説明

変形性関節症のマーカーおよびそれを用いた診断

【課題】変形性関節症の診断マーカーの提供。
【解決手段】被験者より採取した生体試料中の、配列番号1〜4に示される各アミノ酸配列からなるペプチド群より選ばれる1以上のペプチドの量を測定する(好ましくは質量分析もしくは該ペプチドを特異的に認識する抗体を用いて測定する)ことを特徴とする、該被験者における変形性関節症の診断のための検査方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、変形性関節症の診断マーカーおよびそれを利用した当該疾患の診断方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
骨・関節の生活習慣病は、直接命に影響を及ぼすことは少ないが、痛みや歩行障害などのために日常生活動作(ADL)に支障をきたすことから、高齢者のQOLを損なう最大の原因となっている。また、これらの疾患は加齢とともに発症頻度が急増し且つ慢性に経過することから、国民医療経済にも重大な負担を課すこととなり、高齢化社会においては社会全体で克服すべき重要な課題である。世界保健機関(WHO)も21世紀の最初の10年を「骨と関節の10年(the Bone and Joint Decade;BJD)」と位置付けて骨・関節疾患の制圧に乗り出している。
【0003】
変形性関節症(osteoarthritis;以下、OAともいう)は慢性の関節炎を伴う骨・関節疾患で、軟骨の退行変性により軟骨の破壊と骨や軟骨の増殖性変化をきたす病気である。その患者数は、日本だけでも変形性膝関節症(以下、KOAともいう)約2500万人、変形性腰椎症(以下、LOAともいう)約3800万人にのぼると推定されており、代表的なcommon diseaseの1つである(非特許文献1)。現在のところ、OAの根本的な治療手段はなく、非ステロイド性消炎鎮痛剤やヒアルロン酸、ステロイド剤の投与など、痛みを抑制する対症療法が中心となっている。進行した場合、関節鏡視下手術・骨切り術・人工関節置換などの手術適応となる。
【0004】
OAの診断は、身体状況、関節痛などの特徴的な症状についての問診・診察、レントゲン検査による関節所見等に基づいてなされる。しかし、我が国における上記推定患者数を算定した、3地域約3000人以上の住民を対象とする大規模コホート調査においてレントゲン検査の結果に基づいてOAと診断された住民のうち、膝痛や腰痛などの症状を伴う人は3分の1程度であると報告されており、自覚症状のないうちに関節破壊が進行する場合も少なくない。また、X線画像には最初に異常が起こる軟骨組織の変化は検出できないため、早期診断には役立たない。MRI検査を行えば軟骨組織の変化も描出できるが、費用が高額なためOAの診断に用いられることは稀である。また、従来の血液検査は、関節リウマチなどの他の骨関節疾患でないことの確認には役立つものの、OAを診断することはできなかった。
【0005】
最近、質量分析を用いて、いくつかの癌患者の血清中の蛋白質分解産物パターンが調べられ、補体C4-A (以下、C4aともいう) の種々のフラグメントが、前立腺癌、膀胱癌、乳癌で変動することが報告されている(非特許文献2)。しかしながら、C4aまたは他の補体のフラグメントとOAとの関連については何ら報告されていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】東京大学医学部附属病院22世紀医療センター 平成20年度活動報告書(関節疾患総合研究講座)(www.h.u-tokyo.ac.jp/center22/pdf_20/kansetu_20.pdf)
【非特許文献2】ヴィラヌエヴァ(Villanueva)ら, 「ザ・ジャーナル・オヴ・クリニカル・インヴェスティゲーション(The Journal of Clinical Investigation)」, 第116巻(第1号), pp. 271-284(2006年)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、OAの診断マーカー、並びにそれを利用したOAの有効な診断方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記の目的を達成すべく、KOAまたはLOA患者から採取した血清を質量分析により調べた結果、OA患者において、健常者と比較して顕著に上昇もしくは減少している4種のペプチドを見出した。アミノ酸配列を分析した結果、これらのペプチドのうち2つはC4aの部分アミノ酸配列からなるペプチド、他の2つは補体C3(以下、C3ともいう)の部分アミノ酸配列からなるペプチドであることが判明した。
本発明者らは、上記の知見に基づいて、これらのペプチドをOAの診断マーカーとして同定し、本発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち、本発明は、
[1]被験者より採取した生体試料中の、配列番号1〜4に示される各アミノ酸配列からなるペプチド群より選ばれる1以上のペプチドの量を測定することを特徴とする、該被験者におけるOAの診断のための検査方法;
[2]OAがKOAまたはLOAである、上記[1]記載の方法;
[3]生体試料が体液である、上記[1]または[2]記載の方法;
[4]体液が血液、血漿、血清、唾液、尿、関節液、髄液、骨髄液、胸水、腹水、涙液、眼房水、硝子体液およびリンパ液からなる群より選択される、上記[3]記載の方法;
[5]生体試料を質量分析にかけることを含む、上記[1]〜[4]のいずれかに記載の方法;
[6]配列番号1〜4に示される各アミノ酸配列からなる各ペプチドを特異的に認識する抗体群より選ばれる1以上の抗体を用いることを特徴とする、上記[1]〜[4]のいずれかに記載の方法;
[7]患者から時系列で生体試料を採取し、該試料における、配列番号1〜4に示される各アミノ酸配列からなるペプチド群より選ばれる1以上のペプチドの量の経時変化を調べることを特徴とする、上記[1]〜[6]のいずれかに記載の方法;
[8]OA患者における治療効果の評価方法であって、治療が施される前後に該患者から採取した生体試料における、配列番号1〜4に示される各アミノ酸配列からなるペプチド群より選ばれる1以上のペプチドの量の変化を調べることを特徴とする方法;および
[9]配列番号1〜4のいずれかに示されるアミノ酸配列からなるペプチド;
