説明

垂直磁気記録媒体の製造方法

【課題】保磁力Hcと逆磁区核形成磁界Hn、およびSNRを総合的に向上させることにより、更なる高記録密度化を達成することが可能な垂直磁気記録媒体の製造方法を提供することを目的とする。
【解決手段】 本発明にかかる垂直磁気記録媒体の製造方法の構成は、基板110上に、軟磁性層130を成膜する軟磁性層成膜工程と、軟磁性層成膜後の基板に加熱処理を施す加熱工程と、加熱処理によって温度が上昇した状態で、軟磁性層上に、Niを主成分とし、少なくともBを1〜5at%含有する前下地層140を成膜する前下地層成膜工程と、前下地層の上方に、Ruを主成分とする下地層150を成膜する下地層成膜工程と、下地層の上方に、CoCrPt合金を主成分とする磁性粒子と酸化物を主成分とする非磁性の粒界部とからなる主記録層160を成膜する主記録層成膜工程と、を含むことを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、垂直磁気記録方式のHDD(ハードディスクドライブ)などに搭載される垂直磁気記録媒体の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年の情報処理の大容量化に伴い、各種の情報記録技術が開発されている。特に磁気記録技術を用いたHDDの面記録密度は年率100%程度の割合で増加し続けている。最近では、HDD等に用いられる2.5インチ径の垂直磁気記録媒体にして、320GByte/プラッタを超える情報記録容量が求められるようになってきており、このような要請にこたえるためには500GBit/Inchを超える情報記録密度を実現することが求められる。
【0003】
垂直磁気記録媒体の高記録密度化のために重要な要素としては、トラック幅の狭小化によるTPI(Tracks per Inch)の向上、及び、BPI(Bits per Inch)向上時のシグナルノイズ比(SNR:Signal to Noise Ratio)やオーバーライト特性(OW特性)などの電磁変換特性の確保、さらには、前記により記録ビットが小さくなった状態での熱揺らぎ耐性の確保、などが上げられる。中でも、高記録密度条件でのSNRの向上は重要である。
【0004】
SNRの向上は、主に記録ビットの境界の磁化遷移領域ノイズの低減により行われる。ノイズ低減のために有効な要素としては、磁気記録層の結晶配向性の向上、磁性粒子の粒径の微細化が挙げられる。中でも粒径の微細化はSNR改善に効果的であるが、他方、結晶配向性が低下しやすい傾向がある。
【0005】
また高記録密度化するためには、トラック幅を狭くする必要がある。トラック幅を狭くする方法の一つとして、保磁力Hcを高くする方法がある。保磁力Hcを高めるためには、まず単純に磁気記録層の膜厚を厚くすることが考えられるが、この場合は一般的にSNRが低下するというトレードオフがある。保磁力Hcを向上させるための他の手段としては、磁性粒子の結晶配向性を向上させることが考えられる。
【0006】
従来からも磁気記録層の結晶配向性を向上させるために、Ru等からなる下地層(中間層と言われる場合もある)を設けたり(例えば特許文献1)、さらにその下にfcc構造の前下地層(シード層と言われる場合もある)を設けたりした構成が知られている(例えば特許文献2)。特許文献2では、軟磁性膜が非晶質構造、下地膜(前下地層に相当する)をNiW合金、中間膜(下地層に相当する)をRu合金とすることにより、生産性に優れ、かつ高密度の情報の記録再生が可能な磁気記録媒体、その製造方法、および磁気記録再生装置を提供できると記載されている。更に、NiW合金からなる前下地層にBを添加することにより、前下地層の結晶粒子、ひいては記録層(磁気記録層とも称される)の磁性粒子の微細化を促進できることが知られている(例えば特許文献3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平7−334832号公報
【特許文献2】特開2007−179598号公報
【特許文献3】特開2009−110606号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
