説明

土壌からの亜酸化窒素発生の抑制方法

【課題】 現行の窒素施肥量を減らすことなく、また現状の作物生産体系を変えることなしに、土壌からの亜酸化窒素発生量を抑制するための抑制方法を提供する。
【解決手段】 土壌からの亜酸化窒素発生を抑制する方法であって、少なくとも、炭素(C)400〜600g/kg、カリウム(K)5〜15g/kg、マグネシウム(Mg)5〜10g/kg、硫酸イオン(SO42-)0.5〜2g/kgを含む炭化物、例えば生ゴミを乾留して得られた生ゴミ炭を、土壌1m2当たり10kg以下添加する。
この生ゴミ炭は、生ゴミを直接またはごみ固形燃料(RDF)化した後に乾留して得られたものであってもよい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、現行の窒素施肥量を減らすことなく、また現状の作物生産体系を変えることなしに、土壌(農耕地)から発生する亜酸化窒素量を抑制する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
亜酸化窒素(以下、「N2O」とも言う)は、二酸化炭素の約300倍の地球温暖化係数を有する化合物で、地球全体の発生量の約6割が農耕地に由来する。
作物生産に窒素肥料は欠かせないが、この施肥窒素の一部がN2Oとして大気中に放出されることが知られており、作物生産を維持・向上させ、同時にN2O発生量を削減する技術の開発が望まれている。
【0003】
2Oの発生・抑制メカニズムには、N2O生成酵素とN2O還元酵素との働きが大きく関与している。
2O還元酵素の働きを高めることができれば、土壌中に生成したN2Oが無害の窒素分子(N2)に変換されやすくなり、大気中への放出が抑制される。
このN2O還元酵素は、環境ストレスにより活性が低下しやすく、N2O生成酵素の活性にN2O還元酵素の活性が追いつかなくなると、余剰分のN2Oが大気中に放出することになる。
【0004】
既存のN2O削減技術方法としては、施肥窒素量を減らす(非特許文献1参照)、硝化抑制剤を添加する(非特許文献2参照)、被覆肥料に代替することで土壌中への肥料成分の溶出を抑える、などがある。
しかし、いずれも間接的であり有効な方法とはいえず、しかも現行の栽培管理を大きく変えるものである。
【非特許文献1】「Nitrous oxide emission in three years as affected by tillage, corn-soybean-alfalfa rotations, and nitrogen fertilization」 MacKenzie AF et al. 1998
【非特許文献2】「Nitrous oxide emission from soil and from a nitrogen-15-labelled fertilizer with the new nitrification inhibitor 3,4-dimethylpyrazole phosphate (DMPP)」 Linzmeier W et al. 2001
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、このような現状に鑑み、現行の窒素施肥量を減らすことなく、また現状の作物生産体系を変えることなしに、土壌(特に農耕地)からの亜酸化窒素発生量を抑制する方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記の課題を解決するために、まず、様々な陽イオン・陰イオンのN2O還元酵素活性に及ぼす影響を網羅的に調べたところ、ある種のイオン(あるいは塩)が特異的にN2O還元酵素の活性を高めることができるとの知見を得た。
例えば、塩化物イオンやカルシウムイオンは、N2Oの発生を促進するのに対し、マグネシウムイオンや硫酸イオンは、N2Oの発生を抑制することを見出した。
【0007】
次に、このような知見の下でさらに検討を重ねた結果、低コストや資源の有効利用を考慮して、廃棄物系バイオマスを乾留して得られた炭化物(以下、本明細書において「生ゴミ炭化物」と称する)に着目し、
α)生ゴミ炭化物にも、多くの陽イオン・陰イオンが含まれており、N2O還元酵素の活性を高めるイオン(塩)組成を有すること、
