説明

多板クラッチ装置

【課題】クラッチセンタの動きを一定にすることができ、クラッチ接続を安定化することができる多板クラッチ装置を提供する。
【解決手段】摩擦板19,20を圧接させるプレッシャプレート22と、摩擦板19,20を圧接する側にプレッシャプレート22を付勢するクラッチスプリング23と、加速側のトルク変動が生じたときにプレッシャプレート22による圧接力を増強するアシスト手段24と、を備え、クラッチインナ18は、出力軸11に対して軸方向移動不能且つ相対回転可能に設けられ、出力軸11とクラッチインナ18との動力伝達系の間に、一側面がプレッシャプレート22と当接し、他側面がクラッチスプリング23のばね力に対抗する側に押圧するサブスプリング41と当接し、出力軸11に対して軸方向移動可能且つ相対回転不能としたスライドピース40を設け、アシスト手段24の作動時に、サブスプリング41を押し縮める側にスライドピース40を移動させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多板クラッチ装置に関し、特に、加速側又は減速側のトルク変動が生じたときにプレッシャプレートによる圧接力を増減することが可能な多板クラッチ装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来の多板クラッチ装置としては、加速側のトルク変動が生じた際、アシスト手段がクラッチインナを引き込むことでクラッチインナに作用するクラッチスプリングによる付勢力に加えて引き込み力を加えるものが知られている(例えば、特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2008−38954号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、上記特許文献1に記載の多板クラッチ装置では、クラッチインナが出力軸に対して軸方向移動可能に構成されているため、クラッチインナに取り付けられる摩擦板の軸方向の動きが良好ではないなど、条件によりクラッチセンタの動きが一定とならず、クラッチ接続のフィーリングが一定とならない場合があった。
【0005】
本発明は、前述した事情に鑑みてなされたものであり、その目的は、クラッチセンタの動きを一定にすることができ、クラッチ接続を安定化することができる多板クラッチ装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的を達成するために、請求項1に係る発明は、入力部材に連結されるクラッチアウタと、出力軸上に設けられるクラッチインナと、クラッチアウタに対して軸方向移動可能且つ相対回転不能に係合される複数枚の駆動摩擦板と、それらの駆動摩擦板と交互に重ね合わされ、クラッチインナに対して軸方向移動可能且つ相対回転不能に係合される複数枚の被動摩擦板と、駆動摩擦板及び被動摩擦板を圧接して摩擦係合させるべく軸方向移動可能に設けられるプレッシャプレートと、駆動摩擦板及び被動摩擦板を圧接する側にプレッシャプレートを付勢するクラッチスプリングと、加速側のトルク変動が生じたときにプレッシャプレートによる圧接力を増強するアシスト手段と、を備える多板クラッチ装置において、クラッチインナは、出力軸に対して軸方向移動不能且つ相対回転可能に設けられ、出力軸とクラッチインナとの動力伝達系の間に、一側面がプレッシャプレートと当接し、他側面がクラッチスプリングのばね力に対抗する側に押圧するサブスプリングと当接し、出力軸に対して軸方向移動可能且つ相対回転不能としたスライドピースを設け、アシスト手段の作動時に、サブスプリングを押し縮める側にスライドピースを移動させることを特徴とする。
【0007】
請求項2に係る発明は、請求項1に記載の構成に加えて、減速側のトルク変動が生じたときにプレッシャプレートによる圧接力を低減するスリッパ手段を備え、スリッパ手段の作動時に、スライドピースをプレッシャプレートに密接させて、駆動摩擦板及び被動摩擦板の圧接力を弱める側に、プレッシャプレートを移動させることを特徴とする。
【0008】
