説明

多重極スピーカ群とその配置方法と、音響信号出力装置とその方法と、その方法を用いたアクティブノイズコントロール装置と音場再生装置と、それらの方法とプログラム

【課題】任意の指向性を設定できる音響信号出力装置を提供する。
【解決手段】この発明の音響信号出力装置は、球調和関数展開係数生成部と複数の適応フィルタ部とを具備する。球調和関数展開係数生成部は3次元空間における任意の指向特性を球調和関数に展開して展開係数を求め、複数の適応フィルタ部は外部から信号が入力され、出力にこの発明の多重極スピーカの配置方法で配置された複数の多重極スピーカがそれぞれ接続される展開係数と補正係数との積で表せるフィルタ係数を持つ。そして、上記フィルタ係数は、上記球調和関数をデカルト座標系に変換して、その変換後の変数と当該変数の次数に対応させて相対的な配置関係が決定された複数の多重極スピーカから個別に放音させた音を複数のフィルタ係数決定用マイクロホンで収音し、その収音信号から適応アルゴリズムによって学習して決定される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、指向特性を精度良く設定するための多重極スピーカ群とその配置方法と、音響信号出力装置とその方法と、その方法を用いたアクティブコントロール装置と音場再生装置とそれらの方法とプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、音響再生装置の音響再生領域を限定する方法として複数のスピーカと、それぞれのスピーカに対応するフィルタとを用いた音響再生装置900が知られている(特許文献1)。
【0003】
図9に、音響再生装置900の機能構成を示す。音響再生装置900は、複数の音響出力素子12と、複数のディジタルフィルタ111と、複数のアンプ112と、複数のD/A変換器113と、複数のA/D変換器114と、アナログ信号が入力される入力端部115と、を備える。ディジタルフィルタ111〜A/D変換器114は、音響出力素子12と同数設けられる。入力端部115に入力された供給信号は、各ディジタルフィルタ111でフィルタリングされ、それぞれ音響出力素子12に入力される。
【0004】
各ディジタルフィルタ111のフィルタ係数を設定する方法について説明する。各音響出力素子12が音響出力素子アレイ100の軸21上にs[m]間隔で受聴者13の方向に向けて配置され、軸21上に配置された音響出力素子12列の中心点からL[m]の距離の位置に音響再生領域15の制御点13(強調制御点)及び音響遮断領域22の各制御点14(抑圧制御点)が配置されているものとする。また、図9における各音響出力素子12を上から順番にm=1,…,M(Mは音響出力素子12の総数、図9の例ではM=4)にそれぞれ対応する音響出力素子とし、制御点13をn=1に対応する制御点とし、各制御点14を上から順番にn=2,…,N(Nは制御点の総数、図9の例ではN=8)にそれぞれ対応する制御点とする。また、図9において、音響出力素子12列の中心点とn番目の制御点とを結ぶ直線と、軸21とがなす角度θを、各音響出力素子の正面方向を0度として定義する(θ=0)。この場合、m番目の音響出力素子12からn番目の制御点までの距離は、
【0005】
【数1】

【0006】
となる。このように求めた距離rmnを式(6)に代入することで、各音響出力素子12から各制御点14までの近似伝達関数Gmn(ω)を決定することができる。
【0007】
次に、以下の方程式を満たすフィルタ係数H(ω)(m=1,...,M)を求める。
【0008】
【数2】

【0009】
ここで、式(2)の一番上の行の要素は制御点13(強調制御点)に対応する要素であり、上から2〜N番目の要素は各制御点14(抑圧制御点)に対応する要素である。すなわち、式(2)は、各音響出力素子(m=1,…,M)からそれぞれ出力される各音響信号H(ω)を、各近似伝達関数Gmn(ω)で畳み込んで各制御点でそれぞれ混合した場合に、当該畳み込み混合信号が、各音響出力素子12が並べられた軸方向に設定された音響再生領域15の制御点(n=1)で否零となり、当該音響再生領域15を除く音響遮断領域22の制御点(n=2,…,M)で零となることを示している。なお、各音響信号H(ω)は、各ディジタルフィルタ111に同一のインパルスが入力された場合の出力信号系列のz変換を意味している。そのため、このような関係を満たすH(ω)をm番目の音響出力素子12に対応するディジタルフィルタ11のフィルタ係数とすれば、制御点13(強調制御点)で音響信号が再生され、各制御点14(抑圧制御点)で音響信号が抑圧される指向特性が実現できる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2009−219101号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
