説明

大入熱溶接用鋼材の製造方法

【課題】本発明は、TMCPでの製造を前提として、溶接入熱量300kJ/cm以上の溶接によっても溶接熱影響部の靭性が低下しない大入熱溶接用鋼材の製造方法を提供する。
【解決手段】鋼の成分組成が、質量%で、C、Si、Mn、P、S、Al、Ni、Nb、Ti:0.005〜0.02%、N:0.0035〜0.0070%、Ca、Bを含み、かつ、Ceq≦0.36を満たし、鋼素材を加熱後、鋼板表面温度850℃以下で累積圧下率40%以上で圧延を行い、仕上げ温度:FT(℃)を、Ti/N≦2.2の場合、FT(℃)≧790℃とし、Ti/N>2.2の場合、FT(℃)≧(1065−125×Ti/N)かつ、FT(℃)≧Ar変態点とし、その後、冷却開始温度を(Ar−30)℃以上の温度で、冷却停止温度を300〜500℃の範囲内の温度とし、加速冷却を行なうことを特徴とする大入熱溶接用鋼材の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、造船、建築、土木等の各種構造物で使用される引張強度(TS)が510MPaクラス、板厚70mmまでの鋼材、特に溶接入熱量が300kJ/cmを超える大入熱溶接に適した大入熱溶接用鋼材の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
造船、建築、土木等の分野で使用される鋼材は、一般に、溶接による接合により所望の形状の構造物に仕上げられる。これらの構造物には、安全性の観点から、使用される鋼材の母材性能はもちろん、溶接部の靱性に優れることが要請されている。
【0003】
これら構造物や船舶は、近年、ますます大型化し、使用される鋼材の厚肉化に伴い、溶接施工にはサブマージアーク溶接、エレクトロガス溶接およびエレクトロスラグ溶接などの高能率な大入熱溶接法が適用されている。このため、これら大入熱溶接法により溶接施工した場合でも、溶接部の靱性が低下しない優れた特性を有する鋼材が必要となっている。
【0004】
しかし、一般に、溶接入熱量が大きくなると、溶接熱影響部の組織が粗大化するために、溶接熱影響部の靱性は低下することが知られている。このような大入熱溶接法を採用したことによる溶接熱影響部の靱性の低下を防止するため、これまでにも多くの対策が提案されてきた。
【0005】
例えば、TiNの微細分散によるオーステナイト粒の粗大化抑制やフェライト変態核としての作用を利用する技術が実用化され、また特許文献1にはTiの酸化物を分散させる技術が、特許文献2にはBNのフェライト核生成能を組み合わせる技術が開示されている。
【0006】
さらに、鋼中の硫化物の形態を制御する技術が特許文献3および特許文献4に開示され、それぞれCaおよびREMを添加して溶接熱影響部の高靱性を達成した大入熱溶接用鋼材が開示されている。
【0007】
一方、これら大入熱溶接用鋼材の高強度化の技術的要請もあり、これを受け、高強度化を維持しつつ、母材性能とりわけ母材靭性の安定的な確保も必要となっている。一般に、鋼材の高強度化、厚肉化を図ると、それとともに母材の靱性は低下することが知られている。また、大入熱溶接用鋼材では、その溶接熱影響部(単に「HAZ」と云う場合もある。)の靱性を確保するためにTiやNb、B、Nといった微量元素(マイクロアロイ)が活用されるケースが多いが、これら微量元素の鋼板への適用の効果は、鋼板母材(単に「母材」と云う場合もある。)の強度や靭性がばらつき、低下するとの問題もある。
【0008】
このような母材靱性のばらつき、低下に対して、これまでにもいくつかの対策が提案されてきた。例えば、特許文献5および特許文献6には、精緻な圧延条件制御をすることで母材組織の粒径をある大きさ以下とし、それにより靭性を安定化させる技術が開示されている。
【0009】
また、特許文献7には、鋼のδ温度域の幅を狭く制御することで、Ti系炭窒化物、Nb系炭窒化物を微細にし、母材低温靭性を向上させるといった技術も開示されている。
