説明

固体高分子電解質型の水電解・燃料電池可逆セルとその酸素極

【課題】
固体高分子電解質膜型の水電解・燃料電池可逆セルの酸素極を改良し、燃料電池としての特性を維持し、水電解時における槽電圧を低下させることができるものを提供する。結果として、往復変換効率が向上した可逆セルが実現する。
【解決手段】
白金微粒子と、BET法により測定される比表面積が45〜70m2/gの酸化イリジウム微粒子との、金属の重量割合でPt:Ir=80〜90:20〜10の混合物からなる触媒を表面に有する酸素極を使用して、水電解・燃料電池可逆セルを構成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固体高分子電解質膜型の、すなわち電解質膜として固体高分子電解質膜を使用したタイプの、水電解・燃料電池可逆セルの改良に関する。本発明は、高性能な触媒をそなえた酸素極と、その酸素極を構成部分とする可逆セルを提供し、それによって、燃料電池としては既知の技術と同等の性能を維持し、水電解時の運転性能を向上させたものである。
【背景技術】
【0002】
近年、オンサイト型の発電システムとして燃料電池が注目され、その開発が盛んに行なわれた結果、酸素−水素型のものは、すでに実用のレベルに達している。この水素は、外部の水素ガス供給設備から供給されるものを使用する。一方で、水を電解して水素を製造する技術も発達しており、得られた水を電力源として燃料電池に供給することが試みられている。しかし、水素は、エネルギー媒体としては輸送しにくいものであるから、民生レベルで利用するには、水素貯蔵ステーションを別に設けるのではなく、その場で入手するオンサイトシステムにする方が適切であると考えられる。そのようなオンサイトシステムとしては、反応系の物質が同一であり、構造自体も類似している、燃料電池と水電解槽とを一体にした装置を構成して使用することが、効率を高くするとともに、装置の設置面積の節約が可能になって、有利である。この燃料電池と水電解槽とを一体にした水電解・燃料電池可逆システムを、以下、「可逆セル」と呼ぶ。
【0003】
固体高分子電解質膜を用いた燃料電池は、イオウ酸化物や窒素酸化物の排出を伴わないクリーンなエネルギーを提供することが可能であり、また比較的低温での運転や小型軽量化が可能でありながら、高いエネルギー変換効率を有する、すぐれた発電システムである。この燃料電池による発電と水電解とを、同一のセルで実施可能にした、固体高分子電解質膜型(以下「固体高分子型」と略称する)の可逆セルは、システム全体としての効率の向上や、コストダウンが期待できる。
【0004】
しかし、水電解と燃料電池とを同一セルにまとめた場合、水電解の酸素極に使用するイリジウムは、水電解における酸素発生反応には活性を示すものの、燃料電池発電時の酸素還元反応に対する活性は白金に比較して劣り、一方で、燃料電池の酸素極に用いられる白金は、酸素還元反応にはすぐれた活性を示すが、水電解の酸素発生反応に対する活性は、イリジウムに比較して劣る。
【0005】
可逆セルの酸素極においては、酸素発生反応と酸素還元反応という、相反する電気化学反応を進行させる必要があるが、上記のように、それぞれの反応に高い活性を示す金属が異なるという問題がある。これを解決する手段として、固体高分子型可逆セル用の酸素極に対する触媒材料として、PtとIrとの混合触媒を使用することが提案されている(特許文献1)。そこには、可逆セルの酸素極の水電解性能と燃料電池性能が、MEA(Membrane Electrode Assembly)上に形成される混合触媒中の金属の混合比によって決定され、Irの割合を10〜20%とした場合に、可逆セルの性能を支配する往復変換効率が極大になることが記載され、混合触媒の性能に関して、触媒層中でPtおよびIrが均一に分散していることが好ましいこと、などが開示されている。
【特許文献1】特開2000−342965
【0006】
上記特許文献1には、イリジウム錯塩の水溶液からいったん水酸化イリジウムを形成させ、それを焼成することにより、比表面積(BET法)約40m2/gの酸化イリジウムが得られることも開示されている。これを可逆セル用の酸素極に、白金と一定の割合で混合して製造したMEAを用いれば、水電解時に白金微粒子(いわゆる白金黒)だけの触媒より電解電圧を300mV低下させることができ、燃料電池運転においてもわずかながら発電能力が向上するとのことである。
【0007】
この技術によれば、電流密度において、0.6A/cm2において、水電解時で1.65〜1.70Vのセル電圧、燃料電池時は約0.7Vの発電電圧が得られる。その結果、水電解効率と燃料電池効率との積として得られる往復変換効率は、約40%となる。しかし、エネルギー変換機器としての用途が期待される可逆セルの往復変換効率としては、実際の運転条件と考えられる0.2〜0.6A/cm2の電流密度において、45〜50%程度に向上させることが当面の目標である。さらなる効率の向上を実現するために、よりすぐれた可逆セル用電極の開発が求められている。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的は、上述した要求に応え、性能を向上させた可逆セル用の酸素極、とくに水電解時においていっそうの槽電圧の低下を可能にする、可逆セル用の酸素極を提供し、それによって改良された可逆セルを実現することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の固体高分子型の水電解・燃料電池可逆セル用の酸素極は、白金微粒子と、BET法により測定される比表面積が45〜70m2/gの酸化イリジウム微粒子との、金属の重量割合でPt:Ir=80〜90:20〜10の混合物からなる触媒を表面に有する酸素極である。
【0010】
本発明の固体高分子型の水電解・燃料電池可逆セルは、上記した酸素極を構成部分とする可逆セルである。
【発明の効果】
【0011】
本発明による酸化イリジウム−白金混合触媒を用いた酸素極は、燃料電池作動時の特性は従来の触媒を用いた酸素極に劣ることなく、一方、水電解電圧が低減する。とくに、65.1m2/gという高い比表面積をもつ酸化イリジウムを使用した触媒を有する酸素極は、従来よりも水電解電圧が1%降下し、改善された運転性能を得ることができる。この酸素極をそなえた可逆セルは、システム全体としての運転効率が向上する。酸化イリジウムを用いれば、イリジウム金属の微粒子(イリジウム黒)を用いた場合に比べて、およそ半分のコストで酸素極を製造することができるから、可逆セルの製造コストを低減することが見込まれる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明において、触媒混合物中の酸化イリジウムのBET法による比表面積を45〜70m2/gの範囲に選んだ理由は、まず比表面積は高いことが好ましく、在来の比表面積が40m2/g程度の酸化イリジウムを使用したのでは、水電解電圧の降下という目的が達成できず、認めうる効果を得るには、45m2/g以上の比表面積がなければならないことが、下限の限定理由である。一方、上限の70m2/gは、これを超える高い表面積をもつ酸化イリジウムを使用すると、燃料電池の電極としての性能が低下するからである。酸化イリジウムは親水性であるため、撥水剤で処理して疎水性にして触媒とするが、比表面積が過度に高くなると、撥水処理をしても疎水性が確保できず、燃料電池の電極が濡れてしまい、ガスの拡散が妨げられて、電極反応のための電極面積が減少する。極端に高比表面積の酸化イリジウムはまた、高価でもある。
【0013】
本発明で用いる特定の比表面積をもつ酸化イリジウムは、市販のものを使用することができる。触媒として配合するもう一方の成分である白金微粒子は、従来から固体高分子型燃料電池に使用されている白金触媒と同様の白金黒を用いればよく、その比表面積は、広いことが望ましいが、おおよそ10m2/g以上であればよい。酸化イリジウムと白金黒との配合割合は、前述のとおりであり、とくにPt:Ir=85:15付近が最適である。
【0014】
固体高分子電解質膜は、カチオン伝導性のものであればよい。「ナフィオン」が代表的なものであるが、「フレミオン」でもよいし、そのほか、任意のカチオン伝導性イオン交換樹脂の膜を使用することができる。本発明の酸素極の製造方法として適切なものは、固体高分子電解質膜と同質の高分子化合物を溶媒に分散させた液と、酸化イリジウム−白金黒の混合触媒とを混合してスラリーを形成し、これをフッ素樹脂製の基材に塗布して乾燥することからなる。
