説明

固有ジョセフソン接合素子、及び、これを用いた量子ビット、超伝導量子干渉素子、テラヘルツ検出器、テラヘルツ発振器、電圧標準装置、ミリ波・サブミリ波受信機、並びに、固有ジョセフソン接合素子の製造方法

【課題】鉄ヒ素系超伝導体における固有ジョセフソン接合効果の発現を可能とする固有ジョセフソン接合素子を提供する。
【解決手段】超伝導層2及び絶縁層3がc軸方向に積層された結晶構造を有する鉄ヒ素系超伝導体の単結晶からなり、c軸方向に直交するab面に沿った任意の方向に離間して配置される第一電極部10及び第二電極部20と、これら第一電極部10と第二電極部20とを接続するブリッジ部30とから固有ジョセフソン接合素子1を構成する。ブリッジ部30には、第一スリット31と第二スリット32とによってc軸方向に直交するab面に沿った方向両側から挟まれたジョセフソン電流流通部33を形成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鉄ヒ素系超伝導体を用いた固有ジョセフソン接合素子、及び、当該固有ジョセフソン接合素子を応用した機器、並びに、固有ジョセフソン接合素子の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、一対の超伝導体の間に薄い絶縁膜を挟んだ構造をなすジョセフソン接合素子が知られている。このジョセフソン接合素子は、弱く結合した2つの超伝導体の間に、超伝導電子対のトンネル効果によって超伝導電流が流れるといったジョセフソン効果を用いた素子である。
【0003】
また、銅酸化物系超伝導体等の層状超伝導体においては、超伝導層と非超伝導層(絶縁層)が交互に積み重なった結晶構造をなしており、即ち、結晶構造の原子層単位での伝導性の違いにより、超伝導層同士が弱く結合したジョセフソン接合が結晶中に自然に形成された構造をなしている。
【0004】
これを固有ジョセフソン接合といい、人工的に作製するジョセフソン接合と比較して界面における結晶欠陥が少ないため、絶縁層の性質がよく、高品質な接合構造を作製することができる。このような銅酸化物系超伝導体の固有ジョセフソン接合に関する技術としては、例えば特許文献1、2に開示されたものが知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2000−91654号公報
【特許文献2】特開2007−81289号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、近年、鉄を含む新たな種類の高温超伝導体である鉄ヒ素系超伝導体が発見され、銅酸化物系超伝導体以外の物質では最高記録となる臨界温度を達成し、世界の注目を集めている。
【0007】
ここで、上記鉄ヒ素系超伝導体を用いたジョセフソン接合としては、異なる超伝導体を人工的に積層して、両側の超伝導体を別物質とした接合構造の作製報告がなされている。しかしながら、一物質の鉄ヒ素系超伝導体によるジョセフソン接合の作製は未だなされておらず、当該鉄ヒ素系超伝導体においても銅酸化物系超伝導体のように固有ジョセフソン効果が発現されるか否かは不明であった。
【0008】
また、鉄ヒ素系超伝導体は、銅酸化物系超伝導体とは異なる結晶構造を有し、従前発見されたいかなる超伝導体とも異なる電気伝導性質を有している(ペアポテンシャルがs±波)ため、固有ジョセフソン効果を発現するか否か予測することもできなかった。
【0009】
本発明はこのような課題に鑑みてなされたものであって、固有ジョセフソン効果を発現する鉄ヒ素系超伝導体からなる固有ジョセフソン接合素子、及び、当該固有ジョセフソン素子を用いた量子ビット、超伝導量子干渉素子、テラヘルツ検出器、テラヘルツ発振器、電圧標準装置、ミリ波・サブミリ波受信機、並びに、固有ジョセフソン接合素子の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
ここで、本発明の発明者らが鋭意研究を重ねたところ、鉄ヒ素系超伝導体においても銅酸化物系超伝導体と同様に固有ジョセフソン効果を発現することが証明された。