近年求められている320GByte/プラッタを超える磁気記録媒体では、従来の250GByte/プラッタの磁気記録媒体よりもいっそうの狭トラック幅を実現した上で、高いSNRを達成し、さらには熱揺らぎ耐性を確保する必要がある。熱揺らぎ耐性を確保するための目安としては、Hcを少なくとも5000[Oe]以上に保てばよい。
【0009】
さらに、近年の超高記録密度化に伴い、60℃程度の昇温条件下において、あるトラックに信号を書き込む際に隣接するトラックの信号も書き換わってしまう、いわゆる高温フリンジ(書きにじみ)といわれる現象が発生するようになった。この現象が発生すると、トラック幅を広げざるを得なくなるため、結局TPIを高めることができなくなってしまう。高温フリンジ耐性を高めるためには、一定値以上の逆磁区核形成磁界Hnを確保しておく必要がある。目安としては、Hnを−2400[Oe]以下とすればよい。
【0010】
しかし、320GB/Pレベルの高記録密度を目標とした場合、特許文献3のように前下地層にBを添加して磁性粒子の微細化を推進すると、SNRは向上するもののHcとHnなどの静磁気特性の低下量が大きいために、狭トラック幅化、熱揺らぎ耐性、高温フリンジ耐性の確保が困難であることが判明した。
【0011】
本発明は、上記の課題を解決することを目的とし、熱揺らぎ耐性及び高温フリンジ耐性を維持しつつ、狭トラック幅において高いSNRを確保して更なる高記録密度化を達成することが可能な垂直磁気記録媒体の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決するために発明者らが鋭意検討したところ、前下地層にBを添加したときに静磁気特性が劣化してしまうのは、前下地層の結晶粒の微細化の進行とともに結晶配向性が劣化してしまうためであろうと考えた。また、この結晶配向性の劣化には、粒内に存在するBによる影響も大きいと考えた。そこで、Bを添加して微細化すると共に結晶配向性を向上させることができれば、静磁気特性を劣化させることなくSNRの向上を図れるであろうと考えた。そして成膜前に加熱することによって結晶配向性を向上させられることを想起し、さらに研究を重ねることにより本発明を完成するに到った。
【0013】
上記課題を解決するために、本発明にかかる垂直磁気記録媒体の製造方法の代表的な構成は、基板上に、軟磁性層を成膜する軟磁性層成膜工程と、軟磁性層成膜後の基板に加熱処理を施す加熱工程と、加熱処理によって温度が上昇した状態で、軟磁性層上に、Niを主成分とし、少なくともBを1〜5at%含有する前下地層を成膜する前下地層成膜工程と、前下地層の上方に、Ruを主成分とする下地層を成膜する下地層成膜工程と、下地層の上方に、CoCrPt合金を主成分とする磁性粒子と酸化物を主成分とする非磁性の粒界部とからなる主記録層を成膜する主記録層成膜工程と、を含むことを特徴とする。
【0014】
上記構成によれば、Ni合金を主成分とする前下地層にBを含有させることによって結晶粒子の微細化を促進し、SNRの向上を図ることができる。そして、軟磁性層成膜工程の後すなわち前下地層成膜工程の前に、基板に加熱処理を行う加熱工程を設けることにより、前下地層の結晶配向性を向上することが可能となる。これらにより、前下地層にBを添加した場合に生じる結晶配向性の低下を、前下地層成膜工程前の加熱工程により抑制することができ、前下地層より上に成膜される下地層、ひいては主記録層においても高い結晶配向性が確保される。したがって、保磁力Hcと逆磁区核形成磁界Hnの劣化による熱揺らぎ耐性と高温フリンジ耐性の悪化を防ぎつつ、SNRを向上させることができ、垂直磁気記録媒体の更なる高記録密度化の達成が可能となる。
【0015】
なおここで、加熱による結晶配向性の向上は、加熱による結晶性向上効果のみならず、前下地層の結晶粒内から粒界へのBの排出を促進する効果による影響も大きいと推察される。また、このBの粒界への排出効果によって前下地層の粒径がより精密に制御された結果、磁性粒の粒径も制御され、SNRがさらに高まったと考えられる。
【0016】
なお、前下地層のBの含有率が上記の下限値未満であると、結晶粒子の微細化が十分に促進されない可能性がある。一方、Bの含有率が上記の上限値を超えると、加熱処理の存在下でも結晶配向性及びSNRの著しい低下を招いてしまうため好ましくない。
【0017】
