説明

固有複屈折率計算方法及び固有複屈折率計算装置

【課題】 高分子の固有複屈折率を精度良く計算する。
【解決手段】 固有複屈折率計算方法は、情報処理装置において高分子の複屈折率を算出する方法であって、パラメータの入力を受け付けて、当該パラメータに基づいて複数のモノマーから構成される高分子のモデルを生成して(S01)、生成されたモデルの構造を力学的に最適化して(S02)、構造最適化されたモデルを用いて、当該モデルを構成するモノマーの主鎖に該当する原子間ベクトルを主軸として当該モノマー各々の分極率を算出して(S03)、当該モノマー各々の分極率の総和を当該モデルの分極率を算出して(S04)算出された分極率から高分子の固有複屈折率を算出する(S05)。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高分子の固有複屈折率を算出する固有複屈折率計算方法及び固有複屈折率計算装置に関する。
【背景技術】
【0002】
高分子の特徴を示す物性値として、屈折率の異方性を示す量として知られている複屈折率がある。その複屈折率の一つに固有複屈折率がある。複屈折率Δnと固有複屈折率Δnとの関係は以下の式(A)で与えられる。fは配向関数であり式(B)で与えられる。配向関数が1になるとき、複屈折率と固有複屈折率とは等しくなることから、固有複屈折率は複屈折率の極限値である。
【数1】


