説明

塑性加工用水性潤滑剤

【課題】作業環境や作業効率を悪化させにくい水性潤滑剤でありながら、温間あるいは熱間の温度領域における金属の塑性加工に用いられた場合であっても十分な潤滑性が得られ、なおかつ工具類や金型への堆積の問題が生じにくい塑性加工用水性潤滑剤を提供する。
【解決手段】(A)下記一般式(1)又は(2)で表される脂環式カルボン酸の水溶性塩、及び(B)共重合成分としてα−オレフィンとカルボキシル基を有するエチレン性単量体とを含有する共重合体の水溶性塩を含む塑性加工用水性潤滑剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、塑性加工用水性潤滑剤に関し、特には温間あるいは熱間の温度領域における金属の塑性加工に用いられる水性潤滑剤に関する。
【背景技術】
【0002】
金属の塑性加工には、例えば、鍛造、押出し、圧延、プレス、伸線等の加工がある。そして、このような塑性加工を温間あるいは熱間の温度領域において行う際には、工具類や金型と金属材料との間の摩擦を低減して金属の塑性加工を円滑にすることや、工具類や金型からの金属製品の離型を目的として、潤滑剤が使用されている。
【0003】
上記の潤滑剤としては、潤滑性に優れることから、古くから鉱油等の油類や、黒鉛粉末を水に分散させた黒鉛系の潤滑剤が広く利用されてきた。しかし、これらの潤滑剤は作業環境の悪化が懸念されている。例えば、油類を潤滑剤として用いる場合には、温間や熱間で行われるような塑性加工では引火のおそれや発煙が伴うという問題があり、黒鉛系の潤滑剤を用いる場合には、黒鉛粉末が飛散するという問題がある。このような油類や黒鉛系の潤滑剤の問題を解決するために、黒鉛粉末を含まない水性潤滑剤の開発が求められている。
【0004】
黒鉛粉末を含まない水性潤滑剤としては、例えば、下記特許文献1には、フタル酸アルカリ金属塩と増粘剤とを所定の濃度で含有する熱間鍛造用潤滑剤が開示されている。また、下記特許文献2には、トリメリット酸のアルカリ金属塩又はアルカリ土類金属塩と、アジピン酸又はフマル酸のアルカリ金属塩又はアルカリ土類金属塩金属塩などを含む熱間鍛造用潤滑剤が開示されている。
【0005】
更に、下記特許文献3には、シクロヘキサンジカルボン酸やシクロヘキセンジカルボン酸等の脂環式炭化水素の二塩基酸アルカリ金属塩を含む塑性加工用水性潤滑剤が開示されている。また、下記特許文献4には、マレイン酸系共重合体又はその部分エステルの水溶性塩、炭酸カルシウム等の固体潤滑剤、界面活性剤及び水を含む高温塑性加工用水溶性潤滑剤が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開昭58−84898号公報
【特許文献2】特開平8−157860号公報
【特許文献3】特開平1−299895号公報
【特許文献4】特開2004−292565号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、上記特許文献1及び2に記載の潤滑剤は、作業環境の悪化は解消されるものの、黒鉛系の潤滑剤と比較して潤滑性が劣っている。そのため、特に難易度の高い塑性加工では十分な品質の金属製品が得られ難く、例えば、軸の伸びを必要とする金属製品の製造の場合では伸びが不十分となったり、精密加工する金属製品の製造や金型の形状が複雑である場合では欠肉が生じたり、金型からの取り出し時に金属製品が欠けたりするという問題があった。さらには、潤滑性の不足により、工具類や金型が塑性加工の際に摩耗しやすく短命化しやすいといった問題もあった。
【0008】
上記特許文献3に記載の潤滑剤は、均一な膜として金型に付着させるために、カルボキシメチルセルロース等の水溶性高分子化合物が付着剤として配合されている。しかし、このようなセルロース系の付着剤は、再溶解性が悪いことから工具類や金型の洗浄時に十分に除去されず堆積するという問題を有している。
【0009】
上記特許文献4に記載の潤滑剤は、100℃程度の温度条件での塑性加工においては良好な潤滑性を発揮するものの、それを超える温間又は熱間の領域での塑性加工においては潤滑性が著しく低下するものであった。更に、かかる潤滑剤は、潤滑剤からの乾燥残分が金型や工具類へ堆積しやすいものであった。
【0010】
本発明は、上記従来技術の有する課題に鑑みてなされたものであり、作業環境や作業効率を悪化させにくい水性潤滑剤でありながら、温間あるいは熱間の温度領域における金属の塑性加工に用いられた場合であっても十分な潤滑性が得られ、なおかつ工具類や金型への堆積の問題が生じにくい塑性加工用水性潤滑剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記目的を解決すべく鋭意研究を重ねた結果、特定の脂環式カルボン酸の塩と、α−オレフィンとカルボキシル基を有するエチレン性単量体との共重合体の塩とを含む水性潤滑剤が、少量の使用であっても十分な潤滑性を発揮し、工具類や金型への堆積の問題が低減されることを見出し、この知見に基づいて本発明を完成させた。
【0012】
すなわち、本発明は、(A)下記一般式(1)又は(2)で表される脂環式カルボン酸の水溶性塩、及び(B)共重合成分としてα−オレフィンとカルボキシル基を有するエチレン性単量体とを含有する共重合体の水溶性塩、を含む塑性加工用水性潤滑剤を提供する。
【化1】



[一般式(1)及び(2)中、Rは炭素数1〜4のアルキル基を示し、mは1〜6の整数を示し、nは0〜4の整数を示し、nが2以上のときRはそれぞれ同一であっても異なっていてもよい。]
【0013】
本発明の塑性加工用水性潤滑剤は、上記構成を有することにより、作業環境や作業効率を悪化させることがなく、少量であっても潤滑性に優れ、なおかつ工具類や金型への堆積の問題を低減することができる。本発明の塑性加工用水性潤滑剤は、温間や熱間での塑性加工に好適に用いることができる。
【0014】
工具類や金型への付着性や造膜性を更に向上させる観点から、上記共重合体は、マレイン酸とイソブチレンとの共重合体であることが好ましい。
【0015】
本発明の塑性加工用水性潤滑剤においては、工具類や金型への堆積や潤滑剤の安定性の低下を抑制しつつ十分な潤滑性を得る観点から、上記(A)成分の含有量が0.1〜40質量%であり、且つ、上記(B)成分の含有量が0.01〜35質量%であることが好ましい。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、作業環境や作業効率を悪化させにくい水性潤滑剤でありながら、温間あるいは熱間の温度領域における金属の塑性加工に用いられた場合であっても十分な潤滑性が得られ、なおかつ工具類や金型への堆積の問題が生じにくい塑性加工用水性潤滑剤を提供することができる。本発明の塑性加工用水性潤滑剤によれば、優れた潤滑性によって、得られる金属製品の表面の滑らかさが向上するという効果が期待され、さらには、工具類や金型の摩耗が低減し、工具類や金型を長寿命化させ得ることが期待される。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明の塑性加工用水性潤滑剤は、(A)下記一般式(1)又は(2)で表される脂環式カルボン酸の水溶性塩、及び(B)共重合成分としてα−オレフィンとカルボキシル基を有するエチレン性単量体とを含有する共重合体の水溶性塩、を含むことを特徴とする。本発明においては、上記(A)成分と上記(B)成分とを併用することによって、水性潤滑剤の金型や工具類への付着性を飛躍的に向上させることができ、その結果、少量の使用でも優れた潤滑性を発揮させることができる。
【0018】
【化2】



[一般式(1)及び(2)中、Rは炭素数1〜4のアルキル基を示し、mは1〜6の整数を示し、nは0〜4の整数を示し、nが2以上のときRはそれぞれ同一であっても異なっていてもよい。]
【0019】
まず、(A)上記一般式(1)又は(2)で表される脂環式カルボン酸の水溶性塩について説明する。