しかしながら、従来の方法では、必ずしも強調制御点と抑圧制御点以外の指向特性が、期待した通りに形成できない場合や、無理な制御点の設定により所望の指向特性を実現できない場合があった。
【0012】
この発明は、このような課題に鑑みてなされたものであり、球調和関数の考えを導入した任意の指向特性を持つ音源を実現するための多重極スピーカ群とその配置方法と、音響信号出力装置とその方法と、その方法を用いたアクティブノイズコントロール装置と音場再生装置と、それらの方法とプログラムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
この発明の多重極スピーカ群は、球調和関数で表現された3次元空間における任意の指向特性をデカルト座標系に変換し、その変換後の変数と当該変数の次数によって複数のスピーカの相対的な配置が決定される多重極スピーカであって、原点に+音源と、その変換したデカルト座標系の各座標軸ごとに、座標軸の変数が1次であれば原点を挟んで配置される+音源と−音源と、座標軸の変数がn次であればn−1次の原点からその軸に沿って一方に配置された多重極の音源を1個の多重極音源として、その1個の多重極音源と当該多重極音源の多重極の位相を反転させて原点を挟んで配置されるもう1個の多重極音源と、異なる軸上の変数同士の積については、一方の変数に対応する座標軸の多重極音源を1個の音源と見做して、その1個の音源と、当該1個の音源の位相を反転させた多重極音源と、変数の和については、原点に配置されるその変数に複数の多重極音源間の大きさを調整する係数を乗じた多重極音源とにより、複数のスピーカの相対的な配置を決定した多重極スピーカ群である。
【0014】
また、この発明の音響信号出力装置は、信号源と、複数の適応フィルタ部と、多重極スピーカ駆動信号合成部と、を具備する。複数の適応フィルタ部は、信号源の信号が入力され、多重極スピーカ群のそれぞれの多重極スピーカに接続される3次元空間における任意の指向特性を球調和関数に展開した展開係数と補正係数との積で表せるフィルタ係数を備える。多重極スピーカ駆動信号合成部は、複数の適応フィルタ部の出力信号を入力として多重極スピーカのそれぞれに入力する多重極スピーカ駆動信号を合成する。
【0015】
また、この発明のアクティブノイズコントロール装置は、信号源と、騒音観測用マイクロホンと、フィルタ係数決定用マイクロホンと、多重極スピーカ群と、複数の適応フィルタ部と、多チャネル適応アルゴリズムと、を具備する。多重極スピーカ群は、上記した多重極スピーカの配置方法で配置された多重極スピーカ群である。複数の適応フィルタ部は、外部から信号が入力され、出力に複数の多重極スピーカがそれぞれ接続される展開係数と補正係数との積で表せるフィルタ係数を備える。多チャネル適応アルゴリズムは、記騒音源と複数の多重極スピーカとが同時に放音している状態で、上記フィルタ係数を、騒音源の音を打ち消すように設定する。
【0016】
また、この発明の音場再現装置は、信号源と、原音場スピーカと、複数の第1マイクロホンと、この発明の多重極スピーカ群と、複数の適応フィルタ部と、第2のマイクロホンと、多チャネル適用アルゴリズムと、を具備する。原音場スピーカは、原音場内に配置され信号源の信号を放音する。複数の第1マイクロホンは、原音場スピーカが放音する音響信号を収音する。複数の適応フィルタ部は、音源信号を入力とし、出力に複数の多重極スピーカがそれぞれ接続される展開係数と補正係数との積で表せるフィルタ係数を備える。第2のマイクロホンは、複数の第1マイクロホンと同じ配置で再生音場内に配置され多重極スピーカ群の音を収音する。多チャネル適用アルゴリズムは、第1マイクロホンで収音された複数の収音信号同士の比と、第2のマイクロホンで収音される再生音場収音信号同士の比とが同じになるように上記フィルタ係数を設定する。
【発明の効果】
【0017】
