説明

固体燃料電池用電解質材料及びその製造方法

【課題】燃料電池式自動車に適する、600℃前後の中低温で作動する固体燃料電池の電解質として使用できる、工業的に製造が容易で、上記温度域で高い電気伝導率を持ち、かつ作動環境中の水分と二酸化炭素とに事実上反応しない安定な化合物を提供する。
【解決手段】
現在最も良好な中低温の酸化物電気伝導体であるZrYO3−δやZrCeYO3−δを基盤に、YとPrを同時添加することによって得られる新規な材料により、上記課題を達成した。この材料は多結晶体であり、燃焼合成法によって粉末を作り、焼結することによって得られる、BaZr1−x−yPr3−(x+y)/2、(0.1<x<0.4、0<y≦0.2)の組成を有する物質である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固体燃料電池用電解質材料に関し、特に600℃前後の中低温で伝導率に優れ、化学的に安定であるとともに緻密な焼結体である新規なプロトン伝導固体燃料電池用電解質材料とその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
電気エネルギー需要の継続的増加に対して、新しい発電手段の燃料電池が有望視されてきた。その中でも固体燃料電池の開発は急であり、一部に実用化に至っている。固体燃料電池に利用される固体燃料電池材料は金属酸化物固体(セラミックス)であり、800〜1000℃で作動させている。これらは高温環境が容易な定置型発電機に利用されているが、自動車等の可動型発電機への利用はまだ実現していない。作動温度が600℃程度、あるいはそれ以下の中低温になれば、広範囲に利用できる発電機ができ、その経済的、地球環境的、さらに政治的インパクトは大きく、巨大なマーケットが開かれることが期待される。
【0003】
酸化物固体燃料電池用電解質では、電子伝導よりプロトン伝導体が優れている。従って、プロトン伝導を持ち、中低温で作動し、しかも、燃料電池の雰囲気の水蒸気や二酸化炭素雰囲気で安定な材料が求められている。さらに、材料は粉末から焼結して緻密体を作るので、工業材料として使用するためには、焼結性に優れなければならない。
【0004】
酸化物の固体燃料電池用電解質材料としては、酸化ジルコニウム(ジルコニア、ZrO)があり、高温で電気伝導を示す。これに酸化イットリウム(イットリア、Y)を固溶したイットリア安定化ジルコニア(YSZ)がよく知られている。これらは電子伝導体であるので、これに酸化バリウム(BaO)を固溶させると、たとえばBaZr0.70.33−δ(BZY、δ≒0.15であり、酸素欠陥で変動する)はプロトン伝導を示し、電気伝導率が高く注目された材料である。さらに、酸化セリウム(セリア、CeO)を固溶させると、たとえばBaCe0.7Zr0.10.23−δ(BCZY、δ≒0.2)は優れた電気伝導材料となることが知られている。
【0005】
しかしながら、これらを固体燃料電池の電解質として利用するには、いくつかの欠点がある。先ず、BZYは焼結による緻密化が不十分なので、燃料電池材料を製造するときに問題となる。これらは高温でのみ作動する。また、BCZYは化学的に十分安定ではなく、燃料電池の雰囲気である二酸化炭素(CO)や水蒸気(水、HO)と反応し、材料が劣化することが分かった。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の課題は、600℃前後の中低温で作動する固体燃料電池用電解質材料であって、二酸化炭素下と水雰囲気で安定であり、しかも焼結で緻密化し易く、工業的製造が容易な材料を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の一側面によれば、酸化バリウムと酸化ジルコニウムと酸化プラセオジムと酸化イットリウムとの固溶体である、固体燃料電池用電解質材料が与えられる。
この電解質材料は、電気伝導率が600℃で10−4s/Scm−1以上であってよい。
また、この電解質材料は、組成がBaZr1−x−yPr3−(x+y)/2(0.1<x<0.4、0<y≦0.2)で表されてよい。
本発明の他の側面によれば、バリウム(Ba)化合物、ジルコニウム(Zr)化合物、イットリウム(Y)化合物、プラセオジム(Pr、Praseodymium)化合物及び有機物を含む混合物を燃焼して合成される粉末を、成形し、仮焼し、焼結する、固体燃料電池用電解質材料の製造方法が与えられる。