請求項3に係る発明は、請求項1又は2に記載の構成に加えて、スライドピースは、円環状部材であり、その内周に設けられ、出力軸の外周に設けられる歯車部と噛合する歯車と、その外周に設けられ、クラッチインナの内周に設けられる歯車部と噛合する歯車と、を有し、スライドピースの内周側の歯車及び外周側の歯車の少なくとも一方がヘリカルギヤであることを特徴とする。
【0009】
請求項4に係る発明は、請求項3に記載の構成に加えて、スライドピースの内周側の歯車及び外周側の歯車が逆方向の傾斜を有するヘリカルギヤであることを特徴とする。
【0010】
請求項5に係る発明は、請求項3又は4に記載の構成に加えて、クラッチインナの内周に設けられる歯車部は、クラッチインナと別体で形成されるヘリカルギヤであり、締結具でクラッチインナに一体的に取り付けられることを特徴とする。
【0011】
請求項6に係る発明は、請求項1に記載の構成に加えて、スライドピースとクラッチインナとの間の動力伝達は、スライドピースをクラッチインナに引き寄せるアシストカムを介して行われることを特徴とする。
【0012】
請求項7に係る発明は、請求項2に記載の構成に加えて、スライドピースとクラッチインナとの間の動力伝達は、スライドピースをクラッチインナから離間させるスリッパカムを介して行われることを特徴とする。
【0013】
請求項8に係る発明は、請求項1〜6のいずれか1項に記載の構成に加えて、クラッチインナは、出力軸の外周に設けられるベアリング上に取り付けられ、クラッチインナの出力軸の軸端側の端部に、ベアリングの端部と係合し、クラッチインナが出力軸の軸方向内側に移動することを規制する屈曲部が設けられることを特徴とする。
【発明の効果】
【0014】
請求項1の発明によれば、クラッチインナは、出力軸に対して軸方向移動不能且つ相対回転可能に設けられ、出力軸とクラッチインナとの動力伝達系の間に、一側面がプレッシャプレートと当接し、他側面がクラッチスプリングのばね力に対抗する側に押圧するサブスプリングと当接し、出力軸に対して軸方向移動可能且つ相対回転不能としたスライドピースを設け、アシスト手段の作動時に、サブスプリングを押し縮める側にスライドピースを移動させるため、クラッチインナの動きを一定化することができ、クラッチ接続を安定化することができる。
【0015】
請求項2の発明によれば、減速側のトルク変動が生じたときにプレッシャプレートによる圧接力を低減するスリッパ手段を備え、スリッパ手段の作動時に、スライドピースをプレッシャプレートに密接させて、駆動摩擦板及び被動摩擦板の圧接力を弱める側に、プレッシャプレートを移動させるため、瞬時にバックトルクを遮断することができる。
【0016】
請求項3の発明によれば、スライドピースは、円環状部材であり、その内周に設けられ、出力軸の外周に設けられる歯車部と噛合する歯車と、その外周に設けられ、クラッチインナの内周に設けられる歯車部と噛合する歯車と、を有し、スライドピースの内周側の歯車及び外周側の歯車の少なくとも一方がヘリカルギヤであるため、スライドピースの円周上に複数の歯が設けられているので、均等なスラスト力を発生することができる。
【0017】
請求項4の発明によれば、スライドピースの内周側の歯車及び外周側の歯車が逆方向の傾斜を有するヘリカルギヤであるため、約2倍のスラスト力を発生することができる。
【0018】
請求項5の発明によれば、クラッチインナの内周に設けられる歯車部は、クラッチインナと別体で形成されるヘリカルギヤであり、締結具でクラッチインナに一体的に取り付けられるため、ギヤの加工を容易にすることができる。
【0019】
請求項6の発明によれば、スライドピースとクラッチインナとの間の動力伝達は、スライドピースをクラッチインナに引き寄せるアシストカムを介して行われるため、ヘリカルギヤと比較して、多板クラッチ装置の製造コストを低減することができる。
【0020】
請求項7の発明によれば、スライドピースとクラッチインナとの間の動力伝達は、スライドピースをクラッチインナから離間させるスリッパカムを介して行われるため、ヘリカルギヤと比較して、多板クラッチ装置の製造コストを低減することができる。
【0021】