この発明の多重極スピーカ群は、球調和関数で表した3次元空間における音源の任意の指向特性を、デカルト座標系の多重極スピーカに対応付け、多重極の組み合わせで球調和関数を物理的に実現するスピーカ配置を提供する。
【0018】
また、この発明の音響信号出力装置は、3次元空間における任意の指向特性を球調和関数に展開した展開係数と補正係数との積で表せるフィルタ係数を持つ複数の適応フィルタを備え、その出力を多重極スピーカ群に出力することで、従来、方向によっては形成できない指向特性があった課題を解決し、全ての方向に対して任意の指向性を形成できる。
【0019】
また、この発明のアクティブノイズコントロール装置は、この発明の多重極スピーカ群と、複数の適応フィルタとにより、騒音源の音を適切に打ち消すことができる。
【0020】
また、この発明の音場再生装置は、原音場で再生された音源の指向特性を、この発明の多重極スピーカ群を用いて再現するので、より正確な原音場における指向特性を再現することが可能である
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】球調和関数と多重極音源の関係を示す図。
【図2】デカルト座標系の球調和関数の変数の次数とスピーカ配置の関係を説明する図であり、(a)は2次の項、(b)は3次の項を説明する図である。
【図3】2次の球調和関数を13個のスピーカで実現した配置の一例を示す図であり、(a)は斜視図、(b)は平面図である。
【図4】この発明のフィルタ係数を決定するための機能構成例を示す図。
【図5】この発明の音響信号出力装置100の機能構成例を示す図。
【図6】この発明のアクティブノイズコントロール装置200の機能構成例を示す図。
【図7】この発明の音場再現装置300の機能構成例を示す図。
【図8】この発明の多重極スピーカの配置方法で配置した多重極スピーカ群の例を示す図。
【図9】従来の音響再生装置900の機能構成を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、この発明の実施の形態を図面を参照して説明する。複数の図面中同一のものには同じ参照符号を付し、説明は繰り返さない。実施例の説明の前に、この発明の原理を説明する。
【0023】
〔この発明の原理〕
〔多重極スピーカの配置方法〕
音源の3次元空間における任意の指向特性は、球調和関数Y(θ,φ)を用いて次式で表せる。
【0024】
【数3】

【0025】
ここでθとφは、極座標系(r,θ,φ)の偏角、nは球調和関数Y(θ,φ)の次数、Anmは球調和関数の展開係数である。球調和関数Y(θ,φ)は式(5)で定義される。
【0026】
【数4】

【0027】
ここで、Pはルジャンドル(Legendre)関数である。式(3)は、任意の音源の指向特性を球調和関数の重ね合わせで展開できることを表している。したがって、球調和関数に対応する物理的な音源を実現できれば、任意の指向特性を持つスピーカ或いは音源を実現することが可能となる。
【0028】
球調和関数を物理的に実現する一つの方法として、多重極を用いる方法がある(参考文献:「E.G.ウィリアムス゛、「フーリエ音響学」シュフ゜リンカ゛ー・フェアラーク東京(株)p.231〜233」多重極の指向特性は、球調和関数と図1に示す関係があり、多重極の組み合わせで球調和関数を物理的に実現できる。
【0029】
図1に球調和関数と多重極音源の関係を示す。1列目は球調和関数であり、2列目がその球調和関数をデカルト座標系に変換した球調和関数である。3列目は、球調和関数に対応付けた多重極音源の配置を示す図である。
【0030】
図1の1行目の球調和関数は0次の球調和関数Yであり、球調和関数Yをデカルト座標系に変換した球調和関数が1/√(4π)で表され、その球調和関数は原点に配置した+音源に対応付けられる。ここで、+音源は音源信号の振幅と位相をそのまま出力する音源であり、−音源は音源信号の振幅はそのままに位相を180度反転させた信号を出力する音源である。
【0031】
1次の球調和関数は、Y1とYとY−1の3つである。Y1のデカルト座標系の球調和関数は√(3/4π)Zで表されるので、z軸上の原点を挟んだ+音源と、−音源の1組の二重極スピーカに対応付けられる。YとY−1の実部はx軸上の原点を挟んだ+音源と−音源の1組の二重極スピーカに対応付けられる。YとY−1の虚部はy軸上の原点を挟んだ1組の二重極スピーカに対応付けられる。
【0032】
