説明

多価グリシジル化合物の製造方法

【課題】酸化剤として過酸化水素水溶液を用いて多価アリル化合物を酸化することにより多価グリシジル化合物を効率的に製造する方法を提供する。
【解決手段】基質としてアリル基を3つ以上有する多価アリル化合物を用い、エポキシ化反応途中で反応を停止して反応液中の水を除去し、その後再度エポキシ化反応を行なう工程を含む。反応途中で反応液中の水を除去することにより反応進行に伴い生成する反応中間体のグリシジル基の加水分解を抑制することができる。好ましくはアセトニトリルおよびアルコールの存在下で反応を行なう。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多価グリシジル(エポキシ)化合物の製造方法に関する。さらに詳しくは、光学特性、硬度、強度、耐熱性などに優れ、特に、電子材料分野に適した硬化性樹脂組成物の原料となる多価グリシジル化合物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
グリシジル化合物は電気特性、接着性、耐熱性などに優れるために、塗料分野、土木分野、電気分野などの多くの用途で使用されている。特に、ビスフェノールA型ジグリシジルエーテル、ビスフェノールF型ジグリシジルエーテル、フェノールノボラック型エポキシ樹脂、クレゾールノボラック型エポキシ樹脂等の芳香族グリシジル(エポキシ)化合物は、耐水性、接着性、機械物性、耐熱性、電気絶縁性、経済性などが優れることから種々の硬化剤と組み合わせて広く使用されている。
【0003】
グリシジル(エポキシ)化合物の代表例であるグリシジルエーテル化合物の従来知られている製造方法としては、対応するアルコールを触媒の存在下または不在下に塩基性条件下でエピクロロヒドリンと反応させて、グリシジルエーテル化合物を得る方法がある。この方法では有機塩素化合物がグリシジルエーテル化合物中に必ず残存してしまい、幾つかの用途、例えばエレクトロニクス用途で使用するには、絶縁特性が低くなるという欠点があるため好ましくない。特に、脂肪族アルコールにおいては、エピクロロヒドリンとの反応により生じた開環付加生成物が、さらにエピクロロヒドリンと反応しポリマーが生成したり、開環付加の際に、望ましくない位置での反応が起こり、それらが生成物中に残存するため、有機塩素化合物の含有量が多くなるといった問題がある。さらに、反応点を複数有する多価アルコールにおいては、上記問題が顕著となり、目的物の純度が著しく低下することが知られている。
【0004】
そこで、ハロゲン化合物であるエピクロロヒドリンを用いないグリシジルエーテル化合物の合成法として、原料のアルコールをアリル化(第一の工程)した後に、酸化剤を利用して、得られたアリルエーテル化合物のアリル基の炭素−炭素二重結合を直接グリシジル化(第二の工程)することが検討されている。
【0005】
上記第二の工程であるアリルエーテル化合物のグリシジル(エポキシ)化方法の一つとしては、過酸化水素を酸化剤として用いて、アルカリ金属の炭酸塩、炭酸水素塩等の塩基性塩化合物の存在下に過酸化水素と有機ニトリル化合物をアリルエーテル化合物の炭素−炭素二重結合と反応させる方法が知られている。例えば、特許文献1(特開昭59−227872号公報)にはポリアリルエーテル化合物をアセトニトリルの存在下、反応系のpHを7.5以上に調節しながら過酸化水素と反応させるエポキシ化合物の製造方法が開示されている。特許文献2(特開2008−239579号公報)にはアダマンタン骨格を有するアリルオキシ化合物と、ニトリル化合物と、過酸化水素水とを、塩基性化合物の存在下で反応させるアダマンタン骨格を有するエポキシ化合物の製造方法が開示されている。特許文献3(国際公開第2011/078091号パンフレット)には反応系内を所定のアセトニトリル濃度に制御しながらアルコールを含む溶媒を用いて炭素−炭素二重結合を有する有機化合物の該炭素−炭素二重結合を過酸化水素を酸化剤として用いてエポキシ化する製造方法が開示されている。特許文献4(特開2003−246835号公報)には1,1,1,1−テトラ(アリルオキシメチル)メタンを酸化剤を用いて反応させることにより得られる多官能アルコール化合物を、アリルクロライドにてアリルエーテル化した後、酸化剤を用いてエポキシ化することを特徴とする多価エポキシ化合物の製造方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開昭59−227872号公報