【0015】
本発明の酸素極をそなえる固体高分子型可逆セルは、固体高分子型の水電解と固体高分子型の燃料電池の反応とを、同一セル内で行なう装置であるから、電極は固体高分子電解質膜の両側に、酸素極と水素極それぞれの、ガス拡散電極を配置した構造である。この固体高分子型可逆セルは、燃料電池としての酸素極に上述の触媒をそなえたガス拡散電極を有し、水素極としては、白金微粒子単体を触媒成分としてそなえた既知の構造のガス拡散電極を有するものである。水素極の製造も、上記した酸素極の製造方法と同じ手法によって行なえばよい。
【0016】
酸素極の触媒を構成する白金微粒子も、水素極の触媒となる白金微粒子も、フッ素樹脂で撥水処理をして疎水性にしたものを使用する。この処理は、前掲特許文献1に記載の方法によるとよい。すなわち、市販の白金微粒子を、ポリエーテル系界面活性剤を純水に溶解した溶液に分散させ、フッ素樹脂を溶媒中に分散した液を、フッ素樹脂が白金に対して6.7重量%(0.119g/Pt・1g)となるようにこれに加えて煮沸する。それにより、撥水性を与えられた白金微粒子が、フッ素樹脂とともに凝集沈殿する。上澄みが透明になれば、撥水処理は完了する。
【0017】
凝集沈殿した白金−フッ素樹脂混合物は、脱水して焼成、たとえば360℃に1時間加熱することにより、触媒の材料とすることができる。焼成温度は、通常のフッ素樹脂がもつ融点327℃以上であればよい。焼成に当たっては、界面活性剤などの有機物を熱分解により除去する操作も兼ねるから、雰囲気は真空下または不活性ガス流通状態であることが好ましい。焼成を終えた白金−フッ素樹脂混合物は、バルク状になっているので、それを崩すことが必要である。各種のミキサーや乳鉢ですりつぶし、最終的に100μmのフルイにかけ、フルイ下を採用することにより、微粒子を得ることができる。
【0018】
MEAは、上述したフッ素樹脂基材上に付着させた触媒と、カチオン伝導性イオン交換膜とを、プレス手段を用いて加熱加圧し、イオン交換樹脂膜上へ触媒を転写することにより製造できる。加熱加圧には、十分な時間と圧力を与える必要がある。温度は、固体高分子電解質のガラス転移温度を若干超える程度でよく、通常130℃であれば、十分な圧着ができる。あまり高温では、触媒層の破壊や電解質膜の熱による破損や劣化が起こるおそれがあるから、150℃以下の温度が好ましい。
【0019】
上記のようにして製造したMEAは、外気に触れると汚染されることがあるため、製造後に水熱処理および硫酸処理をし、洗浄して、その後は外気にさらされないようにしておくことが望ましい。可逆セルは、ガス拡散電極とプロトン導電体膜との接合体をセルに組み込み、燃料電池としては、水素極に純水素を、酸素極に純酸素を流して発電試験を行ない、水電解槽としては、電極に純水を供給しながら、水素極を電源の負極に、酸素極を正極に接続すればよい。
【実施例】
【0020】
白金微粒子5gを純水50mLに入れ、さらにエーテル系界面活性剤ポリオキシエチレン・オクチルフェニル・エーテルを0.4g加え、5分間撹拌し、さらに超音波を当てて白金微粒子を分散させた。この分散液にフッ素樹脂の溶媒分散液0.6g(Ptに対し6.7重量%)を加え、沸騰状態で撹拌した。その後、脱水し、電気炉に入れて真空下に360℃で1時間焼成した。焼成物をブレードミキサーで粉砕し、100μm通過分を選んだ。
【0021】
比表面積がそれぞれ15.9m2/g、32.6m2/g、45.6m2/gまたは65.1m2/gの酸化イリジウムと、上記のように用意した撥水性白金微粒子をと、金属重量比Pt:Ir=85:15となるように混合し、ナフィオン(アルドリッチ・ケミカル社製)の5重量%溶液を白金金属に対し7.3重量%、窒素雰囲気下で混合した。5分間撹拌し、超音波を当てて触媒粉末とナフィオンとが微細かつ均一に混合した触媒インクを製造した。フッ素樹脂基材上にこのインクを展開し、酸素極用のガス拡散電極を製造した。
【0022】