【0020】
上記一般式(1)で表される脂環式カルボン酸としては、例えば、シクロヘキサンモノカルボン酸、1,2−シクロヘキサンジカルボン酸、1,3−シクロヘキサンジカルボン酸、1,4−シクロヘキサンジカルボン酸、1,2,4−シクロヘキサントリカルボン酸、1,3,5−シクロヘキサントリカルボン酸、1,2,4,5−シクロヘキサンテトラカルボン酸、1,2,3,4,5,6−シクロヘキサンヘキサカルボン酸等の無置換のシクロヘキサンポリカルボン酸、3−メチル−1,2−シクロヘキサンジカルボン酸、4−メチル−1,2−シクロヘキサンジカルボン酸、3−エチル−1,2−シクロヘキサンジカルボン酸、4−エチル−1,2−シクロヘキサンジカルボン酸、3−プロピル−1,2−シクロヘキサンジカルボン酸、4−プロピル−1,2−シクロヘキサンジカルボン酸、3−ブチル−1,2−シクロヘキサンジカルボン酸、4−ブチル−1,2−シクロヘキサンジカルボン酸の置換シクロヘキサンポリカルボン酸を挙げることができる。このような上記一般式(1)で表される脂環式カルボン酸のなかでも、潤滑性の観点から、mが2〜4の脂環式ポリカルボン酸がより好ましい。潤滑性をさらに良好なものとするためには、上記一般式(1)におけるmが2であり、nが1であり、Rが炭素数1〜4のアルキル基である化合物を特に好ましく使用することができる。このとき、2個のカルボキシル基とR基の位置に特に制限はないが、カルボキシル基が1−位及び2−位にあり、Rが3−位又は4−位にあるものが好ましい。
【0021】
上記一般式(2)で表される脂環式カルボン酸としては、例えば、1−シクロヘキセン−1−カルボン酸、1−メチル−4−シクロヘキセン−2−カルボン酸、3−シクロヘキセン−4−シクロヘキセン−1,2−ジカルボン酸、1−シクロヘキセン−1,2−ジカルボン酸等を挙げることができる。
【0022】
本発明の塑性加工用水性潤滑剤においては、潤滑性をより良好なものとする観点から、上記一般式(1)で表される脂環式カルボン酸の水溶性塩を含有することが好ましい。
【0023】
上記一般式(1)又は(2)で表される脂環式カルボン酸の水溶性塩は、25℃における水への溶解度が0.5g/L以上となるものが好ましい。また、本発明の塑性加工用水性潤滑剤において、上記一般式(1)又は(2)で表される脂環式カルボン酸の水溶性塩は、下記一般式(3)又は(4)で表されるカルボキシレートとして存在することが好ましい。
【0024】
【化3】



[一般式(3)及び(4)中、Rは炭素数1〜4のアルキル基を示し、mは1〜6の整数を示し、nは0〜4の整数を示し、nが2以上のときRはそれぞれ同一であっても異なっていてもよい。]
【0025】
上記一般式(1)又は(2)で表される脂環式カルボン酸の水溶性塩としては、25℃における水への溶解度が0.5g/L以上となるものが好ましく、例えば、アルカリ金属塩、アルカリ土類金属塩、アンモニウム塩及び有機アンモニウム塩を好ましく挙げることができる。具体的には、リチウム塩、ナトリウム塩、カリウム塩等のアルカリ金属塩;カルシウム塩等のアルカリ土類金属塩;アンモニウム塩;炭素数1〜4のアルキル基を有するモノ−、ジ−あるいはトリアルキルアンモニウム塩、炭素数1〜4のアルカノール基を有するモノ−、ジ−あるいはトリアルカノールアミン塩、モルホリン等の有機アミン塩、などを挙げることができる。これらのうち、脂環式ポリカルボン酸の水溶性塩の水への溶解性の観点から、アルカリ金属塩、アンモニウム塩、炭素数1〜4のアルカノール基を有するモノ−、ジ−あるいはトリアルカノールアミン塩が好ましく、耐熱性の観点からアルカリ金属塩が特に好ましい。
【0026】
次に、(B)成分である共重合成分としてα−オレフィンとカルボキシル基を有するエチレン性単量体とを含有する共重合体の水溶性塩について説明する。
【0027】