【特許文献2】特開2008−239579号公報
【特許文献3】国際公開第2011/078091号パンフレット
【特許文献4】特開2003−246835号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1〜3ではいずれも塩基性条件下において反応が実施されているため、系中に存在する水によるグリシジル基の加水分解反応がしばしば起こり、その結果、生成物の収率、純度が低下する。分子内にアリル基を1つまたは2つ有する基質のグリシジル化反応が迅速に進行するのに対し、分子内に3つ以上のアリル基を有するアリルエーテル化合物を基質として用いて分子内に3つ以上のグリシジル基を有するグリシジルエーテル化合物を製造する場合には反応する置換基が多いため、全てのアリルエーテル基がグリシジルエーテル基になるまで反応させるにはより長時間を要する。また、分子内に有するグリシジルエーテル基が多い化合物ほど極性が強くなり水への溶解度が高くなる傾向があるため、長時間の反応の間にアリル基のグリシジル化反応とともに生成した反応中間体(n(n≧3)個のアリルエーテル基の一部(例えば1または2個)がグリシジルエーテル基となったもの)のグリシジル基の加水分解反応が同時に進行することを本発明者は確認している。そのためグリシジルエーテル基を多数有する生成物を高い収率で得ることが困難であることがわかった。特許文献1〜3には生成するグリシジルエーテル化合物の加水分解を抑制することについては記載も示唆もない。特許文献4には酸化剤として過酸化水素を使用することができる旨の記載もあるが、実施例では酸化剤としてm−クロロ過安息香酸を用い、塩化メチレンを反応溶媒として用いた一例が記載されているのみである。すなわち、特許文献4ではグリシジル化反応系内に水を含まないため、当該文献にはグリシジル基の加水分解という課題の認識はない。
【0008】
本発明は、酸化剤として過酸化水素水溶液を用いて多価アリル化合物を酸化することにより多価グリシジル化合物を効率的に製造する方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、前記課題を解決するために鋭意研究し、実験を重ねた結果、アセトニトリルの存在下、過酸化水素水溶液を酸化剤として用いて、アリル基を3つ以上有する多価アリル化合物を酸化(アリル基の炭素−炭素二重結合をエポキシ化)することにより3つ以上のグリシジル基を有する多価グリシジル化合物を製造する方法において、エポキシ化反応を反応途中で停止して反応液中の水を除去した後、エポキシ化反応を再開する工程を含むことにより高効率で多価グリシジル化合物を得ることができることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち、本発明は以下のとおりのものである。
[1]過酸化水素水溶液を酸化剤として用いて、アリル基を3つ以上有する多価アリル化合物のアリル基の炭素−炭素二重結合をエポキシ化する多価グリシジル化合物の製造方法において、エポキシ化反応途中で反応を停止して反応液中の水を除去し、その後再度エポキシ化反応を行なう工程を含むことを特徴とする多価グリシジル化合物の製造方法。
[2]前記エポキシ化反応途中の反応停止を反応生成物中のグリシジル基の加水分解が確認された段階で行なう[1]に記載の多価グリシジル化合物の製造方法。
[3]前記エポキシ化反応をアセトニトリルおよびアルコールの存在下で行なう[1]または[2]に記載の多価グリシジル化合物の製造方法。
[4]前記アルコールが炭素数1〜4のアルコールである[3]に記載の多価グリシジル化合物の製造方法。
[5]前記多価アリル化合物がアリルエーテル基を3つ以上有する化合物である[1]〜[4]のいずれかに記載の多価グリシジル化合物の製造方法。
[6]前記多価アリル化合物が、トリメチロールプロパントリアリルエーテル、グリセリントリアリルエーテル、ペンタエリスリトールトリアリルエーテル、ペンタエリスリトールテトラアリルエーテル、ジトリメチロールプロパントリアリルエーテル、ジトリメチロールプロパンテトラアリルエーテル、ジグリセリントリアリルエーテル、ジグリセリンテトラアリルエーテル、エリスリトールトリアリルエーテル、エリスリトールテトラアリルエーテル、キシリトールトリアリルエーテル、キシリトールテトラアリルエーテル、キシリトールペンタアリルエーテル、ジペンタエリスリトールトリアリルエーテル、ジペンタエリスリトールテトラアリルエーテル、ジペンタエリスリトールペンタアリルエーテル、ジペンタエリスリトールヘキサアリルエーテル、ソルビトールトリアリルエーテル、ソルビトールテトラアリルエーテル、ソルビトールペンタアリルエーテル、ソルビトールヘキサアリルエーテル、イノシトールトリアリルエーテル、イノシトールテトラアリルエーテル、イノシトールペンタアリルエーテル、イノシトールヘキサアリルエーテル、フェノールノボラック型ポリアリルエーテル、クレゾール型ポリアリルエーテル、ナフタレン含有ノボラック型ポリアリルエーテル、テトラアリルジアミノジフェニルメタン、トリアリルイソシアヌレート、アミノフェノールトリアリルエーテルからなる群のいずれかである[1]〜[4]のいずれかに記載の多価グリシジル化合物の製造方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明の多価グリシジル化合物の製造方法によれば、アリル基(炭素−炭素二重結合を含む)を3つ以上有する多価アリル化合物と過酸化水素水溶液の反応から高収率で多価グリシジル化合物を製造できる。従って、本発明は工業的に多大な効果をもたらす。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明の実施例1における18時間後の反応液のUHPLC分析チャートを示す図である。
【図2】ペンタエリスリトールテトラグリシジルエーテルの加水分解物のUHPLC分析チャートを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明は、過酸化水素水溶液を酸化剤として用いて、アリル基を3つ以上有する多価アリル化合物(以下、基質ともいう)のアリル基の炭素−炭素二重結合をエポキシ化する多価グリシジル化合物の製造方法において、エポキシ化反応途中で反応を停止して反応液中の水を除去し、その後再度エポキシ化反応を行なう工程を含むことを特徴とする。
【0014】
本発明では、酸化剤として過酸化水素水溶液を用いる。過酸化水素水溶液の濃度には特に制限はないが、一般的には1〜80質量%、好ましくは10〜60質量%の範囲から選ばれる。工業的な生産性の観点、および分離の際のエネルギーコストの点からは過酸化水素水溶液は高濃度のほうが好ましいが、一方で過度に高濃度の、および/または過剰量の過酸化水素水溶液を用いないほうが経済性、安全性などの観点で好ましい。
【0015】
過酸化水素水溶液の使用量には特に制限はない。反応系内の過酸化水素濃度は反応の進行に伴い減少する。この減少に対し追添補充することにより反応系内の過酸化水素濃度を0.1〜30質量%、より好ましくは0.2〜10質量%の範囲内に保持することが好ましい。0.1質量%より少ないと生産性が悪くなり、一方、30質量%より多いと詳細は後述するが溶媒としてアルコールを用いる際にアルコールと水の混合組成中での爆発性が高まり危険となる場合がある。なお、反応初期に反応系内に多量の過酸化水素を仕込むと反応が急激に進行し危険な場合があるため、後述するように過酸化水素は反応系内にゆっくり添加することが好ましい。
【0016】
本発明の多価グリシジル化合物の製造方法において用いられる基質は、アリル基を3つ以上有する多価アリル化合物であれば特に制限はない。アリルエーテル基を3つ以上有する多価アリル化合物が好ましい。ここでいう「アリルエーテル基」とは「C=C−C−O−」結合、すなわちアリルオキシ基を意味する。化合物中に含まれるアリル基の数は3つであってもよいし、4つ以上であってもよい。アリル基の数が3つの化合物としては、トリメチロールプロパントリアリルエーテル、グリセリントリアリルエーテル、ペンタエリスリトールトリアリルエーテル、ジトリメチロールプロパントリアリルエーテル、ジグリセリントリアリルエーテル、エリスリトールトリアリルエーテル、キシリトールトリアリルエーテル、ジペンタエリスリトールトリアリルエーテル、ソルビトールトリアリルエーテル、イノシトールトリアリルエーテル等の脂肪族エーテル化合物が例示できる。また、アリル基の数が4つ以上の化合物としては、ペンタエリスリトールテトラアリルエーテル、ジトリメチロールプロパンテトラアリルエーテル、ジグリセリンテトラアリルエーテル、エリスリトールテトラアリルエーテル、キシリトールテトラアリルエーテル、キシリトールペンタアリルエーテル、ジペンタエリスリトールテトラアリルエーテル、ジペンタエリスリトールペンタアリルエーテル、ジペンタエリスリトールヘキサアリルエーテル、ソルビトールテトラアリルエーテル、ソルビトールペンタアリルエーテル、ソルビトールヘキサアリルエーテル、イノシトールテトラアリルエーテル、イノシトールペンタアリルエーテル、イノシトールヘキサアリルエーテル等の脂肪族エーテル化合物が例示できる。また、フェノールノボラック型ポリアリルエーテル、クレゾール型ポリアリルエーテル、ナフタレン含有ノボラック型ポリアリルエーテル等のノボラック型化合物も例示できる。また、多価アリルアミンとしてテトラアリルジアミノジフェニルメタン等、トリアリルイソシアヌレート、アミノフェノールトリアリルエーテル等が例示できる。