本発明の固有ジョセフソン接合素子はこのような知見に基づいてなされたものであって、超伝導層と絶縁層とがc軸方向に積層された結晶構造を有する鉄ヒ素系超伝導体の単結晶からなることを特徴とする。
【0011】
また、本発明の固有ジョセフソン接合素子は、前記c軸方向に直交するab面に沿った任意の方向であるx軸方向に離間して配置される第一電極部及び第二電極部と、これら第一電極部と第二電極部とを接続するブリッジ部とを備え、該ブリッジ部は、前記c軸方向一方側から凹むとともに前記x軸方向及び前記c軸方向の双方に直交するy軸方向にわたって延びる第一スリットと、前記c軸方向他方側から凹むとともに前記y軸方向にわたって延びる第二スリットと、これら第一スリットと第二スリットとによって前記x軸方向両側から挟まれたジョセフソン電流流通部とを備えていることを特徴とする。
これにより、ジョセフソン電流流通部においてc軸方向に超伝導電流が流通する固有ジョセフソン効果を発現させることができる。
【0012】
さらに、本発明の固有ジョセフソン接合素子においては、前記鉄ヒ素系超伝導体が、Ln(希土金属)、Fe、As、O、の元素を含む1111系の化合物であることが好ましい。また、上記元素に加えてFを含む1111系の化合物であってもよい。
【0013】
また、本発明の固有ジョセフソン接合素子においては、前記鉄ヒ素系超伝導体が、PrFeAsO0.7であることがより好ましい。
【0014】
本発明に係る量子ビットは、上記いずれかの固有ジョセフソン接合素子を有することを特徴とする。
【0015】
本発明に係る超伝導量子干渉素子は、上記いずれかの固有ジョセフソン接合素子を有することを特徴とする。
【0016】
本発明に係るテラヘルツ検出器は、上記いずれかの固有ジョセフソン接合素子を有することを特徴とする。
【0017】
本発明に係るテラヘルツ発振器は、上記いずれかの固有ジョセフソン接合素子を有することを特徴とする。
【0018】
本発明に係る電圧標準装置は、上記いずれかの固有ジョセフソン接合素子を有することを特徴とする。
【0019】
本発明に係るミリ波・サブミリ波受信機は、上記いずれかの固有ジョセフソン接合素子を有することを特徴とする。
【0020】
本発明に係る固有ジョセフソン接合素子の製造方法は、超伝導層と絶縁層とからなる積層状結晶構造を有する鉄ヒ素系超伝導体の単結晶を、基板上に固定するステップと、前記単結晶に対して、前記超伝導層及び前記絶縁層の積層方向であるc軸方向に直交するy方向から集束イオンビーム加工を施すステップとを備えることを特徴とする。
さらに、前記単結晶に対して、前記c軸方向から集束イオンビーム加工を施すステップをさらに備えていてもよい。
これにより、上記固有ジョセフソン接合素子を容易かつ確実に作製することができる。
【発明の効果】
【0021】
本発明の固有ジョセフソン接合素子及び固有ジョセフソン接合素子の製造方法によれば、鉄ヒ素系超伝導体において固有ジョセフソン効果を発現させることができる。
また、この固有ジョセフソン接合素子を応用することによって、適切に機能する量子ビット、超伝導量子干渉素子、テラヘルツ検出器、テラヘルツ発振器、電圧標準装置、ミリ波・サブミリ波受信機を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】実施形態に係る固有ジョセフソン接合素子の斜視図である。
【図2】実施形態に係る固有ジョセフソン接合素子の(a)平面図、(b)側面図である。
【図3】鉄ヒ素系超伝導体であるPrFeAsO1−yの構成を示す図である。
【図4】ジョセフソン電流流通部を模式的に表した斜視図である。
【図5】実施形態に係る固有ジョセフソン接合素子の製造方法を説明する図である。
【図6】(a)はブリッジ部がy軸方向片側に配置された構成の固有ジョセフソン接合素子の平面図、(b)ブリッジ部の幅が第一電極部及び第二電極部と同様の寸法となした構成の固有ジョセフソン接合素子の平面図である。
【図7】基板の上面にc軸方向を沿わせるようにした固有ジョセフソン接合素子の斜視図である。
【図8】実施形態に係る固有ジョセフソン接合素子を用いた超伝導量子干渉素子の模式図である。
【図9】実施形態に係る固有ジョセフソン接合素子を用いた超伝導量子干渉素子の他の形態の模式図である。
