説明

大型往復ピストン燃焼エンジンを制御する方法およびシステム

【課題】ディーゼルタイプの大型往復ピストン燃焼エンジンの動作を制御する。
【解決手段】ディーゼルタイプの大型往復ピストン燃焼エンジン1の動作を制御する方法は、前記大型往復ピストン燃焼エンジンの燃焼チャンバ3に燃料を噴射するステップと、エンジン負荷に応じて、噴射開始角度の値を前進させることにより、部分負荷範囲において、いわゆる可変噴射タイミングを適用するステップと、を有する。また、当該方法は、エンジン負荷の上昇を検出するステップと、検出された上昇値を所定の値と比較するステップと、検出された上昇値が前記所定の値を超える場合、可変噴射タイミングによって生じる噴射開始角度の前進をゼロ値にシフトするステップと、を有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、請求項1、9、10のそれぞれのプリアンブルによる、ディーゼルタイプの大型往復ピストン燃焼エンジンの動作を制御する方法、ソフトウェア、およびシステム、請求項12のプリアンブルによるディーゼルタイプの大型往復ピストン燃焼エンジンの動作を制御する改良設定、ならびに請求項14のプリアンブルによるディーゼルタイプの大型往復ピストン燃焼エンジンに関する。
【背景技術】
【0002】
ディーゼルタイプの大型往復ピストン燃焼エンジン、特にディーゼルタイプの2ストローク大型往復ピストン燃焼エンジンでは、エンジンの各シリンダに配置された燃焼空間に燃料を噴射するため、ノズルが使用される。一般に、噴射のタイミングは、燃料負荷に最大の効率が得られるように最適化される。通常、部分負荷では、エンジンの効率は、低下する。従って、現代のディーゼルタイプの大型往復ピストン燃焼エンジンでは、部分負荷範囲において、いわゆる可変噴射タイミングが適用される。これにより、部分負荷において生じる効率の低下が補償される。可変噴射タイミングが適用される部分負荷範囲では、噴射開始角度の値は、エンジン負荷に依存して、さらには任意で掃気(scavenge)空気圧力に依存して、自動的に前進(advance)する。
【0003】
また、調節可能な燃料品質設定(Fuel Quality Setting)が提供され、噴射開始角度の値の前進により、低い燃料点火特性が補償される。
【0004】
欧州特許出願第EP0781907A1号には、部分負荷範囲で自己点火往復ピストン燃焼エンジンを作動する方法および機器が示されており、センサにより、往復ピストン燃焼エンジンの少なくとも一つの状態変数または少なくとも2つの状態変数が測定され、燃料噴射の開始、ならびに入口もしくは排気バルブの開動作および/または閉止動作の開始は、測定された状態変数に応じて規制され、これにより、上部部分負荷範囲における負荷の関数として、燃焼チャンバの最大圧縮圧力が一定またはほぼ一定に保たれる。1または2以上の状態変数は、以下の変数のいずれかであっても良い:ターボチャージャーブースト圧力、シリンダの最大圧力、シリンダ内の所与のクランクシャフト角度での圧力、エンジンパワー、エンジンの回転速度、ターボチャージャーの回転速度、圧縮機以降の温度、ブーストエアークーラー以降の温度、燃焼空気量、ターボチャージャー前の排気ガス温度、ターボチャージャー以降の排気ガス温度、または燃料の量。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】欧州特許出願第EP0781907A1号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
長期間、低エンジン負荷で作動されるディーゼルタイプの大型往復ピストン燃焼エンジンでは、ピストンリングは、その形状が特定の条件に適合され、すなわち、低燃焼圧力および低ガス力となるように選定される。そのような期間の後、例えばエンジン速度の加速により、エンジン負荷が上昇した場合、ピストンリングが適正なシールを即座に行うことは難しく、ピストンリングとシリンダライナの間に、油膜を維持することができなくなる場合がある。この場合、エンジン速度の加速の間、ピストンリングとシリンダライナの間の擦れのリスクが高まる。
【0007】