などを提供する。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、OAを迅速・的確に判定できるので、該疾患の早期発見、早期治療が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】実施例で得られたバイオマーカー(分子量約1440)の、KOA6例、LOA14例および健常者17例の質量分析におけるピーク強度の散布図である。
【図2】実施例で得られたバイオマーカー(分子量約1816)の、KOA6例、LOA14例および健常者17例の質量分析におけるピーク強度の散布図である。
【図3】実施例で得られたバイオマーカー(分子量約1868)の、KOA6例、LOA14例および健常者17例の質量分析におけるピーク強度の散布図である。
【図4】実施例で得られたバイオマーカー(分子量約1899)の、KOA6例、LOA14例および健常者17例の質量分析におけるピーク強度の散布図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明は、4種の新規かつ有用なOAの診断マーカーペプチド(以下、4種のペプチドを包括して「本発明のペプチド」という場合もある)を提供する。
【0013】
本発明のペプチドにより診断可能なOAは特に限定されず、例えばKOA、LOA、変形性股関節症(HOA)、変形性肘関節症(EOA)などが挙げられるが、好ましくは、KOAまたはLOAである。本発明においては、レントゲンによる関節所見がKellgren-Lawrence分類のgrade 2以上である場合をOAありと判定するものとする。
【0014】
本発明の第1のペプチド(「ペプチド1」ともいう)は、配列番号1に示されるアミノ酸配列からなる。該アミノ酸配列は、C4aタンパク質のN末端から1353番目のGly残基から1365番目のLys残基までのフラグメントに相当する。
【0015】
本発明の第2のペプチド(「ペプチド2」ともいう)は、配列番号2に示されるアミノ酸配列からなる。該アミノ酸配列は、C3タンパク質のN末端から749番目のSer残基から764番目のArg残基までのフラグメントに相当する。
【0016】
本発明の第3のペプチド(「ペプチド3」ともいう)は、配列番号3に示されるアミノ酸配列からなる。該アミノ酸配列は、C3タンパク質のN末端から1304番目のSer残基から1319番目のLeu残基までのフラグメントに相当する。
【0017】
本発明の第4のペプチド(「ペプチド4」ともいう)は、配列番号4に示されるアミノ酸配列からなる。該アミノ酸配列は、C4aタンパク質のN末端から1337番目のAsn残基から1352番目のArg残基までのフラグメントに相当する。
【0018】
上述の通り、ペプチド1および4はC4aタンパク質のフラグメント(分解産物)であり、ペプチド2および3はC3タンパク質のフラグメントである。したがって、被験対象となる患者が、C4aまたはC3タンパク質のこれらのペプチドに対応する部分アミノ酸配列内に1もしくは2以上のアミノ酸の置換、欠失、挿入もしくは付加またはそれらの組合せを含む多型もしくはアレル変異を有する場合、検出すべきペプチドのアミノ酸配列は、「配列番号1〜4に示される各アミノ酸配列において、当該多型もしくはアレル変異を有するアミノ酸配列」と解すべきであることは、当業者にとって自明であろう。
また、本発明のペプチドは、生体内においてN末端、C末端もしくは側鎖が修飾されたものを包含する。
【0019】
本発明はまた、OAに罹患していると疑われる患者由来の生体試料中の、1種以上の本発明のペプチドの量を測定することによる、該患者におけるOAの診断のための検査方法を提供する。ここで「診断のための検査」とは、該ペプチド量の測定および必要に応じて対照サンプルにおける測定値との比較を意味する。「OAに罹患していると疑われる患者」は、患者本人が主観的に疑いを抱くものであっても、何らかの客観的な根拠に基づくもの(従来公知の臨床検査および/または診察の結果、それら疾患への合理的な罹患可能性があると判断された患者)であってもよいが、早期診断の観点から、通常の健康診断を受診する自覚症状を有しないヒトもまた、被験対象として好ましい。
【0020】
被験試料となる患者由来の生体試料は特に限定されないが、患者への侵襲が少ないものであることが好ましく、例えば、血液、血漿、血清、唾液、尿、涙液など生体から容易に採取できるものや、髄液、骨髄液、胸水、腹水、関節液、眼房水、硝子体液など比較的容易に採取されるものが挙げられる。
血清や血漿を用いる場合、常法に従って患者から採血し、液性成分を分離することにより調製することができる。検出対象である本発明のペプチドは必要に応じて、スピンカラムなどを用いて、予め高分子量の蛋白質画分などを分離除去しておくこともできる。
【0021】
生体試料中の、本発明のペプチドの検出は、例えば、生体試料を各種の分子量測定法、例えば、ゲル電気泳動や、各種の分離精製法(例:イオン交換クロマトグラフィー、疎水性クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィー、逆相クロマトグラフィーなど)、イオン化法(例:電子衝撃イオン化法、フィールドディソープション法、二次イオン化法、高速原子衝突法、マトリックス支援レーザー脱離イオン化(MALDI)法、エレクトロスプレーイオン化法など)、質量分析計(例:二重収束質量分析計、四重極型分析計、飛行時間型質量分析計、フーリエ変換質量分析計、イオンサイクロトロン質量分析計など)を組み合わせる方法等に供し、該ペプチドの分子量と一致するバンドもしくはスポット、あるいはピークを検出することにより行うことができるが、これらに限定されない。本発明のペプチドはアミノ酸配列が既知であるので、該アミノ酸配列を認識する抗体を作製して、ウェスタンブロッティングや各種イムノアッセイにより該ペプチドを検出する方法が、より好ましく用いられ得る。さらに上記方法のハイブリッド型検出法も有効である。
【0022】
本発明のペプチド1〜4は、それぞれ1435.72、1815.88、1864.00および1895.02の分子量(同定されたアミノ酸配列からの理論値)を有するが、用いられる測定方法・測定機器に応じて、実測値は若干変動し得ることはいうまでもない。例えば、質量分析計を用いる方法による場合は、理論値±0.5%(好ましくは±0.3%、より好ましくは±0.1%)の位置に出現するピーク強度を測定することが好ましい。
【0023】
本発明の検査方法における特に好ましい測定法の1つは、飛行時間型質量分析に使用するプレートの表面に被験試料を接触させ、該プレート表面に捕捉された成分の質量を飛行時間型質量分析計で測定する方法が挙げられる。