【0010】
一方、特許文献8には、鋼板製造法として、TMCP法ではなくDQT法(直接焼入れ−焼戻し)を選択することで、変態過程でのC(炭素)の分配が均一なベイナイト組織を形成させ、鋼板の靭性を安定的に確保する技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開昭57−51243号公報
【特許文献2】特開昭62−170459号公報
【特許文献3】特開昭60−204863号公報
【特許文献4】特公平4−14180号公報
【特許文献5】特開2009−68050号公報
【特許文献6】特開2009−74111号公報
【特許文献7】特開2007−239090号公報
【特許文献8】特許第3599556号公報
【特許文献9】特許第3546308号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
大入熱溶接用鋼材の成分において重要なTiやBなどの微量元素は、N量の影響を大きく受けることが知られている。鋼中のN量のばらつき変動によってTiN形成量、および固溶B量が影響を受け、ひいては母材の強度および靭性特性のばらつき変動の大きな要因となる。鋼の製造工程において、N量は製鋼過程でのオンサイト制御を採用し狭い範囲に精度よく制御することが可能となったが、それでも±10ppmの範囲でのばらつきが生じる。
【0013】
特許文献5および特許文献6には、精緻な圧延条件制御が開示され、また、特許文献7にはδ温度域制御による温度管理が開示されているが、これらの技術を採用しても、出鋼チャージ間でのN量のばらつき変動があれば、これに起因する母材靭性のばらつきを低減することは困難である。
【0014】
特許文献8は、DQT法(直接焼入れ−焼戻し)を選択することで、このような母材靭性のばらつきの低減を図っているが、製造効率・コスト、短納期の観点で、TMCP法による製造が望まれている。
【0015】
そこで、本発明は、TMCP法での製造を前提として、出鋼チャージ間でのN量ばらつきに応じて、適切な圧延仕上げ温度(FT)を設定し、溶接入熱量300kJ/cm以上の溶接によっても溶接熱影響部の靭性が低下しない大入熱溶接用鋼材の製造方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明者らは、これらの問題点を解決し、母材靭性に優れ、かつ300kJ/cmを超えるような大入熱溶接を行っても優れたHAZ靭性を有する大入熱溶接用鋼材の製造方法について鋭意検討を行った。
【0017】
まず、本発明において、大入熱溶接における溶接部のHAZ靭性の確保については、特許文献9にて開示された知見を勘案し、Ti、B、N、Caを適正に含有させ、さらに改良検討を行い本発明を完成させた。本発明によれば、大入熱溶接時のγ粒粗粒化を抑制するとともに、高温下でも溶解しないフェライト変態生成核を微細に分散させることができ、溶接熱影響部の組織を微細なフェライトパーライトの組織として高靱性化を達成できる。
【0018】
まず、本発明者らは、Ceq≦0.36の合金元素制約のもと大入熱溶接用鋼の母材靭性を安定的な確保するためのTMCP製造法について鋭意検討を行った。ここで、Ceq=C+Mn/6+(Cr+Mo+V)/5+(Cu+Ni)/15であり、各元素記号は各元素の含有量(質量%)を表し、含有していない場合には0とする。以下の説明で単にCeqと記載した場合には、上記式で求められるものをいうものとする。
【0019】
検討の結果、出鋼チャージ間でのN量ばらつきに応じて、適切な圧延仕上げ温度(FT)を設定すればよいとの知見を得て、本発明に至った。具体的には、仕上げ温度を、Ti/N≦2.2の場合FT≧790℃、Ti/N>2.2の場合FT≧(1065−125×Ti/N)(ただしAr変態点以上)とすることが重要であることを見出した。ここでTi、Nはそれぞれ鋼板に含有される量(質量%)であるが、レ―ドル分析値(質量%)から求めても良い。