本発明の目的は、ディーゼルタイプの大型往復ピストン燃焼エンジンの動作を制御する方法、ソフトウェア、システム、および改良設定を提供することであり、さらにピストンリングとシリンダライナの擦れの抑制を支援し、寿命を延伸する、そのようなシステムまたはそのような改良設定を含むディーゼルタイプの大型往復ピストン燃焼エンジンを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の目的は、それぞれ、請求項1、9、10に記載の本発明による方法、ソフトウェア、およびシステムにより満たされ、請求項12に記載の改良設定により満たされ、請求項14に記載のディーゼルタイプの大型往復ピストン燃焼エンジンによって満たされる。
【0009】
ディーゼルタイプの大型往復ピストン燃焼エンジンの動作を制御する本発明による方法は、前記大型往復ピストン燃焼エンジンの燃焼チャンバに燃料を噴射するステップと、エンジン負荷またはエンジン速度に応じて、噴射開始角度の値を前進させることにより、部分負荷範囲において、いわゆる可変噴射タイミングを適用するステップと、を有する。また、本方法は、エンジン負荷またはエンジン速度の上昇を検出するステップと、検出された上昇値を所定の値と比較するステップであって、前記検出された上昇値が前記所定の値を超える場合、可変噴射タイミングによって生じる前記噴射開始角度の前進を未変化のまま維持し、あるいはゼロにシフトするステップと、定常状態条件下、前記エンジン負荷またはエンジン速度が安定化した後、例えば、30分〜60分またはそれ以上の所定の安定化時間の後、前記噴射開始角度の値を、可変噴射タイミングによって得られる値に前進させるステップと、を有する。
【0010】
噴射開始角度の値は、定常状態条件下、エンジン負荷またはエンジン速度の安定化後、所定のランプアップ(ramp up)時間により、可変噴射タイミングによって得られる値に前進することが好ましい。
【0011】
エンジン負荷またはエンジン速度の上昇の検出の際、検出された上昇値が前記所定の値を超えた場合、可変噴射タイミングによって生じる噴射開始角度の前進は、所定のランプダウン(ramp down)時間により、ゼロにシフトすることが好ましい。
【0012】
通常、可変噴射タイミングが適用された前記部分負荷範囲は、フルエンジン負荷またはフルエンジン速度の約60%〜95%の範囲である。
【0013】
好適実施例では、エンジン負荷またはエンジン速度の上昇は、ある時間インターバル、特に、最大10分間、最大20分間、または最大30分間の時間インターバルで検出され、前記検出された上昇値が、この時間インターバルにおいて前記所定の値を超える場合、可変噴射タイミングによって生じる噴射開始角度の前進は、未変化のまま維持され、あるいはゼロにシフトする。
【0014】
前記検出された上昇値と比較される所定の値は、フルエンジン負荷もしくはフルエンジン速度の少なくとも1.5%または2%であり、特に前記エンジンの負荷および/または寸法に依存しても良い。
【0015】
本発明の別の好適実施例では、低燃料点火特性を補償するため、前記噴射開始角度の値の前進または遅延により、オペレータ調節可能な燃料品質設定(Fuel Quality Setting)が提供され、燃料品質設定によって生じる前記噴射開始角度の前進または遅延は、前記検出された上昇値が前記所定の値を超える場合、未変化のまま維持され、あるいはゼロにシフトする。
【0016】
変更好適実施例では、エンジン負荷またはエンジン速度の安定化の後、特に、30分〜60分またはそれ以上の所定の安定化の後、燃料品質設定によって生じる噴射開始角度の前進または遅延は、前記検出された上昇が前記所定の値を超える前に、それが持つ値にシフトされる。
【0017】
さらに、本発明は、ディーゼルタイプの大型往復ピストン燃焼エンジンの動作を制御するソフトウェアに関し、当該ソフトウェアは、メモリ装置に保管される。本ソフトウェアは、前述の方法の1もしくは2以上の実施例または変更実施例により、エンジンの動作を制御することができる。
【0018】
ディーゼルタイプの大型往復ピストン燃焼エンジンの動作を制御する本発明によるシステムは、往復ピストン燃焼エンジンの燃焼チャンバに燃料を噴射する噴射ノズルと、部分負荷範囲において、エンジン負荷またはエンジン速度に応じて、噴射開始角度の値を前進させることにより、いわゆる可変噴射タイミングを適用する制御ユニットと、を有する。また、当該システムは、エンジン負荷もしくはエンジン速度の上昇、またはエンジン負荷もしくはエンジン速度の設定の上昇を検出する検出器を有し、当該システムは、検出された上昇値を所定の値と比較し、検出された上昇値が前記所定の値を超える場合、可変噴射タイミングによって生じる噴射開始角度の前進を未変化のまま維持し、あるいはゼロにシフトすることができ、および/またはそのように構成され、当該システムは、エンジン負荷またはエンジン速度の安定化後、特に、30分〜60分またはそれ以上間の所定の安定化時間後、定常状態条件下、噴射開始角度の値を、可変噴射タイミングによって与えられる前記値に進めることができ、および/またはそのように構成される。