飛行時間型質量分析計に適合可能なプレートは、検出対象である本発明のペプチドを効率よく吸着し得る表面構造を有している限り、いかなるものであってもよい。そのような表面構造としては、例えば、官能基付加ガラス、Si、Ge、GaAs、GaP、SiO2、SiN4、改質シリコン、広範囲のゲル又はポリマー(例えば、(ポリ)テトラフルオロエチレン、(ポリ)ビニリデンジフロリド、ポリスチレン、ポリカーボネート、又はこれらの組合せなど)によるコーティングが挙げられる。複数のモノマー又はポリマー配列を有する表面構造としては、例えば、核酸の直鎖状及び環状ポリマー、ポリサッカライド、脂質、α-、β-又はω-アミノ酸を有するペプチド、クロマトグラフィーで使用されるゲル表面の担体(陰イオン性/陽イオン性化合物、炭素鎖1〜18からなる疎水性化合物、親水性化合物(例えば、シリカ、ニトロセルロース、セルロースアセテート、アガロース等)と架橋した担体など)、人工ホモポリマー(例えば、ポリウレタン、ポリエステル、ポリカーボネート、ポリウレア、ポリアミド、ポリエチレンイミン、ポリアリーレンスルフィド、ポリシロキサン、ポリイミド、ポリアセテート等)、上記化合物のいずれかに既知の薬物又は天然化合物が結合(共有及び非共有結合)したヘテロポリマー等によるコーティングが挙げられる。
【0024】
好ましい実施態様においては、質量分析用プレートとして用いられる支持体は、ポリビニリデンジフロリド(PVDF)、ニトロセルロースまたはシリカゲル、特に好ましくはPVDFで薄層コーティングされた基材[通常、質量分析用プレートにおいて使用されているものであれば、特に限定されず、例えば、絶縁体(ガラス、セラミクス、プラスチック・樹脂等)、金属(アルミニウム、ステンレス・スチール等)、導電性ポリマー、それらの複合体などが挙げられるが、好ましくはアルミニウムプレートが用いられる]である(WO 2004/031759を参照)。支持体の形状は、使用する質量分析装置の、特に試料導入口に適合するような形状に適宜考案され得るが、それらに限定されない。かかるPVDFで薄層コーティングされた質量分析用プレートとして、好ましくはプロトセラ社のブロットチップ(登録商標)などが挙げられる。
【0025】
好ましくは、コーティングは、メンブレンのように予め成型された構造体を支持体上に重層するのではなく、コーティング分子が分散した状態で支持体上に堆積されて形成される薄層をいう。コーティング分子が堆積される態様は特に制限されないが、後述の質量分析用プレートの調製方法において例示される手段が好ましく用いられる。
薄層の厚さは、組織もしくは細胞に含まれる分子の転写効率および質量分析の測定感度等に好ましくない影響を与えない範囲で適宜選択することができるが、例えば、約0.001〜約100 μm、好ましくは約0.01〜約30 μmである。
【0026】
質量分析用プレート(支持体)は自体公知の方法により調製することができるが、例えば、上記の好ましい質量分析用プレートは、PVDF等のコーティング分子で支持体表面を薄層コーティングすることにより調製される。コーティングの手段としては、塗布、噴霧、蒸着、浸漬、印刷(プリント)、スパッタリングなどが好ましく例示される。
「塗布」する場合、コーティング分子を、適当な溶媒、例えば、ジメチルホルムアミド(dimethyl formamide;DMF)などの有機溶媒に適当な濃度(例えば、約1〜約100 mg/mL程度)で溶解したもの(コーティング分子含有溶液)を、刷毛などの適当な道具を用いて基材に塗布することができる。
「噴霧」する場合、上記と同様にして調製したコーティング分子含有溶液を噴霧器に入れ、基材上に均一にPVDFが堆積されるように噴霧すればよい。
「蒸着」する場合、通常の有機薄膜作製用真空蒸着装置を用い、基材を入れた真空槽中でコーティング分子(固体でも溶液でもよい)を加熱・気化させることにより、基材表面上に該分子の薄層を形成させることができる。
「浸漬」させる場合、上記と同様にして調製したコーティング分子含有溶液中に基材を浸漬させればよい。
「印刷(プリント)」する場合は、基材の材質に応じて通常使用され得る各種印刷技術を適宜選択して利用することができ、例えば、スクリーン印刷などが好ましく用いられる。
「スパッタリング」する場合は、例えば、真空中に不活性ガス(例、Arガス等)を導入しながら基材とコーティング分子間に直流高電圧を印加し、イオン化したガスを該分子に衝突させて、はじき飛ばされたコーティング分子を基材上に堆積させて薄層を形成させることができる。
コーティングは基材全面に施してもよいし、質量分析に供される面(画分)のみに施してもよい。
【0027】
コーティング分子は、コーティング手段に応じて適宜好ましい形態で使用することができ、例えば、コーティング分子含有溶液、コーティング分子含有蒸気、固体コーティング分子などの形態で基材にアプライされ得るが、コーティング分子含有溶液の形態でアプライすることが好ましい。「アプライする」とは、接触後にコーティング分子が支持体上に残留・堆積されるように支持体に接触させることをいう。アプライ量は特に制限はないが、コーティング分子量として、例えば、約10〜約100,000 μg/cm2、好ましくは約50〜約5,000 μg/cm2挙げられる。アプライ後に溶媒は自然乾燥、真空乾燥などにより除去する。
【0028】
質量分析用プレートにおける基材は、コーティング分子でコーティングする前に予め適当な物理的、化学的手法により、その表面を修飾(加工)しておいてもよい。具体的には、プレート表面を磨く、傷を付ける、酸処理、アルカリ処理、ガラス処理(テトラメトキシシランなど)等の手法が例示される。
【0029】
