説明

大入熱エレクトロスラグ溶接方法

【課題】安定して靭性値が高い溶接金属を得ることかできる大入熱エレクトロスラグ溶接方法を提供する。
【解決手段】フラックス入りワイヤは、所定の組成の鋼製外皮に、所定の組成のフラックスを充填したメタル系フラックス入りワイヤである。開先内に充填されるフラックスは、塩基度BLが0.5乃至1.5である。前記フラックス入りワイヤ中のB含有量を[ワイヤ中のBの質量%]、前記フラックス中のB含有量を[フラックス中のBの質量%]としたとき、数式α=49×[ワイヤ中のBの質量%]−[フラックス中のBの質量%]の値αが−0.2乃至0.2を満たす。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は溶接入熱が400kJ/cm以上1000kJ/cm以下の大入熱エレクトロスラグ溶接方法に関し、特に490乃至740MPa級の厚板(40mm以上)高張力鋼板を使用した際、溶接継手方向の各部で良好な靭性値を得ることを可能とする大入熱エレクトロスラグ溶接方法に関する。
【背景技術】
【0002】
エレクトロスラグ溶接は、大入熱の1パス溶接による高能率な溶接が可能であるため、鉄骨の四面BOX柱における内ダイアフラムの立向溶接に多く用いられている溶接方法である。ところで、エレクトロスラグ溶接が適用される建築物の部材及び骨組に関して、近年、地震時の塑性変形能力の確保及び長寿命化の観点から、溶接金属部にも高靭性値が要求される場合がある。
【0003】
しかしながら、エレクトロスラグ溶接は他のアーク溶接と比べて溶接入熱が極めて大きいため、溶接金属の冷却速度が小さくなり、組織が粗大化する傾向にある。その結果、溶接金属の靭性が低下するという問題点が生じる。
【0004】
これに対して、溶接金属に微量のTiとBを添加させることにより、溶接金属の組織を微細化し、溶接金属の靭性を改善する方法がある。ところが、エレクトロスラグ溶接においては、溶接線方向での靭性値のばらつきが大きく、試験片採取箇所によっては満足な靭性値が得られないという問題点が残っている。
【0005】
そこで、エレクトロスラグ溶接における靭性確保を目的とした技術が、特許文献1乃至4に開示されている。特許文献1は、溶接ワイヤ中にδフェライト相を安定させると共に、焼入れ性を向上させる元素であるSi、Mo、Cr、Nb及びVを所定量含有し、かつオーステナイト粒界での粗大な初析フェライトの生成を抑制する効果のあるBを所定量含有する技術である。更に、特許文献1は、結晶粒内の靭性を害するセメンタイト(FeC)の生成を抑制するために、この溶接ワイヤ中に含有するCの含有量を抑制し、Siの含有量を増加させることにより、大入熱エレクトロスラグ溶接時の溶接金属の靭性を向上させるものである。
【0006】
また、特許文献2は、溶接用ワイヤから多量のTiを添加するとともに、低塩基度の溶接用フラックスを使用することにより、アシキュラーフェライト生成の核となるTiを含む酸化物を、溶融メタル中に十分な量で分散させることが可能となり、アシキュラーフェライト組織主体の高靭性溶接金属が得られるようになる。また、大入熱エレクトロスラグ溶接においては、溶接金属の冷却速度が極めて遅く、溶接金属の靭性が劣化するため、溶接金属の焼入れ性を調整するか、又は旧オーステナイト粒界に偏析し、粒界フェライト組織の生成を抑制するBを添加するものである。
【0007】
特許文献3では、溶接用ワイヤから多量のTiを添加すると共に、低塩基度の溶接用フラックスを使用することにより、アシキュラーフェライト生成の核となるTiを含む酸化物を、溶融メタル中に十分な量で分散させることを可能とし、アシキュラーフェライト組織主体の高靭性溶接金属が得られるようにしたものである。また、大入熱エレクトロスラグ溶接においては、オーステナイト粒界に偏析し、粒界フェライト組織の生成を抑制する作用のあるBを適量添加する必要があるが、脱酸反応によってスラグアウトされるBを安定して溶接金属中に歩留らせるため、エレクトロスラグ溶接に所定量のBを含有する溶接ワイヤと一定量以上のBを予め添加したフラックスを使用するものである。
【0008】