【0019】
さらに、本発明は、改良設定(retrofit set)に関し、これは、ディーゼルタイプの大型往復ピストン燃焼エンジンの動作を制御する、前述の1もしくは2以上の実施例または変更実施例によるシステムを実施する制御ユニットを含む。変更実施例では、本改良設定(retrofit set)は、ディーゼルタイプの大型往復ピストン燃焼エンジンの動作を制御するリモート制御設定の変更として実施される。
【0020】
本発明によるディーゼルタイプの大型往復ピストン燃焼エンジンは、少なくとも一つの燃焼チャンバと、往復ピストン燃焼エンジンの動作を制御する、前述の1もしくは2以上の実施例もしくは変更実施例によるシステム、または前述の1もしくは2以上の実施例もしくは変更実施例による改良設定(retrofit set)とを有する。
【0021】
本発明による方法、ソフトウェア、システム、および改良設定(retrofit set)は、静置型または移動型の2ストロークおよび4ストロークのディーゼルタイプの大型往復ピストン燃焼エンジンの作動に適しており、特に、160mm以上または200mm以上の直径のシリンダボアを有する4ストロークディーゼルエンジン、あるいは270mm以上、または300mm以上の直径のシリンダボアを有する2ストロークディーゼルエンジンに適する。
【0022】
本発明による方法、ソフトウェア、システム、および改良設定(retrofit set)、ならびに本発明によるディーゼルタイプの大型往復ピストン燃焼エンジンは、前進した噴射開始により、これらが燃焼圧力Pcombおよび勾配Pcomb/dαを抑制するという利点を有する。勾配Pcomb/dαは、どの程度迅速に燃焼圧力が上昇するかを表す。ピストンリングは、内壁に対して適正に圧縮されるようになり、適正なシールが可能となる。遅延噴射開始角度では、排気ガスのエネルギーがより高くなり、ターボチャージャー速度、掃気(scavenge)空気圧、およびマスフォローは、かなり高くなるため、エンジンの負荷上昇の間、可変噴射タイミング効果、および任意で燃料品質設定効果が排除され、ピストン稼働の安全性マージンが高まる。従って、掃気(scavenge)空気流の増加により、エンジン負荷上昇の際、燃料噴射量の増大により生じる、「ホット部」の最大温度の上昇が回避または抑制される。また、シリンダのより良い掃気(scavenge)のため、エンジンの負荷上昇の間、放出が抑制される。
【0023】
以上の実施例および変更例の記載は、単なる一例に過ぎない。別の有意な実施例は、従属請求項および図面から明らかである。また、本発明の内容において、記載され示された実施例、および記載され示された変更例からの個々の特徴物は、新たな実施例を構成するため、相互に組み合わされても良い。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】本発明によるディーゼルタイプの大型往復ピストン燃焼エンジンの実施例である。
【図2】本発明によるディーゼルタイプの大型往復ピストン燃焼エンジンの動作を制御するシステムの実施例の概略図である。
【図3】本発明によるディーゼルタイプの大型往復ピストン燃焼エンジンにおける、エンジン負荷の関数としての噴射開始角度の前進(advance)の一例を示すグラフである。
【図4A】本発明によるディーゼルタイプの大型往復ピストン燃焼エンジンのシリンダにおける、可変噴射タイミングを有しない場合の、クランクシャフト角度の関数としての圧力の一例のグラフである。
【図4B】本発明によるディーゼルタイプの大型往復ピストン燃焼エンジンのシリンダにおける、可変噴射タイミングを有する場合の、クランクシャフト角度の関数としての圧力の一例のグラフである。
【図5A】本発明によるディーゼルタイプの大型往復ピストン燃焼エンジンにおける、時間の関数としての、エンジン負荷の変化の一例のグラフである。
【図5B】本発明によるディーゼルタイプの大型往復ピストン燃焼エンジンにおける、エンジン負荷の関数としての、エンジン負荷のいわゆる「デッドバンド(dead band)」幅の一例のグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、特定の実施例および図面を参照して、本発明について詳しく説明する。