請求項8の発明によれば、クラッチインナは、出力軸の外周に設けられるベアリング上に取り付けられ、クラッチインナの出力軸の軸端側の端部に、ベアリングの端部と係合し、クラッチインナが出力軸の軸方向内側に移動することを規制する屈曲部が設けられるため、クラッチインナを出力軸に対して軸方向移動不能且つ相対回転可能に支持する構造を安価に製造することができ、多板クラッチ装置の製造コストを低減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】本発明に係る多板クラッチ装置の一実施形態を説明する縦断面図である。
【図2】図1に示すスライドピースの周辺の拡大断面図である。
【図3】図1に示すスライドピースの斜視図である。
【図4】アシスト手段の作動時を説明する図であり、(a)はクラッチインナ側歯車部の歯車がスライドピースの外側歯車のアシスト面を押している状態の模式図であり、(b)はスライドピースの内側歯車のアシスト面がメインシャフト側歯車部の歯車を押している状態の模式図である。
【図5】スリッパ手段の作動時を説明する図であり、(a)はスライドピースの外側歯車のスリッパ面がクラッチインナ側歯車部の歯車を押している状態の模式図であり、(b)はメインシャフト側歯車部の歯車がスライドピースの内側歯車のスリッパ面を押している状態の模式図である。
【図6】多板クラッチ装置の変形例におけるカム機構の要部拡大断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明に係る多板クラッチ装置の一実施形態について、図面を参照して詳細に説明する。なお、図面は符号の向きに見るものとし、図面に多板クラッチ装置の軸方向内側をD1、軸方向外側をD2として示す。
【0024】
まず、図1に示すように、例えば、自動二輪車に搭載されるエンジンの不図示のクランクシャフトと、不図示の変速機のメインシャフト11との間に、一次減速装置12、ダンパばね13、及び多板クラッチ装置10が介設されている。一次減速装置12は、クランクシャフトに設けられる一次駆動歯車15と、一次駆動歯車15と噛合する一次被動歯車16とからなり、一次被動歯車16は、メインシャフト11に相対回転可能に支承されている。
【0025】
多板クラッチ装置10は、湿式タイプであり、図1及び図2に示すように、入力部材である一次被動歯車16にダンパばね13を介して連結されるクラッチアウタ17と、出力軸であるメインシャフト11上に設けられるクラッチインナ18と、クラッチアウタ17の内周面に対して軸方向移動可能且つ相対回転不能に係合される複数枚の駆動摩擦板19と、それらの駆動摩擦板19と交互に重ね合わされ、クラッチインナ18の外周面に対して軸方向移動可能且つ相対回転不能に係合される複数枚の被動摩擦板20と、交互に重ね合わされた駆動摩擦板19及び被動摩擦板20の一端側に対向するように配置され、クラッチインナ18に一体形成される受圧板21と、交互に重ね合わされた駆動摩擦板19及び被動摩擦板20を圧接して摩擦係合させるべく軸方向移動可能に設けられるプレッシャプレート22と、交互に重ね合わされた駆動摩擦板19及び被動摩擦板20を圧接する側にプレッシャプレート22を付勢するクラッチスプリング23と、一次被動歯車16からメインシャフト11への動力伝達状態での加速側のトルク変動が生じたときに、プレッシャプレート22による圧接力を増強するアシスト手段24と、メインシャフト11から一次被動歯車16へのバックトルク伝達状態での減速側のトルク変動が生じたときに、プレッシャプレート22による圧接力を低減するスリッパ手段25と、を備える。
【0026】
クラッチアウタ17は、クラッチインナ18を囲繞する円筒部17aと、円筒部17aの一次被動歯車16側の端部から径方向内側に延びる端壁部17bと、を一体に有して、プレッシャプレート22側が開放された略椀形状に形成されている。そして、円筒部17aの内周面には、複数枚の駆動摩擦板19の外周部がそれぞれ係合されている。
【0027】