また、本願で言うところの「主成分」とは、全体組成をat%(もしくはmol%)としたときに、最も多く含まれる成分を指す。例えば、90(70Co−10Cr−20Pt)−10(SiO)という組成を考えた場合、CoCrPt合金は全体の90%を占めるため主成分であるとする。また、CoCrPt合金中においてCoは70%を占めるため、CoはCoCrPt合金の主成分であるとする。
【0018】
上記の軟磁性層と前下地層の間に、非晶質の金属層を成膜する非晶質金属層成膜工程を更に含むとよい。これにより前下地層成膜前の基板表面粗さを低減することができるため、前下地層の結晶配向性をさらに高めて高いSNRを達成することができる。
【0019】
また、上記の主記録層成膜工程より後にCoCrPtを主成分とする材料からなる補助記録層を成膜する補助記録層成膜工程と、補助記録層成膜工程の後に基板に加熱処理を施す第2加熱工程と、第2加熱工程の後にCVD法によりカーボンを主成分とする保護層を成膜する保護層成膜工程と、を更に含むとよい。
【0020】
上記構成によれば、基板の加熱処理は、軟磁性層成膜工程後に行われる加熱工程と、補助記録層成膜工程より後に行われる第2加熱工程との2回において行われる。これにより、第2加熱工程時の加熱処理による主記録層の磁気特性への悪影響を最小限に抑えて高SNRを確保しつつ、カーボン保護膜の膜質を改善することにより高信頼性(機械的耐久性、腐食耐久性など)を得ることが可能となる。
【0021】
上記の加熱工程後の基板温度は、70〜120℃であるとよい。これにより、上述した効果を最も好適に得ることができる。なお、加熱処理温度が上記の下限値未満であると、加熱処理による効果を十分に得ることができず好ましくない。また加熱処理温度が上記の上限値を超えると、基板温度の過度な上昇により主記録層のグラニュラ構造が乱れてしまう可能性がある。
【0022】
下地層は、さらに酸化物を含有していてもよい。これによりRuの結晶粒子の分離微細化を促進することができ、主記録層のさらなる孤立化と微細化を図ることができる。
【0023】
主記録層は、2種類以上の酸化物を含んでいることが好ましい。このように酸化物を混合することにより、第一加熱工程によって基板が加熱された状態であっても磁気記録層の磁性粒子のさらなる微細化と孤立化を図ることによりSNRを向上させて高記録密度化を図ることができる。
【発明の効果】
【0024】
本発明によれば、保磁力Hcと逆磁区核形成磁界Hnを維持することによって熱揺らぎ耐性及び高温フリンジ耐性を維持しつつ、狭トラック幅において高いSNRを確保することにより、更なる高記録密度化を達成することが可能な垂直磁気記録媒体を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】垂直磁気記録媒体の構成を説明する図である。
【図2】垂直磁気記録媒体の他の構成を説明する図である。
【図3】実施例と比較例を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下に添付図面を参照しながら、本発明の好適な実施形態について詳細に説明する。かかる実施形態に示す寸法、材料、その他具体的な数値などは、発明の理解を容易とするための例示に過ぎず、特に断る場合を除き、本発明を限定するものではない。なお、本明細書及び図面において、実質的に同一の機能、構成を有する要素については、同一の符号を付することにより重複説明を省略し、また本発明に直接関係のない要素は図示を省略する。
【0027】
(垂直磁気記録媒体の製造方法)
図1は、本実施形態にかかる垂直磁気記録媒体100の構成を説明する図である。図1に示す垂直磁気記録媒体100は、基板110、付着層120、軟磁性層130、前下地層140、下地層150、主記録層160、分断層170、補助記録層180、保護層190、潤滑層200で構成されている。
【0028】
基板110は、例えばアモルファスのアルミノシリケートガラスをダイレクトプレスで円板状に成型したガラスディスクを用いることができる。なおガラスディスクの種類、サイズ、厚さ等は特に制限されない。ガラスディスクの材質としては、例えば、アルミノシリケートガラス、ソーダライムガラス、ソーダアルミノケイ酸ガラス、アルミノボロシリケートガラス、ボロシリケートガラス、石英ガラス、チェーンシリケートガラス、又は、結晶化ガラス等のガラスセラミックなどが挙げられる。このガラスディスクに研削、研磨、化学強化を順次施し、化学強化ガラスディスクからなる平滑な非磁性の基板110を得ることができる。