2次の球調和関数は、Y2とY2とY−12とY22とY−22の5つである。Y2のデカルト座標系の球調和関数は式(6)(図1の5行目と同じ)で表される。
【0033】
【数5】

【0034】
ここで3Z√(5/16π)は、1次の1組の二重極スピーカを1個の音源と見做して、原点を挟んでz軸上に配置されるその1個の多重極スピーカと当該多重極スピーカの多重極を反転させたもう1個の多重極スピーカから成る1組の多重極スピーカに対応付けられる。−√(5/16θ)は、原点に重ねられる複数の多重極スピーカ間の大きさを調整する係数gを乗じた1重極スピーカに対応付けられる。この場合、gはz軸上の多重極スピーカから出力される音声と、原点の1重極スピーカから出力される音声との比が3:1になる値に設定される。
【0035】
つまりY2は、図1の2行目の二重極スピーカを1個の音源(+,−)と見做して、原点を挟んでその1個の音源20(図2(a)参照)と、その音源の極性を反転させたもう1個の音源20′を配置し、原点に1重極スピーカ(音源21)を重ねることで表現することができる。
【0036】
2とY−12は、デカルト座標系の球調和関数が−√(15/8θ)YZで表される。このYZのような変数同士の積については、一方の変数に対応する座標軸の多重極スピーカを1個の音源と見做して、原点を挟んで配置されるその1個の音源と当該1個の音源の位相を反転させた多重極スピーカに対応付けることができる。
【0037】
3次の球調和関数は、Y3とY3とY−13とY23とY−23とY33とY−33の7つである(図1では省略)。Y3は、図2(a)に示す音源20と20′とを1個の音源(+,−,−,+)と見做して、原点を挟んでその1個の音源22と(図2(b)参照)と、その音源の極性を反転させたもう1個の音源22′を配置し、原点に1重極スピーカ(音源21)とその極性を反転させた音源23を重ねることで表現することができる。図5の51aでは、音源22の最下段の+音源と音源23を1つのスピーカで実現し、音源22′の最上段の−音源と音源21を1つのスピーカで実現した形で表している。
【0038】
以上説明した球調和関数と対応させた多重極スピーカの配置方法をまとめると次のようになる。まず、原点に+音源を配置し、変換したデカルト座標系の各座標軸ごとに、座標軸の変数が1次であれば原点を挟んで+音源と−音源とを配置し、座標軸の変数がn次であればn−1次の原点からその軸に沿って一方に配置された多重極音源を1個の多重極音源として、その1個の多重極音源と、当該多重極音源の多重極の位相を反転させたもう1個の多重極音源との1組を原点を挟んで配置し、異なる軸上の変数同士の積については、一方の変数に対応する座標軸の多重極音源を1個の音源と見做して、その1個の音源と当該1個の音源の位相を反転させた多重極音源の1組を原点を挟んで配置し、変数の和については、原点に、その変数に複数の多重極音源間の大きさを調整する係数を乗じた多重極を重ねて配置する。
【0039】
図1に示す2次の球調和関数を表すのに全部で28個のスピーカが必要であるが、共通な極に対してはスピーカを省略することができる。例えば、図1のYの多重極スピーカは+位相のYと−位相のYに分解できるので、どちらかの音源をYと共通化することでYとYを実現するのに3個必要であったスピーカを2個に減らすことができる。また、あるひとつの球調和関数を多重極スピーカで実現する際、+音源のスピーカの位置に−音源のスピーカが配置される場合には、その位置にスピーカを配置しないようにする。そのようにすると、図3に示すように28個のスピーカで構成される多重極スピーカの配置は、13個のスピーカの配置で実現することができる。図3(a)は、2次の球調和関数を13個のスピーカで実現した一例を示す斜視図である。図3(b)はそのスピーカ配置の平面図である。
【0040】
〔多重極スピーカのフィルタ係数の決定〕
球調和関数を表現できる多重極スピーカの配置を決定した後は、各多重極スピーカに接続される適応フィルタのフィルタ係数を決定する。図4にフィルタ係数を決定するための機能構成例を示す。その機能構成は、信号源40と、球調和関数展開係数生成部41と、複数の適応フィルタ1〜nと、適応フィルタ1〜nにそれぞれ接続される多重極スピーカ101〜10nと、複数のマイクロホン120〜12nと、適応アルゴリズム130と、を備える。
【0041】