クラッチインナ18は、クラッチアウタ17の円筒部17a内に同軸に配置される係合円筒部18aと、係合円筒部18aの一次被動歯車16側の端部から径方向内側に延びる環状支持壁18bと、環状支持壁18bの径方向内端部からプレッシャプレート22側に延びる支持円筒部18cと、を一体に有して、メインシャフト11の外周に設けられるベアリング26上に取り付けられている。これにより、クラッチインナ18は、メインシャフト11に対して軸方向移動不能且つ相対回転可能に設けられている。そして、係合円筒部18aの外周面には、複数枚の被動摩擦板20の内周部がそれぞれ係合されている。
【0028】
また、クラッチインナ18の支持円筒部18cのメインシャフト11の軸端側の端部には、ベアリング26の端部と係合し、クラッチインナ18がメインシャフト11の軸方向内側に移動することを規制する屈曲部18dが径方向内側に向けて形成されている。
【0029】
メインシャフト11の外周面の一次減速装置12に対応する部分には、クラッチインナ18側に臨む環状段部11aが形成されており、この環状段部11aの外周面には円筒状のスリーブ28が嵌合されている。また、スリーブ28のクラッチインナ18から離間する側の端部は、環状段部11aに当接されており、スリーブ28の外周面と一次被動歯車16の内周面との間にはニードルベアリング29が介装されている。また、スリーブ28とベアリング26との間にはリング板状の押さえ板27が配置されている。
【0030】
また、クラッチインナ18の係合円筒部18aの径方向内側で、クラッチインナ18の環状支持壁18bとプレッシャプレート22との間には、アシスト手段24及びスリッパ手段25に共通であるスライドピース40が配置される。このスライドピース40は、メインシャフト11とクラッチインナ18との動力伝達系の間に設けられると共に、その一側面がプレッシャプレート22と当接し、他側面がクラッチスプリング23のばね力に対抗する側に押圧するサブスプリング41と当接し、メインシャフト11に対して軸方向移動可能且つ相対回転不能に設けられる。
【0031】
スライドピース40は、図3に示すように、円環状部材であり、その内周面には、メインシャフト11の外周面に設けられるメインシャフト側歯車部44の歯車44aと噛合する内側歯車42が形成され、その外側面には、クラッチインナ18の係合円筒部18aの内周面に設けられるクラッチインナ側歯車部45の歯車45aと噛合する外側歯車43が形成されている。
【0032】
スライドピース40の内側歯車42及び外側歯車43は、互いに逆方向の傾斜を有するヘリカルギヤであり、具体的には、内側歯車42は、メインシャフト11の軸端側に向かうに従ってクラッチ装置10の回転方向(図3の矢印R参照)と同じ方向に傾斜するヘリカルギヤで、外側歯車43は、メインシャフト11の軸端側に向かうに従ってクラッチ装置10の回転方向と逆方向に傾斜するヘリカルギヤである。なお、メインシャフト側歯車部44の歯車44a及びクラッチインナ側歯車部45の歯車45aも同様にヘリカルギヤである。また、本実施形態では、スライドピース40の内周部及び外周部は、ヘリカルギヤにより動力を伝達しているが、これに限定されず、ヘリカルギヤの歯の傾きと同じ傾斜角を有するカムで動力を伝達してもよい。
【0033】
そして、スライドピース40は、アシスト手段24の作動時には、サブスプリング41を押し縮める側に移動して、駆動摩擦板19及び被動摩擦板20の圧接力を強める側にプレッシャプレート22を移動させ、スリッパ手段25の作動時には、プレッシャプレート22に密接して、駆動摩擦板19及び被動摩擦板20の圧接力を弱める側にプレッシャプレート22を移動させる。
【0034】
アシスト手段24は、加速側のトルク変動が生じたときにプレッシャプレート22を受圧板21に接近させる側(圧接力を増強する側)に移動させるものであり、サブスプリング41を押し縮める側にスライドピース40を強制移動させるスライドピース40の内側歯車42のアシスト面42a(図4(a)参照)と、スライドピース40の外側歯車43のアシスト面43a(図4(b)参照)と、から構成されている。
【0035】