【0020】
本発明は、上記の知見に基づいて完成したものであり、その要旨は以下の通りである
(1)鋼の成分組成が、質量%で、C:0.03〜0.1%、Si:0.01〜0.3%、Mn:1.2〜2.0%、P:0.015%以下、S:0.0005〜0.0040%、Al:0.005〜0.1%、Ni:0.1〜0.6%、Nb:0.005〜0.02%、Ti:0.005〜0.02%、N:0.0035〜0.0070%、Ca:0.0005〜0.0030%、B:0.0003〜0.0025%を含有し、かつ、Ceq≦0.36を満たし、残部はFeおよび不可避的不純物である鋼素材を
加熱後、鋼板表面温度850℃以下の温度域で累積圧下率40%以上で圧延を行い、
該圧延の仕上げ温度:FT(℃)を、Ti/N≦2.2の場合、FT(℃)≧790℃とし、
Ti/N>2.2の場合、FT(℃)≧(1065−125×Ti/N)(℃)かつ、FT(℃)≧Ar変態点(℃)とし、
その後、冷却開始温度を(Ar−30)℃以上の温度で、冷却停止温度を300〜500℃の範囲内の温度とし、加速冷却を行なうことを特徴とする大入熱溶接用鋼材の製造方法。
【0021】
ここで、Ceq=C+Mn/6+(Cr+Mo+V)/5+(Cu+Ni)/15であり、各元素記号は各元素の含有量(質量%)を表し、含有していない場合には0とする。
(2)前記鋼素材が、さらに、質量%で、Cr:0.1〜0.5%、Mo:0.01〜0.3%、V:0.01〜0.2%、Cu:0.1〜0.5%の内から選ばれる1種以上を含有することを特徴とする(1)に記載の大入熱溶接用鋼材の製造方法。
(3)前記鋼素材が、さらに質量%で、Mg:0.005%以下、Zr:0.02%以下、Ta:0.02%以下、REM:0.01%以下の内からから選ばれる1種以上を含有することを特徴とする(1)または(2)に記載の大入熱溶接用鋼材の製造方法。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、母材強度−靭性バランスに優れ、300kJ/cm以上の大入熱溶接においても優れた溶接熱影響部靱性を有する引張強度(TS)が510MPaクラスの鋼板が工業的に安定製造できる。
【0023】
したがって、本発明は、サブマージアーク溶接、エレクトロガス溶接、エレクトロスラグ溶接などの大入熱溶接により施工される大型の構造物の品質向上に寄与するところ大である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
本発明を実施するための形態を説明する。以下の説明において、元素の単位の%の表記は質量%を意味する。
【0025】
まず、鋼の成分組成については、本発明では炭素等量Ceqを次のように規定する。
Ceq:0.36%以下
Ceqは高いほど強度が上がり、伸びが低下する。また、Ceqは溶接熱影響部の靭性の指標ともなり、0.36%を超えた場合、大入熱溶接時の溶接熱影響部の靭性が劣化する。このため、Ceqは0.36%以下とする。
ここで、Ceq=C+Mn/6+(Cr+Mo+V)/5+(Ni+Cu)/15であり、各元素記号は各元素の含有量(質量%)を表し、含有していない場合には0とする。
【0026】
以下、各成分の限定理由について説明する。
【0027】
C:0.03〜0.1%
Cは、構造用鋼として必要な強度を得るために必要であり、Cの含有量は0.03%以上が必要であるが、過剰に含有すると、溶接熱影響部に島状マルテンサイトが生成するので、その生成量を抑えるため、Cの含有量の上限は0.1%とする。
【0028】
Si:0.01〜0.3%
Siは、製鋼時の脱酸元素として添加されるが、Siの含有量は0.01%以上が必要であるが、0.3%を超えると、母材の靱性を劣化させるほか、大入熱溶接熱影響部に島状マルテンサイトを生成して靱性を劣化させる。したがって、Siの含有量は0.01〜0.3%とする。