上記の複屈折率を計算により求める試みが報告されている(例えば、下記の非特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】相川泰,「高分子の複屈折の計算法と実測による検証」,高分子論文集,Vol.51,No.4,pp.237−243,1994年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、非特許文献1に記載されている計算方法では、十分な精度で固有複屈折率を計算することができない。例えば、計算値と実測値との比較において、低複屈折率側において正負の逆転がみられたり、計算値が実験値より一桁大きい値であったりする。これは、非特許文献1に記載されている計算方法は、側鎖の回転の効果を適切に取り込めていないことによるものと考えられる。
【0005】
本発明は、上記の問題を解決するためになされたものであり、固有複屈折率を精度良く計算することができる固有複屈折率計算方法及び固有複屈折率計算装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記の目的を達成するために、本発明に係る固有複屈折率計算方法は、情報処理装置において、高分子の固有複屈折率を算出する固有複屈折率計算方法であって、パラメータの入力を受け付けて、当該パラメータに基づいて複数のモノマーから構成される高分子のモデルを生成する高分子モデル生成ステップと、高分子モデル生成ステップにおいて生成されたモデルの構造を力学的に最適化する構造最適化ステップと、構造最適化ステップにおいて最適化されたモデルを用いて、当該モデルを構成するモノマーの主鎖に該当する原子間ベクトルを主軸として当該モノマー各々の分極率を算出して、当該モノマー各々の分極率の総和を当該モデルの分極率を算出する分極率算出ステップと、分極率算出ステップにおいて算出された分極率から高分子の固有複屈折率を算出する固有複屈折率算出ステップと、固有複屈折率算出ステップにおいて算出された固有複屈折率を出力する出力ステップと、を含むことを特徴とする。
【0007】
本発明に係る固有複屈折率計算方法では、構造の最適化が行われた高分子のモデルが用いられて固有複屈折率が算出される。これにより、高分子を構成する原子の相互作用が考慮された現実の高分子に近い構造に基づく固有複屈折率が算出される。また、固有複屈折率を算出するために算出する高分子のモデルの分極率が、高分子を構成するモノマー毎に算出される。その際、モノマーの主鎖に該当する原子間ベクトルを主軸として算出が行われる。これにより、各モノマーの、側鎖の回転が考慮された正確な分極率が算出され、結果として正確な固有複屈折率が算出される。即ち、本発明に係る固有複屈折率計算方法によれば、固有複屈折率を精度良く計算することができる。
【0008】
構造最適化ステップにおいて、分子動力学計算及び分子力学計算、若しくは分子動力学計算のみによって構造最適化することが望ましい。また、分極率算出ステップにおいて、構造最適化ステップにおいて最適化されたモデルの原子間ベクトルを算出して、当該原子間ベクトルと原子間結合の種類によって決まる結合分極パラメータとを用いてモノマー各々の分極率を算出することが望ましい。これらの構成によれば、確実に本発明を実施することができる。
【0009】
ところで、本発明は、上記のように固有複屈折率計算方法の発明として記述できる他に、以下のように固有複屈折率計算装置の発明としても記述することができる。これはカテゴリが異なるだけで、実質的に同一の発明であり、同様の作用及び効果を奏する。
【0010】
即ち、本発明に係る固有複屈折率計算装置は、高分子の固有複屈折率を算出する固有複屈折率計算装置であって、パラメータの入力を受け付けて、当該パラメータに基づいて複数のモノマーから構成される高分子のモデルを生成する高分子モデル生成手段と、高分子モデル生成手段によって生成されたモデルの構造を力学的に最適化する構造最適化手段と、構造最適化手段によって最適化されたモデルを用いて、当該モデルを構成するモノマーの主鎖に該当する原子間ベクトルを主軸として当該モノマー各々の分極率を算出して、当該モノマー各々の分極率の総和を当該モデルの分極率を算出する分極率算出手段と、分極率算出手段によって算出された分極率から高分子の固有複屈折率を算出する固有複屈折率算出手段と、固有複屈折率算出手段によって算出された固有複屈折率を出力する出力手段と、を備えることを特徴とする。
【発明の効果】
【0011】
本発明では、高分子を構成する原子の相互作用が考慮された現実の高分子に近い構造に基づく固有複屈折率が算出され、また、高分子を構成する各モノマーの、側鎖の回転が考慮された正確な分極率が算出され、結果として正確な固有複屈折率が算出される。即ち、本発明によれば、固有複屈折率を精度良く計算することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明の実施形態に係る固有複屈折率計算装置の構成図である。
【図2】本発明の実施形態に係る固有複屈折率計算方法を示すフローチャートである。
【図3】本発明の実施例及び比較例によって求められた固有複屈折率の実験値との誤差を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、図面と共に本発明に係る固有複屈折率計算方法及び固有複屈折率計算装置の好適な実施形態について詳細に説明する。なお、図面の説明においては同一要素には同一符号を付し、重複する説明を省略する。
【0014】
本実施形態に係る固有複屈折率計算方法は、高分子の固有複屈折率を計算するものである。固有複屈折率の算出の対象となる高分子は、例えばフィルムやシート、成形品等に用いられるものである。また、固有複屈折率の算出の対象となる高分子には、複数の高分子の集合体も含まれる。具体的には、エチレン/ノルボルネン共重合体やエチレン/ドモン共重合体等である。
【0015】
図1に、本実施形態に係る固有複屈折率計算方法が実行される固有複屈折率計算装置10を示す。固有複屈折率計算装置10は、具体的には、ワークステーションやPC(Personal Computer)等の情報処理装置である。固有複屈折率計算装置10は、例えばCPU(Central Processing Unit)やメモリ等のハードウェアにより構成されており、これらの構成要素が動作することにより後述する固有複屈折率計算装置10としての機能が発揮される。なお、本実施形態に係る固有複屈折率計算方法を情報処理装置に対して実行させるプログラムが固有複屈折率計算装置10において実行されることにより、本方法が行われてもよい。
【0016】
図1に示すように、固有複屈折率計算装置10は、高分子モデル生成部11と、構造最適化部12と、分極率算出部13と、固有複屈折率算出部14と、出力部15とを備えて構成される。また、固有複屈折率計算装置10は、外部装置20と接続されており、外部装置20から情報が入力される。
【0017】
高分子モデル生成部11は、パラメータの入力を受け付けて、当該パラメータに基づいて複数のモノマーから構成される高分子のモデルを生成する高分子モデル生成手段である。パラメータの入力は、外部装置20からユーザにより行われる。また、外部装置20から入力されたパラメータを予め固有複屈折率計算装置10に格納させておき、格納されたパラメータを入力としてもよい。高分子モデル生成部11は、生成した高分子のモデルの情報を固有複屈折率計算装置10(のメモリ等の記憶手段)に記憶させ、別の機能部12〜15に利用可能な状態にする(以下に説明する別の機能部12〜14によって算出等された情報についても同様である)。高分子モデル生成部11は、モデルを生成するとその旨を構造最適化部12に通知する。