水素極電極は、上述の酸素極の製造方法と同様に、撥水処理した白金微粒子1.20gとナフィオン溶液0.095gとを窒素雰囲気下で混合し、上記のようにして触媒インクとしたものを、フッ素樹脂基材上に展開してガス拡散電極とすることにより、製造した。
【0023】
カチオン性イオン交換樹脂ナフィオンの膜を挟んでその両側から、酸素極と水素極とを、電極の触媒部分がナフィオンに当たるように押し当て、さらにその両外側にステンレス鋼板をさらに当て、ホットプレス機により熱圧着させることにより、可逆セル用のMEAを製造した。製造したMEAは、85℃の純水100m1中に1時間置いて、水熱処理した。直ちに80℃の1M−HS0溶液に浸して1時間、置換処理をした。置換処理をしたMEAは、80℃の純水で洗浄して、硫酸を除去した。3回操作を繰り返すことにより、洗浄液の導電率が2μs/m以下となった。
【0024】
このように処理したMEAを、有効電極面積10cm2サイズのセルに組み込み、燃料電池として、また水電解装置として作動させた。電流電圧特性を測定して、表1(燃料電池)および表2(水電解)に示す結果を得た。それらのデータをプロットしたものが、図1および図2のグラフである。表1には燃料電池の効率、表2には水電解の効率を、あわせて示し、表3に往復変換効率を示した。比較のため、各表に、特許文献1に開示のデータも併記した。
【0025】
効率は、下記の式により算出した。
燃料電池発電効率:
εFC=ΔG/ΔH=nFEFC/ΔH353
水電解効率:
εWE=ΔH353/ΔG=ΔH353/nFEWE
往復変換効率:
εtotal=εWE×εFC=EFC/EWE
ここで、F:ファラデー定数(C),ΔH353:284.038kJ/mol,n=2。水素および酸素発生電流効率を100%とした。
【0026】
図1のグラフは、酸化イリジウムの比表面積を高い範囲に選んだ本発明の酸素極を使用することにより、燃料電池としての特性に関しては、既知の技術による場合より、わずかながら低下がみられることを示しているが、その差は実質的なものではない。一方、図2のグラフは、本発明によれば、既知の技術による場合に比べて水電解電圧のセル電圧が降下し、過電圧が抑制される効果がえられることを示している。とくに、45.6m2/gと65.1m2/gとを比較したとき、比表面積がより高い後者の場合、すぐれた成績が得られることがわかる。結局、水電解性能の大幅な向上と、燃料電池性能の維持により、表3に示した往復変換効率においては、可逆セル全体として性能が向上することが明らかである。
【0027】
【表1】

【0028】
【表2】

【0029】
表3 往復変換効率

【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】本発明の酸素極を使用した可逆セルの、燃料電池発電特性を示す電流−電圧曲線。
【図2】本発明の酸素極を使用した可逆セルの、水電解特性を示す電流−電圧曲線。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
固体高分子電解質膜型の水電解・燃料電池可逆セル用の酸素極であって、白金微粒子と、BET法により測定される比表面積が45〜70m2/gの酸化イリジウム微粒子との、金属の重量割合でPt:Ir=80〜90:20〜10の混合物からなる触媒を表面に有する酸素極。
【請求項2】
請求項1に記載の酸素極を構成部分とする、固体高分子電解質膜型の水電解・燃料電池可逆セル。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate


【公開番号】特開2007−12315(P2007−12315A)
【公開日】平成19年1月18日(2007.1.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−188583(P2005−188583)
【出願日】平成17年6月28日(2005.6.28)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【出願人】(390025782)大機エンジニアリング株式会社 (7)
【Fターム(参考)】