【0026】
図1には、本発明によるディーゼルタイプの大型往復ピストン燃焼エンジン1、特に、ディーゼルタイプの2ストローク大型往復ピストン燃焼エンジンの実施例を示す。エンジン1は、通常、クランクシャフト2を有し、このクランクシャフトは、クランクシャフトハウジングに回転可能に設置される。エンジン1は、複数のシリンダおよび各ピストン10を有し、ピストンは、シリンダライナ11に可動に配置される。ピストン10は、通常、ピストンロッド9を介して、それぞれのクロスヘッド8に接続され、クロスヘッド8は、接続ロッドを介して、クランクシャフト2に接続され、クランクシャフトを駆動する。シリンダライナ11は、シリンダカバーによって上方封止され、これにより、シリンダ内のピストンとシリンダカバーの間に、それぞれ、燃焼空間3が形成される。
【0027】
図1に示す実施例では、クランクシャフト2と燃料供給の間の協働は、制御ユニット20により、電気的に有意に制御される。燃料は、例えば、高圧ポンプ4により、配管ライン6および噴射装置7を介して、噴射ノズル12に供給される。有意な変更実施例では、クランクシャフト2と出口バルブ13の間の協働も、制御ユニット20により、電気的に制御される。圧力ポンプ14、配管ライン16、および制御バルブ17を有する油圧システムにより、出口バルブ13を開閉することができる。制御ユニット20は、それぞれ、制御ライン19a、19bを介して、噴射装置7および制御バルブ17の一方または両方に接続されても良い。また、配管ラインまたは配管ライン6、16の一方または両方は、それぞれ、任意のアキュムレータ5、15に接続されても良い。
【0028】
必要な場合、ディーゼルタイプの大型往復ピストン燃焼エンジンは、ターボチャージャー18を有し、これを介して、出口バルブ13からの排気ガスが流通し、ディーゼルタイプの大型往復ピストン燃焼エンジンの効率が上昇する。
【0029】
有意な変更実施例では、大型往復ピストン燃焼エンジン1は、長手方向に掃気(scavenged)される2ストロークディーゼルエンジンとして実施され、これは、中央に配置された出口バルブ13と、複数の噴射ノズル12とを有し、噴射ノズルは、シリンダカバーの周囲に配置される。通常、この種の2ストロークディーゼルエンジン1は、2乃至4つの燃料噴射用の噴射ノズル12を有する。
【0030】
また、ディーゼルタイプの大型往復ピストン燃焼エンジン1は、エンジンの動作を制御する本発明によるシステムを有する。以下、図2を参照して、このシステムについて詳しく説明する。
【0031】
図2には、ディーゼルタイプの大型往復ピストン燃焼エンジンの動作を制御する、本発明によるシステムの実施例の概略図を示す。示されたシステム30は、往復ピストン燃焼エンジンの燃焼チャンバ23に燃料を噴射する、少なくとも一つの噴射ノズル32.1、32.2と、部分負荷範囲において、エンジン負荷またはエンジン速度に応じて噴射開始角度の値を前進することにより、いわゆる可変噴射タイミングを適用する制御ユニット20を有する。また、システムは、検出器21を有し、これは、エンジン負荷またはエンジン速度の上昇、あるいはエンジン負荷またはエンジン速度の設定における増加を検知する。システムは、検出上昇値を所定の値と比較するように構成され、検出された上昇値が所定値を超える場合、可変噴射タイミングによって生じる噴射開始角度の前進(advance)を未変化のまま維持し、あるいはゼロにシフトする。システムは、エンジン負荷またはエンジン速度の安定化の後、特に、30分〜60分またはそれ以上の間の所定の安定化時間の後、定常状態条件下、噴射開始角度の値を、可変噴射タイミングによって与えられる値に前進させる。
【0032】
検出器21は、例えば、ライン21aを介して、制御ユニット20に接続され、例えば、クランクシャフト22の角度またはクランクシャフトによって駆動される軸の角度を検出するように配置され、使用される。
【0033】
有意な変更実施例では、システムは、噴射装置27.1、27.2、および噴射装置に接続された配管ライン26を有する燃料供給系を有する。制御ユニット20は、それぞれ、制御ライン29.1、29.2を介して、噴射装置27.1、27.2の各々に接続されることが好ましい。また、噴射装置27.1、27.2は、通常、それぞれ、供給ライン28.1、28.2を介して、噴射ノズル32.1、32.2に接続される。