【0018】
構造最適化部12は、高分子モデル生成部11によって生成されたモデルの構造を力学的に最適化する構造最適化手段である。この構造最適化は、モデルを、高分子を構成する原子の相互作用が考慮された現実の高分子に近い構造にするために、力学的に(エネルギー的に)安定的な状態とするためのものである。この構造最適化は、分子動力学計算によって行われる。分子動力学計算の後、分子力学計算によって更にエネルギーの最小化を行ってもよい。又は、分子動力学計算の後、量子化学計算によってエネルギーの最小化を行ってもよい。分子動力学計算、分子力学計算及び量子化学計算のためのパラメータは、予め記憶されているか、また、モデルを生成する際のパラメータと合わせて入力されてもよい。構造最適化部12は、モデルに対する構造最適化を行うとその旨を分極率算出部13に通知する。
【0019】
分極率算出部13は、構造最適化部12によって構造最適化されたモデルの分極率を算出する分極率算出手段である。具体的には、分極率算出部13は、まず、構造最適化されたモデルを構成するモノマー毎の分極率を算出する。ここで、各モノマーの主鎖に該当する原子間ベクトルを主軸として分極率を算出する。主軸とは、複屈折が起こる方向を示すものである。分極率の計算には結合分極パラメータを用いることができる。又は、量子化学計算を用いて算出してもよい。量子化学計算を用いると、計算精度が高くなるが、計算時間がかかるため好ましくない。分極率算出部13は、算出した各モノマーの分極率の総和を計算して、それを高分子のモデルの分極率とする。分極率算出部13は、分極率を算出するとその旨を固有複屈折率算出部14に通知する。
【0020】
固有複屈折率算出部14は、分極率算出部13によって算出された分極率から高分子の固有複屈折率を算出する固有複屈折率算出手段である。固有複屈折率算出部14は、算出した固有複屈折率の情報を出力部15に出力する。
【0021】
出力部15は、固有複屈折率算出部14によって算出された固有複屈折率を出力する出力手段である。以上が、本実施形態に係る固有複屈折率計算装置10の構成である。上記の各構成要素の処理は、全て情報処理として行われる。それぞれの処理の具体的内容については、より詳細に後述する。
【0022】
引き続いて、図2のフローチャートを用いて、本実施形態に係る固有複屈折率計算方法(固有複屈折率計算装置10において実行される処理)を説明する。固有複屈折率計算装置10では、まず、高分子モデル生成部11によって、計算を行う領域であるセルが生成され、固有複屈折率の算出対象の高分子のモデルが生成される(S01、高分子モデル生成ステップ)。モデルの生成は、ユーザに入力された、あるいは予め固有複屈折率計算装置10に格納されているパラメータの入力を受け付けて、当該パラメータに基づいて行われる。入力されるパラメータとしては、具体的には、分子の種類、モノマー数及びポリマー数等がある。また、分子動力学シミュレーションに用いられる原子や分子間の相互作用力を表す計算式等を予め設定しておく。高分子のモデルは、具体的には、高分子を構成する原子の座標及びポテンシャル等のデータが予め定められた条件に合致するように、全原子モデルとして生成される。また、モデルは高分子を構成するモノマーを特定できるように生成され、具体的にはポリマーのモデルとして生成される。
【0023】
高分子のモデルの生成は、例えば市販されている分子構造体モデル生成ソフトウェア(例えば、アクセルリス社製 Amorphous cell)を用いて、モノマー構造を生成し、モノマー構造を基に行うこととしてもよい。セルの形状に関しては、立方体であることが、偏りのないモデル構造計算の観点から好ましい。高分子のモデルを構成するモノマー数については、特に制限はないが、少なすぎると末端モノマーの影響が強くなりすぎ実際の値との乖離が大きくなり好ましくない。モノマー数は多い方が精度上では好ましいが、多すぎると計算時間が長くなりすぎる。上記を考慮して、具体的には、モノマー数としては30〜600程度が好ましい。セルの境界に関しては、3次元方向に同じセルが繰り返して存在する3次元周期境界条件を用いることが、計算精度の観点から好ましい。
【0024】
続いて、構造最適化部12によって、生成された高分子のモデルの構造が力学的に最適化される(S02、構造最適化ステップ)。構造の最適化は、例えば、分子動力学計算を行うソフトウェアが実行されて行われるアンサンブルに基づいた分子動力学計算(分子動力学シミュレーション)により行われる。アンサンブルは、計算手法を指定するものであり、予めユーザ等により設定されている。具体的には、温度、圧力並びに密度等の必要な条件、シミュレーションの時間刻み、及び計算時間等が設定される。以下、モデルに対する分子動力学シミュレーションは、同様に予め設定されたアンサンブル及び上記の条件に基づいて行われる。
【0025】
例えば、アンサンブルNVE、時間刻み1fs、計算時間500psでの分子動力学シミュレーションを行った後、アンサンブルNPT、温度650K、圧力0.1MPa、時間刻み1fs、計算時間500psの常圧での分子動力学シミュレーションを行い、温度を650Kから300Kまで25K毎に計算時間500psずつ冷却させるシミュレーションを行う。
【0026】
なお、分子動力学シミュレーションに用いられる、原子や分子間の相互作用力を計算する計算式、及びその他のパラメータには、一般によく知られているもの(例えば川添良幸・三上益弘・大野かおる著『コンピュータ・シミュレーションによる物質化学』共立出版、pp.55〜82に記載されているもの)を用いることができる。高分子の分子動力学シミュレーションでは、結合力ポテンシャルと非結合ポテンシャルとを用いることができる。結合ポテンシャルは、結合距離を平衡値に保つ分子間の結合長ポテンシャル、結合角を平衡角に保つ結合角ポテンシャル、及び取り得る2面角を制御するトーション・ポテンシャルを含むことができる。非結合ポテンシャルは、分子内においてレナード・ジョーンズポテンシャルを用いることができる。
【0027】
また、構造の最適化には、上記の分子動力学計算に加えて、分子力学計算が行われてもよい。
【0028】
続いて、分極率算出部13によって、構造最適化部12によって構造が最適化されたモデルの分極率が以下のように算出される。まず、モデルを構成するモノマー毎の分極率が算出される(S03、分極率算出ステップ)。そのためにモノマー毎に、まず、高分子のモデルの原子間結合のベクトルが算出される。具体的には、モデルに含まれる原子の座標から、算出対象のモノマーにおける全ての原子間結合のベクトルが算出される。続いて、上記のように算出したベクトルと当該原子間結合の種類とにより決まる結合分極パラメータとが用いられて、各モノマーにおける分極率が算出される。なお、原子間結合の種類と、結合分極パラメータとの対応関係については、分極率算出部13によって予め記憶されている。
【0029】
ここで、各モノマーにおいて分極率を算出する際の座標軸が、モノマーの主鎖に該当する原子間ベクトルが主軸となるように次のように定められる。即ち、モノマー毎に主鎖の原子間の結合ベクトルと、隣接するモノマーと連結する原子間結合ベクトルとの和の方向を主軸x軸とする。また、x軸に直交し、かつモノマーを構成する全ての原子の座標の中心を通るベクトルをy軸、x軸とy軸とに直交するベクトルをz軸とする。上記のように、モノマー毎に、モデルにおける座標軸から原子間結合のベクトルの座標軸の変換が行われる。座標軸変換後のベクトルに基づいて、x軸方向、y軸方向及びz軸方向におけるモノマーの分極率p,p,pが、具体的には以下の式を用いて算出される。
【数2】


