説明

固体高分子電解質膜の評価方法および固体高分子電解質膜の評価装置

【課題】固体高分子電解質膜の部位ごとの状態を容易に把握することができる固体高分子電解質膜の評価方法および評価装置を提供する。
【解決手段】 最初に燃料電池セルから膜電極接合体を取り出す(ステップS1)。次に、膜電極接合体から固体高分子電解質膜のみを取り外し、pHイメージングセンサ1にセットする(ステップS2)。次に、pHイメージングセンサ1により、固体高分子電解質膜のpHについて、膜内の2次元分布を計測する(ステップS3)。最後に、pHイメージングセンサ1の計測結果に基づいて、情報処理部2において固体高分子電解質膜の劣化の程度について、膜内の2次元分布を評価し、評価結果を出力部3を介して出力する(ステップS4)。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固体高分子電解質膜の状態を評価する固体高分子電解質膜の評価方法および固体高分子電解質膜の評価装置に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、固体高分子電解質膜はプロトンを伝導するための媒体として作用する。特に固体高分子型燃料電池(PRFC)においては、燃料である水素やメタノールと酸化剤である空気(酸素)とを直接混合させないための隔壁としての役割も有する。電解質膜には、電解質としてイオン交換容量が大きいこと、長期間電流を通す必要があることから膜の化学的安定性が優れていること、電気抵抗を低く保持するために膜の保水性が高く、均一であること、が要求される。
【0003】
電解質膜の性能を決める構造の解析法として、例えば、特許文献1に記載された電子スピン共鳴法(Electron Spin Resonance,ESR)及びフーリエ変換赤外分光法(FT−IR)を用いた方法がある。また、膜内保水に関わる電解質膜内部のクラスター構造の評価方法として、例えば、特許文献2に記載された小角x線散乱法及び示差走査熱量測定法(DSC)を用いた方法がある。電解質膜の化学的特性を決める物性値としては当量質量(Equivalent Weight,EW)値やイオン交換容量値が知られている(例えば、特許文献1参照)。電解質膜のイオン交換容量測定には原子吸光法が用いられている(例えば、特許文献3参照)。
【0004】
また、燃料電池セル内の電解質膜の評価方法として、電気化学計測法であるインピーダンス測定法が知られている。特許文献4に記載された燃料電池セル評価系では、燃料電池セルの測定対象体に対して異なる2つの周波数の交流信号を与え、得られたそれぞれの周波数に対応する測定対象体のインピーダンス値からCole-Cole図を推算して描いている。
【特許文献1】特開2005−228578号公報
【特許文献2】特開2005−307025号公報
【特許文献3】特開2004−18573号公報
【特許文献4】特開2003−86220号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、電子スピン共鳴法、フーリエ変換赤外分光法(FT−IR)、小角x線散乱法及び示差走査熱量測定法(DSC)、原子吸光法を適用する場合には、いずれも膜全体を一度に解析することができず、膜を小さく裁断する必要がある。また、インピーダンス測定法で得られる結果は、膜全体の平均値であり、膜内の分布としての解析ができない。
【0006】
本発明の目的は、固体高分子電解質膜の部位ごとの状態を容易に把握することができる固体高分子電解質膜の評価方法および評価装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の固体高分子電解質膜の評価方法は、固体高分子電解質膜の状態を評価する固体高分子電解質膜の評価方法において、固体高分子電解質膜のpHを計測するステップと、前記pHを計測するステップでの計測結果に基づいて、前記固体高分子電解質膜の状態を評価するステップと、を備えることを特徴とする。
この固体高分子電解質膜の評価方法によれば、pHの計測結果に基づいて、固体高分子電解質膜の状態を評価するので、固体高分子電解質膜の部位ごとの状態を容易に把握することができる。
【0008】
前記pHを計測するステップでは、固体高分子電解質膜のpHの分布を計測し、前記評価するステップでは、前記pHの分布に基づいて、前記固体高分子電解質膜の状態の分布を評価してもよい。
【0009】
前記評価するステップでは、前記固体高分子電解質膜の劣化の程度を評価してもよい。
【0010】
前記pHを計測するステップでは、pHイメージング顕微鏡を用いてpHを計測してもよい。
【0011】
前記pHを計測するステップでは、前記固体高分子電解質膜の内部に存在するpH指標物質によりpHを計測してもよい。
