樹脂組成物の成形体を燃料ガス雰囲気に暴露させたときの寸法変化率の測定結果である。
【図4】繊維状強化材と無定形無機物との配合割合と直径R寸法バラツキとの関係を示す図である。
【図5】実施例1〜4と比較例1のポンプ吐出圧力の変化量を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
図1に本発明の実施形態におけるベーン式ポンプの概略構成を示す。図1(b)は図1(a)のベーン式ポンプのA−A矢視断面図であり、図1(a)は図1(b)のベーン式ポンプの上面図である。なお、図1(a)では、リング11の底面部11bを省略している。
【0022】
このベーン式ポンプ10は、図1(a)、(b)に示すように、リング11、プレート12、ロータ13およびベーン14を備えている。
【0023】
リング11およびプレート12は、円筒状の内周壁15aを有するケーシング15を構成するものである。
【0024】
リング11は、内側にロータ13を収容する円筒形状部11aと、円筒形状部11aの一端(上端)側を塞ぐ底面部11bと、円筒形状部の他端(下端)側に連なる鍔部11cとを有している。
【0025】
プレート12は、リング11の円筒形状部11aの他端側を塞いでおり、リング11の鍔部11cと重ね合わされた部位にて、ボルト16aおよびナット16b等の締結部材によって締結されている。
【0026】
ロータ13は、円筒形状のものであり、リング11の円筒形状部11aおよび底面部11bと、プレート12とに囲まれて、図1(a)に示すように、ケーシング15の円筒形状部11aに対して偏心して配置されている。ロータ13は、プレート12を挟んだロータ13の反対側に設置された図示しないモータによって回転する。これにより、ロータ13は、ケーシング15と偏心して回転可能となっており、ケーシング15との間に周方向へ容積が変化するポンプ室17を形成している。
【0027】
ベーン14は、ロータ13の外周側に可動可能に設置され、ロータ13とともに回転することにより、遠心力によりロータ13から径方向外側に突出し、ケーシング15の内周壁15a上を摺動する。
【0028】
本実施形態のベーン式ポンプ10は、車両に搭載され、車両の燃料タンクの気密性検査に用いられるものである。図2に、この気密性検査を行う燃料タンクの気密性検査システムの概略構成図を示す。
【0029】
燃料タンク20には、液状のアルコール含有燃料21が収容されている。アルコール含有燃料は、ガソリン等の燃料にアルコールが混入されたものである。
【0030】
上記した構成のベーン式ポンプ10は、燃料タンク20に連通しており、燃料タンク20内の気体を吸入可能となっている。この燃料タンク20内の気体とは、空気や、アルコール含有燃料21が気化した燃料ガスである。
【0031】
燃料タンクの気密性検査においては、ベーン式ポンプ10のベーン14がロータ13とともに回転することにより、燃料タンク20内の気体がポンプ室17に吸入され、吸入された気体がポンプ室17で加圧されて、ベーン式ポンプ10の外部へ吐出される。
【0032】
このとき、図示しない圧力センサによって検出した燃料タンク20内の圧力が基準圧力よりも低下した場合、図示しない制御部によって、燃料タンク20からの気体漏れは許容範囲内であり、燃料タンク20の気密が確保されていると判断される。一方、燃料タンク20内の圧力が基準圧力よりも低下しない場合、図示しない制御部によって、燃料タンク20からの気体漏れは許容を超過しており、燃料タンク20の気密が十分に確保されていないと判断される。
【0033】
次に、上記した構成のベーン式ポンプの構成材料について説明する。
【0034】
ケーシング15であるリング11、プレート12は、どちらも、PPS樹脂と、繊維状強化材と、固体潤滑剤としてのグラファイトと、等方性の無機物とを含有する固体潤滑剤含有樹脂組成物を用いた射出成形により形成される。
【0035】
PPS樹脂としては、一般的なものが採用可能であり、架橋型、直鎖型、半架橋型のいずれを採用しても良い。
【0036】
繊維状強化材は、ケーシング15の強度を確保するためのものであり、繊維状強化材としては、一般的なガラス繊維、炭素繊維等が採用可能であるが、炭素繊維を採用する場合は、PAN系炭素繊維を採用することが好ましい。このPAN系炭素繊維とは、PAN(ポリアクリロニトリル)繊維を原料とし、不活性雰囲気で高温焼成することによって得られる繊維であり、石油ピッチを原料としたピッチ系炭素繊維よりも高強度、高剛性だからである。繊維状強化材の長さは、0.1〜1mm程度であれば良い。
【0037】
