説明

圧電薄膜素子

【課題】下部電極や圧電体層の表面粗さを制御して表面粗さを所定範囲に規定することに
より、圧電特性に優れた圧電薄膜素子を提供する。
【解決手段】基板1上に、下部電極2,3、圧電体層4、上部電極を有する圧電薄膜素子
において、圧電体層4は、(NaLi)NbO(0≦x≦1、0≦y≦1、0
≦z≦0.2、x+y+z=1)で表されるペロブスカイト型酸化物を主相とする圧電体
層であり、基板1は、Si基板であり、下部電極3の表面は、算術平均粗さRaが0.8
6nm以下、または二乗平均粗さRmsが1.1nm以下のいずれかの表面粗さである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ニオブ酸リチウムカリウムナトリウムなどの圧電体層を用いた圧電薄膜素子に関する。
【背景技術】
【0002】
圧電体は種々の目的に応じて様々な圧電素子に加工され、特に電圧を加えて変形を生じさせるアクチュエータや、逆に素子の変形から電圧を発生するセンサなどの機能性電子部品として広く利用されている。
アクチュエータやセンサの用途に利用されている圧電体としては、大きな圧電特性を有する鉛系の誘電体、特にPZTと呼ばれるPb(Zr1−xTi)O系のペロブスカイト型強誘電体がこれまで広く用いられており、通常個々の元素からなる酸化物を焼結することにより形成されている。
【0003】
また、近年では環境への配慮から鉛を含有しない圧電体の開発が望まれており、ニオブ酸リチウムカリウムナトリウム(一般式:(NaLi)NbO(0<x<1、0<y<1、0<z<1、x+y+z=1)等が開発されている。このニオブ酸リチウムカリウムナトリウムは、PZTに匹敵する圧電特性を有することから、非鉛圧電材料の有力な候補として期待されている。
【0004】
一方、現在、各種電子部品の小型かつ高性能化が進むにつれ、圧電素子においても小型化と高性能化が強く求められるようになった。しかしながら、従来からの製法である焼結法を中心とした製造方法により作製した圧電材料は、その厚みが特に10μm以下の厚さになると、材料を構成する結晶粒の大きさに近づき、その影響が無視できなくなる。そのため、特性のばらつきや劣化が顕著になるといった問題が発生し、それを回避するために、焼結法に代わる薄膜技術等を応用した圧電体の形成法が近年研究されるようになってきた。
【0005】
最近、RFスパッタリング法で形成したPZT薄膜が、高精細高速インクジェットプリンタのヘッド用アクチュエータや、小型低価格のジャイロセンサとして実用化されている(例えば、特許文献1、非特許文献1参照)。また、鉛を用いないニオブ酸リチウムカリウムナトリウムの圧電薄膜を用いた圧電薄膜素子も提案されている(例えば、特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平10−286953号公報
【特許文献2】特開2007−19302号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】中村僖良 監修、「圧電材料の高性能化と先端応用技術」、サイエンス&テクノロジー刊、2007年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
圧電薄膜として非鉛圧電体薄膜を形成することにより、環境負荷の小さい、インクジェットプリンタ用ヘッドやジャイロセンサを作成することができる。非鉛圧電体薄膜の具体的な候補として、ニオブ酸リチウムカリウムナトリウムの薄膜化の基礎研究が進められている。しかしながら、PZTと同等な大きな圧電定数を有するニオブ酸リチウムカリウムナトリウムの圧電薄膜を、再現性よく製造するのは困難であった。
【0009】
また、応用面において低コスト化を図るためには、Si基板やガラス基板の上に非鉛圧電体薄膜を制御良く形成する技術を確立することも不可欠である。Si基板やガラス基板を用いてアクチュエータやセンサを作製する場合、圧電体薄膜の上下には電極が必要であるが、従来技術では上部・下部電極及び圧電体薄膜の表面粗さが粗く表面凹凸が大きいため、加工を施してデバイスを形成する際、所定の形状や表面状態に安定的に加工することが難しく、製造上の歩留り低下を引き起こすという問題があった。また、デバイス表面の凹凸が大きいために、リーク電流の発生、あるいは圧電体の粒界部分の電界集中によるエージング特性の劣化が起こり、結果として、圧電定数や製品寿命の低下を引き起こしていた。
【0010】
本発明の目的は、上記課題を解決するために、下部電極の表面粗さを制御して表面粗さを所定範囲に規定することにより、圧電特性に優れた圧電薄膜素子を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するために、本発明は次のように構成されている。
本発明の第1の態様は、基板上に、下部電極、圧電体層、上部電極を有する圧電薄膜素子において、前記圧電体層は、(NaLi)NbO(0≦x≦1、0≦y≦1、0≦z≦0.2、x+y+z=1)で表されるペロブスカイト型酸化物を主相とする圧電体層であり、前記基板は、Si基板であり、前記下部電極の表面は、算術平均粗さRaが0.86nm以下、または二乗平均粗さRmsが1.1nm以下のいずれかの表面粗さである圧電薄膜素子である。