【0034】
システムの別の有意な変更実施例では、従来タイプの噴射ノズルまたはノズル32.1、32.2は、ノズルニードル34.1、34.2を有し、これは、閉止バネ35.1、35.2の動作により、シート領域に押し付けられる。シート領域の下側には、ノズルハウジングにブラインド孔が配置され、このブラインド孔から、燃焼チャンバ23に、噴射孔33.1、33.2が誘導される。ノズルハウジングのシート領域の上部には、圧力チャンバ31.1、31.2の各々が配置され、これらは、それぞれ、供給ライン28.1、28.2に接続される。噴射ノズル32.1、32.2の噴射段階の間、圧力チャンバ31.1、31.2に供給される燃料の圧力は、十分に大きく、バネ35.1、35.2の閉止力を超え、ノズルニードル34.1、34.2は、シート領域を離れるため、ブラインド孔に燃料が供給されるようになり、燃料は、噴射孔33.1、33.2を介して、燃焼チャンバ23に放射される。噴射ノズル32.1、32.2のハウジングには、ライン25が接続され、リーク燃料が運搬される。
【0035】
ピストン10をより良く理解するため、図2には、シリンダライナ11およびシリンダカバー11を破線で概略的に示す。
【0036】
以下、図1および2を参照して、ディーゼルタイプの大型往復ピストン燃焼エンジン1の動作を制御する本発明による方法の実施例について説明する。この方法は、往復ピストン燃焼エンジン1の燃焼チャンバ3、23に燃料を噴射するステップと、エンジン負荷またはエンジン速度に応じて、噴射開始角度の値を前進させることにより、部分負荷範囲において、いわゆる可変噴射タイミングを適用するステップとを含む。さらに、この方法は、エンジン負荷またはエンジン速度の上昇を検出するステップと、検出された上昇値を所定の値と比較し、検出された上昇値が所定の値を超える場合、可変噴射タイミングによって生じる噴射開始角度の前進を未変化のまま維持し、あるいはゼロにシフトさせるステップとを含む。この方法は、さらに、エンジン負荷またはエンジン速度の安定化の後、例えば、30分〜60分、またはそれ以上の所定の安定化時間の後、定常状態条件下、噴射開始角度の値を、可変噴射タイミングによって得られる値に前進させるステップを有する。
【0037】
噴射開始角度の値は、定常状態条件下、所定のランプアップ(ramp up)時間により、エンジン負荷またはエンジン速度の安定化後、可変噴射タイミングによって得られる値まで、前進することが好ましい。
【0038】
エンジン負荷またはエンジン速度の上昇の検出の際、検出された上昇値が所定の値を超える場合、可変噴射タイミングによって生じる噴射開始角度の前進(advance)は、所定のランプダウン(ramp down)時間により、ゼロにシフトすることが好ましい。
【0039】
好適実施例では、エンジン負荷またはエンジン速度の上昇は、ある時間インターバル、特に、最大10分間、または最大20分間、または最大30分間の時間インターバルで検出され、この時間インターバルにおいて、検出された上昇値が所定の値を超える場合、可変噴射タイミングによって生じる噴射開始角度の前進(advance)は、未変化のまま維持され、あるいはゼロにシフトする。
【0040】
通常、可変噴射タイミングが提供される部分負荷範囲は、フルエンジン負荷またはフルエンジン速度の約60%から約95%の範囲である。
【0041】
検出された上昇値と比較される所定の値は、例えば、フルエンジン負荷またはフルエンジン速度の少なくとも1.5%または2%であり、これは、エンジンの寸法に依存しても良い。
【0042】
本発明の別の好適実施例では、低い燃料点火特性を補償するため、例えば手動入力値により、噴射開始角度の値を前進または遅延させることにより、オペレータ調節可能な燃料品質設定(Fuel Quality Setting)が提供され、検出された上昇値が所定の値を超える場合、燃料品質設定によって生じる噴射開始角度の前進または遅延は、未変化のまま維持され、あるいはゼロにシフトする。
【0043】
変更好適実施例では、エンジン負荷またはエンジン速度の安定化の後、特に、30分〜60分、またはそれ以上の所定の安定化時間の後、燃料品質設定によって生じる噴射開始角度の前進または遅延は、検出された上昇値が所定の値を超える前に、それが持つ値にシフトする。
【0044】