【0029】
Mn:1.2〜2.0%
Mnは、母材の強度を確保するために、Mnの含有量は、1.2%以上は必要であるが、2.0%を超えると溶接熱影響部の靱性が逆に劣化する。したがって、Mnの含有量は1.2〜2.0%とする。
【0030】
P:0.015%以下
Pは、0.015%を超えると溶接熱影響部の組織において、島状マルテンサイトの生成を促進して溶接熱影響部の靱性を劣化させるため、Pの含有量は0.015%以下とする。
【0031】
S:0.0005〜0.0040%
Sは、溶接熱影響部の組織を改善するために必要なCaSおよびMnSの生成に寄与するために0.0005%以上必要であり、0.0040%を超えると母材の靱性を劣化させるので、Sの含有量は0.0005〜0.0040%とする。
【0032】
Al:0.005〜0.1%
Alは、脱酸元素であり、Alの含有量は、0.005%以上必要であるが、0.1%を超えて含有すると母材の靱性を低下させると同時に溶接金属の靱性も劣化させるので、Alの含有量は0.005〜0.1%とする。好ましくは、Alの含有量は0.01%以上である。
【0033】
Ni:0.1〜0.6%
Niは、母材の高強度化・高靭化に有効な元素であるが、その効果を得るためには、0.1%以上必要であり、0.6%を超えると合金コストが高くなるので、Niの含有量は0.1〜0.6%とする。
【0034】
Nb:0.005〜0.02%
Nbは、母材鋼板の強度・靱性および継手の強度を確保するのに有効な元素であるが、特に本発明においては、母材の強度と伸びのバランスを向上させることのできる元素として重要である。母材鋼板の伸び向上のためには冷却停止温度を高める必要がある。これを前提に、母材強度を確保するためにはNbを含有することが必要である。しかし、その含有量が0.005%未満ではその効果が小さい。また、Nbは、0.02%を超えて含有すると溶接熱影響部の靱性が劣化する。したがって、Nbの含有量は0.005〜0.02%とする。
【0035】
Ti:0.005〜0.02%
Tiは、溶鋼の凝固時にTiNとなって鋼板中に析出し、溶接熱影響部でのオーステナイトの粗大化抑制やフェライト変態核となって高靱性化に寄与する。しかし、Tiの含有量は0.005%に満たないとその効果が少なく、0.02%を超えるとTiNの析出物が粗大化し、以上の期待する効果が得られなくなるので、Tiの含有量は0.005〜0.02%とする。
【0036】
N:0.0035〜0.0070%
Nは、TiNの析出物の量を必要なだけ確保するうえで重要な元素であり、Nの含有量は0.0035%未満では十分なTiNの析出物の量が得られない。Nの含有量が0.0070%を超えると溶接時の熱サイクルを受ける領域に存在するTiNが溶解し、その領域での固溶N量が増加するため靱性が著しく低下する。したがって、Nの含有量は0.0035〜0.0070%の範囲とする。
【0037】
Ca:0.0005〜0.0030%
Caは、Sの固定による靱性改善効果を有する元素である。このような効果を発揮させるには少なくとも0.0005%以上含有することが好ましいが、0.0030%を超えて含有しても効果が飽和する。このため、本発明では、Caの含有量は、0.0005%〜0.0030%の範囲に限定する。
【0038】
B:0.0003〜0.0025%
Bは、溶接熱影響部でNと反応しBNを生成して、当該溶接熱影響部に存在する固溶Nを低減するとともにフェライト変態核として作用する元素である。このような効果を得るにはBの含有量は0.0003%以上必要であるが、0.0025%を超えて添加すると固溶Bが増加しやすくなり、焼入れ性が増して溶接熱影響部の靱性が劣化する。したがって、Bの含有量は、0.0003〜0.0025%の範囲とする。
【0039】