特許文献4では、フラックス入りワイヤを使用することにより、溶接時の矯正が容易で非消耗ノズル部及び矯正ローラ部での送給抵抗を小さくすることが可能となると開示されている。また、特許文献4の技術は、溶接ワイヤ中に、焼入れ性を向上させ、オーステナイト粒径及びセメンタイト(FeC)の生成に影響を及ぼすC、Si、Mn、Mo、Niの含有量を規制し、アシキュラーフェライト生成の核となるTi、旧オーステナイト粒界に偏析し、粒界フェライトを抑制するB量を規制することにより高性能な溶接金属を得るものである。
【0009】
【特許文献1】特開2002−79396号公報
【特許文献2】特開2004−114053号公報
【特許文献3】特開2005−246399号公報
【特許文献4】特開2005−271032号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、特許文献1及び4に記載の技術では、溶接金属の酸素量に大きく影響するフラックス成分については何ら考慮されておらず、溶接線方向での安定した靭性値を得ることができるとはいえない。
【0011】
また、特許文献2に記載の技術では、その実施例及び比較例とも、高靭性値が得られているとはいえない。また、フラックス成分を規定しているが、B量が含まれておらず、溶接線方向での安定したB量の歩留りが得られず、溶接線方向での安定した靭性値を得られるとはいえない。
【0012】
更に、特許文献3においては、フラックス中のB量が規定されているが、その殆どの実施例及び比較例において、B量の量が1.5質量%より多くて、過剰であり、溶接スタート側でのBの歩留りが過大となり、スタート側での靭性が低下し、場合によっては割れが発生する恐れがある。
【0013】
更にまた、特許文献1乃至3に記載の技術では、溶接ワイヤの形態としてはソリッドワイヤを前提としている。ソリッドワイヤは、必要な合金元素を添加して所定の成分に溶製した鋼を圧延・伸線し、製品径のワイヤに仕上げたものであるが、溶製時のB量のばらつきが大きく、高精度に制御するためには製造コストが高くなる。
【0014】
特許文献4では、溶接用ワイヤの形態としてフラックス入りワイヤを前提としている。鋼製外皮に充填されるフラックスの充填率によっては、ワイヤ送給性に支障が生じたり、製造時に断線が発生するといった問題点がある。
【0015】
本発明はかかる問題点に鑑みてなされたものであって、安定して靭性値が高い溶接金属を得ることかできる大入熱エレクトロスラグ溶接方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明に係る大入熱エレクトロスラグ溶接方法は、フラックス入りワイヤとフラックスを使用して溶接する大入熱エレクトロスラグ溶接方法において、
前記フラックス入りワイヤは、
鋼製外皮が、C:0.05質量%以下、Si:0.2質量%以下、Mn:0.6質量%以下、残部はFe及び不可避的不純物からなる組成を有し、
ワイヤ成分が、ワイヤ全質量に対して、C:0.010乃至0.150質量%、Si:1.0質量%以下、Mn:0.5乃至3.5質量%、Mo:0.10乃至2.00質量%、Al:0.005乃至0.080質量%、Ti:0.05乃至0.40質量%、B:0.0110乃至0.0270質量%、Ni:3.00質量%以下、Cu:3.00質量%以下、Cr:0.30質量%以下、V:0.030質量%以下、Nb:0.030質量%以下を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる組成を有する
メタル系フラックス入りワイヤであり、
前記フラックスの成分が、フラックス全質量に対して、FeO:4.5質量%以下、B:1.5質量%以下を含有し、前記フラックスのSiO含有量を[SiO]、CaO含有量を[CaO]、Al含有量を[Al]、CaF含有量を[CaF]、MgO含有量を[MgO]、MnO含有量を[MnO]、TiO含有量を[TiO]、FeO含有量を[FeO]、B含有量を[B]としたとき、下記数式(1)で表されるフラックスの塩基度BLが0.5乃至1.5であり、
前記フラックス入りワイヤ中のB含有量を[ワイヤ中のBの質量%]、前記フラックス中のB含有量を[フラックス中のBの質量%]としたとき、下記数式(2)の値αが−0.2乃至0.2を満たすようにして、
前記フラックス入りワイヤと前記フラックスとの組み合わせで溶接することを特徴とする大入熱エレクトロスラグ溶接方法。
【0017】
【数1】