上記共重合体の共重合成分であるα−オレフィンとしては、例えば、プロピレン、1−ブテン、イソブチレン、1−ペンテン、スチレン、アミレン、イソアミレン、インデン等を挙げることができ、付着性や造膜性が良好であることからイソブチレンが好ましい。カルボキシル基を有するエチレン性単量体としては、アクリル酸、メタクリル酸、マレイン酸(その酸無水物を含む)、イタコン酸、クロトン酸を挙げることができ、付着性や造膜性が良好となることからマレイン酸(その酸無水物を含む)が好ましい。
【0028】
また、この共重合体においては、α−オレフィンとカルボキシル基を有するエチレン性単量体とのモル比が3:1〜1:1であることが好ましい。また、付着性を向上させる効果の観点から、共重合体の平均分子量が1,000〜500,000であることが好ましく、5,000〜350,000であることがより好ましい。
【0029】
上記の共重合体の水溶性塩は、カルボキシル基を有するエチレン性単量体由来のカルボキシル基をアルカリで中和することにより得ることができる。このときの中和度は、上記共重合体の水溶性塩の25℃における水への溶解度が0.01g/L以上となるような範囲であることが好ましい。共重合体は、共重合体中の全カルボキシル基のうちの30〜100モル%が中和されていることが好ましく、40〜100%が中和されていることがより好ましい。
【0030】
(B)成分である共重合体の水溶性塩としては、25℃における水への溶解度が0.01g/L以上となるものが好ましく、例えば、アルカリ金属塩、アルカリ土類金属塩、アンモニウム塩及び有機アンモニウム塩が挙げられる。具体的には、リチウム塩、ナトリウム塩、カリウム塩等のアルカリ金属塩;カルシウム塩等のアルカリ土類金属塩;アンモニウム塩;炭素数1〜4のアルキル基を有するモノ−、ジ−あるいはトリアルキルアンモニウム塩、炭素数1〜4のアルカノール基を有するモノ−、ジ−あるいはトリアルカノールアミン塩、モルホリン等の有機アミン塩、などを挙げることができる。これらのうち、水への溶解性の観点から、アルカリ金属塩、アンモニウム塩、炭素数1〜4のアルカノール基を有するモノ−、ジ−あるいはトリアルカノールアミン塩が好ましく、アルカリ金属塩が特に好ましい。
【0031】
本発明においては、上記共重合体中の上記カルボキシル基の一部が本発明の効果を損なわない程度にエステル化されたものであってもよい。また、上記共重合体は、本発明の効果を損なわない程度に他の共重合成分を含んでいてもよい。
【0032】
(B)成分である上記共重合体の水溶性塩は、従来公知の製造方法により得ることもでき、例えば、メチルエチルケトン等の溶媒中でカルボキシル基を有するエチレン性単量体を溶解し、窒素気流下で還流しながら重合開始剤とα−オレフィンとの混合物を滴下し、数時間反応させた後にn−ヘキサン等の溶媒を用いて沈殿、精製する方法により得ることができる。また、このような共重合体の塩としては、市販品をそのまま用いることもできるし、市販されている共重合体を適宜中和して用いることもできる。市販されている共重合体としては、例えば、商品名「イソバン」シリーズ(株式会社クラレ製、イソブチレン−無水マレイン酸共重合体)、商品名「SMA」シリーズ(SARTOMER社製、スチレン−無水マレイン酸共重合体)、商品名「クインフロー」シリーズ(日本ゼオン株式会社製、アミレン−無水マレイン酸共重合体ナトリウム塩の水溶液)等を挙げることができる。
【0033】
本発明の塑性加工用水性潤滑剤における(A)成分の含有量は、0.1〜40質量%であることが好ましく、0.5〜35質量%であることがより好ましい。(A)成分の含有量が、0.1質量%未満であると、潤滑性が十分に発現しないことがあり、40質量%を超えると、含有量に見合う性能向上が見られないばかりでなく、(A)成分が沈降する傾向にあることから、潤滑剤の安定性が低下し、水溶性が損なわれるおそれがある。
【0034】