【0029】
基板110上に、DCマグネトロンスパッタリング法にて付着層120から補助記録層180まで順次成膜を行い、保護層190はCVD法により成膜することができる。この後、潤滑層200をディップコート法により形成することができる。以下、各層の構成について説明する。
【0030】
付着層120は基板110に接して形成され、この上に成膜される軟磁性層130と基板110との密着強度を高める機能を備えている。付着層120は、例えばCrTi系非晶質合金、CoW系非晶質合金、CrW系非晶質合金、CrTa系非晶質合金、CrNb系非晶質合金等のアモルファス(非晶質)の合金膜とすることが好ましい。付着層120の膜厚は、例えば2〜20nm程度とすることができる。付着層120は単層でも良いが、複数層を積層して形成してもよい。
【0031】
軟磁性層130は、付着層120を介して基板110上に成膜する(軟磁性層成膜工程)。軟磁性層130は、垂直磁気記録方式において信号を記録する際、ヘッドからの書き込み磁界を収束することによって、磁気記録層への信号の書き易さと高密度化を助ける働きをする。軟磁性材料としては、CoTaZrなどのコバルト系合金の他、FeCoCrB、FeCoTaZr、FeCoNiTaZrなどのFeCo系合金、や、NiFe系合金などの軟磁気特性を示す材料を用いることができる。また、軟磁性層130のほぼ中間にRuからなるスペーサ層を介在させることによって、AFC(Antiferro-magnetic exchange coupling:反強磁性交換結合)を備えるように構成することができる。こうすることで磁化の垂直成分を極めて少なくすることができるため、軟磁性層130から生じるノイズを低減することができる。スペーサ層を介在させた構成の場合、軟磁性層130の膜厚は、スペーサ層が0.3〜0.9nm程度、その上下の軟磁性材料の層をそれぞれ10〜50nm程度とすることができる。
【0032】
そして、本実施形態では、上記のように軟磁性層130成膜後、すなわち前下地層成膜工程前に、基板110に加熱処理を施す(加熱工程。以下、第1加熱工程と称する)。成膜時のチャンバー間の搬送時間は1〜2秒であるため、ほぼ加熱処理後の基板温度で前下地層140が成膜される(なお、基板温度は、チャンバー間の搬送中に測定することができる。)。このように、加熱処理によって温度が上昇した状態で前下地層140を成膜することにより、前下地層140の結晶配向性を向上させることが可能となる。したがって、前下地層140にBを添加した場合に生じる結晶配向性の低下を抑制することができ、前下地層140より上に成膜される下地層150、ひいては主記録層160においても高い結晶配向性が確保される。その結果、保磁力Hcと逆磁区核形成磁界Hnの劣化による熱揺らぎ耐性と高温フリンジ耐性の悪化を防ぎつつ、SNRを向上させることができ、垂直磁気記録媒体100の更なる高記録密度化の達成が可能となる。
【0033】
上記の第1加熱工程では、加熱処理温度を70〜120℃となるように調節する。これにより、基板温度の過度な上昇により生じる主記録層160のグラニュラ構造の乱れを抑制しつつ、前下地層140の結晶配向性を十分に向上することができ、上述した効果を最も好適に得ることが可能となる。
【0034】
なお、本実施形態にかかる垂直磁気記録媒体100は次に述べる非晶質金属層138を備えていてもよい。図2は本実施形態にかかる垂直磁気記録媒体の他の構成を説明する図である。なお、非晶質金属層138の成膜前に実施した第1加熱工程の熱は次の前下地層140の成膜時まで残留し、十分にその影響を与える(効果を得る)ことができる。なお、非晶質金属層138の成膜後に第1加熱工程を行ってもよい。
【0035】
非晶質金属層138は、軟磁性層130と前下地層140の間に成膜される(非晶質金属層成膜工程)。非晶質金属層138は非晶質(アモルファス)の金属層であって、前下地層140を成膜する前の基板表面粗さを低減する役割を有している。これにより、さらに前下地層140の結晶配向性を向上させることができる。非晶質金属層138は、Cr化合物もしくはNi化合物からなり、例えばCrTa、NiTaまたはNiTiから構成されるとよい。また非晶質金属層138の膜厚は、1nm〜10nmであることが好ましい。非晶質金属層138の厚みが1nmよりも薄い場合、表面粗さを低減できないおそれがある。また非晶質金属層138の厚みが10nmよりも厚い場合、不必要に磁気ヘッドから軟磁性層までの距離(磁気的スペーシング)が増大してオーバーライト特性を低下させてしまうおそれがある。