球調和関数展開係数生成部41は、外部から入力される3次元空間における任意の指向特性d(θ,φ)(上記した式(3))を、球調和関数に展開して展開係数A(式(3)のAnm)を求める。展開係数Aは、適応フィルタ部1〜nに入力される。
【0042】
適応フィルタ部1〜nは、上記した多重極スピーカの配置方法で配置された複数の多重極スピーカ101〜10nにそれぞれ接続され展開係数Aと補正係数Cとの積で表せるフィルタ係数を持つ。
【0043】
フィルタ係数決定用マイクロホン120〜12nは、近接効果がない程度(多重極スピーカのサイズより十分離れた距離)に多重極スピーカ101〜10nの対向する位置に配置される。フィルタ係数決定用マイクロホン120〜12nは、多重極スピーカ101〜10nを取り囲むように配置してもよい。フィルタ係数決定用マイクロホン120〜12nは、設定する密度が高いほど精度よく指向特性を制御できる。特に指向特性の精度を高くしたい領域に密に配置してもよい。横方向360度に所望の指向特性を形成したい場合にはスピーカの前後左右方向それぞれに1つずつ以上のマイクロホンを配置し、スピーカの前面にのみ所望の指向特性を形成したい場合にはスピーカの前面にのみマイクロホンを配置するなど、指向特性を形成したい方向に任意の密度で配置してもよい。
【0044】
次に、信号源40から基準信号を発生し、各多重極スピーカ101〜10nから異なる時刻に個別に音を出し、フィルタ係数決定用マイクロホン120〜12nで収音する。その収音信号は適応アルゴリズム130に入力される。適応アルゴリズム130は、収音信号から各多重極スピーカからの出力信号の比を取り、各多重極スピーカ間の出力信号の比が展開係数Aの比となるようにフィルタ係数を決定する。また、A=1として補正係数を決定することもできる。その場合は、適応アルゴリズムにおいてAを乗算する必要がなく、演算を簡略化できる効果がある。
【0045】
フィルタ係数の決定は、音響信号出力装置100の設定の際に一度行えばよい。
【0046】
以上述べた多重極スピーカの配置と、適応フィルタ係数とによって、任意の指向特性を備える音響信号出力装置を実現することができる。
【実施例1】
【0047】
図5に、この発明の音響信号出力装置100の機能構成例を示す。この例はz軸方向のみに強い指向性を形成したい場合の例である。音響信号出力装置100は、信号源40と、複数の適用フィルタ52〜55と、多重極スピーカ駆動信号合成部51と、を具備する。多重極スピーカ駆動信号合成部51の出力信号は、上記したこの発明の多重極スピーカの配置方法で配置された多重極スピーカ群50に出力される。
【0048】
多重極スピーカ群50は、その多重極スピーカの間隔が球調和関数によって調整され、多重極スピーカが例えば9個z軸に沿って一列に配列される。適用フィルタ52〜55は、多重極スピーカ群50がz軸方向に強い指向性を示す球調和関数を展開した展開係数A〜Aと補正係数C〜Cの積からなるフィルタ係数を有する。
【0049】
多重極スピーカ駆動信号合成部51は、複数の適応フィルタ部52〜55の出力信号を入力として多重極スピーカ群50のそれぞれに入力する多重極スピーカ駆動信号を合成する。51aの(+)は適応フィルタ部52〜55の出力信号の位相をそのまま出力するバッファ、(−)はその位相を反転する反転回路である。バッファ若しくは反転回路51aの出力は直接、多重極スピーカに入力される部分と、加算回路51bで他の適応フィルタ部からの信号と加算されて多重極スピーカに入力される部分とがある。
【0050】
多重極スピーカ駆動信号合成部51内の乗算器gは、2次の球調和関数Y2を、4重極音源と1重音源の大きさが3対1となるように調整する。実現したい指向特性を持つ音源を式(3)で展開したときの展開係数Aに偏りがあり、そのうち比較的小さな展開級数しか持たない球調和関数に対応する多重極スピーカは影響が小さいので省くことができる。
【0051】
z軸方向にのみ強い指向性を形成したい場合には、x軸方向とy軸方向に関する展開係数Aは0としてもよい。そのとき、多重極はz軸に沿ったものだけが実現可能である。図5に示す音響信号出力装置100は、3次の球調和関数を用いて、z軸方向にのみ強い指向性を形成した例であり、z軸に沿った多重極スピーカのみの配置で実現でき、スピーカ数、適用フィルタ部の数を削減できる。
【0052】
〔応用例1〕