【0018】
【数2】

【0019】
この場合に、前記フラックス入りワイヤは、希土類化合物の1種又は2種以上を、希土類元素換算値で0.050質量%以下を含有することもできる。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、入熱が400kJ/cmを超える大入熱エレクトロスラグ溶接においても、溶接継手方向で安定した靭性を確保することができるという効果を奏する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
本発明者等は、入熱が400kJ/cmを超える大入熱エレクトロスラグ溶接においても、溶接継手方向で安定した靭性を確保することができる方法を開発すべく、鋭意実験研究を行った。その結果、エレクトロスラグ溶接ワイヤのB量とエレクトロスラグ溶接フラックスのB量を所定範囲に規定することにより、溶接線方向に均一にB量を確保することが、安定した靭性確保に必須であることを見出した。
【0022】
更に、溶接ワイヤの形態を、鋼製外皮の内部にフラックスを充填してなるメタル系フラックス入りワイヤとすることで、従来のソリッドワイヤよりも溶接ワイヤのB含有量を高精度に制御することが可能となり、その結果、溶接金属の靭性を安定化するのに有利であることを見出し、本発明を完成させた。
【0023】
以下に、本発明について詳細に説明する。
【0024】
先ず、本発明の大入熱エレクトロスラグ溶接方法にて使用する溶接ワイヤであるメタル系フラックス入りワイヤについて、説明する。このメタル系フラックス入りワイヤの鋼製外皮の組成限定理由について説明する。
【0025】
「C:0.05質量%以下」
Cは、鋼製外皮の強度を確保する上で重要な元素である。しかし、C含有量が0.05質量%を超えると、鋼製外皮が硬化してエレクトロスラグ溶接時における溶接ワイヤの矯正が不十分となり、溶接ワイヤの送給性が不良となる。また、非消耗ノズルの先端から溶接ワイヤが曲がった状態で供給され、溶接金属の片溶けが発生する。よって、C含有量は0.05質量%以下とする。
【0026】
「Si:0.2質量%以下」
Siは、鋼製外皮の強度を確保する上で重要な元素である。しかし、Si含有量が0.2質量%を超えると、鋼製外皮が硬化してエレクトロスラグ溶接時における溶接ワイヤの矯正が不十分となり、溶接ワイヤの送給性が不良となる。また、非消耗ノズルの先端から溶接ワイヤが曲がった状態で供給され、溶接金属の片溶けが発生する。よって、Si含有量は0.2質量%以下とする。
【0027】
「Mn:0.6質量%以下」
Mnは、鋼製外皮の強度を確保する上で重要な元素である。しかし、Mn含有量が0.6質量%を超えると、鋼製外皮が硬化してエレクトロスラグ溶接時における溶接ワイヤの矯正が不十分となり、溶接ワイヤの送給性が不良となる。また、非消耗ノズルの先端から溶接ワイヤが曲がった状態で供給され、溶接金属の片溶けが発生する。よって、Mn含有量は0.6質量%以下とする。
【0028】
上記した鋼製外皮の成分以外の残部は、Fe及び不可避的不純物である。
【0029】
次に、上記メタル系フラックス入りワイヤの成分組成(即ち、鋼製外皮とその内部に充填した金属粉末とを総合した成分の組成)の限定理由について説明する。
【0030】
「C:0.010乃至0.150質量%」
Cは、溶接金属の強度と靭性を確保するために有効な元素であるが、C含有量が0.010質量%未満では、その効果が得られない。一方、C含有量が0.150質量%を超えると溶接金属の硬さが過剰となり、靭性が低下する。よって、C含有量は0.010乃至0.150質量%とする。C源としては、鋼製外皮、グラファイト、鉄粉、Fe−Mn等の金属粉、合金粉を用いる。なお、より好ましい範囲としては、C:0.010乃至0.050質量%である。
【0031】
「Si:1.0質量%以下」
Siは、Si含有量が1.0質量%を超えると、溶接金属の高温割れが発生しやすくなり、更に島状マルテンサイトという低靭性組織の生成が顕著となり、溶接金属の靭性が著しく劣化する。よって、Si含有量は1.0質量%以下とする。Si源としては、鋼製外皮、Fe−Si、Fe−Si−Mn等の合金粉を用いる。
【0032】
「Mn:0.5乃至3.5質量%」
Mnは、脱酸剤として作用すると共に焼入れ性を向上させる効果があり、溶接金属の靭性安定化のために必要な元素である。しかし、Mn含有量が0.5質量%未満の場合、十分な焼入れ性、靭性が得られない。一方、Mn含有量が3.5質量%を超えると、焼入れ性が高くなり過ぎ、強度が上がり、耐高温割れ性が劣化すると共に、靭性が劣化する。よって、Mn含有量は0.5乃至3.5質量%とする。Mn源としては、外皮金属、金属Mn、Fe−Mn、Fe−Si−Mn等の金属粉、合金粉を用いる。
【0033】
「Mo:0.10乃至2.00質量%」
Moは、焼入れ性を高め、溶接金属の強度と靭性の向上に大きな効果があるが、Mo含有量が0.10質量%未満であると、上記効果が期待できない。一方、Mo含有量が2.00質量%を超えると、溶接金属の高温割れが発生する可能性があり、かつ、過剰な硬化により溶接金属の靭性が劣化する。よって、Mo含有量は0.10乃至2.00質量%とする。Mo源としては、Fe−Mo等合金粉を用いる。
【0034】
「Al:0.005乃至0.080質量%」