【0017】
本発明の多価グリシジル化合物の製造方法は、アリル基を3つ以上有する多価アリル化合物(基質)を過酸化水素水溶液によりエポキシ化する反応であれば特に制限はないが、アルカリ金属の炭酸塩、炭酸水素塩等の塩基性塩化合物およびアセトニトリルの存在下で過酸化水素と多価アリル化合物のアリル基の炭素−炭素二重結合とを反応させることが、反応性が高く反応生成物の分離および/または精製が容易である点で好ましい。工業的に安定に生産を行うことを考えると、アセトニトリルと基質を最初に反応器に仕込み、反応温度を極力一定に保ちつつ、過酸化水素については反応で消費されているのを確認しながら、徐々に加えることが好ましい。このような方法を採れば、反応器内で過酸化水素が異常分解して酸素ガスが発生したとしても、過酸化水素の蓄積量が少なく圧力上昇を最小限に留めることができる。
【0018】
上記の通りアセトニトリルを使用してエポキシ化反応を実施する場合は、反応液中にアルコールを溶媒として共存させることが好ましい。アルコールは、基質の溶媒として、さらには基質の粘度が高い場合に基質への過酸化水素の移動速度を高めるための粘度希釈剤として機能する。また、アルコールは、基質の親水性が低い場合に、基質およびアセトニトリルを含む有機層と過酸化水素を含む水層を均一系にして反応速度を高める作用がある。アルコールを共存させない、あるいは使用量が不足すると、反応系に二層分離が起こり、結果として過酸化水素のエポキシ化選択率が低下する。アルコールとしては、炭素数1〜4のアルコールが好ましく、より好ましくは炭素数1〜4の1級アルコール、さらに好ましくはメタノール、エタノール、1−プロパノールである。アルコールの使用量は、基質に対し0.5〜20モル当量の範囲とすることが好ましく、3.0〜15モル当量がより好ましい。0.5モル当量より少ないと、二層分離が起こりやすく、20モル当量より多いと反応が遅くなる。
【0019】
アセトニトリルの反応開始時の仕込み量は、基質のアリル基の数を基準として、1.2〜5モル当量の範囲とすることが好ましく、1.5〜3モル当量がより好ましい。1.2モル当量より少ないと収率が低下し、一方、5モル当量より多くしても、過酸化水素のエポキシ化選択率が低下する傾向があり、またコスト高となるため好ましくない。なお、反応中にアセトニトリルを追添する場合反応に用いる基質の総使用量に対するアセトニトリルの総使用量の割合(アセトニトリル/基質のアリル基(モル比))も上記範囲、すなわち1.2〜5を満たすことが好ましく、より好ましくは1.5〜3である。本発明で使用するアセトニトリルの由来は特に制限はなく、市販品のほか、例えばソハイオ法によるアクリロニトリルの製造時に副生成物として得られる粗製アセトニトリル等を使用してもよい。粗製アセトニトリルを使用することにより製造コストの低減が図れる。
【0020】
本発明の多価グリシジル化合物の製造方法において、反応液のpHを9〜11とすることが好ましく、より好ましくは9.5〜11、さらに好ましくは10〜11の範囲である。pHが9より低いと反応速度が低下するため、生産性が悪くなり、一方、11より高い場合、反応が急激に進行し危険であり収率も低下する傾向がある。過酸化水素は高アルカリ雰囲気下で分解が活発に起こるため、反応初期の段階ではpHを9〜10程度とし、過酸化水素の添加とともに必要に応じて徐々に反応液のpHを10〜11程度に制御することがより好ましい。
【0021】
反応系内のpH調整に用いられる塩基性塩化合物としては、例えば、炭酸カリウム、炭酸水素カリウム、水酸化カリウム、水酸化ナトリウム、水酸化セシウム等の無機塩基塩やカリウムメトキシド、カリウムエトキシド、ナトリウムメトキシド、ナトリウムエトキシド、水酸化テトラメチルアンモニウム等の有機塩基塩が挙げられる。炭酸カリウム、炭酸水素カリウム、水酸化カリウム、水酸化ナトリウム、カリウムメトキシド、カリウムエトキシド、ナトリウムメトキシド、ナトリウムエトキシドは、pH調整が容易である点で好ましい。水酸化カリウムや水酸化ナトリウムは水やアルコールへの溶解性が高く、反応性も良いためより好ましい。