図6に、この発明の音響信号出力装置を応用したアクティブノイズコントロール装置200の機能構成例を示す。アクティブノイズコントロール装置200は、この発明の多重極スピーカの配置方法によって配置された多重極スピーカと適応フィルタ部とを用いることで効果的にノイズを除去する。
【0053】
アクティブノイズコントロール装置200は、適用フィルタ部61(1重音源用)と、適用フィルタ部62(2重音源用)と、適用フィルタ部63(4重音源用)と、1重音源71と、2重音源72と、4重音源74と、騒音観測用マイクロホン65と、フィルタ係数決定用マイクロホン120〜122と、多チャネル適応アルゴリズム80と、を具備する。1重音源71と2重音源72と4重音源74とで多重極スピーカ群を構成する。
【0054】
騒音源60の指向特性が測定され展開係数Aが分かっている場合には上記した実施例と同じで良いが、騒音源60の指向特性が分からない場合には、フィルタ係数を次のようにして決定する必要がある。
【0055】
まず、騒音源60からの音を騒音観測用マイクロホン65で観測する。観測した騒音信号を信号源として多重極スピーカに入力する。騒音源60と多重極スピーカ群から同時に音を出している状態で、フィルタ係数決定用マイクロホン120〜122での音が0と成るように多チャネル適応アルゴリズム80が動作して適応的にフィルタ係数を決定する。これにより、騒音源60の指向特性を模擬できる。
【0056】
アクティブノイズコントロール装置200は、この発明の多重極スピーカの配置方法によって配置した多重極スピーカ群を用いるので、指向特性をより正確に模擬することが可能になる。その結果、従来法と比較して広範囲で騒音を打ち消すことができる。
【0057】
〔応用例2〕
図7に、この発明の音響信号出力装置を応用した音場再現装置300の機能構成例を示す。音場再現装置300は、例えば遠隔地にある原音場80の音場を、再生音場81で再現するものである。音場再現装置300は、応用例1のアクティブノイズコントロール装置200の騒音観測用マイクロホン65の代わりに信号源20と、源音場80内で信号源20の音を放音するスピーカ81と、源音場80内の音を収音するフィルタ係数決定用マイクロホン120′〜122′とを備える点と、多チャネル適応アルゴリズム70が、源場80内に配置されるマイクロホン120′〜122′からの収音信号にも基づいて適応動作を行う点が異なる。
【0058】
源音場80内のフィルタ係数決定用マイクロホン120′〜122′と、再生音場81内のフィルタ係数決定用マイクロホン120〜122とは同じ配置にする。そして、フィルタ係数決定用マイクロホン120′〜122′で収音された複数の収音信号同士の比と、フィルタ係数決定用マイクロホン120〜122で収音される再生音場収音信号同士の比とが同じになるようにフィルタ係数が設定されることで、他の部屋内の音源の指向特性を、再生音場に模擬することができる。
【0059】
〔多重極スピーカの配置例〕
図8に、この発明の多重極スピーカの配置方法によって配置された多重極スピーカ群のを示す。図8に、スピーカの放音方向をy軸、スピーカが配置される平面と平行な軸をx軸とした場合、図1の1行目(Y)と、4行目(Im[Y],Im[Y−1])と、9行目(Im[Y],−Im[Y−2])に示すスピーカ配置の組み合わせで多重極スピーカ群が構成される。なお、図3は各多重極の対称性を崩してスピーカ数の削減を重視した例であり、図8はスピーカ数を削減することなく各多重極の対称性を重視したスピーカ配置の例である。
【0060】
以上説明したように、この発明の音響信号出力装置は、任意の指向特性を表せる球調和関数に対応した多重極スピーカ群を用いているため、従来、方向によっては形成できない指向特性があった課題を解決し、全ての方向に対して任意の指向性を形成できる。
【0061】
従来のスピーカアレーの場合、指向性を形成するにはスピーカの数と同じ数のフィルタが必要であり、演算規模が大きくなっていた。この発明においては球調和関数は任意の指向特性を展開する必要最小限の直交基底となっているため、各展開次数の球調和関数にそれぞれ一つのフィルタを接続すれば十分であり、従来のスピーカアレーでは全てのスピーカ(音源)にフィルタが必要であり演算規模が大きくなっていた点を解決できる。
【0062】