Alは、溶接金属の脱酸効果のため含有される元素である。しかし、Al含有量が0.005質量%未満の場合、その効果が発揮されず、溶接金属の焼入れ性が低下し、靭性の劣化が生じる。一方、Al含有量が0.080質量%を超えると、Al酸化物が多量に形成され、アシキュラーフェライトの生成核となるTi酸化物の生成を阻害するため、靭性が劣化する。よって、Al含有量は0.005乃至0.080質量%とする。Al源としては、金属Al、Fe−Al等の金属粉及び合金粉を用いる。
【0035】
「Ti:0.05乃至0.40質量%」
Tiは、Ti酸化物としてアシキュラーフェライトを生成する核となり、粗大な粒界フェライトの生成を防止するために必要な元素である。しかし、Ti含有量が0.05質量%未満の場合、酸化物の生成が不十分で、溶接金属の靭性向上が得られない。一方、Ti含有量が0.40質量%を超えると、溶接金属中のTi析出物が多くなりすぎて、靭性が低下する。よって、Ti含有量は0.05乃至0.40質量%とする。Ti源としては、Fe−Ti等の合金粉を用いる。
【0036】
「B:0.0110乃至0.0270質量%」
Bは、溶接金属の焼入れ性を向上させ、初析フェライトの成長の抑制により、靭性を向上させる元素である。しかし、B含有量が0.0110質量%未満の場合、上記効果が期待できない。一方、B含有量が0.0270質量%を超えると、溶接金属の焼入れ性が過剰となるため、高温割れが発生しやすくなるとともに、マルテンサイト相の生成により溶接金属の靭性が劣化する。よって、B含有量は0.0110乃至0.0270質量%とする。なお、より好ましい範囲としては、B:0.0130乃至0.0200質量%である。B源としてはFe−B、Fe−Si−B等の合金粉、特殊ガラス等の複合酸化物を用いる。
【0037】
「Ni:3.00質量%以下」
Niは、Ni含有量が3.00質量%を超えると、A3変態点の低下により、固液共存域を増加させ、結果として耐高温割れ性が劣化する。よって、Ni含有量は3.00質量%以下とする。Ni源としては、金属Ni、Ni−Mg等の金属粉、合金粉を用いる。
【0038】
「Cu:3.00質量%以下」
Cuは、Cu含有量が3.00質量%を超えると、溶接金属の高温割れが発生する危険性が増大するばかりでなく、過剰な硬化が生じて溶接金属の靭性が劣化する。よって、Cu含有量は3.00質量%以下とする。Cu源としては、フラックス入りワイヤの表面へのCu鍍金又はCu粉を用いる。
【0039】
「Cr:0.30質量%以下」
Crは、Cr含有量が0.30質量%を超えると、溶接金属が硬化して靭性が劣化する。よって、Cr含有量は0.30質量%以下とする。Cr源としては、金属Cr、Fe−Cr、Fe−Si−Cr等の金属粉、合金粉を用いる。
【0040】
「V:0.030質量%以下」
Vは、V含有量が0.030質量%を超えると、溶接金属が硬化して靭性が劣化する。よって、V含有量は0.030質量%以下とする。V源としては、Fe−V等の合金粉を用いる。
【0041】
「Nb:0.030質量%以下」
Nbは、Nb含有量が0.030質量%を超えると、溶接金属が硬化して靭性が劣化する。よって、Nb含有量は0.030質量%以下とする。Nb源としては、Fe−Nb等の合金粉を用いる。
【0042】
「希土類元素の1種又は2種(希土類元素換算値):0.050質量%以下」
本発明の溶接ワイヤであるフラックス入りワイヤでは、上記の成分に加えて、希土類元素(REM):0.050質量%以下を含有してもよい。
【0043】
希土類元素(REM)は、硫化物を生成することによってSを固定し、Sに起因する溶接金属の靭性向上作用を有する。また、強脱酸剤でもあり、靭性向上効果作用を有する。REM含有量が0.050質量%を超えると、溶接金属中のSi、Mn、Ti等の脱酸剤の歩留まりが大きくなり、強度が高くなり、靭性向上効果が小さくなることから、REMを添加する場合は0.050質量%以下とする。ここでいう、希土類元素とは、周期律表の3族(Sc、Y及び原子番号57(La)乃至71(Lu))に属する元素である。また、希土類化合物とは、希土類元素の酸化物(Nd,La,Y,CeO,Ce、Sc等の単体の酸化物及びこれらの複合酸化物並びにモナザイト、バストネサイト、アラナイト、セライト、ゼノタイム、ガドリナイト等の希土類酸化物の鉱石を含む)、弗化物(CeF,LnF,PmF,SmF,GdF,TbF等)及び合金(希土類元素−Fe、希土類元素−Fe−B,希土類元素−Fe−Co、希土類元素−Fe−Si、希土類元素−Ca−Si等)をいう。
【0044】
なお、本発明の溶接ワイヤであるフラックス入りワイヤの形態としては、合わせ目有りのシームタイプ、又は合わせ目無しシームレスタイプのいずれのタイプも適用できる。また、本発明のフラックス入りワイヤに充填されるフラックスの充填率は、5乃至30質量%である。フラックス充填率が5質量%未満では、フラックス入りワイヤの剛性が高いために溶接ワイヤの矯正が不十分となり、フラックス入りワイヤの送給性が不十分となる。また、充填率が30質量%超では、フラックス入りワイヤの製造中に断線が多発したり、溶接ワイヤの矯正ローラ部で座屈したりする。また、スラグ形成剤は実質充填しないが、溶接時に銅当て金を使用する場合は銅当て金にフラックスが付着してスラグを消費して溶融スラグ浴深さが変化するので、スラグ形成剤は、2.0質量%以下の範囲で添加することが可能である。
【0045】