【0036】
前下地層140は、軟磁性層130と下地層150との間に成膜する(前下地層成膜工程)。前下地層140は、この上方に形成される下地層150の結晶配向性を促進する機能と、粒径等の微細構造を制御する機能とを備える。前下地層140は、hcp構造であってもよいが、(111)面が基板110の主表面と平行となるよう配向した面心立方構造(fcc構造)であることが好ましい。前下地層140の膜厚は1〜20nm程度とすることができる。また前下地層140を複数層構造としてもよい。
【0037】
本実施形態において前下地層140は、Niを主成分とし、Bを1〜5at%含有する。例えば、前下地層140はNiWBから構成される。またNiWBに加えて、V、Cr、Mo、Ta、Si、Zr、Al等を添加してもよい。
【0038】
上記構成によれば、Ni合金にBを含有させることによって結晶粒子の微細化を図り、SNRの向上を図ることができる。このとき、結晶粒子の微細化によって結晶配向性の低下が生じる傾向があるものの、本実施形態では前下地層成膜工程の前に第1加熱工程を設けているため、かかる加熱工程により結晶配向性の低下が抑制される。したがって、前下地層140、ひいては下地層150および主記録層160においても高い結晶配向性が確保されるため、保磁力Hcと逆磁区核形成磁界Hnを維持しつつSNRを向上させることができ、垂直磁気記録媒体の更なる高記録密度化の達成が可能となる。
【0039】
なお、上述したように、前下地層140において、Bの含有量は1〜5at%であることが好ましい。これらの範囲において、好適に本発明の効果を得ることができる。なお、Bの含有率が上記の下限値未満であると、結晶粒子の微細化が十分に促進されないおそれがある。またBの含有率が上記の上限値を超えると、加熱処理の存在下でも結晶配向性及びSNRの著しい低下を招いてしまうため好ましくない。
【0040】
下地層150は、前下地層の上に成膜される(下地層成膜工程)。下地層150はhcp構造であって、この上方に形成される主記録層160のhcp構造の磁性結晶粒の結晶配向性を促進する機能と、粒径等の微細構造を制御する機能とを備え、主記録層のグラニュラ構造のいわば土台となる層である。RuはCoと同じhcp構造をとり、また結晶の格子間隔がCoと近いため、Coを主成分とする磁性粒を良好に配向させることができる。したがって、下地層150の結晶配向性が高いほど、主記録層160の結晶配向性を向上させることができ、また、下地層150の粒径を微細化することによって、主記録層の粒径を微細化することができる。下地層150の材料としてはRuが代表的であるが、さらにCr、Coなどの金属や、酸化物を添加することもできる。下地層150の膜厚は、例えば5〜40nm程度とすることができる。
【0041】
さらに、下地層150のRuに酸素または酸化物を含有させてもよい。これによりRuの結晶粒子の分離微細化を促進することができ、主記録層160のさらなる孤立化と微細化を図ることができる。なお酸素はリアクティブスパッタによって含有させてもよいが、スパッタリング成膜する際に酸素または酸化物を含有するターゲットを用いることが好ましい。
【0042】
また、スパッタ時のガス圧を変更することにより下地層150を2層構造としてもよい。具体的には、下地層150の上層側を形成する際に下層側を形成するときよりもArのガス圧を高圧にすると、上方の主記録層160の結晶配向性を良好に維持したまま、磁性粒子の粒径の微細化が可能となる。
【0043】
主記録層160は下地層150より上に成膜する(主記録層成膜工程)。主記録層160は、Co−Pt系合金を主成分とする強磁性体の磁性粒子の周囲に、酸化物を主成分とする非磁性物質を偏析させて粒界を形成した柱状のグラニュラ構造を有している。例えば、CoCrPt系合金にSiOや、TiOなどを混合したターゲットを用いて成膜することにより、CoCrPt系合金からなる磁性粒子(グレイン)の周囲に非磁性物質であるSiOや、TiOが偏析して粒界を形成し、磁性粒子が柱状に成長したグラニュラ構造を形成することができる。