被験試料の質量分析用プレート(支持体)への移行は、被験試料となる患者由来の生体試料を未処理のままで、あるいは抗体カラムその他の方法で高分子タンパク質を除去、濃縮した後に、SDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動もしくは等電点電気泳動に付し、泳動後ゲルをプレートと接触させて転写(ブロッティング)することにより行われる。転写装置としては公知のものを用いることができる。転写の方法自体は公知である。好ましくは電気転写が用いられる。泳動後ゲルに展開された試料は、種々の方法(拡散、電気力その他)によって質量分析用プレートに移行される。電気転写時に使用する緩衝液としては、pH 7〜9、低塩濃度のものを用いることが好ましい。具体的には、トリス緩衝液、リン酸緩衝液、ホウ酸緩衝液、酢酸緩衝液などが例示される。トリス緩衝液としては、トリス/グリシン/メタノール緩衝液、SDS-トリス−トリシン緩衝液など、リン酸緩衝液としては、ACN/NaCl/等張リン酸緩衝液、リン酸ナトリウム/ACNなど、ホウ酸緩衝液としては、ホウ酸ナトリウム−塩酸緩衝液、トリス−ホウ酸塩/EDTA、ホウ酸塩/ACNなど、酢酸緩衝液としては、トリス−酢酸塩/EDTAなどが挙げられる。好ましくは、トリス/グリシン/メタノール緩衝液、ホウ酸ナトリウム−塩酸緩衝液である。トリス/グリシン/メタノール緩衝液の組成としては、トリス10〜15 mM、グリシン70〜120 mM、メタノール7〜13%程度が例示される。ホウ酸ナトリウム−塩酸緩衝液の組成としては、ホウ酸ナトリウム5〜20 mM程度が例示される。
【0030】
これにより、標的分子を含めて、被験試料中に存在する分子は支持体表面上に効率よく捕捉される。プレートを乾燥させた後、後の質量分析(MALDI法による場合)に有利なように、レーザー光を吸収し、エネルギー移動を通じて分析対象物分子のイオン化を促進するためにマトリックスと呼ばれる試薬を添加することもできる。当該マトリックスとしては、質量分析において公知のものを用いることができる。例えば、シナピン酸(sinapinic acid;SPA (=3,5-dimethoxy-4-hydoroxycinnamic acid))、インドールアクリル酸(Indoleacrylic acid;IAA)、2,5-ジヒドロキシ安息香酸(2,5-dihydroxybenzoic acid;DHB)、α-シアノ-4-ヒドロキシ桂皮酸(α-cyano-4-hydroxycinnamic acid;CHCA)等が挙げられるが、これらに限定されない。好ましくは、DHBまたはCHCAである。
【0031】
上記の方法により支持体表面上に捕捉された被験試料中の分子を質量分析することにより、分子量に関する情報から、標的分子である本発明のペプチドの存在および量を同定することができる。
質量分析装置は、ガス状の試料をイオン化した後、その分子や分子断片を電磁場に投入し、その移動状況から質量数/電荷数によって分離、物質のスペクトルを求めることにより、物質の分子量を測定・検出する装置である。試料とレーザー光を吸収するマトリックスを混合、乾燥させて結晶化し、マトリックスからのエネルギー移動によるイオン化とレーザー照射による瞬間加熱により、イオン化した分析対象物を真空中に導くマトリックス支援レーザー脱イオン化(MALDI)と、初期加速による試料分子イオンの飛行時間差で質量数を分析する飛行時間型質量分析(TOFMS)とをあわせて用いるMALDI-TOFMS法、1分析対象物を1液滴にのせて液体から直接電気的にイオン化する方法、試料溶液を電気的に大気中にスプレーして、個々の分析対象物多価イオンをunfoldの状態で気相に導くナノエレクトロスプレー質量分析(nano-ESMS)法等の原理に基づく質量分析装置を使用することができる。
質量分析用プレート上の分子を質量分析する方法自体は公知である。例えば、WO 2004/031759に記載の方法を、必要に応じて適宜改変して使用することができる。
【0032】
質量分析の結果から、標的分子の分子量情報に基づいて、被験試料中の標的分子の有無およびその量が同定され得る。この工程において、質量分析装置からの情報を、任意のプログラムを用いて、健常者由来の生体試料における質量分析データと比較して、示差的な(differential)情報として出力させることも可能である。そのようなプログラムは周知であり、また、当業者は、公知の情報処理技術を用いて、容易にそのようなプログラムを構築もしくは改変することができることが理解されよう。
【0033】
特に好ましい態様においては、質量分析用プレートとしてプロトセラ社のブロットチップを用いて、上記の各工程を実施し、MALDI型質量分析装置で本発明のペプチドを定量比較(ディファレンシャル解析)する。さらに、必要に応じて、同一チップに残存する該ペプチドを同定することもできる。あるいは、被験試料の定量比較(ディファレンシャル解析)までをプロトセラ社のブロットチップシステムを用いて実施し、該ペプチドの同定を、高速液体クロマトグラフィーとイオンスプレイ型質量分析装置の組み合わせ装置(LC-MS/MS)で実施することも可能である。
【0034】
本発明の検査方法における本発明のペプチドの測定は、それに対する抗体を用いて行うこともできる。かかる方法は、最適化されたイムノアッセイ系を構築してこれをキット化すれば、上記質量分析装置のような特殊な装置を使用することなく、高感度かつ高精度に該ペプチドを検出することができる点で、特に有用である。
【0035】
本発明のペプチドに対する抗体は、例えば、本発明のペプチドを、これを発現する患者由来の生体試料から単離・精製し、該ペプチドを抗原として動物を免疫することにより調製することができる。あるいは、得られるペプチド量が少量である場合等は、該ペプチドをペプチダーゼ等によって部分消化し、得られる断片のアミノ酸配列をエドマン法などにより決定し、その配列を基に該ペプチドをコードする核酸とハイブリダイズし得るオリゴヌクレオチドを合成、これをプローブとして該患者由来のcDNAラリブラリーを鋳型にハイブリダイゼーション法により該ペプチドを含む蛋白質をコードするcDNAを得るか、あるいは該オリゴヌクレオチドをプライマーとして該患者由来のRNAを鋳型にしてRT-PCRを行うことにより、該ペプチドをコードするcDNA断片を得て、該cDNA断片を適当な発現ベクターに組み込んで適当な宿主細胞に導入し、得られる形質転換体を培養して組換えペプチドを採取することによって、本発明のペプチドを大量に調製することができる。あるいは上記のようにして得られるcDNAを鋳型として、無細胞転写・翻訳系を用いて本発明のペプチドを取得することもできる。さらに有機合成法により大量に調製することも可能である。
【0036】
上述のように、本発明のペプチド1〜4は、それぞれ配列番号1〜4に示されるアミノ酸配列からなるペプチドである。従って、本発明のペプチドに対する抗体は、例えば、該アミノ酸配列の全部もしくは一部を、上記アミノ酸配列情報に基づき、公知のペプチド合成法を用いて合成するか、あるいは常法により単離したC4aまたはC3タンパク質を適当なペプチダーゼ等で切断して、本発明のペプチドの配列の全部もしくは一部を含むペプチド断片を取得し、これを免疫原として調製することが望ましい。
【0037】