本発明の溶接ワイヤであるフラックス入りワイヤの不可避不純物としては、P、S、Snが挙げられ、夫々各不純物は0.030質量%以下に規制される。
【0046】
次に、本発明にて使用する溶接フラックスの成分組成の限定理由について説明する。
【0047】
「FeO:4.5質量%以下」
FeOは4.5質量%を超えると、溶接安定性が劣化し、場合によっては溶接停止が発生すると共に、溶接金属中の酸素が高くなる。それと共に、本発明では溶接線方向でのB量を安定させるため、Bを添加しており、BからBへの還元反応により溶接金属酸素量が高くなる。このため、溶接金属B量と酸素量とのバランスが崩れて、良好な靭性が得られなくなる。よって、FeO含有量は4.5質量%以下とする。
【0048】
「B:1.5質量%以下」
は、本発明においては溶接金属中への安定したBを供給するために補助的に必要な成分であり、エレクトロスラグ溶接ワイヤ中のB量が0.004質量%以下と少ないときには、フラックスからのB添加は不要となる。一方、B量が1.5質量%を超えると、溶接金属中のB量が過大となり、高温割れが発生しやすくなると共に、マルテンサイト相の生成により溶接金属の靭性が劣化する。よって、B含有量は1.5質量%以下とする。
【0049】
次に、本発明における溶接フラックスの塩基度BLを限定した理由を説明する。
【0050】
「塩基度BL:0.5乃至1.5」
溶接フラックスは、スラグの融点、流動性及び粘性等の特性を考慮して、その組成が決められており、酸化物と弗化物から構成されている。本発明では溶接金属中の酸素量を決める指標として、塩基度BLを使用する。この塩基度BLは前述の数式1で算出される値である。塩基度BLが0.5未満の場合、溶接金属酸素量が過剰になり、靭性の向上が得られない。一方、塩基度BLが1.5を超えると、スラグの融点が高くなり過ぎて、溶接停止が発生しやすくなる。よって、塩基度BLは0.5乃至1.5とすることが必要である。
【0051】
次に、ワイヤ中のB量とフラックス中のB量との関係について説明する。
【0052】
「ワイヤ中のB量とフラックス中のB量との関係(数式2)の値α:−0.2乃至0.2」
上述のごとく、溶接フラックスの塩基度BLは溶接金属中の酸素量を規定する値である。一方、溶接ワイヤのB量は、適正な固溶Bの生成により初析フェライト相の成長を抑制させて、靭性を向上させるのに極めて有効である。このような固溶Bを適正量生成させるには、酸化物又は窒化物として固定されないだけのBの添加が必要である。エレクトロスラグ溶接のように安定した靭性を得にくい場合には、溶接線方向で溶接金属のB量と溶接金属の酸素量を一定に制御することで固溶Bを適正量生成させて、溶接線方向で安定した靭性を得ることが可能となる。溶接線方向で溶接金属B量が一定でないと、溶接金属酸素量とのバランスが崩れ、靭性が劣化する。このためには、ワイヤ中のB量とフラックス中のB量の関係を表した数式2の値αが、−0.2乃至0.2を満たす必要がある。
【0053】
ワイヤB量に対してフラックスB量が過剰であると、即ち、数式2の値α=49×[ワイヤ中のBの質量%]−[フラックス中のBの質量%]が−0.2未満であると、溶接金属B量も過大となり、固溶B量が過剰となり、溶接金属が硬化し、靭性が劣化する。一方、フラックスB量が不足すると、即ち、数式2の値α=49×[ワイヤ中のBの質量%]−[フラックス中のBの質量%]が0.2を超えると、溶接開始近傍で固溶Bが生成されず、安定した靭性が得られない。よって、数式2の値α=49×[ワイヤ中のBの質量%]−[フラックス中のBの質量%]は、−0.2乃至0.2とする。
【0054】
「溶接フラックスの成分組成の一例」
なお、溶接フラックスの成分組成は、例えば、以下のとおりである。
SiO:25乃至50質量%
CaO:5乃至25質量%
Al:15質量%以下
CaF:20質量%以下
MgO:16質量%以下
MnO:25質量%以下
TiO:10質量%以下
【0055】
この溶接フラックスは、溶融金属の上方にスラグ浴を形成することを目的として散布(投入)される。この場合に、スラグ浴の深さ(体積)は、溶接対象のダイヤフラム(図1の符号b)の厚さ及びギャップが決まれば、必然的に決まるので、必要な溶融フラックスの投入量が決まる。例えば、ダイアフラムの厚さにより溶接電流(=ワイヤ送給速度)が変わるが、溶接入熱が400乃至1000kJ/cmでは溶接電流はほぼ一定である。このため、一例として、ダイアフラムの厚さが60mmの場合、表2の溶接条件では、投入フラックス量は110gであり、ダイアフラムの厚さが40mmの場合は投入フラックス量は75gである。
【実施例】
【0056】
次に、本発明の実施例について、本発明の範囲から外れる比較例と比較して説明する。溶接試験は以下のようにして行った。図1に示すように、板厚60mmのスキンプレートa上に、JIS規格SN490に規定されたフラットバーを1対の側板cとして立設し、この側板c間に60mm厚のダイアフラムbを挟んだ溶接継手を作製した(溶接長800mm)。この溶接継手における溶接箇所は、ダイアフラムbと、側板cと、スキンプレートaに囲まれた空間である。各部材の寸法は図1に示すとおりである。また、下記表1はスキンプレートa、ダイアフラムb、側板cの化学組成(質量%)を示す。そして、下記表2に示す溶接条件でエレクトロスラグ溶接を実施した。なお、フラックス投入量は110gとした。
【0057】
【表1】