本発明では、さらに強度向上などの機能を有する第1の元素グループであるCr、Mo、V、Cuの内から選ばれる少なくとも1種以上を下記の範囲で任意的、選択的に含有させることができる。それらの含有量は以下の通りである。
【0040】
Cr:0.1〜0.5%
Crは、母材の高強度化に有効な元素であるが、その効果を得るためには0.1%以上必要であり、0.5%を超えると靱性に悪影響を与えることがあるので、添加する場合には、上限を0.5%とするのが好ましい。
【0041】
Mo:0.01〜0.3%
Moは、母材の高強度化に有効な元素であるが、その効果を得るためには0.01%以上必要であり、多量に添加すると靱性に悪影響を与える場合があるので、添加する場合には、上限を0.3%とすることが好ましい。
【0042】
V:0.01〜0.2%
Vは、母材の高強度化に有効な元素であるとともに、VNとしてのフェライト生成核として働くが、その効果を得るためにはVの含有量は0.01%以上必要であり、0.2%を超えると靱性に悪影響を与える場合があるので、添加する場合には、上限を0.2%とすることが好ましい。
【0043】
Cu:0.1〜0.5 %
Cuは、母材の高強度化に有効な元素であるが、その効果を得るためにはCuの含有量は0.1%以上必要であり、0.5%を超えると母材の靱性に悪影響を与える場合があるので、添加する場合には、上限を0.5%とすることが好ましい。
【0044】
本発明では、さらに必要に応じて靭性を改善する第2の元素グループであるMg、Zr、Ta、REMの内から選ばれる少なくとも1種以上を下記の範囲で任意的、選択的に含有させることができる。それらの含有量は以下の通りである。
【0045】
Mg:0.005%以下
Mgは、MgOを形成するのに寄与し、また、このMgOはHAZのオーステナイト粒の粗大化を抑制し、これによりHAZの靭性を向上させる効果がある。このような効果を得るためには、Mgの含有量は0.0001%以上とすることが好ましい。しかしMgの含有量が0.005%を超えると、かえって母材靭性およびHAZ靭性を劣化させる場合があるので、添加する場合には、上限を0.005%とすることが好ましい。
【0046】
Zr:0.02%以下
Zrは、Tiと同様に窒化物を形成し、溶接時におけるHAZのオーステナイト粒の粗大化を抑制するので、HAZ靭性の改善に有効な元素である。このような効果を充分に発揮させるため、Zrの含有量は0.001%以上含有させることが好ましい。しかしこの量が0.02%を超えると、かえって母材靭性およびHAZ靭性を低下させる場合があるので、添加する場合には、上限を0.02%とすることが好ましい。
【0047】
Ta:0.02%以下
Taは、Nbと同様に鋼中で炭窒化物を形成し、溶接時におけるHAZのオーステナイト粒の粗大化を抑制するので、HAZ靭性の改善に有効な元素である。このような効果を充分に発揮させるため、Taの含有量は、0.001%以上含有させることが好ましい。しかしTaの含有量は、0.02%を超えると、かえって母材靭性およびHAZ靭性を低下させる場合があるので、添加する場合には、上限を0.02%とすることが好ましい。
【0048】
REM:0.01%以下
REMは、Caと同様HAZ靭性を向上させる効果を有する元素である。REMは、MnSの球状化効果、言い換えれば介在物の形態制御による異方性の低減作用があり、HAZ靭性を向上させる。このような効果を充分に発揮させるために鋼板中に、REMの含有量を、0.0005%以上含有させることが好ましい。しかしREMの含有量が0.01%を超えると、かえって母材靭性およびHAZ靭性を劣化させる場合があるので、添加する場合には上限を、0.01%とすることが好ましい。
【0049】
その他、残部はFeおよび不可避的不純物であるが、本発明の効果に影響を及ぼさない元素の含有を妨げるものではない。
【0050】