図3には、本発明によるディーゼルタイプの大型往復ピストン燃焼エンジンの定常状態条件下における、エンジン負荷Pの関数としての、噴射開始角度の前進Δαのグラフの一例を示す。エンジンは、可変噴射タイミングを適用することにより制御される。エンジン負荷が50%を超えると、噴射開始角度の前進Δαは、実線36に示すように、ゼロから増加し始め、エンジン負荷の約90%である最大値に至る。エンジン負荷が90%を超えると、噴射開始角度の前進Δαは、急激に減少し、エンジン負荷の95%を超えるとゼロになる。
【0045】
オペレータ調節可能な燃料品質設定が提供されると、噴射開始角度の値は、通常、手動で一定値だけ前進され、低い燃料点火特性が補償される。エンジン負荷が50%を超えると、噴射開始角度の前進Δαは、破線36’に示すように、一定値から上昇し始め、エンジン負荷の約90%の最大値に至る。エンジン負荷が90%を超えると、噴射開始角度の前進Δαは、急激に減少し、エンジン負荷の約95%を超えると一定値に至る。通常、調節可能な燃料品質設定が適用されると、噴射開始角度の前進Δαは、可変噴射タイミングのみが適用された場合の噴射開始角度の前進Δαに比べて、一定値だけシフトする。
【0046】
図4Aおよび4Bには、本発明によるディーゼルタイプの大型往復ピストン燃焼エンジンのシリンダ内圧力Pcombの、クランクシャフト角度αの関数としてのグラフの一例を示す。図4Aには、可変噴射タイミングのない場合の、部分負荷でのシリンダ内圧力Pcombの変化線40が示されており、図4Bには、同じ部分負荷での、可変噴射タイミングを適用した場合の圧力Pcombの変化線40’示されている。図4Aおよび4Bの比較から、可変噴射タイミング適用の場合の圧力Pcombの最大値は、可変噴射タイミング未適用の場合の圧力Pcombの最大値よりも明らかに大きくなっていることがわかる。
【0047】
また、図4Aおよび4Bに示すシリンダ内圧力Pcombの変化線40、40’には、各タンジェント41、41’が示されている。φおよびφ’で表される勾配dPcomb/dαは、燃焼圧力Pcombがどの程度早く上昇するかを示す。図4Aと4Bの比較から容易に分かるように、可変噴射タイミングを適用した場合、燃焼圧力Pcombは、可変噴射タイミングを適用していない場合の燃焼圧力Pcombの増加に比べて、より迅速に上昇する。
【0048】
図5Aには、本発明によるディーゼルタイプの大型往復ピストン燃焼エンジンのエンジン負荷Pの、時間tの関数としての変化のグラフの一例を示す。グラフの最初の半分では、エンジン負荷の変化は、いわゆるデッドバンド内にあり、すなわち、変化は、デッドバンドの幅bよりも小さく、例えば、図3に示すような可変噴射タイミングが適用される。その後、エンジン負荷が上昇し、エンジン負荷の変化は、デッドバンドの幅bを超えるようになる。
【0049】
好適実施例では、デッドバンドの幅bは、本発明による方法およびシステムに使用される所定の値に対応し、この方法は、エンジン負荷の上昇を検出するステップと、検出された上昇値を所定の値と比較し、検出された上昇値が所定の値を超える場合、可変噴射タイミングによって生じる噴射開始角度の前進を未変化のまま維持し、あるいはゼロにシフトするステップと、エンジン負荷またはエンジン速度の安定化後、例えば、30分〜60分、もしくはそれ以上の所定の安定化時間の後に、可変噴射タイミングによって得られる値に、噴射開始角度の値を前進させるステップと、を有する。
【0050】
図5Aに示すように、エンジン負荷は、ある時間後、例えば15分後に、安定化し始める。
【0051】
図5Bには、ディーゼルタイプの大型往復ピストン燃焼エンジンのエンジン負荷のいわゆるデッドバンド幅bの、エンジン負荷Pの関数としてのグラフの一例を示す。図5Bに示すように、デッドバンドの幅bは、通常、エンジン負荷が約50%の、フルエンジン負荷の5〜8%の比較的高い値で始まり、通常、100%エンジン負荷で、1.5〜3%まで減少する。
【0052】
さらに、本発明は、ディーゼルタイプの大型往復ピストン燃焼エンジンの動作を制御するソフトウェアを含み、該ソフトウェアは、メモリ装置に保管される。ソフトウェアは、前述の方法の1もしくは2以上の実施例または変更実施例によるエンジンの動作を制御することができる。
【0053】
システムのさらに好適な実施例では、システムは、前述のソフトウェアを有し、このソフトウェアは、システム動作用の制御ユニットおよび/またはシステムメモリに配置される。
【0054】