【0044】
なお、上記に示した主記録層160に用いた物質は一例であり、これに限定されるものではない。粒界を形成するための非磁性物質としては、例えば酸化珪素(SiO)、酸化チタン(TiO)、酸化クロム(Cr)、酸化ジルコン(ZrO)、酸化タンタル(Ta)、酸化コバルト(CoOまたはCo)、等の酸化物を例示できる。また、1種類の酸化物のみならず、2種類以上の酸化物を複合させて使用することも可能である。
【0045】
分断層170は、主記録層160と補助記録層180の間に設けられ、これらの層の間の交換結合の強さを調整する作用を持つ。これにより主記録層160と補助記録層180の間、および主記録層160内の隣接する磁性粒子の間に働く磁気的な結合の強さを調節することができるため、HcやHnといった熱揺らぎ耐性に関係する静磁気的な値は維持しつつ、オーバーライト特性、SNR特性などの記録再生特性を向上させることができる。
【0046】
分断層170は、結晶配向性の継承を低下させないために、hcp結晶構造を持つRuやCoを主成分とする層であることが好ましい。Ru系材料としては、Ruの他に、Ruに他の金属元素や酸素または酸化物を添加したものが使用できる。また、Co系材料としては、CoCr合金などが使用できる。具体例としては、Ru、RuCr、RuCo、Ru−SiO、Ru−WO、Ru−TiO、CoCr、CoCr−SiO、CoCr−TiOなどが使用できる。なお分断層170には通常非磁性材料が用いられるが、弱い磁性を有していてもよい。また、良好な交換結合強度を得るために、分断層170の膜厚は、0.2〜1.0nmの範囲内であることが好ましい。
【0047】
補助記録層180は基板主表面の面内方向に磁気的にほぼ連続した磁性層である。補助記録層180は、主記録層160に対して磁気的相互作用(交換結合)を有するため、保磁力Hcや逆磁区核形成磁界Hn等の静磁気特性を調整することが可能であり、これにより熱揺らぎ耐性、OW特性、およびSNRの改善を図ることを目的としている。補助記録層180の材料としては、CoCrPt系合金を用いることができ、さらに、B、Ta、Cu等の添加物を加えてもよい。具体的には、CoCrPt、CoCrPtB、CoCrPtTa、CoCrPtCu、CoCrPtCuBなどとすることができる。また、補助記録層180の膜厚は、例えば3〜10nmとすることができる。
【0048】
なお、「磁気的に連続している」とは、磁性が途切れずにつながっていることを意味している。「ほぼ連続している」とは、補助記録層180全体で観察すれば必ずしも単一の磁石ではなく、部分的に磁性が不連続となっていてもよいことを意味している。すなわち補助記録層180は、複数の磁性粒子の集合体にまたがって(かぶさるように)磁性が連続していればよい。この条件を満たす限り、補助記録層180において例えばCrが偏析した構造であっても良い。
【0049】
そして、主記録層成膜工程より後、本実施形態では上記のように補助記録層成膜工程の後、保護層成膜工程を実施する直前に、基板110に加熱処理を施す(第2加熱工程)。したがって、本実施形態では第1加熱工程および第2加熱工程の2回行うこととなる。ここで、第2加熱工程を補助記録層成膜後に行っているため、主記録層のグラニュラ構造の乱れを低減することができ、高SNRを確保することが可能となる。
【0050】
保護層190は、真空を保ったままカーボンをCVD法により成膜して形成することができる(保護層成膜工程)。保護層190は、磁気ヘッドの衝撃や腐蝕から垂直磁気記録媒体100を防護するための層である。保護層190は、カーボンを含む膜をCVD法により成膜して形成することができる。一般にCVD法によって成膜されたカーボンはスパッタ法によって成膜したものと比べて膜硬度が向上するので、磁気ヘッドからの衝撃に対してより有効に垂直磁気記録媒体100を防護することができるため好適である。保護層190の膜厚は、例えば2〜6nmとすることができる。
【0051】
潤滑層200は、垂直磁気記録媒体100の表面に磁気ヘッドが接触した際に、保護層190の損傷を防止するために形成される。例えば、PFPE(パーフロロポリエーテル)をディップコート法により塗布して成膜することができる。潤滑層200の膜厚は、例えば0.5〜2.0nmとすることができる。