β)生ゴミ炭化物は孔隙率が高く、それら微細な孔隙に硝酸イオン(NO3-、NO2-)が入り込み、土壌中の微生物(脱窒菌群集)が硝酸塩呼吸(硝酸イオンからN2Oへの還元)を行い難くなること、をも見出し、本発明を完成するに至った。

なお、廃棄物系バイオマスとは、生ゴミ等の食品廃棄物、牛糞尿等の畜産廃棄物、建設発生木材等の木質系廃棄物、下水汚泥等の生活系廃棄物、古紙、黒液(パルプ工場廃液)等廃棄物となった生物資源をいう。
【0008】
すなわち、本発明は、少なくとも、炭素(C)400〜600g/kg、カリウム(K)5〜15g/kg、マグネシウム(Mg)5〜10g/kg、硫酸イオン(SO42-)0.5〜2g/kgを含有する炭化物を、土壌1m2当たり10kg以下添加することを特徴とする土壌からの亜酸化窒素発生の抑制方法を要旨とするものである。
このとき、炭化物は、廃棄物系バイオマスを出発原料とし、この出発原料を直接乾留して得られたものであってもよいし、または廃棄物系バイオマスを一旦破砕、乾燥および成形してごみ固形燃料(RDF;Refuse Derived Fuel)化した後に乾留して得られたものであってもよい。
このごみ固形燃料は、1/5〜1/7に減容化され、臭気も低いので、運搬や貯蔵に有利である。
【0009】
本発明に用いる炭化物は、少なくとも、炭素(C)400〜600g/kg、カリウム(K)5〜15g/kg、マグネシウム(Mg)5〜10g/kg、硫酸イオン(SO42-)0.5〜2g/kg、を含むことが重要である。
ちなみに、この炭化物は、カリウムやマグネシウムを比較的多量に含んでアルカリ性を示すため、通常酸性である日本の農耕地などに該炭化物を添加することで、土壌の酸度が緩和されるうえ、このpH中和作用もN2O還元酵素の活性を高める一因となる。
【0010】
(1)炭素(C)は、少なすぎると、炭化物全体の孔隙率が低下するため、土壌中の硝酸含量(硝酸イオン濃度)の低減効果が十分に得られず、多すぎても、この効果が飽和してしまうため、本発明では、上記範囲内が好ましく、より好ましくは500〜550g/kgである。
(2)カリウム(K)は、少なすぎると、土壌の酸性条件が緩和されにくく、また多すぎると、カリウムイオンの親塩化物イオン性により、脱窒菌の殺菌作用を有する塩化物イオンを集積させやすくなるため、本発明では、上記範囲内が好ましく、より好ましくは10〜12g/kgである。
(3)マグネシウム(Mg)は、少なすぎると、土壌の酸性条件が緩和されにくいうえ、N2O還元酵素の活性が十分に高められず、また、多すぎても、この効果が飽和してしまうため、本発明では、上記範囲内が好ましく、より好ましくは7〜8g/kgである。
(4)硫酸イオン(SO42-)は、少なすぎると、N2O還元酵素の活性が十分に高められず、また、多すぎても、この効果が飽和してしまうため、本発明では、上記範囲内が好ましく、より好ましくは0.8〜1.8g/kgである。
【0011】
なお、上記(1)〜(4)の成分のうちカリウム、マグネシウム、硫酸イオンは、塩として含まれていてもよい。
本発明の炭化物に含まれる塩組成としての、例えば、脱窒菌の殺菌作用をもたらす塩化ナトリウムや硫酸ナトリウム(Na2SO4)、土壌中にイオンとして溶けにくい硫酸カルシウム(CaSO4)などは、N2Oの発生を促進するのに対し、硫酸マグネシウム(MgSO4)などは、N2Oの発生を抑制する傾向がある。
このため、本発明に用いる炭化物においては、ナトリウムと塩素の含有量はそれぞれ、20g/kg以下であることが好ましい。
【0012】
また、本発明に用いる炭化物中に、上記(1)〜(4)の成分のほかに、リン、亜鉛、カルシウム等を効果的なかつ支障とならない範囲で添加してもよい。
【0013】
以上のような成分で構成される炭化物を、(作付け前などに)土壌に添加することによって、土壌のpHが上昇するとともに、N2O還元酵素の働きが促進されるため、土壌からのN2O発生が効果的に抑制され得る。
【0014】
このような炭化物の具体例としては、上記(1)〜(4)の成分を少なくとも含む炭化物であれば、特に限定されず、例えば、木炭、汚泥炭、生ゴミ炭(すなわち、生ゴミ炭化物)、鶏糞炭、牛糞炭、その他の家畜・家禽糞炭などが挙げられ、これら炭化物を、単独で使用してもよいし、適宜の組み合わせによる2種以上を混合して使用してもよい。
【0015】
本発明では、上記炭化物の中でも、生ゴミ炭化物を好適に用いることができる。