本発明は、上記の鋼材の製造方法に関するもので、特に圧延条件と冷却条件を規定している。温度はいずれも鋼板表面温度である。以下、個々の条件について説明する。
【0051】
累積圧下率:鋼板表面温度850℃以下の温度域で累積圧下率40%以上
変態後の組織を十分に微細化して靭性を向上させるため、オーステナイトの未再結晶温度域である850℃以下の温度域で加工歪を導入することが必要である。累積圧下率が40%未満では変態後のフェライト結晶粒径が十分微細化せず、鋼板の靭性が低下する。したがって、圧延中の累積圧下率を850℃以下の温度域で40%以上とする。
【0052】
圧延の仕上げ温度(「FT(℃)」と略す。):Ti/N≦2.2の場合FT(℃)≧790℃、Ti/N>2.2の場合FT(℃)≧(1065−125×Ti/N)
圧延仕上げ温度はレ―ドル分析で判明するTi/Nレベルによって決めることができる。本発明において、最も重要なポイントである。ここで、Ti、Nは鋼中の各元素の含有量であるが、製鋼工程で分析されるレ―ドル分析による値を用いることができる。
【0053】
Ti/N≦2.2の場合、母材の焼入れ性に寄与する固溶B量が減るため母材強度が低下しやすい。一方、母材靭性は比較的安定するため、仕上げ温度:FT(℃)≧790℃と高めに設定した。仕上げ温度を790℃以上としたのは、母材強度確保を図ることが必要であるためである。
【0054】
一方、Ti/N>2.2の場合、母材の焼入れ性に寄与する固溶B量が増えるため母材強度は高めにばらつきやすく、さらに、シャルピー試験特性の靭性の低下も生じやすい。母材強度に余裕がある場合、靭性の安定化を図るため、Ti/Nレベルに応じて、できるだけ低温で仕上げることが好ましい。ただし、圧延仕上げ温度を必要以上に下げると母材強度不足となる懸念があるため、FT(℃)≧(1065−125×Ti/N)(℃)とする。ただし(1065−125×Ti/N)(℃)がAr変態点を下回る場合は、FT(℃)≧Ar変態点(℃)とする。FT(℃)がAr変態点を下回ると、靭性が低下する場合があるため、Ar変態点(℃)以上が必要である。
【0055】
なお、圧延仕上げ温度:FT(℃)は、母材靭性を確保する観点から、Ti/N≦2.2の場合できる限り790℃直上、Ti/N>2.2の場合(1065−125×Ti/N)(℃)で表される温度直上が望ましい。ここで、望ましい温度直上とは、(1065−125×Ti/N)〜(1065−125×Ti/N)+20℃の温度をいう。
【0056】
冷却条件:(Ar−30)℃以上の温度から300℃から500℃の範囲まで加速冷却硬化相の強度の向上により所定の強度を確保するために制御する。冷却開始温度は、低いほど強度が低下し、鋼材平均温度が(Ar−30)℃未満になると所定の強度が得られなくなるため、(Ar−30)℃以上とする。
【0057】
冷却停止温度は、低いほど強度が向上するが、逆に靭性は低下する。したがって、十分な母材靭性を確保するためには冷却停止温度を300℃以上とする必要がある。一方、500℃を超えると所定の強度が得られないため、冷却停止温度は300〜500℃の範囲内の温度とする。
【0058】
加速冷却の速度は板厚1/4t(t;板厚)位置において5〜20℃/sの範囲とするのが好ましい。冷却速度が5℃/s以上であれば、降伏強度390MPa以上を確保でき、冷却速度が20℃/sを超えると靭性が低下する場合があるからである。
【0059】
なお、Ar変態点は、例えば、実測してもよいが、Ar変態点(℃)=910−310C−80Mn−20Cu−15Cr−55Ni−80Moの式から求めることができる。この場合、各元素記号は各元素の含有量(質量%)を表し、含有していない場合には0として計算する。
【実施例】
【0060】
次に本発明を実施例に基づいて説明する。
【0061】
【表1】

【0062】