本発明のマーカーペプチドに対する抗体(以下、「本発明の抗体」と称する場合がある)は、ポリクローナル抗体、モノクローナル抗体のいずれであってもよく、周知の免疫学的手法により作製することができる。また、該抗体は完全抗体分子だけでなくそのフラグメントをも包含し、例えば、Fab、F(ab')2、ScFv、minibody等が挙げられる。
【0038】
例えば、ポリクローナル抗体は、上記のいずれかの方法または他の方法によって調製された本発明のペプチドもしくはその部分ペプチド(必要に応じて、ウシ血清アルブミン、KLH(Keyhole Limpet Hemocyanin)等のキャリアータンパク質に架橋した複合体とすることもできる)を抗原として、市販のアジュバント(例えば、完全または不完全フロイントアジュバント)とともに、動物の皮下あるいは腹腔内に2〜3週間おきに2〜4回程度投与し(部分採血した血清の抗体価を公知の抗原抗体反応により測定し、その上昇を確認しておく)、最終免疫から約3〜約10日後に全血を採取して抗血清を精製することにより取得できる。抗原を投与する動物としては、ラット、マウス、ウサギ、ヤギ、モルモット、ハムスターなどの哺乳動物が挙げられる。
【0039】
また、モノクローナル抗体は、細胞融合法(例えば、渡邊武、細胞融合法の原理とモノクローナル抗体の作成、谷内昭、高橋利忠編、「モノクローナル抗体とがん−基礎と臨床−」、第2-14頁、サイエンスフォーラム出版、1985年)により作成することができる。例えば、本発明のペプチドもしくはその部分ペプチドを市販のアジュバントと共にマウスに2〜4回皮下あるいは腹腔内に投与し、最終投与の約3日後に脾臓あるいはリンパ節を採取し、白血球を採取する。この白血球と骨髄腫細胞(例えば、NS-1, P3X63Ag8など)を細胞融合して該ペプチドに対するモノクローナル抗体を産生するハイブリドーマを得る。細胞融合はPEG法[J. Immunol. Methods, 81(2): 223-228 (1985)]でも電圧パルス法[Hybridoma, 7(6): 627-633 (1988)]であってもよい。所望のモノクローナル抗体を産生するハイブリドーマは、周知のEIAまたはRIA法等を用いて抗原と特異的に結合する抗体を、培養上清中から検出することにより選択できる。モノクローナル抗体を産生するハイブリドーマの培養は、インビトロ、またはマウスもしくはラット、このましくはマウス腹水中等のインビボで行うことができ、抗体はそれぞれハイブリドーマの培養上清および動物の腹水から取得することができる。
【0040】
本発明の抗体を用いる本発明の検査方法は、特に制限されるべきものではなく、被験試料中の抗原量に対応した抗体、抗原もしくは抗体−抗原複合体の量を化学的または物理的手段により検出し、これを既知量の抗原を含む標準液を用いて作製した標準曲線より算出する測定法であれば、いずれの測定法を用いてもよい。例えば、ネフロメトリー、競合法、イムノメトリック法およびサンドイッチ法等が好適に用いられる。
【0041】
標識物質を用いる測定法に用いられる標識剤としては、例えば、放射性同位元素、酵素、蛍光物質、発光物質などが用いられる。放射性同位元素としては、例えば、〔125I〕、〔131I〕、〔3H〕、〔14C〕などが用いられる。上記酵素としては、安定で比活性の大きなものが好ましく、例えば、β-ガラクトシダーゼ、β-グルコシダーゼ、アルカリフォスファターゼ、パーオキシダーゼ、リンゴ酸脱水素酵素などが用いられる。蛍光物質としては、例えば、フルオレスカミン、フルオレッセンイソチオシアネートなどが用いられる。発光物質としては、例えば、ルミノール、ルミノール誘導体、ルシフェリン、ルシゲニンなどが用いられる。さらに、抗体あるいは抗原と標識剤との結合にビオチン-アビジン系を用いることもできる。
【0042】
抗原あるいは抗体の不溶化に当っては、物理吸着を用いてもよく、また通常タンパク質あるいは酵素等を不溶化、固定化するのに用いられる化学結合を用いる方法でもよい。担体としては、アガロース、デキストラン、セルロースなどの不溶性多糖類、ポリスチレン、ポリアクリルアミド、シリコン等の合成樹脂、あるいはガラス等が挙げられる。
【0043】
サンドイッチ法においては、不溶化した本発明の抗体に被験試料を反応させ(1次反応)、さらに標識化した別の本発明の抗体を反応させ(2次反応)た後、不溶化担体上の標識剤の量(活性)を測定することにより、被験試料中の本発明のペプチド量を定量することができる。1次反応と2次反応は逆の順序に行っても、また、同時に行なってもよいし時間をずらして行なってもよい。
【0044】
本発明のポリペプチドに対するモノクローナル抗体を、サンドイッチ法以外の測定システム、例えば、競合法、イムノメトリック法あるいはネフロメトリーなどに用いることもできる。
競合法では、被験試料中の抗原と標識抗原とを抗体に対して競合的に反応させた後、未反応の標識抗原(F)と、抗体と結合した標識抗原(B)とを分離し(B/F分離)、B,Fいずれかの標識量を測定し、被験試料中の抗原量を定量する。本反応法には、抗体として可溶性抗体を用い、B/F分離をポリエチレングリコール、前記抗体に対する第2抗体などを用いる液相法、および、第1抗体として固相化抗体を用いるか、あるいは、第1抗体は可溶性のものを用い第2抗体として固相化抗体を用いる固相化法とが用いられる。
イムノメトリック法では、被験試料の抗原と固相化抗原とを一定量の標識化抗体に対して競合反応させた後固相と液相を分離するか、あるいは、被験試料中の抗原と過剰量の標識化抗体とを反応させ、次に固相化抗原を加え未反応の標識化抗体を固相に結合させた後、固相と液相を分離する。次に、いずれかの相の標識量を測定し被験試料中の抗原量を定量する。
また、ネフロメトリーでは、ゲル内あるいは溶液中で抗原抗体反応の結果生じた不溶性の沈降物の量を測定する。被験試料中の抗原量が僅かであり、少量の沈降物しか得られない場合にもレーザーの散乱を利用するレーザーネフロメトリーなどが好適に用いられる。
【0045】
これら個々の免疫学的測定法を本発明の定量方法に適用するにあたっては、特別の条件、操作等の設定は必要とされない。それぞれの方法における通常の条件、操作法に当業者の通常の技術的配慮を加えて本発明のペプチドの測定系を構築すればよい。これらの一般的な技術手段の詳細については、総説、成書などを参照することができる。