式(1)において、b及びbは、ベクトルと原子間結合の種類とにより決まる結合分極パラメータであり、所与の値である。また、θ,θ,θは、各原子間結合の結合軸とそれぞれの(変換後の)座標軸(x軸,y軸,z軸)がなす角度である。Σは、各原子間結合の値の和である。
【0030】
続いて、分極率算出部13によって、算出されたモノマー各々の分極率の総和が高分子のモデルの分極率P,P,Pとして算出される(S04、分極率算出ステップ)。分極率は、変換後の座標軸毎に総和が取られる。即ち、高分子のモデルのx軸方向の分極率Pは、x軸方向の各モノマーの分極率pの総和が取られたものである。
【0031】
続いて、固有複屈折率算出部14によって、算出された分極率P,P,Pに基づきモデルの屈折率が算出される。屈折率は、具体的には、座標軸方向毎に以下の式を用いて算出される。
【数3】


式(2)において、n,n,nは、座標軸方向毎の屈折率である。また、Vは1つのモノマーの分子容であり、予め設定された値、あるいは算出された値である。Vを算出する場合は、例えば、構造物性相関法のプログラム アクセルリス社製 MS−Synthiaを用いることができる。分子容Vは構造最適化で求めた値でもよい。
【0032】
続いて、固有複屈折率算出部14によって、算出された屈折率n,n,nに基づき、固有複屈折率Δnが算出される(S05、固有複屈折率算出ステップ)。固有複屈折率Δnは、具体的には、座標軸方向毎に以下の式を用いて算出される。
【数4】