表1に示す組成の鋼を溶製し、熱間圧延により厚さ170mmのスラブとした。このスラブを1150℃に2時間加熱後、表2に示す圧延・冷却条件で板厚60mmのTMCP鋼板を得た。得られた鋼板の1/4t位置より、丸棒引張試験片(標点間距離:70mm、平行部径:14mm)を採取し、母材の強度を評価した。目標とする鋼板の強度は、降伏強度:YSが390MPa以上、引張強度:TSが510MPa以上として製造した。また、鋼板の靭性は同じく1/4t位置の2mmVノッチシャルピー試験にて評価した。目標とする靭性はvTrsで−60℃以下である。ここで、tは鋼板の板厚(mm)を表す。
【0063】
さらに、これらの鋼板から溶接熱サイクル後の特性を測定するため、幅80mm×長さ80mm×厚み15mmの試験片を採取し、1450℃に加熱後800〜500℃を1℃/sで冷却する溶接熱サイクルを再現熱サイクルとして付与し、溶接熱影響部の靱性を2mmVノッチシャルピー試験にて評価した。なお、この冷却速度は、エレクトロガス溶接での入熱量450kJ/cmの溶接熱影響部が受ける熱サイクルに相当する。また、目標とする靭性の特性はvTrsで−30℃以下である。
【0064】
【表2】

【0065】
表2に、母材の機械的性質と溶接熱影響部の靱性を示す。表2から、本発明例ではいずれも良好な母材強度・靭性が得られるとともに、溶接熱影響部においても良好な靱性が得られた。これに対し、比較例では、母材性能や溶接熱影響部の靱性が劣っている。これらの比較例は、C、Si、Mn、P、Nb、Ti、N、Ceqの値など各成分含有量のいずれかが本発明範囲を外れるもの、あるいは圧延・冷却条件が本発明範囲を外れるものであった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼の成分組成が、質量%で、C:0.03〜0.1%、Si:0.01〜0.3%、Mn:1.2〜2.0%、P:0.015%以下、S:0.0005〜0.0040%、Al:0.005〜0.1%、Ni:0.1〜0.6%、Nb:0.005〜0.02%、Ti:0.005〜0.02%、N:0.0035〜0.0070%、Ca:0.0005〜0.0030%、B:0.0003〜0.0025%を含有し、かつ、Ceq≦0.36を満たし、残部はFeおよび不可避的不純物である鋼素材を
加熱後、鋼板表面温度850℃以下の温度域で累積圧下率40%以上で圧延を行い、
該圧延の仕上げ温度:FT(℃)を、Ti/N≦2.2の場合、FT(℃)≧790℃とし、
Ti/N>2.2の場合、FT(℃)≧(1065−125×Ti/N)(℃)かつ、FT(℃)≧Ar変態点(℃)とし、
その後、冷却開始温度を(Ar−30)℃以上の温度で、冷却停止温度を300〜500℃の範囲内の温度とし、加速冷却を行なうことを特徴とする大入熱溶接用鋼材の製造方法。
ここで、Ceq=C+Mn/6+(Cr+Mo+V)/5+(Cu+Ni)/15であり、各元素記号は各元素の含有量(質量%)を表し、含有していない場合には0とする。
【請求項2】
前記鋼素材が、さらに、質量%で、Cr:0.1〜0.5%、Mo:0.01〜0.3%、V:0.01〜0.2%、Cu:0.1〜0.5%の内から選ばれる1種以上を含有することを特徴とする請求項1記載の大入熱溶接用鋼材の製造方法。
【請求項3】
前記鋼素材が、さらに質量%で、Mg:0.005%以下、Zr:0.02%以下、Ta:0.02%以下、REM:0.01%以下の内からから選ばれる1種以上を含有することを特徴とする請求項1または2に記載の大入熱溶接用鋼材の製造方法。

【公開番号】特開2013−112840(P2013−112840A)
【公開日】平成25年6月10日(2013.6.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−258927(P2011−258927)
【出願日】平成23年11月28日(2011.11.28)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】