ここで、前記バリウム化合物、ジルコニウム化合物、イットリウム化合物及びプラセオジム化合物は酸化物、水酸化物または硝酸化物であってよい。
【発明の効果】
【0008】
本発明の固体燃料電池用電解質材料は、固体燃料電池の使用温度及び雰囲気で化学的に安定であり、中低温で電気伝導が高く、固体燃料電池の電解質材料に適するものである。しかも、本材料の焼結体の製造は容易であるので、工業的生産に適切である。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】本発明の実施例2の固体燃料電池用電解質材料の破断面に現れた組織のSEM写真。
【図2】本発明の実施例1(BZPY01)及び実施例2(BZPY02)、更にPあるいはYを含まない既存の固体電気伝材料である比較例2のBZPと基本結晶構造の既存データ(BaZrO)。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
BZYをもとに、イットリウム(Y)の一部をプロセオジム(Pr)に置換すると、組成がBaZr1−x−yPr3−(x+y)/2(0.1<x<0.4、0<y≦0.2)である、BaO−ZrO−Pr−Y系固溶体材料が合成できる。これらの原料成分を燃焼合成した粉末の焼結によって製造すると優れた固体燃料電池用電解質を得ることができる。この材料は化学的に安定で、600℃程度の中低温で電気伝導率が10−2Sm−1程度と高い。この性質は、YとPrを同時にBZYに固溶させないと実現できない。BaOの含有量に関してはペロブスカイト構造を持つことから、モル比でBa:(Zr+Pr+Y)=1:1である。
【0011】
本発明に係る固体燃料電池用電解質の製造に当たっては、先ず所定の混合比をもつ原料粉末を燃焼合成によって作成する。無機系液体や有機系の液体、キレート剤などを溶媒にし、Ba、Zr、Pr及びYの酸化物、水酸化物、硝酸化物等を所定のBaZr1−x−yPr3−(x+y)/2(0.1<x<0.4、0<y≦0.2)の組成になるように、pH等を調整し溶解する。これを加熱し、高温で仮焼すると、ゲル化し有機系含有部物が燃焼し、原料の金属酸化物の微粉末混合物が合成される。この工程を燃焼合成といい、本発明の電解質を製造するための、微粉で均一に混合した原料を得るために必須である。通常の方法で作製される粉末では後の焼結工程で均一な固溶体が得られない。このようにして得られた粉末を、通常の金型成形やスリップキャスト法、静水圧ラバープレス(CIP)等で成形体とする。粉末成形体を通常の加熱炉で1600℃程度の温度で仮焼し、焼結して、固体燃料電池用電解質材料を製造する。
【0012】
製造した固体燃料電池用材料は次のように評価した。組成の定量は実際に化学分析を行うことによって決定した。分析の結果得られた組成は混合した原料粉末の金属モル比から予測できるものと変わらなかった。相は粉末X線回折(XRD)によって同定した。組織(破断面)を図1に、XRDパターンを図2に示す(詳細は後述)。
【0013】
製造された焼結体は緻密で、気孔は特に見出されず、均一な粒径を持っている。また、XRDパターンでは、回折線に角度シフトがあるものの、BaZrOと一致し、他の組成は含まれていない均一固溶体が出来た。化学安定性は、COガスあるいは水中に暴露して評価した。暴露試験後にXRD測定で相の変化を調べたが、化学変化や相分離を起こすことがなく安定であった。電気伝導率は通常の方法で測定した。乾燥空気と湿潤空気中で、中低温で10−2/Scm−1程度の優れた伝導率を持っていた。
【実施例】
【0014】
次に、本発明を実施例により、固体燃料電池用材料の製造と評価結果を具体的に説明する。
【0015】
Ba(NO、ZrO(NO)・2HO、Pr11とY(NO)・6HO粉末を所定の混合比に秤量し、硝酸のアセトン溶液とクエン酸のキレート剤の比が2:1の液に溶解した。アンモニア水で溶液のpHを調整して共沈させ、各成分が微細で均一に混合して、有機系成分を含む共沈物を得た。これを1600℃前後まで加熱して、有機成分を燃焼させて酸化物原料粉末を合成した。この合成粉末を金型で成形し、静水圧ラバープレス成形法(CIP)で成形した。成形体を通常の炉で1600℃で仮焼し、緻密な多結晶の焼結体を製造した。
【0016】