例えば、入江 寛編「ラジオイムノアッセイ」(講談社、昭和49年発行)、入江 寛編「続ラジオイムノアッセイ」(講談社、昭和54年発行)、石川栄治ら編「酵素免疫測定法」(医学書院、昭和53年発行)、石川栄治ら編「酵素免疫測定法」(第2版)(医学書院、昭和57年発行)、石川栄治ら編「酵素免疫測定法」(第3版)(医学書院、昭和62年発行)、「Methods in ENZYMOLOGY」 Vol. 70 (Immunochemical Techniques (Part A))、同書 Vol. 73 (Immunochemical Techniques (Part B))、同書 Vol. 74 (Immunochemical Techniques (Part C))、同書 Vol. 84 (Immunochemical Techniques (Part D: Selected Immunoassays))、同書 Vol. 92 (Immunochemical Techniques (Part E: Monoclonal Antibodies and General Immunoassay Methods))、同書 Vol. 121 (Immunochemical Techniques (Part I: Hybridoma Technology and Monoclonal Antibodies)) (以上、アカデミックプレス社発行)などを参照することができる。
【0046】
本発明のペプチドはタンパク質分解産物からなるため、通常の「サンドイッチELISAシステム」では、未分解のタンパク質や、切断部位が共通の類似ペプチド等様々な分子が測定値に影響を与える可能性がある。そこで、第1工程において、生体試料を抗体により免疫アフィニティ精製し、抗体に結合したフラクションを、第2工程において質量分析に付し、精緻な分子量を基準に同定、定量する、いわゆる免疫質量分析法を利用することができる(例えば、Rapid Commun. Mass Spectrom. 2007, 21: 352-358を参照)。例えば、生体試料として血液試料を用いる場合、該試料をそのままMALDI型質量分析計で測定しても、バイオマーカーのピークは観察されないが、免疫質量分析法によれば、未分解のタンパク質も類似ペプチドも、質量分析計で完全に分離され、バイオマーカーの正確な分子量を基準に高い特異性と感度で定量が可能となる。
【0047】
あるいは、本発明の抗体を用いる別の本発明の検査方法として、該抗体を上記したような質量分析計に適合し得るプローブの表面上に固定化し、該プローブ上の該抗体に被検試料を接触させ、該抗体に捕捉された生体試料成分を質量分析にかけ、該抗体が認識するマーカーペプチドの分子量に相当するピークを検出する方法が挙げられる。
【0048】
上記のいずれかの方法により測定された被験者由来の試料中のペプチド1、2または3のレベルが、健常者由来の対照試料中の該ペプチドのレベルに比べて有意に減少している場合、該被験者はOAに罹患している可能性が高いと診断することができる。例えば、カットオフ値として、健常者におけるペプチドレベルの平均-0.5SD(SD: 標準偏差)、平均-SD、平均-1.5SD、平均-2SDなどを採用し、被験者におけるペプチドレベルが該カットオフ値より低値である場合に、該被験者はOAに罹患している可能性が高いと診断することができる。
【0049】
上記のいずれかの方法により測定された被験者由来の試料中のペプチド4のレベルが、健常者由来の対照試料中の該ペプチドのレベルに比べて有意に上昇している場合、該被験者はOAに罹患している可能性が高いと診断することができる。例えば、カットオフ値として、健常者におけるペプチドレベルの平均+0.5SD(SD: 標準偏差)、平均+SD、平均+1.5SD、平均+2SDなどを採用し、被験者におけるペプチドレベルが該カットオフ値より高値である場合に、該被験者はOAに罹患している可能性が高いと診断することができる。
【0050】
本発明の検査方法は、患者から時系列で生体試料を採取し、各試料における本発明のペプチドの発現の経時変化を調べることにより行うことが好ましい。生体試料の採取間隔は特に限定されないが、患者のQOLを損なわない範囲でできるだけ頻繁にサンプリングすることが望ましく、例えば、血漿もしくは血清を試料として用いる場合、約1週間〜約2ヶ月の間隔で採血を行うことが好ましい。本発明のペプチドのうち、ペプチド1〜3のレベルが経時的に増加した場合には、該患者におけるOAの病態が改善されている可能性が高いと判定することができる。また、ペプチド4のレベルが経時的に低下した場合には、該患者におけるOAの病態が改善されている可能性が高いと判定することができる。
【0051】
さらに、上記時系列的なサンプリングによるOAの検査方法は、前回サンプリングと当回サンプリングとの間に、被験者である患者に対して該疾患の治療措置が講じられた場合に、当該措置による治療効果を評価するのに用いることができる。即ち、治療の前後にサンプリングした試料について、治療後の状態が治療前の状態と比較して病態の改善が認められると判定された場合に、当該治療の効果があったと評価することができる。一方、治療後の状態が治療前の状態と比較して病態の改善が認められない、あるいはさらに悪化していると判定された場合には、当該治療の効果がなかったと評価することができ、治療方針の変更のための指針となり得る。
【0052】
さらに本発明のペプチドは、診断以外に積極的なOAの創薬ターゲットを提供することもできる。即ち、該ペプチドそれ自体が該疾患の治療(寛解)方向に生理機能を持つ(「治療ペプチド」という)場合、該ペプチドの量もしくは活性を増大させる物質を患者に投与することにより、また、該ペプチドそれ自体が該疾患の増悪方向に生理機能を持つ場合(「増悪ペプチド」という)、該ペプチドの量もしくは活性を低減させる物質を投与することにより、それぞれ該疾患を治療することができる。
【0053】
本発明はまた、本発明のペプチドが治療ペプチドとして作用する場合に、該ペプチドの量もしくは活性を増大させる、および/または、本発明のペプチドが増悪ペプチドとして作用する場合に、該ペプチドの量もしくは活性を低減させることによる、OAの治療方法を提供する。該治療方法は、具体的には、治療ペプチドとしての本発明のペプチドの量もしくは活性を増大させる物質および/または増悪ペプチドとしての本発明のペプチドの量もしくは活性を低減させる物質の有効量を、OA患者に投与することを含む。従って、本発明はまた、治療ペプチドとしての本発明のペプチドの量もしくは活性を増大させる物質および/または増悪ペプチドとしての本発明のペプチドの量もしくは活性を低減させる物質を含有してなる、OA治療剤を提供する。