【0033】
続いて、出力部15によって、固有複屈折率算出部14によって算出された固有複屈折率が出力される(S06、出力ステップ)。出力は、ユーザが固有複屈折率の情報を参照できるように、例えば、固有複屈折率計算装置10が備えるディスプレイ等の表示装置に表示することにより行われる。それ以外でも、別の装置への出力が行われてもよい。また、固有複屈折率の出力の際に、併せて当該固有複屈折率の算出の対象となった高分子の構造に関する情報が出力されてもよい。
【0034】
本実施形態に係る固有複屈折率計算方法では、構造の最適化が行われた高分子のモデルが用いられて固有複屈折率が算出される。これにより、高分子を構成する原子の相互作用が考慮された現実の高分子に近い構造に基づく固有複屈折率が算出される。
【0035】
また、本実施形態に係る固有複屈折率計算方法では、上述したようにモノマー単位で、モノマーの主鎖に該当する原子間ベクトルが主軸となるように座標軸の変換が行われて分極率が算出される。これによって、各モノマーの、側鎖の回転が考慮された配向関数が1となる固有複屈折率を求めることができる。即ち、本実施形態に係る固有複屈折率計算方法によれば、固有複屈折率を精度良く計算することができる。
【0036】
また、本実施形態のようにモデルの構造最適化を分子動力学計算によって行うことが望ましい。また、モノマー各々の分極率の算出に、上述したような結合分極パラメータを用いることが望ましい。この構成によれば、確実に本発明を実施することができる。
【実施例】
【0037】
本実施形態に係る固有複屈折率計算方法により、高分子の固有複屈折率を算出した実施例を示す。次の6つの高分子に対して固有複屈折率の算出を行った。
共重合体1 エチレン/ノルボルネン=50/50[mol%]
共重合体2 エチレン/ノルボルネン=66.7/33.3[mol%]
共重合体3 エチレン/ノルボルネン=75/25[mol%]
共重合体4 エチレン/ドモン=50/50[mol%]
共重合体5 エチレン/ドモン=66.7/33.3[mol%]
共重合体6 エチレン/ドモン=75/25[mol%]
なお、上記の標記において、例えば、共重合体1における50/50は、エチレンが50mol%、ノルボルネンが50mol%の組成比であることを示している。
【0038】
高分子モデル作成ステップにおけるモデルの作成には、アクセルリス社製 Amorphous cellを、構造最適化ステップにおける分子動力学計算にはアクセルリス社製 Discoverを用いた。エチレン/ノルボルネン共重合体、及びエチレン/ドモン共重合体に関して、全原子モデルを用いて上記の組成のポリマーモデルを、Amorphous cellを用いて、セルの形状を立方体として高分子1本からなるモデルの初期構造を密度0.5g/cmで発生させた。ポテンシャルパラメータは、アクセルリス社製 compassを割り当てた。
【0039】
構造最適化ステップにおいては、アンサンブルNVE、時間刻み1fs、計算時間500psの動力学シミュレーションを行った後、アンサンブルNPT、温度650K、圧力0.1MPa、時間刻み1fs、計算時間500psの常圧での分子動力学シミュレーションを行い、温度を650Kから300Kまで25K毎に計算時間500psずつ冷却させるシミュレーションを行った。引き続き、SmartMinimizerを用いて2000ステップの分子力学計算を行った。
【0040】
分極率算出の際に用いられる、結合分極パラメータは以下の表に示される値(C. W. Bunn, et al, Trans. Faraday Soc., 50, 1173(1940)に記載の値)を用いた。
【表1】