【0012】
本発明の第2の態様は、第1の態様の圧電薄膜素子において、前記下部電極が、前記基板に対して垂直方向に(111)優先配向である圧電薄膜素子である。
また、前記下部電極は前記基板上に設けられる接着層と該接着層上に設けられる電極層とを有し、かつ前記接着層は厚さ0.084nm以上10nm以下のTi膜から構成されてもよい。
【0013】
本発明の第3の態様は、第1の態様又は第2の態様の圧電薄膜素子において、前記下部電極上に形成された前記圧電体層の表面の最大最小粗さは、前記圧電体層の平均膜厚に対して23%以下である圧電薄膜素子である。
【0014】
本発明の第4の態様は、第1の態様又は第2の態様の圧電薄膜素子おいて、前記下部電極上に形成された前記圧電体層の表面の算術平均粗さRaまたは二乗平均粗さRmsが、前記圧電体層の平均膜厚に対して2.7%以下である圧電薄膜素子である。
【0015】
本発明の第5の態様は、第1〜第4の態様のいずれかの圧電薄膜素子において、前記圧電体層の表面は、算術平均粗さRaが4.1nm以下、二乗平均粗さRmsが4.8nm以下、最大最小粗さが200nm以下のいずれかの表面粗さである圧電薄膜素子である。
【0016】
本発明の第6の態様は、第1〜第5の態様のいずれかの圧電薄膜素子において、前記圧電体層の一部に、ABOの結晶層、ABOの非晶質層、またはABOの結晶と非晶質とが混合した混合層のいずれかを含む圧電薄膜素子である。ただし、AはLi、Na、K、Pb、La、Sr、Nd、Ba、Biのうちから選択される1種類以上の元素であり、BはZr、Ti、Mn、Mg、Nb、Sn、Sb、Ta、Inのうちから選択される1種類以上の元素であり、Oは酸素である。
【0017】
本発明の第7の態様は、第1〜第6の態様のいずれかの圧電薄膜素子において、前記圧電体層は、前記基板に対して垂直方向に(001)優先配向である圧電薄膜素子である。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、下部電極の表面粗さを制御して表面粗さを所定範囲に規定することにより、圧電特性の良好な圧電薄膜素子を実現している。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本発明の実施例1に係る圧電薄膜付き基板の概略的な断面図である。
【図2】実施例1の圧電薄膜付き基板のX線回折パターンの図である。
【図3】実施例1、比較例1のPt下部電極表面をAFMで観察したAFM観察像である。
【図4】実施例1、比較例1のKNN圧電薄膜表面をAFMで観察したAFM観察像である。
【図5】本発明の実施例2に係る圧電薄膜素子の概略的な断面図である。
【図6】本発明の実施例3に係る圧電薄膜素子の概略的な断面図である。
【図7】圧電薄膜素子における印加電界と圧電定数との相関図である。
【図8A】Pt下部電極の表面粗さと圧電定数との相関図である。
【図8B】Pt下部電極の表面粗さと圧電定数との相関図である。
【図9】Pt下部電極の表面粗さとその上部に形成されるKNN圧電体層の表面粗さとの相関図である。
【図10】圧電体層表面の表面粗さと圧電定数との相関図である。
【図11】圧電体層の平均膜厚に対する表面粗さの相対値と圧電定数との相関図である。
【図12】圧電体層の平均膜厚に対する最大最小表面粗さの相対値と圧電定数との相関図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下に、本発明に係る圧電薄膜素子の実施形態を説明する。
【0021】
本実施形態の圧電薄膜素子は、基板と、前記基板の表面に形成される酸化膜と、前記酸化膜上に形成される下部電極と、前記下部電極上に形成されるぺロブスカイト型の圧電体層と、前記圧電体層上に形成される上部電極とを有する。
前記圧電体層は、(NaLi)NbO(0≦x≦1、0≦y≦1、0≦z≦
0.2、x+y+z=1)で表されるペロブスカイト型酸化物を主相とする圧電体層であり、また、前記基板は、Si基板である。
さらに、前記下部電極の表面は、算術平均粗さRaが0.86nm以下、または二乗平均粗さRmsが1.1nm以下のいずれかの表面粗さである。
【0022】
前記基板としては、Si基板が低価格でかつ工業的に実績のあるので好ましいが、Si基板以外にも、MgO基板、SrTiO基板、SrRuO基板、ガラス基板、石英ガラス基板、GaAs基板、GaN基板、サファイア基板、Ge基板、ステンレス基板などを用いることができる。
Si基板の表面に形成される前記酸化膜は、熱酸化により形成される熱酸化膜、CVD(Chemical Vapor Deposition)法により形成されるSi酸化膜などが挙げられる。なお、石英ガラス、MgO、SrTiO、SrRuOなどの酸化物基板の場合には、基板上に前記酸化膜を形成せずに、直接Pt電極などの下部電極を形成しても良い。
【0023】
前記下部電極は、PtもしくはPtを主成分とする合金からなる電極層、またはこれらを積層した構造の電極層であることが好ましい。また、前記下部電極は、前記基板に対して垂直方向に(111)面方位に優先配向して形成されるのが好ましい。なお、基板とPtもしくはPtを主成分とする合金からなる電極層との間に、基板との密着性を高めるためのTi等の接着層(密着層)を設けても良い。