このようにして得られた焼結体の実施例の組成と焼結結果を、表1の実施例1と2に示す。実施例1、2と図2によれば、燃焼合成による原料粉末から各成分が均一に固溶した材料が出来ていることがわかる。また、図2からわかるように、この焼結体の結晶は比較的大きく、またその大きさのばらつきが小さい。これにより、結晶の粒界部分の高い抵抗の影響が少ないことが、本材料の高導電率の理由の一つと考えられる。
【0017】
【表1】

【0018】
二酸化炭素との反応性では、二酸化炭素中200℃で1時間露出させた。水との反応性では、沸騰水中に置き、生成する成分をX線回折で同定した。電気伝導度はポテンシオスタットで乾燥空気と湿潤(3vol% HO)水素中で測定した。上述の実施例1、2についてのこれらの試験の結果を表2に示した。これより、実施例では焼結収縮が大きく、緻密化し、化学的に安定で、600℃で良好な電気伝導性を持った焼結体が得られることがわかった。従って、これらの焼結体を電解質として使用することによって、優れた固体燃料電池を製造することができる。
【比較例】
【0019】
比較例1として、実施例1と最終の組成は同じであるが、燃焼合成によらないで、焼結用成形体を作った。出発原料に酸化物粉末を用い、通常のボールミル粉砕と混合をした。粉末を実施例と同じく、金型成形、CIPと焼結をした。表1の比較例1では粉末の燃焼合成法を使わなかったため、原料粉末の混合が十分ではなかった。これによって、緻密化が十分に進まず、均一な固溶体は出来なかった。
【0020】
表2の比較例2はPrを含まないBaO−Zr−Y系材料(BZY)である。この比較例は焼結収縮が実施例4より少なく、緻密化が十分ではない。
【0021】
比較例3はCeを含有し、Prを含まないBCZYであるが、表2に示すように二酸化炭素と水で分解した。一方、実施例1、2はこれらの雰囲気で安定である。
【0022】
比較例4はPrを含むが、Yを含まない材料である。この比較例は実施例1、2に比べて電気伝導率が小さく、中低温の固体燃料電池用電解質材料に適さない。
【0023】
【表2】

【0024】
なお、本発明の材料を使用した固体燃料電池を実際に作成する場合、燃料電池の各要素、つまりカソード、アノード、電解質等の原料粉末をその最終的な構成に従って積層して成形してから全体をまとめて仮焼、焼結する方法を用いてよい。
【産業上の利用可能性】
【0025】
以上から、BaO−ZrO系材料にYとPrを同時に固溶するBZPY系固体燃料電池用材料が良好な焼結性を有するとともに化学的に安定であり、しかも電気伝導度が大きい材料であることがわかる。本発明によれば工業的に容易に優れた固体燃料電池用電解質材料が与えられる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸化バリウムと酸化ジルコニウムと酸化プラセオジムと酸化イットリウムとの固溶体である、固体燃料電池用電解質材料。
【請求項2】
電気伝導率が600℃で10−3Scm−1以上である、請求項1記載の固体燃料電池用電解質材料。
【請求項3】
組成がBaZr1−x−yPr3−(x+y)/2(0.1<x<0.4、0<y≦0.2)で表される、請求項1または2に記載の固体燃料電池用電解質材料。
【請求項4】
バリウム(Ba)化合物、ジルコニウム(Zr)化合物、イットリウム(Y)化合物、プラセオジム(Pr)化合物及び有機物を含む混合物を燃焼して合成される粉末を、成形し、仮焼し、焼結する、固体燃料電池用電解質材料の製造方法。
【請求項5】
前記バリウム化合物、ジルコニウム化合物、イットリウム化合物及びプラセオジム化合物は酸化物、水酸化物または硝酸化物である、請求項4に記載の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−69380(P2012−69380A)
【公開日】平成24年4月5日(2012.4.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−213251(P2010−213251)
【出願日】平成22年9月24日(2010.9.24)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成22年4月25日 The Electrochemical Society主催の「217th ECS Meeting」において文書をもって発表
【出願人】(301023238)独立行政法人物質・材料研究機構 (1,333)
【Fターム(参考)】