【0022】
前記した塩基性塩化合物は、水溶液またはアルコール溶液として用いることができる。アルコール溶液の溶媒として用いられるアルコールには、メタノール、エタノール、プロパノール、ブタノール等が挙げられ、前述の反応溶媒と同一のものを使用することが好ましい。塩基性塩化合物の溶液は、反応液のpHが過酸化水素の添加に伴い9を下回らないように追加することが好ましく、このとき反応液の温度が20〜100℃の範囲で、より好ましくは25〜60℃の範囲を保持するように追加することが好ましい。
【0023】
本発明の多価グリシジル化合物の製造方法において、反応温度は、通常、20〜100℃の範囲、好ましくは25〜60℃の範囲で行われる。また、反応時間は、反応温度により左右され、一概に定めることはできないが、通常は4〜100時間の範囲、好ましくは8〜80時間の範囲で行われる。
【0024】
本発明の多価グリシジル化合物の製造方法は、エポキシ化反応の途中で反応を一旦停止し、反応液中の水を除去する工程を有する。3つ以上のアリル基を有する多価アリル化合物を基質として用いてエポキシ化する反応では、アリル基を1つまたは2つ有するアリル化合物を基質として用いる場合に比べてエポキシ化反応に長時間を要する。そのため、反応中、反応の進行に伴い生成する反応中間体の有するグリシジル基の加水分解反応が進行することを本発明者は確認している。これは酸化剤として添加する過酸化水素水溶液により反応液中の水分が増加することが大きく影響していると考えられる。そこで、反応途中で一旦反応を停止し、反応液中の水を除去する工程を実施する。反応を停止するタイミングは、反応中間体の有するグリシジル基の加水分解が確認された時点で実施することが好ましい。反応は反応液中に残存する過酸化水素を除去することで停止させる。
【0025】
グリシジル基の加水分解が生起しているかどうかは反応液のGC(ガスクロマトグラフィー)分析またはUHPLC(超高速液体クロマトグラフィー)分析により検出することができる。具体的には、シリカゲル60(球状)(関東化学株式会社製)を用いて、カラムクロマトグラフィーにより反応液中の反応中間体を単離した後に、NMR分析により反応中間体(グリシジル基の加水分解により生成した水酸基を2つ有する化合物)の構造を同定することで確認できる。また、GC分析、UHPLC分析などで得られた成分の保持時間を確認し、標品を用いて反応液の分析を行うことができる。
【0026】
反応液は通常過酸化水素を含有するため、反応液中の水を除去した後に有機層を回収する際には、反応を停止させかつ過酸化水素の濃縮による爆発の危険性を避けるために過酸化水素を還元除去する。用いる還元剤としては、亜硫酸ナトリウム、チオ硫酸ナトリウムなどが挙げられるが、これらの還元剤に限定されるものではない。この際反応液中の水を、反応中間体を含む有機層と効率的に分離除去するために水との相溶性が低い適量の有機溶媒を反応液に加えることが好ましい。用いる有機溶媒の例としてはトルエン、酢酸エチル、ジクロロメタンなどが挙げられるが、これらの有機溶媒に限定されるものではない。この処理により反応液中に残存する過酸化水素を除去するとともに水層と有機溶媒を含む有機層を分離し、その有機層を回収および濃縮することにより反応中間体が得られる。
【0027】
上記工程により得られた反応中間体に対して、例えば、再びアセトニトリルおよびアルコールの存在下、過酸化水素水溶液を酸化剤として用いて、エポキシ化反応を再度実施する。このときの反応条件は前述の条件と同様である。
【0028】
上記エポキシ化反応の停止、反応液中の水を除去する工程を行なう回数は特に制限はないが、回数が多くなるとかえって収率の低下を招くことになるので、3回以下、より好ましくは2回以下、さらに好ましくは1回である。
【0029】
上記エポキシ化反応の停止、反応液中の水を除去する工程を必要回数実施して最終的に得られた反応生成物を含む反応液は、前述の反応中間体を含む反応液同様に反応液中に含まれる過酸化水素の還元処理、水層と有機層の分離除去処理を行い、有機層中に含まれる反応生成物を濃縮し、必要に応じて公知の方法(蒸留、クロマト分離、再結晶、昇華等)で精製することにより目的の多価グリシジル化合物を得ることができる。
【実施例】
【0030】