フィルタ係数決定用マイクロホンを用いて適応的に多重極スピーカのフィルタ係数を決定しているため、指向特性がどの音源に対してもフィルタ係数決定用マイクロホンに入る音が同じになるようにフィルタ係数を決定することによって、指向特性が未知の音源を模擬することができる。特に騒音源と逆相の音を出して騒音を打ち消すアクティブノイズコントロールにおいても、騒音源とその装置(本願発明の)が同時に音を出している状態で、フィルタ係数決定用マイクロホンにおける音を0とすることによって、騒音源の指向特性を模擬できる。結果的に、従来のスピーカアレーでは指向特性が模擬できない方向があるのに比べて、本願発明は騒音を打ち消す効果が高くなる。
【0063】
なお、上記方法及び装置において説明した処理は、記載の順に従って時系列に実行されるのみならず、処理を実行する装置の処理能力あるいは必要に応じて並列的にあるいは個別に実行されるとしてもよい。
【0064】
上記装置における処理手段をコンピュータによって実現する場合、各装置が有すべき機能の処理内容はプログラムによって記述される。そして、このプログラムをコンピュータで実行することにより、各装置における処理手段がコンピュータ上で実現される。
【0065】
この処理内容を記述したプログラムは、コンピュータで読み取り可能な記録媒体に記録しておくことができる。コンピュータで読み取り可能な記録媒体としては、例えば、磁気記録装置、光ディスク、光磁気記録媒体、半導体メモリ等どのようなものでもよい。具体的には、例えば、磁気記録装置として、ハードディスク装置、フレキシブルディスク、磁気テープ等を、光ディスクとして、DVD(Digital Versatile Disc)、DVD-RAM(Random Access Memory)、CD-ROM(Compact Disc Read Only Memory)、CD-R(Recordable)/RW(ReWritable)等を、光磁気記録媒体として、MO(Magneto Optical disc)等を、半導体メモリとしてEEP-ROM(Electronically Erasable and Programmable-Read Only Memory)等を用いることができる。
【0066】
また、このプログラムの流通は、例えば、そのプログラムを記録したDVD、CD-ROM等の可搬型記録媒体を販売、譲渡、貸与等することによって行う。さらに、このプログラムをサーバコンピュータの記録装置に格納しておき、ネットワークを介して、サーバコンピュータから他のコンピュータにそのプログラムを転送することにより、このプログラムを流通させる構成としてもよい。
【0067】
また、各手段は、コンピュータ上で所定のプログラムを実行させることにより構成することにしてもよいし、これらの処理内容の少なくとも一部をハードウェア的に実現することとしてもよい。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
球調和関数で表現された3次元空間における任意の指向特性をデカルト座標系に変換し、その変換後の変数と当該変数の次数によって複数のスピーカの相対的な配置が決定される多重極スピーカであって、
原点に音源からの信号の振幅と位相をそのまま出力する+音源と、
上記変換したデカルト座標系の各座標軸ごとに、座標軸の変数が1次であれば原点を挟んで配置される+音源と、音源からの信号の振幅はそのままに位相を反転して出力する−音源と、
上記座標軸の変数がn次であればn−1次の原点からその軸に沿って一方に配置された多重極の音源を1個の多重極音源として、その1個の多重極音源と当該多重極音源の多重極の位相を反転させて原点を挟んで配置されるもう1個の多重極音源と、
異なる軸上の変数同士の積については、一方の変数に対応する座標軸の多重極音源を1個の音源と見做して、その1個の音源と、当該1個の音源の位相を反転させた多重極音源と、
上記変数の和については、上記原点に配置される、その変数に複数の多重極音源間の大きさを調整する係数を乗じた多重極音源と、
+音源の位置に−音源のが配置される場合にはその位置にスピーカを配置しないようにして複数のスピーカの相対的な配置を決定した多重極スピーカ群。
【請求項2】
信号源と、
上記信号源の信号が入力され、多重極スピーカ群のそれぞれの多重極スピーカに接続される3次元空間における任意の指向特性を球調和関数に展開した展開係数と補正係数との積で表せるフィルタ係数を持つ複数の適応フィルタ部と、
上記複数の適応フィルタ部の出力信号を入力として上記多重極スピーカのそれぞれに入力する多重極スピーカ駆動信号を合成する多重極スピーカ駆動信号合成部と、
を具備する音響信号出力装置。
【請求項3】