【0024】
(111)面など所望の方向に優先配向したPt等の下部電極の表面は、平滑化が促進された形状が実現される。Pt下部電極の表面粗さを、原子間力顕微鏡(Atomic Force Microscopy;AFM)で測定した結果、1μm平方の観察範囲において、算術平均粗さが0.86nm以下である箇所、二乗平均粗さが1.1nm以下である箇所、最大最小粗さが30nm以下である箇所、のいずれかが少なくとも1箇所以上存在していた。なお、表面凹凸を、SEM(走査型電子顕微鏡)やTEM(透過型電子顕微鏡)で測定しても良い。
【0025】
前記圧電体層は、(NaLi)NbO(0≦x≦1、0≦y≦1、0≦z≦0.2、x+y+z=1)で表されるペロブスカイト型酸化物を主相とする圧電体層でよく、例えば、ニオブ酸カリウムナトリウムやニオブ酸リチウムカリウムナトリウムに、圧電特性や表面粗さを損なわない範囲で、所定量のTa(タンタル)やV(バナジウム)などをドーピングしても良い。前記圧電体層は、RFスパッタリング法などを用いて形成される。
【0026】
ところで、ニオブ酸リチウムカリウムナトリウム膜(ニオブ酸カリウムナトリウム膜の場合も含む)との格子整合を考えていない、Si基板などの基板上に、下部電極を形成し、その上部にニオブ酸リチウムカリウムナトリウム膜を形成すると多結晶薄膜となる。従来は、結晶配向性に関して考慮することなく形成していたため、ニオブ酸リチウムカリウムナトリウム膜はランダム配向の多結晶薄膜として形成されていた。
また、従来は、前記圧電薄膜の下地にあたる下部電極の表面凹凸の大きさについて、配慮を行うことなく成膜を行っていた。このため、ニオブ酸リチウムカリウムナトリウム膜の表面凹凸は非常に大きかった。その理由は、圧電薄膜を形成する際、結晶成長速度の面方位依存性が影響していること、及び下部電極の表面の大きな凹凸が、その上部に形成される圧電薄膜の成長方向をランダムにさせたことによるものと考えた。
【0027】
そこで、はじめに、ニオブ酸リチウムカリウムナトリウム膜を同一の面方位に表面が向くように、一軸性の配向をもつ多結晶薄膜を作製する検討を行った。その方法として、下地の下部電極をアモルファスではなく結晶状態にして、結晶状態の下部電極の上部にニオブ酸リチウムカリウムナトリウム膜を形成した。
結晶状態の下部電極は、Pt等の結晶構造が立方晶の場合、原子の最密面である(111)面に配向する。例えば、常温の基板にPtを成膜するとアモルファス状態のPt薄膜となるが、基板を加熱してスパッタリング法を用いて成膜すると、(111)に優先配向した結晶状態のPt薄膜が形成される。この結晶状態のPt下部電極の上に形成されるニオブ酸リチウムカリウムナトリウム膜は、Pt下部電極表面に露出した結晶面の構造をもとに、(001)面に配向した状態となり、結果として表面平坦性が大幅に向上する。
【0028】
次に、ニオブ酸リチウムカリウムナトリウム膜の成長が一方向となるように、下地となるPt等の下部電極の表面を平坦化する検討を行った。Pt等の下部電極の表面を平坦化させる方法の一つは、下部電極の膜厚を厳密に制御して、下部電極層の表面凹凸を小さくする方法である。
また、Pt等の下部電極表面を平坦化させる他の方法は、多結晶であるPt等の下部電極層について、その結晶粒子のサイズが均一になるように制御して形成することによって、下部電極層の表面を平坦化する方法である。
下部電極の表面を平坦化した結果として、下部電極の上部に形成するニオブ酸リチウムカリウムナトリウム膜は、表面平坦性が大幅に向上する。
【0029】
下部電極の膜厚を厳密に制御して、下部電極層の表面凹凸を小さくする方法には次のような方法がある。
スパッタリング成膜法の場合、投入電力を変化させることによって成膜レートを増減させて、ある一定時間の成膜のもとで膜厚を増加または減少させることで膜厚を制御することができる。また、スパッタリングに用いる成膜動作ガスであるArの圧力を増減させることによって同様な効果が得られる。Pt等の多結晶膜の膜厚を大きくすると(成長時間を長くすると)、膜中に異常成長した結晶粒子が数多く点在するようになり、さらに、それらの結晶粒子サイズが大きくなる。その結果、大きな結晶粒子と小さな粒子が所々で共存することになるため、Ptの表面の凹凸形状は大きくなる。そこで、異常成長の結晶粒子が局所的には全く存在しないか、あるいは異常成長した結晶粒子のサイズが小さい状態であるような下部電極を実現するためには、膜厚を厳密に制御すること(この場合は、膜厚を小さくすること)によって、平坦化が可能となる。
また、Pt等の下部電極を多段階で成膜、すなわち薄膜の多層膜として形成させるように、断続的に成膜する。これにより、成膜中にPtの結晶粒子の異常成長が顕著になる前に一旦中断し、その後に再び成膜するという断続的な成膜を繰り返し、少しずつ積層することによって、膜厚の均一性を確保することができる。さらに、下部電極を成膜する基板を成膜中に自公転させることによって、Pt等の膜厚の分布を小さくでき、膜厚分布を制御することができる。あるいは、スパッタリング法で成膜する場合、原料ターゲット側を自公転してもよい。その他、不均一な膜厚を備えた下部電極表面に対して、研削・研磨などの機械加工を行うか、CMP(Chemical Mechanical Polishing)と呼ばれる化学機械研磨を行うか、あるいはArイオンなどによるスパッタエッチングを行うことで、膜厚を制御することができる。