本発明の塑性加工用水性潤滑剤における(B)成分の含有量は、0.01〜35質量%であることが好ましく、0.02〜20質量%であることがより好ましく、0.02〜15質量%であることが特に好ましい。(B)成分の含有量が0.01質量%未満であると、水性潤滑剤の付着性が不十分となり、その結果、潤滑性が低下するおそれがある。一方、(B)成分の含有量が35質量%を超えると、金型や工具類への堆積が生じて作業性が低下するおそれがある。
【0035】
本発明の塑性加工用水性潤滑剤は水を含むことが好ましく、その含有量は水性潤滑剤全量を基準として25質量%以上であることが好ましく、45質量%以上であることがより好ましい。
【0036】
本発明の塑性加工用水性潤滑剤は、pHが6〜13であることが好ましく、pHが7〜11であることがより好ましく、特にpHが8〜11であることが好ましい。pHが6未満であると、潤滑剤の水性が損なわれるおそれがある。
【0037】
本発明の塑性加工用水性潤滑剤には、塑性加工に用いられている従来公知の固体潤滑剤、増粘剤、防腐剤、防錆剤、界面活性剤等の添加物を、本発明の効果を損なわない程度に添加することができる。
【0038】
本発明の塑性加工用水性潤滑剤は、原液のまま使用することもできるし、状況に応じて水で希釈して用いることもできる。なお、希釈する場合には、本発明の効果を維持するために、希釈液中の上記(A)成分の含有量が0.1質量%以上、好ましくは0.5〜10質量%となるようにし、かつ、上記(B)成分の含有量が0.01質量%以上、好ましくは0.02〜10質量%となるようにすることが好ましい。
【0039】
本発明の塑性加工用水性潤滑剤は、上述した、(A)成分、(B)成分及びその他の任意成分を、水に混合して調製することができる。また、これ以外の調製方法として、予め、上記脂環式カルボン酸又はその酸無水物を水に混合した後にカルボキシル基をアルカリで中和したものと、共重合成分としてα−オレフィンとカルボキシル基を有するエチレン性単量体とを含有する共重合体を水に混合した後にカルボキシル基の一部又は全部をアルカリで中和したものとを用意し、これらを混合する方法が挙げられる。
【0040】
本発明の塑性加工用水性潤滑剤を工具類あるいは金型に塗布する場合、従来の塑性加工において適用される方法を用いることができるが、スプレー法にて塗布することが好ましい。また、本発明の塑性加工用水性潤滑剤は、塗布後に乾燥させて水分を除去した被膜としても使用することができる。
【0041】
また、本発明の塑性加工用水性潤滑剤が適用される塑性加工としては、例えば、鍛造、押出し、圧延、プレス、伸線等の加工が挙げられる。本発明の塑性加工用水性潤滑剤は、特に温間あるいは熱間の温度領域における金属の塑性加工に好適に用いられる。温間あるいは熱間の温度領域としては、200〜1250℃、好ましくは600〜1250℃が挙げられる。
【実施例】
【0042】
以下、実施例及び比較例に基づいて本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に何ら限定されるものではない。
【0043】
<重合体含有水溶液の調製>
(調製例1:イソブチレン−マレイン酸共重合体のナトリウム塩)
イソブチレン−無水マレイン酸共重合体(商品名「イソバン06」、該共重合体の含有量96質量%、平均分子量60,000、株式会社クラレ製)10g、48質量%水酸化ナトリウム水溶液10g、及び水80gを加熱しながら混合し、イソブチレン−マレイン酸共重合体のナトリウム塩の12.8質量%水溶液を得た。
【0044】
(調製例2:イソブチレン−マレイン酸共重合体のナトリウム塩)
イソブチレン−無水マレイン酸共重合体(商品名「イソバン10」、該共重合体の含有量96質量%、平均分子量160,000、株式会社クラレ製)10g、48質量%水酸化ナトリウム水溶液10g、及び水80gを加熱しながら混合し、イソブチレン−マレイン酸共重合体のナトリウム塩の12.8質量%水溶液を得た。
【0045】
(調製例3:イソブチレン−マレイン酸共重合体のナトリウム塩)