【図10】実施形態に係る固有ジョセフソン接合素子を用いたテラヘルツ検出器の模式図である。
【図11】実施形態に係る固有ジョセフソン接合素子を用いたテラヘルツ発振器の模式図である。
【図12】実施形態に係る固有ジョセフソン接合素子を用いた電圧標準装置の模式図である。
【図13】実施形態に係る固有ジョセフソン接合素子を用いたミリ波・サブミリ波受信機の模式図である。
【図14】(a)はab平面の抵抗率ρabの温度依存性を示すグラフ、(b)はc軸方向の抵抗率ρの温度依存性を示すグラフ、(c)は異方性の値γρの温度依存性を示すグラフである。
【図15】固有ジョセフソン接合素子におけるc軸方向のI−V特性を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明の実施形態に係る固有ジョセフソン接合素子について、図面を参照して詳細に説明する。
固有ジョセフソン接合素子1は、図1及び図2に示すように、鉄ヒ素系超伝導体の単結晶に加工を施すことにより得られるものであって、第一電極部10と第二電極部20とがブリッジ部30で接続された構成をなしている。
【0024】
この固有ジョセフソン接合素子1を構成する鉄ヒ素系超伝導体としては、図3に示すLn(ランタノイド)、Fe(鉄)、As(ヒ素)、O(酸素)の元素を含む1111系のPrFeAsO1−xを採用した。このPrFeAsO1−xは、いわゆる酸素欠損型の鉄ヒ素系超伝導体であり、組成式におけるxの値は適宜設定することが可能である。具体的には、本実施形態においては、xの値を0.3としたPrFeAsO0.7を用いた例について説明する。
【0025】
このPrFeAsO0.7は、超伝導層2としてのFeAs層と、絶縁層3としてのPrO層がc軸方向に交互に積層された構造をなしている。したがって、当該PrFeAsO0.7の単結晶からなる固有ジョセフソン接合素子1においても、その全域において超伝導層2と絶縁層3とによる積層構造をなしており、これら超伝導層2と絶縁層3との積層方向、即ち、c軸方向が上下方向に一致するように配置される。
【0026】
第一電極部10及び第二電極部20は、c軸方向の寸法が等しい略直方体形状のブロック体構造をなしており、c軸方向に直交する方向、即ち、ab面に沿った任意の方向(以下、x方向と称する)に離間して配置されている。これら第一電極部10及び第二電極部20のc軸方向の寸法は例えば10μm以下に設定されている。
【0027】
これら第一電極部10及び第二電極部20の互いに対向する面同士は、これら第一電極部10及び第二電極部20とc軸方向の寸法が等しいブリッジ部30によって接続されている。これによって、第一電極部10及び第二電極部20に直流電流あるいは交流電流を流通させた際には、当該電流がブリッジ部30を通過することになる。
【0028】
このブリッジ部30は、c軸方向及びx軸方向の双方に直交する方向、即ち、x軸方向に直交するab面に沿った方向(以下、y軸方向と称する)の寸法が第一電極部10及び第二電極部20よりも小さく設定されており、例えば2〜3μm程度に設定されている。ブリッジ部30の表面(c軸方向一方側の面)における第一電極部10寄りの箇所には、該ブリッジ部30の表面から凹むとともにブリッジ部30のy軸方向全域にわたって延びる第一スリット31が形成されている。また、ブリッジ部30の裏面(c軸方向他方側の面)における第二電極部20寄りの箇所には、該ブリッジ部30の裏面から凹むとともにブリッジ部30のy軸方向全域にわたって延びる第二スリット32が形成されている。
【0029】
これら第一スリット31及び第二スリット32の深さ寸法は、少なくともブリッジ部30のc軸方向の寸法の半分を超える値とされている。これによって、ブリッジ部30には、第一スリット31と第二スリット32とによってx軸方向両側から挟まれた部分であるジョセフソン電流流通部33が形成されている。
【0030】
図4にジョセフソン電流流通部33の模式斜視図を示す。このジョセフソン電流流通部33のx軸方向の寸法は例えば1〜2μmと非常に狭小に形成されており、さらに、上述したようにy軸方向の寸法も2〜3μmと狭小とされている。したがって、このジョセフソン電流流通部33においては、電流が流通する方向が超伝導層2と絶縁層3とが交互に積層されたc軸方向に限定される。