以上のような各種炭化物の出発原料である廃棄物系バイオマスは、平成14年に閣議決定された「バイオマス・ニッポン総合戦略」においても有効利用が推奨され、発生量の80%(炭素量換算)以上の利活用が具体的目標として掲げられている。しかしながら、廃棄物系バイオマスの中でも、特に食品廃棄物(生ゴミ)は、年間発生量1900万トンの約90%が焼却・埋立て処分されており、利活用されていない。
木炭などが土壌改良資材として認定されているように、生ゴミ炭化物にも土壌の透水性・通気性の向上効果、養分供給効果、さらにはトマト青枯病などの土壌病害をもたらす病原菌密度を減少させる効果等があることがわかってきている(特開2005−6593「トマトの連作障害並びに青枯病の抑止方法」参照)。
【0016】
生ゴミ炭化物は、廃棄物系バイオマスを直接乾留させてもよく、RDF化施設で廃棄物系バイオマスを原料として製造したRDFを乾留させてもよい。また、一般に市販されている生ゴミ炭化物(例えば、日本リサイクルマネジメント(株)製 商品名“リバーエコ炭(登録商標)”等)をそのまま用いていてもよい。
【0017】
このように、本発明では、悪臭が出やすく資源化が難しいため、現在その9割以上が焼却や埋立て処理されている生ゴミを始めとする廃棄物系バイオマスを再利用できるうえ、土壌へ施用するだけで、現行の窒素施肥量や作物生産体系を変えることなく土壌からの亜酸化窒素発生量が抑制できるという大きな効果を奏する。
【0018】
また、本発明では、上記のような炭化物を、土壌100g(乾土重:乾土とは105℃にて一晩乾燥させたもの)に対し、20容量%以下に添加することが好ましく、これを目安にすれば、我が国の場合、年間を通じて、1m2当たり10kg以下とすることが適している。
但し、土壌中への炭化物の過剰な添加は、作物の発育や生育の阻害を引き起こす虞れがあり、また、少なすぎると十分な亜酸化窒素抑制の効果が得られないため、より好ましくは1m2当たり1〜7kg程度である。
【0019】
本発明のN2O抑制用有機系炭化物が添加される土壌については、施肥窒素が問題となっている農耕地、育苗ポット中の土壌、公園、緑地帯、ゴルフ場など、特に限定されず、また、土壌の種類についても、黒ボク土、褐色森林土、黄色土、灰色低地土、褐色低地土など、特に限定されないが、一般的に酸性土壌(pH6.0以下)においてより好ましい効果が得られる。
【0020】
このような土壌に、本発明の炭化物を添加する方法については、作付け前に一度に添加してもよく、あるいは、作付け前から作付け後に亘って数回に分けて添加してもよく、添加方法において何ら制限されるものではない。
添加する際には、対象土壌の地表に施用後、ロータリー等で十分に耕耘することが好ましい。表面に施用しただけでは、該有機系炭化物が風などにより飛散する可能性がある。作土以下にも硝酸塩呼吸を行う微生物(脱窒菌群集)が存在するため、上記作土以深0.2〜0.3m程度まで掘り起こすことがより好ましい。
なお、N2Oの発生が高まると想定される、乾燥後の雨天時(潅水時)に前もって添加するとより効果的である。
【0021】
添加・混合後は、通常通りの作物(植物)栽培を行えばよい。
したがって、本発明では、現行の窒素施肥量を減らすことなく、また現状の栽培管理方法を変えることなしに、それら土壌から発生する亜酸化窒素量を上述のような炭化物を施用することで削減できる。
【0022】
なお、本発明による炭化物のほかに、必要に応じて、本発明の特性を損なわない範囲において、土壌(農耕地)中に、通常の土壌消毒剤、土壌改良剤、化学肥料、有機質肥料、堆肥などを適宜添加してもよい。
【発明の効果】
【0023】
本発明の炭化物を、農耕地などの土壌に施用するだけで、土壌のpHが上昇するとともに、N2O還元酵素の働きが促進され、土壌からのN2O発生を効果的に抑制することができる。
したがって、現行の窒素施肥量を変更することもなく、また現状の作物生産体系を変えることなしに、土壌からの亜酸化窒素発生量の抑制が実現できる。
【実施例】
【0024】
〔各種炭化物の土壌施用による亜酸化窒素発生ポテンシャル(炭化物施用によるN2O発生量に及ぼす影響)の検討〕
実施例1〜3、比較例1
フィリピンのレイテ島にあるレイテ州立大学内圃場(N2O還元酵素活性が著しく低く、N2OをN2にまで還元できず、N2Oが発生しやすい土壌であることを確認している)から採取した耕地土壌(褐色土、pH(H2O)6.2,pH(KCl)4.7)3g(乾土重)に、下記に示す炭化物をそれぞれ容積比で2%となるように添加し、よく混合した。