イソブチレン−無水マレイン酸共重合体(商品名「イソバン18」、共重合体の含有量96質量%、平均分子量300,000、株式会社クラレ製)10g、48質量%水酸化ナトリウム水溶液10g、及び水80gを加熱しながら混合し、イソブチレン−マレイン酸共重合体のナトリウム塩の12.8質量%水溶液を得た。
【0046】
(調製例4:スチレン−マレイン酸共重合体のナトリウム塩)
攪拌機と水冷冷却機とを備えた500mLのガラス製反応器に、反応溶媒としてのメチルエチルケトン200mLと無水マレイン酸24.5g(0.25モル)を仕込み、反応器中に少量の窒素ガスを流通させ、攪拌しながら外部ヒーターにて80℃に昇温した。系内を80℃に保ちながら、スチレン26g(0.25モル)と重合開始剤としてアゾビスイソブチロニトリル410mgとを混合したものを、滴下ロートにて1時間かけて滴下した。その後、還流状態で2時間反応させ、次いで、反応溶液を室温まで冷却した。
【0047】
500mLのビーカーにn−ヘキサン200mLを入れ、この中に前記反応溶液を徐々に添加しスチレン−無水マレイン酸共重合体の白色沈殿を得た。この沈殿をろ別し、スチレン−マレイン酸共重合体45.5g(収率90質量%)を得た。この共重合体の数平均分子量は、ゲル浸透クロマトグラフィーにより測定したところ、標準ポリスチレン換算から16,000であった。
【0048】
水163.2gと48質量%水酸化ナトリウム水溶液16.6gを混合し、この中に、得られた共重合体20.2gを5回に分けて加えた後、90℃に加熱して30分間攪拌し、溶解させた。この溶解液を室温まで冷却し、スチレン−マレイン酸共重合体のナトリウム塩の11質量%水溶液を得た。
【0049】
(調製例5:アミレン−マレイン酸共重合体のナトリウム塩)
アミレン−無水マレイン酸共重合体ナトリウム塩(商品名「クインフロー640」、該共重合体ナトリウム塩の含有量40質量%、平均分子量6,000、日本ゼオン株式会社製)をそのまま用いた。
【0050】
(比較調製例1:ヒドロキシエチルセルロース)
ヒドロキシエチルセルロース(商品名「HEC ダイセルSP−200」、ダイセル化学工業株式会社)5g及び水95gを40℃に加熱して混合し、ヒドロキシエチルセルロースの5質量%水溶液を得た。
【0051】
(比較調製例2:カルボキシメチルセルロース)
カルボキシメチルセルロース(商品名「CMC ダイセル1102」、ダイセル化学工業株式会社)5g及び水95gを40℃に加熱して混合し、カルボキシメチルセルロースの5質量%水溶液を得た。
【0052】
<水性潤滑剤の調製>
(実施例1)
シクロヘキサンモノカルボン酸12.5g、48質量%水酸化ナトリウム水溶液8.0g、調製例2で得られた水溶液(イソブチレン−マレイン酸共重合体ナトリウム塩の12.8質量%水溶液)20g、及び水59.5gを均一に混合して水性潤滑剤を得た。
【0053】
(実施例2〜24及び比較例1〜9)
表1〜3に示す組成(単位:潤滑剤全量を基準とした質量%)で各成分と、水とを混合し、水性潤滑剤を得た。
【0054】
(比較例10)
黒鉛系の水性潤滑剤(商品名「ルブキャスターB−38」、不揮発分36質量%、日華化学(株)製)を水で2倍に希釈し、水性潤滑剤を得た。
【0055】
実施例及び比較例の水性潤滑剤について、潤滑性、付着性及び洗浄性を以下の方法により評価した。結果を表1〜3にまとめる。
【0056】
(1)潤滑性(リング圧縮試験法)
寸法が直径120mm×厚さ10mmであり、材質がSKD61(焼入れ)である金型を上下各1枚ずつ用意した。この上下金型を200℃に加熱した後、上下金型の下記リングとの接触面に、水で5倍希釈(比較例3及び7については2.5倍希釈)した水性潤滑剤4mLをスプレー塗布(圧力3kg/cm)した。一方、寸法が外径30mm×内径15mm×厚さ10mmであり、材質がS45C材であるリングを、電気炉にて1000℃に加熱したのち前記の上下金型の間に挟み、100t油圧プレス機[コマツ産機(株)、HAF100]を用いて圧縮率50%で圧縮した。
【0057】