スリッパ手段25は、減速側のトルク変動が生じたときにプレッシャプレート22を受圧板21から離間させる側(圧接力を低減する側)に移動させるものであり、サブスプリング41が伸長する側にスライドピース40を強制移動させるスライドピース40の内側歯車42のスリッパ面42b(図5(a)参照)と、スライドピース40の外側歯車43のスリッパ面43b(図5(b)参照)と、から構成されている。
【0036】
メインシャフト側歯車部44は、円筒状部材であり、メインシャフト11の外周面にスプライン嵌合されており、その外周面に歯車44aが形成されている。また、メインシャフト側歯車部44をベアリング26との間に挟むばね受け部材30がメインシャフト11の外周面にスプライン嵌合され、メインシャフト11の軸端部には、メインシャフト側歯車部44との間にばね受け部材30を挟むナット31が螺合されている。そして、このナット31を締め付けることにより、環状段部11aとナット31との間に、スリーブ28、押さえ板27、ベアリング26、メインシャフト側歯車部44、及びばね受け部材30が挟持され、スリーブ28、押さえ板27、ベアリング26、メインシャフト側歯車部44、及びばね受け部材30がメインシャフト11に固定される。
【0037】
クラッチインナ側歯車部45は、クラッチインナ18の環状支持壁18bのプレッシャプレート22側の側面に配置される円環部46と、円環部46の径方向外端部からプレッシャプレート22側に延び、内周面に歯車45aが形成される円筒部47と、を一体に有する。そして、クラッチインナ側歯車部45は、円環部46がリベット(締結具)48でクラッチインナ18の環状支持壁18bに固定されることによって、クラッチインナ18に一体的に取り付けられる。
【0038】
プレッシャプレート22は、クラッチインナ18の受圧板21との間に交互に重ね合わされた駆動摩擦板19及び被動摩擦板20を挟む円環状の押圧部22aと、押圧部22aの径方向内端部から径方向内側に延び、スライドピース40の軸方向外側面と当接するスライドピース受け部22bと、を一体に有する。
【0039】
クラッチスプリング23は、メインシャフト11に固定されるばね受け部材30とプレッシャプレート22との間に設けられる皿ばねであり、このクラッチスプリング23の内周部は、ばね受け部材30にスライドピース40側から当接、係合し、クラッチスプリング23の外周部は、プレッシャプレート22にスライドピース40の反対側から当接、係合する。そして、プレッシャプレート22は、交互に重ね合わされた駆動摩擦板19及び被動摩擦板20を圧接して摩擦係合させる側に、クラッチスプリング23により付勢されている。
【0040】
また、メインシャフト11は、円筒状部材であり、その内側には、多板クラッチ装置10を操作する作動軸32が軸方向に摺動可能に嵌合されており、この作動軸32の先端部の小径部32aには、円筒状の軸部材33が外嵌されている。また、軸部材33の中間部には、クラッチベアリング34を介して円盤状のリフタ35の内周部が保持されている。また、このリフタ35の外周部は、プレッシャプレート22の押圧部22aの内周面に装着される止め輪36に、クラッチスプリング23側から当接、係合される。そして、プレッシャプレート22が受圧板21から離反する方向に作動軸32が摺動することによって、多板クラッチ装置10の動力伝達を遮断する状態となる。
【0041】
このように構成された多板クラッチ装置10では、加速側のトルク変動が生じた場合、図4(a)に示すように、クラッチインナ側歯車部45とスライドピース40の外側歯車43との噛合部分においては、クラッチインナ18側(エンジン側)の回転速度がスライドピース40側(駆動輪側)より速くなるため、クラッチインナ側歯車部45の歯車45aがスライドピース40の外側歯車43のアシスト面43aを押すこととなり(矢印A参照)、スライドピース40が軸方向内側(プレッシャプレート22から離間する側)に移動する(矢印B参照)。また、図4(b)に示すように、スライドピース40の内側歯車42とメインシャフト側歯車部44との噛合部分においては、スライドピース40側(エンジン側)の回転速度がメインシャフト11側(駆動輪側)より速くなるため、スライドピース40の内側歯車42のアシスト面42aが軸方向移動不能なメインシャフト側歯車部44の歯車44aを押すこととなり(矢印C参照)、スライドピース40が軸方向内側(プレッシャプレート22から離間する側)に移動する(矢印D参照)。これらにより、プレッシャプレート22を受圧板21から離間させる側に付勢しているサブスプリング41がスライドピース40により押し縮められるため、プレッシャプレート22を付勢するクラッチスプリング23の押す力が相対的に強くなり、クラッチの締結力が増加して、エンジン側からの駆動力の増加によるクラッチの滑りが防止される。