【0058】
【表2】

【0059】
溶接ワイヤとして用いたメタル系フラックス入りワイヤの成分(すなわち鋼製外皮と充填した金属粉末との総合成分)を下記表3−1乃至表3−6に示す。また、溶接フラックスの塩基度BL、数式2で求まる変数αの値も、前記表3−1乃至表3−6に合わせて示す。この表において、メタル系フラックス入りワイヤの鋼製外皮G1乃至G6の成分を下記表4に、溶接フラックスF1乃至F12の成分を下記表5に示す。
【0060】
【表3−1】

【0061】
【表3−2】

【0062】
【表3−3】

【0063】
【表3−4】

【0064】
【表3−5】

【0065】
【表3−6】

【0066】
【表4】

【0067】
【表5】

【0068】
溶接終了後、UT(超音波探傷試験)により高温割れ等の欠陥の有無を確認し、図2に示す採取位置でJIS規格(JIS Z3111のA2号)の引張試験片d、及びJIS規格(JIS Z3111のVノッチ試験片)のシャルピー衝撃試験片eを採取し、溶接金属の機械的性質を調査した。引張試験片は、図2の下端から溶接線方向に250乃至400mmの部分から1本採取し、引張試験を実施した。衝撃試験片については、図2の下端から溶接線方向で200乃至250mm、400乃至450mm、600乃至650mmの箇所で夫々3本採取した。即ち,下端から200乃至250mmの部分で3本(断面高さ10mm)の衝撃試験片を採取し,400乃至450mmの部分で3本の試験片を採取し,600乃至650mmの部分で3本の試験片を採取した。この合計9本の試験片につき、0℃の試験温度で衝撃試験を実施した。試験結果を下記表6−1及び表6−2に示す。なお、衝撃吸収エネルギは、各箇所3本の試験片の衝撃値の平均値である。
【0069】
【表6−1】