以下、実施例により本発明を具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に制限されるものではない。
【0031】
合成例1(ペンタエリスリトールテトラアリルエーテルの合成)
2.0リットル三口丸底フラスコにネオアリル(登録商標)P−30M(ペンタエリスリトールトリアリルエーテル、ダイソー株式会社製)400.0g(1.57mol)を入れ、反応装置系内を窒素置換した。水酸化ナトリウム水溶液(50質量%、純正化学株式会社製)を300g(3.8mol)を加え、80℃まで加熱し、反応系を約80℃で1時間攪拌した後に、反応系を約40℃まで冷却した。反応系内を約40℃に保ちながら、テトラブチルアンモニウムブロマイド(東京化成工業株式会社製)55.6g(0.2mol)、塩化アリル(和光純薬工業株式会社製)366g(4.0mol)を加え、20時間攪拌した。反応終了後、酢酸エチル200gと水100gを加え分液処理し、有機層を純水50mL/回で中性になるまで洗浄した。得られた有機層の有機溶媒(酢酸エチル)を留去し、ガスクロマトグラフィー(Agilent Technologies,Inc社製、Agilent 6850 Series II HP−1)により測定した純度96%の目的物487.8gを得た。
【0032】
合成例2(トリメチロールプロパントリアリルエーテルの合成)
2.0リットル三口丸底フラスコにネオアリル(登録商標)T−20(トリメチロールプロパンジアリルエーテル、ダイソー株式会社製)2000.0g(9.4mol)を入れ、反応装置系内を窒素置換した。水酸化ナトリウム水溶液(50質量%)4500g(56.3mol)を加え、反応系を約80℃で1時間攪拌した後に、約40℃まで冷却した。反応系内を約40℃に保ちながら、テトラブチルアンモニウムブロマイド200.0g(0.6mol)、塩化アリル2400g(31.4mol)を入れ20時間攪拌した。反応終了後、酢酸エチル2000gと水1000gを加え分液処理し、有機層を純水500mL/回で中性になるまで洗浄した。得られた有機層の有機溶媒(酢酸エチル)を留去し、ガスクロマトグラフィーにより測定した純度94%の目的物2444.3gを得た。
【0033】
実施例1(ペンタエリスリトールテトラグリシジルエーテルの合成)
合成例1で得られたペンタエリスリトールテトラアリルエーテル200g(0.67mol)、アセトニトリル(純正化学株式会社製)220g(5.36mol)、メタノール(純正化学株式会社製)100g(3.12mol)を2リットル3つ口フラスコに仕込み、50質量%水酸化カリウム水溶液(和光純薬工業株式会社製)を少量加え、反応系内のpHを約10.5に調整した後、内温35℃で45質量%過酸化水素水溶液(日本パーオキサイド株式会社製)160g(2.12mol)を、内温が45℃を超えないように18時間かけて滴下した。なお、過酸化水素水溶液を加えるとpHが下がるので、pHが10.5に維持されるように50質量%水酸化カリウム水溶液も別途滴下した。18時間後の反応液のUHPLC分析(Waters社製、ACQUITY UPLCTM BEH C18)チャートを図1に示した。また、目的物であるペンタエリスリトールテトラグリシジルエーテルの加水分解物をカラムクロマトグラフィーにより単離、NMR分析により同定した後に、UHPLC分析したチャートを図2に示した。図1および図2のチャートを照らし合わせることで、2.488分(横軸)のピークをペンタエリスリトールテトラグリシジルエーテルの加水分解物と同定した。なお、カラムクロマトグラフィーにより単離したペンタエリスリトールテトラグリシジルエーテルは図1の3.014分のピークに対応する。また、図1の3.65分のピークは反応中間体に対応すると推定される。以上より18時間後の反応液中に最終目的物であるペンタエリスリトールテトラグリシジルエーテルとその中間体および加水分解物が混在することがわかり、ペンタエリスリトールテトラグリシジルエーテルの合成とともに、ペンタエリスリトールテトラグリシジルエーテルの加水分解が進行していることが確認された。この時点で反応液に亜硫酸ナトリウム2.11g(和光純薬工業株式会社製)とトルエン1000gを加え反応を一旦停止し、室温で30分間攪拌し、水層(亜硫酸ナトリウム、副生アセトアミド等を含む)と有機層(最終目的物、反応中間体を含む)を分離した。その後有機層を純水150gで2回洗浄して残存する亜硫酸ナトリウム、副生アセトアミド等の不純物を除去し、溶媒を留去して反応混合物を得た。