具体的には、治療ペプチドとしての本発明のペプチドの活性を増大させる物質としては、該ペプチド自体あるいはそれと同様のアゴニスト作用を有する分子が挙げられる。あるいは、治療ペプチドとしての本発明のペプチドの活性を増大させる物質として、該ペプチドの非中和抗体、好ましくはアゴニスト抗体なども挙げることができる。一方、増悪ペプチドとしての本発明のペプチドの活性を低減させる物質としては、該ペプチドのアンタゴニスト作用を有する分子、あるいは該ペプチドに対する中和抗体などが挙げられる。
また、治療ペプチドとしての本発明のペプチドの産生を増大させる物質としては、生体内に存在する親蛋白質(C4a、C3)から該ペプチドを遊離する分解酵素、該ペプチドのN末側および/またはC末側に該分解酵素により認識・切断されるアミノ酸配列をさらに含む、該分解酵素の基質もしくは基質アナログ分子、該分解酵素の産生を促進する分子(類似化合物を含む)、該分解酵素の活性を促進する分子、該分解酵素のインヒビターの産生を抑制する分子などが挙げられる。該ペプチドのN末側および/またはC末側のアミノ酸配列から、該ペプチドを遊離させる分解酵素の存在が示唆され、該ペプチドのN末側および/またはC末側のアミノ酸配列をプローブにした分解酵素探索と同定が可能となる。こうして同定された分解酵素の基質もしくは基質アナログ分子、即ち、該ペプチドのN末側および/またはC末側に該分解酵素により認識・切断されるアミノ酸配列をさらに含むペプチド分子は、OA患者の体内で該分解酵素により切断されて治療ペプチドとしての本発明のペプチドもしくはそのアナログ分子を遊離するので、同様の治療効果を奏することができる。一方、同定された分解酵素の産生および/または活性を促進する物質も、間接的に治療ペプチドとしての本発明のペプチドの産生を増大させることができる。これらの物質は、標的の分解酵素が同定されれば、自体公知の手法によりスクリーニングし、あるいは分子設計することができる。
一方、増悪ペプチドとしての本発明のペプチドの産生を低減させる物質としては、生体内に存在する蛋白質から該ペプチドを遊離する分解酵素の産生を抑制する分子、該分解酵素のインヒビター、該インヒビターの産生を促進する分子などが挙げられる。増悪ペプチドとしての本発明のペプチドを遊離する分解酵素は、上記治療ペプチドとしての本発明のペプチドと同様の手法により探索・同定することができる。こうして同定された分解酵素を用いて、自体公知の手法により、該分解酵素の産生もしくは活性を直接または間接的に抑制(阻害)する物質をスクリーニングし、あるいは分子設計することができる。
【0054】
治療ペプチドとしての本発明のペプチドの量もしくは活性を増大させる物質および増悪ペプチドとしての本発明のペプチドの量もしくは活性を低減させる物質は、常套手段に従って製剤化することができる。
例えば、経口投与のための組成物としては、固体または液体の剤形、具体的には錠剤(糖衣錠、フィルムコーティング錠を含む)、丸剤、顆粒剤、散剤、カプセル剤(ソフトカプセル剤を含む)、シロップ剤、乳剤、懸濁剤などがあげられる。かかる組成物は自体公知の方法によって製造され、製剤分野において通常用いられる担体、希釈剤もしくは賦形剤を含有するものである。例えば、錠剤用の担体、賦形剤としては、乳糖、でんぷん、蔗糖、ステアリン酸マグネシウムなどが用いられる。
非経口投与のための組成物としては、例えば、注射剤、坐剤などが用いられ、注射剤は静脈注射剤、皮下注射剤、皮内注射剤、筋肉注射剤、点滴注射剤、関節内注射剤などの剤形を包含する。かかる注射剤は、自体公知の方法に従って、例えば、上記化合物またはその塩を通常注射剤に用いられる無菌の水性もしくは油性液に溶解、懸濁または乳化することによって調製する。注射用の水性液としては、例えば、生理食塩水、ブドウ糖やその他の補助薬を含む等張液などが用いられ、適当な溶解補助剤、例えば、アルコール(例、エタノール)、ポリアルコール(例、プロピレングリコール、ポリエチレングリコール)、非イオン界面活性剤〔例、ポリソルベート80、HCO-50(polyoxyethylene(50 mol)adduct of hydrogenated castor oil)〕などと併用してもよい。油性液としては、例えば、ゴマ油、大豆油などが用いられ、溶解補助剤として安息香酸ベンジル、ベンジルアルコールなどを併用してもよい。調製された注射液は、通常、適当なアンプルに充填される。直腸投与に用いられる坐剤は、上記化合物またはその塩を通常の坐薬用基剤に混合することによって調製される。
【0055】
上記の経口用または非経口用医薬組成物は、活性成分の投与量に適合するような投薬単位の剤形に調製されることが好都合である。かかる投薬単位の剤形としては、錠剤、丸剤、カプセル剤、注射剤(アンプル)、坐剤などが例示され、それぞれの投薬単位剤形当たり通常5〜500 mg、とりわけ注射剤では5〜100 mg、その他の剤形では10〜250 mgの上記化合物が含有されていることが好ましい。
なお前記した各組成物は、上記治療ペプチドとしての本発明のペプチドの量もしくは活性を増大させる物質または増悪ペプチドとしての本発明のペプチドの量もしくは活性を低減させる物質との配合により、好ましくない相互作用を生じない限り、他の活性成分を含有してもよい。
【0056】
このようにして得られる製剤は安全で低毒性であるので、例えば、ヒトに対して経口的にまたは非経口的に投与することができる。
治療ペプチドとしての本発明のペプチドの量もしくは活性を増大させる物質および増悪ペプチドとしての本発明のペプチドの量もしくは活性を低減させる物質の投与量は、その作用、投与ルート、患者の重篤度、年齢、体重、薬物受容性などにより差異はあるが、例えば、成人1日あたり活性成分量として約0.0008〜約25 mg/kg、好ましくは約0.008〜約2 mg/kgの範囲であり、これを1回もしくは数回に分けて投与することができる。
【0057】
以下に実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明がこれらに限定されないことは言うまでもない。
【実施例】
【0058】
実施例1 BlotChipを用いたプロファイリング解析