分子容(式(2)におけるV)は、構造物性相関法のプログラムMS−Synthia(アクセルリス社製)を用いて算出した。
【0041】
以上の条件等に基づき、本実施形態に係る固有複屈折率計算方法により算出された固有屈折率Δnを以下の表に示す。
【表2】

【0042】
更に、本実施例ではエチレン/ノルボルネン共重合体の組成比と固有複屈折率Δnの回帰式を最小二乗法により以下の式のように求めた。
Δn=−3.59×10−4×ノルボルネン[mol%]+6.30×10−2
また、エチレン/ドモン共重合体の組成比と固有複屈折率Δnの回帰式を最小二乗法により以下の式のように求めた。
Δn=−4.31×10−4×ドモン[mol%]+5.04×10−2
【0043】
上記の回帰式を用いて、組成が上記の共重合体と異なる以下の共重合体の固有複屈折率Δnを得た。
共重合体7 エチレン/ノルボルネン=47/53[mol%]
共重合体8 エチレン/ノルボルネン=50/50[mol%]
共重合体9 エチレン/ノルボルネン=63/37[mol%]
共重合体10 エチレン/ドモン=64/36[mol%]
共重合体11 エチレン/ドモン=72/24[mol%]
【表3】

【0044】
引き続いて、比較例を以下に示す。非特許文献1に記載されている方法によって固有複屈折率Δnを求めた。エチレン、ノルボルネン、ドモンの3つのモノマーモデルをそれぞれ直線的に3回繰り返して配置し、一つの伸びきり鎖セグメントとした。このセグメントに対して、2回のMOPAC計算を行いセグメントの分極率を計算した。1回目はPM3法を用いてそれぞれのセグメントの構造最適化を行った。その後、セグメントの一端の原子が原点に来るように平行移動し、セグメントの他端がx軸上に来るように原点中心に回転移動した後、セグメントの座標の中心がほぼxy平面に来るようにx軸中心に回転移動し、2回目のMOPAC計算の初期構造とした。2回目は1回目と同様にPM3法を用い、キーワードに分極率計算を行う「POLAR」とセグメントの構造変化や回転を禁止する「LET」を指定して計算を行った。
【0045】
上記の式(2)、式(3)を用いて、セグメントの分極率からエチレン、ノルボルネン、ドモンのそれぞれの固有複屈折率を算出した。また、以下の式(4)を用いて、共重合体の固有複屈折率Δnを算出した。共重合体の固有複屈折率Δnはそれぞれの成分の体積分率の比によって決まる(「透明プラスチックの最前線」(社)高分子学会編)。
【数5】


式(4)においてφは(共重合体の一方の)成分Xの固有複屈折率、Δn0,Xは成分Xの体積分率である。成分Xの体積分率は各成分の分子容Vの比から算出した。
【0046】
以下の表のように上記の式(4)から共重合体7〜11の固有複屈折率Δnを算出した。
【表4】