その後反応混合物にアセトニトリル220g(5.36mol)、メタノール100g(3.12mol)を加え、50質量%水酸化カリウム水溶液を少量加え、反応液のpHを約10.5に調整した後、内温35℃で45質量%過酸化水素水溶液125g(1.65mol)を、内温が45℃を超えないように28時間かけて滴下した。滴下終了後、亜硫酸ナトリウム15.9gとトルエン800gを加え反応を停止し、室温で30分間攪拌し、水層(亜硫酸ナトリウム、副生アセトアミド等を含む)と有機層(最終目的物、反応中間体を含む)を分離した。その後有機層を純水150gで2回洗浄して残存する亜硫酸ナトリウム、副生アセトアミド等の不純物を除去し、溶媒を留去することにより、純度90%、収量176.04g、収率72.4%で反応生成物(目的物)が得られた。
【0034】
実施例2(トリメチロールプロパントリグリシジルエーテルの合成)
合成例2で得られたトリメチロールプロパントリアリルエーテル750g(2.95mol)、アセトニトリル750g(18.3mol)、メタノール725g(22.6mol)を5リットル4つ口フラスコに仕込み、50質量%水酸化カリウム水溶液を加え、反応液のpHを約10.5に調整した後、内温35℃で45質量%過酸化水素水溶液1160g(15.4mol)を、内温が45℃を超えないように18時間かけて滴下した。なお、過酸化水素水溶液を加えるとpHが下がるので、pHが10.5に維持されるように50質量%水酸化カリウム水溶液も別途滴下した。36時間後のUHPLC分析で、加水分解の進行が確認されたので、この時点で反応液に亜硫酸ナトリウム30.6gとトルエン2000gを加え反応を一旦停止し、室温で30分間攪拌し、水層(亜硫酸ナトリウム、副生アセトアミド等を含む)と有機層(最終目的物、反応中間体を含む)を分離した。その後有機層を純水800gで2回洗浄して残存する亜硫酸ナトリウム、副生アセトアミド等の不純物を除去した後、溶媒を留去して反応混合物を得た。その後得られた反応混合物にアセトニトリル750g(18.3mol)、メタノール725g(22.6mol)を加え、50質量%水酸化カリウム水溶液を少量加え、反応系内のpHを約10.5に調整した後、内温35℃で45質量%過酸化水素水溶液900g(11.9mol)を、内温が45℃を超えないように30時間かけて滴下した。滴下終了後、亜硫酸ナトリウム150.5gとトルエン2000gを加え反応を停止し、室温で30分間攪拌し、水層(亜硫酸ナトリウム、副生アセトアミド等を含む)と有機層(最終目的物、反応中間体を含む)を分離した。その後有機層を純水800gで2回洗浄して残存する亜硫酸ナトリウム、副生アセトアミド等の不純物を除去した後、溶媒を留去することにより、純度88%、収量579.6g、収率63.2%で反応生成物(目的物)が得られた。
【0035】
比較例1(ペンタエリスリトールテトラグリシジルエーテルの合成)
合成例1で得られたペンタエリスリトールテトラアリルエーテル200g(0.67mol)、アセトニトリル220g(5.36mol)、メタノール100g(3.12mol)を2リットル3つ口フラスコに仕込み、50質量%水酸化カリウム水溶液を少量加え、反応系内のpHを約10.5に調整した後、内温35℃で45質量%過酸化水素水溶液160g(2.12mol)を、内温が45℃を超えないように18時間かけて滴下した。なお、過酸化水素水溶液を加えるとpHが下がるので、pHが10.5に維持されるように50質量%水酸化カリウム水溶液も別途滴下した。49時間反応後、亜硫酸ナトリウム16.3gとトルエン800gを加え反応を停止し、30分間攪拌し、水層(亜硫酸ナトリウム、副生アセトアミド等を含む)と有機層(最終目的物、反応中間体を含む)を分離した。その後有機層を純水150gで2回洗浄して残存する亜硫酸ナトリウム、副生アセトアミド等の不純物を除去した後、溶媒を留去することにより、純度90%、収量128.02g、収率52.6%で反応生成物(目的物)が得られた。
【0036】
比較例2(トリメチロールプロパントリグリシジルエーテルの合成)