請求項2に記載した音響信号出力装置において、
上記補正係数は、
上記球調和関数の係数の比と上記適応フィルタ部の出力信号の比が同じになるように設定されることを特徴とする音響信号出力装置。
【請求項4】
信号源と、
騒音観測用マイクロホンと、
フィルタ係数決定用マイクロホンと、
請求項1に記載された多重極スピーカの配置方法で配置された多重極スピーカ群と、
外部から信号が入力され、出力に複数の上記多重極スピーカがそれぞれ接続される上記展開係数と補正係数との積で表せるフィルタ係数を持つ複数の適応フィルタ部と、
上記騒音源と上記複数の多重極スピーカとが同時に放音している状態で、上記補正係数を、上記騒音源の音を打ち消すように設定する多チャネル適応アルゴリズムと、
を具備するアクティブノイズコントロール装置。
【請求項5】
信号源と、
原音場内に、上記信号源の信号を放音する原音場スピーカと、
上記原音場スピーカが放音する音響信号を収音する複数の第1マイクロホンと、
請求項1に記載された多重極スピーカの配置方法で配置された多重極スピーカ群と、
上記音源信号を入力とし、出力に複数の多重極スピーカがそれぞれ接続される上記展開係数と補正係数との積で表せるフィルタ係数を持つ複数の適応フィルタ部と、
上記複数の第1マイクロホンと同じ配置で上記再生音場内に配置される上記複数の第1マイクロホンと同数の第2のマイクロホンと、
上記第1マイクロホンで収音された複数の収音信号同士の比と、上記第2のマイクロホンで収音される再生音場収音信号同士の比とが同じになるように上記補正係数を設定する多チャネル適応アルゴリズムと、
を具備する音場再現装置。
【請求項6】
球調和関数で表現された3次元空間における任意の指向特性をデカルト座標系に変換し、その変換後の変数と当該変数の次数によって複数のスピーカの相対的な配置を決定する多重極スピーカの配置方法であって、
原点に+音源を配置し、
上記変換したデカルト座標系の各座標軸ごとに、座標軸の変数が1次であれば原点を挟んで配置される+音源と−音源を配置し、
上記座標軸の変数がn次であればn−1次の原点からその軸に沿って一方に配置された多重極の音源を1個の多重極音源として、その1個の多重極音源と、当該多重極音源の多重極の位相を反転させたもう1個の多重極音源との1組を原点を挟んで配置し、
異なる軸上の変数同士の積については、一方の変数に対応する座標軸の多重極音源を1個の音源と見做して、その1個の音源と、当該1個の音源の位相を反転させた多重極音源の1組を原点を挟んで配置し、
上記変数の和については、上記原点に、その変数に複数の多重極音源間の大きさを調整する係数を乗じた多重極音源を重ねて配置し、
+音源の位置に−音源のが配置される場合にはその位置にスピーカを配置しないようにして複数のスピーカの相対的な配置を決定する多重極スピーカの配置方法。
【請求項7】
信号源の信号が入力され、請求項1に記載された多重極スピーカ群のそれぞれの多重極スピーカに接続される3次元空間における任意の指向特性を球調和関数に展開した展開係数と補正係数との積で表せるフィルタ係数を持つ複数の適応フィルタ過程と、
上記複数の適応フィルタ過程の出力信号を入力として上記多重極スピーカのそれぞれに入力する多重極スピーカ駆動信号を合成する多重極スピーカ駆動信号合成過程と、
を備える音響信号出力方法。
【請求項8】
請求項2乃至5の何れかに記載した音響信号出力装置又はアクティブノイズコントロール装置又は音場再現装置としてコンピュータを機能させるための装置プログラム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図9】
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【図8】
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【公開番号】特開2012−169895(P2012−169895A)
【公開日】平成24年9月6日(2012.9.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−29545(P2011−29545)
【出願日】平成23年2月15日(2011.2.15)
【出願人】(000004226)日本電信電話株式会社 (13,992)
【出願人】(504145342)国立大学法人九州大学 (960)
【Fターム(参考)】