【0070】
【表6−2】

【0071】
本発明は、前述のごとく、490乃至740MPa級の高張力鋼板に適用し、その溶接部の靭性値向上を可能とするものであるが、この490MPa級鋼材に加えて、建築構造用高性能590MPa級鋼材にも適用可能とするため、本試験においては、引張り強さが590乃至740MPaを満足した場合に、合格と判断した。また、衝撃特性については、通常、0℃吸収エネルギが27J以上又は47J以上が合格の基準になるが、建築物の部材及び骨組に関して、近年、地震時の塑性変形能力及び長寿化の観点から、溶接金属部にも高靱性値が要求される場合がある。このため、この種の用途への適用のため、0℃吸収エネルギが、70J以上である場合に、合格とした。
【0072】
前記表6−1及び表6−2に示すように、本発明の実施例1乃至24においては、溶接ワイヤであるメタル系フラックス入りワイヤの鋼製外皮の成分組成、溶接開始時に溶接継手内に散布されるフラックスの成分組成及び塩基度BL、更には数式2で求まる変数αの値が、本発明の規定範囲を満足するため、引張り強さが要求性能の590乃至740MPaの範囲に入る良好な引張性能を有し、溶接線方向において0℃吸収エネルギが要求性能の70J以上の条件を満たす良好な衝撃特性が得られた。
【0073】
一方、比較例25乃至27は、溶接ワイヤであるメタル系フラックス入りワイヤの鋼製外皮の成分が規定範囲を外れているため、エレクトロスラグ溶接時に溶接ワイヤの送給性が不良となり、溶接金属の片溶けが発生して試験を中止した。比較例28は、溶接ワイヤのC量が規定範囲より低いため、引張強度及び靭性が低値であった。比較例29は、溶接ワイヤのC量が規定範囲より高いため、硬さが過剰となり、引張強度過多及び靭性が低値であった。比較例30は、溶接ワイヤのSi量が規定範囲より高いため、高温割れが発生し、靭性が低値であった。
【0074】
比較例31は、溶接ワイヤのMn量が規定範囲より低いため、焼入れ性が不十分で、引張強度と靭性が低値であった。比較例32はMn量が規定範囲より高いため、溶接金属の焼入れ性が過大となり、高温割れが発生した。また、引張強度過多となり靭性が低値であった。比較例33は、溶接ワイヤのMo量が規定範囲より低いため、焼入れ性が不十分で、引張強度と靭性が低値であった。比較例34は、溶接ワイヤのMo量が規定範囲より高いため、溶接金属の焼入れ性が過大となり、高温割れが発生した。また、引張強度過多となり、靭性が低値であった。
【0075】
比較例35は、溶接ワイヤのAl量が規定範囲より低いため、脱酸効果が低く、靭性が低値であった。比較例36は、溶接ワイヤのAl量が規定範囲より高いため、Al酸化物の多量生成により、靭性が低値であった。比較例37は、溶接ワイヤのTi量が規定範囲より低いため、アシキュラーフェライト相の生成が不十分であり、靭性が低値であった。比較例38は、溶接ワイヤのTi量が規定範囲より高いため、溶接金属のTi析出物が過大となり、靭性が低値であった。
【0076】
比較例39は、溶接ワイヤのB量が規定範囲より低いため、初析フェライトの成長抑制効果が不十分であり、靭性が低値であった。比較例40は、溶接ワイヤのB量が規定範囲より高いため、高温割れが発生した。また、マルテンサイト相の生成により、靭性が低値であった。
【0077】
比較例41は、溶接ワイヤのNi量が規定範囲より高いため、高温割れが発生した。比較例42は、溶接ワイヤのCu量が規定範囲より高いため、高温割れが発生した。また、引張強度が高く、靭性が低値であった。比較例43は、溶接ワイヤのCr量が規定範囲より高いため、引張強度が高く、靭性が低値であった。比較例44は、溶接ワイヤのV量が規定範囲より高いため、引張強度が高く、靭性が低値であった。比較例45は、溶接ワイヤのNb量が規定範囲より高いため、引張強度が高く、靭性が低値であった。
【0078】
比較例46は、溶接フラックスのFeO量が規定範囲より高いため、溶接が不安定となり、溶接停止が発生した。また、溶接金属B量と酸素量のバランスが崩れ、靭性が低値であった。比較例47は、溶接フラックスのB量が規定範囲より高く、数式2のα値が低いため、高温割れが溶接全線に発生し、試験を中止した。
【0079】
比較例48は、溶接フラックスの塩基度BLが規定範囲より高いため、スラグの融点が高く、溶接停止が頻発したため、溶接を中止した。比較例49は、溶接フラックスの塩基度BLが規定範囲より低いため、溶接金属の酸素量が過大となり、靭性が低値であった。
【0080】
比較例50は、数式2のα値が規定範囲より低いため、固溶Bが生成されず、初析フェライトの成長抑制効果が不十分となり、靭性が低値であった。比較例51及び52は、数式2のα値が規定範囲より高いため、溶接線方向における溶接金属中の固溶Bが不安定となり、その結果、溶接開始200mmでの靭性値が低かった。
【0081】
比較例53は、溶接ワイヤ中のフラックス充填率が規定範囲より低いため、ワイヤの矯正が不十分となり、溶接ワイヤの送給性が不良となり、溶接を中止した。比較例54は、溶接ワイヤ中のフラックス充填率が規定範囲より高いため、溶接ワイヤの製造中に断線が多発した。また、溶接中に溶接ワイヤの矯正ローラや送給ローラ部で座屈が多発したため溶接を中止した。
【図面の簡単な説明】
【0082】
【図1】溶接試験における継手形状を示す図である。
【図2】試験片の採取位置を示す図である(但し、衝撃試験片は、煩雑さを避けるために、各位置を代表して1本のみ図示した)。
【符号の説明】
【0083】
a:スキンプレート、b:ダイアフラム、c:側板、d:引張試験片、e:シャルピー衝撃試験片