【0052】
(実施例)
上記構成の垂直磁気記録媒体100の製造方法の有効性を確かめるために、以下の実施例と比較例を用いて説明する。
【0053】
実施例1として、基板110上に、真空引きを行った成膜装置を用いて、DCマグネトロンスパッタリング法にてAr雰囲気中で、付着層120から補助記録層132まで順次成膜を行った。なお、断らない限り成膜時のArガス圧は0.6Paである。付着層120はCr−50Tiを10nm成膜した。軟磁性層130は、0.7nmのRu層を挟んで、92(40Fe−60Co)−3Ta−5Zrをそれぞれ20nm成膜した。軟磁性層130成膜後、基板温度が75℃となるように第1加熱工程を実施した。前下地層140は、Ni−5W−1Bを8nm成膜した。下地層150は0.6PaでRuを10nm成膜した上に5PaでRuを10nm成膜した。主記録層160は、90(70Co−10Cr−20Pt)−10(Cr)を2nm成膜した上に3Paで90(72Co−10Cr−18Pt)−5(SiO)−5(TiO)を12nm成膜した。分断層170は0.3nmのRuを成膜した。補助記録層180は6nmの62Co−18Cr−15Pt−5Bを成膜した。補助記録層180成膜後、保護層190を成膜する前に、基板温度が200℃となるように第2加熱工程を実施した。保護層190はCVD法によりCを用いて成膜し、表層を窒化処理した。潤滑層200はディップコート法によりPFPEを用いて形成した。なお、第1加熱工程および第2加熱工程における諸条件は後に詳述する。
【0054】
図3は実施例と比較例を説明する図である。図3では、トラック幅(MWW:Magnetic Write Width)がほぼ一定の値となるように主記録層160の膜厚を調整して、SNRを比較している。なおMWWの値は、320GByte/プラッタの磁気記録媒体に適用可能な範囲とした。
【0055】
図3において、実施例1〜3、および比較例1と比較例2は、第1加熱工程後の基板温度を75℃とし、前下地層140に含有されるBの量を変化させたものである。上記実施例1の構成および製造方法を基礎として、実施例2、3はそれぞれBを2、4at%含むもの、比較例1はBを含まないもの、比較例2はBを6at%含むものである。なおいずれもWは5at%含有させており、Bが増加した分はNiを減少させた。
【0056】
図3からわかるように、Bの含有量が1at%、2at%と増加するとSNRが向上する。これは、Bを含有させることによって前下地層140の結晶粒子が微細化されたためと考えられる。しかし、Bの含有量が4at%となるとSNRが低下しはじめ、6at%では含有しないときよりも低くなってしまっている。ここでΔθ50の値を参照すると、Bの含有量が増加するにしたがって値が増加する(結晶配向性が悪くなる)傾向にあることがわかる。このことから、Bの含有率が多くなりすぎると、前下地層140の結晶粒子が加熱処理の存在下でも結晶配向性及びSNRの著しい低下を招いてしまうと考えられる。このことから、Bの含有量は、1〜5at%が好ましいことがわかる。
【0057】
次に、実施例4〜8と比較例3は、実施例1の構成を基礎として、前下地層140のBの含有量を2at%とし、第1加熱工程後の基板の温度を変化させたものである。特に実施例4〜8は温度を70〜120℃まで変化させたもの、比較例3は第1加熱を行っていないもの(基板温度は50℃以下と推定される)である。第1加熱工程後の温度を変化させた場合も、第2加熱工程後の温度は200℃となるように、第2加熱工程における投入電力量を調整した。
【0058】
図3からわかるように、第1加熱工程後の温度が70℃から120℃の範囲内にあるときSNRは増加する。このことから、第1加熱工程後の基板温度は、70〜120℃であるとよいことがわかる。
【0059】
また第1加熱後の温度を70℃〜120℃まで増加させるにつれて、逆磁区核形成磁界Hnが増加する(絶対値が増加する)傾向にあることがわかる。Hnが増加するということは、高温フリンジ耐性が向上することを意味している。
【0060】
次に、実施例9は、実施例1の構成に加えて、前下地層140の下に非晶質金属層138を成膜した構成である(図2参照)。非晶質金属層138としては、Ni−50Taを5nm成膜した。
【0061】