さらに、本発明は改良設定(retrofit set)を含み、この改良設定(retrofit set)は、前述の1もしくは2以上の実施例または変更実施例によるディーゼルタイプの大型往復ピストン燃焼エンジンの動作を制御するシステムを実施するための制御ユニットを有する。変更好適実施例では、改良設定(retrofit set)は、ディーゼルタイプの大型往復ピストン燃焼エンジンの動作を制御する、リモート制御設定の改変として実施される。
【0055】
本発明による方法、ソフトウェア、および改良設定(retrofit set)は、いずれも、可変排気バルブ開放および/または可変排気バルブ閉止のような、別の制御機能を有しても良く、これにより部分負荷範囲でのディーゼルタイプの大型往復ピストン燃焼エンジンの効率が上昇する。これらの別の制御機能は、可変噴射タイミングおよび前述の燃料品質設定と同様に、エンジン負荷またはエンジン速度の上昇の間、無効にされても良い。
【0056】
エンジン負荷またはエンジン速度の上昇の間、ディーゼルタイプの大型往復ピストン燃焼エンジンの動作を制御する本発明による方法、ソフトウェア、システム、および改良設定(retrofit set)を使用した場合、可変噴射タイミング、燃料品質設定、または部分負荷範囲での効率を高めることを目的とした他の制御機能の一時的な無効化により、効率が僅かに低下する。しかしながら、これらの制御機能の一時的な無効化は、短時間であり、ディーゼルタイプの大型往復ピストン燃焼エンジンの全体の動作に比べて無視できる。一方、本発明による方法、ソフトウェア、システム、および改良設定(retrofit set)、ならびに本発明によるディーゼルタイプの大型往復ピストン燃焼エンジンは、これらが擦れの抑制を支援し、ピストンリングおよびシリンダライナのサービス寿命が改善される点で有意である。全体の経済的観点から、これらの利点がエンジン負荷の上昇の間の僅かの効率低下を凌ぐことは明らかである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ディーゼルタイプの大型往復ピストン燃焼エンジンの動作を制御する方法であって、
前記大型往復ピストン燃焼エンジンの燃焼チャンバに燃料を噴射するステップと、
エンジン負荷またはエンジン速度に応じて、噴射開始角度の値を前進させることにより、部分負荷範囲において、いわゆる可変噴射タイミングを適用するステップと、
を有し、
エンジン負荷またはエンジン速度の上昇が検出され、
検出された上昇値は、所定の値と比較され、
前記検出された上昇値が前記所定の値を超える場合、可変噴射タイミングによって生じる前記噴射開始角度の前進が未変化のまま維持され、あるいはゼロにシフトし、
前記噴射開始角度の値は、定常状態条件下、前記エンジン負荷またはエンジン速度が安定化した後、特に、30分〜60分またはそれ以上の所定の安定化時間の後、可変噴射タイミングによって得られる値に前進することを特徴とする方法。
【請求項2】
前記エンジン負荷またはエンジン速度の上昇は、ある時間インターバル、特に、最大10分間、最大20分間、または最大30分間の時間インターバルで検出され、
前記検出された上昇値が、この時間インターバルにおいて前記所定の値を超える場合、前記可変噴射タイミングによって生じる前記噴射開始角度の前進は、未変化のまま維持され、あるいはゼロにシフトすることを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項3】
可変噴射タイミングが適用された前記部分負荷範囲は、フルエンジン負荷またはフルエンジン速度の約60%〜95%の範囲にあることを特徴とする請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
エンジン負荷またはエンジン速度の上昇の検出の際、前記検出された上昇値が前記所定の値を超えた場合、前記可変噴射タイミングによって生じる前記噴射開始角度の前進は、所定のランプダウン(ramp down)時間により、ゼロにシフトすることを特徴とする請求項1乃至3のいずれか一つに記載の方法。
【請求項5】
前記噴射開始角度の値は、定常状態条件下、前記エンジン負荷またはエンジン速度の安定化後、所定のランプアップ(ramp up)時間により、可変噴射タイミングによって得られる値に前進することを特徴とする請求項2乃至4のいずれか一つに記載の方法。
【請求項6】