グラファイトは、固体潤滑剤として用いられるものであり、一般的なものが採用可能である。ちなみに、樹脂材料との複合化に用いられる固体潤滑剤としては、PTFE(四フッ化エチレン)を採用することが一般的であるが、下記の通り、耐燃料ガス性および熱伝導性の観点より、本発明では、PTFEではなくグラファイトを採用する。
【0038】
ここで、ベーン式ポンプにおいては、ケーシング15が燃料ガスによって膨張しないように耐燃料ガス性が高いことが求められる。これは、ケーシング15が燃料ガスを吸入して膨張すると、図1(b)中のロータ13とケーシング15(リング11)の底面部11bとの間隔が広まり、ポンプ室17の気体を加圧できなくなってしまうからである。
【0039】
図3に、グラファイト、PTFEのどちらか一方と複合化したPPS樹脂組成物の成形体を燃料ガス雰囲気に暴露させたときの寸法変化率の測定結果を示す。このとき用いたPPS樹脂組成物は、後述の実施例2と同じものであり、PTFE使用については実施例2におけるグラファイトをPTFEに変更したものである。また、燃料ガスとして、メタノールを15%含有する燃料を60℃としたときの蒸気を使用した。図3の測定結果より、グラファイトを用いた成形体の方が、PTFEを用いた成形体よりも、寸法変化率の増加が小さいことから、耐燃料ガス性が高いことがわかる。
【0040】
また、グラファイトは、PTFEよりも熱伝導性が高いので、グラファイトを用いることで、同じ量のPTFEを用いた場合と比較して、ケーシング15とベーン14との摩擦による局所的な温度変化(温度上昇)を抑制でき、ポンプ性能の安定化をより実現できる。
【0041】
等方性の無機物は、グラファイト以外のものであって、燃料ガスの吸収による成形体の膨張を抑制したり、後述の通り、射出成形時に発生する樹脂組成物中の繊維状強化材の配向を原因とする成形体の寸法変化を抑制したりするために用いられる。
【0042】
等方性の無機物としては、炭酸カルシウム、硫酸カルシウム、ガラスビーズ、タルク等が採用可能である。なお、繊維状強化材の配向を原因とする射出成形体の寸法変化の抑制のためには、無定形の無機物が好ましいが、少なくとも異方性を有していない等方性のものであれば、無定形でなくても良い。
【0043】
樹脂組成物におけるPPS樹脂、繊維状強化剤、グラファイト、等方性の無機物の配合割合について説明する。
【0044】
まず、PPS樹脂の配合割合は、樹脂組成物全体に対して、35重量%前後、すなわち、30〜40重量%である。これは、下記の通り、本発明者等の経験に基づいて定めたものである。
【0045】
樹脂組成物中に含まれるPPS樹脂が多いと、樹脂組成物の射出成形後の成形体の収縮が大きく、成形体の寸法精度が低下するため、射出成形後に成形体を加工する後工程が必要となってしまう。また、耐アルコール性を高めるためには、樹脂組成物中に含まれるPPS樹脂をできるだけ少なくすることが好ましい。したがって、樹脂組成物中に含まれるPPS樹脂をできるだけ少なくすることで、PPS樹脂量を原因とする成形体の収縮を抑え、成形体の寸法精度を向上させることができ、耐アルコール性を高めることができる。その一方で、樹脂組成物中に含まれるPPS樹脂が少なすぎると、射出成形によって成形体を製造することができない。そこで、成形体の製造限界を考慮しつつ(成形性を確保しつつ)、成形体の寸法精度の向上を図るために、このように、PPS樹脂の配合割合を定めている。
【0046】
そして、樹脂組成物全体のうちPPS樹脂を除いた残りが、繊維状強化材、グラファイトおよび無定形の無機物を合わせた配合割合である。
【0047】
繊維状強化材は、上述の通り、ケーシング15の強度を確保するためにPPS樹脂に添加するが、繊維状強化材を添加すると、射出成形時に樹脂の流れ方向に沿って繊維状強化材が配向する。このため、射出成形後の成形体は、繊維状強化材の長手方向に垂直な方向で収縮し易く、これが、複数の成形体において寸法バラツキが生じる原因となる。そこで、このような繊維状強化材の配向を原因とする射出成形体の寸法変化が小さくなるように、以下のように、繊維状強化材の配合割合を設定することが好ましい。
【0048】
図4に、繊維状強化材と無定形無機物との配合割合と直径R寸法バラツキとの関係を示す。この図は、PPS樹脂と繊維状強化材と無定形無機物の3成分からなる樹脂組成物を用いた射出成形により、直径38mmの円筒形状の成形体を複数ずつ成形したときの成形体の直径バラツキを調査した結果である。また、繊維状強化材としてガラス繊維を用い、無定形の無機物として炭酸カルシウムを用いた。
【0049】
図4に示すように、樹脂組成物全体に対して、PPS樹脂を35重量%含む場合では繊維状強化材を30〜40重量%程度含むときが、最もバラツキが少なく、直径R寸法の精度が最も高かった。ちなみに、樹脂組成物全体に対して、PPS樹脂を35重量%、繊維状強化材を35重量%、無定形の無機物を30重量%含む場合が、後述する実施例に記載の比較例1の樹脂組成物である。