【0047】
また、計算値に対する誤差を以下の式で定義する。
誤差=|(計算値−実験値)/実験値|
【0048】
共重合体7〜11の固有複屈折率Δnについて実施例と比較例との結果を以下の表にまとめる。以下の表におけるカッコ内の値は、計算値の実験値に対する誤差である。また、図3に実施例及び比較例の誤差のグラフを示す。
【表5】

【0049】
上記の表に示された結果に示すように、本実施形態に係る固有複屈折率計算方法によって得られた固有複屈折率Δnは、実験値と正負の逆転を生じることなく、誤差が小さい精度の高いものになっている。
【0050】
共重合体7〜11の固有複屈折率Δnについて計算値と実験値の回帰式を作成し、回帰式を用いることでより精度の高い予測をすることもできる。回帰式は、下記の通りである。
Δn(回帰式)=1.39×Δn(計算値)−0.032
【符号の説明】
【0051】
10…固有複屈折率計算装置、11…高分子モデル生成部、12…構造最適化部、13…分極率算出部、14…固有複屈折率算出部、15…出力部、20…外部装置。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
情報処理装置において、高分子の固有複屈折率を算出する固有複屈折率計算方法であって、
パラメータの入力を受け付けて、当該パラメータに基づいて複数のモノマーから構成される前記高分子のモデルを生成する高分子モデル生成ステップと、
前記高分子モデル生成ステップにおいて生成されたモデルの構造を力学的に最適化する構造最適化ステップと、
前記構造最適化ステップにおいて最適化されたモデルを用いて、当該モデルを構成する前記モノマーの主鎖に該当する原子間ベクトルを主軸として当該モノマー各々の分極率を算出して、当該モノマー各々の分極率の総和を当該モデルの分極率を算出する分極率算出ステップと、
前記分極率算出ステップにおいて算出された分極率から前記高分子の固有複屈折率を算出する固有複屈折率算出ステップと、
前記固有複屈折率算出ステップにおいて算出された固有複屈折率を出力する出力ステップと、
を含む固有複屈折率計算方法。
【請求項2】
前記構造最適化ステップにおいて、分子動力学計算及び分子力学計算、若しくは分子動力学計算のみによって構造最適化することを特徴とする請求項1に記載の固有複屈折率計算方法。
【請求項3】
前記分極率算出ステップにおいて、前記構造最適化ステップにおいて最適化されたモデルの原子間ベクトルを算出して、当該原子間ベクトルと原子間結合の種類によって決まる結合分極パラメータとを用いて前記モノマー各々の分極率を算出することを特徴とする請求項1又は2に記載の固有複屈折率計算方法。
【請求項4】
高分子の固有複屈折率を算出する固有複屈折率計算装置であって、
パラメータの入力を受け付けて、当該パラメータに基づいて複数のモノマーから構成される前記高分子のモデルを生成する高分子モデル生成手段と、
前記高分子モデル生成手段によって生成されたモデルの構造を力学的に最適化する構造最適化手段と、
前記構造最適化手段によって最適化されたモデルを用いて、当該モデルを構成する前記モノマーの主鎖に該当する原子間ベクトルを主軸として当該モノマー各々の分極率を算出して、当該モノマー各々の分極率の総和を当該モデルの分極率を算出する分極率算出手段と、
前記分極率算出手段によって算出された分極率から前記高分子の固有複屈折率を算出する固有複屈折率算出手段と、
前記固有複屈折率算出手段によって算出された固有複屈折率を出力する出力手段と、
を備える固有複屈折率計算装置。


【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate


【公開番号】特開2011−60275(P2011−60275A)
【公開日】平成23年3月24日(2011.3.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−179534(P2010−179534)
【出願日】平成22年8月10日(2010.8.10)
【出願人】(000002093)住友化学株式会社 (8,981)
【Fターム(参考)】