【0042】
また、減速側のトルク変動が生じた場合、図5(a)に示すように、クラッチインナ側歯車部45とスライドピース40の外側歯車43との噛合部分においては、スライドピース40側(駆動輪側)の回転速度がクラッチインナ18側(エンジン側)より速くなるため、スライドピース40の外側歯車43のスリッパ面43bが軸方向移動不能なクラッチインナ側歯車部45の歯車45aを押すこととなり(矢印E参照)、スライドピース40が軸方向外側(プレッシャプレート22に密接する側)に移動する(矢印F参照)。また、図5(b)に示すように、スライドピース40の内側歯車42とメインシャフト側歯車部44との噛合部分においては、メインシャフト11側(駆動輪側)の回転速度がスライドピース40側(エンジン側)より速くなるため、メインシャフト側歯車部44の歯車44aがスライドピース40の内側歯車42のスリッパ面42bを押すこととなり(矢印G参照)、スライドピース40が軸方向外側(プレッシャプレート22に密接する側)に移動する(矢印H参照)。これらにより、プレッシャプレート22が受圧板21から離間する側にスライドピース40により押されるため、クラッチの締結力が低減して、駆動輪からの過大なバックトルクのエンジン側への伝達が防止される。
【0043】
以上説明したように、本実施形態の多板クラッチ装置10によれば、クラッチインナ18は、メインシャフト11に対して軸方向移動不能且つ相対回転可能に設けられ、メインシャフト11とクラッチインナ18との動力伝達系の間に、一側面がプレッシャプレート22と当接し、他側面がクラッチスプリング23のばね力に対抗する側に押圧するサブスプリング41と当接し、メインシャフト11に対して軸方向移動可能且つ相対回転不能としたスライドピース40を設け、アシスト手段24の作動時に、サブスプリング41を押し縮める側にスライドピース40を移動させるため、クラッチインナ18の動きを一定化することができ、クラッチ接続を安定化することができる。
【0044】
また、本実施形態の多板クラッチ装置10によれば、減速側のトルク変動が生じたときにプレッシャプレート22による圧接力を低減するスリッパ手段25を備え、スリッパ手段25の作動時に、スライドピース40をプレッシャプレート22に密接させて、駆動摩擦板19及び被動摩擦板20の圧接力を弱める側に、プレッシャプレート22を移動させるため、瞬時にバックトルクを遮断することができる。
【0045】
また、本実施形態の多板クラッチ装置10によれば、スライドピース40は、円環状部材であり、その内周に設けられ、メインシャフト11の外周に設けられるメインシャフト側歯車部44と噛合する内側歯車42と、その外周に設けられ、クラッチインナ18の内周に設けられるクラッチインナ側歯車部45と噛合する外側歯車43と、を有し、スライドピース40の内側歯車42及び外側歯車43の少なくとも一方がヘリカルギヤであるため、スライドピース40の円周上に複数の歯が設けられているので、均等なスラスト力を発生することができる。
【0046】
また、本実施形態の多板クラッチ装置10によれば、スライドピース40の内側歯車42及び外側歯車43が逆方向の傾斜を有するヘリカルギヤであるため、約2倍のスラスト力を発生することができる。
【0047】
また、本実施形態の多板クラッチ装置10によれば、クラッチインナ側歯車部45がクラッチインナ18と別体で形成されるヘリカルギヤであり、リベット48でクラッチインナ18に一体的に取り付けられるため、ギヤの加工を容易にすることができる。
【0048】