【0050】
なお、図4の結果は、グラファイトを含まない樹脂組成物についてのものだが、グラファイトは無定形であるため、成形体の寸法精度を高めるという観点では、無定形の無機物の一部をグラファイトに置き換えた場合も、図4と同様の結果が得られることが予想される。
【0051】
また、図4の結果は、PPS樹脂を35重量%含む場合であったが、この場合に限らず、PPS樹脂を35重量%前後、すなわち、30〜40重量%含む場合においても、PPS樹脂の含有量が近いので、同様の結果となることが予想される。
【0052】
したがって、繊維状強化材の配合割合は、樹脂組成物全体に対して、30〜40重量%であることが好ましいと言える。
【0053】
また、樹脂組成物全体のうちPPS樹脂、繊維状強化材を除いた残りが、グラファイトおよび無定形の無機物を合わせた配合割合である。このため、グラファイトの配合割合を定めれば、無定形の無機物の配合割合も同時に定まる。
【0054】
具体的には、グラファイトの配合割合は、樹脂組成物全体に対して、10〜25重量%である。これは、後述の実施例に示すように、グラファイトを10重量%以上添加することにより、成形性を確保しつつ、ポンプ性能の安定化が可能となり、グラファイトを30重量%以上添加すると、成形性を確保できなくなってしまうからである。
【0055】
このため、このグラファイトの配合割合の最大値を考慮すると、PPS樹脂と繊維状強化材とを合わせた配合割合は、75%重量%未満であり、後述の実施例の結果より、好ましくは70重量%である。
【0056】
以上の説明より、樹脂組成物の配合割合の例を挙げると、樹脂組成物全体のうち、PPS樹脂が30重量%のとき、繊維状強化材は30〜40重量%であり、グラファイトは10〜25重量%であり、残りが無定形の無機物である。
【0057】
同様に、樹脂組成物全体のうち、PPS樹脂が40重量%のとき、繊維状強化材は35(=75−40)重量%未満であり、グラファイトは10〜25重量%であり、残りが無定形の無機物である。
【0058】
ところで、樹脂組成物の製造方法および射出成形方法については一般的な方法を採用できる。例えば、溶融したPPS樹脂に、繊維状強化材、グラファイト、等方性の無機物を混ぜ合わせた後、棒状に押し出し、冷却後にカットして、樹脂組成物のペレットを形成する。ペレットを溶融して、金型に射出することで、リング11とプレート12とが形成される。
【0059】
また、ロータ13およびベーン14は、フェノール樹脂とグラファイトとを含有する樹脂組成物を用いた射出成形により形成される。
【0060】
このように形成されたリング11、プレート12、ロータ13およびベーン14等の構成部品を組み付けることで、図1(a)、(b)に示すベーン式ポンプ10が製造される。
【0061】
なお、本実施形態のベーン式ポンプ10は、燃料タンク20の気密性検査に用いるのであったが、本実施形態のベーン式ポンプ10を他の用途に用いることも可能である。この場合、ベーン式ポンプ10が加圧する流体としては、気体だけでなく液体を適用することも可能である。
【実施例】
【0062】
実施例1〜4および比較例1、2として、表1に示す組成の樹脂組成物を製造し、各樹脂組成物について、表1に示す評価項目について評価した。なお、表1中の各材料の数値は、樹脂組成物全体に対する各材料の重量%を示している。以下に、使用した材料と評価試験内容を示す。
(使用材料)
・PPS:DIC社製
・炭素繊維:PAN系炭素繊維、長さ0.3mm程度
・ガラス繊維:長さ0.3mm程度
(摩擦係数の測定試験)
試験形状についてはJIS K 7218-Aに準拠し、面圧0.062MPa、速度2.2m/secで試験を実施して、動摩擦係数を測定した。
(引張強度の測定試験)
JIS K 7161:1994、JIS K 7162:1994に準拠して引張試験を実施した。
(成形性の評価)
成形性の評価は、スパイラルフローを測定し、その測定結果より、ケーシングの射出成形が可能な流動性を有するか否かを判定した。射出成形可能な流動性を有する場合を◎もしくは○とし、そうでない場合を×とした。
(ポンプ性能の評価)
各樹脂組成物を用いて射出成形によりケーシング15を形成し、このケーシング15を用いた上述のベーン式ポンプ10の吐出圧力を圧力計にて経時的に測定し、吐出圧力の変化量を算出した。そして、その変化量が、比較例1の変化量よりも小さい場合を○とし、そうでない場合を×とした。参考として、図5に、実施例1〜4と比較例1のポンプ吐出圧力の変化量を示す。上述のベーン式ポンプ10は、減圧ポンプのため、変化量は0よりも低い負の値である。