【0031】
次に、このような構成をなす固有ジョセフソン接合素子1の製造方法について説明する。
まず、鉄ヒ素系超伝導体であるPrFeAsO0.7の単結晶を、例えば高圧合成法によって取得する。この高圧合成法においては、原料としてLnAs前駆体、Fe粉、α−Feを用い、これら原料を混合して高圧高温化に曝すことによって、PrFeAsO0.7を合成する
【0032】
次いで、このように得たPrFeAsO0.7の単結晶を10μm〜100μm程度のペレット状に切断し、図5(a)に示すように、例えばSrTiO、ガラス、Si基板等からなる基板40上に単結晶4として設置する。本実施形態においては、例えば単結晶4におけるc軸方向、即ち、超伝導層2と絶縁層3との積層方向が、基板40の上面に垂直な方向に一致するように設置する。
【0033】
その後、図5(b)に示すように、単結晶4におけるx軸方向中央部分に対して、上方向から、即ち、c軸方向からGa(ガリウム)イオンビーム41によるFIB加工(集束イオンビーム加工)を施すことによるネッキングを行う。これにより、単結晶4におけるx軸方向中央部分のy軸方向両側の部分が剥ぎ取られ、第一電極部10及び第二電極部20とがブリッジ部30によって接続された構成が形成される。
【0034】
次いで、図5(c)に示すように、ブリッジ部30の側方から、即ち、y軸方向からGa(ガリウム)イオンビーム42によるFIB加工を行うことにより、第一スリット31及び第二スリット32を形成する。これによって、ブリッジ部30は全体としてS字形状をなし、そのx軸方向中央部分にはc軸方向に延びるジョセフソン電流流通部33が形成され本実施形態の固有ジョセフソン接合素子1が得られる。
【0035】
このような固有ジョセフソン接合素子1によれば、臨界温度T以下に冷却した後、第一電極部10及び第二電極部20に直流電流あるいは交流電流を流通させると、ジョセフソン電流流通部33においてジョセフソン効果が発現されることにより、当該ジョセフソン電流流通部33をc軸方向に沿って超伝導電流(ジョセフソン電流)が流通する。即ち、鉄ヒ素系超伝導体による固有ジョセフソン効果を実現することができる。
【0036】
なお、本実施形態においては、Ln、Fe、As、Oの元素を含む1111系の鉄ヒ素系超伝導体として酸素欠損型のPrFeAsO1−xを用いた例について説明したが、Prを他の種類のLnに置換した鉄ヒ素系超伝導体、例えば、LaFeAsO等や、フッ素置換型のSmFeAsO0.90.1等を採用してもよい。この場合も、実施形態と同様に固有ジョセフソン効果を発現することができる。
【0037】
また、1111系の鉄ヒ素系超伝導体のみならず、SrFeAs等の122系、Li1−xFeAs等の111系、FeSe等の11系、あるいはペロブスカイト型層間物質を有する(FeAs)(Sr)等の鉄ヒ素系超伝導体を用いて固有ジョセフソン接合素子1を構成してもよい。なお、AsがPに置き換わった材料系も同様の超伝導特性を有しているため、この材料系を用いて固有ジョセフソン接合素子1を構成しても良い。これらの場合も実施形態と同様に固有ジョセフソン効果を発現することが見込まれる。
【0038】
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明はこれに限定されることはなく、その発明の技術的思想を逸脱しない範囲で適宜変更可能である。
例えば、実施形態においては、図5(b)において、FIB加工を施すことによりx軸方向中央部分のy軸方向両側の部分が剥ぎ取るネッキングを行ったが、当該FIB加工はx軸方向中央部分のy軸方向片側のみに施してもよい。この場合、固有ジョセフソン接合素子1は、例えば図6(a)に示すように、ブリッジ部30がy軸方向片側に配置された構成となる。
【0039】
また、単結晶4におけるy軸方向の寸法が十分狭小な場合は、FIB加工によるネッキングを施さなくてもよく、この場合、固有ジョセフソン接合素子1は、図6(b)に示すように、ブリッジ部30の幅が第一電極部10及び第二電極部20と同様の寸法となした構造となる。
【0040】