また、本実施形態の多板クラッチ装置10によれば、クラッチインナ18は、メインシャフト11の外周に設けられるベアリング26上に取り付けられ、クラッチインナ18のメインシャフト11の軸端側の端部に、ベアリング26の端部と係合し、クラッチインナ18がメインシャフト11の軸方向内側に移動することを規制する屈曲部18dが設けられるため、クラッチインナ18をメインシャフト11に対して軸方向移動不能且つ相対回転可能に支持する構造を安価に製造することができ、多板クラッチ装置10の製造コストを低減することができる。
【0049】
なお、本実施形態の変形例として、ヘリカルギヤ42,43,44a,45aを削除して、クラッチインナ18の屈曲部18dとスライドピース40との間に図6に示すカム機構50を設けて、このカム機構50を介してクラッチインナ18とスライドピース40との間の動力伝達を行うようにしてもよい。
【0050】
カム機構50は、屈曲部18dの軸方向外端面に形成される凸状カム51と、スライドピース40の軸方向内端面に形成され、凸状カム51が挿入される凹状カム52と、を備える。そして、本変形例では、凸状カム51のクラッチ装置10の回転方向と逆側の面であるアシスト面51a、及びこのアシスト面51aと接触する凹状カム52のアシスト面52aによって、スライドピース40をクラッチインナ18に引き寄せるアシストカムが構成され、凸状カム51のクラッチ装置10の回転方向と同じ側の面であるスリッパ面51b、及びこのスリッパ面51bと接触する凹状カム52のスリッパ面52bによって、スライドピース40をクラッチインナ18から離間させるスリッパカムが構成される。
【0051】
なお、本変形例では、クラッチインナ18の屈曲部18dに凸状カム51が形成され、スライドピース40に凹状カム52が形成されているが、これに限定されず、スライドピース40に凸状カム51が形成され、クラッチインナ18の屈曲部18dに凹状カム52が形成されていてもよい。しかし、この場合、凸状カム51と凹状カム52の傾斜方向は図6のものと逆になる。
【0052】
そして、本変形例によれば、スライドピース40とクラッチインナ18との間の動力伝達は、スライドピース40をクラッチインナ18に引き寄せるアシストカムである凸状カム51のアシスト面51a及び凹状カム52のアシスト面52aを介して行われると共に、スライドピース40をクラッチインナ18から離間させるスリッパカムである凸状カム51のスリッパ面51b及び凹状カム52のスリッパ面52bを介して行われるため、ヘリカルギヤと比較して、多板クラッチ装置10の製造コストを低減することができる。
【0053】
なお、本発明は上記実施形態に例示したものに限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲において適宜変更可能である。
【符号の説明】
【0054】
11 メインシャフト(出力軸)
16 一次被動歯車(入力部材)
10 多板クラッチ装置
17 クラッチアウタ
18 クラッチインナ
18d 屈曲部
19 駆動摩擦板
20 被動摩擦板
22 プレッシャプレート
23 クラッチスプリング
24 アシスト手段
25 スリッパ手段
26 ベアリング
40 スライドピース
42 内側歯車
42a アシスト面
42b スリッパ面
43 外側歯車
43a アシスト面
43b スリッパ面
41 サブスプリング
44 メインシャフト側歯車部
44a 歯車
45 クラッチインナ側歯車部
45a 歯車
48 リベット(締結具)
50 カム機構
51 凸状カム
51a アシスト面(アシストカム)
52a アシスト面(アシストカム)
52 凹状カム
51b スリッパ面(スリッパカム)
52b スリッパ面(スリッパカム)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
入力部材(16)に連結されるクラッチアウタ(17)と、
出力軸(11)上に設けられるクラッチインナ(18)と、
前記クラッチアウタに対して軸方向移動可能且つ相対回転不能に係合される複数枚の駆動摩擦板(19)と、