【特許請求の範囲】
【請求項1】
フラックス入りワイヤとフラックスを使用して溶接する大入熱エレクトロスラグ溶接方法において、
前記フラックス入りワイヤは、
鋼製外皮が、C:0.05質量%以下、Si:0.2質量%以下、Mn:0.6質量%以下、残部はFe及び不可避的不純物からなる組成を有し、
ワイヤ成分が、ワイヤ全質量に対して、C:0.010乃至0.150質量%、Si:1.0質量%以下、Mn:0.5乃至3.5質量%、Mo:0.10乃至2.00質量%、Al:0.005乃至0.080質量%、Ti:0.05乃至0.40質量%、B:0.0110乃至0.0270質量%、Ni:3.00質量%以下、Cu:3.00質量%以下、Cr:0.30質量%以下、V:0.030質量%以下、Nb:0.030質量%以下を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる組成を有する
メタル系フラックス入りワイヤであり、
前記フラックスの成分が、フラックス全質量に対して、FeO:4.5質量%以下、B:1.5質量%以下を含有し、前記フラックスのSiO含有量を[SiO]、CaO含有量を[CaO]、Al含有量を[Al]、CaF含有量を[CaF]、MgO含有量を[MgO]、MnO含有量を[MnO]、TiO含有量を[TiO]、FeO含有量を[FeO]、B含有量を[B]としたとき、下記数式(1)で表されるフラックスの塩基度BLが0.5乃至1.5であり、
前記フラックス入りワイヤ中のB含有量を[ワイヤ中のBの質量%]、前記フラックス中のB含有量を[フラックス中のBの質量%]としたとき、下記数式(2)の値αが−0.2乃至0.2を満たすようにして、
前記フラックス入りワイヤと前記フラックスとの組み合わせで溶接することを特徴とする大入熱エレクトロスラグ溶接方法。
BL={[CaO]+[CaF]+[MgO]+0.5×([MnO]+[FeO])}/{[SiO]+0.5×([TiO]+[Al])}・・(1)
α=49×[ワイヤ中のBの質量%]−[フラックス中のBの質量%]・・(2)
【請求項2】
前記フラックス入りワイヤは、希土類化合物の1種又は2種以上を、希土類元素換算値で0.050質量%以下を含有することを特徴とする請求項1に記載の大入熱エレクトロスラグ溶接方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2010−89100(P2010−89100A)
【公開日】平成22年4月22日(2010.4.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−259069(P2008−259069)
【出願日】平成20年10月3日(2008.10.3)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】