さらに、実施形態においては、基板40上に単結晶4として設置する際に単結晶4におけるc軸方向を基板40の上面に垂直な方向に一致するように設置したが、これに限定されることはなく、基板40の上面にc軸方向を沿わせるようにして単結晶4を設置してもよい。この場合、ab面は基板40の上面に垂直な面とされ、当該基板40の上面に垂直な方向(y軸方向)からGa(ガリウム)イオンビームによるFIB加工が施される。これにより、図7に示すように、x方向に離間する第一電極部10と第二電極部20がブリッジ部30によって接続された固有ジョセフソン素子1が形成され、ブリッジ部30における第一スリット31と第二スリット32との間のジョセフソン電流流通部33において固有ジョセフソン効果を発現させることができる。
【0041】
また、例えば、実施形態の固有ジョセフソン接合素子1を用いて量子ビットを構成してもよい。これにより、量子計算機の実現に寄与することができる。
【0042】
さらに、図8に示すように、固有ジョセフソン接合素子1を用いて超伝導量子干渉素子50を構成してもよい。この超伝導量子干渉素子50は、一対の固有ジョセフソン接合素子1を備えており、これら固有ジョセフソン接合素子1の第一電極部10、第二電極部20同士がそれぞれ一体に接続されることで、鉄ヒ素系超伝導体系からなる超伝導リング構造51をなしている。そして、固有ジョセフソン接合素子1におけるジョセフソン電流流通部33が固有ジョセフソン効果を発現することにより、超伝導量子干渉素子50としての機能を発揮することができる。
【0043】
また、超伝導量子干渉素子50としては、例えば図9に示すような構成であってもよい。この超伝導量子干渉素子50においては、c軸方向の各面にx軸方向に離間して配置された第一スリット53及び第二スリット54が形成されている。そして、第一スリット53と第二スリット54とによってx方向から挟まれた部分の中央には、y方向に貫通する貫通孔55が形成されており、当該貫通孔55の周囲が一対のジョセフソン電流流通部33を備えた超伝導リング構造51とされている。このような構造の超伝導量子干渉素子50においても、上記同様ジョセフソン電流流通部33が固有ジョセフソン効果を発現することにより、超伝導量子干渉素子50としての機能を発揮することができる。
【0044】
さらに、図10に示すように、固有ジョセフソン接合素子1を用いてテラヘルツ検出器60を構成してもよい。このテラヘルツ検出器60は、シリコン基板61と、該シリコン基板61上に形成されたrf(radio frequency)チョークフィルタ62と、シリコン基板61上に形成されチョークフィルタ62に接続される平面ボータイアンテナ63と、シリコン基板61上に形成され平面ボータイアンテナ63に接続された固有ジョセフソン接合素子1とから構成されている。このテラヘルツ検出器60によれば、固有ジョセフソン接合素子1のジョセフソン電流流通部33において固有ジョセフソン効果が発現され、高いギャップ電圧によりテラヘルツ帯で動作可能となるため、テラヘルツ検出器60としての機能を適切に発揮することができる。
【0045】
また、図11に示すように、固有ジョセフソン接合素子1を用いてテラヘルツ発振器90を構成してもよい。このテラヘルツ発振器90は、ab面に沿って同じ方向に延びる一対の超伝導バー構造91,92を備え、これら超伝導バー構造91,92をc軸方向に接続するようにしてジョセフソン電流流通部33が配置された構成をなしている。このテラヘルツ発振器90を使用する際には、固有ジョセフソン接合のab面に平行な磁界Hを印加するとともに一方の超伝導バー構造91から他方の超伝導バー構造92に向かって外部電流Iを流通させる。これにより、ジョセフソン電流流通部33において、磁束フロー電圧が発生して交流電流が流れる。磁界Hがゼロの場合にも、ACジョセフソン効果によりジョセフソン磁束の運動が励起され、同様の効果を起こす。そして、外部電流Iを増加させると共鳴が起こり、外部に強い磁場が発振される。
【0046】