合成例2で得られたトリメチロールプロパントリアリルエーテル75g(0.295mol)、アセトニトリル75g(1.83mol)、メタノール73g(2.26mol)を1リットル3つ口フラスコに仕込み、50質量%水酸化カリウム水溶液を加え、反応系内のpHを約10.5に調整した後、内温35℃で45質量%過酸化水素水溶液116g(1.54mol)を、内温が45℃を超えないように18時間かけて滴下した。なお、過酸化水素水溶液を加えるとpHが下がるので、pHが10.5に維持されるように50質量%水酸化カリウム水溶液も別途滴下し合計74時間攪拌した。その後トルエン50gと亜硫酸ナトリウム20gを加え反応を停止し、30分間攪拌し、水層(亜硫酸ナトリウム、副生アセトアミド等を含む)と有機層(最終目的物、反応中間体を含む)を分離した。その後有機層を純水20gで2回洗浄して残存する亜硫酸ナトリウム、副生アセトアミド等の不純物を除去した後、溶媒を留去することにより、純度89%、収量37.6g、収率41.0%で反応生成物(目的物)が得られた。
【産業上の利用可能性】
【0037】
本発明の多価グリシジル化合物の製造方法は、多価アリル化合物と過酸化水素水溶液の反応から簡便な操作で安全に、高収率で、かつ低コストで多価グリシジル化合物を製造できるため、工業的に有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
過酸化水素水溶液を酸化剤として用いて、アリル基を3つ以上有する多価アリル化合物のアリル基の炭素−炭素二重結合をエポキシ化する多価グリシジル化合物の製造方法において、エポキシ化反応途中で反応を停止して反応液中の水を除去し、その後再度エポキシ化反応を行なう工程を含むことを特徴とする多価グリシジル化合物の製造方法。
【請求項2】
前記エポキシ化反応途中の反応停止を反応生成物中のグリシジル基の加水分解が確認された段階で行なう請求項1に記載の多価グリシジル化合物の製造方法。
【請求項3】
前記エポキシ化反応をアセトニトリルおよびアルコールの存在下で行なう請求項1または2に記載の多価グリシジル化合物の製造方法。
【請求項4】
前記アルコールが炭素数1〜4のアルコールである請求項3に記載の多価グリシジル化合物の製造方法。
【請求項5】
前記多価アリル化合物がアリルエーテル基を3つ以上有する化合物である請求項1〜4のいずれかに記載の多価グリシジル化合物の製造方法。
【請求項6】
前記多価アリル化合物がトリメチロールプロパントリアリルエーテル、グリセリントリアリルエーテル、ペンタエリスリトールトリアリルエーテル、ペンタエリスリトールテトラアリルエーテル、ジトリメチロールプロパントリアリルエーテル、ジトリメチロールプロパンテトラアリルエーテル、ジグリセリントリアリルエーテル、ジグリセリンテトラアリルエーテル、エリスリトールトリアリルエーテル、エリスリトールテトラアリルエーテル、キシリトールトリアリルエーテル、キシリトールテトラアリルエーテル、キシリトールペンタアリルエーテル、ジペンタエリスリトールトリアリルエーテル、ジペンタエリスリトールテトラアリルエーテル、ジペンタエリスリトールペンタアリルエーテル、ジペンタエリスリトールヘキサアリルエーテル、ソルビトールトリアリルエーテル、ソルビトールテトラアリルエーテル、ソルビトールペンタアリルエーテル、ソルビトールヘキサアリルエーテル、イノシトールトリアリルエーテル、イノシトールテトラアリルエーテル、イノシトールペンタアリルエーテル、イノシトールヘキサアリルエーテル、フェノールノボラック型ポリアリルエーテル、クレゾール型ポリアリルエーテル、ナフタレン含有ノボラック型ポリアリルエーテル、テトラアリルジアミノジフェニルメタン、トリアリルイソシアヌレート、アミノフェノールトリアリルエーテルからなる群のいずれかである請求項1〜4のいずれかに記載の多価グリシジル化合物の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2013−112649(P2013−112649A)
【公開日】平成25年6月10日(2013.6.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−260922(P2011−260922)
【出願日】平成23年11月29日(2011.11.29)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国等の委託研究の成果に係る特許出願(平成21年度独立行政法人新エネルギー・産業技術開発機構「グリーン・サステナブルケミカルプロセス基盤技術開発/廃棄物、副生成物を削減できる革新的プロセス及び化学品の開発/革新的酸化プロセス基盤技術開発」に係る業務委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願)
【出願人】(000002004)昭和電工株式会社 (3,251)
【Fターム(参考)】