【0030】
また、多結晶であるPt等の下部電極について、その結晶粒子のサイズが均一になるように制御して形成することによって、下部電極の表面を平坦化する方法には次のような方法がある。
Pt等の薄膜が(111)面方位に高配向になるように、個々の結晶粒子の向きをそろえるように成膜することによって、結晶粒子がランダムな方向に成長して生じる局所的な結晶粒子の異常成長、結晶粒界間の拡大などの影響を抑制することが可能となる。その結果、結晶粒子のサイズは均一となり、下部電極の表面が平坦化する。この結晶粒子サイズの均一化の制御には、高配向を達成する方法と同じく、下地となるTi接着層(密着層)をl0nm以下の膜厚に形成することが有効であり、好ましくは2.1nm以下の膜厚とすると良い。高平坦化のためには、少なくとも1原子層程度の薄膜の接着層を形成することが望ましく、Ti接着層の下限値を0.084nmとした。さらに、Pt成膜温度を室温より高い200℃以上に設定することが有効である。また、個々のPt結晶粒子の核となる、PtあるいはPtを含む合金組成の数nm膜厚のシード層を下部電極の下地に形成し、その上部に下部電極を成膜することによって、均一なPtの結晶粒子を成長させることができる。
【0031】
なお、ニオブ酸リチウムカリウムナトリウム膜の配向状態をより改善するために、上記の実施の形態において、前記下部電極と前記圧電体層との間に、前記圧電体層の配向性を向上させるための配向制御層を設けても良い。
配向制御層はLaNiO、LaAlO、SrTiO、SrRuO、La0.6Sr0.4FeO、La0.6Sr0.4CoO、KNbO、NaNbO及びこれらの固溶体、もしくはこれらのいずれかを含む積層体が好ましい。例えば、LaNiOなど(001)に揃いやすい配向制御層を形成し、その上部にニオブ酸リチウムカリウムナトリウム薄膜を形成すると、(001)に優先配向したニオブ酸リチウムカリウムナトリウム薄膜が得やすくなる。
【0032】
上記の実施形態の圧電薄膜素子を所定形状に成形し、電圧印加手段、電圧検出手段を設けることにより各種のアクチュエータやセンサなどの圧電体デバイスや、小型装置、例えばMEMS(micro electro mechanical system)を作製することができる。電極や圧電薄膜の平坦化によって、圧電薄膜素子やこれを用いた圧電体デバイスの圧電特性向上や安定化を実現でき、また製造歩留りを向上でき、高性能なマイクロデバイスを安価に提供することが可能になる。
【実施例】
【0033】
次に、本発明の実施例を説明する。
【0034】
(実施例1)
図1に、実施例1の圧電薄膜付き基板の概略的な断面図を示す。実施例1においては、酸化膜を有するSi基板1上に接着層2を形成し、接着層2上に下部電極層3とペロブスカイト構造のニオブ酸カリウムナトリウム(以下、KNNと記す)の圧電体層4を形成した圧電薄膜付き基板を作製した。以下、その製造方法を述べる。
【0035】
始めに、Si基板1の表面に熱酸化膜(図示省略)を形成し、その熱酸化膜上に下部電極を形成した。本実施例では、下部電極は、接着層2として形成した厚さ2.0nmのTi膜と、このTi膜上に下部電極層3として形成した厚さ200nmのPt薄膜からなる。Ti膜及びPt薄膜の形成にはスパッタリング法を用いた。Pt薄膜の形成には、スパッタリング用ターゲットとしてPt金属ターゲットを用い、スパッタリング用ガスには100%Arガスを使用した。成膜時のスパッタリング投入電力は75Wとし、基板温度を300℃に設定し、200nmの膜厚となるように成膜を行い、実施例1の多結晶薄膜のPt薄膜を形成した。また、比較例1として、基板加熱温度を700℃に変更した以外は、全て前記成膜条件と同じにしてPt薄膜を作製した。
【0036】
下部電極層3であるPt薄膜の表面凹凸を、AFM(原子間力顕微鏡)で調べた。測定にはプローブ先端の曲率半径が1nm以上のものを用い、1μm×1μmの範囲を4nmピッチで走査して表面粗さを解析した。ここで示す表面粗さの算術平均粗さRa、二乗平均粗さRms及び最大最小粗さRmax(JIS B0601の最大高さに相当)は、測定した表面凹凸形状(曲面)に対して、以下の方法で表面粗さを見積もった(後述のKNN膜の表面凹凸も同様)。表面粗さはAFMで測定した凹凸全データの最高値と最低値の差の標準偏差で表した。
【0037】
下記の式(1)は、二乗平均表面粗さRmsの定義式である(長さの単位はnmである)。また、下記の式(2)は、中心面(この平面と表面形状がつくる体積はこの面に対し上下で等しくなる)に対する3次元の算術平均表面粗さRaの定義式である(長さの単位はnmである)。詳細は、東陽テクニカ発行の大型サンプルSPM観測システムオベレーションガイド(平成8年4月)に記載されている。
【0038】
【数1】

ここで、Nは測定データ点数、ziは測定点iの高さ、zi(ave)はziの平均値、Rmsは二乗平均表面粗さである。
【0039】
【数2】