骨粗鬆症を併発しないKOA患者(KOA2OPnasi)6例およびLOA患者(LOA2OPnasi)14例、並びに健常者17例(normal)(表1)から採取した血清各1.5 μLを、電気泳動用サンプル処理液(NuPAGE(登録商標)LDS Sample Buffer 4x ;Invitrogen)4.5 μLと混合し、70℃で10分間加熱処理した後、4-12%グラジェントポリアクリルアミドゲル(Invitorigen)にアプライし、電気泳動を行った。電気泳動終了後、ゲルを切り出してBLOTCHIP(登録商標)(Protosera, Inc.)に積層し、電気転写用バッファー(BLOTBufferTM; Protosera, Inc.)中、90 mAで120分間転写した。転写終了後、チップの表面を超純水でリンスし、チップ全体にマトリックス(α-Cyano-4-hydroxy cinnamic acid)を塗布後、matrix-assisted laser desorption ionization time-of-flight (MALDI-TOF) mass spectrometer (Bruker Daltnics社製Ultra-FlexII)で質量分析を行った。測定パラメータは、Detector voltage 1685 V, Supression1000, Laser Intensity は28〜35のFuzzyモードで、1チップあたり415点、1点あたり500回のレーザー照射で、総計207,500回レーザー照射を行った。得られたスペクトル中の各ピーク強度をm/z 毎に積算し、1個の積算スペクトルに変換した。積算スペクトルをClinProTools (Bruker Daltonik GmbH) を用いて、患者血清と健常者血清の間でディファレンシャルプロファイリング解析を行った。さらにこうして得られた解析結果を実際の積算スペクトル中のピークと照合した。
その結果、OA患者群において、ピーク強度が健常者群と比較して顕著に低値を示すm/z約1450、約1816および1868の3種のペプチド(それぞれペプチド1〜3と命名)、並びにピーク強度が健常者群と比較して顕著に高値を示すm/z約1899のペプチド(ペプチド4と命名)が検出された(図1〜4)。
【0059】
【表1】

【0060】
実施例2 BlotChip上でのde novo MS/MS解析によるペプチドの同定
同定にはmatrix-assisted laser desorption ionization time-of-flight (MALDI-TOF) mass spectrometer (Bruker Daltnics社製Ultra-FlexII) を使用し、Bradykinin, AngiotensinII, AngiotensinI, SubstanceP, Bombesin,Renin Substrate, ACTH Clip{1-17}, ACTH Clip{18-39}, Somatostatinを用いて質量校正を行った。その後、リフレクトロン測定モードでプロファイリングをとり、選択したペプチドピークとそのフラグメントイオンからBiotools (Bruker Daltonik GmbH) に組み込まれているMASCOT検索エンジンを通して、NCBInr及び、SwissProtデータベースと合わせ、MS/MS解析による同定を行った。
その結果、ペプチド1〜4は、それぞれ配列番号1〜4に示される各アミノ酸配列からなるペプチドであると同定された。ホモロジー検索の結果、ペプチド1およびペプチド4は、それぞれC4aタンパク質の1353-1365位および1337-1352位に相当するフラグメント、ペプチド2およびペプチド3は、それぞれC3タンパク質の749-764位および1304-1319位に相当するフラグメントであることが明らかとなった(表2)。
【0061】
【表2】

【産業上の利用可能性】
【0062】
本発明の新規なOA診断マーカーを利用した臨床検査方法は、OAを迅速且つ的確に判断できるので、該疾患の早期発見、早期治療が可能となる点で有用である。また、本発明における測定対象たる本発明のペプチドは、それ自体、これらの疾患における創薬ターゲットとなり得るので、OAの新規治療薬のスクリーニング、並びにそれらを用いた該疾患の治療に利用し得る点で、極めて有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験者より採取した生体試料中の、配列番号1〜4に示される各アミノ酸配列からなるペプチド群より選ばれる1以上のペプチドの量を測定することを特徴とする、該被験者における変形性関節症の診断のための検査方法。
【請求項2】
変形性関節症が変形性膝関節症または変形性腰椎症である、請求項1記載の方法。
【請求項3】
生体試料が体液である、請求項1または2記載の方法。
【請求項4】
体液が血液、血漿、血清、唾液、尿、関節液、髄液、骨髄液、胸水、腹水、涙液、眼房水、硝子体液およびリンパ液からなる群より選択される、請求項3記載の方法。
【請求項5】
生体試料を質量分析にかけることを含む、請求項1〜4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
配列番号1〜4に示される各アミノ酸配列からなる各ペプチドを特異的に認識する抗体群より選ばれる1以上の抗体を用いることを特徴とする、請求項1〜4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
患者から時系列で生体試料を採取し、該試料における、配列番号1〜4に示される各アミノ酸配列からなるペプチド群より選ばれる1以上のペプチドの量の経時変化を調べることを特徴とする、請求項1〜6のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
変形性関節症患者における治療効果の評価方法であって、治療が施される前後に該患者から採取した生体試料における、配列番号1〜4に示される各アミノ酸配列からなるペプチド群より選ばれる1以上のペプチドの量の変化を調べることを特徴とする方法。
【請求項9】
配列番号1〜4のいずれかに示されるアミノ酸配列からなるペプチド。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−117813(P2011−117813A)
【公開日】平成23年6月16日(2011.6.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−274971(P2009−274971)
【出願日】平成21年12月2日(2009.12.2)
【出願人】(509332084)学校法人北陸大学 (1)
【出願人】(509332729)
【出願人】(504150782)株式会社プロトセラ (8)
【Fターム(参考)】