圧縮後のリングの内径と厚さを測定し、内径変化率を「工藤によるエネルギ法」(Proc. 5th Japan. Nat. Congr. Appl. Mech.、75頁、1955年)により求められる理想曲線にプロットして摩擦係数を求めた。摩擦係数が小さいほど潤滑性がよいと評価する。
【0058】
(2)付着性
水性潤滑剤を水で5倍(比較例3及び7については2.5倍)に希釈し、これを、200℃に熱した鉄板(材質:S45C、寸法:縦100mm×横80mm×厚さ6mm)に、高さ15cmの距離から、4kg/cmの圧力でスプレー塗布した。この鉄板を縦20×横16の基盤目状に区切って、水性潤滑剤による被膜が付着しているマス目を数え、付着割合(%)を算出した。付着割合が大きいほど水性潤滑剤の付着性に優れている。
【0059】
(3)洗浄性
200℃に熱したSPCC板(縦120mm×横120mm×厚さ1.6mm)に、水性潤滑剤を水で10倍(比較例3及び7については5倍)に希釈したもの4mLを5回スプレーし(計20mL)、水性潤滑剤による被膜を形成させた。これを室温まで冷却した後、水浴中に1分30秒間浸漬した。その後、取り出したSPCC板を目視にて観察し、下記基準にしたがって洗浄性を評価した。
○:水性潤滑剤による被膜がSPCC板上に残留していない。
×:水性潤滑剤による被膜がSPCC板上に残留している。
なお、水性潤滑剤による被膜がSPCC板上に残留していれば、金型や工具類に使用した場合に堆積が問題となる。
【0060】
【表1】



【0061】
【表2】



【0062】
【表3】



【0063】
表1及び2に示されるように、脂環式カルボン酸の塩と、α―オレフィンとカルボキシル基を有するエチレン性単量体との共重合体の塩とを含有する、実施例1〜22の塑性加工用水性潤滑剤は、金型への付着性が大幅に改善されており、少量の使用であっても摩擦係数が十分に小さく、潤滑性が良好であることが分かる。また、実施例1〜22の水性潤滑剤は洗浄性にも優れており、金型や工具類への堆積の問題が低減されると期待される。
【0064】
一方、脂環式カルボン酸塩以外のカルボン酸塩と、α―オレフィンとカルボキシル基を有するエチレン性単量体との共重合体の塩とを含有する比較例1〜7の水性潤滑剤では、金型への付着性や摩擦係数がまだ十分とはいえず、潤滑性に劣っている。
【0065】
脂環式カルボン酸塩と、ヒドロキシエチルセルロース等の従来の付着剤とを含有する比較例8〜9の水性潤滑剤では、金型への付着性、摩擦係数が十分とはいえず、潤滑性に劣っており、さらには洗浄性が悪いことから金型や工具類への堆積の問題が懸念される。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
(A)下記一般式(1)又は(2)で表される脂環式カルボン酸の水溶性塩、及び(B)共重合成分としてα−オレフィンとカルボキシル基を有するエチレン性単量体とを含有する共重合体の水溶性塩、を含む、塑性加工用水性潤滑剤。
【化1】



[一般式(1)及び(2)中、Rは炭素数1〜4のアルキル基を示し、mは1〜6の整数を示し、nは0〜4の整数を示し、nが2以上のときRはそれぞれ同一であっても異なっていてもよい。]
【請求項2】
前記共重合体が、マレイン酸とイソブチレンとの共重合体である、請求項1に記載の塑性加工用水性潤滑剤。
【請求項3】
前記(A)成分の含有量が0.1〜40質量%であり、且つ、前記(B)成分の含有量が0.01〜35質量%である、請求項1又は2に記載の塑性加工用水性潤滑剤。



【公開番号】特開2011−42706(P2011−42706A)
【公開日】平成23年3月3日(2011.3.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−190084(P2009−190084)
【出願日】平成21年8月19日(2009.8.19)
【出願人】(000226161)日華化学株式会社 (208)
【Fターム(参考)】