ここで、Lxは表面のx方向の寸法、Lyは表面のy方向の寸法、f(x,y)は中心面に対するラフネス曲面、Raは算術平均表面粗さである。
【0040】
図3(b)に、実施例1のPt下部電極層3表面のAFM観察像を示す。実施例1のPt下部電極層では、その表面形状の解析値である算術平均粗さRa、二乗平均粗さRms、及び最大最小粗さRmaxが、それぞれ、0.83nm、1.1nm及び11.5nmであった。また、図3(a)に、比較例1のPt下部電極層の表面のAFM観察像を示す。比較例1のPt下部電極層では、実施例1よりも表面粗さが大きく、表面の算術平均粗さRa、二乗平均粗さRms、及び最大最小粗さRmaxが、それぞれ、2.0nm、2.5nm及び16.7nmとなった。
なお、Pt薄膜の膜厚を200nm以下に小さくすることによって、更に表面凹凸を小さくすることもできる。
【0041】
次に、実施例1及び比較例1のPt電極付きSi基板上に、圧電体層4としてKNN薄膜を形成した。KNN薄膜の成膜にもスパッタリング法を用いた。KNN薄膜の形成には、600℃の基板加熱を行い、Ar+Oの混合ガス(混合比はAr:O=9:1とした)によるプラズマでスパッタリングを実施した。ターゲットには(NaLi)NbO(x=0.5、y=0.5、z=0)の焼結体ターゲットを用いた。RF出力は100Wで、膜厚は3μmになるまで成膜を行った。
【0042】
こうして作製したKNN膜について、X線回折装置で結晶構造を調べた結果、300℃の基板加熱を行って形成した実施例1のPt薄膜は、図2のX線回折パターン(2θ/θスキャン測定)に示すように、Si基板1表面に垂直な向きにPt(111)面に配向した薄膜が形成されていることが判った。また、実施例1のPt(111)面に配向したPt膜上に形成したKNN膜については、図2示すように、KNN(001)に強く配向していることが判った。
【0043】
なお、基板加熱を行わずに、常温でPt薄膜を成膜した比較例2では、Pt薄膜をX線回折測定で調べた結果、特定の結晶面からの回折が存在せず、アモルファス状態となっていることが確認できた。また、常温で成膜した比較例2のPt膜上に形成したKNN膜には配向性がなく、ランダムな多結晶膜となっていることが判った。
【0044】
次に、実施例1及び比較例1の異なる表面凹凸を有する下部電極層3上に形成したKNN膜の圧電体層4の表面凹凸を、目視で観察したところ、表面粗さの大きい比較例1のPt電極上に形成したKNN膜は、表面に白濁のようなくすんだ模様を確認できた。一方、表面粗さの小さい実施例1のPt電極上に形成したKNN膜の表面は、きれいな鏡面状態であった。
更に、これら2つのKNN膜の表面凹凸をAFMで調べた。Pt下部電極のときと同様、1μm×1μmのエリアを4nmピッチで測定して表面粗さを求めた。図4(a)に、比較例1のKNN膜表面のAFM観察像を示す。また、図4(b)に、実施例1のKNN膜表面のAFM観察像を示す。
その解析結果から、表面凹凸の大きいPt電極の上部に形成した比較例1のKNN膜について、算術平均粗さRa、二乗平均粗さRms、最大最小粗さRmaxの値は、それぞれ21nm、28nm、199nmであった。これに対して、表面凹凸の小さいPt電極の上部に形成した実施例1のKNN膜は、表面の算術平均粗さRa、二乗平均粗さRms、最大最小粗さRmaxが、それぞれ4.0nm、3.2nm、28nmとなった。
この解析結果から、Pt下部電極を(111)面に配向させて結晶化させ、かつPt下部電極の表面凹凸を小さくさせ、その上部にKNN膜を形成することによって、KNN膜の表面状態を大幅に平坦化させることが可能になることが判った。
【0045】
また、スパッタリングの焼結体ターゲットの組成を変えて検討を行ったところ、(NaLi)NbOにおいて0≦x≦1、0≦y≦1、0≦z≦0.2、x+y+z=1の範囲で、同様に圧電薄膜の表面状態が大幅に平坦になり、表面の算術平均粗さRaが4.1nm以下である箇所、二乗平均粗さRmsが4.8nm以下である箇所、最大最小粗さが200nm以下である箇所のうちいずれかを満たす箇所が少なくとも1箇所以上あることが判った。更に、上記ターゲットにTaをドーピングした場合も同様の結果であった。
【0046】
(実施例2)
図5に、実施例2の圧電薄膜素子の断面図を示す。この実施例2では、酸化膜を有するSi基板1上に接着層2を形成した上部に、下部電極層3と、KNN膜の配向性を向上させる配向制御層である下地層6と、KNN膜の圧電体層4と、上部電極5とを形成した圧電薄膜素子を作製した。
実施例1と同様に、Si基板1上にTi膜の接着層2を介してPt薄膜の下部電極層3を形成し、下部電極層3を結晶化させてPt(111)配向させ、かつ表面平坦化させた。次に、このPt下部電極層3上に、下地層6としてLaNiO(Lanthan Nikel Oxide;LNO)膜を形成した。LNO膜はPt(111)上で容易に(001)面に配向する。LNO膜もスパッタリング法を用いて形成した。スパッタリングガスはAr+Oの混合ガス(混合比Ar:O=9:1)を用いた。RF電力は75Wとして200nmの膜厚になるように成膜した。このLNO膜のX線回折測定を行ったところ、LNO(001)に単独配向していることが判った。