さらに、基質として普通ブイヨン培地(脱窒菌の炭素源となる)、および施肥窒素として硝酸カリウム5mMを添加した後、土:水=1:2のスラリーとして直径18mmの試験管に分注し、飽和水分条件下、28℃で静置培養した。
【0025】
培養中、各土壌から発生する亜酸化窒素量を、熱伝導度検出器付きガスクロマトグラフィーで経時的に測定して、生育曲線を作成し、亜酸化窒素還元酵素活性を解析した。結果を、無添加の場合を100として図1に示す。
【0026】
なお、上記実験において用いた炭化物を、図1中の略号と共に以下に示す。
<実施例1〜3>
生ゴミ炭化物:日本リサイクルマネジメント(株)製 商品名“リバーエコ炭(登録商標)”(C:530g/kg,K:11g/kg,Mg:7.8g/kg)
牛糞炭:松丸恒夫・真行寺孝「牛ふん炭化物中リン酸、カリの肥料効果−特にコマツナに対する多量施用の影響−」日本土壌肥料学雑誌、76(1)、p53〜57(2005)で用いられたもの。
下水汚泥炭化物:凌祥之, 中川陽子、柬理裕、山岡賢(2003)「汚泥材料炭化物の化学肥料代替機能の解明」第14回廃棄物学会講論集I、p431〜432で用いられたもの。
<比較例1>
無添加:炭化物を添加しない区。
【0027】
図1に示すように、炭化物を添加した全ての土壌において、無添加区の土壌と比べて、亜酸化窒素発生ポテンシャルが20〜40%削減したことが認められた。
【0028】
〔実際の農地における亜酸化窒素発生量の検討〕
実施例4、比較例2
津久井草地土壌(神奈川県)30gに、上記実施例1で用いた生ゴミ炭化物(リバーエコ炭(登録商標))を容積比で10%となるように添加し、よく混合した。比較例として、無添加区を設けた。
【0029】
その後、亜酸化窒素発生が高まると想定される、乾燥後の雨をシミュレーションし、風乾土壌に最大容水量の80%となるように水を添加し、亜酸化窒素発生速度を経時的に測定した。
なお、各処理区につき上記操作を3反復行った。結果を図2に示す。
【0030】
図2に示すように、炭化物の添加により亜酸化窒素発生量を約90%削減できることが認められた。
【産業上の利用可能性】
【0031】
本発明の炭化物を用いた土壌からの亜酸化窒素発生の抑制方法によって、現行の窒素施肥量を減らすことなく、また現状の作物生産体系を変えることなしに、土壌からの亜酸化窒素発生を抑制することができる。
また、本発明に用いる炭化物が廃棄物系バイオマスを出発原料とした場合は、廃棄生ゴミ等の過剰問題の解決という効果をも奏する。
このような本発明による亜酸化窒素抑制方法は、例えば、農耕地、育苗ポット中の土壌、公園、緑地帯、ゴルフ場などに好適に使用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】本発明を使用した土壌施用により亜酸化窒素発生ポテンシャルが抑制される検討結果を示す図である。
【図2】実際の農耕地において亜酸化窒素発生量が抑制される検討結果を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも、
炭素(C)400〜600g/kg、
カリウム(K)5〜15g/kg、
マグネシウム(Mg)5〜10g/kg、
硫酸イオン(SO42-)0.5〜2g/kg、
を含有する炭化物を、
土壌1m2当たり10kg以下添加することを特徴とする土壌からの亜酸化窒素発生の抑制方法。
【請求項2】
前記炭化物は、廃棄物系バイオマスを出発原料とし、この出発原料を直接またはごみ固形燃料化した後に乾留して得られたものであることを特徴とする請求項1に記載の土壌からの亜酸化窒素発生の抑制方法。



【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2007−53966(P2007−53966A)
【公開日】平成19年3月8日(2007.3.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−243250(P2005−243250)
【出願日】平成17年8月24日(2005.8.24)
【出願人】(000004123)JFEエンジニアリング株式会社 (1,044)
【出願人】(504132881)国立大学法人東京農工大学 (595)
【Fターム(参考)】