また、図12に示すように、固有ジョセフソン接合素子1を用いて電圧標準装置70を構成してもよい。この電圧標準装置70は、基板71上にボータイアンテナ72、複数直列に接続した固有ジョセフソン接合素子1を配置した構成をなしている。このような電圧標準装置70に安定した周波数の入力波を入力すると、シャピロステップ電圧が発生する。この際、固有ジョセフソン接合素子1の数に比例してゼロクロス出力電圧の最大値が増加する。これを利用することで、入力波数と同じ程度の安定な標準電圧を得ることができる。
【0047】
さらに、図13に示すように、固有ジョセフソン接合素子1を用いてミリ波・サブミリ波受信機80を構成してもよい。このミリ波・サブミリ波受信機80は、基板80a上に、ボータイアンテナ81、rfチョーク回路82、電圧端子84、電流端子85、固有ジョセフソン接合素子1を配置した構成をなしている。これにより、基板80aの裏面側からミリ波・サブミリ波83を照射すると、明確なシャロウステップを観測することができ、ミリ波・サブミリ波受信機80として適切に機能させることができる。
【実施例】
【0048】
(固有ジョセフソン接合素子の作製)
実施形態で説明した固有ジョセフソン接合素子1を作製して、その物性を評価した。
まず、高圧合成法により鉄ヒ素系超伝導体であるPrFeAsO0.7の単結晶を取得した。高圧合成法では、原料としてLnAs前駆体、Fe粉(フルウチ化学、99.9%)、α−Fe(レアメタリック、99.9%)を用いた。また、均質な材料を得るために、Fe粉は目開き53ミクロンのふるいを通った粉を使用した。そして、これら原料を、Pr:Fe:As:O=1:1:1:0.7となるように秤量した。次いで、上記原料を混合したものを、約2〜5.5GPaの高圧力下、25分で約1050〜1150℃まで加熱した。この温度を2時間維持した後に、ヒーターの加熱を切って、温度をクエンチした。これにより、PrFeAsO0.7の単結晶を含む焼結体を得た。
【0049】
続いて、PrFeAsO0.7の焼結体を粉砕し、断裂面における結晶軸が揃った単結晶を10〜100μmのサイズに切断して、加工対象となる単結晶4を入手した。そして、図5(a)に示すように、単結晶4をSrTiOからなる基板40上に設置し、図5(b)に示すように、上方向からFIB加工を施してネッキングを行い、さらに、図5(c)に示すように、ブリッジ部30の側方からFIB加工を行うことにより、当該ブリッジ部30をS字形状に形成し、固有ジョセフソン接合素子1を得た。
【0050】
(異方性γρの取得)
まず、固有ジョセフソン接合素子1におけるab平面の抵抗率ρabを測定した。具体的には、図5(b)に示す段階、即ち、上方向からのFIB加工によるネッキングのみを施した状態において、四端子法を用いることで第一電極部10及び第二電極部20間の抵抗率ρabを各絶対温度Tについて測定した。測定結果を図14(a)に示す。
続いて、固有ジョセフソン接合素子1におけるc軸方向の抵抗率ρを測定した。具体的には、固有ジョセフソン接合素子1におけるジョセフソン電流流通部33の両端間における抵抗率を、四端子法を用いることで各絶対温度Tについて測定した。測定結果を図14(b)に示す。
そして、ρabに対するρの比として定められた抵抗率の異方性の値を、上記のように得られたρab及びρの値から算出した、算出結果を図14(c)に示す。
この結果から、PrFeAsO0.7においては55Kにおいて異方性の値が120と比較的大きな値を示し、電子状態の強い異方性の存在が証明された。
【0051】
(I−V特性の測定)
固有ジョセフソン接合素子1を4.2Kに冷却した状態で、ジョセフソン電流流通部33を流通するc軸方向の電流(ジョセフソン電流)Iと電圧Vの関係を測定した。測定結果を図15に示す。
図15から、I−V特定において強いヒステリシスが出現していることがわかる。これにより、鉄ヒ素系超伝導体のPrFeAsO0.7においても、従来の銅酸化物系超伝導体と同様の固有ジョセフソン効果が発現されることが証明された。
【符号の説明】
【0052】
1 固有ジョセフソン接合素子
2 超伝導層
3 絶縁層
4 単結晶
10 第一電極部
20 第二電極部
30 ブリッジ部
31 第一スリット
32 第二スリット
33 ジョセフソン電流流通部
40 基板
50 超伝導量子干渉素子
51 超伝導リング構造
53 第一スリット
54 第二スリット
55 貫通孔