このLNO膜の下地層6上に、KNN膜の圧電体層4を形成した。形成条件は実施例1と同様の条件とした。このようにして形成したKNN膜について、X線回折装置を用いて配向状態について評価した結果、実施例1で形成したKNN膜よりもKNN(001)により強く配向していることが判った。
【0047】
またAFMを用いてKNN膜の表面凹凸の評価を行った。プローブ先端の曲率半径が1nm以上のものを用い、評価は10μm×10μmのエリアを20nmピッチで測定して表面粗さを算出した。その結果、表面の算術平均粗さRa、二乗平均粗さRms、最大最小粗さRmaxが、それぞれ3.0nm、3.8nm、46.8nmとなり、良好な鏡面状態となることが判った。この結果から、よりKNN膜を配向させることによってより平坦にすることが可能であることが判った。
【0048】
次に作製したKNN膜の圧電体層4上に上部電極5を形成した。上部電極5の材料にはAl(アルミニウム)を選択し、真空蒸着法を用いて形成した。この上部電極5についても表面凹凸の評価を行った。その結果、表面の算術平均粗さRa、二乗平均粗さRms、最大最小粗さRmaxが、それぞれ3.0nm、3.6nm、40.2nmであり、十分に平坦であることがわかった。この結果から、平坦な圧電体層4の上部に形成した上部電極5の表面も圧電体層4とほぼ同じ平坦性となることが確認できた。
【0049】
次に、スパッタリングのターゲットの組成を変えて検討を行ったところ、(NaxKyLiz)NbOにおいて、0≦x≦1、0≦y≦1、0≦y≦0.2、x+y+z=1の範囲で同様に表面状態が鏡面となり、表面の算術平均粗さRaが4.1nm以下である箇所、二乗平均粗さRmsが4.8nm以下である箇所、最大最小粗さが200nm以下である箇所のうちいずれかを満たす箇所が少なくとも1箇所以上あることが判った。
【0050】
(実施例3)
図6に、実施例3の圧電薄膜素子の断面図を示す。実施例3では、酸化膜を有するSi基板1上に接着層2を形成した上部に、下部電極層3と、ニオブ酸ナトリウムの下地層7と、ニオブ酸リチウムカリウムナトリウムの圧電体層8と、上部電極5とを形成した圧電薄膜素子を作製した。
【0051】
この実施例3では、上記実施例2のLaNiOとは異なる下地層(配向制御層)を用いた場合の効果について調べた。下地層7としては、ニオブ酸ナトリウム(NaNbO)を用いた。また、本実施例3ではKNNにリチウムをドーピングしたニオブ酸リチウムカリウムナトリウム((NaLi)NbO、以下LKNNと記す)を圧電体層8に用いた。LKNNは、リチウム(Li)、カリウム(K)、ナトリウム(Na)、ニオブ(Nb)、酸素(O)の5元素で構成されるが、このうちリチウム、カリウムを含まないニオブ酸ナトリウム(NaNbO)を下地層7として用いれば、スパッタリングを行うチャンバー内が、圧電体層8の構成元素以外の物質で汚染される恐れがないことから、下地層7を成膜したチャンバーと同一のチャンバーを用いて圧電体層8の成膜ができ、下地層7、圧電体層8の成膜を連続して行うことが可能となる。
【0052】
まず、実施例2と同じPt膜付き基板を用意し、下部電極層3の上部にニオブ酸ナトリウムの下地層7を形成した。この下地層7の形成にはスパッタリング法を用いた。スパッタリングガスにはAr+O混合ガス(混合比はAr:O=8.5:1.5)を用い、RF電力は100Wとして200nmの膜厚になるように成膜した。このようにして形成したニオブ酸ナトリウム膜をX線回折装置で評価したところ、(001)面に優先配向していることが判った。
【0053】
次に、ニオブ酸ナトリウム膜の下地層7上に、LKNN膜の圧電体層8を成膜した。LKNN膜の成膜はスパッタリング法を用いた。成膜中は600℃の基板加熱を行い、Ar+Oの混合ガス(混合比はAr:O=9:1)によるプラズマでスパッタリングを実施した。ターゲットには、(NaLi)NbO(x=0.48、y=0.48、z=0.04)の焼結体ターゲットを用いた。RF出力は100Wで成膜を実施し、膜厚が3μmになるまで成膜を行った。
【0054】
このようにして形成したLKNN膜についてX線回折装置を用いて結晶性の評価を行ったところ、このLKNN膜は(110)、(001)面の二つの面に配向していることが判った。この試料についてAFMを用いて表面凹凸の評価を行った。評価は10μm×10μmのエリアを20nmピッチで測定して表面粗さを算出した。その結果、表面の二乗平均粗さRa、算術平均粗さRms、最大最小粗さRmaxが、それぞれ3.9nm、6.4nm、137.7nmとなり、表面は良好な鏡面状態となった。
以上の結果から、Pt(111)電極上に配向させて形成することが可能な物質であれば、下地層として用いることが可能であることが判った。このような材料について更に幾つかの材料について調べた。その結果、LaNiO、NaNbO以外に、LaAlO、SrTiO、SrRuO、La0.6Sr0.4FeO、La0.6Sr0.4CoO、KNbOで効果があった。また、これらを積層させる(LaNiO上にKNbOを形成等)ことや、固溶させること(La(Ni、Al)O等)も効果があった。
【0055】