前記検出された上昇値と比較される前記所定の値は、フルエンジン負荷もしくはフルエンジン速度の少なくとも1.5%または2%であり、特に前記エンジンの寸法に依存することを特徴とする請求項1乃至5のいずれか一つに記載の方法。
【請求項7】
低燃料点火特性を補償するため、前記噴射開始角度の値の前進または遅延により、オペレータ調節可能な燃料品質設定(Fuel Quality Setting)が提供され、
燃料品質設定によって生じる前記噴射開始角度の前進または遅延は、前記検出された上昇値が前記所定の値を超える場合、未変化のまま維持され、あるいはゼロにシフトすることを特徴とする請求項1乃至6のいずれか一つに記載の方法。
【請求項8】
前記エンジン負荷またはエンジン速度の安定化の後、特に、30分〜60分またはそれ以上の所定の安定化の後、燃料品質設定によって生じる前記噴射開始角度の前記前進または遅延は、前記検出された上昇が前記所定の値を超える前に、それが持つ値にシフトされることを特徴とする請求項7に記載の方法。
【請求項9】
ディーゼルタイプの大型往復ピストン燃焼エンジンの動作を制御するソフトウェアであって、
当該ソフトウェアは、メモリ装置に保管され、
請求項1乃至8のいずれか一つに記載の方法により、エンジンの動作を制御することができることを特徴とするソフトウェア。
【請求項10】
ディーゼルタイプの大型往復ピストン燃焼エンジンの動作を制御するシステムであって、
前記往復ピストン燃焼エンジンの燃焼チャンバに燃料を噴射する噴射ノズルと、
部分負荷範囲において、エンジン負荷またはエンジン速度に応じて、噴射開始角度の値を前進させることにより、いわゆる可変噴射タイミングを適用する制御ユニットと、
を有し、
当該システムは、エンジン負荷もしくはエンジン速度の上昇、またはエンジン負荷もしくはエンジン速度の設定の上昇を検出する検出器を有し、
当該システムは、検出された上昇値を所定の値と比較し、前記検出された上昇値が前記所定の値を超える場合、可変噴射タイミングによって生じる前記噴射開始角度の前進を未変化のまま維持し、あるいはゼロにシフトするように構成され、
当該システムは、前記エンジン負荷またはエンジン速度の安定化後、特に、30分〜60分またはそれ以上間の所定の安定化時間後、定常状態条件下、前記噴射開始角度の値を、可変噴射タイミングによって与えられる前記値に進めるように構成されることを特徴とするシステム。
【請求項11】
請求項9に記載のソフトウェアを含み、
前記ソフトウェアは、システム動作用の前記制御ユニットおよび/またはシステムメモリに配置されることを特徴とする請求項10に記載のシステム。
【請求項12】
ディーゼルタイプの大型往復ピストン燃焼エンジンの動作を制御する、請求項10または11に記載のシステムを実施する制御ユニットを含むことを特徴とする改良設定(retrofit set)。
【請求項13】
ディーゼルタイプの大型往復ピストン燃焼エンジンの動作を制御するリモート制御設定の変更として実施されることを特徴とする請求項12に記載の改良設定。
【請求項14】
ディーゼルタイプの大型往復ピストン燃焼エンジンであって、
少なくとも一つの燃焼チャンバと、
前記往復ピストン燃焼エンジンの動作を制御する、請求項9もしくは10に記載のシステム、または請求項12もしくは13に記載の改良設定を有することを特徴とするディーゼルタイプの大型往復ピストン燃焼エンジン。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4A】
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【図4B】
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【図5A】
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【図5B】
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【公開番号】特開2013−24237(P2013−24237A)
【公開日】平成25年2月4日(2013.2.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−148814(P2012−148814)
【出願日】平成24年7月2日(2012.7.2)
【出願人】(510210678)ヴェルツィラ シュヴェイツ アーゲー (18)
【Fターム(参考)】