実施例9と実施例1とを比較すると、Δθ50が大幅に小さくなり、結晶配向性が向上していることがわかる。またこれに伴い、SNRも飛躍的に向上していることがわかる。これは、非晶質金属層138を備えていることにより、前下地層成膜前の基板表面粗さが低減し、前下地層140の結晶配向性がさらに改善したためと考えられる。
【0062】
ここで320GB/プラッタの磁気記録媒体に適用可能な所定の熱揺らぎ耐性を満たすために要求される保磁力Hcは5000[Oe]以上であるところ、全ての実施例および比較例はこれを満たしていた。また所定の高温フリンジ耐性を満たすために要求される逆磁区核形成磁界Hnは−2400[Oe]以下であるところ、実施例は全てこれを満たしているが、比較例2、比較例3は満たしていなかった。したがって、比較例よりも実施例の方が、高温フリンジ耐性が優れていることがわかる。そして全ての比較例に対して、全ての実施例ではSNRの向上が見られた。これらのことから、本発明を適用することによって熱揺らぎ耐性と高温フリンジ耐性を維持しながら、狭トラック幅において高いSNRを得られることが確認された。
【0063】
以上、添付図面を参照しながら本発明の好適な実施形態について説明したが、本発明はかかる実施形態に限定されないことは言うまでもない。当業者であれば、特許請求の範囲に記載された範疇内において、各種の変更例または修正例に想到し得ることは明らかであり、それらについても当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。
【産業上の利用可能性】
【0064】
本発明は、垂直磁気記録方式のHDD(ハードディスクドライブ)などに搭載される垂直磁気記録媒体の製造方法として利用することができる。
【符号の説明】
【0065】
100…垂直磁気記録媒体、110…基板、120…付着層、130…軟磁性層、138…非晶質金属層、140…前下地層、150…下地層、160…主記録層、170…分断層、180…補助記録層、190…保護層、200…潤滑層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板上に、軟磁性層を成膜する軟磁性層成膜工程と、
前記軟磁性層成膜後の基板に加熱処理を施す加熱工程と、
加熱処理によって温度が上昇した状態で、前記軟磁性層上に、Niを主成分とし、少なくともBを1〜5at%含有する前下地層を成膜する前下地層成膜工程と、
前記前下地層の上方に、Ruを主成分とする下地層を成膜する下地層成膜工程と、
前記下地層の上方に、CoCrPt合金を主成分とする磁性粒子と酸化物を主成分とする非磁性の粒界部とからなる主記録層を成膜する主記録層成膜工程と、
を含むことを特徴とする垂直磁気記録媒体の製造方法。
【請求項2】
前記軟磁性層と前記前下地層の間に、非晶質の金属層を成膜する非晶質金属層成膜工程を更に含むことを特徴とする請求項1に記載の垂直磁気記録媒体の製造方法。
【請求項3】
前記主記録層成膜工程より後にCoCrPtを主成分とする材料からなる補助記録層を成膜する補助記録層成膜工程と、
前記補助記録層成膜工程の後に前記基板に加熱処理を施す第2加熱工程と、
前記第2加熱工程の後にCVD法によりカーボンを主成分とする保護層を成膜する保護層成膜工程と、
を更に含むことを特徴とする請求項1に記載の垂直磁気記録媒体の製造方法。
【請求項4】
前記加熱工程後の基板温度は、70〜120℃であることを特徴とする請求項1に記載の垂直磁気記録媒体の製造方法。
【請求項5】
前記下地層は、さらに酸化物を含有することを特徴とする請求項1に記載の垂直磁気記録媒体の製造方法。
【請求項6】
前記主記録層は、2種類以上の酸化物を含むことを特徴とする請求項1に記載の垂直磁気記録媒体の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−96334(P2011−96334A)
【公開日】平成23年5月12日(2011.5.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−251513(P2009−251513)
【出願日】平成21年10月30日(2009.10.30)
【出願人】(510210911)ダブリュディ・メディア・シンガポール・プライベートリミテッド (53)
【Fターム(参考)】