また、上記LKNN膜の圧電体層8上に上部電極5を形成した。上部電極5の材料にはAlを選択し、真空蒸着法を用いて形成した。この上部電極5についても表面凹凸の評価を行った。その結果、表面の二乗平均粗さRa、算術平均粗さRms、最大最小粗さRmaxが、それぞれ3.0nm、5.5nm、110.3nmであり、十分に平坦であることがわかった。この検討から、平坦な圧電体層の上部に形成した上部電極の表面も圧電体層とほぼ同じ平坦性となることが確認できた。
【0056】
(実施例4)
本実施例4では、実施例1の(111)配向させたPt電極上のKNN膜と同様の構造を、Si基板以外の基板を用いて作製することを試みた。実施例1ではSi基板を用い、その上部には熱酸化膜を形成している。熱酸化膜はアモルファス状態であることから、その上部にPt(111)に配向して形成されたPt下部電極層はSi基板の結晶構造を引き継いでいない。Pt(111)配向は、立方晶であるPtの最密面に自己配向した結果である。このことから、Si基板以外の基板上であっても、基板の結晶構造と関わり無く、同様の構造を形成することが可能であろうとの考察から検討を実施した。その結果、石英ガラス基板上、MgO基板上、SrTiO基板上では直接、下部電極層のPt電極層を形成しても同様の効果があることが確認できた。また、ガラス基板上、Ge基板上、SUS基板上では実施例1の熱酸化膜の代わりにPE−CVD(Plasma Enhanced Chemical Vapor Deposition、プラズマCVD)によってSi酸化膜を形成することで同様の効果が得られることが判った。
【0057】
(表面粗さと圧電定数との関係)
次に、KNN圧電薄膜素子における、有効な圧電定数に対する圧電体層及び下部電極の表面粗さの適切な値(範囲)を検討した。図7に、表面粗さ(ここでは、二乗平均粗さRmsを記す)の異なるPt下部電極上に形成したKNN膜の圧電素子における、各圧電定数と印加電界との相関図を示す。図7から分かるように、両KNN膜の圧電素子について、その圧電定数は電界増加とともに大きくなることが分かる。また、明確なことは、Pt下部電極の表面粗さが小さいとき(表面粗さを低減させたとき)、圧電定数が大きくなることが分かる。特に、印加電界が6MV/mにおいて、Pt下部電極のRmsが1.1nmのとき(実施例1)の圧電定数は約100[任意単位]であり、Pt下部電極のRmsが2.5nmのとき(比較例1)の圧電定数は約70[任意単位]である。
ここで、圧電定数を任意単位としたのは、次の理由からである。圧電定数を求めるには、圧電体層のヤング率やポアソン比等の数値が必要であるが、圧電体層(圧電薄膜)のヤング率やポアソン比の数値を求めることは困難である。殊に、薄膜の場合は、バルク体と異なり、成膜時に使用される基板からの影響(拘束など)を受けるため,薄膜自身のヤング率やポアソン比(定数)の絶対値(真値)を原理的に求めることは困難です。そこで、現在までに知られているKNN膜のヤング率やポアソン比の推定値を用いて、圧電定数を算出した。従って、得られた圧電定数は推定値となることから、客観性を持たせるために、相対的な任意単位とした。ただし、圧電定数の算出に用いたKNN膜のヤング率やポアソン比の値は推定値とはいえ、ある程度、信頼性のある値であり、圧電定数の約100[任意単位]は、大体、圧電定数d31が100[−pm/V]であると言える。
【0058】
また、図8A(a)、(b)及び図8B(c)に、実施例の1つとしてPt下部電極の表面粗さRms、Ra、Rmaxと圧電定数との相関図を示す。このとき図8A(a)、(b)及び図8B(c)の横軸は、前記AFMを用いて表面凹凸定して求めた算術平均表面粗さRaと二乗平均表面粗さRmsと最大最小粗さRmaxである。単位はnmである。図8A、図8Bに示すように、印加電界の大きさに関係なく、圧電定数は、表面粗さRa、RmsおよびRmaxが小さくなるに従って大きくなる。特に、印加電界が6.7MV/mにおいては、算術平均表面粗さRaが5.3nm、または二乗平均表面粗さRmsが6.5nmになると、圧電定数はほぼゼロとなる。なお、図8A、図8Bには、圧電定数がゼロとなる領域に斜線のハッチングを施した。
仮に、使用される印加電界が約6.7MV/mであった場合、図8Aから分かるように、圧電定数が100[任意単位]を越えるような従来技術にあるPZT薄膜の圧電体素子程度の圧電定数を確保できる下部電極の表面粗さは、Raで0.86nm以下、またはRmsで1.1nm以下となる。
【0059】
次に、図9(a)及び(b)に、Pt下部電極の表面粗さRa、Rmsと、その上部に形成されるKNN圧電体薄膜の表面粗さとの相関図を示す。この図からわかるように、Pt下部電極の表面粗さRaが、2.3nmのとき、KNN膜の表面粗さは21nmであるが、Pt下部電極の表面粗さRaが小さい0.68nmのとき、KNN膜の表面粗さは2.0nmとなる。Pt下部電極の表面粗さの増加に従い、KNN薄膜の表面粗さが増加することが分かる。すなわち、下部電極の表面粗さを低減させることによって、圧電体薄膜の表面粗さを小さくすることができる。
【0060】