それらの前記駆動摩擦板と交互に重ね合わされ、前記クラッチインナに対して軸方向移動可能且つ相対回転不能に係合される複数枚の被動摩擦板(20)と、
前記駆動摩擦板及び前記被動摩擦板を圧接して摩擦係合させるべく軸方向移動可能に設けられるプレッシャプレート(22)と、
前記駆動摩擦板及び前記被動摩擦板を圧接する側に前記プレッシャプレートを付勢するクラッチスプリング(23)と、
加速側のトルク変動が生じたときに前記プレッシャプレートによる圧接力を増強するアシスト手段(24)と、を備える多板クラッチ装置(10)において、
前記クラッチインナは、前記出力軸に対して軸方向移動不能且つ相対回転可能に設けられ、
前記出力軸と前記クラッチインナとの動力伝達系の間に、一側面が前記プレッシャプレートと当接し、他側面が前記クラッチスプリングのばね力に対抗する側に押圧するサブスプリング(41)と当接し、前記出力軸に対して軸方向移動可能且つ相対回転不能としたスライドピース(40)を設け、
前記アシスト手段の作動時に、前記サブスプリングを押し縮める側に前記スライドピースを移動させることを特徴とする多板クラッチ装置。
【請求項2】
減速側のトルク変動が生じたときに前記プレッシャプレート(22)による圧接力を低減するスリッパ手段(25)を備え、
前記スリッパ手段の作動時に、前記スライドピース(40)を前記プレッシャプレートに密接させて、前記駆動摩擦板(19)及び前記被動摩擦板(20)の圧接力を弱める側に、前記プレッシャプレートを移動させることを特徴とする請求項1に記載の多板クラッチ装置(10)。
【請求項3】
前記スライドピース(40)は、円環状部材であり、その内周に設けられ、前記出力軸(11)の外周に設けられる歯車部(44)と噛合する歯車(42)と、その外周に設けられ、前記クラッチインナ(18)の内周に設けられる歯車部(45)と噛合する歯車(43)と、を有し、
前記スライドピースの内周側の前記歯車及び外周側の前記歯車の少なくとも一方がヘリカルギヤであることを特徴とする請求項1又は2に記載の多板クラッチ装置(10)。
【請求項4】
前記スライドピース(40)の内周側の前記歯車(42)及び外周側の前記歯車(43)が逆方向の傾斜を有するヘリカルギヤであることを特徴とする請求項3に記載の多板クラッチ装置(10)。
【請求項5】
前記クラッチインナ(18)の内周に設けられる前記歯車部(45)は、前記クラッチインナと別体で形成されるヘリカルギヤであり、締結具(48)で前記クラッチインナに一体的に取り付けられることを特徴とする請求項3又は4に記載の多板クラッチ装置(10)。
【請求項6】
前記スライドピース(40)と前記クラッチインナ(18)との間の動力伝達は、前記スライドピースを前記クラッチインナに引き寄せるアシストカム(51a,52a)を介して行われることを特徴とする請求項1に記載の多板クラッチ装置(10)。
【請求項7】
前記スライドピース(40)と前記クラッチインナ(18)との間の動力伝達は、前記スライドピースを前記クラッチインナから離間させるスリッパカム(51b,52b)を介して行われることを特徴とする請求項2に記載の多板クラッチ装置(10)。
【請求項8】
前記クラッチインナ(18)は、前記出力軸(11)の外周に設けられるベアリング(26)上に取り付けられ、
前記クラッチインナの前記出力軸の軸端側の端部に、前記ベアリングの端部と係合し、前記クラッチインナが前記出力軸の軸方向内側に移動することを規制する屈曲部(18d)が設けられることを特徴とする請求項1〜6のいずれか1項に記載の多板クラッチ装置(10)。


【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate


【公開番号】特開2012−102756(P2012−102756A)
【公開日】平成24年5月31日(2012.5.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−248943(P2010−248943)
【出願日】平成22年11月5日(2010.11.5)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【Fターム(参考)】