【0063】
【表1】

まず、比較例1の樹脂組成物は、従来の樹脂組成物に相当するものであり、樹脂組成物全体に対して、PPS樹脂とガラス繊維とを合わせて70重量%有し、炭酸カルシウムを30重量%有するものである。
【0064】
これに対して、実施例1〜4の樹脂組成物は、比較例1の樹脂組成物と同様に、樹脂組成物全体に対して、PPS樹脂と繊維状強化材とを合わせて70重量%有し、グラファイトと炭酸カルシウムとを合わせて30重量%有するものである。
【0065】
また、実施例1〜3の樹脂組成物と実施例4の樹脂組成物とは、繊維状強化材(炭素繊維、ガラス繊維)の樹脂組成物全体に対する重量割合は異なるが、繊維状強化材の樹脂組成物全体に対する体積割合は同じである。
【0066】
実施例4の樹脂組成物は、比較例1の樹脂組成物に対して、PPS樹脂とガラス繊維の重量%を変えずに、グラファイトを添加したものである。そして、この実施例4の樹脂組成物の評価結果では、成形性が良く、比較例1よりも動摩擦係数が低く、引張強度が比較例1に近く、さらに、比較例1よりもポンプの吐出圧力の変化量が小さく、ポンプ性能が安定していた。したがって、この結果より、グラファイトを添加することで、ポンプ性能の安定化が可能であることがわかる。
【0067】
実施例1〜3の樹脂組成物は、比較例1の樹脂組成物に対して、ガラス繊維を炭素繊維に変更し、さらに、グラファイトの添加量を10〜25重量%の間で変更したものである。そして、実施例1〜3の樹脂組成物のいずれも、成形性が良く、比較例1よりも動摩擦係数が低く、引張強度が比較例1に近く、さらに、比較例1よりもポンプの吐出圧力の変化量が小さく、ポンプ性能が安定していた。したがって、この結果より、繊維強化材として炭素繊維を用いても良いことがわかる。
【0068】
また、比較例2の樹脂組成物は、グラファイトの添加量を30重量%とし、繊維強化材を添加しなかったものである。この比較例2の樹脂組成物では、繊維強化材無しであっても、成形性が悪いことから、繊維強化材を添加した場合も、成形性が悪いことが予想される。
【0069】
したがって、実施例1〜3および比較例2の結果より、グラファイトの添加量は10〜25重量%が好ましいと言える。
【0070】
また、実施例1〜3の樹脂組成物のうち、特に、実施例1、2の樹脂組成物は流動性が高く、成形性に優れていた。したがって、グラファイトの添加量は10〜15重量%がより好ましいと言える。
【符号の説明】
【0071】
10 ベーン式ポンプ
13 ロータ
14 ベーン
15 ケーシング
15a 内周壁
17 ポンプ室

【特許請求の範囲】
【請求項1】
PPS樹脂と、繊維状強化材と、固体潤滑剤としてのグラファイトと、等方性の無機物とを含有する固体潤滑剤含有樹脂組成物。
【請求項2】
樹脂組成物全体に対して、
前記PPS樹脂を30〜40重量%、
前記グラファイトを10〜25重量%、
前記PPS樹脂と前記繊維状強化材とを合わせて75重量%未満含むことを特徴とする請求項1に記載の固体潤滑剤含有樹脂組成物。
【請求項3】
樹脂組成物全体に対して、
前記PPS樹脂と前記繊維状強化材とを合わせて70重量%、
前記グラファイトと前記無機物とを合わせて30重量%含むことを特徴とする請求項2に記載の固体潤滑剤含有樹脂組成物。
【請求項4】
前記繊維状強化材は、PAN系炭素繊維であることを特徴とする請求項1ないし3のいずれか1つに記載の固体潤滑剤含有樹脂組成物。
【請求項5】
円筒状の内周壁(15a)を有するケーシング(15)と、
前記ケーシング(15)と偏心して回転可能であり、前記ケーシング(15)の前記内周壁(15a)との間に周方向へ容積が変化するポンプ室(17)を形成するロータ(13)と、
前記ロータ(13)の外周側に設置され、前記ロータ(13)とともに回転することにより、前記内周壁(15a)と摺動し前記ポンプ室(17)の流体を加圧するベーン(14)とを備えるベーン式ポンプにおいて、
前記ケーシング(15)は、請求項1ないし4のいずれか1つに記載の固体潤滑剤含有樹脂組成物で構成されていることを特徴とするベーン式ポンプ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−241172(P2012−241172A)
【公開日】平成24年12月10日(2012.12.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−115617(P2011−115617)
【出願日】平成23年5月24日(2011.5.24)
【出願人】(000004260)株式会社デンソー (27,639)
【Fターム(参考)】