60 テラヘルツ検出器
61 シリコン基板
62 rfチョークフィルタ
63 平面ボータイアンテナ
70 電圧標準装置
71 基板
72 ボータイアンテナ
80 ミリ波・サブミリ波受信機
80a 基板
81 ボータイアンテナ
82 rfチョーク回路
83 ミリ波・サブミリ波
84 電圧端子
85 電流端子
90 テラヘルツ発振器
91 超伝導バー構造
92 超伝導バー構造

【特許請求の範囲】
【請求項1】
超伝導層及び絶縁層がc軸方向に積層された結晶構造を有する鉄ヒ素系超伝導体の単結晶からなることを特徴とする固有ジョセフソン接合素子。
【請求項2】
前記c軸方向に直交するab面に沿った任意の方向であるx軸方向に離間して配置される第一電極部及び第二電極部と、これら第一電極部と第二電極部とを接続するブリッジ部とを備え、
該ブリッジ部は、
前記c軸方向一方側から凹むとともに前記x軸方向及び前記c軸方向の双方に直交するy軸方向にわたって延びる第一スリットと、
前記c軸方向他方側から凹むとともに前記y軸方向にわたって延びる第二スリットと、
これら第一スリットと第二スリットとによって前記x軸方向両側から挟まれたジョセフソン電流流通部とを備えていることを特徴とする請求項1に記載の固有ジョセフソン接合素子。
【請求項3】
前記鉄ヒ素系超伝導体が、Ln、Fe、As、Oの元素を含む1111系の化合物であることを特徴とする請求項1又は2に記載の固有ジョセフソン接合素子。
【請求項4】
前記鉄ヒ素系超伝導体が、PrFeAsO1−xを含むことを特徴とする請求項1から3のいずれか一項に記載の固有ジョセフソン接合素子。
【請求項5】
請求項1から4のいずれか一項に記載の固有ジョセフソン接合素子を有することを特徴とする量子ビット。
【請求項6】
請求項1から4のいずれか一項に記載の固有ジョセフソン接合素子を有することを特徴とする超伝導量子干渉素子。
【請求項7】
請求項1から4のいずれか一項に記載の固有ジョセフソン接合素子を有することを特徴とするテラヘルツ検出器。
【請求項8】
請求項1から4のいずれか一項に記載の固有ジョセフソン接合素子を有することを特徴とするテラヘルツ発振器。
【請求項9】
請求項1から4のいずれか一項に記載の固有ジョセフソン接合素子を有することを特徴とする電圧標準装置。
【請求項10】
請求項1から4のいずれか一項に記載の固有ジョセフソン接合素子を有するミリ波・サブミリ波受信機。
【請求項11】
超伝導層と絶縁層とからなる積層状結晶構造を有する鉄ヒ素系超伝導体の単結晶を、基板上に固定するステップと、
前記単結晶に対して、前記超伝導層及び前記絶縁層の積層方向であるc軸方向に直交するy方向から集束イオンビーム加工を施すステップとを備えることを特徴とする固有ジョセフソン接合素子の製造方法。
【請求項12】
前記単結晶に対して、前記c軸方向から集束イオンビーム加工を施すステップをさらに備えることを特徴とする請求項11に記載の固有ジョセフソン接合素子の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【公開番号】特開2011−233825(P2011−233825A)
【公開日】平成23年11月17日(2011.11.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−105228(P2010−105228)
【出願日】平成22年4月30日(2010.4.30)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 〔1〕 発行者名 ISTEC 刊行物名 「PROGRAM & ABSTRACTS 22nd INTERNATIONAL SYMPOSIUM ON SUPERCONDUCTIVITY」 発行日 平成21年11月2日 〔2〕 掲載アドレス http://arxiv.org/abs/0912.0598/ http://arxiv.org/PS_cache/arxiv/pdf/0912/0912.0598v1.pdf 掲載日 2009年12月3日
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】