【0012】
前記pHを計測するステップでは、光ファイバーセンサーを用いてpHを計測してもよい。また、pHを計測する方法としてはガラス電極法や金属電極法等の方法を用いても勿論構わない。
【0013】
本発明の固体高分子電解質膜の評価装置は、固体高分子電解質膜の状態を評価する固体高分子電解質膜の評価装置において、固体高分子電解質膜のpHを計測するpH計測手段と、前記pH計測手段による計測結果に基づいて、前記固体高分子電解質膜の状態を評価する評価手段と、を備えることを特徴とする。
この固体高分子電解質膜の評価装置によれば、pHの計測結果に基づいて、固体高分子電解質膜の状態を評価するので、固体高分子電解質膜の部位ごとの状態を容易に把握することができる。
【発明の効果】
【0014】
本発明の固体高分子電解質膜の評価方法によれば、pHの計測結果に基づいて、固体高分子電解質膜の状態を評価するので、固体高分子電解質膜の部位ごとの状態を容易に把握することができる。
【0015】
本発明の固体高分子電解質膜の評価装置によれば、pHの計測結果に基づいて、固体高分子電解質膜の状態を評価するので、固体高分子電解質膜の部位ごとの状態を容易に把握することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、図1(a)〜図1(c)を参照して、本発明による固体高分子電解質膜の評価方法の一実施形態について説明する。
【0017】
図1(a)は、本発明による固体高分子電解質膜の評価方法を実施するための評価装置の一実施形態の構成を示すブロック図である。
【0018】
図1(a)に示すように、この評価装置は、固体高分子電解質膜のpHを計測するpH計測手段としてのpHイメージングセンサ1と、pHイメージングセンサ1の出力信号に基づいて固体高分子電解質膜の状態を評価する、評価手段としての情報処理部2と、情報処理部2における情報処理結果を提示する出力部3と、を備える。このような装置は、例えば、pHイメージング顕微鏡(堀場製作所製)を用いて構成することができる。
【0019】
図1(b)は、燃料電池セルに用いられている固体高分子電解質膜の劣化状況の評価手順を示すフローチャートである。
【0020】
図1(b)に示すように、本実施形態の評価方法では、最初に燃料電池セルから膜電極接合体を取り出す(ステップS1)。次に、膜電極接合体から固体高分子電解質膜のみを取り外し、pHイメージングセンサ1にセットする(ステップS2)。次に、pHイメージングセンサ1により、固体高分子電解質膜のpHについて、膜内の2次元分布を計測する(ステップS3)。最後に、pHイメージングセンサ1の計測結果に基づいて、情報処理部2において固体高分子電解質膜の劣化の程度について、膜内の2次元分布を評価し、評価結果を出力部3を介して出力する(ステップS4)。
【0021】
図1(c)は、評価結果を画面上の濃淡として出力した例を示している。濃淡の分布は固体高分子電解質膜の劣化の程度を示しており、例えば、図1(c)において濃い色彩の領域が、固体高分子電解質膜の劣化がより進んだ部位を示している。図1(c)に示すように、本実施形態の評価方法によれば、固体高分子電解質膜の状態を2次元分布として容易に把握することができる。
【0022】
このように、本実施形態の評価方法によれば、固体高分子電解質膜を破壊することなく、また煩雑な操作を要することなく、容易に固体高分子電解質膜の状態を2次元分布として評価することができる。固体高分子電解質膜の劣化の程度を2次元分布として捉えることにより、燃料電池セルの構造の最適化を図ることができる。また、燃料電池の運転条件を最適化するための指針として評価結果を利用することができる。
【0023】
pHイメージングセンサを用いる代りに、固体高分子電解質膜にpH指標物質を導入し、その発色分布を撮像することで、固体高分子電解質膜のpH値の分布を求めることもできる。
【0024】
また、光ファイバーセンサーを用いて、固体高分子電解質膜各所のpHを計測し、pH値の分布を求めることもできる。
【0025】
一般に、固体高分子型燃料電池に使用される高分子膜の化学構造は、骨格を構成する主鎖と硫酸基を持つ副鎖から成る。固体高分子型燃料電池に最もよく使用されるものはパーフルオロ系プロトン伝導性ポリマーであり、高分子骨格の大部分のアルキル基の水素の85%以上がフッ素原子で置換された化学構造を持つ。パーフルオロ系プロトン伝導性ポリマーの代表としては、デュポン社製のナフィオン(Nafion;商品名)膜、旭硝子社製のフレミオン(商品名)、旭化成製のアシプレックスなどの市販品を挙げることができる。これらのパーフルオロ伝導性ポリマーの化学構造を以下に示す。
【0026】
【化1】