図10(a)及び(b)に、実施例の1つとしてKNN薄膜の算術平均表面粗さRa、二乗平均表面粗さRmsと、圧電定数との相関図を示す。この図に示すように、印加電界の大きさに関係なく、圧電定数が、KNN薄膜の表面粗さが小さくなるに従って大きくなる。そして逆に、表面粗さRmsおよびRaが大きくなるに従い圧電定数は小さくなる。ここで得られた相関関係をもとにして、Pt下部電極層とKNN薄膜の表面粗さを適切に制御することによって、各種デバイスに必要な性能を有する圧電素子を、製造することが可能となる。また、デバイスによっては、素子強度などの制御の観点から、膜厚を増減する必要性もある。
【0061】
図11に、KNN圧電体薄膜素子における、KNN薄膜の平均膜厚に対する算術平均粗さRaと二乗平均粗さRmsの相対値(単位:%)と圧電定数との相関図を示す。印加電界が6.7MV/mにおいては、算術平均表面粗さRaの膜厚に対する相対値が約2.3%、または二乗平均表面粗さRmsの相対値が約3.1%になると、圧電定数はほぼ0となる。言い換えれば、仮に、薄膜圧電体素子において、主に使用される印加電界が7MV/m程度であると考えた場合、本発明における所望の圧電定数を確保できるKNN薄膜の膜厚に対する平均表面粗さRa及びRmsは、2.7%以下である。
【0062】
更に、図12にKNN圧電体薄膜素子における、KNN薄膜の平均膜厚に対する最小最大表面粗さRmaxの相対値(単位:%)と圧電定数との相関図を示す。この図に示すように、印加電界の大きさに関係なく、圧電定数が、KNN薄膜の相対表面粗さが小さくなるに従って大きくなる。用いる印加電界が約7MV/mであると考えた場合、本発明における所望の圧電定数を確保できるKNN薄膜の相対表面粗さは、23%以下である。なお、図12には、圧電定数がゼロとなる領域に斜線のハッチングを施した。
【符号の説明】
【0063】
1 Si基板
2 接着層
3 下部電極層
4 圧電体層
5 上部電極
6 下地層
7 下地層
8 圧電体層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板上に、下部電極、圧電体層、上部電極を有する圧電薄膜素子において、
前記圧電体層は、(NaLi)NbO(0≦x≦1、0≦y≦1、0≦z≦0.2、x+y+z=1)で表されるペロブスカイト型酸化物を主相とする圧電体層であり、
前記基板は、Si基板であり、
前記下部電極の表面は、算術平均粗さRaが0.86nm以下、または二乗平均粗さRmsが1.1nm以下のいずれかの表面粗さであることを特徴とする圧電薄膜素子。
【請求項2】
請求項1に記載の圧電薄膜素子において、前記下部電極が、前記基板に対して垂直方向に(111)優先配向であることを特徴とする圧電薄膜素子。
【請求項3】
請求項1または2に記載の圧電薄膜素子において、前記下部電極は前記基板上に設けられる接着層と該接着層上に設けられる電極層とを有し、かつ前記接着層は厚さ0.084nm以上10nm以下のTi膜からなることを特徴とする圧電薄膜素子。
【請求項4】
請求項1乃至3に記載の圧電薄膜素子において、前記下部電極上に形成された前記圧電体層の表面の最大最小粗さが、前記圧電体層の平均膜厚に対して23%以下であることを特徴とする圧電薄膜素子。
【請求項5】
請求項1乃至3に記載の圧電薄膜素子において、前記下部電極上に形成された前記圧電体層の表面の算術平均粗さRaまたは二乗平均粗さRmsが、前記圧電体層の平均膜厚に対して2.7%以下であることを特徴とする圧電薄膜素子。
【請求項6】
上記請求項1乃至5のいずれかに記載の圧電薄膜素子において、前記圧電体層の表面は、算術平均粗さRaが4.1nm以下、二乗平均粗さRmsが4.8nm以下、最大最小粗さが200nm以下のいずれかの表面粗さであることを特徴とする圧電薄膜素子。
【請求項7】
請求項1乃至6のいずれかに記載の圧電薄膜素子において、前記圧電体層の一部に、ABOの結晶層、ABOの非晶質層、またはABOの結晶と非晶質とが混合した混合層のいずれかを含むことを特徴とする圧電薄膜素子。ただし、AはLi、Na、K、Pb、La、Sr、Nd、Ba、Biのうちから選択される1種類以上の元素であり、BはZr、Ti、Mn、Mg、Nb、Sn、Sb、Ta、Inのうちから選択される1種類以上の元素であり、Oは酸素である。
【請求項8】
請求項1乃至7のいずれかに記載の圧電薄膜素子において、前記圧電体層は、前記基板に対して垂直方向に(001)優先配向であることを特徴とする圧電薄膜素子。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8A】
image rotate

【図8B】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate

【図11】
image rotate

【図12】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate


【公開番号】特開2010−161330(P2010−161330A)
【公開日】平成22年7月22日(2010.7.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−114122(P2009−114122)
【出願日】平成21年5月11日(2009.5.11)
【出願人】(000005120)日立電線株式会社 (3,358)
【Fターム(参考)】