【0027】
種々の解析結果により、パーフルオロ系プロトン伝導性ポリマーの膜内部では、パーフルオロカーボンからなる疎水領域と硫酸基を有する副鎖部が集合した領域の2種類が存在するとされている。この副鎖部集合領域では水を保持するので、膜含有水はクラスター構造を取っているとされている(例えば、特開2001−64417号公報参照)。
【0028】
含水したパーフルオロ系プロトン伝導性ポリマーでは、下記の式(1)に示すとおり、クラスター部位において硫酸基が水と接することで解離した結果、アニオンとなる。
【0029】
【数1】

【0030】
【化2】

【0031】
どの程度の割合の硫酸基が解離してアニオン形態を取るかは、下記の式(2)で示される通り、クラスターを構成している硫酸基数、水量、及び硫酸基の解離係数Kaにより決まる。
【0032】
【数2】

【0033】
【化3】

【0034】
更に、このクラスター部のpHは、
pH=−log[H]
により求めることができる。典型的なパーフルオロ系プロトン伝導性ポリマーであるナフィオン膜では、膜中の水はpH=1程度の強酸状態であるとされている。
【0035】
一方、固体高分子型燃料電池では、発電により固体高分子電解質膜が劣化することが知られている。主な劣化現象としては、発電副産物としてセル内に生成した過酸化物(主には過酸化水素)が膜の副鎖と反応することが知られている。過酸化物の攻撃を受けた副鎖部は硫酸基を含んだフラグメント離脱を起こす。このことから、膜の劣化部分では正常な膜よりも硫酸基の密度が小さい状態となる。上記式(2)より、解離係数Kaが一定であるため、硫酸基数が減少すれば[H]も減少し、その結果、膜が正常な状態のpH=αと比べて、劣化部分ではpH=α+β(但し、0<β)のように、pH値は上昇する。pH値と膜の劣化の程度は正の相関をもつため、pH値に基づいて膜の劣化の程度を判定することができる。例えば、膜のA点ではpH=α+βであり、膜のB点ではpH=α+γ(但し、0<β<γ)であれば、B点ではA点よりも劣化が進んでいると判断できる。
【0036】
以上のように、膜のpH値は劣化の程度を表しているので、pH値の分布に基づいて膜の劣化の程度を部位ごとに詳細に解析することができる。
【0037】
以上説明したように、本発明の固体高分子電解質膜の評価方法によれば、pHの計測結果に基づいて、固体高分子電解質膜の状態を評価するので、固体高分子電解質膜の部位ごとの状態を容易に把握することができる。
【0038】
本発明の適用範囲は上記実施形態に限定されることはない。本発明は、固体高分子電解質膜の状態を評価する固体高分子電解質膜の評価方法および評価装置に対し、広く適用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0039】
【図1】本発明による固体高分子電解質膜の評価方法の一実施形態を示す図であり、(a)は、本発明による固体高分子電解質膜の評価方法を実施するための評価装置の構成例を示すブロック図、(b)は、燃料電池セルに用いられている固体高分子電解質膜の劣化状況の評価手順を示すフローチャート、(c)は、評価結果を画面上の濃淡として出力した例を示す図。
【符号の説明】
【0040】
1 pHイメージングセンサ(pH計測手段)
2 情報処理部(評価手段)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
固体高分子電解質膜の状態を評価する固体高分子電解質膜の評価方法において、
固体高分子電解質膜のpHを計測するステップと、
前記pHを計測するステップでの計測結果に基づいて、前記固体高分子電解質膜の状態を評価するステップと、
を備えることを特徴とする固体高分子電解質膜の評価方法。
【請求項2】
前記pHを計測するステップでは、固体高分子電解質膜のpHの分布を計測し、
前記評価するステップでは、前記pHの分布に基づいて、前記固体高分子電解質膜の状態の分布を評価することを特徴とする請求項1に記載の固体高分子電解質膜の評価方法。
【請求項3】
前記評価するステップでは、前記固体高分子電解質膜の劣化の程度を評価することを特徴とする請求項1または2に記載の固体高分子電解質膜の評価方法。
【請求項4】
前記pHを計測するステップでは、pHイメージング顕微鏡を用いてpHを計測することを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の固体高分子電解質膜の評価方法。
【請求項5】
前記pHを計測するステップでは、前記固体高分子電解質膜の内部に存在するpH指標物質によりpHを計測することを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の固体高分子電解質膜の評価方法。
【請求項6】
前記pHを計測するステップでは、光ファイバーセンサーを用いてpHを計測することを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の固体高分子電解質膜の評価方法。
【請求項7】
固体高分子電解質膜の状態を評価する固体高分子電解質膜の評価装置において、
固体高分子電解質膜のpHを計測するpH計測手段と、
前記pH計測手段による計測結果に基づいて、前記固体高分子電解質膜の状態を評価する評価手段と、
を備えることを特徴とする固体高分子電解質膜の評価装置。
【請求項8】
前記pHを計測するステップでは、ガラス電極法若しくは金属電極法を用いることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の固体高分子電解質膜の評価方法。

【図1】
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【公開番号】特開2008−185379(P2008−185379A)
【公開日】平成20年8月14日(2008.8.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−17279(P2007−17279)
【出願日】平成19年1月29日(2007.1.29)
【出願人】(000006507)横河電機株式会社 (4,443)
【Fターム(参考)】